風音土香

21世紀初頭、地球の片隅の
ありをりはべり いまそかり

私見だけど

2007-09-19 | 風屋日記
某掲示板での若者達の会話。

「55年体制二度目の崩壊もそう遠くはないかも。
 とはいえ民主党政権にもこれといってあんま期待できんところが
 二本政治のつまんないところ」
「そうなんだよね~
 民主に魅力的な政策があるわけでもなければ
 それを実現する力があるかも疑問だよ」
「元自民党議員だらけの民主なんて小沢が代表張ってる辺りで自民党と何も変わらん。
 自己完結型の自作自演政治だ。
 2大政党制なら共産党とか社民党が1つの勢力になって欲しい。
 どーせ無理だけど 」
「↑共産党にそれを期待すんのは武蔵がK-1で優勝するのを期待するようなもの 」
「おいおい…
 二大政党制ってのは政策や思想において
 相反する二つの政党(例えば保守vsリベラル)が戦うんじゃなくて、
 似たもの同士が同じ目的を達成するためにはどちらの政策がよりよいか、
 どちらの政党がその政策を実現できそうかを争って、
 有権者は政党Aがだめだったら今度は政党Bに任せてみよっか、
 でBがだめだったらまたAにやらせてみよっか、っていうふうに
 政党を選択する制度なんだけど…
 だから、9条改正の自民vs9条死守の社民ではなくて、
 9条を改正するなら自民にやらせるべきか民主にやらせるべきか、
 という議論が二大政党制の本来の姿」
「社民w」

まぁ、政治に興味を持つ若者達がいるのはいいことだ。
その考え方が的を得ているかどうかは別として。
ただ、ここで気になったのは最後。
どうして社民が「w」なのだろうか。

考えてみれば今の35歳ぐらいまでの人達は
かつての社会党をリアルタイムで知らないんだよなぁ。
社民党といえば何だか漠然とした表現の言葉を
ピーチクパーチク言ってる政党というイメージしかないのかも知れない。

社民党は労働組合にあまりにも頼り過ぎた。
本当なら70年安保後、草の根の市民運動にシフトすべきだった。
もちろん労働組合もその「市民運動」のひとつと捉えて。
そうすれば当時の民社との確執や右派、左派の対立もなかったと思う。
土井さんが活躍した売上税問題のあたりもチャンスだったね。
あまりにも労働組合に乗っかり過ぎたために
民間系が民社や右派を、総評系が左派を支持し
それが分裂を生むこととなった。
そして労働組合がひとつになった連合が民主を支持するようになり、
社民党は置いてけぼりを食った形になってしまった。
とどめは小選挙区制。
これで「自己完結型の自作自演政治」ができあがった。

二大政党制でも別に構わないんだけど、
例えば憲法改正に関しては自民、民主ともに改正論を展開し
有権者には選択肢がかなり狭められてしまっている。
私としては55年体制も充分に二大政党制に近かったと思うんだけど
現状の形は誰かの恣意が裏で動いたんだろうねぇ。

私は全面的に社民党を支持する立場ではない。
(近しい人は結構いるけど)
でも各政党の言い分を聞いていると、
やっぱり私の考え方に一番近いのは社民党なのかなと思う。
そういう立場からあえて意見すると、
今後はあまり意見を拡散して総花的なマニフェストを作らずに
護憲や世界平和を骨子に据えて実直に活動すべきと思う。
まだ遅くはない。
平和貢献活動をしている市民グループやNGOをカバーしよう。
民主との差別化はそのあたりからだ。
コメント
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