LOVE STORIES

Somebody loves you-J-POPタッチで描く、ピュアでハートウォーミングなラブストーリー集

ホワイトラブ 5

2014-11-01 01:21:41 | 小説

5 サタケ商店街
から続く)

 水色の小型乗用車はぐしゃりとひしゃげていた。粉々に飛び散ったウィンドウ。そして、ドアから血が流れ出していた。僕はそのドアにかけより、開こうとする。しかし、ドアは開かない。中には人が血まみれになって倒れている。その人の顔は黒い影となって見えなかった。
  環状線を乗り過ごしたことに気づいて、僕は電車の席から立ち上がった。一体、何度あの日のことを夢見るのだろう。それは決して立ち会ったことのない風景。だが、地上のどこかで起こったにちがいないことの記憶だった。

 アメ横から歩いて10分ばかりのところに、サタケ商店街はあった。店の半ばはシャッターが閉ざされているけれど、かなり大きなアーケード街で、衣料品店や八百屋、魚屋、お惣菜屋など、開いている店には下町的な活気があった。その入り口付近で、ライトグリーンのサマーセーターに、白いスカートの彼女は待っていた。今日は膝上10センチ。

「こら、5分遅刻だぞ」
「ごめん、電車の中で寝過ごしちゃって」
「大丈夫、一時間寝過ごしても待つつもりだったから。寝過ごしたことに気づかないで一回りして同じ駅で降りた場合に備えて」
「一時間寝たことあるんだ」
「ふふ、何度もね」
「でも凄いね。まだ、こんな街が残ってたんだ
「他にもいっぱいありますよ。こんな街、あんな街。私はアーケードのある街が好きなの。何だか、人の温もりが感じられるし、それに雨が降っても大丈夫だし、絶対便利」
「アーケードって、光熱費とか維持費が高くつくから、最近になって屋根外すところが多いんだよね」
  イサカから川一つ隔てた街の近くのアーケードの屋根が消えた話を僕はした。
「本当に昼間でも真っ暗な気がしたんだよ。店がほとんど開いてなくて。青空が見えてかえってほっとした気分になったくらいさ」
「どこも大変なんですね。だったら、全部回るのもいいですね、アーケード街」
「とりあえず、環状線の中とか」
「今は一か所しかないですよ」
「そうなの」
「ええ、子猫小路っていう」
「嘘でしょ」
「私が勝手に呼んでるだけだけど、嘘じゃないですよ。夕飯時になると猫がぞろぞろ出てきて」
「子猫じゃないよね、結構大猫だったりする」
「そうかも。まあ、あまり小さい方ではないですね。お腹すいたから、お好み焼きでも食べません?
「もんじゃとかも
「もんじゃは苦手ですね。ぐちゃぐちゃしたカオスの状態が」
「じゃ、お好み焼きで」
「どちらがきれいに焼けるか競争しましょうか」
「だとしたら、同じメニューにしないとフェアじゃないね」
「じゃ、一番高そうな牛玉モダン焼きで」
「おばさん、牛玉モダン二丁
 あいよと言って、三分もたたないうちに金属製のカップに入った材料が出てきた。もちろんそばは別皿だ。
「それじゃ、よーい、ドン」
 僕はいきなりかきまぜようとしたが、彼女は油を敷いた鉄板に牛肉だけまず焼いている。大丈夫、焼け具合なんて関係ない。豚肉じゃないからいいのだ。
 ほぼ同時に鉄板の上にお好み焼きのつなぎを広げ、鰹節と青のりをふりかけてから、そばを載せる。彼女は、別に焼いた肉を載せ、さらに紅ショウガを加えていた。
 ほぼ同時にひっくり返し、二人とも成功した。ここを乗り切れば、あとはフィニッシュまで一直線だ。
 刷毛でソースを塗り、再び鰹節と青のりをふりかけて、出来上がり。
 同じ材料で作ったはずなのに、その出来栄えは似ても似つかぬ存在だった。僕のお好み焼きは、うず高く盛り上がり、デコボコが目立つワイルドな姿をし、輪郭もリアス式海岸のように入り組んでいた。ソースも黒々と分厚く塗られている。縦横に走るマヨネーズで景気づけ。彼女のお好み焼きはフラットで、斜面は滑らかなカーブを描き、周囲の輪郭もコンパスで描いたように丸かった。ソースも薄目で、ふりかけの分布も均一。広島焼きのような上品な仕上がりだ。
「見た目は悪いけど、絶対僕の方がおいしいはず」
「私の方がおいしいですよ。決まってます」
「負けず嫌いめ
「いい考えがあります。はい」
 彼女は、自分のお好み焼きと僕のお好み焼きを二本のテコを使って入れ替えた。
「やられた。僕のお好み焼きは男性用で、あんまり女の子向けじゃないのに」
「お好み焼きはお好み焼きです。お好み焼きに男性用も女性用もありません」
 彼女はデスノートのLのような口調で言った。
 僕は彼女のお好み焼きを一心に食べ、彼女は僕のお好み焼きを一心に食べる。作るのも真剣勝負なら、食べるのも真剣勝負だった。
「やっぱり他人の焼いたお好み焼きはおいしいですね。サプライズがあって、ワイルドで」
「不思議だな、こんな風に別の味になるなんて。まるで京料理のような上品な仕上がりで、しかも味は隅々まで染み透っている。コクがある。うまい」
 無邪気な時間。それは僕たちが交わした一番幸せな会話だったのかもしれない。
「では引き分けということでいいですね」
「花を持たせてくれてありがとう。でも、僕の負けです」
「だったら、もう一軒付き合ってくださる。今度は…
「わかってますよ、甘味処でしょ」

 間口が小さな甘味処で、フルーツあんみつを平らげている時、彼女のピンク色の携帯電話が鳴った。
「はい。白井ですが。はい…はい…
 それまで笑顔だった彼女の表情が急に真顔になる。
「今ですか。サタケ商店街ですけど
 携帯電話の向こうの声は、トーンの高い女性の声のようだった。かなり強い口調が感じられる。
「はい、お友達と」
 彼女は、唇に人差し指をあて、僕の言葉を封じようとする。
「はい、わかりました」

「ごめんなさい。急な用事できたので、また今度。後でメールする。本当にごめんなさい」
そう言って、彼女は二人分の代金を置いて、両手を合わせるようにしてから、店を出て行った。

 僕にはわかっていた。電話の相手が誰なのかも。彼女が何を言われたのかも。でも、それ以上の詮索はやめにして、彼女のメールを待った。

 ゴメンね、シンイチ君。

 予想通りの展開になっちゃった。誰かがツイッターで、私が男の子と歩いてるって、つぶやいたらしいの。事務所は、それは他人の空似だと否定したらしく、それに口を合わせて余分なことは一切言わないようにって。

  それから、明日の日曜日、午後5時半に、青山のエトワールの事務所まで来てくれるかな。日曜日は空いてるって言ったし、大丈夫だよね。

                                        愛

 

 メールの文面が急にフレンドリーになっているのに、僕は驚いてしまった。初めて他人の視線を意識した結果、共犯関係の自覚がうまれたのかもしれない。事務所に呼び出しを食った後に来るのは、交際禁止令だろう。念書の一つも書かされ、封筒に入った手切れ金を渡されるかもしれない。もちろん、そんなものを受け取る気はさらさらないけれど、今後会わないと言い切れるだろうか。初めから別世界の人間だと思っていたから、会わなくても平気なはずだった。でも、本心からそう思ってるかどうかは僕にもわからなかった。 

 彼女には了解とだけメールで返した。ぶっきらぼうだったろうか。しかし、それ以上何か言葉を加えると、何かが壊れそうな気がしたのだ。

 そのまま、帰るのも辛い気がしたので、僕は都心の本屋をハシゴしながら、白井愛の名前の入った写真集やら、雑誌やらを買いあさっていた。アイドルのグラビアは、ある時期に集中して同じカメラマンによるセッションが複数の雑誌に掲載され、その他の時期は断片的なオフショットやプレスリリースのようなものしか見当たらなくなるのがふつうだ。ライティングやロケーションまで考え抜いたプロのカメラマンの写真と素人同然のオフショットの出来には格段の差があるし、プレスリリースはたとえプロが撮影するにしても、ツーショット以上の集合写真の場合が多い。だから、今書店にない雑誌グラビアの掲載分は古本屋で探すしかなかった。BOOK ONのような何でも屋も悪くはないが、数が少なく、あちこちの店舗をハシゴしていては時間がかかりすぎる。やはり世界一の古書街をめぐり歩きながら、僕は白井愛の写真を集め続けた。一体、何だろう。この状態は。僕は一人の女の子に恋しているのだろうか、それともタレント、アイドルの彼女に恋をしているのだろうか。

へ続く)

この物語はフィクションです。実在の人物・団体とは関係ありません。

『ホワイトラブ』目次
1.プロローグ
2.ホテルニューイサカ
3.白井愛
4.セントラルパーク
5.サタケ商店街



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