LOVE STORIES

Somebody loves you-J-POPタッチで描く、ピュアでハートウォーミングなラブストーリー集

ホワイトラブ 14

2014-11-10 11:57:45 | 小説

14 読書の時間
13より続く)

 レジの向こう側で、江口さんがにっこり微笑みながら言った。近くの女子大に通いながら、ブックオンのアルバイトをしているが、かなりのベテランだ。
「山本君、よく本を買うわね。いいお客さんね」
「大体百円のばかりだけどね。ブログのネタにもなるし、会話が途切れそうになった時にも役に立つ」

 ブックオンの単行本の安いコーナーが二百円均一に値上がりしたので、最近は文庫とコミックに加え、新書を読むようになった。文庫も出たばかりのものは高いし、コミックも古典になったものを揃えたあとは、ネタになるのは新しい作品で、新刊と比べて大して安いとは言えなかった。その点、新書は科学や社会問題を扱っているので、賞味期限が長く、しかも単行本に比べ、場所をとらない。部屋は台所を除くと、六畳一間なので本を買いすぎると生活スペースが圧迫されるのだ。

 今のところ特に支障がないので、僕はアオヤマの事務所に通うにも、ロッポンギのテレビ局に通うにも、地下鉄を使っていた。座れる時は、地下鉄で本を読むのが数少ない息抜きの時間だった。100円均一で買った新書本の著者も、やはりシンイチという名前だった。

≪秩序を保つために秩序を破壊しつづけなければならないこと、つまりシステムの内部に不可避的に蓄積するエントロピーに抗するためには、先回りしてそれを壊し排出するしかない。≫(1)

 本が増えすぎて部屋が住めなくなる前に、本はブックオンに売るのが一番であると書いているように思えた。それが<動的平衡>というものらしい。

 列車の中吊り広告に芸能ネタが上がっているのが見えた。
「会堂竜二に新恋人発覚!新作映画で熱愛か?」
 見ないようにと思ったがやはり見てしまう。そして、乗り換え駅の売店で雑誌を買う。
 来た。フェニックスのいつものやり方だ。本当は不快極まりないはずなのに、白井愛が話題になり、写真が入っていると嬉しくなる複雑な心境の自分がいた。
 番組収録前に読んで心を乱したくないと、バッグの中にしまい込んでしまう。そんな風にしてしまうと、数日間見ないこともしばしばだ。開くのが気が重いのである。僕は、再び読みかけた本を開く。ページも残り少なくなっていた。

≪後に知ったことだが、この眺めのよい台地の上には、一九四五年の敗戦時まで陸軍の広大な工兵学校があった。おそらく戦後、長らく放置されていたこの地は徐々に転用と開発が進み、公務員住宅、裁判所、学校、公園などに変わりつつあった。私たちが引っ越してきたのは、そのような変貌の終盤の頃だった。
 つまりこの場所は、地理的に、東京とその郊外が接する界面であっただけでなく、時間的には、戦後がなお戦前と接している界面でもあったのだ。界面(エッジ)とは、二つの異なるものが出会い、相互作用(エッジ・エフェクト)を起こす場所である。≫(2)

 もう少しで、読み終わろうとする頃に、地下鉄のドアが開き、あわてて飛び出した。
 テレビ局まで歩く間に、事務所から電話があった。みず江さん直々だった。
「喜びなさい。映画の出演が決まったわよ、結構重要な役。愛とも共演できるわよ」
「ありがとうございます。頑張ります」
 それは会堂竜二主演のあの映画だった。僕には、みず江さんが何を考えているか見当がつかなかった。おそらく白井愛の出演のバーターでねじこんだのだ。『ヤメセン』で売り出し中の若手俳優なら、話題性も十分だし、向こうも断る理由がなかったにちがいない。だが、みず江さんは、僕が芸能界入りする前から白井愛と親しかったことを知っている。まさかわざとぶつけたのか。それとも?
 
 相互作用(エッジ・エフェクト)という言葉が浮かんで消えた。

15へ続く)

(1) 福岡伸一『生物と無生物のあいだ』、講談社現代新書
(2) 同上

この物語はフィクションです。実在の人物団体とは一切関係ありません。

『ホワイトラブ』目次
1.プロローグ
2.ホテルニューイサカ
3.白井愛
4.セントラルパーク
5.サタケ商店街
6.エトワール
7.ヤメセン
8.  那珂川さつき
9.White Love
10. 視聴率

11.フェニックス
12.ツダマガ
13.那珂川さつき PART2
14.読書の時間



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