LOVE STORIES

Somebody loves you-J-POPタッチで描く、ピュアでハートウォーミングなラブストーリー集

ホワイトラブ 2

2014-10-29 08:06:09 | 小説

 2 ホテルニューイサカ
  
からの続き)

 諸行無常、今を生きろ。明日は明日の風が吹く。

 そんな僕の生活に変化が生じたのもあの財布のせいなのである。

 僕の前には白いワンピースを着た一人の少女がすわっていた。少女と言うのがはたして正しいのかどうかわからない。ひょっとしたら、僕と同じ年、あるいは年上で二十歳に近いのかもしれない。それでも少女という言葉しか思い浮かばなかった。一見すると、ごく普通のどこにでもいそうな女の子である。しかし、目鼻立ちが妙に整っていて浮世離れしていた。声のトーンも高めなのだが、小鳥のさえずりのように、天上的な響きがあった。その半径1メートルが、異次元に続くホワイトホールになったかのように。

「ここ眺めがいいですね、それに座ってるだけでぐるりと回転して景色が変わるなんて素敵です」
 
川の向こうには霞がかかったように、東京の街が見えた。そこはホテルニューイサカ最上階の回転展望台だった。一時間で360度回転するしくみで、昼間はカフェテリア、夜はバーとして利用されていた。

「このたびは、本当にお財布拾っていただいてありがとうございます。現金以外に、クレジットカードや保険証まで入ってて本当にあわてちゃいました。よかった。本当にいい人に拾われて」
 
 いい人という言葉が、僕の神経をちくりと刺激した。いい人、そう、その中には、面白味のないやつという響きをずっと感じていた。もちろん、彼女にそんな悪意はみじんも感じられなかったのだけれど。
 彼女は、カラフルな装飾の施された白い名刺を僕の前にそっと差し出す。

そこには、(株)エトワール所属 タレント

白井愛 (しらい あい)

と書いてあった。

「タレントって、テレビドラマとかに出てるあれ?」
「ドラマの仕事だけでなく、CMの仕事、アニメの声優、それから歌のお仕事までいろいろ手広くやってます」
「へえ、随分マルチな才能を持ってるんだね」
「マルチだなんて、とんでもない。ただ来た仕事をえり好みしている余裕がないだけですよ。一種類の仕事だと波があって、なかなか安定しないんです。山本さんは、何をなさっているんですか」
「僕はただのフリーターですよ、朝は牛丼屋、昼は古本屋、夜はコンビニでアルバイトをやっている」
「やっぱりマルチじゃないですか」
 彼女はくすりと笑った。
「一種類の仕事だと波があって、なかなか安定しないもので」
 彼女は、この世離れした白い歯を見せ、大笑いした。
「あはは、山本さんて、面白い」
 面白いと言われたのは、これが初めてだった。
「山本さんて呼び方はなんか嫌だな。オッサンみたいで」
「じゃ、信一さんで」
「できればカタカナがいいな。」
「何でですか。会話じゃどの字だかわからないじゃないですか」
「そこは、気持ちだから。」
「なるほど。気持ちですか」
 彼女は、軽やかな声でよどみなく話し、僕が若い女性とこんなにも長い時間意気投合して話したのは初めてだった。あるいはそれが彼女のタレントしての話術、当意即妙の才だったのかもしれない。そして、僕はこの時、自分がやっている会話の意味をまるでわかっていなかったのだ。
「それじゃ、これ、わずかですけど」
 彼女は、二枚の一万円札を僕の前に差し出す。
「いいよ、それに二割としても十万円も入ってなかったはずだし」
「でも、クレジットカード使えば何十万もおろすことだって可能ですし」
「今時、足のつきやすいクレジットなんて手をつけるのは、犯罪者でもバカですから」
「そうかもしれないけれど、この財布お気に入りで、とても大切にしていたものだし」
「だから、ここの代金そちら持ちでってことで」
「それでいいんですか」
「それでいいのだ」
「やっぱり山本さんて面白い」
「シンイチだってば」
 ぺこりとお辞儀をしてから、彼女は別れ際にこう言った。
「いろいろありがとうございました。今日は本当にお話しできてうれしかったです。また、ご連絡してもよろしいですか」
 それなりに楽しい時間を過ごせたので、メアドの交換をした後、僕は何の気なしに言った。
「別に、いいけど」

 某放送局の集金が嫌で、僕は田舎を出てから部屋にはテレビを置いていなかったし、携帯もガラケー、パソコンも持っていなかった。だから、芸能界のことはまるで疎かった。彼女のことも、どうせ駆け出しのタレントくらいに思い、軽い気持ちでそう言ったのだった。

へ続く)

この物語はフィクションです。実在の人物・団体とは関係ありません。

『ホワイトラブ』目次
1.プロローグ
2.ホテルニューイサカ
3.白井愛

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