LOVE STORIES

Somebody loves you-J-POPタッチで描く、ピュアでハートウォーミングなラブストーリー集

ホワイトラブ 1

2014-10-28 22:22:54 | 小説

1 プロローグ

 その赤いサイフの中央には、白いハートの模様があった。

 あなたは、財布を拾った時、そのまま交番に届けるだろうか。それとも、ちゃっかり懐にしまいこみ、明日の生活費に充てるだろうか。

 決して裕福な生活をしているわけではないのに、僕はそれを中身も改めることなしに交番に届けてしまった。なぜなら、それ以外のやり方を知らなかったからだ。拾ったところが誰かに見られたわけではない。だから、こっそり中身の現金だけ抜き取り、後は川の中にでも捨ててしまえば、発見されることはないだろう。しかし、わずかなお金のせいで、万に一つでも警察の人がチャイムを鳴らし、あなたは財布を拾ったのに届けずに、お金を着服しましたねと言われるかもしれないと、毎日寝覚めの悪い思いをするなんてまっぴらだった。だから、交番に届けた、それだけのことだ。ここから物語は始まる。

 僕の名前は山本信一、昔から山本君はバカ正直で、信用第一なのよねとからかわれてきた。同じ信一でも、新一なら名探偵になれたかもしれないし、真一なら若くして将来有望な指揮者になれたかもしれないが、僕には名探偵の才能も、クラシック音楽の才能もなかった。とかく気の利かない人間で、正直だけが取り柄、そんな人間であり、ときどき自分が、この平凡すぎる名前の呪縛に囚われているのではないかと思うことがある。

 僕の毎日は、朝の牛丼屋のアルバイトから始まる。「くまのん」というマスコットが人気の熊野家というチェーン店で、朝8時から昼の12時まで店頭に立ち続ける。牛丼をレシピに沿って作り、客に出し、お会計を済ませるだけの簡単なお仕事だ。この仕事のメリットは、まかないの牛丼を仕事が終わった後で食べられる点だ。

 午後1時から5時までは、本のリサイクルショップ、BOOK ONのカウンターでアルバイトをしている。あなたのハートにBOOK ON!というCMでおなじみのあの古本屋である。カウンターでのレジ業務が中心で、ときどき本の整理や入れ替えをしたり、値札を貼ったりの作業をすることもあるが、まだ買取の業務は任せてもらえない。こんなアルバイトの仕事にも、年季によっていくつものランクがあるのだ。この仕事を始めてから、僕は本好きになった。とても立派な本がこんなに安く手に入ることに驚いた。買取値はさらに安い。ときどき、客となって本を買って帰ることもあるが、それは百円均一の単行本や文庫、それにコミックに限られている。

 夜7時から11時まではコンビニのNO-SON(ノーソン)でレジに立つ。遅い時間帯の方がコンビニは時給が高いし、賞味期限切れの弁当を持ち帰ることで夜の食費がいらなくなる。

  一日12時間労働のセルフブラック企業である。同じ職場で長時間働かないのは、飽きるからである。飽きるとたちまち姿勢が崩れて、クレームを食らうことになる。それに何か店で嫌なトラブルがあったとしても、次の職場に行けば気持ちが切り替わる。一つの業務に縛られ、頭が回らなくならないためには、必須のリスクヘッジなのだ。

 そして、土曜日曜はしっかり休みを取る。その間に何かするあてもない。ただ一日中こもって本を読む。あるいはぶらりと出かけて周囲を散歩する。駅裏の丘の上にあるセントラルパークはお気に入りのコースだ。
 とは言っても、他にスタッフがいない場合には、土曜日曜も返上して働くことがある。但し、今後のシフトに影響するから時間帯は変えない。無理は聞く代わりに、道理は通す。それがブラック企業全盛時代の処世術なのだ。
 
 田舎から出てきて一人暮らしを始めた僕にとって、ほとんど友人と言える友人はいなかった。高校時代は何人か一緒に遊ぶ相手はいたが、皆あちこちの大学へ進み、その後連絡を取らなくなった。アルバイト先では、こまめに会話に努めるようにしているが、会話が弾んだとしても、プライベートにまで持ち越すことはない。明日あるかどうかわからない仕事に、余計なしがらみは禁物だ。諸行無常、今を生きろ、だ。

へ続く)

この物語はフィクションです。実在の人物・団体とは関係ありません。

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