『ダークフォース』(DF)とか、 あとは読み物、落書き、日記などのブログ。

DFなどのブログを始めてみました。

小説というより、かなりテキスト寄りです。
更新遅めですが、よろしくです。^^

ダークフォース 第三章 Ⅰ

2010年06月23日 00時11分17秒 | ダークフォース 第三章 前編
   Ⅰ

 この世界には、
 『魔王』と呼ばれる存在に、対なすように存在する者がいる。
 人々は、彼の事を人類の希望と呼び、過度の期待を込めてこう呼称する。

  『勇者・アレスティル』と。

 本人の意思など無視して、彼は勝手に英雄に祭り上げられ、そしてその行いは常に称えられた。
 彼はただ、自由に生きたかっただけなのに、人々の視線はそれを許しはしない。
 また、彼にはそれなりの実力もあった。
 アレスティルという名の青年は、ギーガと呼ばれる厄災にたった一人で立ち向かい、助けを乞う人々の為に、手にしたその剣を振るう。
 彼の所持する剣は、名を『聖王剣・エルザード』という。
 その鞘は未知の宝飾で彩られており、それは見る者の誰をも魅了するほどの細工で、その片刃の刀身は、氷よりも冷たく青い光を湛えており、不思議なことにアレスティル以外には、その剣を抜くことは出来ない。
 まさに、『聖剣』と呼ぶに相応しい剣だ。
 だが、その聖剣を手にしていたおかげで、いつの間にか彼の勇名は高まっていき、それにつれて周囲の期待もますます高まっていった。
 アレスティルは正直、この剣のことを疎ましく思ってもいたが、何故かそれを手放すことが躊躇われた。
 こうして聖剣と共に戦いの日々に明け暮れていたアレスティルだったが、人々から頼られては感謝され、そして事が過ぎて平穏が戻ると人々から、アレスティルの存在は忘れ去られ、また困ったときは、思い出したかのように神頼みされてしまうという事を、ごく最近まで繰り返していた。
 アレスティルは人々が言うように、自分がもしこの世界を救えたなら、その時、おそらく自分は不要になるであろうし、また救済した後も新たに起こり得るであろう厄介ごとに巻き込まれていくのだろうな。と思いつつも、その身を常に危険に晒しながら、人々の期待に応える働きをしていた。
 彼自身のことを少し語ると、彼、アレスティルは、色白の金髪碧眼の美男子で、線が細く、長身である。
 ただ、本人は口下手なだけなのだが、その印象はとてもクールで、まるで絵に描いたような美しい勇者像をしている。腰に帯びた聖剣もそれに華を沿え、その存在感は他を圧倒する。
 根が純朴はわりに頭は切れるので、人々の善意も悪意も感じ取った上で、利用されるがまま、ギーガを討伐してきた。
 その名声を高めるにつれ、自然と誰も見たことのない高みを目指させられている自分の背中に気付くアレスティル。それは、彼をさらに辛い戦いへと追い込む試練でもある。
 その時、彼はこう自分に言い聞かせて、自身を納得させていた。
「能力があるのならば、行使すべきである。それが良い結果をもたらしているのであれば、私の行動にも意味があるというもの」、と。
 アレスティルは孤独だった。
 彼には過去の記憶というものがほとんどない。
 気が付いた時には、彼のその手には聖剣があり、どうしてもそれ以前の過去が思い出せないのだ。
 外見もその時からほとんど変わってはいない。五年は経つというのに、外見は16~7歳のままだ。
 アレスティルは何かの呪いでも受けているのだろうと、その事を深く考えもしていなかったが、それよりも悲しいことは、思い出せる人というものが、頭の中に誰一人としていないという事だった。
 私は一体、誰の為に、戦っているのだろう。
 アレスティルは、そんな弱気になる自分の心に言い訳をしては、変わらない日々をただ繰り返していた。
 そう、・・・あの日までは。

 アレスティルがティヴァーテ剣王国を抜け、その北西に位置するセバリオス法王国の領内に入った時、アレスティルは「彼女」と出会った。
 どの国にも同じようなことが言えるのだが、国境付近ともなると都から離れている為に、守備軍の数も少なく、防備は手薄である。
 ノウエル帝の名の下、各国は帝国という形でまとまっている為、逆にその辺りへの軍備の増強は、隣接する国といらぬ緊張を高めることにもなる。
 よって、仮に人の暮す集落にギーガが現れても、その規模によって見捨てられることも決して珍しくはない。
 どの国々も戦力は有限で、まして数人から多くて十数人という小さな生存圏を守る為に、貴重な高レベル戦士や数百、数千の軍隊を、多大なる犠牲を覚悟してまで派遣しようなどとは思わないし、そんなことは第一、都に住む数百万の人々が自分たちの身を守ることを優先して、許さないだろう。派遣しただけ中央は脆くなるのだから。
 実際に、正義感を振り回してギーガ駆除に総動員をかけた国家が、瞬く間にその兵数を打ち減らされ、滅びた例もある。
 大陸最強の名を冠するティヴァーテ剣王国や、それに並び立つ北東の軍事国家・レムローズ王国は、戦士数も兵力も充実している為、独自の対応策でそれに当たっているが、各国がかの大国らのように有り余る兵力を有しているわけではない。
 アレスティルにとって、辺境で人々がギーガの被害にあっているのを目撃するのは、そう珍しいことでもなかったし、むしろ、その性格上、救済を求める人々の方へと吸い寄せられているようなアレスティルであった。
 独自で高い防衛力を誇る都になど彼は興味はなかったし、大勢の人々から英雄様や勇者様だと煽てられて、お守り代わりに長期に渡る滞在を求められるのもあまり好きではなかった。
 故にアレスティルは、こうして流浪の旅を続けながら、水と食料を分けてもらう為に、しばしば人の暮らす集落を訪れていた。
 そして、僅か数件の民家の立つその荒野で、アレスティルは目を疑うような光景に出くわした。
 少女が、・・・たった一人のプリエステス(女僧侶)が、一個大隊をも潰滅させるほどに強力なギーガを複数相手に戦っていた。
 人々を守るようにして、自らを盾としてギーガの強撃を防ぎ、手にしたメイスで襲い掛かるギーガどもを振り払う。
 基本、ギーガは黒い塊のような不安定な存在だが、彼女が相手にしているそれは、獣や人型に近いシルエットをしている。それだけの形状を維持出来ているというだけでも、アレスティルは過去の戦闘経験から、いかにそれらが強敵であるかということを容易に見て取れた。
 アレスティルが聖剣の柄に手をかけ、抜刀の姿勢を見せると、それに気付いた少女はアレスティルに向かって、こう言った。
「お心遣い、感謝します。私は大丈夫です、それよりみなさんを安全な場所に。そして、あなたも早くこの場から離れて下さい。・・・誰も守れなくては、この力に意味はないのですから」
 その言葉に、アレスティルはその蒼い瞳を大きく見開き、言葉を無くした。
 彼女は『戦士』だ。
 それも、とても気高い心を持った。
 アレスティルは迷った。
 彼女の為に、戦いたい。
 しかし、それは彼女の意思に、戦士としての誇りに反することになる。
 アレスティルは、生まれて初めて、自分を守ると言われたことに手が震えた。
 こちらを見て微笑む彼女に、初めて人の温度を感じさせられたような、そんな瞬間だった。
 傷だらけになりながらも、法衣を纏うその栗色の髪をした天使は、微笑みを見せてくれている。
 きっと、いまこの瞬間も、苦しいに違いない。何度となく死線を潜り抜けてきたアレスティルには、それがわかる。
 アレスティルは冷静に周囲を見回すと、生まれて初めて目にする悪魔との戦いに、震えて身動きすら出来ない人々に向かって、
「さっさと立ち上がれッ!! 生き残りたければ自分の足で逃げろ!!!」
 と、声を荒げる。
 住民たちはアレスティルの大声に、まるで悪夢から覚めたかのように我に返り、子供たちを抱えて、小道を奥へと逃げ出していった。
 アレスティルは全員が見えない距離へと逃げ切るまで、その場でじっと立っていた。
 その立ち姿は威風堂々としており、人々はそのアレスティルの姿に、助かる希望を見出した。
 アレスティルとしては、別にそういう意味で立っていたわけではなく、ただ彼女が危機に陥る事があるようなら、有無を言わさずギーガどもをなぎ払うつもりでいた。
 そのつもりでアレスティルは、一閃でケリを着けられる間合いにギーガどもを捉えていた。
 アレスティルはこの時すでに、聖剣へと静かなる錬気を始めており、抜刀と同時にその奥義によって敵を殲滅出来るように、静寂にも似た沈黙を保っていた。
 その姿を見て彼女は言う。
「あなたも、どうか早く」、と。
 死闘を演じる彼女には、アレスティルの姿がぼやけて見えている。
 彼女はアレスティルにさえ、ギーガどもの攻撃の余波が届かぬように、背面にライトフォースの盾を形成していた。これは彼女にとっては、かなり不利な条件である。
 アレスティルがその場に留まれば、彼女は全力でギーガにあたることは出来ない。
 しかも、彼女は僅かにだが押され始めている。住民たちを長時間にわたって守り続けていたしわ寄せだ。
 アレスティルに、彼女のその守りの壁は、あまりにも心地が良すぎた。
 まるでそう、天使の羽にでも包まれているかのように。
 彼女が次の言葉を言いかけた、その刹那。
 アレスティルは道理ではなく、心で動いた!!

 アレスティルの碧眼に、銀光が流れる・・・。
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ダークフォース 第三章 Ⅱ

2010年06月23日 00時08分02秒 | ダークフォース 第三章 前編
   Ⅱ

 「凍結剣・絶対零度」

 その言葉と共に、世界が蒼く没する。
 彼女には、アレスティルが何をしたのかが分からない。
 ただ、吸い込まれるように美しい光を放ち続ける聖王剣・エルザードに見入ってしまったその瞬間、彼女の背後から煌びやかにダイヤモンドダストが舞った。
 アレスティルが静かに剣を鞘に収めると、世界は元の色を取り戻し、彼女をプリズムで照らすかのように、複数の氷の結晶が砕け散る。
 彼女がその正体がギーガどもであるということに気が付くには、少しだけ時間がかかった。
 アレスティルは、きょとんとした表情でその場にへたり込んだ彼女を残して、その場から立ち去ろうとした。
 戻ってきた人たちが、自分のことを英雄だの勇者だのと扱うのはなんとなく遠慮したかったし、アレスティルは初めて感じたその心地良さを記憶に留める為に、彼女に自分の正体が悟られる前に、彼女から離れたかった。
 自分がその「アレスティル」であるという事の彼女か気付けば、彼女の態度は一変するだろうし、そんな作られた視線を浴びるのは、彼としては避けたかった。
 アレスティルは、何の見返りもなく戦士として生まれたことを理由に、人々を純粋に守ろうとする彼女のその姿が見れただけで、心が少しだけ満たされた感じがしたのだ。
 それは、孤独を感じていたアレスティルにとっては、嬉しいことなのだから。
 救えば、忘れられ、でも求められれば何度でも戦う。
 そんな戦士は、数えるほどしかいないだろうし、直に目の当たりにしたのは、初めてだった。
 こうして、アレスティルが人々が逃げ出したその反対側にある小道の方へと振り返ると、彼女の方がすくっと立ち上がって、アレスティルにこう尋ねてきた。
「あの~、私、さっきまで戦っていましたよね?」
 その妙な質問に対して、アレスティルはコクリと頷いた。
 彼女はさら続けて、こう言った。
「えっと、旅芸人のお兄さんが、そのイリュージョンっていうんですか? えっと手品で、青くキラーンって光らせたって思ったら、氷が砕けるのと同時にギーガがいなくなってしまっていたのですが。だとしたら、それは世界平和的芸ですよね。凄いです、芸人さん!!」
「えっ・・・」
 アレスティルは自分が氷漬けになったように固まってしまった。
 冗談を言ってからかわれているのかとも思いたくなるが、彼女の表情は真剣そのものである。
 確かにアレスティルは、常日頃から他者に対して、己の実力を隠すようにしている。
 それは知られることで、状況が不利になることを事前に防ぐ為のものだ。
 アレスティルの場合、その勇名から、無理矢理に勝負を挑まれたり、場合によっては不意打ちをしてまでも名を上げようとする者さえいる。
 常にその身を狙われているアレスティル。
 彼は普段、麻の外套を纏い、深々とフードを被っている。
 その彼を倒し、伝説の剣とまで呼ばれる『聖王剣・エルザード』を手にする事で、勇名さが天地に知れ渡ることに間違いはないだろう。使えるかどうかは別問題だが。
 故に、かなりの距離まで近付かないと、自分が戦士であるさえを容易に悟られないように細工しているが、それでもこの距離だ。アレスティルの内から溢れ出す、その抑えきれない強大な力は、同じ戦士である彼女には感じられて当然のものだろう。
 微妙に混乱させられた発言をした彼女に向かって、アレスティルは問う。
「よかったら、君の戦士レベルを教えてくれないか?」、と。
 誰もが正確に相手の戦士としての力を見抜けるわけではない。
 名のある戦士や、各王家に仕える戦士たちは、無用な争いを避ける為、大抵、それを公言してはいるが。
 アレスティル当人も彼女のそのつかみどころの無さに戸惑うも、大体これくらいだろうということで、目見当は付けている。
 アレスティルが感じた彼女の戦士レベルは6~70台。
 これは、なかなかの数字といえる。
 すると彼女は、屈託のない笑みを見せ、その問いに答えた。
 しかも、バカ丁寧だ。
「はい、私はセバリオス法王国に使えるプリエステスで、名をレーナといいます。年齢は19歳、ぎりぎりでティーンなのです。はい、戦士レベルの件ですね。質問にお答えします。私の戦士レベルは86です」
「たかっ!!」
 思わず素でそう叫んだアレスティルだったが、一応、クールなイメージで通してあるので、すぐさま表面を取り繕った。
 しかし、予想外の数字だった。
 そのクラスの戦士なら、どの国でも将軍クラスの実力だ。かの超大国レムローズを治める苛烈候・ハイゼンですらそのレベルは87だというのに。
 少なくとも、野良でウロウロしているクラスの戦士ではない。
 今度はレーナと名乗ったその少女。もとい、少し幼くは見えるが19歳の立派なレディ。
 その彼女からの質問を、今度はアレスティルが受けることになる。
「はい、私は名乗ったのですから、あなたも自己紹介をお願いします。人に言えないような事は流してもらって結構ですので。あ、あと・・・出来れば、芸人レベル付きで。えへっ」
 えへっ、とか言われても・・・。と、アレスティルは何だか訳のわからない事態になってきたなと悩み始める。
 大体、自分は芸人ではないし、この距離で自分を見ても、その正体がわからないという人間に初めて出会ったのだから。
 アレスティルは、その腰に帯びた剣に気付いて下さいョ、と言いたくもなったが、気付かれていないならいないで、それは新鮮なことだったし、嬉しくないといえば嘘になった。
 ただ、当然ながら、バカ正直に自己紹介をすれば、その正体をバラしてしまうことになるし、どうせさっきまでここにいた人たちが戻ってくれば、結果的にそれを彼女に知られることになる。
 だがどうしても、『芸人』というところは否定したかったので、アレスティルはどう自分のプロフィールを捏造して芸人レベルを否定したものかと悩み、天真爛漫な彼女のその天然ぶりで、微妙に曲がったその美しい記憶も、まだ鮮度の高いうちに持ち帰って、この場を立ち去りたかった。
 瞳をキラキラと輝かせて、アレスティルを見上げるレーナ。
 アレスティルは190センチを超える長身なので、見上げるレーナの首も少し痛そうだ。
 傍から見たら、大人と子供である。
 レーナは懐から取り出したメモ帳を片手に、このヴィジュアル系芸人の事を、やっぱり綺麗だなぁ、などと思いつつ、アレスティルの顔の特徴や背格好に至るまで細かくメモメモしている。
 その仕草はどこか手馴れていて、まるでドラマの刑事(デカ)の様だ。
 何か言わないとマズイ、時間は限られていると、その表情を少し引きつらせる感じで、アレスティルはこう答えた。
「私は、世界を旅する探求者。いろんな不思議を発見してはいるが、どちらかといえば世界遺産巡りに近い方。決して、芸の道の探求はしていないのでそこは強く強調する」
「えーーーーっ!! あれだけの才能を埋もれさせるつもりですか!!!」
 本気でガッカリした様子のレーナだったが、そこに絡んでいくと、きっと話がヘヤピンカーブを描いてドリフトしていくだろうなと思い、アレスティルは淡々と自己紹介を続けた。
「私は、秘密結社『魔王の穴』に追われる身で、実を言うと今すぐにでもこの場所を離れなくてはならない」
 アレスティルのバカな作り話に、素直の聞き入るレーナ。そのいたいけな姿がアレスティルには、チクチクと痛い。
「どうして追われる事に?」
「・・・借金だ」
 レーナは一瞬、真顔になって言った。
「・・・働いて、ちゃんと返した方がいいと思いますよ」
 レーナの言うことはもっともだったが、彼女のペースに巻き込まれては危険だと、口下手なりに、アレスティルはそう感じた。
 が、すでに遅し。
 慈愛に満ちた表情をするレーナの質問攻めを、今度はアレスティルの方が喰らうことになる。
「はい、ではまず名前と年齢を教えてください。迷える者を救うのも、神に使える者の使命です。迷ってますよね? いえ、迷っているハズです!」
 アレスティルはこういう変化には、とことん弱い。
 自分の頭の中で描いていた偽造プロフィールも完全に吹っ飛んでしまい、まるで事情聴取でも受けるような気分で、ひたすらメモを走らせているレーナのその問いに答えた。
「名は、アレスティル。歳は15、6、くらいかな」
「なるほど、アレスティルさんですね。15~6歳ですか、少し曖昧ですネ。では、15歳と六ヶ月ということにしましょう。でも、よく育ちましたね~。私にも少しその背を分けて欲しいですね。・・・あ、私の方がお姉さんってことになりますネ。・・・というか、その歳で、よくお金貸してもらえましたね・・・」
 変な嘘を付くんじゃなかったーーーーッ!!
 アレスティルには、そのレーナから浴びせられる同情の眼差しが痛くてたまらなかった。
 このお人好しのレーナから、仕事の世話をしてあげましょうか? と言われる始末だ。
 確かに、自分はある意味無職だ。アレスティルは、そこは否定できない。
 英雄だの、勇者だの言われているが、安定した収入があるわけではない。もちろん、借金なんて有りもしないのだが、何らかの職を手に付けておいた方がいいのかな、などと普通に思わせられてしまったアレスティルだった。
 この変な空気に翻弄されるアレスティルだったが、自分の名を出してもその正体に気付かれていないのは幸いだと思った。
 同姓同名の人間など、この世には幾らでもいる。腰に帯びたこの剣だけは、世界に一本しかないのだが、これならば住民たちが戻って来る間に、立ち去ることも可能だ。
 アレスティルは、さらば美しき思い出をくれた人よ。と、有無を言わさすダッシュで逃げ出すつもりだった。このままでは、変な方向へと押し流されてしまうに違いない。少しでもその記憶に、なるだけ変な成分が混ざりこまない内に、と。
 ところがその時!!
 自らをその視線に捉える影があることに、アレスティルは気付いた。
 ヨボヨボのじいさんが、手を震わせながらその杖をアレスティルの方に向けて、しまりのない口でこう絶叫した!!
「おおぉ!! やはり伝説の、ゴホ・・、勇者、ゴホ・・ゴホ、アレスティル様じゃぁぁぁぁあああ!!!」、と。
 レーナはその声の方向に振り返る。
 アレスティルは、頭を抱えてその場に蹲った。
 ・・・なんで、あんなに腰の曲がったじーさんが、誰よりも早く戻って来る。
 しかも、自分が予想していたよりもかなり早いスピードで戻ってきたのが、ショックに追い討ちをかけた。
 どんだけ足が速いんだよ!! などと思いつつ、アレスティルは、額の汗を拭って、何食わぬ顔で立ち上がる。
 やはり他には、じいさん以外の人影はなく、アレスティルが予想したのと同じくらいの時間で、じわじわと人々が戻ってきた。
 じいさんは、栗毛の天使に「お怪我はありませんか?」などと手厚い保護を受け、ご満悦のようだ。
 アレスティルはこのじいさんが、ただ逃げ遅れていただけなのかとも思ったが、確かに逃げ出すスピードが他の者たちより遅かったせいもあるが、長年の経験で、これくらい逃げれば安全というのがわかっていたらしく、慌てて余計に遠くに行った人たちよりも、早く帰って来たというだけのことだった。
 そうして戻ってきた人々は、アレスティルを取り囲むように集まってきた。
 アレスティルの立ち姿は、神々しいほどに美しい。
 その金髪に流れる陽の光は、プラチナ色のラインを描き、蒼い色のその瞳は、海の底よりも深く、見つめられれば吸い込まれそうになる。
 雪花のような白い肌に、端整に整った顔立ち。
 その雰囲気に気圧されるかのように、人々は一定の距離までしか、彼に近づくことは出来ない。
 
 人々は、アレスティルと言う名の『存在』を見つめているのだ。
 彼という、『人間』を見ているわけではない。
 
 いつも見慣れたこの景色に、アレスティルは次第に心が冷えていくのを感じたが、全員が無事であったというその結果には、十分満足していた。
 その、人々と隔てられたサークルの中に、栗毛の彼女は不意に飛び込んでこう言った。
「もう、恥ずかしいじゃないですか! 私だけが知らなかったなんて。早く、教えてて下さいよっ!!」
 と、照れながらレーナは、アレスティルの肩をパシッ! っと叩く。
 レーナのその行為に、人々は凍り付く。
 ・・・なんて恐れ多いことを!! と。
 その瞬間、アレスティルがクスッと吹き出し、堪らず大声をあげて、
 アハハハハッと、大笑いをした。
「最初からあなたが、あの有名な勇者様だって知っていれば、私だってもっとちゃんとした態度を取っていましたよ。そりゃ、本人を前にして知らないなって、私の方が悪いかも知れませんよ。本当、ちょっとド忘れしてただけなんですから。・・・そんなに笑わないでくださいよ、もう」
「アハッ・・・ごめん。でも勇者様は、やめて。呼び捨てでいいから、名前の方でお願いします。レーナさん」
 そう言って髪を掻き揚げる仕草をしたアレスティル。
 その彼の表情が、どこか和らいだものに変わっていくのに、一つ外を取り囲む人々は驚かされた。
 見えない壁のようなものが解けていく、そんな感じだった。
 気高く神聖で、触れがたいオーラのようなものは、今のアレスティルにはなく、見入るほど美しいその顔の頬が、ほんのりと紅が色付いている。
 レーナはアレスティルに向かってこう言った。
「では、アレスティル君と呼びます。私のことは、お姉様と呼んでいいですよ」
 上から目線かよ!?
 と、住民たちが一斉にレーナの方に振り返る。
 再び、アレスティルが笑いだすと、彼自身にも見えない壁の向こう側にあったものに、気付けるだけのゆとりが生まれていた。
「怪我してるじゃないか、ちょっと見せてごらん」
 そう言ってアレスティルは、逃げる途中で足を枝に引っ掛けた少年の怪我の場所を軽く抑える。
 すると、何かの光を発してその傷を一瞬で治した。
 その小さな奇跡に吸い寄せられるように、人々はアレスティルを囲むようにして集まり、その子の母親からは、「ありがとうございます」の声が聞こえた。
 人肌が伝わる距離に、自分はいる。
 もうこの人たちは、自分を何か違う異質なものだと、警戒はしていない。
 アレスティルにとって、それはとても嬉しいことだった。
「アレスティル君ッ!! 何、一人で目立っちゃってるんですか。第一、治癒の専門家である私をほおっておいて、素人が勝手にそんなことして、破傷風にでもなったら、一体、どうするんですか!!」
 住民たちは、そんな彼女を見て笑い出した。
 レーナは何処からか救急セットのような物を取り出して、アレスティルに対抗しようとする。
 ペカッ、と光って傷を治せるなんて、勇者はズルいとか思いながら、レーナは人々に何処か悪いところはないかと聞きまくるが、大抵、帰ってくる言葉は、膝が痛いだの、腰が痛いだの、その辺りだった。

 こうしてアレスティル(と、レーナ)は、住民たちからの歓迎を受け、その集落を後にするのだった。
 人々は惜しげもなく貴重な食料を使い、盛大な宴を設けてくれたが、レーナは何処か納得のいかない表情をしたまま、アレスティルにお酒はハタチになってからです!! と説教しながら、自分はしっかりとリンゴ酒を片手に酔っ払っていた。
 聖職者でありながら、酒を飲むレーナの姿にアレスティルの方も、確か19歳って言ってたよね? と突っ込み返してやっていたが、レーナはキッパリ、女性に向かって歳なんか言うもんじゃありませんっ! と、いい加減な事を言っては、チキンをモグモグと口いっぱいに頬張っていた。
 アレスティルは薪の傍で頬杖を付きながら、その光景を眺めていてこう感じていた。
 笑顔が伝わってくる。こんなにも、自然に、と。
 二日酔いで頭を抱えるレーナ。この後、アレスティルは、据わった目をした彼女にこう告げられる。
「いいから、私と一緒に来なさい。おねえさんが、いい所に連れて行ってあげるから。うっぐ、・・・ホラ、女の子を待たせない! さっさと歩く!!」
 と、半ば強引に手を引かれて、彼女の居場所である『セバリオス法王国』へと、連れて行かれるアレスティルであった。
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ダークフォース 第三章 Ⅲ

2010年06月23日 00時04分26秒 | ダークフォース 第三章 前編
   Ⅲ

 北西のノウエル叡智王(皇帝)領と、南西のティヴァーテ剣王国に挟まれる形で存在している西の国、セバリオス法王国。
 アレスティルがレーナによってこの国に連れて来られてから、もう三年の月日が流れていた。

 大陸暦4096年。季節は、春。

 一昨年、争いによってスレク公国が滅ぼされていたが、
 このセバリオス法王国内は、そんなことさえ感じさせないほどの平穏を保っている。
 現在の法王が、歴代の群を抜く卓越した政治手腕の持ち主で、
 また商人たちの扱いも巧みな為、商業が盛んで国は富んでいる。
 現法王が女性であることから、国民や信者たちは彼女の事を敬愛の念を込めて、こう呼ぶ。

  『女教皇・アセリエス』と。

 彼女は主神であるセバリオスの神託によって選ばれた。
 神託によって女性が法王に選ばれたのは、アセリエスが初めての事であったが、彼女は忠実にその大役をこなし、実力でその地位の相応しさを人々に知らしめた。
 彼女の年齢は不明だが、見た目に二十歳くらいに見える。
 その外見は、端正な顔立ちに長い黒髪。
 とても美しく、華やいだ容姿の持ち主で、左右の目の色が違う。
 右目が緑で、左目は真紅。
 その神々しいまでの姿に信者は圧倒され、その美貌に憧れを抱かせた。
 在位して100年は過ぎたはずなのに、
 その艶やかさは失われるどころか、さらに磨かれている。
 それは、人々には奇跡のようにも見えたし、その姿は、まさしく神から使わされし、天使のようでもあった。
 中には、容姿の似た者を何代も入れ替えさせているのだと揶揄(やゆ)する者もいたが、
 そんな言葉を耳にする度に、アセリエスは嬉しそうに微笑んだ。

 「ワタシを讃える声が、また聞こえるワ」、と。

 彼女は、セバリオスを祭るその大神殿の最深に在る。
 絢爛豪華な衣装にその身を包み、数多の金銀財宝を散りばめたその煌めく広間に、選りすぐりの美しい小姓たちを侍らせている。
 アセリエスは、その中でも最も豪華な細工のなされた赤い椅子の上で膝を組み、その指先を広げ、爪をお気に入りの近習に丁寧に磨かせている。
 彼女は、善人とは程遠い性格をしている。
 故に欲深くもあったが、賢くもあった。
 国益の為なら、平気で少数を見捨てる事が出来たし、より対価を与えてくれる者たちに、その慈愛を分け与え、何もくれない人々は、彼女のその異なる色をした両目には映ることすらなかった。
 彼女は豪商たちととても気が合ったし、些細な事を気にする方でもなかった。
 より多くの富を捧げる者により微笑み、彼等の見られたくない部分にはその瞳をそっと閉じてあげた。
 レーナは、彼女のこの性格を理解した上で、この女教皇に仕える道を選んだ。
 アセリエスはレーナの事を特に気に入ってもいなかったが、その能力は高く評価しており、彼女のその働きに応じて、弱者を救済するような真似もした。
 アセリエスは、取引に関しては至って誠実である。
 レーナの活躍が目覚しいものであればあるほど、アセリエスの慈愛は国の内外に高く鳴り響く。
 この頃のレーナの勇名は、他国に知れ渡るほど高まっており、女教皇アセリエスにとっても、その利用価値は日に日に高まっていた。
 彼女の、アセリエスの美しき世界を守る番犬として、いまや欠かせない存在になっていると言ってもいい。

 薔薇の宮殿と呼ぶに相応しいほど美しく飾られた大神殿内は、まるで主神セバリオスではなく、女教皇アセリエス自身を奉っていると言って程に贅の限りが尽くされている。
 彼女は美しいものを愛していたし、欲しいモノは奪ってでも手に入れる性格だった。
 そんな彼女の、悪趣味なまでに国の財産がつぎ込まれた豪華な一室で、アセリエスは一人の客の相手をしていた。
 部屋はさほど広くもないが、もぎたてのスウィーツのように甘く良い匂いのする香木がたかれており、赤一色に彩られたこの部屋を、とても居心地のよい場所に変えていた。
 部屋の色と反するように、緑のレトレア織のドレスをその身に纏ったアセリエスの姿は、高貴な貴族の婦人のようであり、俗物的である。
 一方、テーブル越しに座るのは、ノリのきいた白い礼服にその身を包んだ銀髪の男。
 魔王軍四天王筆頭の、マイオストである。
 アセリエスは給仕たちに茶の支度をさせると、即刻、彼等を退室させ、二人だけの空間を作った。
 アセリエスのその存在は、見る者の言葉を奪うほど圧倒的で、絶世の美しさである。
 そのアセリエスに向かって、マイオストは用意されたレトレアンティーを口にしながら淡々とこう言った。
「まるで、クジャクのような感じですな」、と。
 アセリエスは、その言葉にフフッと笑う。
「それは褒め言葉と受け取ってよいのかしら。ガイヤート卿には、この私は羽飾りという名の財を幾つも背中にさしたような女に映っているみたいだわ」
 マイオストはこちらの世界では『ガイヤート』の名で、希少品を扱う商人ということになっている。
 アセリエスにとって、彼との取引で得られる物は、大変な貴重品であり、その心を揺り動かされた。
 その果実を前に、アセリエスにとってマイオストの正体など、特に気を惹かれるモノではなかったし、他人の事情にむやみに首を突っ込まないその寛容さも、彼女の才覚の一つと言えた。
 マイオストは、女教皇の御用商人ガイヤートとして、このセバリオス法王国に度々、潜入している。
 アセリエスはその地位を利用して、巧みな情報操作を用い、各国に影響を与える抜群の政治手腕を持つ。
 故に大陸の動向を探るには、彼女の近くに居るのが手っ取り早いとマイオストは考えた。
 マイオストは、商人ガイヤートとして、彼女に向かってこう口を開いた。
「猊下には、このガイヤートに次は何を持てと仰られるのです? ありとあらゆる天上天下の財宝をすでにお持ちのようにも見えられますが」
 アセリエスは重厚で深みのある木製の椅子に座っており、その腕木に頬杖を付くと、無数の蝋燭の光を反射させた赤と緑の瞳で、マイオストの方を見つめた。
「アセリエスと呼ぶがよい。公務でもないのにそう呼ばれては肩がこる」
「では、アセリエス様。この私はあなた様の為に、次はどのような嗜好を凝らせばよいのでしょう。竜などを倒して、若返りの果実などを手に入れて来いと?」
 その言葉にアセリエスはニヤリと口元を緩めた。
「フフフッ、それでは私が自ら老い朽ち果てようとしていると、周りの馬鹿どもに言い触れて回るようなものだのぅ。・・・ククッ、そういう冗談が言えるから、そなたは私のお気に入りでいられるのだ。世の中には様々な悦楽がある。手に入れること、愛でること、時には指をくわえてただ眺めること、・・・そして、奪い、奪われること」
 マイオストは頭を掻きながら、アセリエスにこう答えた。
「お言葉に感謝いたします。・・・しかし、怖い方だ。あなた様が、かのティヴァーテを焚き付けて戦争までしたがるその理由とは、一体、何なのでしょう。そのような大事、我が身が知るには恐れ多いことではありますが」
 アセリエスはマイオストその言葉に顔色一つ変えずに、テーブルに置かれた小振りのリンゴを手にし、それを一口かじるとこう言った。
「今日もまた、運が良いようじゃ。実はみずみずしく、糖度も十分じゃ。何より、毒が入っておらぬのが良い。さあ、ガイヤート卿も召し上がられよ」
「ハハハハハッ! やはり肝が据わっておられますな。では、私はその白桃を頂くとしましょう」
 そう言ってマイオストは手にした白桃に勢い良くかぶりついた。
 とてもやわらかで、青い香りが鼻を抜ける頃には、じゅわっと甘い桃の味が口中に広がる。
 ただの成り上がりの豪商や、親の財を引き継いだだけの人間では、彼女の言葉に躊躇う者ばかりで、アセリエスの気分を冷ますだけだった。
 実際、この手のやり取りの中、死んでいった者の数は少なくはない。盛り付けられたどの果実に毒が仕込まれているかは、仕込んだ本人にしかわからないからだ。
 アセリエスの存在を疎ましく思う人間は、内にも外にも五万といた。
 彼女はその職務には至って健全であり、聖職者たちの不祥の行いを厳しく罰した。
 彼女はセバリオス教の教えに忠実であり、利権に腐る者たちは躊躇わずに粛清する。
 彼女が豪商たちと仲良くするのも、一つは治安を考えての事である。
 豪商たちは喜んで、聖都を守る兵を出してくれるし、交易の安全の為には金を出すのを惜しまなかった。
 こうして、儲かる者を儲けさせ、その利益をアセリエスは自らに貢がせた(大半は勝手に貢がれている)。
 その金額は巨額であり、アセリエス自身はその為、潤沢な資金を保有する。
 彼女は、法王国の公金に手を出す必要すらなかったし、その行為は、彼女の高いプライドが許さなかった。
 単にパワーゲームをアセリエスが好んでいるだけの事で、彼女は、そのゲーム自体にはとてもフェアである。不正は彼女を冷めさせるからだ。
故に、ささやかなれ教団内で権力を握った者たちにとっては、彼女の存在は強烈で、憎憎しいほどである。
不正を働こうにも、アセリエスを支持し、彼女の目となる者たちも多かったからだ。
彼女は、この蠢く欲の中で平然として生き残ることで、より赤く、美しく咲き誇っていた。
彼女の行いは強引だが、それによって救われた者も数を知れない。
 アセリエスは弱者たちからは比較的慕われている。それは、彼女の演出が巧みなせいだ。
 スラムの子供たちの為にわざわざ法衣を纏って会いに行き、明日の糧を施し、未来を生きる為の知恵を教えたりもする。
 その時のアセリエスの純白の法衣姿はまさに聖女であるが、高圧的な態度は変わらないし、言葉遣いも決して甘いものではない。
 近寄りがたさを持ちながらも、法王としての品格は保たれており、それが逆にアセリエスの存在を民たちに神々しくも魅せた。
 アセリエスは、合理的に信者を獲得する行いをしているだけで、特に信者やそこに暮らすものたちを愛しているわけでもない。
 彼等の心からの感謝の言葉も、アセリエスの耳に届いているかは分からない。
 アセリエスは人々の事をまるで物か何かの様に見ている為、施しという投資をした以上、それに対しての対価には期待をしている。
 効果的に、
 「ワタシの善政を触れ回りなさい」、と。

 アセリエスは、かじりかけのリンゴを金の取り皿に置く。
 彼女は銀器を決して使わない。
 銀は毒を見抜くのには適しているが、いちいち毒見などをしていては、暗殺者により狡猾な知恵を付けてやるようなものと、彼女は、猿知恵しか持たぬ馬鹿者どもを鼻で笑っている。

 アセリエスは単に気まぐれで、マイオストのその問いに答えてやる事にした。
 どうして、争いの種を蒔きたがるのかという事に。
「フフフッ・・・。まさか、あのバルマード王が最愛の王子を皇帝に差し出すとは思わなんだが、我が国は皇都レトレアへの通り道である。とても美しい王子なので、暫く留め置くのもよいかも知れない。じゃが、これでは答えにはなっておらぬな」
 いえいえと謙遜するマイオストに、アセリエスは少し何かを思い出すようにして左上の方を見た後、こう話を続けた。
「正直、フォルミと戦いたかったのう。相手は誰でもよいのじゃ、我が国の戦士・レーナを倒してさえくれればのう」
 アセリエスの言葉は、マイオストには理解し難いものだった。
 自国の最高の戦士を失うことに、何の意味があるのか。
 彼女は優秀な戦士で、同じ戦士としては大きく実力の差のあるガルトラント王とも、御前試合で対等に渡り合ったほどの実力者だ。かの苛烈候ハイゼンにも、法王国に『戦乙女・レーナ』ありと言わしめた戦士だというのに。
 アセリエスは話の先を聞きたそうな顔を一瞬見せたマイオストに、口元を少し緩ませてこう言った。
「レーナは良い戦士じゃ。まさに天才じゃのう。さして嫌っているというわけでもない。じゃがの、私は生まれて初めて、欲しいと思ったものがある。その思いは願いとさえ言えるほどに強い」
 そう語るアセリエスの瞳と、マイオストの瞳が一瞬、交差する。
 この時、マイオストは、彼女の言葉の意味を理解した。

 その深く艶のある、
 まるでルビーとエメラルドの輝きを放つアセリエスの両の目が、
 彼女の渇望を映し出す。

 そう、
   「勇者、アレスティルが欲しい」、と。
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ダークフォース 第三章 Ⅳ

2010年06月23日 00時02分07秒 | ダークフォース 第三章 前編
   Ⅳ

 あれから暫く、二人はたわいもない話に耽った。
 そしてマイオストは、アセリエスの作り出した薔薇の宮殿とも、地上の楽園とも呼べる、その大神殿上層部・奥の院を後にする。
「うはっ、丸一日、喋り捲ってたのか。はよ、帰らんと。・・・朝帰りともなれば、ためぞう辺りに勘繰られるし、なぁ」
 日差しが真上から照りつける事から、今がちょうど真昼だというのがわかる。
 昼夜の違いさえ分からなくなるほど、アセリエスのその花園は妖しく煌めいているのだが、階下の方へと足を進めて、普通の信徒でも自由に立ち入れるくらいの場所にもなると、一転して、荘厳で神々しい白亜の大神殿が目の前に広がる。
 上層から中層へと繋がる階段を、日差しがうらめしそうな顔をしながら、千鳥足でフラフラと下りていくマイオスト。
 ピラミッド状の形状を持つこのセバリオス大神殿。
 その中層部のやや上の方くらいにあたるこの場所には、保養の為、規則的に美しく配置された大理石の噴水や、丹精に手入れのなされた薔薇の植え込みなどが見られ、訪れる者たちの心を癒してくれる。
 奥とはまるで違った意味での、清らかなる『薔薇の園』と言えなくもない。
 庭を彩る花々は、薔薇の花以外にも多々あるが、アセリエスのいる上層が近いせいか、やはり薔薇の数が他を圧倒して多い。
 大神殿の階層を花の名前に喩えて言う者もいるが、彼等に言わせれば、まだここには十分といってよいくらいに、薔薇の香りがたちこめている。
 高貴さを保ちながら、気取ったところが無く、神聖で厳かな雰囲気を放ちつつも、居心地よい場所である。
 女神の像がその肩に担いだ甕(かめ)からは、絶えることなく雪解けの清水が湧き出しており、マイオストは調子に乗って呑みすぎた、高級ワインのアルコールを抜く為に、大口を開けてその水をゴクゴクと飲み干した。
 その様は、下品そのものではあるが。
 さすがに酒気帯びで、生真面目そうな司祭たちの行き交う厳粛なる大神殿内を、へべれけで歩き回るのも悪い気のしたマイオストだったが、チクチクとこちらの方を刺すかのように見てくる信徒や、司教たちの姿に、どうしてここへ来る前にウコンドリンク辺りをがぶ呑みして来なかったのだろうと、激しく後悔をした。
 すると、そのマイオストのだらしない姿を見つけるなり、慌てたように神殿の奥へと姿を消そうとする人影あるではないか。

 酔っているとはいえ、マイオストはその姿を見逃しはしなかった!!
 
 マイオストの、その薄く見開らかれた銀の瞳は、普段、特にたいした物を見ているわけでもないが、巷では、魔王四天王一だと誉れ高いのだ。
 主に、レアモノを欲しがる魔王セリカや、似た理由で美少女系や珍品を欲しがる同四天王のホーネル辺りから、特に大絶賛されている。
 人の見られたくない所を、よく見ることの出来るいやらしい銀眼なのだ。
 決して、視力が高いとかいうものではない。
 マイオストはその影の主に向かって、ニヤッといやらしい顔をして、こう口パクしてみせる。
「やあ、エリス姐さん、こんにちは!! あ、いや、ここではあえて、ジラ姐さんと呼んだ方がいいのかな。では、次、声に出していってみようッ!!」、と。

 刹那! マイオストの姿が消える!!

 周囲の者たちは突如として消えた、だらしない銀髪の男の姿に少し騒然となったが、司教たちがすかさず、慌てる信徒たちをなだめ、その場を取り繕った。
・・・再び、マイオストが姿を現したのは、寂しく人気のない場所。
大神殿の屋根の出っ張りで少し影になった、その路地裏だった。
 影の主はマイオストの身体を、ゴミでも投げ捨てるように芝の上に放ると、一発、ケリを入れてこう叫んだ。
「あんた、人前であたしの名前を『ジラ』って呼んだら、本気でぶっ飛ばしてやるよ!!」
 マント姿のその女性は、高圧的な態度で言う。深々と被られたフードの下から現れたその素顔には青い瞳が銀光を湛えるように輝く。
 端整に整った北欧風の顔立ちに、長く美しい深緑の髪の持ち主だった。
 彼女は薄化粧すらしていないが、その必要すらないほどに、凛として美しい顔立ちをしている。
「あたた・・・。エリス姐さん、もっと優しくして」
「ホントは、石畳が割れるくらい叩きつけてやりたかったけどね。芝生の上でケリ一発に勘弁してやってんだッ! それだけでも、感謝しな。この呑んだくれがッ!!」
 エリスと呼ばれるこの女性こそ、大神殿で主神セバリオスと共に祭られている神の一人。
 主神であるセバリオスの絶対の信頼を持ち、彼の心強き剣(つるぎ)でもある。
 人は親愛と尊敬の念を以って、彼女の名をこう呼ぶ。
 
 『深緑の女神・ジラ』。
 又は、『戦女神・ジラ』と。
 
 その神様が実体でこの地上に降臨していて、それが大神殿をうろうろしている事が知られれば、たちまち神殿内は大騒ぎになる。
 それは、国の内外に飛び火し、大陸中の教徒たちを震撼させ、余計な者たちまで巻き込む大事に発展するだろう。
 また、このマイオストはそういう事を面白がる人物である。
 故にケリの一発くらいは入れておかねばいけない。
 と、エリスはその自己の行為を正当化するように、鋭い眼差しでマイオストを睨み付けた。次は、カカトと落としてやるぞッ!! と。
 マイオストはやれやれといった感じで、埃を払うようにパッ、パッとして立ち上がると、そのエリスに向かってこう言った。
「姐さんも、そんなに正体バラしたくないんなら、どっかの偉大なるオッサンみたくアレすりゃいいでしょ。そそ、『グラサン』っすよ」
「で、出来るかーーーーッ!!!」
 そんな事、とても恥ずかしくて出来るわけがないと、喉から言葉が出かかったエリスだったが、相手があまりにも偉大すぎるオッサンであった為、その辺は自重した。
「そっすかね。個人的には、姉さん、グラサン似合うと思いますよ。セクシィ~だし、グラマーだし、メリハリきいたそのナイスな、フェロモンむんむんバディをお持ちですから。・・・むんむんむんと漂うそのフェロモンは、麻布の外套くらいで押さえきれるもんじゃないでしょ。この私にかかれば、スリーサイズなど三次元立体スキャナーよりも正確に読み取れますぞい。えっと、上から99・62・・・ぐはっ!!」
 そう言いかけたマイオストは、もう一度、エリスにケリを入れられた。
 今度のケリは水平から繰り出されており、先ほどの三倍増しの威力はある。
 確かに、エリスはマイオストの言う通り、麻で出来たマントでその身を隠すように覆っている。
 深々と被る事の出来るフードも付いており、その素顔を隠すには十分だ。
 彼女が使っているそのマントは、教団の警護士に正式採用されている物である為、特に怪しい格好というわけでもない。
 エリスはその下に、女性警護士用の防護服を身に付けているが、腰の辺りはかなりゆったりがあるが、胸の方が相当、窮屈そうだ。
「まあ、大は小を兼ねるという事で。私的には、そこが控えめな! 清い雰囲気漂うプリエステスなお嬢さんが、それを恥らうようにこっちをチラ見している方が、キュンと萌えますがネ。私、言いますよ、今でも胸キュン!! とか。一昔前のアイドル世代の者としては、ポロリもあるでョ的展開も期待しつつ、夏を待っていたりしますがネ」
 エリスは頭を掻くような仕草をして、マイオストに言う。
「ああ、もう!! ・・・だから、あんたと話してると、いっつもこーやって調子を掻き乱されるからイヤなんだよ。あたしゃ、あんたと同じで人の色恋辺りをからかうのは大好きだけど、からかわれるのは大ッ嫌いなんだ。まったく・・・、それで、なんでまたアセリエスの所になんかに行ってたんだい?」
 それじゃ、また!!
 っと、立ち去ろうとするマイオストの首根っこをエリスはグイッと掴む。
 そっと振り返るマイオストに、エリスは少しだけ、本気を見せてやった。
「あたしの質問は無視ですか? マイオストさん!!」
 エリスが微笑みながら言う。
 すると、彼女のその強大なまでの圧力が石畳の床をクモの巣状にひび割れさせ、周囲の芝を、重たい鉄球が落ちたかのように丸くへこませた。
 マスタークラスと呼ばれる戦士の中でも、彼女はその上位に位置する。
 その彼女とタイマン張れる戦士など、それこそ指で数える必要もないほどに少ない。
 マイオストはすぐさま、まるでひまわりを咲かせた様なスマイルで、爽やかにこう答える。
「なんでも聞いて下さいなっ」、と。
 エリスが手を離すと、マイオストは一瞬、膝を折って、ゲホッ、ゲホッと咳込んだ。
 そして、「いやはや」と呟いてエリスの方を見ながら、襟を正してスクッと立ち上がった。
 エリスとマイオストの実力差は、傍からかなりの開きがあるように見える。
 マイオストの人生の目標の一つは『細くても長生き』である為、とりあえず、長いものには巻かれる事にした。
「まあまあ、姐さん。私の立場は『悪役』ですが、それなりに世界の平和も願っています。私を最も倒しかねない勇者アレスティル君がいるこの法王国までわざわざ、危険を承知で足をのばしているワケでして。まあ、全ては、世界平和の為なのです」
「答えになっちゃいないね。要点だけをハッキリ言いな!!」
 強い口調で、エリスはマイオストに迫ると、わっかりました! といった感じで、マイオストは直立して、軽く苦笑いをした。
「・・・エリス姐さんには隠し事は出来ないですな。では、このマイオスト。ハッキリ申し上げましょう!! これから始まるであろう戦争を、どうして女教皇は煽るのか? 個人的に一番気になるのは、そこですな。地上の戦いは、出来るだけない方がいいと思っちゃいますがね」
 マイオストの言葉に、エリスは少し頭を抱えるような仕草をすると、神妙な面持ちをして、こう口を開いた。
 エリスのその青く澄んだ瞳に、僅かばかりの影が差す。
「・・・アセリエスの事を、あたしは今でも不憫に思わなくはないんだよ。『彼女』を選んだのは、ウチの所の大将だからね」
「セバリオス殿のチョイスに、当初から疑問を抱いたのは私だけではない。という意味で理解しておきましょう」
 そう言って、エリスに答えるマイオストのその表情は、魔王四天王筆頭としてのものだった。
 エリスは、彼女を、アセリエスを法王の座に据えるのを唯一人、セバリオスの前で反対した。
 現時点では、彼女を法王に選んだセバリオスの判断は正しいようにも見える。
 現に彼女は、『女教皇・アセリエス』として、歴代のどの法王をも成し得なかった偉業を果たし、それをなおも進行形で、女教皇として歩む花道を、豊かな色彩で彩っている。
 アセリエスは天才だった。
 そして、セバリオスの忠実な手駒である事に徹し、その凛として堂々たる姿は、清々しくも見えた。並みの戦士など、並び立つのさえ恐れ多いほどの神々しさと気高さを放って。
 エリスとマイオストの見解は一致していた。
 彼女は、あまりに似すぎているのである。
 自分の生き方に厳格なルールを持ち、それに身を滅ぼしてさえも従うその様が、かの、セバリオス当人に。
 エリスは言う。
「わたしゃね、マイオスト。好きで、この場所にいる事を決めたんだよ。・・・なんかさ、危なっかしくて、放っておけないのさ。他の奴らの目にどう映ろうが、あたしの目にゃ、アセリエスは、可愛い娘のように見えるんだよ。・・・初めから、見ちまってるからね。あの子の生き方を、ね」
 そう語るエリスの青い瞳は、マイオストには優しげで、そして切なくも見えた。
 マイオストは、エリスという女性が、どこまでもお人好しで慈愛に溢れる人物であるかという事を知っている。彼女がそれだけの存在であるからこそ、セバリオスが彼女をこの世で最も信頼しているというのも分かる。
 故に、エリスは苦しんでいるのだろう。
 歴代の法王は、全てがそれなりの戦士能力を備える者たちであり、己が身くらい自らで守れる者たちが選択されていた。
 少なくとも、逃げる時間を稼ぐのに十分な程度の能力は持たないと、セバリオスの目にすら留まる事もなかったからだ。
 しかし、アセリエスは違う。

 彼女は、その能力のカケラも持たない、
 生身の『人間』なのだ。

 だが彼女は、いまだかつて、一度としてその身を隠すような真似をしたこともなく、自らの命を狙う者たちを嘲笑うかのような高慢な態度で、その矢面に薄皮一枚の壁すら持たず、無機質な微笑を浮かべながら立ち続けている。
 以前にも語ったように、アセリエスは善人ではない。
 かといって、悪人というほど悪辣な手段を日頃から用いる事もなく、自己で定めたルールの枠内で争い、その中で美しく咲き誇っている。
 アセリエスは、強い。
 たとえその身が一閃の元に滅び去ろうとも、彼女はそこから逃げたりはしないだろうし、彼女は軽々に、その隙を与えたりはしないだろう。
 故にこの薔薇の華は、その日々を重ねることで、そこに在り、咲き続けることで、より美しく、その賢さを増した。
 その堂々たる様を見せ付けてきたアセリエスに、エリスは何も言う事は出来なかった。
 この先、アセリエスがどの様な行動に出ようとも、エリスはそれを責める資格はない。
 と、彼女はそう、過去にセバリオスの選択を止められなかった事を悔いていた。
 一人の少女に、これほどに重たい枷を負わせてしまったという罪の意識は、エリスの中から消えることはない。
 アセリエスがこの様に美しく成人し、今は、自ら望んでその道を歩いているとしても、だ。
 アセリエスは、エリスの存在を知っている。知った上で、アセリエスは彼女の手を借りようともしない。
 自らの命を狙う者の数が減った時、アセリエスはそこに暗躍するエリスの影に気が付いた。
 今では、アセリエスの方からエリスに声をかけて来るほど二人の仲は親密だが、彼女はエリスの事を『ジラ神』として奉じる姿勢は変えてはくれない。
 エリスが、「その心を開いて欲しい」と、さりげなく問うと、
 アセリエスは、「この私の心が空虚だと思われているのは、とても悲しい事ですわ」と、自分に二心などない事をエリスに説明して、フフッと笑った。
 エリスには、アセリエスの真意は掴めなかった。
 本当に、隠し事などしていないようにも見えるのだ。
 エリスは世話焼きな性格だが、あまりアセリエスの事を、あれこれ勘繰る様な真似までしたくはなかったし、彼女の間合いに合わせるように、適当に距離を置くようにはしていた。
 少し寂しい顔をしたエリスに、マイオストはこう言った。
「まあ、難しく考えるのはよしましょう、姐さん。私も、姐さんも考えるのが得意な方じゃないでしょ」
「あんたはともかく、あたしもアホだとでも言いたいのかい? アホは、あんたや馬鹿息子のためぞう辺りの担当だろうが。あたしまで、巻き込むんじゃないよ」
 そう答えるエリスの口調は荒かったが、とても優しい顔をしていた。
 エリスは元が相当な美人である為、その笑顔はとても美しい。
 見た目で言うと、姐さんと呼ばれているエリスの方が、マイオストより、一回り若い感じがする。
 エリスがアセリエスと気が合うのは、二人にあまり年の差が無い様に見えるせいもあるかも知れない。
 普段から、表舞台に立つのを嫌がるエリスなだけに、煌びやかに舞う蝶のように、己を華美に飾り立てる性格でもない。
 もし、そんな姿を披露していたら、求婚者が絶える事はないだろうが。
 強く、凛々しいその立ち姿は、まさに戦う女神であるが、自分とは正反対な生き方をするエリスだからこそ、アセリエスは彼女へのその興味を失わないのもあるだろう。
 アセリエスは、『ジラ神』という光に対しては、とても純粋な信仰を持っている。
 エリスのその生き方は、ある意味、アセリエスにとって、一つの憧れの形なのかも知れない。
 
 何故ならば彼女は、美しく在り続けることでしかその身を守ることが出来ない、
 あまりにも非力な存在であったからだ。
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ダークフォース 第三章 Ⅴ

2010年06月22日 23時59分38秒 | ダークフォース 第三章 前編
   Ⅴ

 アレスティルが、この国に来てから三年。
 セバリオス法王国が、いかに優れた女教皇の治世の下にあるのかという事を、その平穏な日常が、彼にそれをたやすく理解させた。
 女教皇・アセリエスは、過去に出会った多くの人々のように、自分の事を無理矢理頼って来ることはなかったし、比較的、不自由のない生活を、彼女は『勇者』であるアレスティルに送らせていた。
 名声目的で彼に挑もうとする愚か者は、大神殿に立ち入る事など出来はしなかった。
 大神殿での決闘など、偉大なる女教皇様が許すハズもない。
 彼女の機嫌を損なう事は、破滅を意味する。
 それ程に、アセリエスの影響力は、大陸中に浸透していると言えた。
 彼、アレスティルがその腰に帯びた『聖王剣・エルザード』を抜かない日々が、これほどまでに長く続いた事は、未だかつてなかった経験だろう。
 その緩やかに過ぎ行く時間は、彼に考えるゆとりというものを与えてくれた。

 アレスティルは、白を好む。
 故に、そこに可憐な白百合などが咲いていれば、じっと立ち止まって動かない事もある。
 それを知ってか、女教皇・アセリエスは、彼との初めての会談の席で白い衣を送っている。
 アセリエスは一度として彼を、アレスティルを謁見の間に拝謁させた事はない。
 女教皇の権威を他者に知らしめるに、それは十分に効果的な宣伝となるであろう。
 が、それを潔しとはしないアセリエスは、配下であるレーナが、彼を、『勇者・アレスティル』を自身に紹介するまで静かに待った。
 その間に、ガイヤート卿(マイオスト)を通じて用意させた『聖者の衣(セイグリット・クローク)』と呼ばれる聖衣を、アレスティルへと手渡した。
 その聖なる衣は、歴代の法王の誰もが欲したと云われる、とても清らかな雰囲気の漂う、時の流れに朽ちることの無き美しい純白の衣で、白金の糸によってさり気ない刺繍が施されている。
 元は、ファールスの『魔王・ディナス』によって保管されていた物らしく、アセリエスはそれを持って来たガイヤート卿に向かって、「素晴らしい品物だわ」と一言、嬉しそうに言って、小国が一つ買えるくらいの金を彼に支払った。
 勿論、アレスティルはその女教皇の贈り物を喜んで受け取った。
 その物の金銭的価値は、彼にはわからなかったが、素晴らしく良い品物であることは見ただけでわかった。
 感情の起伏にとぼしい彼には、かなり珍しい事なのだが、感激に頬を緩ませて礼を言うアレスティルのその姿は、同席したレーナをも驚かせた。
 アレスティルのその人間らしい振る舞いは、彼をこの国へと導いたレーナ本人を、少し安心させたようにも見えたが、アセリエスのその満足気な微笑みは、逆にレーナに何とも言い様のない不安を与えた。
 以降、アレスティルはそのお気に入りの聖衣を纏って暮らしているが、その衣の白は、あまりにも純白で、彼の持つ、眉目秀麗で凛として美しい金髪の青年像を、さらに聖者と呼べるほどに神々しいものに変えた。
 アレスティルはすらっとした長身である為、割と人目を引きやすい。
 だが、あまりにもまばゆきその白の光が、信徒や人々の目を眩ませ、その心を奪い、声を掛けるのでさえ恐れ多いほどの聖者像として、彼の姿を清く鮮烈に映し出し、彼をより近寄り難い存在へと変えた。
 大神殿は、完成された美を持つ、荘厳な白亜の宮殿である。
 神がそこを散歩していても、それを自然に感じさせるほどに幻想的で、美しい雰囲気を漂わせている。
 彼の、アレスティルの歩くその様は、まさに宗教画に美しく描かれた、白の聖者そのものであり、深い色をした蒼い瞳を持つ端整なその顔立ちは、性の違いなど超えて、神聖にして美しかった。
 座ったその姿は、まるで女性のようで、行き交う司教たちさえも、ハッとさせるほどの可憐さである。
 最近の彼は、とある悩みを抱えていた。
 それは、とても他人に気安くに話せるようなものではなかっただけに、一人、こうやって大神殿の階段の隅に腰掛け、階下に広がる白き薔薇の庭園を眺めているその姿も、最近ではちらほらと見て取れた。
 アレスティルは白を好む為、白バラが咲き誇るこの場所を選ぶことが多かった。
 大神殿は、階層ごとに様々な種類と色の花が植えられているのだが、下層から中層へと上がってくる辺りから、花の種類も薔薇が目立つようになってくる。
 中層までは、誰もが出入り自由な為、アレスティルはこの中層辺りをうろついている事が多い。白バラの園は、中層部でもやや上層の方に近い。
 法王国の聖都は、このセバリオス大神殿を軸に市街が取り囲むように発展した為、大神殿の大きさは、聖都の三分の一を占める程に巨大である。
 歴代法王は、大神殿の下層までを市民に開放していたが、女教皇の時代になると中層まで開放され、そこに存在する膨大な数の部屋や施設は、拠り所を持たない人々や、震災で住処を失った人々の、一時的な住居として無償で提供した。
 今では、市民たちが自発的に発生させたルールにより、それらは有効に活用されている。
 当然、自警団も市民が出してくれる為、出入り自由とはいっても、ガラの悪い者たちが容易に闊歩(かっぽ)出来る場所ではない。
 奇跡と言ってもいいほどの美しさを放つ白き衣のアレスティル。
 その姿を見せるだけでも、震災などによって傷付いた人々を勇気付けたし、この神の座に、聖王剣・エルザードをその身に帯びし勇者の在る事は、人々に絶対の安心感を与えた。
 そのアレスティルに物怖じせず近付いてきたのは、無邪気な子供たちであった。
 子供というものの好奇心に身分という境界線はなく、富めようが貧しかろうが、白き光を放つ彼の元に、平等に集まっていった。
 アレスティルは、人と接する事に不慣れであったし、また、純粋な瞳で自身を見上げる子供たちに、気の利いた教養を教えてやる術も持たなかった為、子供たちの問いには自分に分かる範囲で答え、分からないことは素直に分からないと答えた。
 時々、子供たちの質問攻めにあって、言葉が上手く回らず、ちょっと困った様子を見せることもあったが、アレスティルはそれを面倒だと嫌がる性格ではない為、周囲の者たちが逆に気を遣って、彼のそのささやかなピンチを救っていた。
 
 今日のこの日もアレスティルは、同じ場所に一人で、その大理石の階段に座り込んでいる。
 白いバラに、僅かに陽の朱色の混じり、アレスティルの影を少しだけ長く見せるそんな時刻。
 そのアレスティルの方に向かって、一人の黒衣のドレスの女性が階段を下りながら近付いて来た。
 豪商たちの家紋を彫り込んだ金や白金のプレートを、ジャラジャラと腰の鎖状のベルトに身に付け、その指先には様々な色の宝玉の付いた指輪が煌めいている。
 まるで男を誘うかのような腰付きで歩くその黒髪の女性は、確かにとても美しいが、その姿は下品で、毒々しい娼婦の様でもある。
 右目を覆うように眼帯がしてあるが、黒いレース編みのそれは、彼女の妖艶さを増すのに一役買っており、彼女を飾る黒いヘッドドレスとセットのデザインになっている。
 魅惑的な赤の瞳で、彼女がアレスティルの方を見つめると、それに気付いたアレスティルは黒衣の彼女の方へと振り返り、ゆっくりと立ち上がってその名を呼んだ。
「ロゼリアさん」、と。
 ロゼリアと呼ばれた女性は、アレスティルの横の階段に大きく足を組んで腰掛けると、彼にも座ることを勧めた。
 長くしなやかな彼女のその足には、ピタリと張り付くように履かれた黒いレギンスが艶めいており、正常な男子ならば、その色香にコロリと心を奪われてしまうだろう。
 実は、この黒いドレスの娼婦のような女性こそ、
 大神殿を退屈しのぎに徘徊する、『女教皇・アセリエス』その人である。
 アセリエスはその名を「ロゼリア」と名乗り、以前から大神殿内をうろつき、時には市街へも繰り出していた。
 チャラチャラと腰に巻いた豪商たちの商札は、彼女の身を守るのに一役買っている。
 それは彼女が、最優先で守るべき護衛の対象だと言う事を、周囲にいる傭兵たちにすぐに理解させたからだ。
 同時に、気安く触れてはいけない華だという事を、貴族の馬鹿息子たちなどに、口で説明するよりも簡単に理解させた。
 この美しき薔薇に手を出すということは、大陸中に影で多大な影響力を持つ『エグラート通商連合』を敵に回すという事になる。
 アセリエスは、その彫金の素晴らしい商札を、嫌味なまでに無数にチラつかせていたし、貴族や商人たちの子息をからかうような遊びも楽しんでいた。
 その誘惑は強烈だが、彼女の周りには、鋭い無数のトゲがある。
 アセリエスの仮の姿であるこのロゼリアが、これほどまでに悪趣味な黒のドレスを身に纏うようになったのは、近年になってからである。
 それまで、多彩な色の衣装を華麗に着こなし、人々の目を俗的に楽しませて、誘惑していた彼女だったが、ここ二、三年というもの、黒のドレス姿以外でこの場所に現れた事はない。
 それは、華麗というよりも、ケバケバしい印象をより強くした感じだった。
 彼女がその黒の衣装を選んだ理由は、至って単純だった。
 アレスティルが何よりも『白』を好むのであれば、
 その対極にあり、忌み嫌われるであろう、『黒』をその身に纏おう、と。
 こうして、およそ三年前に白のアレスティルと、黒衣のロゼリアは、大神殿のまさにこの場所で出会った。
 アセリエス扮する黒衣の美女ロゼリアは、初めからアレスティルの事を特別視していたわけはない。
 ただの余興、暇潰しのつもりで、『勇者』などと讃えられる彼の側に近付いたのだ。
 しかし、このアレスティルが、彼女『ロゼリア』にとって、特別な存在になるのには、そう時を要しはしなかった。
 アレスティルは、自身の姿がどれほど可憐にして美しい存在であるかを、まったくといいほど理解してはいなかった。
 生まれながらにして完成された美を持った者の感情というものは、案外そういったものかも知れない。
 逆に彼女、ロゼリアの、いやアセリエスの『美しさ』に対する執着心は、他の誰をも圧倒していると言っても過言ではなかった。
 事実、黒のドレスを着こなすロゼリアの姿は、やや派手さは残るものの、他の誰よりも黒が美しい、絶世の美女のように見える。
 黒衣のロゼリアとして、初めてアレスティルに出逢った彼女は、同じ目の高さで、アレスティルのその蒼い瞳と視線を交わした時に、こう強く思い知らされたのだ。
「勇者を名乗るこの青二才に、わたしは『白』という色で勝てる気がしないわ」、と。
 彼の好みに合わせて、ロゼリアが白の衣装を纏っていたならば、その敗北感は決定的なモノになっていたであろう。
「公務である女教皇としてならば、白の法衣で同じように輝ける事は出来た」
 と、そんな言い訳がロゼリアの脳裏を過ぎろうとした刹那、彼女はその感情をすぐさま押し殺し、本能で感じたアレスティルへの言い知れぬ敗北感を分析する事に徹する。
 彼女は、あらゆる全てに勝利する事を願っているような傲慢な性格の持ち主であるが、同時に、敗北を冷静に受け止めるだけの広い度量も併せ持つ。
 また、常勝である事の危険性も承知しているので、適度に負ける事の重要性も、よく理解していた。
 負けることは、己が見識を高める絶好の機会であると。
 その時、彼、アレスティルは世俗の何も知らないような無垢の瞳でロゼリアを見つめ、彼女にその名を尋ねてきたのだ。
「僕は、名をアレスティルと言います。あなたのように、僕の事を怖がらずに見てくれたのは、この国に来て、レーナさんという女性以外では初めてです。もし、よろしかったら、お名前を聞かせてもらえないでしょうか?」
 『女教皇・アセリエス』としての彼女なら、こんな青二才の言葉など、その耳に届かせることなく、フフフッと嘲り、冷淡に事に対処出来ただろう。
 女教皇としての彼女はその必要に応じて、心に偽りの幾つもの扉を用意できる程、冷えた心の持ち主だからだ。
 その上、法王としての在るべきルールが、彼女を芯から支えてくれる。
 しかし、ロゼリアはそうではない。
 彼女がアセリエスとして、機械のような完璧な人格を維持出来ているのであれば、そもそもロゼリアの存在は必要ないし、彼女はいわば、アセリエスが不完全であるからこそ生み出された、もう一人の人格である。
 ロゼリアは、アセリエスで在る時より、くだけた物の考え方が出来たし、より享楽的で、好奇心も多分に兼ね備えていた。
 そして、自身の理解の範囲を超える人物と、異性と初めて出会った。
 ロゼリアは、自分からこの青二才に話しかけていくつもりでいた為、まさかアレスティルの方から声をかけられるとは思ってもいなかったし、少し面を食らった様子で、彼へのその答えも僅かばかり遅れた。
「私は、ロゼリア。あなたが最近、聖都に来たって言う、名高い『勇者さま』なわけね」
 ロゼリアは、自ら女教皇として彼に送っておきながら、あまりにもその白き聖者の衣の似合うアレスティルの姿に、素直に見惚れた。
 彼女は別に、美しいものであれば何者を問わす称賛出来るだけの感性は備えていたし、まして、それを妬む事などない。
 むしろ、彼の纏う聖者の衣が似合えば似合うほど、それを見立てた自分の目に間違いはないと確信出来るのは、彼女にとって嬉しい事だといえた。
 アレスティルは、そんなに自分は素晴らしいものではなく、大神殿の一角のこの広間すら憶えるのに戸惑っている不器用な人間だと、ロゼリアに何度も言葉を噛みながら説明した。
 ありとあらゆる素晴らしきモノを持って生まれてきたような勇者様と、
 ありとあらゆる素晴らしきモノを欲して積み上げてきたこの女教皇様は、
 とても気の合う友達になれるような気がした。
 互いに欲しいと願うモノを、手に入れられないと諦めていた。
 意味は違えども、求めるモノにピュアである事に、二人は違いなどなかった。
 この、対照的な、異質とも言える存在の二人が、互いに願ってやまなかったモノ。
 それは、
 
  同じ目の高さで語らう事の出来る、かけがえの無い『友人』である。
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ダークフォース 第三章 Ⅵ

2010年06月22日 23時56分23秒 | ダークフォース 第三章 前編
  Ⅵ
 
 それから今に至るその月日は、二人の間を『親友』と呼べる程までの仲に変えていた。

 アレスティルは、このロゼリアになら何でも気軽に話すことが出来たし、ロゼリアの方も、アレスティルといると、とても心が安らいでいた。
 ロゼリアは、生まれて初めて、人との間に見えない壁を作ることに嫌悪感を憶えた。
 自分の前に幾重にも重ねることの出来る、真意を閉ざすその扉を、このアレスティルになら、内側から開けてやる事が出来るかも知れない。
 ロゼリアは、あえて態度には出さなかったが、アレスティルの事をとても大切に想っていたし、彼の良き友人であれるように努力もした。
 但し、彼女の上位の人格である『女教皇・アセリエス』は、彼女の、ロゼリアのその淡い想いを素直に受け入れてやるほど、お人好しではない。
 ロゼリアがアレスティルに触れていけばいく程、偉大なる女教皇様と、この黒衣のロゼリアの距離はどんどんと離れていった。
 つまりは、明確な線引きのされた、『二重人格化』の進行である。
 彼女がロゼリアである時は、彼、アレスティルに対してとても素直であれたし、彼を傷付けるような行為は、我が身が裂かれるのと同じような痛みに感じられた。
 ロゼリアが、彼の良き理解者である事に間違いはなかったが、同時に危険な二面性も抱え持っている。
 アセリエスは、このアレスティルの存在この高く評価をしているが、それ程、快くは思ってはいない。
 ロゼリアは、内に秘めるその本性が、彼に害を成すのを恐れていた。
 何しろ、相手は自分が知る中で最も恐ろしく、狡猾な知恵者である、かの女教皇様。
 アセリエスは、自らの意図などこのロゼリアなどには悟らせないし、その彼女を野放しにするのを薄ら笑いながら楽しむといった、悪趣味な性格の持ち主だ。
 それでもロゼリアは、彼に会いたいと願うその想いは抑えきれない。
 限りなく、彼への想いがピュアであったからだ。

 アレスティルは、いつもとちょっとだけ様子が違うロゼリアを心配そうに見つめる。
 すると、ハッと我に返ったロゼリアは、相変わらずの高飛車な態度で彼にこう言った。
「ボウヤが寂しそうにしてたから、・・・ちょっとからかってやろうと思ってたのよ。そんなに可愛いおめめで見つめられては、正直、そんな気持ちも萎えてしまうわ」
 ロゼリアはそう言いながら、ゆっくりと足を組み直す。
 スカートとレギンスの狭間にチラッと見て取れた彼女のその純白の柔肌は、純情なアレスティルをドキッっとさせる。
 端から見ると、まさに『高級娼婦と美形のボウヤ』の図、そのものである。
 ロゼリアがその細い指先を、アレスティルの首筋に這わせる様の撫で上げると、アレスティルは、「アアッ」、と声を漏らしてしまう。
 こうやって、からかわれているのが当たり前であるかのように、二人の画は様になっていた。
 それはこの聖域にあって、あまりに俗物的な空気を漂わせもしたが、聖職者であれ、時を忘れて見入ってしまうほどに美しくもあった為、口を挟む者も現れなかった。
 若い女僧侶(プリエステス)辺りは、柱の影に隠れてコソコソとその姿を覗きながら、頬を赤らめている始末である。
 ロゼリアはこのように、アレスティルを誘っている様な仕草をよく見せるのだが、彼にそれだけの甲斐性がないのも知っていたので、常に冗談の範囲を超えることはあり得なかった。
 彼、アレスティルにその勇気があれば、いつまでも片思いを続けるレーナお姉さんとの関係に、何の進展もないいう事はなかったろう。
 三年という月日は、彼にとっては実にたいしたことのない時間かも知れない。
 が、有限の時を生きるレーナにとっては、彼女のその容姿を変えるのには十分だった。
 レーナはもう二十二歳。
 彼女が聖職者だけに、面と向かっての求婚する者こそ現れはしないが、時は彼女をより魅力的な女性へと成長させた。
 彼女が有名となった今、その彼女を信奉するような者たちも増えていたし、象徴としてのアイドル像も鮮明になってきていた。
 王侯貴族の中からは、彼女を真剣に花嫁に迎えたいというような声もチラホラと聞けたし、聖衣姿の彼女は、まさに心優しき天使のような、そんな癒しさえ与えてくれる。
 実際に、その通りなのだが。
 彼女の想いは強く、清らかである。
 その優しさは、嘘ではない。
 レーナは、言う。
 「気が付いたら笑っていたって、私、素敵なことだと思うんです。だって、笑顔って伝わっていくじゃないですか。・・・その時、自然に笑みがこぼれていく自分を、なんだかつい誇らしく思っちゃって。まだまだ修行が足りませんね」、と。
 そう言って「エヘヘッ」、と笑うと、レーナは恥ずかしそうにモジモジとした。
 しかし、レーナの勇名が、名声が増せば増すほど、彼女は多忙となり、アレスティルと過ごす時間にもすれ違いが生じてきた。
 アレスティルが初めて受けた心象通りに、彼女はとても善良でお人好しな性格の女性だった。
 勿論、それは今でも変わることなど無い。
 だが、変わっていくものもあった。
 彼女、レーナが何故、普段の何でもないような出来事を、こと細かに記録し、何冊もの日記を、大事そうに鍵付きの机の中にしまってあるのか。
 その事をアレスティルが理解した時に、彼はその意味に愕然とした。
 彼女は、重度の『記憶障害』の持ち主であった。
 レーナはそれを否定するが、アレスティルには、それが不治の病のようにも見て取れた。
 それは、彼、アレスティルにとって、辛い現実だった。
 とても大好きなその彼女は、自分に記憶という、かけがえのない喜びを与えて続けてくれるというのに、その対価を支払うように、彼女は大切な想いを失っていくのである。
 最近では、時折、アレスティル自身を誰か識別出来ないほどに、それは深刻なものへと進行している。
 レーナはすぐにアレスティルの事を思い出して、それを誤魔化すような冗談を言うのだが、遠征で聖都から遠く離れたときなどが、特に症状が酷い。
 彼、アレスティルを悩ませているのは彼女のその、原因不明の記憶障害である。
 いずれは、自身の事さえその記憶から完全に消えてしまうのではないかと考えると、アレスティルはその恐ろしさに、その蒼い瞳を曇らせた。
 いつしかこの事を、ロゼリアに相談するようになっていたアレスティルだったが、ロゼリアの言葉に救われることも多かった。
 ロゼリアの言葉は鋭利だが、的確でわかりやすい。
 だから、いつの間にかアレスティルは、そのロゼリアの『黒』という色を見慣れてしまい、その色を好きになっていた。
 その黒の色は、華麗に美しく、無数のトゲを周囲に這わせてはいるが、花びらはとても柔らかく繊細で、アレスティルの不安を優しく包むように溶かしてくれる。
 ロゼリアは、黒のドレスの膝の上に、指先を絡ませるようにゆっくりと両肘を組むと、その魅惑的な左のルビーの瞳を上目遣いして、彼にこう言った。
「ボウヤはそのレーナって娘が欲しいんでしょう? だったら、誰よりも先に奪ってしまうことだわ」
「う、奪うって!?」
 アレスティルの声が上擦る。
 ペロリと舌なめずりする仕草を見せたロゼリアの、その俗的な笑みを見れば、言葉の意味くらい、彼にだってわかる。
 ロゼリアは、こう続ける。
「何に遠慮をしているの? そこに何か上等な理由とか、必要な事なのかしら」
「り、・・・理由とか、そんな」
「その娘だって、いつまでもボウヤの側で不変でいられるわけではないのよ。無限の時間を生きるボウヤと違って、人の一生なんてものは、きっと瞬きのようなものだわ。同じことを、また三年繰り返して、ボウヤはその答えが出せているというの?」
 アレスティルは、ロゼリアのように言葉を巧みに使いこなせる器用さはない。
 このように、一方的にロゼリアからの言葉を浴び続けるパターンが、決して少なくはなかった。
 ロゼリアは、アレスティルの探している言葉を、簡単に見つけ出してくれる。
 だが、完璧な対処法まで教えてくれるほど、お節介な性格ではない。
 ロゼリアは、返す言葉を探すアレスティルが待ちきれない様子で、彼に言った。
「ボウヤと話していると楽しいから、特別にヒントをあげるわ。それは、答えに近いような感じもして、私としてはそんな自分に少し引いてしまうのだけれど。・・・だから、特別なのよ」
 アレスティルは、いつになく助言をくれるこの日のロゼリアの、その言葉を真剣に聞き入った。
 彼女にしては甘いといっていいくらいに、今日は話をしてくれていたからだ。
 特別、機嫌の良い日なのかも知れないと、アレスティルは素直に思った。
「ボウヤ、・・・いえ、アレスティル君。あなたの答えって、そのレーナさんに想いが通じればそれが正解なの? 彼女が記憶を失う事が止まりさえすれば、それが答えだと言うの? ・・・答えというものは、人の人生が終わるその時になっても、私は見つからないモノだと考えているわ。もし、悩みのない人生を人が送れていたなら、人はきっと今ほど賢くはなれなかったでしょうし、可能性もそこで消えてしまうわ。一つ解決しては、また別の答えを探さなくてはならない連鎖。・・・だからそれを、とても大切に想う人と共に探せる事が、私には有意義に思えるのよ。では、誰と一緒にそれを探すのがベストな事なのかしら」
 その先は言わせないでといった様子で、ロゼリアはスクッと立ち上がった。
 ロゼリアとしては、彼、アレスティルが冴えない顔をしているのを見るのは、正直、面白くなかったし、彼の笑顔を見せられると、冷え切ったその胸に、ほのかに人肌の温もりを感じられるような気もした。
 ロゼリアは、彼と出会えたこと、そして、語り合える友人となれた事に、言葉に尽くし難い想いを抱いていたし、この姿形にとらわれずに好意を寄せてくれた、彼のその蒼い瞳を気に入っていた。
 故に、水晶のように澄み切った純粋な彼の心が、何かに陰るその姿は、あまり見ていて気持ちの良いものではなかった。
 本音で言えば、アレスティルとのこの関係を、出来るだけ長く保ちたいという気持ちは強かった。
 彼女の上位の人格であるアセリエスに、ロゼリアそのものの存在を消されないような配慮も、彼女はしているつもりだった。
 だから、彼女は決して内に秘めるその想いを、彼に伝える事はないと覚悟していた。
 彼女の初めての想い。
 積み重ねられた三年という月日。
 彼女の心を閉ざす扉のドアノブに、内側から触れてみたいと思っては、何度となくそれを踏み止まらせるロゼリアがいた。
 彼の笑顔が見たい。その笑顔は、別にわたしでなくても生み出せる。
 傍観者である事の、その一線を越えることは許されない。
 彼は、わたしを憐れみ、その言葉を拒絶する事はないだろう。
 それはこのロゼリアの、
 黒く、あらゆるモノをも貪欲に呑み込んでしまいそうなほど、華美にして派手なドレス姿とは対象的に、
 か弱く、繊細で儚い、・・・願いにも似た、言葉。

   「あなたが、すきです」、と。

 ロゼリアがアレスティルと別れ、大神殿上層の奥へと戻る頃には、陽は大きく西へと傾いていた。
 長く伸びたロゼリアのその影が、大神殿の最深へと消え去る頃。
 彼女のその表情は、『女教皇・アセリエス』のモノへと変わっていた。
 召使たちが彼女のその下品な黒いドレスを、高価で気品漂うレトレア織の贅沢な衣装へと着替えさせている間に、ロゼリアとアセリエスは互いに秘密を抱えたまま、身も心も入れ替わってゆく。
 アセリエスへと姿を変えた彼女は、不夜城とも言えるこの煌びやかな宮殿に戻って来るなり、他者の耳も気にせず、感情のこもらない笑みを浮かべながら大声で言った。
「美しきものに囲まれて、私は幸せ者じゃのう。見渡す限りの贅のこの馬鹿馬鹿しさが、実に良い」、と。
 アセリエスはそのまま、お気に入りの椅子にゆったりと腰を下ろすと、その指先を広げて、また新しくなったお気に入りの近習に、満足そうに爪を磨かせ、一人、悦に入った。
 これは、ロゼリアも知っていて、彼、アレスティルに口に出せていない事実だが、レーナのその記憶障害の原因はすでに分かっていた。
 そしてさらにアセリエスは、もっと深い意味で、レーナのその記憶障害の理由を知っている。
 自ら、そうある事を強く望み、固い信念を持った彼女、レーナのその強い意思を阻むような真似は、アレスティルの事を気遣うロゼリアとて、容易に出来るものではない。
 その信念は、とても尊いものであったからだ。
 彼女・レーナは、ある特異な性質の戦士能力を持ち主で、何もかもを承知の上で、彼女は女教皇に従う道を選択した。

 彼女のその能力とは、『想い』を力に変えること。

 大切な想いを、記憶を失えば失うほどに、彼女はその高い戦士能力を発揮出来る。
 限られた大切な、心のカケラ。
 それを、羽吹雪のように舞い散らせ、より強大な力を発揮する。
 その戦い様はかの『戦天使』にも似ているが、決定的な違いがある。
 その力は、有限であり、
レーナはそれを使えば使うほど、
 その背中に眩き光の翼を広げれば、広げるほどに、
 その心と共に、己が命までが散ってゆく・・・。

 以前、皇都レトレアで開かれた御前会議の際に、アセリエスはレーナを伴って会議に出席し、武勇を以って成るガルトラント王に、余興として御前試合を提案した。
 スレク公国が、フォルミ大公国によって滅ぼされた後の話になる。
 ガルトラント王は誠実な人間であり、ノウエル帝の憶えもめでたい。
 彼がノウエル帝にその話をすれば、ノウエル帝が首を横に振るハズがないとアセリエスは確信していた。
 ガルトラント王は、バルマード王と双璧を成す、ノウエル帝の最強の盾である。
 その戦士レベルは92に達し、実力はさらにその上を行くであろうと、歴戦の雄、苛烈候・ハイゼンのお墨付きを得た人物でもあった。
 ガルトラント王は、慎重な人物でもあり、簡単に挑発に乗るような性格ではない。
 しかし、圧倒的実力差で劣る、若きプリエステスを相手に差し向けてきた女教皇の提案は、彼の興味を強く惹いた。
「アセリエス殿は、歴代法王の中でも最も優れた導き手であると名高きお方。そのアセリエス殿が、このような若輩者に、栄誉ある教団の戦士と手合わせ出来る機会を用意して頂けるとは」
 ガルトラント王は別に、アセリエスを気遣って、そんな堅苦しい言葉を述べたのではない。
 純粋に、一戦士として、そのアセリエスが推す戦士と、勝負をしたいと願ったのだ。
 セバリオス法王国は、他国のように、大陸中に名が轟くほどの戦士を有してはいないが、紛れもない強国である。
 女教皇は、政治の駆け引きにも強いが、幾度とない戦いにも勝利し続けている。
 さらに、かの国には、勇者と名高いアレスティルが留まっているにも関わらず、あえて別の戦士の名を挙げてきた。
 こうして、『ガルトラント王』対『レーナ』の御前試合が組まれたわけだが、レーナと彼では、その実力には、天と地ほどの差がある。
 単純に数字で言えば、100対1。
 ガルトラント王は、公式に戦士レベルを92としているが、それ以上の力をバルマード王ら相手に見せている真の強者だ。
 場所は、皇都レトレアの大闘技場。
 地の利も生かせず、逃げ場もなく、力と力をぶつけ合うその場所で、レーナには万に一つ程度も勝ち目はないだろう。

 アセリエスは、聖都を離れる前に、レーナを私室に呼び付け、彼女にこう話していた。
 相変わらずの、冷淡で無機質の微笑みを浮かべながら。
「人々を救う為に、戦っても、救いを求める者の数など容易に減るものではない。それは、そなたとて、よく理解しておるはずじゃ。そなたの働きは、見事という他に言葉はないのじゃがのぅ」
 聖衣をその身に纏うレーナは、珍しく黒の衣装に身を包んだアセリエスに向かって、戦士の顔をして一礼した。
 アセリエスのそのレトレア織の黒いドレスは、豪華な金糸の刺繍が施され、無数の宝石が贅沢に散りばめられている。
 その豪勢さと嫌らしさには、何ら変わりなどなかったが。
 また、その衣装を上品に着こなすアセリエス。誰もがこれほどたやすく着こなせるという代物ではないというのに。
 黒の貴婦人という名が似合い過ぎるほど、今の彼女は華麗だ。
 そして、静かなその表情には、何者をも従える王者の品格が備わっている。
 結局は贅の尽くされたその衣装も、彼女を飾る羽の域を超えることは出来ず、彼女を美しく引き立てはしたが、その黒の中に彼女を沈める煌めきなど、放ててはいなかった。
 アセリエスは、レーナの働きに応じた対価は、今まで必ず払ってきたし、その姿勢は変わることはない。
 レーナは、自らの能力を最も高値で買ってくれるのは、このアセリエスであると理解していたし、アセリエスの言葉が正論であることも理解していた。
 自分がどれだけ偽善ぶっても、確実に数の上ではこの偉大なる女教皇様の方が圧倒して、多くの人の数を救っているし、彼女に近付けば近付くほどに、いかに自分がちっぽけな存在であることを、レーナは思い知らされずにはいられなかった。
 レーナは器用な生き方の出来る人間ではなかったし、数の理論で人の命を決めるやり方に、素直に従えるような子ではなかった。
 そして、アセリエスは近頃のロゼリアの行動に不満を抱いていた。
 アセリエスは、他人から横槍を入れられるような事は許せる性格ではなかったし、ましてそれが、自身の手を離れようとしている、もう一人の人格の仕業であることに、軽く苛立ちさえ憶えていた。
 レーナの事など、消耗品の電池くらいにしか思ってはいなかったが、『ロゼリア』という不安要素が現れた今、完璧で在り続けなければならない自分を邪魔するというのなら、各々に相応の仕置きが必要になると、アセリエスは考えた。
 ようは、アセリエスは自身が不変である事が最も重要なのだ。
 様々な思惑が入り混じる彼女、アセリエスが、
 女教皇として、レーナに発したのは次の言葉であった。

 「望みを叶えたいのなら、ガルトラント王にお勝ちなさい」、と。

 この時、アセリエスは、ある危険な考えに僅かばかりの興奮を覚えていた。
 彼女の異なる赤と緑の瞳に、じわじわと生気が満たされていくのを、遠くばかりを見ているレーナは気付けなかった。
 それを薄ら笑うかのように、レーナの事をじっと見つめるアセリエス。
 彼女はその両の手の合わせ、白魚のように細く美しい指先を艶めかしく絡ませると、
 ある妄想に耽った。


 「ロゼリアの想いを尻目に、
 あの可憐な勇者様をその手で愛でたなら、
 一体、どのような悦を得られるのであろうか」、と。
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