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LOVE STORIES

Somebody loves you-J-POPタッチで描く、ピュアでハートウォーミングなラブストーリー集

ペーパーリレーション 6

2016-12-20 10:06:40 | 小説

(5から続く)

「黒川さんは、寡黙ですが成績は優秀、文科系の教科に限ってですけど、しっかりと自分を持った子ですから心配はないと思います。まあ、模試の答案が返却された時にでも、直接本人に訊いてみることにします」

 赤塚佐和子と名乗るクラス担任は、答案のコピーを見せると一瞬狼狽したかのようにも見えたが、思い直すと自信ありげな口調できっぱりと言った。年齢のころは三十を少し回ったばかりだろうか。赤い縁のメガネをかけ、耳を外に出しながら、髪は後ろで一つにまとめている。唇にうっすらとルージュをひいただけで、すっぴんに近い。顔立ちは整っているのだが、無理に色気を封印している気配がある。白いブラウスにベージュのスーツを合わせて、一見中肉中背に見えるが、胸は豊満で、はりさけそうだ。メガネを外して、髪をおろし、ロングかセミロングにまとめるとどうなるのだろうと、変な想像をめぐらせてしまう。

「菅谷先生は、あちこちのお仕事されているのですね。新東京ゼミナールで教えてらっしゃるだけでなく、三大予備校と気合塾の採点もされているようですし」

 私が差し出した名刺を見ながら、赤塚佐和子は言った。

「名の通ったところしか書いていませんので、他にもいくつか」

「随分と稼いでいらっしゃるのね」

「月々の額面だけなら高校教師より上かもしれないけれど、社会保険もないし、退職金も、ボーナスもない。年収で計算すると負けるし、十年先は闇、一生を考えたらお話にならないですね。予備校の仲間には、教員免許をとり、高校に就職した人間も少なくありませんが、私はまだそこまで考えてはいません。やはり教科だけを教えていた方が気楽で」

「本当にそう。学校の専任をやるといろいろあるのよ、いろいろ」

 そう言いながら、赤塚佐和子は堅い表情を崩した。

「ちょっと学内を歩いてみません」

 そう言って彼女が案内したのは、教室の並ぶ校舎ではなく、管理棟と通路でつながれた体育館だった。体育館は、三層構造で、一階が柔道や剣道と卓球などを練習している低い天井のフロア、二階はバスケットボールやバレーボールなど高い天井を必要とするフロア、最上階は全校生徒が入り式典やコンサートを行うことができる大ホールとなっていた。一階の戸口付近から、卓球台が置かれた方を見やりながら、言う。

「手前から二つ目の向こう側に立っている子、あの子が黒川さんよ」

 ほう。手足は小枝のようにスリムだが、動きは機敏だ。そのスマッシュは声こそ出さないがかなりのスピードがある。そして何よりもものすごく美しい。モデルかタレント並のビジュアルの持ち主だった。

「どう?」

「たしかに心配なさそうですね」

「目の色が変わったわよ」

「たしかにきれいな子ですけど」

その瞬間、黒川瑠衣がこちらの方を見やり、目が一瞬光ったような気がした。

「勘が鋭い子だからこのへんにしましょう。ふだんはここまでしないのよ、せいぜい応接室で応対して、上に報告あげておしまい。でも、この学校に興味ありそうだったから」

「公立ですからね。私立の中高一貫校みたいに明日採用試験を受けたら、翌週には通知が来るなんてことはありませんよ」

「それはそうなのだけど」

 心理的な味方が欲しかったのだろう。様々なプレッシャーの中、教科を教え、クラス担任をやるというのは大変なことなのだ。

 通路を歩きながら外を見ると、雨が降り始めていた。しまった。家に傘を忘れてきた。

                                                            (へ続く)

 

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  この物語はフィクションであり、実在の人物・団体とは一切関わりありません。

 



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