LOVE STORIES

Somebody loves you-J-POPタッチで描く、ピュアでハートウォーミングなラブストーリー集

幻想即興曲 9

2017-04-01 13:18:48 | 小説

から続く)

 百合香から暑中見舞いの葉書が来ていた。しまなみ海道の絵はがき。今は、地方巡礼のコンサート、関西、中国、四国、九州まで手広く回っているらしい。彼女も音大を辞めたわけではないのだから、夏休みが一番の稼ぎ時だ。

 そして、最後にPS How about Chopin?(ショパンはどう?)と書いてあった。言いたいことはよくわかった。でも、ツアー中の相手に葉書を出しようもない。メール?ケータイ?手段は確保されている。だが、まだその時ではないという気がした。半分も来ていないのだ。

 

 箱根のように、14曲の中の峠となっているのが、残り三つのワルツだった。ショパンのワルツの、社交界を感じさせる、いかにも楽し気な雰囲気がぼくは苦手だったが、エチュードや英雄ポロネーズよりはずっと演奏は簡単だ。

 

 ワルツ第1番「華麗なる大円舞曲」も決して難しい曲ではなかった。ただ、左手の跳躍は慣れが必要だ。右手の連打のときに、3(中指)2(人差し指)1(親指)321と、指を規則正しく変えてゆくのがポイント。同じ音なんだから、同じ指でいいじゃないかと思ったところで、また声が聞こえた。指を変えるのは、音の強さを均等にするため。同じ音を同じ指で叩き続けると、どうしても疲れてだんだん弱くなったり、強弱ができたりするから、最初面倒に感じても、そのまま同じ指で叩き続けては絶対ダメよ。

 

 そして最後のハードルは、装飾音だった。後半になると、半音だけ高い音が、音符に付属し、そのたびにキュッ、キュッ、キュッ、キュッ、キュッ、キュッ、キュッと音を立てる。そんな風に聞こえるまで、ひたすら繰り返し、繰り返し、繰り返し。

 

 三日間、寝る時間と食事の時間を除いて、ひたすらこの曲ばかりを弾き続けた。すると、何とか及第点の演奏ができるようになった。及第点と言っても、6、70点の出来。あと、3、40点は毎日弾くことで埋めるしかなかった。

 

 第1番が弾けるとその後のワルツ第6番、子犬のワルツは簡単だった。とにかく右手を早く動くようにトレーニングする。左手は三つの音符のうち、後ろ二つは同じ和音だから難しいものではない。なめらかに指がひっかからないように右手をトレーニングする。一日でなんとか弾けるようになったが、3分くらいかかっていた。これをさらに1分縮め、一定のテンポで弾き通せるようにするのにまる一日かかった。

 

 そしてワルツの第7番。これも難しい曲ではない。だが、立ち上がり右手の重音移動が奏でるメロディーの不思議な魅力に、身体が酔いしれそうになった。これ、凄い傑作だ。音のテキスチャーが何とも豊饒なのである。どこかに魔法が隠されている。だが、その魔法の正体がつかみきれなくて、とてももどかしい思いがした。

 

 三つのワルツを攻略するのに、結局一週間かかってしまった。これで、9曲。あと5曲。

10へ続く)


『幻想即興曲』 1, 2, 3, 4, 5, 6, 7, 8, 9,10,11,12,13,14,15,16,17,18

『ペーパーリレーション』 1, 2, 3, 4, 5, 6, 7, 8, 9, 10,11-12,13-14,15,16-17, 18, 19

『ホワイトラブ』 1, 2, 3, 4, 5, 6, 7, 8, 9, 10, 11, 12, 13, 14, 15, 16, 17, 18, 19 

 
 この物語はフィクションです。実在の人物・団体とは一切関わりありません。


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