日々是好日

「日々是好日」をモットーの日常を気のむくままに・・・

被災地復興と花粉症対策(3月28日)

2011-03-28 | Weblog
 「この頃症状出る?」 ジムの風呂場で一緒になった花粉症仲間に尋ねられた。そう言われてみるとこの二三日目頭が痒くない あれほど痒かったのにだ ペナンでは鳴りを潜めていたのに帰国するや否やという感じで目は痒いクシャミは出るの一週間だったのにだ 金曜日夜から土曜日朝方にかけて雨は降りはしたがそれ以後は今日まで晴れ 「紅ふうき」を飲んではいるが薬ではないし・・ いずれにしても自覚症状がないというのは吉兆であることに違いは無い この状態が続いてくれることを願うのみだ。「山のスギを切って被災地の復興に役立て切った後に広葉樹を植えれば花粉症持ちは助かる 一石二鳥なんだけど・・。」と彼。 輸入外材とは太刀打ちできずかまってもらえないため山は荒れ気味の現状改善に繋がるのであれば復興策として一考に値するのでは・・と湯船につかりながら思った。  その被災地復興だがいまだ展望は開けていないようだ そればかりか福島原発のほうは事態は深刻化している。 こんな状況なのに何故姿を見せないのだろうかと訝しく思っていた東電の社長さんは過労でダウンしていたらしい。  福島原発建設されて40年 建設前の1960年にはマグニチュード9.5のチリ地震が起きていたにもかかわらず「マグニチュード8以上の地震・大津波襲来いずれも想定からはずして設計した」との福島原発設計者の告白をネットで見た。 真実はこういう事態が生起しないと表に出てこない 日本原発の「安全神話」は実は虚構であった こういう事例というのは多分他にも沢山あるのだろうな。 

春のJrWalking(3月26日)

2011-03-26 | Weblog
 今年最初のJrWalkingは小倉駅Startの7キロコース 紫川河畔では今はやりのB級グルメのイヴェントもやっているとstart時にチラシを渡される。 予報は曇後晴だったが歩いていると時々雨がありジャンパーを着ていても少し寒い。グルメ会場も10時前なので準備中 ゴールイン後に会場まで引き返して何か食べてみようかとも思ったが其処までするほどのものでもないような気がして帰ることにする。 帰途DEODEOに寄って懸案の携帯からパソコンへの写真移送について説明を受けたが要領良く分かりやすい説明だったのですぐに理解できた なかなかオツムの回転の良い賢そうな顔つきの女性店員だった 帰ってやってみたが一発でOK ペナンで写した177枚の写真がスムースにパソコンに取り込まれた。  関東東北太平洋大地震 発生から半月を経過したがいまだ復旧に着手の目処すら立っていないように見える 福島原発関係は作業員が放射能に被爆?入院という事態まで起きており事態の深刻さが浮き彫りになってきているようだ 渦中の東京電力 安全管理のずさんさ 責任感の軽薄さが伝わってくる 肝心の社長がこれまでの間全く声も姿も聞こえず見えずというのも??だ。 Walking出発前在官中いろいろお世話になった在仙台のH氏に葉書を投函 グーグルマップではお住まいは海岸から遠く離れているようなので津波からはOKだったであろうと思うのだが・・道路事情も逐次復旧と伝わってくるので何とかご無事なお手許に配送されると良いのだが・・。

気の持ち方(3月21日)

2011-03-21 | Weblog
 帰国して5日が過ぎた この間ジムに出かけたほかはTVの前に磔状態 TVが伝える地震・津波・原発の事象発生後の推移を追う毎日だ。 一体いつになったら次の段階すなわち復旧に手が付くのか 家屋の屋根に乗っかっている車 庭先に流されてきている車の窓に「取りに来るまで動かすな」という多分この車の持ち主が貼り付けたであろう張り紙・・・ 家主が自分の家を何とか元通りにと思ってもこれでは片付けにさえ手が付けられないのでは・・? いったいどうすればよいのか・・ この種事象はおそらく数え切れないくらいあるであろう。 まさに政治の出番である。 非常時立法により物事が動くように次の段階にスムースに速やかに移行できるように今こそ動くべきときなのではと思う。 しかし一向にその気配は感じられない カオが全く見えない。  阪神淡路のときの村山内閣 そして今回は菅内閣 どうしてこのような巡り合せになるのか・・ 果たして日本は立ち直れるのか・・。 なにかしたい せねば という気持ちが湧いてくる が 片付けヴォランティアにでも応募して・・という気持ちはあれど間もなく後期高齢者の爺さんではかえって足手まといになるだけだろうし精々義捐金拠出どまりか・・ TVの前で同じようなことを反芻する毎日が続いている。   午前義姉宅訪問 いろいろ話しているうちにモヤモヤしていたものがヤヤふっ切れた感じになる。 「文友会」欠席 「南国暮しの会」延期 の状況から「健レク」花見も同様にと思っていたが・・。 事象発生から既に10日経過 花見は来月に入ってから いろんな会合等出席自粛するとして一体何時まで・・  と考えてきてそれはそれこれはこれと吹っ切ることにした そうしたからといって被災地の方々のことを軽視することには繋がらないのだ 気持ちの整理がついたので幾分気分が軽くなった気がする 良かった。 

ペナン最後の日(3月15日)

2011-03-15 | Weblog
 12階にあるホテルの部屋から今日でサヨナラとなる街の様子を眺める。目の前にはスーパーからフードコート銀行となんでもありのペナン島を代表する観光スポットである「コムタ」が 目を右に転ずればそのすぐ横のビルにビッグモール「GAMA」の文字 更に右に転じていくとデパート「PENANG TIMES SQUARE」 そしてペナン島と本土を結ぶマラッカ海峡にかかるペナン大橋も目に入ってくる。 食事処を選ぶに良しショッピングに良しそしてコムタ傍には島内各地への交通の要バスセンターありとペナンでの最後の週を過ごすにはこれほど最適な場所は無かったなとの思いがいまさらの如く新たになってくる。明日の帰国便の離陸は7:25 5時前にはベッドを離れる要ありだ 来たときも帰りも暗い中での空港往返で途中の様子が分からないままなのでと昨日は思い立って午前バスセンターから401E便で空港へ。30分程走ったところで一昨日お邪魔したM氏宅のあるコンドミニアム「GOLD COAST」が目に入ってくる。 風光明媚 ショッピングモールや瀟洒な店構えの店舗が並ぶ綺麗な町並み これで月2100RM 住環境の良さをあらためて実感させられた。 帰っての夕食はTIMES SQUAREにあるフードコートに行ってみる 多くの店舗 いずれの店舗も小奇麗で垢抜けした店構え 客層も少し違うような感じを受けた。  きょうは午前GAMAで土産物を 午後から荷造り 過ぎてみればあっという間の早かった10年ぶりのペナンの一ヶ月  ペナンに来て本当に良かった 明日は早起きできるように今からモーニングコールを頼もう。    

東北地方太平洋地震(3月14日)

2011-03-14 | Weblog
 12日以降何故だか開けなくなっていた我がブログ 今朝駄目モトと思ってやってみると開くではないか。 お気に入りに入れているHPのいくつかもこの間開けなかったことを考え合わせるとヒョッとして金曜午後に起きた東北地方太平洋沖地震になんらかの関係があるのかも・・。 当地に来てメール送信不可の状態が続いているし我がHPもファイル転送操作が10日ほど前から中途でエラー表示が出て不可 それかあらぬか我がHPを開くと表紙部分が真っ白けで中身に入っていけない状態だ。 パソコンに原因があるのかこちらでのネット環境がこれら現象に何らかの影響を及ぼしているのか??? いずれにしても明後日水曜日には帰国の途に着く 原因究明は帰ってからだ。  ホテルで見るTVも部屋に配られてくる「the Sun」なる新聞にも連日過酷を極める地震災害のすさまじい状況が伝えられている。土曜日昼過ぎになってもかからなかった日本へのTELが夕方になって漸く繋がり相模原・浜松共にOKの確認がとれてひとまず安心できたが 災害にあわれた方々のことを思うとたまたまタイミングがこうなったとはいえこの地にこうしていることにチョッとした後ろめたさ的な感じをおぼえてしまう。  昨日はチョッとしたハプニング SleepingBuddhaを観ての帰りにGurneyPlaza近くのバス停から11時過ぎに乗った101番バス コムタで降りたときに後に続くカミサンを振返ってみるとカミサンが背負ったバッグが大きく開いているではないか。ホテルで中身をチェックしてみるとカメラと小物入れが無いという 混んだバスで親切に席を譲ってくれた方がいたためずっと座っていることができたが背中のバッグの異変には全く気づかなかったというカミサン。  夕刻お邪魔したM氏宅でのご夫妻との会話の中で 当地ではこの種被害にあうことは割りに聞く話でM夫人も経験者だとか・・ 大した被害なく済んだので良かったが当地も残すところあと二日 少し緩みかかっている気持ちを引き締めなければ・・用心用心だ。  それにしてもここの住事情 昨日お邪魔したM氏宅高層マンション プール中庭等々 そよ風の入るベランダからの眺望 ゆとりの家具つき120へーべ 近くにはメガモールのジャスコと申し分の無い環境で家賃2100リンギ/月(現レート28円/リンギで6万円/月)だという。 少なくとも住環境については当地ペナンの方がチェンマイに比して圧倒的に良いということは断言できるとの思いがさらに確かになった。  

SunwayHotel(3月11日)

2011-03-11 | Weblog
 ジムでかいた汗をシャワーで流し冷えた缶ビールを冷蔵庫から取り出しグラスに注いで一気に呷る アア2週間ぶりに味わうこの美味さ・・。 昨昼過ぎ ここGeorgetownのSunwayHotelにチェックインして丸一日余が過ぎた。それまでの各1週間ずつを過ごしたTanjungTokongのNazaTalyya BatuFerringhiのHydro各ホテルともにビーチリゾートホテルという性格からかプールはあるもののいずれもジムが無かったのでジム後のビールという至福のひと時から遠ざかっていたこともあって余計にその美味さが喉に染みるようだ。   ここGeorgetownのHotelRoyalPenangからスタートしたPenang生活も4週目に入った。 そして当地の気候も変わり目に来ているような気がする 昨日も夕食を摂りに外出する前の小半時チョッとした夕立があったが 今日はKekLokSiTemple(極楽寺)から戻ってすぐの1時過ぎに小一時間そして先ほど5時少し前からの雨 これでもう6日連続の驟雨となる。 でもこの雨 熱った建物や道路を冷やし涼気を運んできてくれるから有難くもある。  一昨日 HydroHotelで過ごした日々の最後の夕食はW氏お薦めのSliSayanで摂ったが たまたま当地南国会員N氏ご夫妻とご一緒できるというチャンスにも恵まれ満席に近かったお客も我々以外は一組のみとなった10時過ぎまで話が弾み お住まいがTanjungBungahということで帰りのバスの中までも話が続いたが ホテルの良否は別として ここでの1週間がいろんな面で価値あるものになったのはW氏あってのことだとHydroHotelチェックアウト前にかけた挨拶TELの口には自然にその思いがこみ上げてきた。  ここでの最後の一週間 スタートはPenanngHillから町の全貌を眺めて・・と9時少し前にホテルうを出てコムタ横のバスセンターへ PenangHill行きは204番バスらしいと調べては来たが乗り場が分からない たまたまそこにいた中年の男性に「I want to go PenangHill・・・・」とまで言ったところで彼曰く「私は日本人ですけど・・」  「あ どうも 失礼しました・・」  見れば確かに日本男性だ。  そして行き着いたPenangHill 山頂へのケーブルはメインテナンス中で「オープンは数週間後・・」とのガードマン?の返答にそれでは折角ここまで来たのだからとそこからそれほど遠くない場所にある極楽寺へWALKINGを兼ねて30分ほど歩く。 ここも大きな大仏がおわします所は結構な高さがあり片道2RMのリフトに乗って上がった場所からはGeorgetownが一望の下にあったので今日の目的の過半は達成できたも同然と大満足でホテルへ帰った。         

YahongArtGallery(3月9日)

2011-03-09 | Weblog

HydroHotel滞在も今日まで 明日午後からGeorgeTownへ移動するとわざわざBatuFerringhiまで出かけてくることも無いであろうからと朝食後バスで町へ出かける。   『静かで景観にすぐれたホテルをと当ホテルを選んだは良いがTanjungBungahとBatuFerringhiそれぞれの町から丁度中間地点の岬に建ちホテル後方にフェンスに囲まれガードマンの立つ数棟のコンドミニアムと高級?住宅のみという立地 勿論店舗などあるわけもなく 景観を眺めるにはもってこいであっても日々の生活には不便なことこの上なし。 ホテルのレストランPalmでの食事も朝食以外も全てでは厭きも来るしそれに割高にもなることから夕食がてら町にと思っていたのだが一昨々日来3日連続で夕刻になると雷鳴稲妻を伴ったもの凄いスコール 一昨日はBatuFerringhiの町に出て食事を始めたところだったのでホテルに缶詰状態ではなかったが町の様子を見て回れずじまい・・』   ホテルSriSayanの前でバスを降り美しい砂浜の延びるFerringhiビーチや町並み等々を眺めながら町外れに建つYahongArtGalleryを目指す。10年前の訪ペ時にも訪れた大きな古美術店 カタコトの日本語を話せる店のご主人が以前もウチに来たことがあるのでは・・?と話しかけてくる 買い物は結局数枚の絵葉書のみではあったが収穫としては大きなものがあった。 雲のお陰で日差しもそれほどでなかったので店を後にしてからも暫時街中を散策し昼過ぎホテルに戻る これで当地でのやり残しは無しだ。   当ホテル 景観のみで時々プールサイド 食事も全てホテルで の生活では精々2日がいっぱいだ。 何も無いとはいってもコンビ二くらいはと思っていたのだが・・・    おまけに1時間10リンギを徴収のホテルのインターネットが故障?とかで昨日から使えない 取敢えずワードに記録しているこの文章も何時アップ出来ることになるのか・・?      結論BatuFerringhiでの1週間に当HydroHotelを選択したのは大失敗であった。       


PenangNationalPark(3月8日)

2011-03-09 | Weblog
朝目覚めて薄明かりのベランダに出てみると少し水溜りが出来ている。昨日夕食に出た折襲われた猛烈な驟雨 1時間程雨宿りを強いられてからホテルに戻ったが夜中に又降ったようだ。お日様を遮ってはいるが雨にはならないような出歩くには絶好の空模様に見えたので前々から考えていたNationalPark行きをやることに。 いつもより早めの朝食を済ませ9時少し過ぎにはホテル前のバス停から折良くやってきた101番のバスに乗り込む。この101番バス 終点は先日行ったButterflyFarmだと思いこんでいたので運転手に行き先を告げた後 他に乗客がいないのを幸いとばかり「我々はNationalParkに行くのだが終点のButterflyFarmからNationalParkまでどのくらいあるか?」と尋ねると「1キロ・・・NationalPark・・」と運転しながら答えてくれる。 そのうちバスはButterflyFarmに着くがそのまま停まらずにNationalPark方面へと走るではないか。そしてPark入り口と思しきところでバスを停めた運転手はあそこが入り口だと指し示す
「なんと親切な運転手さんなんだろう我々のほかに乗客が居なかったからといってわざわざここまでしてくれるなんて」 てっきりサービスでやってくれたものと思い込んだ当方は当に感謝感激アメアラレだ サンキューベリーベリーマッチと運転手さんに三拝九拝してバスを降り振返って運転手さんに手を振る 手を振って返した運転手さん 大きく方向を変えたがすぐにバスは停まりそしてそこに停車したままではないか どうやら101番の終点はここNationalParkのようだ。そういえばこちらの質問への答えで何か言っていたようだが終点はNationalParkだからそこで降りれば良いと言ってくれてたのかもしれない。 又一つ自作自演の旅の思い出が出来た。 10時オープンの10分前 折りよく仕事で中に入る従業員(と後で分かったのだが)が居たので一緒に入ってもよいということで5リンギの入場券と一緒に貰った地図を見ながらトレッキングを開始する。 CanopyWalkwayなる吊り橋 鬱蒼たるジャングル 全行程走破は無理だと途中で引き返そうと初めから考えてはいたがそれでも額から流れるような汗を拭きながら歩いた2時間余 冷房の良く効いた帰りのバスは充足感も相俟って満足感いっぱいであった。 

夕食会(3月6日)

2011-03-06 | Weblog
 TanjungTokongのNazaTalyyaHotelを引き払ったのが木曜日きょうはもう4日目日曜日だ。 Penanngへのお出かけメールに対して 当地滞在南国会員のW氏から来訪歓迎のメールを頂いていたが お住まいがHydroHotelから徒歩数分の直近マンションであることからお誘いをいただき昨日は午後から同氏宅を訪問する。 ホテルと道一筋を挟んで立つMiamiGreenマンション群    ガードマンのチェックを受けてマンション群のエリア内に入る。 中庭には大きなプールと子供たち用のちょっとした遊具が設置された広場 プールサイドでくつろぐ欧人と思しき夫妻に声をかけられ笑みを浮かべ和やかに会話するW氏 バーベキューエリアからは食欲をそそる香りが漂ってくる MeetingRoomやFittnessJim エリアの一隅にはコンビ二もある 至れり尽くせりの環境だ。 W氏の書斎を挟んでご夫婦の各寝室(ご夫人の部屋はバスタブ付)リヴィングダイニングキッチンが連なって一室となっている大きなLDK そしてシャワールーム 北面している全室はまた海にも面しており一日を通して暑い南国の陽射しが部屋に射しこむことはないという そしてなんと ベッドのシーツ以外は特に事前に準備の要は何も無かったという程に完備された家具付のこの住居が約5万円/月(現行レート28円/リンギで計算)だというではないか。 当地では多少の差異はあっても概ねこれが相場なんだとか・・シーズンによって充分な余裕を持って土地の不動産業者に依頼しておけば希望を満たしてくれる物件を確保することはそれほど難しいことではないようだ。タイと異なりマレーシアでは長期契約が必然と思い込んでいただけに当方にとってはこれは貴重な情報だった。 暫時歓談の後W氏の車で夕食を摂りに外出 ガーニープラザ内の中華料理店前で待っていたM支部長 K氏各ご夫妻に初対面挨拶 各ご夫妻の当地での日常やいろいろ有用な情報等々 終始笑いの絶えない和やかな雰囲気の中あっという間に時間が過ぎる。 貴重な機会をセットしてくださったW氏 同席してくださったM・K両ご夫妻にただただ感謝あるのみだ。 おそらく当地滞在で最も価値ある一日になるであろうという思いを胸にW氏の車で帰途についた。




Walking(3月3日)

2011-03-03 | Weblog
 1週間お世話になったNazaTalyyaHotelにも今日でお別れだ TanjungTokongでのWalkingも当然のことながら今日が最後となる。 毎朝歩いたお陰でTanjungTokongの町の様子は概ね頭に入った。 歩くのが苦にならないというのは海外での滞在時に大いに役に立つものだと改めて思う。知らない国でも早朝通りですれ違う人たちは殆どの人がニッコリ笑って挨拶してくれるし中にはジャパニ?と話しかけてくる人もいる。昨日歩いた新興高級住宅街?と思しきStreightQuaiの海に面した通りでも向こうから歩いてきた矢張りwalking中のこちらのレディに話しかけられた。チョッとした会話の後別れて暫時歩いたがどうもこの道路は行き止まりらしく向こうからwalkingしていた人たちが引き返してくるのが見える たまたま海岸通りから新興の綺麗な住宅街に入る道があったのでそちらに入ってみるとなんと先ほどのレディにばったり どうやら彼女宅のすぐ前だったようでこちらが迷ったと思ったらしく表通りまで車で送ってくれるという 一旦は断ったが是非にと言うので乗せてもらうことに 結局ホテルまで送ってくれた 親切な人だ たまたま持参していた湖月堂の栗饅頭の小箱があったのでジャパニーズケーキをどうぞと渡す 固辞していたが受け取ってもらった 丁度手ごろなヤツを持ってきていて良かった。見送るこちらに何度も何度も車中から手を振って帰っていく車  こういうことがあると何かホノボノとしたものをおぼえる。チェンマイ大学構内で迷ってしまった我々をチェンマイ大の女学生が彼女のバイクにカミサン共々3人乗りで表通りまで送ってくれたこともあったが南国での滞在で体験するこの種のことは何時までもホノボノとした思い出となって残るものだ そしてこれがいわゆるステイの良いところだとも思う。 1時間後のチェックアウト 3星ホテルではあったがそれなりに充実の良いホテルではあった。次のホテルでの1週間 どのような展開になるか楽しみだ。