16
(15より続く)
黒川瑠衣の話では、最近赤塚佐和子に元気がないのをひしひしと感じるという。LINEで呼びかけても、大丈夫、なんでもない、忙しいだけの一点張り。だが、色々と仕事で小さな失敗を繰り返したようで、上に始末書を提出したこともあるらしい。それまでの赤塚佐和子からしたらありえないミスだと黒川瑠衣は言うのである。
「絶対にセンセイのせいね」
「そうにちがいないわ。悪い人ね」
「今まで人から悪い人なんて言われたことないぞ」
「そう、いい人。だから悪い人になるのよ」
「どういう論理だ」
「優柔不断で、先延ばしで、覚悟がないのよ。一人の異性を愛し抜く覚悟がないのよ」
「二の句が継げなくなったら、逆効果だよ、先輩」
「わかってるけど、つい言い過ぎちゃうのよ」
「いっそのこと、先輩とくっついてしまえば」
「何言ってるの、年も離れてるし、あくまで先生と元生徒だし、恋愛対象として見たことはないわ。逆に、そうじゃないから、気楽になんでも話せる」
「でも、好きなんでしょう。だからそんな風にムキになる」
「なら、あなたはこの人が嫌いなの」
「嫌いならこんなこと相談するわけがないです。でも、何というのかしら、そう、ドラえもんみたいなの」
「ね、それと同じ」
ドラえもんは人間界の動きには干渉するが、自分の利害で動くことはない。しかし、私には自分の利害を追求しろと二人は言う。とかくこの世は生きにくい。
「わかったよ、ちゃんとデートに誘う」
「本当に?」
二人は急に目を輝かせ、私の方をのぞき込む。
「昼間じゃ結局羽目外せない二人だから、お酒飲みに行った方がいいよ、センセイ」
「いやだよ、酒の勢いで距離を詰めるのって、最低な気がするから」
17
まさか女子大生と女子高生に尻を叩かれて、デートに誘う羽目になるとは思いもよらなかった。それとも心理学者と漫画家にと言うべきか。時間を置くと先延ばしが癖になるので、その日の夜赤塚佐和子に電話をかけてみた。
最近読んだ本とか、観た映画であるとか、キュレーションのような内容で時間を潰していた。互いの私生活には踏み込まず、唯一共通の知人である漫画家黒川レイの新作の話で引っ張ったりしている。彼女の方も、近くの気に入った飲食店のメニューについて話したり、とりとめもない会話が二時間ほど続いた。
そして一瞬の沈黙が流れた後、私は言った。
「今度、いっしょにお食事しませんか。」
彼女の同じ台詞が重なった。飲食店の話をしたのは、前振りだったらしい。
もちろん、デートの日時や場所は、高梨聡美にも、黒川瑠衣にも内緒だった。
(18へ続く)
『ペーパーリレーション』 1, 2, 3, 4, 5, 6, 7, 8, 9, 10,11-12,13-14,15,16-17, 18, 19
『ホワイトラブ』 1, 2, 3, 4, 5, 6, 7, 8, 9, 10, 11, 12, 13, 14, 15, 16, 17, 18, 19
この物語はフィクションです。実在の人物・団体とは一切関わりありません。
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