19 エピローグ
(18から続く)
両親の命日に墓参りに行くと、墓には真新しい花と線香が供えてあった。中年のメガネをかけた女性と若い女の子が来たのだと言う。山本という姓は多い。墓のありかを尋ねたので、お寺の人の記憶に残ってたのである。
みず江さんと白井愛が来たのだと直感した。
白井愛に電話して訊いてみた。
「私は一人で行くと言ったけど、みず江さんは一緒にと言ってきかなかった。お墓に手を合わせて、なんとかシンイチ君を一人前にすることができました、これからもよろしくお願いしますって。泣いてたわよ。あの人が涙流すの、初めて見たわ」
「とにかくありがとう。それからみず江さんにもよろしく伝えてください」
「うん、わかった」
「それから、またお見舞いにゆきたいんだけど」
「お姉さん、きっと喜ぶわ」
「でも、意識はないんでしょ」
「意識がないんじゃなくて、言葉がないだけ。シンイチ君が来た後、本当に安らかな寝顔してるんだから」
「じゃ、近いうちに伺うからお姉さんにもよろしくお伝えください」
「わかった。伝えておくわ」
どのような疵を負おうと、人生で何事が起ろうと、後に残された人は皆生きてゆかねばならない。生きる権利だけでなく、生きる義務がある。寿命の終わるその時まで。
僕たち人間は、ただの記憶の塊にすぎない。そして、かつて生きた人の記憶を生きる限り持ち続け、次に伝えてゆかなければならない。悲しみや苦しみを乗り越えた分だけ、人生は間違いなく素晴らしいものになる、そう信じて。きっとこの思いは裏切られたと思う瞬間があるにちがいない。それでも、生きてゆくのだ。生きてゆくことはそれほどまでに素晴らしく、美しく、そして切ない。
僕の誕生日に合わせて、白井愛から一通の郵便が届いた。中には、白い財布が入っていた。そして、その中央には、赤いハートの模様が入っていて、同封された一筆箋にはこう記されていた。
シンイチ君
誰よりも、あなたのことを 愛しています。
この財布、手作りです。大事に使ってね。
愛
メールで返事をと思ったが、長くなりそうなので、手紙を書くことにした。
白井愛さま
プレゼントと手紙、本当にありがとう。
そう、あの日あの時から始まったんだよね。イサカの街で、僕が君の赤いサイフを拾ったあの時から。
始まりにはいつも君がいた。一人ぼっちであった僕が、いつしか芸能界という見知らぬ土地に足を踏み入れ、大勢の仲間に出会い、得難い友人を得て、失ってしまった笑いを取り戻すことができたのも、みんな君が始まりだった。
はっきり言えば僕は心を閉ざしていた。自分の感情を殺して生きていた。何かを得て喜ぶことは、何かを失って悲しむことに通じるから。だから、新しい知り合い、新しい友人を作らないように、新しい喜びや希望を持たないように生きてきた。
そのすべてを君は変えてしまった。
肉親を失おうと、帰る場所がなくなろうと、僕たちは生きてゆかなくてはいけない。
心を閉ざすことなく、感情を殺すことなく、正直に自分自身の感情に向かい合って。
病院で初めて君のお姉さんに会った日に、言えなかった言葉を、今ここに書きます。
心から 君のことを 愛しています
世界中の 誰よりも
山本 信一
(完)
この物語はフィクションです。実在の人物・団体とは関係ありません。
次回作は準備中です。更新情報はツイッター(@kamiyamasahiko)で告知します。書評ブログ(http://mkamiya.jugem.jp/)も合わせてご覧ください。
『ホワイトラブ』目次
1.プロローグ
2.ホテルニューイサカ
3.白井愛
4.セントラルパーク
5.サタケ商店街
6.エトワール
7.ヤメセン
8. 那珂川さつき
9.White Love
10. 視聴率
11.フェニックス
12.ツダマガ
13.那珂川さつき PART2
14.読書の時間
15.相互作用
16.Friends & Lovers
17.初詣
18.祭りの終わり
19.エピローグ
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