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議論が散らかり気味の人間行動の生物学的説明、要は行動の原因はいろいろ

2024-02-03 21:25:39 | 読書ノート
ロバート・M.サポルスキー『善と悪の生物学:何がヒトを動かしているのか』大田直子訳, NHK出版, 2023.

  その人があるときなぜそのように振る舞うのか、ということを生物学的に説明することを試みる一般向けの書籍。上下巻合わせて1100頁を超える大著である。著者は、霊長類の観察もしている神経科学者で、スタンフォード大学の教授。原書はBehave: The Biology of Humans at Our Best and Worst (Penguin, 2017)である。

  人間行動の生物学的な説明、といっても多層にわたっている。まずは行動を決定する脳の構造の話で、偏桃体や前頭葉といった部位がどのような機能をつかさどっているかが説明される。直後に外界からの刺激をどう処理するのかという議論になり、以降、ホルモン、ニューロン、前頭葉、遺伝、文化の影響、と上巻は続く。行動に影響する要因をあれこれ採り上げて、その影響の程度について正しい認識を提供しようというのである。著者は、行動遺伝学者が主張するほど遺伝の影響は大きくなく、環境の影響のほうが大きいという立場を採る。下巻は、敵味方の認知や暴力発生のメカニズムについてである。道徳的直観というのはあるが、善悪の割り当てについては学習する部分もあるというのがその主張の一つである。生理的な嫌悪反応や共感だけに頼るのではなく、推論を働かせることは人間社会の進歩に重要だとのことである。

  端的には遺伝と環境の相互作用論である。それぞれの影響の程度については議論が残るものの、結論についてはまあそうだよね、という感想である。本書は話の幹のところよりも、脱線となる部分が面白い。特に著者が霊長類を観察した成果の話は秀逸である。群れの上位の雄に攻撃された下位の雄は、ストレスの高まりを示すホルモンが多く分泌される。しかし、その下位の雄がさらにその下位の個体を攻撃すると、ストレス反応は低下するらしい。「弱いものいじめは体にいい」のである。これは人間の場合でも同様であるとのこと。ただし、最下位の個体はストレスフルで早死にするわけで、そのような階層システムが望ましいなどと言っているわけではない。このほか、テストステロンは攻撃性を強めるのではなく、個体がすでに持っている行動の傾向を強めるだけ、というのも新知識だった。

  全体としては著者の主張が多岐にわたり、話があちこちとっちらかっている。著者のざっくばらんな書きぶりに従って部分部分を楽しめばよいと思う。
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