12 ツダマガ
(11から続く)
イサカから電車で30分ほどのところにツダマガの街がある。それが白井愛の生まれ育った街だった。実は、ツダマガなどという都市はなく、二つの市が接する一帯がなぜかツダマガと呼ばれていて、ツダマガの名前のついた駅もいくつもあった。僕はツダマガA駅でエスカレーターを降り、ツダマガB駅へ至る大通りを歩いていた。このあたりは、一見シブヤかイケブクロのように見えるが、実はファサードだけで街の奥行きがまるでない。道路沿いだけが賑やかで立派な街なのだ。階段を上がったところにあるツダマガB駅を通り抜け、再び階段をおりると白いショッピングバッグを手にし、赤いメガネをかけた白井愛が待っていた。
タクシー乗り場でタクシーを止めると、彼女は座席に僕を押し込め、自分も後に続いた。花の香りがした。
「津田曲総合病院」まで」
タクシーは静かに走り出していた。
「ねえ、シンイチ君、星座は何?」
「おとめ座だけど。星占いって信じるの?」
「そうじゃなくて、誕生日婉曲で聞いただけでしょ」
「11日だけど。」
「そう、奇遇ね。私も11日なの」
タクシーで五分ほど行った先に鉄筋コンクリート5階建ての白亜の病院があり、そのアプローチにタクシーは停車し、白井愛は千円札を一枚渡した。
エレベーターで上がった先は402号室。
「来たよ、おねいちゃん」
ショッピングバッグから色とりどりの花束を取り出し、愛は花瓶に生けた。しかし、声はなかった。ベッドには呼吸器と点滴をつけたまま一人の女性が横たわっていた。
「三年前からずっとこうなの」
その後ノウコウソクやセンエンセイイシキショウガイといった言葉が彼女の口から出てきたが、ショックでその説明はほどんど理解できなかった。でも、彼女が何を僕に言いたかったかは、言わなくてもわかった。辛いのはあなた一人ではないの、私だって辛いの、苦しいの。
「シンイチ君のご両親がなくなったって聞いて、どこかで同類を見つけ、ほっとしてる自分がいて、嫌で、嫌で」
彼女は肩を震わせていた。僕はそっと肩に手を載せた。
「うちは普通のサラリーマンだから。私が頑張るしかないの。芸能界やめられないのよ」
「芸能界は嫌い?」
「嫌いじゃない、大好き、仕事には誇りを持ってる。事務所もいい人ばかりでしょ。でも、嫌なこともいっぱいある」
「そうだね。僕はいつでもやめられる。でも、君はやめられないんだ」
彼女がなぜにそんなに強いのか不思議だったが、その理由がのみこめた気がした。
何十分か姉のそばで語りかけた後で、僕たちは芝生のある中庭に出て、散歩した。まばらな樹木の葉が赤く色づいていた。その向こうの青空がやけに透き通って見えた。
それぞれの人がそれぞれの十字架を背負って生きている。誰もそれを肩代わりすることなどできはしない。
「シンイチ君にも秘密があるように、私にも秘密がある。その一つがこれ。もう一つは…」
白井愛の顔が急に近づいたかと思うと、すっと唇が重なってきた。僕はそれに合わせるように、彼女の華奢な身体を抱きしめた。
「でも、結局言葉にしては言えなかったけどね」
「うん、言わない方がいい。僕も同じ気持ちだから」
「悲しいからすがってるんじゃないのよ。今までずっとみんな大好きで、みんなと仲良くできればいいと思ってた。でも、『ヤメセン』見てたら腹立ったの」
「ああ、やっぱり見たんだ」
「お仕事だから仕方ないことだし、私が同じ立場なら断れないと思う。相手の那珂川さんだってとてもいい人。それでも、腹が立った。許せないと思った。その時、やっぱり自分はシンイチ君を好きなんだなってわかった気がする」
もう一度僕たちは唇を重ね、それからしばらくの間抱き合っていた。小刻みに肩がふるえてた。泣いているようだった。
その日の出来事の深い意味が分かるのは、少し後になってからだった。
(13へ続く)
この物語はフィクションです。実在の人物団体とは一切関係ありません。
『ホワイトラブ』目次
1.プロローグ
2.ホテルニューイサカ
3.白井愛
4.セントラルパーク
5.サタケ商店街
6.エトワール
7.ヤメセン
8. 那珂川さつき
9.White Love
10. 視聴率
11.フェニックス
12.ツダマガ
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