9 White Love
(8から続く)
みず江さんからブログのタイトルを決めろと言われ、「でも、シンイチです」ととっさに答えた。
「なぜ、いきなり、「でも」なのよ」
「えーそれは、工藤新一でもなく、千秋真一でもなく、でも、シンイチはシンイチなわけで」
「わかったわ、でもその前ふりはなしね」
しかし、最初のブログ記事をアップして、「ヤメセン」出演を報告してみたのだが、ついたコメントはゼロだった。やっぱりね。世の中そんなに甘くない。
『ヤメセン』の最初の数回は高校編だった。担任となった新任教師役の那珂川さつきに、柄の悪い男子生徒がからむというシーンからである。その一人が僕だった。
「この貧乳女めが」
「無礼な、貧乳ではありません。確かめてみます?」
那珂川さつきは、僕の右手をとり、自分の左手に押し当てる。コミカルな演出で、僕はその場で卒倒して倒れてしまう。それで、教室の雰囲気ががらりと変わるというシーンである。カメラアングルでごまかすこともできただろうに、那珂川さつきは寸止めにすることなく、僕の手をしっかりと自分の胸に押し当てた。柔らかで形のいいバストは見かけ以上のボリュームがあるように思えた。
収録が終わると、スタッフからからかいの声が聞こえた。
「いいなあ、シンイチは。役得で」
つい顔を赤らめてしまう僕に対し、那珂川さつきは言った。
「気にしてはなりませぬ。ポーカーフェイスを忘れるな、ですわ」
ポーカーフェイスを忘れるなは、怪盗キッドの決め台詞だった。まるで僕の心の中を見透かされているような気がした。
「でも、まだまだ無理なようね。そこがかわいいんだけど、ふふふ」
そう言って立ち去った。やはり、この人はヤバい、ヤバすぎる。
例のシーンが話題になって、番組の視聴率は18.9パーセントとまずまずの立ち上がりだった。ブログの記事にもコメントがちらほらとつき始めた。からかいやツッコミの言葉は、見当たらなかったが、専従のスタッフがしっかり削除していたのだ。白井愛はあのシーンを見て、どう思ったのだろうか。そもそも忙しくて見なかったのだろうか。数日間、電話はなかった。
マンションに帰ってみると、彼女からの郵便が届いていた。
開けてみると、中に一枚のCDが入っていた。タイトルはWhite Love。
一筆箋で、こう書いてあった。
シンイチ君へ
新しいCDができたので、送ります。
よかったら、聞いてください。感想待ってます。
愛
作曲はプロの有名どころが名を連ねていたが、何曲かは彼女の作詞によるものだった。疲れ切った身体と心を癒すように、白井愛のピュアな歌声は僕の心をふるわせ、いつしか僕は泣いていた。こんなにも音楽に心をゆさぶられたのは初めてだった。白井愛は、単なるタレントではなく、立派なアーチスト、シンガーだった。
(10へ続く)
この物語はフィクションです。実在の人物・団体とは一切か関係ありません。
『ホワイトラブ』目次
1.プロローグ
2.ホテルニューイサカ
3.白井愛
4.セントラルパーク
5.サタケ商店街
6.エトワール
7.ヤメセン
8. 那珂川さつき
9.White Love
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