LOVE STORIES

Somebody loves you-J-POPタッチで描く、ピュアでハートウォーミングなラブストーリー集

ホワイトラブ 6

2014-11-02 16:32:42 | 小説

6 エトワール                                 
から続く)

 エトワールは、五指に入る大手芸能プロダクションだった。大勢の有名な俳優や、ミュージシャン、タレントが名前を連ねていた。アオヤマにあるオフィスの一室で、僕は白井愛ともう一人の女性と向かい合うようにして座っていた。

「あなたが、シンイチ君ね。愛がいい人だと言う」

 女性の名前は、長瀬みず江と言った。差し出された名刺には、取締役兼チーフマネジャーとあった。髪はダークブラウンだが、先端を金髪気味に染めている。赤い縁のメガネは細面の顔を一層厳しくし、近寄りがたい雰囲気を醸し出していた。毛利蘭の母親のような印象を与える。学校の先生みたいで苦手なタイプだ。

「なるほど、使えるわね。あなた」
「はい?
「これに記入して」
それは履歴書用紙だった。

「写真はいいわ、後で間に合わせるから」
何がなんだかわからない。

「あなたにはうちで働いてもらうことに決めたわ」
 小言の一つや二つを覚悟していたのに、この展開はなんだろう。
「みず江さん、シンイチ君にも都合というものが」
 そう、僕には僕の都合というものがある。
「あなたは黙ってらっしゃい。こうなったのも、元はと言えばあなたのせい。だから、ここは私に任せて」
 そう言うと白井愛は口を閉ざした。
 何だかわからないが、僕は履歴書用紙の空白をその場で埋めていった。履歴書は書き慣れているので、五分とかからない。
「あなた、ご両親は?」
「死にました。交通事故で」
「そうだったの…
 その瞬間、愛の表情が一気に曇り、泣きそうになるのを僕は見逃さなかった。
「で、いくらもらえるんですか」
「いきなり、そんな質問をするなんていい根性してるわね。そうね、最初はこれくらい。でも、税金とか、社会保険とか、レッスン料を差し引くと手取りはこのくらいかしら」
 電卓の数字は、僕の月々の収入の三分の二くらいだったが、最後には三分の一程度になってしまった。
「そんなんじゃやってゆけません。家賃払ったら残らないです」
「まあ、実家から通うわけじゃないから最初は何かと大変ね。当座はアルバイトも仕方ないと思うけど、基本こちらのスケジュールに合わせてもらう必要があるから、毎日今まで通りってのは無理ね。そうね、足りなくなったらここから使っていいわ」
  彼女は、キャッシュカードを前に置いた。
「100万入ってるわ。足りなくなったらまた言って。但し、領収書はこまめにとって提出すること。月々の収支は概算でいいから報告して」
「いいです。そんな…」
「よくないのよ、大体そんな恰好で出てこられたら困るのよ。身なりにはお金かけてもらわないと。うちは新聞の求人欄に広告出してるエキストラ調達専門みたいな安っぽい事務所じゃないの。で、いつから来られるの」
「アルバイトの調整に時間がかかるので、来月からなら」
「それじゃ遅いわ、来週から、いいわね」
 まるで、カフカの『審判』のように、いきなり芸能界入りしろと言われた。何だ、この事務所は。しかし、断れず完全に相手のペースである。
「あなた、運動神経はいいのよね」
「球技はダメですが」
「球技はどうでもいいわ。踊ったり、アクションができればいいのよ」
「そこの壁を天井まで駆け上がることならできます」
 彼女は大声で笑いだした。豪快な笑い声だった。
「それ最高ね、ジーン・ケリーか、ジャッキー・チェンかって感じ。面白いじゃない。でも、怪我しちゃだめよ、仕事に穴が開くから」
「はい。気をつけます」
「それから名前だけど、山本信一って名前真面目すぎるわね。大学の商学部出て、中小企業で働く分にはいいけど、この世界向きじゃないわ」
 ほら来た。
「シンイチ」
「はい?
「あなたはこれからシンイチよ、名字なし、ただのシンイチ。いいこと」
「イチローみたいでいいですね」
「あら、最初は嫌がると思ってたのに、意外ね。まあ、頑張って、シンイチ」

 そんな風にして面接は終わった。何の注意を受けないなんて変だろう。
「ゴメン、変なことになっちゃって」
 廊下に出た僕に追いついて、白井愛は言った。
「いいよ、別に。怒られなかっただけでも儲けもの」
「これしかなかったの、シンイチ君と会い続けるには。みず江さんに変な入れ知恵したのは実は私なの。ああ見えて、とても頼りになるいい人なのよ。」
「たしかに悪い人には見えない」
「すごいやり手で、事務所の中はだれも逆らえない。社長でさえも。だから、合わせてあげて」
「うん、わかった
 逆らえるわけもないし、逆らう気もなかった。
「それから…ご両親のこと知らなかった」
「当然だよね、言わなかったんだから。言いたくなかったし、言う必要もなかった」
「そうね、私だって言ってないことあるし…
「それは言いたくなった時でいいよ」
「でもよかった。シンイチ君と同じ事務所で仕事できるなんて」
「まあ、いちいち会う手間は省けるね」
「それがそうでもないのよ、他の人もそうだけど、めったに顔を合わせることはないと思うわ」
「スケジュールが合わないんだね
「来週から忙しくなると思うわ。アルバイトなんてできないわよ。まずはレッスン、レッスン、レッスン
「そんなに大変なんだ」
「でもね、私にはわかってるの」
「何が?
「きっとシンイチ君、スターになれるわ」
「ない、ない。それはない。地味にエキストラとか、バックダンサーとかやって、いつの間にか消えてゆく。そして、また元の生活に戻るのさ」
「なんだかさびしい言い方ね。普通の人はみんな喜ぶのに
「余計な期待はしない。夢も抱かない。ただ、目の前の仕事を一生懸命やるだけ。それがコンビニのアルバイトであろうと、芸能人だろうと同じこと」

 諸行無常、今を生きろ、明日は明日の風が吹く。こうして、僕は一夜にして芸能人になったのだ。

へ続く)

この物語はフィクションであり、実在の人物・団体とは一切関係ありません。

『ホワイトラブ』目次
1.プロローグ
2.ホテルニューイサカ
3.白井愛
4.セントラルパーク
5.サタケ商店街
6.エトワール

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