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(7より続く)
何かの折に、急に男女が接近することはよくあることである。しかし、私の場合、それは単発的な出来事に終わりがちだ。むしろ、私の恒常的な話し相手となっているのは、かつて教え大学に入れたことのある女子生徒たちだった。特に男女の関係に発展することもなく、鉄道のレールのように距離は平行線をたどったままだったが、二時間でも三時間でも話し続けることができたし、何人いようと相互に嫉妬などややこしい感情が生じることもなかった。
「多分、いたずらね」
高梨聡美は大きな目で私の方を見つめながら、ストローでアイスコーヒーを吸い上げた。彼女は今は都内の大学の文学部心理学科の3年生だった。
「でも、よかったじゃない。その女の先生の連絡先聞いたんでしょ」
「いや、名刺は渡したけど、向こうの電話番号までは」
「何やってるのよ、先生、そんなんじゃ一生結婚できないよ」
どこかしら様子見の部分があることは否めなかった。性格こそ男まさりで遠慮がないが、単純なビジュアルの比較なら、派手な目鼻立ちの高梨聡美の方が上ではないかとも思った。
「まず、その黒川という女の子、相当の食わせ物ね。表面上は文系の優等生を装っているけど、実は結構上から目線で教師を観察しているの。それで反応を楽しんでいるのかもしれない。それから、赤塚とかいう女の先生だけど、先生に気があるわね。間違いない」
「だって、まだ会ったばかりじゃないか」
「関係ないわ、まあ、会ったばかりのチャンスをモノにできないのなら同じだけど」
「最近どういうわけか、メガネの女性に弱いんだ。必ず、メガネを外したらどうだろうとか想像してしまう」
「一粒で二度おいしいってやつ?『ロッキー』とか映画の見過ぎよ。ふだんは地味目で、ブスっぽく見える服装や化粧してるけど、メガネを外すと実は凄い美人って設定が男心をくすぐるのね。それはわかる。女性にもメガネ男子に対する幻想があるから。私もメガネかけようかな」
「たぶんすごく似合うよ。メガネかけるなら買ってあげるよ」
「本当?じゃ、お言葉に甘えて―――なーんてね」
高梨聡美は、私の冗談を真に受けず、あっさりかわした。いつだって彼女の距離の取り方は絶妙なのだ。
「その後、何か進展があったら教えてね。期待せずに待ってるから」
ずっと年下なのに、いつの間にか年上のような口調になっていた。でも、喫茶店のお金を払ったのは私だった。
(9へ続く)
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この物語はフィクションです。実在の人物・団体とは一切関わりがありません。
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