書名:質量とヒッグス粒子
~重さと質量の違いから測り方、質量の生成にかかわるヒッグスメカニズムまで~
著者:広瀬立成
発行:SBクリエイティブ
目次:序章 物理学の大革命:標準理論の確立
第1章 ニュートン力学と質量
第2章 質量はどのようにして測るのか
第3章 質量とエネルギーの同等性
第4章 質量の担い手:ミクロの世界へ
第5章 質量の生成:ヒッグスメカニズムとは
第6章 宇宙と質量
2013年10月8日、ピーター・ヒッグス博士とフランソワ・アングレール博士が、ノーベル物理学賞を受賞した。ヒッグス博士らが、1964年にヒッグス粒子を予言し、欧州原子核研究機構(CERN=セルン)の大型ハドロン衝突型加速器 (LHC) によって、ヒッグス粒子の存在が確認され、今回の受賞となったもの。LHC実験では、リング上2か所にヒッグス粒子の観測に的を絞ったATRASとCMSが設置されている。 現代の素粒子理論は「標準理論」と呼ばれる理論によって成り立っている。しかしながら、これまでは、質量生成の仕組みについては、仮定の領域に留まっていた。この「標準理論」は、尺度を変えても物理法則は変わらないという、“ゲージ対称性”を出発点にしているが、このゲージ対称性によると、粒子の質量は、ゼロでなければならないが、現実の粒子は質量を持っている。このために、ヒッグス博士らは、今から50年前、ヒッグスメカニズムを含むヒッグス理論を提唱し、これにより粒子が質量を持つことを予言した。このヒッグスメカニズムからは、“ヒッグス粒子”と呼ばれる素粒子の存在が予想された。このヒッグス粒子を発見することも含み、CERNは、2008年にLHCを完成させ、これをもとにヒッグス粒子の発見に全力を投入してきた。
「質量とヒッグス粒子」(広瀬立成著/SBクリエイティブ)は、このCERNによるヒッグス粒子の世紀の大発見により、ピーター・ヒッグス博士とフランソワ・アングレール博士が、ノーベル物理学賞を受賞した直後という、誠にタイミング良い時期に発行された書籍である。ヒッグス粒子が発見されたときには、テレビ、新聞などのマスコミは、こぞって報道を大々的に行ったため、ほとんどの日本人は、ヒッグス粒子の名前は耳にタコができるほど聞かされ、記憶させられることになった。しかし、一部の専門家を除いて、そもそもヒッグス粒子とは何ぞやという問いに答えられる人は、そう多くはないであろう。ヒッグス粒子という名前は誰もが知っていても、その中身についてはほとんどの人が知らないという、何とも不可思議な現象が発生してしまったのだ。同書の役割は、このギャップを埋めることにまずある。見開きのページの左ページに文章、右ページに図表を配置して、初心者でも分かりやすい配慮がなされていることが、なによりも有り難い。
一方で、同書は、単に用語を解説するのではなく、物理学の基礎を誰にでも理解できるように、丁寧に解明を進めて行くように編集されている。このため、1冊読み終えると、ヒッグス粒子とは何か?という問いへの回答以外に、物理学と素粒子理論の基礎知識が、知らず知らずのうちに身に付くように構成されている。数式はほとんど出てこないので、数式が苦手な人には持ってこいの書籍だ。数式が出てこない分、カラーの図表でカバーしているので、本質を理解するのに少しの不都合なことはない。例えば、南部陽一郎シカゴ大学教授が予言した「対称性の自発的破れ」という有名な用語が、ヒッグス粒子を語る場合には、欠かせないが、この用語を理解しようとすると意外に難しい。専門知識がない人にとっては「対称性が自発的に破れるとは、いったいなんなんだ」ということになり、ちんぷんかんぷんなのだ。ところが同書では、水蒸気(気相)←相転移→水(液相)←相転移→氷(固相)という、誰でも理解できる例を取り上げ、文書と図表を使うことによって、あっという間に理解可能となるのだ。まるでマジックを見ているみたいな気分になる。とはいえ、科学的に正確なので心配は無用。
同書の最後の第6章「宇宙と質量」に入ると、最新の素粒子理論と宇宙論は、だんだん接近して来る様が読み取れて興味深い。「量子宇宙とは」「標準理論を超えて」「超対称性とは」「ダークマターの正体」「ニュートラニーを探せ」など、最先端の研究テーマが紹介されている。正直、この部分になると、初心者では理解するにはしんどくなる。ただ、将来、物理学や天文学の道に進みたいという若い読者にとっては、大いに刺激を受ける部分なのではなかろうか。現在、解明されていないテーマは、今の若者によって、将来必ずや解明されることになるからだ。筆者の広瀬立成氏は、1938年、愛知県生まれ。理学博士。現在、首都大学東京名誉教授。東京工業大学大学院修了後、東京大学原子核研究所、ハイデルベルク大学を経て、東京都立大学教授、早稲田大学理工学総合研究センター教授などを歴任。アメリカ・ブルックヘブン国立研究所、欧州原子核研究機構(CERN)などで研究し、多くの成果を挙げてきた。(勝 未来)