LOVE STORIES

Somebody loves you-J-POPタッチで描く、ピュアでハートウォーミングなラブストーリー集

ペーパーリレーション 3

2016-12-18 15:43:27 | 小説

(2より続く)

 一枚の答案に目をやる。記号や数字で答える部分は完全に埋まっているし、単語レベルの記述式問題もほぼ埋まっている。この程度答えていれば、偏差値60近くはゆくだろう。問題は、論述式の解答欄に書かれた文章だった。元の問題は、英文の要旨をまとめる問題で、著者が少年時代知り合った一人暮らしの老人との交流と老人の死に関わる文章である。けれども、書かれた文字は次のようなものだった。

 

 死にたい。もう生きている意味が見つからない。

 でもどうやって死のう。

 飛び降り自殺?頭がひしゃげるなんてグロテスク。

 電車のホームに飛び込む。手足がバラバラになったり、首が飛んだりして不気味。

 首吊り自殺?大小を垂れ流すなんて美しくない。

 リストカット?何度もやってみたけど、そうそう死ねるものじゃない。

 とすれば、やはりオーバードーズしかないのだろうか。

 それとも…

 

 ときには苦し紛れに、知っている単語をキーワードとして使いながら、想像力を働かせて、答案をでっちあげる生徒もいる。この問題でも、「空き家と思われた家に入ってみると、老人が何ものかによって殺されていた」と、『名探偵コナン』のようなストーリーを練り上げ解答した生徒もいたが、これはそのような文章とも思えなかった。単なる暇つぶしの妄想なのだろうか。しかし、「リストカット?何度もやってみた」という文がはたして妄想から書けるだろうか。本来、模試の答案にそうしたメッセージが書かれていようと、見て見ぬふりをして通り過ぎるのが正しい選択である。実際には、致死量の睡眠薬などそう簡単に未成年の手に入るものではないし、十中八九自殺は行われることがないだろう。けれども、もしもいじめなどの理由によって、この生徒が死の直前にあるとすれば、この答案は一種のSOS信号ということになる。

 いずれにせよ、この問題に対して得点を与えることはできない。解答の脇に0と部分点を書き、採点の作業を私は進めた。

 受験番号87511、黒川瑠衣。答案は学校受験のもので、学校コードから、白木東高校の2年7組の女生徒であるとわかった。文字は細く、丁寧だが鋭角的な癖がある。得点を合計してみると71点、ゆるめに出るこの予備校の偏差値なら68程度とかなり優秀な部類である。文章で答える問題は、基本的な和訳以外はほとんど答えていないが、数字や記号で答える問題、単語レベルの記述問題はほぼパーフェクトであるために、上位に食い込んでいるのだった。とりあえず残った答案を採点し、作業を終わらせることにする。しかし、脳の中では、黒川瑠衣のあの文章が、指にささり先端だけが抜けたものの、根元が肉の中に残り続けかすかな痛みと違和感を感じさせる木の刺のように心にひっかかり、うずき続けたのだった。

                                                                 (4へ続く)   

『ペーパーリレーション』 1, 2, 3, 4, 5, 6, 7, 8, 9, 10, 11-12, 13-14,15,16-17, 18, 19

『ホワイトラブ』 1, 2, 3, 4, 5, 6, 7, 8, 9, 10, 11, 12, 13, 14, 15, 16, 17, 18, 19


 この物語はフィクションです。、実在の人物・団体とは一切関係ありません。



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