LOVE STORIES

Somebody loves you-J-POPタッチで描く、ピュアでハートウォーミングなラブストーリー集

ペーパーリレーション 15

2016-12-25 11:07:14 | 小説

15


14から続く)

 受賞後も黒川レイこと黒川瑠衣は次々に短編の新作を発表し、たちまち人気作家の一人となった。

 けれども、それは処女作に比べると、プロットの巧みさというよりも、絵の美しさ、キャラクターの魅力によるものだと思われた。

 女性漫画家にはよくあるように、黒川レイの顔写真の公開はNGだった。作品とはかかわりのない部分で、人気が独り歩きして、芸能人みたいに持ち上げられては創作活動の妨げとなるからだろう。それに文化人枠のギャラは芸能人に比べると雀の涙ほどの安さだし、今は作品という名刺さえあれば、SNS経由でさまざまな業界の著名人とも簡単に親しくなれる時代である。生活できる以上の収入さえ得られるなら、あこがれのあの人この人と会って話す程度のちょっとした夢をかなえるために、わざわざメディアに露出する必要などどこにもなかったのだ。 

 黒川瑠衣が相談したいことがあるから会いたいと連絡してきたのは、年の瀬も押し迫った12月半ばのことだった。今やプロの漫画家とは言え、一度も教えたことのない女子高生である。二人きりで会うのは危険な感じがした。高梨聡美がいっしょでもいいかと訊くと、おねえさまなら全然構わないと言う。待ち合わせたのは、都内に何店舗かあるセザンヌという喫茶店だった。通常の喫茶店よりも広めでソファにゆったりと腰をかけることができる。広々としたスペースであるため、周囲から話の中身も聞き取られにくいだろう。

 ただの高校2年生黒川瑠衣なら、近場の喫茶店やファミレスでもかまわないが、今や黒川レイは人気漫画家である。話の内容を盗み聞きされると、身元がばれ、SNSで拡散されることになりかねないと用心したのだ。

「わざわざ来てくださってありがとうごさいます」

 以前に比べると多少世慣れた感じで、挨拶も普通にできるようになっていた。でも、その印象は長く続かなかった。

「それにしても、菅谷センセイと聡美おねえさまってまるでホームズとワトソンみたいね。いいコンビだわ」

「塾で教わって大学に現役合格した後、アルバイトで同じ塾で教え続けているからね。ときどき代講頼まれたり、生徒の進路相談を押しつけられることもある。でも、私の方が評判はいいのよ。まあ、教科や受験の知識ではかなわないんだけど、接客態度がね」

「菅谷センセイは、私と同じでコミュ障だから。全然空気読まないし。いわゆる「高機能社会不適合者」ってやつね」

「まさにシャーロック!意地でも空気読まないよ、この人。それにしても、その聡美おねえさまって何とかならない。初めは面白いと思ってたけど、だんだんこそばゆくなってきたの」

「じゃあ何て呼びましょう?聡ねえとか」

「くだけすぎ。高梨さんでいいよ」

「それじゃ面白くないから、高梨先輩で。いや、聡美先輩で」

「先輩じゃないんですけど」

「いいじゃないですか、聡美先輩」

「で、相談って何の相談?」

 とりとめもない女子の話を強引に本題へと引き戻す。

「要件は二つあって、一つは大学進学の件。そのままプロの漫画家になるには私はまだ世間が狭いの。だから、普通に大学に通って、学校生活を経験した方がいいと思う」

「そういうのこそ、学校の先生に訊けばいいだろう」

「うちの学校は現役合格させる執念がないから、あんまり期待できないのよね。一年浪人して志望校に入ればいい的な校風。でも、それじゃ困るの」

「なるほど。悪くない判断だと思う。漫画の主人公の大半は十代二十代の人間だし、学園ラブコメ、学園バトル、学園ミステリ、学園ホラーとネタには事欠かないからね」

「学校の部活動で卓球をやってきたのもスポーツ漫画描くのに役に立つかなと」

「でも、なぜに卓球?」

「まず日に焼けないでしょ。最初は卓球なら机に向かって右手動かすだけだから漫画描くのと同じようなものだと思ったの。バスケットボールみたいに広いコートを走り回らなくても済むし、バレーボールみたいに飛び上がったり、手を痛めたりしなくてもいいだろうと。でも、甘かったわ。ものすごくハード」

 「机に向かって右手動かすだけだから漫画描くのと同じようなもの」というたとえには、高梨聡美も私も腹をかかえて笑った。ユニーク、実にユニークな発想である。

「でも、入りたい大学には条件があるの。今どんどん連載入れているから、なるべく短期間の学習で入れてそこそこ都心からアクセスのいい学校がいいの。出版社はやはり都内に集中してるし、移動にはあまり時間をかけたくないのです」

「瑠衣の力なら、わりと楽勝ね。大体の私立なら3ヶ月もあれば」

「3ヶ月もは無理。せっかくプロになれたのに、しばらく描かないとあっという間に消えてしまうかもしれない、少なくともそんな不安で毎日を過ごしてる。一月くらいの集中学習で入れそうな大学って」

「あそこかな、最短3週間の個人指導で入れたことがある。その代わりほぼ毎日だったけど。それなら来年の夏休み以降でも大丈夫」

「わかった、あそこね。江古田大学芸術学部。簡単な割には有名人結構出てるし、穴場ね」

「正解。その時は高梨、君が面倒見てあげて」

「何言ってるの、来年私は四年生だよ。自分の進路で精いっぱい」

「で、どうするんですか、先輩」

 黒川瑠衣は、好奇心が刺激されると、自分の相談よりもそちらが気になり始めるらしい。

「就職先も急に思いつかないから、私は院に進んで研究しようと思うの。学部レベルの心理学をそのまま仕事に応用できそうな職場なんてそうそうないしね」

「ほお、さすがワトソン先生。そのうち博士号も取ったりして」

「まあ、高梨の進路が決まってなきゃ、その時は私が面倒見よう。科目少ないから一人で全部カバーできる。大体、五年分程度の過去問といて、それを添削すれば大丈夫。答案の空欄に漫画のネームを書いたりしない限り、君なら合格できる」

 模擬試験の成績表も見たが、一番ポピュラーな気合塾の偏差値が英語と国語で70を越えるようになっていた。社会も60台の後半。しかし、数学と化学は50にも達していない。興味がないことには一切時間を使いたくない性格なのだ。

「いやだなあ、まだ言ってる。で、科目っていくつあるんですか」

「英語と国語と小論文、楽勝だろう。英語と国語は高校の授業を完璧に消化しておけば大丈夫だよ」

「なるほど」

「でも、数学と理科も手は抜かない方がいい。難問は解ける必要がないが、章の最初にある基本の考えと、基本例題くらいは何時間かけても理解できるようにしておいた方がいいよ」

「何のために?」

「漫画のために。登場人物に科学者やエンジニアを配した作品であれば、当然理論や機械を説明する部分だって出てくる。そのとき、私は文科系だから、数学も科学も分かりませんでは、SF的な設定も、科学知識を駆使したミステリー仕立ての作品も描くことはできない。まあ、男女の恋愛物を描くだけでもよいのかもしれないけれど、主人公に科学者とかエンジニアを配するだけで、一味違った味付けになるだろう」

「なんだかすごい。頼りになりそう。漫画描いたことあるみたいな口ぶりね」

「ないない。ときどき説明のために黒板に絵を描くけど、それは受け狙いだから」

「まあ、この人、漫画でも科学書でも本と名の付くものなら何でも読んでるからね。全部合わせると一万冊はくだらないんじゃないかな」

「というわけで、第一の問題は解決したも同然ね。第二の問題は?」

「漫画のアイデアに詰まっているの。色々と構想はあるけれど、経験不足で限界を感じてもいる。吐きだせば吐き出すほどに自分が空になる怖さを感じてる」

「だからどうしろと?」

「次の作品のアイデアを考えてほしいの。『ガーディアン・ストーカー』だって、センセイたちと聡美先輩がいたから大賞をとれたようなものだし。原作みたいなちゃんとしたのではなく、原案でいいんだけど。最初だけでなく、その後もときどき展開に詰まったら次のアイデアを補給するみたいな。もちろん、お礼はするわ。名前出さない段階では原稿料の四分の一、出せるようになったら半分でもいいわ」

「随分と大盤振る舞いだな。実家暮らしの今はお金は貯まる一方で痛くもかゆくもないのだろうけど、そのうちアシスタント雇ったり仕事場構えたりすると経費でどんどん飛んでゆくから、そんな計算じゃだめだな。心理学者の高梨先生はどう?」

「私は無理。妄想家タイプじゃなく、分析家だから。先生、やりなさいよ」

「やはり性別と年齢が離れた方が発想に幅がある方がいいと思うの」

「それにこの人の雑学半端じゃないから、ドラえもんみたいで役に立つよ」

「原作ではないんだから、お礼はせいぜい一割程度でいいんじゃない。バカな考えでよければ無料でもいいけど、将来有望な若手漫画家先生のお役に立てれば」

「一応、お金払ってもいいから必死で考えてほしいんですけど」

「先生、もっとふっかけた方がいいよ。生活安定してないんだし」

「それでは最初一割でスタートして、後は作品の評判を見てスライドするということでいかがでしょうか」

「ラジャ」

 その瞬間、黒川瑠衣と高梨聡美は顔を見合わせて、親指を立てて見せた。なんだ、こいつら。あらかじめ示し合わせておいたのか。まあいい。

 漫画製作をグループで行うのは最近のトレンドではある。私は絵が描けないし、アイデアを提供したところでネーム段階から描くのが彼女なら、ゴーストライターと呼ばれることもないだろう。

「あ、それから。もう一つだけ」

 いやな予感がした。刑事コロンボなら、「もう一つだけ」の後に本当の話の核心が来る。

「何だ?」

「赤塚先生をデートに誘ってほしいんですけど」

「それか」

16へ続く)    


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この物語はフィクションです。実在の人物・団体とは一切関係ありません。 

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