ダークフォース続き(仮)新規 Twitterは@14ayakosan です

ダークフォースDFと続きに仮セカンド。Twitterは @14ayakosan 新規とDF追加再編です

『バルエリナスの物語。』 (文字数が規定を超えていますので、後半読みにくくてすいません。^^:)

2016年07月07日 17時20分47秒 | ネクサス 外伝 DF Episode X


 - 記憶を失った16才の少女、

   それがこの私、『バルエリナス』でした。


   その時に覚えていた事といえば、

   与えられた『オーユ』という名前と、


   『セリカ』という小さな妹が、

   その傍らに、寄り添っていたという事です。 -


 私は生きる為に人里を避け、

 森や山の恵みを糧とし、

 ただ静かに、息を潜めていました。


 法も秩序も存在しない、

 争いの絶えないその大地では、

 若い娘が、どういう扱いをされるのか、

 予想は明らかでした。


 どちらがより安全に、幼い妹を守れるかという選択で、

 より危険の少ない道を選んだのです。


 ですが、そんな自然も常に牙を向いています。


 昼間は、山賊や追われる者たちが、

 徘徊し、


 その日が沈めば、闇に光る獣の目が、

 群れをなすのです。


 必要な水を求めて、訪れる泉は、

 同時にそれら賊や獣たちの狩場でもあります。


 その生活の始まりが春だったのは、

 私たち姉妹にとっては、運のよい事でした。


 ですが、木々がその葉を散らし始める頃、

 大地の恵みは、冬の訪れによって、

 ごく僅かに限られていきます。


 厳しい寒さを耐えるのに、

 焚き木をするのは、危険ですし、

 逃げる場所も、食料も、

 次第に乏しいものになって行くでしょう。


 私は、より大きなリスクを避けるために、

 幼い妹を連れ、

 人里近くへと、下りて行きました。


 争いによって荒んだ村には、

 ボロボロとなって、

 目立たない廃屋は、少なくありません。


 最低限の寒さをしのげる、

 川に近い棲家をなんとか見つけ、

 そこで冬を越える事にしました。


 そんな中、小さな幸運が、

 私たち姉妹に訪れます。


 少し離れた古びた小屋に暮らす、

 利き腕を失った老人が、

 その廃屋での生活を支えてくれたのです。


 「運よく、助かった子らがいたもんだ。

  しかも、とびきり美しい娘たちじゃないかね。」


 老賢人は、そういう言葉をかけ、

 何者にも気付かれないように、温かなスープを運んでくれたのです。


 初めて受けた、人の好意でした。


 齢六十を迎えていたその老賢人は、

 元は兵士として、勇敢に戦い、

 多度重なる争いで、その利き腕を失ってからは、

 この村へと戻り、


 あらゆる書物によって得た知識で、

 村に水路を引いて、作物の育つ土地を造り、

 子供たちに教養を与え、

 村の発展にその半生を注いだという事を、


 親交が深まってきた頃に、

 私たちに教えてくれました。


 ですが、同時にそれを悔いてもいたのです。


 少なくともこの老賢人は、

 善良で、人々の模範となるような人物でした。


 そう私が伝えると、

 彼は、少し悲しい目をして、

 私たちにこう語ってくれたのです。


 「ワシが、変に知恵者ぶり、

  村を目立つような存在にしてしまったのが、

  この村に、大きな災いをもたらしたのだよ。


  盗賊どもをこの村に呼び寄せ、

  街の兵士たちが利権を求めて、その彼らを襲った。」


 教養のある女子供は、高値で売れる。

 だから、盗賊や街のヤツらに、

 大切な人々を奪われるのが恐ろしかった。


 「じゃがな、悪意はより強い悪意を呼び、

  妖異とよばれるバケモノまで、現れおった・・・。


  そうして、村は滅び、

  残されたワシが出来る事など、

  勇敢に戦った男たちの、

  その墓守をするのがせいぜいじゃ。


  つまらぬ話を聞かせたもんじゃの・・・。」


 その時、私たちに向けられた好意が、

 清算されない過去に対する、

 償いだという事に思えた時、
    
 私は、こう返さずにはいられなかったのです。


 「それでも、私たち姉妹にとって、

  あなたは、大切な人なのです。」、・・・と。


 老賢人は、しばらく押し黙ると、

 その瞳に僅かな涙を浮かべます。


 恥ずかしいのか、すぐに背を向けて、

 パンの入った袋を残し、


 「しっかり食べるんじゃぞ。」


 と、一言残して、

 降り積もる雪の中に姿を消して行ったのです。


 こうして、その老賢人の助けにより、

 穏やかな春の季節を迎えます。


 老賢人は、冬の間に、

 私に自然で生きる知恵を与えてくれました。

 それに、山で作物を育てる為の隠された土地と、

 農具や種といった貴重なものまで、

 私たちに与えたのです。


 でも、その頃には、

 私はもっと多くの知識に興味を持ち、

 正直、この場所を離れることを躊躇います。


 それでは、またこの老賢人に、

 ・・・大きな負担をかける事になってしまう。


 ですが、彼は言ったのです。


 「自分で決めたのなら、そうする事を選ぶのも大事じゃぞ。

  何を若いもんが、甘えることに遠慮をしておるのじゃ。


  ワシも、話し相手がいた方が楽しいし、

  もう少し目立たぬ場所に、住処を移せば、

  こんな廃墟の村に、物取りも現れまいて。」


 それから、私は生きる喜びを覚え始めました。


 商人との付き合い方、盗賊のやり過ごし方。

 さらには剣術まで、彼は私に指南してくれたのです。


 一方的だった訓練も、次第に腕を上げていくのを感じるのは、

 夢中になる事でしたし、

 山で食料を得る為の、弓の技術まで、

 不自由な片腕で、丁寧に教えてくれました。


 老賢人は、人々の争いが収まる時期を分かっていたらしく、

 その後の生活に必要な知識と技術を、

 見越して伝えてくれたのです。


 彼の思い通りに、都市を目指す街々は、

 勢いを増して統一されて行き、


 もうすぐ一つの都市国家が誕生しようとしていたのです。


 軍隊を持つ都市国家が現れれば、

 交易の為に、大規模なや野盗狩りが始まります。


 行き交う商人たちの身を保護しなければ、

 近くの都市国家に、その都市の程度が伝わり、

 他の都市連合による侵攻を許すことになるからです。


 それまでの間、姉妹を守る事が、

 どうやらこの老賢人の、生甲斐になってきたようです。


 そうして、季節は幾年と流れ、

 妹のセリカが、16才の年を迎えます。


 不思議なことに、

 私は成長が止まってしまったかのように、

 その姿が変わる事はなく、

 妹も、そこからわずか数年で、

 同じように、成長が止まってしまいます。


 もう七十を超えてしまった老賢人は、

 あえてその事には触れずに、

 自立した、私と妹と変わらぬ付き合いを続けてくれたのです。


 ある夜、老賢人の小屋に招かれた私は、

 聞いてはいけないと思いつつも、

 この言葉を口にします。


 「どうして、おじいさんは、

  それ程に、私たちに優しいのです。


  この変わらぬ姿の私を見て、

  おかしいとは思わないのですか。」


 その日の夜は、満月の月明かりで、

 彼の住む小屋の中にも、十分な光が満ちていました。


 老賢人は、しばしの沈黙の後に、

 私にこう答えたのです。


 「もう、何十年も前の、


  ワシがまだ、街におって、

  お前さんより、もっと若い年の頃じゃった。

  その時、ワシには憧れのお姉さんがおっての、


  それは綺麗な人で、

  お姉さんを見るのが嬉しくて仕方なかった。


  じゃがな、その人はある日を境に、

  あまり家から出てこなくなった。

  それは、ワシがそのお姉さんよりも大きくなってからも、

  続いての・・・。


  つい気になって、夜にお姉さんの様子を見に行ったら、

  庭に立っていたその姿を見かけたのじゃ。


  ワシは驚いた、

  なんと、もう何年と経っておるのに、

  その姿は、まったく変わっておらん。」


 そういった前例があると、

 私に教えてくれた老賢人でした。


 「ワシはお前さんが特別だとは思わんし、

  それを世の中が奇妙に思っても、

  ワシに、生き甲斐を与えてくれたお前さんには、

  感謝しても、しきれんくらいじゃよ。」


 そう言って、優しく諭す老賢人は、

 まだ何かを隠しているようにも感じられましたが、

 私はその事を素直に嬉しく思いました。


 すると、老賢人は小屋の裏に隠すように置かれた、

 大きな木箱を私に見せ、

 こう言ったのです。


 「ワシに何かあったら、この木箱を開けなさい。

  別にたいした物は入ってはおらんが、

  何かの約には立つと思うからのう。」


 二人の影が落ちるその木箱を、

 私はこの時、開けたくないと思いました。

 予感なようなものではありません。

 ただ、今という時間に満足していたからです。


 季節は移ろい、厳しい冬を越えた私たちは、

 雪の中から芽吹く緑に、

 小さな喜びを感じていました。


 その頃になると、都市へと発展した街から、

 街道の整備が始まり、

 それと同時に、大規模な盗賊狩りが行われていました。


 私たちはより、森に近い場所に、

 目立たないような小さな小屋を作り、

 そんな離れた場所の争いとは、

 無縁の生活をしていました。


 廃屋と化した農村に、人が訪れる事はなく、

 老賢人が変わらぬ様子で一人、

 村の墓守をしているといった日々で、


 私が唯一、気になっていた事があるとするなら、

 違う時間を生きているような感じがしていた、

 その老賢人の齢の事でした。


 それを考えてはいけないと、

 老賢人は、私に豊富な知識と技術を教えてくれる事で、

 忘れさせてくれます。


 人との中で生きる術、商人と取り引きをする時の心得。

 危険な目に遭った時の為の護身術。


 妹のセリカと共に、

 それらを学びながら、畑を耕し、

 種をまき、ささやかながら、穏やかで心地いい季節が、

 私たちの前を流れていきます。

 
 そんな中、遠くで行われていた争いが、

 こんな寂れた僻地へと飛び火して来たのです。


 老賢人は、そんな事まで予知してように、

 私たち姉妹に、こう言うのです。


 「妹さんを連れて、森の奥に隠れとくんじゃぞ。

  それが、お前さんの役目じゃ。」


 「でも、それでは、

  おじいさんは、どうするのですか!?」


 私は、彼の身をとても案じています。

 もう、彼の存在は、私たち姉妹にとって、

 良き家族であり、尊敬できる祖父のようだったからです。


 そんな心配は無用だと、老賢人は私を諭します。


 「こんな老いぼれ一人に、何の興味があろうか。

  せいぜい、食べ物を幾らか奪っていくだけじゃろうて。


  むしろ、お前さんたちのような、

  美しい娘たちがおる方が、ワシの命は危ういのじゃ。

  だから、心配せずに隠れておけばいいんじゃよ。」


 この言葉に、返す言葉を私は持ちませんでした。

 老賢人の言うように、妹と共に森の奥へと一度は隠れましたが、


 やはり気になって、私は妹を残し、

 彼に気付かれないように、廃墟の村へと戻ってきました。


 すると、頭目を失った一人の盗賊の青年と、

 子供の影が二つ、

 命からがら、村へと逃げ込んで来ます。


 幼い子たちを連れた盗賊は、酷く怯えた様子で、

 廃屋へと隠れていきます。


 その後、都市から派遣されたらしき兵士たち数人が現れ、

 彼らもまた、さきほどの盗賊と同じように、

 酷く震えながら、小屋や廃屋へと身を隠しました。


 何が起こっているのか、さっぱりわかりませんが、

 老賢人は、いつものように庭道具を手に、

 墓守の仕事をしていました。


 すると、若い盗賊の一人がその老賢人に気付き、

 彼にこう叫んだのです。


 「じいさん、何やってんだッ!!

  さっさと隠れねえと、その墓にアンタが入る事になるぞッ!」


 老賢人は、落ち着かない様子の若い盗賊に向かって、

 こう返すのです。


 「何じゃお前ら、もしや妖異に追われておるのか?」


 若い盗賊は、驚いた様子で廃屋から出てきて、

 老賢人にこう尋ねます。


 「じいさん、あの黒いやばい奴の事を、

  知ってるのか?」


 他に隠れた者たちも、その言葉のやり取りを、

 静かに隠れて、聞いています。


 「ああ、もちろんじゃ。


  ワシは、戦乙女さまと共に、

  その妖異を退治しておった、元兵士じゃからな。」


 「・・・マジなのか。

  あんなの、どうやってやっつけるんだよ・・・。」


 老賢人は言いました。

 逃げても、隠れても、ヤツにはお前たちの、

 命の灯火しか見えていないのだからと。


 どんなに逃げても、数を増して追って来るし、

 集団から離れている妖異なら、

 今、片付けるしか方法はないと。


 老賢人にすがるような口調で、

 若い盗賊はこう言います。


 「オレは何をすればいいんだ、

  戦い方があるんだろ・・・。


  頼む、隠れてんのは、

  オレの弟たちなんだ。

  守れるってんなら何だってするよッ!」


 「いい根性を、持ってはおるようじゃの。


  そいつらを食わせる為に、

  そんな身なりをしておったのか?」


 争いで親を失った子供の多くは、

 売られるか、賊の手下になるかくらいの、

 道しか残されてはいません。


 そういった事情は、老賢人でなくとも、

 わかるような、そんな荒んだ時代です。


 「まったく・・・。

  こんなじいさんの所に、逃げて来おって。


  生き残って、性根を入れ替えるというなら、

  ワシが、畑仕事や商売のやり方を教えてやらんでもない。」


 若い盗賊は、初めて自分に教えを説いてくれる人物に出会って、

 これまでやって来た行いを恥じるように、

 俯いています。


 様子を伺ってきた、彼の弟たちも、

 老賢人の下にやって来ました。

 二人の弟のうち、一人はまだ幼い子供です。


 老賢人は隠れた兵士たちに、大声でこう発します。


 「ワシらが妖異と戦うのを黙って見ているつもりかのっ。


  真っ先に襲われるのは、弱者と見なされたお前たちになるが、

  それで、ええんか?」


 老賢人に尻を叩かれた感じで、

 五人の兵士たちが、慌てた様子で現れます。


 「わ、私たちにも、

  戦い方を教えて下さいッ!


  家族が帰りを待っているのです。

  何としても、戻らねばなりません・・・。」


 こうして簡単ではありますが、

 老賢人を中心とした、寄せ集めの小隊が出来上がります。


 彼は、元兵士だけあって、

 その指揮には長けており、

 訓練された兵士たちも、その老賢人の技量に驚きを隠せません。


 老賢人は、盗賊の弟二人に弓を握らせ、

 残りの者たちには、長い槍を構えるように指示します。

 足りない分の槍は、老賢人が素早く柄の外した彼らの短剣を、

 丈夫な木の棒に打ち込み、杭で固定し、

 簡素ですが、使える長槍へと作り直します。


 「追って来る妖異が、ちと遅いのじゃが。

  逃げて来る途中に、人里か放牧地でもあったのか?」


 五人の兵士の中で、

 頭一つ背の高い兵士が答えます。


 「味方と賊が散り散りに追われていたので、

  戦闘に先鋒として先駆けていた我らが、最も早く、

  襲ってきた妖異から離れています。


  ヤツらは後方の、後詰めの部隊へと襲い掛かったのです。


  ・・・逃走したのは、

  情けない話ではありますが。」


 「まあ、妖異戦を知らん指揮官の下で、

  そうなったのでは、正しい判断じゃろうて。


  ヤツらの群れに呑み込まれるくらいなら、

  逃げた方がマシじゃよ。」


 「私たちは、逃げ切れたのでしょうか?」


 老賢人は、首を横に振ります。


 「それはないのう。

  その場に居合わせ、血の刻印を押されておるのなら、

  この場所はもう知れておる。


  腕や背中に、傷のようなものはないか?
  
  ヤツらは、人の目では見えぬ棘のようなモノを、

  周囲に撒き散らすのだが。


  この場で助かるのは、

  まあ、ワシくらいなものじゃろ。」


 確認し始めた若者たちは、

 確かにそれらしいモノがあることに恐怖を憶えます。


 兵士たちも盗賊兄弟も、

 怯えた表情をして、互いを見ています。


 「それを付けたヤツを倒せば、刻印は消える。


  さて、戦う覚悟は決めたかの?」


 居合わせた全員が、

 その老賢人の言葉に頷きます。


 老賢人は、一度小屋に戻ると、

 二度と使うことは無いと思っていた、

 古びたつるぎを持ち出して来ました。


 「埃を払ってやらんといかんな。」


 そのつるぎの鞘に付いた埃を、老賢人が払うと、

 抜かれたそのつるぎは、

 まるで見た事もないような、

 美しい刀身を持つ、碧いつるぎでした。


 背の高い兵士は、言葉を漏らします。


 「青銅などではない・・・、

  何なのですか、それは!?」


 新式の鉄の槍を握った兵士でさえ、

 そんな立派なつるぎを目にした事はありません。


 老賢人は、勘を取り戻すように、

 その重そうなつるぎを素早く振って見せると、

 こう答えたのです。


 「ああ、これはワシが兵士の頃に使っておった、

  アダマンソードじゃな。


  戦には、ただ重いだけのつるぎじゃが、

  妖異には、この重さが有効での。」


 達人と呼べる域の剣さばきを見せられた兵士は、

 彼に、こう尋ねなくてはなりませんでした。


 「もしや、『戦士』様であられますか!?」


 「フハハハハッ、ワシはその域には達してはおらんよ。

  もう少し若かったならの、


  自分の都合で、利き腕を失ってしまっての。


  かつての友が、

  この手で振れるつるぎだけは、残してくれたというわけじゃ。」


 ですが、必死でここまで辿り着いた者たちにとって、

 老賢人のその姿は、

 まさに戦士そのものでした。


 きっと、全員で彼に掛かっても、

 一瞬の内に、その刃の餌食となる事でしょう。


 それだけの実力の開きが、

 老賢人と彼らにはあったのです。


 盗賊の青年も、その弟たちも、

 老賢人を憧れの眼差しで見つめています。


 妖異の迫る中、老賢人は若者たちに、

 対妖異戦の指南を始めます。


若い兵士「良かったら、名をお聞かせ願えませんか?」


 その兵士の言葉に、若者たちの視線は老賢人に向けられます。

 それは、茂みの影に隠れる乙女、オーユにとっても同じでした。

 「もう忘れかけておったが、
  まあ、よかろうて。

    人に名を名乗る機会が再び訪れようとはな。」

 老賢人の次の言葉に、皆が息を飲みます。

 「ふっはっはっ、そんなに面白いものではないぞ。

  そうじゃのう、ワシは昔、
  友たちからこう呼ばれておったの。

     『閃光のエルトテラム。』とな。」

 その名に、兵士たちはざわつきます。

 それもそのはず、
 その名は大陸中に鳴り響く、勇者王の名です。

 博識そうな兵士が驚くようにこう発します。

 「・・・まさか、
  伝説のエル=ト=テラム王が、

 このような場所におわせられたとは!?」

 五人の兵士たちは、
 老賢人に向かって跪き、深く頭を垂れます。

 盗賊の兄弟も彼らを真似て、同じように跪きました。

 その握られた、碧い輝きを放つつるぎは、
 まさに由緒ある王族に伝わる名剣です。

 国を民たちに与え、共和国を作った英雄王は、
 迫る巨大な妖異に立ち向かい、
 その後に、消息を絶ったと伝えられています。

 「昔話はええから、
  さっさと武器を握らんかっ。

  よいか、周囲に流れる生命力を、
  まず感じられるようになるのじゃ。

  命あるもの全て、
  森や大地やあの空さえも、
  ワシらに大いなる力を授けて下さる。

  そのエネルギーを身に纏い、
  攻撃する時は、刃の先に乗せ、
  身を守る時には、危険を感じた場所に、
  素早く移して盾とするのじゃ。」

 それを容易く、老賢人はやってのけます。
 老賢人の全身からは、見えない波動のような強い力が、
 若い者たちを圧倒します。

 向かって立っているだけでも、
 暴風に晒されるように強烈なのです。

 オーユ姉妹は、この時すでに、
 その大いなる業を、
 この老賢人により、伝えられていました。

 オーユの瞳には、
 青い髪の勇敢なる若き王の姿が、
 老賢人と重なって見えました。

 と同時に老賢人が、
 戦士になれなかったというその言葉が、
 謙遜したような嘘だとわかりました。

 何故だかオーユは、その彼の若き英雄としての過去を、
 鮮明に見通す事が出来たのです。

 『エル王』と称えられていた彼に付き従う、
 六人の戦士と二人の若く美しい娘たち。

 その娘の背中には、柔らかな光を放つ、
 天使の翼が見えるのです。


 過去に何があったのかはわかりません。
 ですが何かの理由・・・、

 それはおそらく、何らかの対価として、
 若き英雄王は、その雄雄しき戦士の力を、
 失ってしまっていると、
 オーユには感じ取れました。

 数刻の時が流れ、
 日暮れが廃墟の村を覆おうとした時、
 それよりも濃い闇が、
 老賢人たちの前に姿を現します。

 まず最初に発したのは若い盗賊です。

 「な、なんだ、
  オレが見たヤツとは違うのが来た・・・。

  こんなんじゃなくて、もっとドロドロしたヤツだったぞッ!!」

 その言葉に頷くように、
 五人の兵隊長の背の高い兵士は、こう続けます。

 「確かに・・・、

  これが賢者様の言われた、
  ・・・妖異の肥大化でしょうか。」

 賢者様と呼ばれるようになった老賢人は、
 その妖異の姿に、一瞬、眉を顰めます。
 
 他の者たちは、その身を切り刻むように、
 伝わる悪意の波動に、
 両の手に握る槍先を、細かく震わせています。

 老賢人は言いました。

 「その闇の力を感じておるなら、
  戦う資格があるということじゃな。

  すでに擬人化しておるとは、
  あれは妖異と呼ぶには、あまりに強力じゃぞ。

  (今のこの力では、良くて相打ちか、
   フフッ、まあ、それもよかろう・・・。)
  
  皆、無理はするでないぞ。」

 用兵術に長けた老賢人は、
 最も実力の備わった者を両翼に立たせ、
 その内側を実力順に立たせます。

 そして、その半円の中心に、
 碧きつるぎを持った老賢人が立ちました。

 一人の兵士が老賢人に尋ねます。

 「もっと数がいたはずですが、
  人型一匹だけなのでしょうか?」

 老賢人は答えます。

 「どれほどの数がこちらに向かってきたかは知らぬが、
  あの森の木々や大地を見てみい。
  
  全て、吸い尽くされておるであろう?」

 兵士たちも盗賊兄弟も、
 そして、オーユさえその光景に、
 あらためて気が付きます。

 妖異がいる側の景色は日暮れなどではなく、
 生命力の全てを奪われて、
 朽ち果てた木々や大地が広がっているのです。

 「当然、より強大な妖異に、他の妖異は吸われたのじゃろう。

  人の形にまで成長した妖異を、
  ワシは、『ギーガ』と呼んでおる。
  
  紛れもない、闇の力を持つ戦士じゃ。
  それも、厄災級のな。」
  
 その言葉に、オーユは彼らを放ってはおけません。
 老賢人の小屋の木箱から持ち出して来た、
 白く細いつるぎを腰に帯び、
 美しく、天を突くような飾りの施された弓を、
 その手に強く引き絞ります。

 そんなオーユに気付いていたのか、
 老賢人は、そんなオーユを鋭い視線で静止します。

 オーユはその迫力に気圧されます。

 ギーガと呼ばれた妖異は、ゆっくりと迫ってきます。
 その大地を灰に朽ち果てさせながら。

 老賢人は、強烈な剣気を碧いつるぎから放つと、
 背後の若者たちにこう言います。

 「さて、まずはワシの戦いを見ておれ。

  目が慣れて隙が見えたなら、争いに加わるが良い。」


   ザシュッ!!


 次の瞬間、老賢人の一撃が、
 ギーガの肩に激しく食い込み、その右腕を斬り落としますッ!

 思わず兵士たちは、声を上げました。

 「神速とはまさにこの事ッ!
  ・・・何と言う戦いを、私は目の当たりにしているのだッ。」

 まだ生きているギーガの右腕が、
 暗黒のつるぎで、先頭の兵士に襲い掛かります!


   キィィィーン!!!

 その一撃を、老賢人はつるぎを右肩に乗せ、
 受け流します。

 隙が出来たそのギーガの片割れに向かって、
 周囲の者たちは、一斉に槍先を突き立てますッ!

 激しい光を撒き散らして、
 粉々に砕け散る、闇の塊。

 「効いた!?
  これが、妖異との戦い・・・。」

 「ヤツの狙いはお前さんたちを、
  取り込む事じゃからな。

 気を抜くでないぞ、まだヤツの力の一割も削いでおらん。」

 「はいッ!!!」

 老賢人はつるぎの重さを利用して、
 ギーガに対して強力な圧力を掛けています。

 その遠心力によって生み出される破壊力は数十トンにも及び、
 周囲からエネルギーを吸い上げているギーガの性質を利用して、
 その動きを鈍重にさせています。

 若者たちは、その目に映る強大な敵に対し、
 臆する事なく、奮闘を続けています。

 ギーガによって放たれる無数の斬撃は、
 その全てを一度のミス無く、
 とても常人とは思えぬ俊敏な動きで、
 碧きつるぎに阻まれています。

 ですが、オーユの瞳には、
 戦いが長引く事で失われていく、
 老賢人の見えない力が、痛々しく映ります。

 オーユが踏み込もうとすると、
 それを静止する鋭い眼光が、
 老賢人から放たれます。

 (私は、何も出来ないのですか・・・。
  あなたを失いたくはないのです。)

 次第に、オーユの中に、
 何かが甦るように、老賢人の姿に、
 青い髪の若い戦士の姿か重なって行きます。

 老賢人は、大切なものを守るという強い意志によって、
 通常では引き出せない限界を超える力を、
 引き出しています。

 その対価は、命の灯火を激しく散らすという事です。

 それにすぐに気が付けたのなら、
 オーユは躊躇う事無く、その腰に帯びた、
 白のつるぎを抜いた事でしょう。

 戦いが優勢に進んでいるようにも見えたことが、
 その判断を遅らせます。


   ジュバァァァァーーーッ!!!


 次の瞬間、ギーガが激しい闇の飛沫を巻き上げますッ!!

 老賢人の一撃が、ギーガに致命傷を負わせたようです。
 素早く、若者たちは渾身の力でそのギーガに突撃しますッ!!

 黒い砂のように崩れ去るギーガ。
 彼らが妖異に勝利した瞬間です!

 若い兵士たちも、盗賊の兄弟たちも、
 意味が分からないように、互いを見合わせます。
 何が起こっているのかわからないのです。

 すると、老賢人が崩れるように、
 大地に碧いつるぎを突き立て、その膝を折ります。

 「だ、大丈夫ですか、賢者さま!?」

 勝利の余韻を味わう暇もなく、
 厳しい表情をした老賢人を、誰もが不安に思います。

 茂みの奥で、オーユもその光景に言葉を失っています。

 老賢人は、若い盗賊にその身体を支えられると、
 皆を安心させるように、こう言いました。

 「ハァハァ・・・心配には、及ばんよ。

  単にワシに残された僅かな戦士の力が失われ、
  もう、その重すぎるつるぎを持てなくなっただけじゃ。」

 老賢人の無事に、若者たちも、
 オーユも、心の底から安堵感が湧き上がってきます。

 兵士の一人は言います。

 「では、賢者さまに、
  私たちは教えを請う事が出来るのですね。」

 その老賢人を支える若い盗賊が、
 兵士たちに向かってこう言います。

 「それはオレのセリフだぜッ。
  まあ、いいか。
  とにかく、一番弟子はオレだからなッ!」

 こうして、笑顔が皆に咲きました。
 もう彼らは、同じ戦いを乗り越えた仲間となっていたのです。

 若者たちに、少しでも希望という意味を伝えられたのならと、
 老賢人も、どこか表情が優しげです。

 その輪を見守るオーユも、
 嬉しさを声にする事が出来ないくらい震えていました。
 もう、今のオーユにその輪に加わる勇気はありません。

 でも、それで幸せだったのです。

 やっと、勝利の余韻を味わい始めた彼らの前に、
 再度、危機が訪れようとは、
 この時、誰も思いませんでした。

 天空から、一筋の光が差し込むと、
 彼らの目の前に、見慣れぬ異国の甲冑を纏った、
 一人の男が現れます。

 老賢人は、すぐにこう発します!!

 「散り散りになって、早く逃げろのじゃ!!」

 刹那、若者たちは金縛りにあったように、
 自由を奪われます。

 その甲冑を纏った男は、こう言いました。

 「どうやって、ギーガを始末した?

  何処にも、戦士がおらぬようだが。」

 若者たちは、その言葉に意味が分かりません。

 そして、まだ気付かれていないオーユには、
 かつてこの嫌気のさす空気に包まれたことがあるのを、
 記憶の奥底から、呼び起こされます。

 「六極神・第六位、ハルバナート・・・。」

 言葉が漏れた事で、甲冑の男はオーユに気が付きます。

 「ほほう、無駄足かと思えば、
  とんだ収穫があったな。

  なるほど、ギーガなど恐れるに足らぬワケか。」

 そう言った甲冑の男に、老賢人は最後の力を振り絞って、
 体当たりをします!!

 それをいとも簡単に受け止めると、
 甲冑の男は、老賢人を遠くへ激しく弾き飛ばしました。

 「クズになど用はない。
  何だ貴様ら、この我に楯突くつもりか?
  
  フハハハハッ、舐められたものだな!」

 兵士たちは呪縛を断ち切り、一斉に槍先を揃え、
 老賢人を守ろうとします。

 若い盗賊とオーユは、
 急いで、老賢人の元に駆け寄ります。

 「若いの・・・、この娘を連れて、
  出来るだけ遠くへ逃げてくれんか・・・。」

 「何を言ってるんですか!
  賢者さまを置いてなど行けるもんですかッ!!」

 絶世の美女のオーユを目の当たりにしても、
 この若い盗賊の瞳には、
 傷付いた老賢人の姿しか映ってはいません。

 甲冑の男は、彼らのその行動に虫唾が走るような表情を見せると、
 こう囁きます。

 「戦乙女を残して、残りは塵にしてやろう。」

 その言葉と同時に、ギーガの時とは比べ物にならない程の、
 圧倒的な力が、周囲を歪ませるように広がります。

 「光栄に思え、力無き者たちよ。

  光さえ曲げる、この神の力を前に、
  浄化される事をな。」

 まばゆい光を放つ大剣を振り上げた甲冑の男の前に、
 両手を広げるようにして、オーユが立ちますッ!

 「させるものですかッ!!」

 その灰色の外套を纏ったオーユの背中には、
 二対の翼が煌く粉を撒きながら広がり、
 強い意志を込めた深紅の瞳で、
 甲冑の男を捉えます。

 「無駄だ、
  そんな程度の抵抗で止められると思うなよ。

  我こそ、選ばれし六極の座の、
  その第六位にある、この世界の神の眷属なりッ!

  そなたの身体は、その翼が守ってくれるだろうが、
  我が一撃を侮らぬ事だ。」

 手にした両手剣を天に突き上げると、
 男の言う審判が下されようとしますッ!

 この時、誰もが恐れる事無く、
 戦天使のその神々しい背中を見つめて、
 彼女を守る為に、その長槍を手に後へと続きます。


   シュオォォォーーーンッ!!!


 と、天から稲妻が、
 激しい雷光を放ちながら落ち、
 周囲を一瞬、強烈な眩さが包みます。

 ですがその激しい閃光は、爆音を轟かせる事はなく、
 すぐに静寂が辺りを包みます。 

 その光の中から現れたのは、
 黒衣を靡かせた、長身の別の男でした。

 彼は言います。

 「久しいな、エルトテラム。」

 それは、老賢人に向けられた言葉です。
 満ちる電光と輝きで、男の顔はよく見えませんが、
 その長身の男に向かって、老賢人はこう放ちます。

 「・・・狂王、ヴェルクハートか。」

 振り上げたままの大剣を下ろせないままの甲冑の男に、
 黒衣のヴェルクハートは、こう言います。

 「何処に、六極の第六位がいる?
  あの椅子は、今は空席だ。」

 ヴェルクハートの鋭い眼光が、
 神を語る甲冑の男、ハルバナートと捉えます。


    ズシュ・・・。

 振り下ろされた一撃は、
 ヴェルクハートの左腕の手甲に深く食い込み、
 彼の鮮血を撒き散らしたッ!

 そのヴェルクハートは、
 眉一つ動かさずに、腰に帯びたつるぎに手をかけ、
 その身体を後ずさる様にして、
 そのままの位置で抜刀し、

 力を込めた左拳で、
 食い込む両手剣ごとハルバナートの身体を引きずると、

 分厚い高硬度の金属板で覆われた胸甲に向け、
 見事なまでに練気された、
 核熱級の高熱を放つ剣先を突き出し、

 そのまま、ハルバナートの身体をゆっくりと貫きます・・・。


    ザシュッ!!


 「グアァァァァァッ!!!」

 実力の差は歴然でした。

 ヴェルクハートがその白銀のつるぎを抜く前に、
 その重厚な甲冑のみを残して、
 男の身体は蒸発するように消滅し、無へと還ります。

 腰に帯びた鞘に、一振りして白銀のつるぎを納刀した、
 黒衣のヴェルクハートは、
 外套の一部を引き裂いて、
 左腕の出血を抑えるように縛り付け、
 冷淡な表情のまま、老賢人の方へと振り返りました。

 「『命の潮流』が停止しているこの世界では、
  人であれ、魔神であれ、
  滅びがあまりにも虚しいな・・・。

  そなたも、その加護を得られていれば、
  この私とも等しいの力を持てたというのに。

  友人として接し、共に高め合いたかったが、
  このような、つまらぬ輩の手によって、
  
  「英雄・エルトテラム」が失われるのは、
  この世界にとっても、私にしても、
  大いなる損失だ。

  それでも、私に出来る事はその程度しかなく、
  ・・・僅かな延命に過ぎないのが歯痒いな。」

 「いや、十分に、・・・感謝しとるよ、
  ヴェルク、・・ハートよ・・・。」

 老賢人を見つめるオーユは、
 ヴェルクハートの言った、「失われる」という言葉に、
 その心を強く揺さぶられます。

 「どういう意味なのですかッ!?」

 「言葉の通りだ・・・。
  彼の命の輝きは、まもなく消える事だろう。

  ・・・私はそれを見届ける義務がある。

  それは、かつての我が主、
  『北の空の女神・リシア』の意思であり、
  同時に、私の願いでもある。

  その大いなる翼によって、
  彼の危機を知らせてくれた事には、感謝する。
  
  そなたの行動は十分に勇敢で、賞賛されるべきものだ。」

 それでも何とか出来ないかと、
 畏怖すべき、天空の狂王を相手に、
 縋る様に詰め寄ったオーユ。

 その想いは、共に戦った若者たちも同じでした。

 そんな彼らを見て、ヴェルクハートはこう言います。

 「その切なる想いが『力』となって、
  エルトテラムの身に伝わるのが、
  本来の正しい世界のあり方だと、
  この私も思ってはいるが、

  命の潮流を司るはずの主神エクサーが、
  何故、与えられた使命を放棄し、それを行わないのか、
  
  ・・・それは、
  この私も、この大地を訪れた時から、
  計りかねている所だ。

  と言っても、通じぬだろうが、
  簡単に言うならば、

  この世界は、呪われたかのように、
  正しく命を循環させる糸車の糸が切れ、

  結果、ギーガなど言う不純物が、
  美しい大地に根付いてしまっている。

  つまり、ギーガや妖異などと言う異物が存在する世界など、
  10億年前の創世期初頭ならいざ知らず、
  今のこの時代において、
  
  星々の揺りかごの中にある、数多の世界の中で、
  この大地以外に、他を私は知らぬのだ。

  そして、その忌々しい厄災化が、
  エルトテラムの身にも、
  今、まさに起ころうしている。
  
  彼の誇らしき魂が、妖意などと化す、
  この理不尽な世界を、私は許せない・・・。
  
  クッ、なんと無力な事が。」

 大銀河・ゼリオスの揺りかごの中、
 数多の世界を生み出している、
 『エクサー』と呼ばれる、その存在。

 全ての世界は、
 星の海に無数に撒かれた、
 エクサーという一粒の種によって、

 その巨大に成長した大樹の下に、
 空や大地、そして生命が生み出されています。

 いわば、それは『世界樹』のようなものです。

 想いを語ったヴェルクハートの表情は、
 何処か寂しげでしたが、
 それ以上の言葉を、
 老賢人はその鋭い眼差しで、制止します。

 「ワシの身体・・が消えてたとて、
  簡単に妖異・・・になど堕ちたり・・は、せぬよ。

  なるほど、ワ・・シが、
  あの北の空の、・・女神『リシア』に、
  秘めた憧れを抱いていたのも、
  何らかの・・繋がりはあっ・・・たと言うことじゃな。
  
  グハッ・・・。」

 彼によって、無言を強いられたヴェルクハートでしたが、
 その心の内では、
 かつてそのリシアの隣人であった、
 彼、英雄王エルトテラムが、

 その美しい記憶さえ失っているのに、
 胸を強く痛めていたのです。

 オーユはそれでも、
 六極の神の名を持つヴェルクハートに、
 老賢人の命を救って欲しいと懇願します。

 ヴェルクハートは、
 沈み行く陽光に、飴色に染められた髪の靡く、
 その美しい乙女の、悲哀に満ちた顔を見ても、

 彼との約を違えず、
 ひたすらに無言を貫き通すしかありませんでした。

 実は彼は、その方法を一つだけ知っているのです。

 それを、この老賢人が望んでいないのも、
 十分に承知しているからこそ、

 その胸の奥底では、伝えるべきか迷う、
 たった一つの手段を、
 このオーユにだけは、聞かせるわけにはいきませんでした。

 老賢人は、若い盗賊の青年に、
 その手を離すように言うと、
 背筋を無理に伸ばして見せて、
 オーユの方へ向かって、歩みを進めます。

 「ゲホッ・・ゲホッ、
  残された・・貴重な時を、無駄にせんで欲しい。

  こっちを・・向いて、微笑んでは・・・くれんか?」

 オーユの傍まで歩み寄った老賢人は、
 いつも以上に、優しい表情を浮かべています。

 ヴェルクハートは、変えられない定めの悔しさに、
 せめて、自分が出来る事をと模索しながら、

 その膨大な破壊の力を、強引に癒しの力へと変換させ、
 大きくロスをしたその命の煌きを、
 老賢人に分け与えてました。

 その力の全てを、一人の乙女を守る為、
 猛威のつるぎへと化し、

 あえて悪として生きる事を選択した、
 癒しの力を持たない彼に、
 オーユが何かを求めても、
 それが精一杯な事なのです。

 その影響か、老賢人の意識は、
 僅かにですが回復します。

 それは、
 その言葉を滑らかにする程度でしかありませんでしたが。

 (感謝する、ヴェルクハートよ。)

 若者たちも、その老賢人を囲むように、
 集まってきます。

 オーユはこの時、これほど近くにいるのに、
 彼との、とても大きな隔たりを、
 その、今にも壊れそうな胸の奥に、
 強く感じられてなりませんでした。

 そんな中、若い盗賊の男が、
 老賢人に向かってこう言います。

 「まだまだ、賢者さまに教えて欲しいことが、
  たくさんあるんですッ!

  悲しいことは、言わないで下さい、
  賢者さま・・・。」

 他の若者たちも皆、同じような言葉を彼にかけます。

 彼らは、この荒んだ世界で、
 ようやく道を示してくれる師と出会えたのです。

 祈るように座り込んだ、そんな彼らの頭を、
 老賢人は優しく撫でながら、
 彼らに言いました。

 「そこの娘のオーユから、
  学ぶとよい。
  誇らしい、ワシの一番弟子じゃからな。

  その代わり、オーユの美しさに魅了され、
  不貞を働くでないぞ。
  
  フッフッ、よいな・・・。」

 「良くは、ありませんッ!

  私だって、まだたくさんの事を、
  教えてもらわなければ、ならないのです。」

 老賢人の姿が、少し回復したかに見えたのが、
 周囲を余計に期待させます。

 もう、ヴェルクハートの瞳には、
 この光景は、残酷以外の何物でもありませんでした。

 (早く、この世界の命の潮流を回復させねばならぬ。
  今、この時に間に合わせたい。
  
  だが、それはかの絶対の力を誇る、
  ルフィアにさえ、至難の業であろう。)

 オーユは、ヴェルクハートの、
 その願いにも似た、強い思念を感じ取ります。

 彼女がそんな事が出来るなど、
 彼にとっても、思いもよらない事です。

 「その『命の潮流』を回復させる、その方法を教えて下さいッ!
  何としても、成し遂げます!!!」

 「な、何を言っているのだ・・・。」

 ヴェルクハートは、この時、
 自らの願いを読まれた事を直感します。

 (あり得ない事が起こっている・・・。

  エクサーの座にある、あのリシアすら成せぬ業を、
  この娘は、成して見せたという事なのか!?)

 「それも、今すぐではなりません!!

  今、この時にそれを行えなければ、
  私にとっては意味がないのですッ!!!」

 強い意志を宿した、真紅に高ぶるその眼差しは、
 ヴェルクハートでさえ、気圧されるような、
 そんな気迫に満ちています。

 次の瞬間、その彼女の背中の翼は、
 さらに大きなものへと変貌を遂げます。

 大地へと粉雪のように柔らかに降り積もる、
 その大いなる翼から溢れ出す、まばゆい光の軌跡。

 ヴェルクハートは、
 金色に彩られた空を見上げると、
 何かを警戒する様な仕草を見せます。

 (まずい・・・、
  これほどの『戦天使』がいる事を知られれば、
  他の六極の者を動かす・・・!?

  いる・・・、
  
  この上空に。あの第一位の絶対者、
  『美髪王・ルフィア』がッ!!!)

 そう彼が感じた気配の持ち主は、
 残りの全ての六極の神々が、
 群れ成して刃向かっても、
 全てを一瞬の下に消し去る強大な力を秘めた、
 
 神の中の王・・・。

 (友の最期を、邪魔などさせぬぞッ。)

 ヴェルクハートが全てを賭けて、
 その彼女に抗う覚悟を決めた時、
 そのルフィアからは、敵意無しと彼に思念が送られます。

 (あのルフィアが、空を支配している・・・。
  何者なのだ、この光輝の翼を持ちし乙女は。

  何事にも無関心だったルフィアを、
  突き動かす事が出来るほどの、
  存在だとでもいうのか・・・。

  ならば、言わぬわけにはいくまい。
  エルトテラムを救う、その唯一の方法を。)

 ヴェルクハートは、厳しい表情をして、
 覚悟を決めます。

 そのしなやかな指先を絡めて、
 心から願いを請う乙女に向かって、
 彼はこう答えます。

 「では、その方法を伝える。
  
  だが、成功する保障などないし、
  とてつもない対価を支払う事になるだろう・・・。」

 「やめよ、ヴェルクッ!!」

 「いや、これは天の意思だ。

  抗えば、私に代わる者が、
  この身を滅ぼしてでも、
  彼女の前に現れるであろう。
  
  私は言葉を止めぬし、その願いを共に叶えたい。

  前例はない。
  私が知らぬが、その方法は存在している。

  そなたの命の翼を対価に、
  あらゆる全てを循環させる生命の輪廻、
  
  『命の潮流』そのものを、
  そなたの内なる世界に、強引に生み出すことだ。
  
  それによって、エルトテラム一人を救えれば、
  その事実は、まさに『奇跡』として、
  永久に語り継がれる事であろう・・・。」

 大地に突き立つ碧いつるぎに向かって、
 それを阻止せんと、自らを犠牲に飛び出した老賢人。

 彼の行動をヴェルクハートが、
 地面から無数に突き出した、鉄鎖によって拘束します。

 「そんな理不尽な取り引きを、
  行わせるわけには行かぬぞッ!!」

 オーユは、その老賢人の元にゆっくりと近付き、
 彼の身体を抱き止め、絡まる鉄鎖を大地へと戻します。

 「私は全てを思い出しました、エル王。

  貴方は、この私たち姉妹を六極の神々から守る為に、
  たった一度の奇跡の戦士能力を、
  『再生』という癒しに変えて、

  その神にも届くと云われた、戦士の力の全てを、
  利き腕ごと投げ出されたのですね。
  
  こうして、長い時を経て、
  再会出来た事を、私は嬉しく思います。
  
  だから、今度は私のわがままを聞いて頂く番です。
  
  私には、妹のセリカがいます。
  いつの日にか、新たなる英雄王が、
  この身を目覚めさせるのを待つことが出来るのです。
  
  それまで、お傍に居させて下さい。
  
  ・・・もう、命の潮流は始まりました。
  
  再び目覚めるその時まで、
  共に、眠りに付きましょう・・・。」

 この時、ヴェルクハートは代償として、
 オーユが消え去ることを、口に出来ませんでした。

 エクサーの分体として生まれた『戦天使』が、
 その繋がりを維持する、二対の翼が失えば、

 その身体は、再生されることなく、
 ただ、無へと消え行くのみです。

 オーユの翼が激しく光を散らしながら、
 次第にそのカタチを失って行きます。

 その奇跡の光景に、
 ヴェルクハートは言葉を失うと、
 彼の予想外の展開が起こったのです!

 (・・・まさか100%の光輝の翼を持つ、
  
  これまでに存在しなかった、
  完全なる天使能力を内に秘めた乙女が、
  
  この大いなるゼリオスの揺りかごの空の下に、
  存在していたとでもいう事のかッ!?
  
  ・・・天使能力とは、
  元は、エクサーを100%とした、
  その光輝の割合で示されている。
  
  何故なら戦天使は、その一生での経験値を、
  エクサーへと伝え、一つとなり、
  
  そのエクサーを進化させる、
  いわば、肉体を持つ分体だからだ。
  
  つまり100%と言う数字は、
  エクサーそのものという事であり、
  
  エクサーから、分体として生み出された、
  戦天使には、有り得ない数字だ。
  
  そんな者を生み出したら、
  エクサー自体が消失し、一つの世界が終わる。
  
  ・・・戦天使のその数値は、
  どんなに高くても、25%と聞き及ぶ。

  だが、奇跡は今なお、
  この私の眼前で繰り広げられている。
  
  その乙女の存在そのものが、
  もはや一つの『世界』に匹敵する、
  そんな常識すら通用しない、
  遥かに超えた未知なる存在・・・。
  
  ルフィアは、それを知っていた!?
  
  『創世の力』を秘めた乙女・・・、
  
  失われるはずの我が身さえ、
  共に命の潮流へといざなうという、
  そんな一つの世界の誕生が、
  
  ・・・何と、実際に起こり得るとは。)

 その驚きは、
 この地の遥か上空で成り行きを見届ける、
 美髪王・ルフィアにとっても、
 同じ事です。

 大地はまばゆい光に包まれ、
 灰と化した森の木々や、廃墟の村さえ、
 輪を描くよう広がり、元の姿を取り戻していきます。

 この時、妹のセリカもその場に姿を現しており、
 光の中心にいる姉のオーユを見つめています。

 緩やかに再生されていく周囲の大地。

 それは、命の潮流から漏れ出る煌きによって、
 意図せず、命が再生されていく瞬間でした。

 老賢人のその老いた姿も、
 若き日の英雄王の姿へと、変化して行き、

 失われたはずの利き腕も、
 完全に再生され、以前の逞しさを取り戻しています。

 「オーユ様・・・、
  
  貴女様に再び、
  私が幼き日に憧れた、そのままのお姿で、
  再度、出会えるとは、思ってもいない事でした。
  
  妹君のセリカ様までご無事で、
  幾度、天を仰ぎ見た事か・・・。」

 「そうなる定めだったのです。
  
  ですが、御身は元に戻せても、
  貴方の全ての力を取り戻すには、
  
  きっと、・・・もっと多くの時を必要とします。
  
  それまで、貴方の時を止めてしまう事を、
  どうか、お許し下さい。」
  
  この時、英雄王・エルトテラムの姿を取り戻した彼は、
  美しい白銀の甲冑と、鮮明な青のサーコートを身に纏った、
  おとぎ話の騎士のような姿へと変わり、
  
  大地を突くその藍のつるぎも、
  本来の輝きを取り戻すと、
  
  宙に浮いたそのつるぎを、
  エルトテラムは、その右の利き手に握ります。
  
  ヴェルクハートは、ブルーサファイアに輝くつるぎを見つめて、
  こう漏らします。
  
  「・・・『青きオメガ』が、再び真の力を取り戻したか。
   何と言う、清き乙女の力・・・。」

 消え行く翼に包まれた、二人の姿を見ながら、
 セリカは、こう叫びます。

 「二人とも、私を残して何処かへ行ってしまうのッ!?

  ・・・一人は嫌だよ、
  私、これから、どうすればいいのッ!!!」


 オーユの背中の翼に、共鳴するように、
 セリカの背中にも、二対の光輝の翼が、
 大きく広がります。

 その姉妹の戦天使の魅せる光景に、
 かのヴェルクハートも、平静を保てませんでした。

 「同じ翼を持つ妹だとッ!?

  ・・・いや、それは姉よりもやや劣るが、
  それでも感じる、
  この、底の知れぬ天使能力は何だというのだ。
  
  セリカ・・・、
  もしや、『アルフィア世界』の魔王、
  ゼルドパイツァーの探し求めるという伝説の戦天使!!
  
  ゼリオスの大空に、
  あの絶大な勢力を誇る、アルフィアの大いなる翼、

  『セリカ=エルシィ』なのかッ!?


  一体、どれ程の戦力が、
  このエルザーディアの大地に、
  持ち込まれているのだ・・・。」

 たった一人で、一つの世界の理さえ、
 変える事の出来る、
 そんな姉妹の戦天使を前に、

 ヴェルクハートは、自分がいかに小さな存在なのかを、
 思い知らされずにはいませんでした。

 天空のルフィアは、それにすら動じる事もなく、
 彼が事を成さねば、自らが降りるといった視線を、
 ヴェルクハートに送ります。

 それは、彼が絶対なる女王に狩られる事を意味します。

 ヴェルクハートは、そんなルフィアの脅しに臆する事なく、
 冷静に、我に返ると、

 本来、成すべき使命を行使する為、
 セリカの前に立ち、戸惑う彼女にこう伝えます。

 「その絶大な力は、今、使うべきではない。
  二人との縁を、繋ぎ止めるのが願いなのだろう?
  
  これから、そなたが成さねばならぬ事を、
  この私が示す故、
  それに従い、二人をこの世界に、
  どんなに強い鎖より、強く結び付けておくのだ。」
  
 ヴェルクハートのその言葉に、
 オーユの表情は優しくなります。

 微笑む姉を見たセリカは、
 ヴェルクハートの次の言葉を待ちます。

 「命の潮流が完成するその瞬間、
  この世界とは、別の世界が一つ生まれる。
  
  それを、二人の再生までの仮初めの世界とする為、
  そなたの翼で、その世界を殻に閉ざすな。
  
  言ってもわからぬであろうが、
  そなたの姉は今、
  この時、異なる一つの『世界』となろうとしている。
  
  それを、殻が閉じる瞬間に阻止するのだ。
  
  そう難しい事ではない。
  純粋に願い、想い続けるのだ。
  
  それだけで、どんなに永く延びたとしても、
  二人の姉妹を結ぶ運命の糸は、決して切れる事はない。」
  
  セリカは顔を下に向いて、その話を聞いています。
  光に照らされた、赤茶けた大地に、
  銀色の雫を幾粒も染みこませながら。

  オーユよりも、大きな体躯のエルトテラムを、
  柔らかく包み込む、彼女のその姿を、
  ヴェルクハートは見守ります。
  
  周囲の若者たちも、そこ光景に圧倒されながら、
  口を開くことも出来ずに、ただ見つめる事しか出来ませんでした。
  
  そんな中、弟たちを救ってもらった盗賊の若者だけが、
  賢者さまでは無くなった、英雄エルトテラムにこう発します。
  
  「オレ、いえ・・・オレらは、
   これからどうすれば、いいんですかッ!!
  
   それは、賢者さまが助かるのには、
   正直、ホッとはしてます。
  
   オレは、もう一度、
   盗賊なんかじゃなく、農夫として、
   真面目に生きて行きたいんです。
  
   だって、賢者さまが戻って来るのを、
   待つ事は、オレらじゃ出来ない・・・。
  
   どんなに頑張っても、今が若くっても、
   オレが生きてる内に、戻っては来れないんでしょう・・・。」
  
  その若者の言葉は、
  ヴェルクハートの胸の奥に響きます。
  
  すでに、人と同じ時を生きてはいない彼には、
  それが数千年、数万年の月日となっても、
  容易に待つことは出来ました。
  
  自身が初めて、戦士を目指したその時の出来事が、
  フィードバックしたのです。
  
  超越せし力を手にしたヴェルクハートには、
  人とは違う時が流れ始め、
  
  次第に、新たな年を迎えるという事が、
  友人や、家族や愛する者との、
  別れへと繋がって行くという苦痛を散々、
  味わって来ました。

  その若者は賢く知恵を働かせ、
  それをこの言葉を失うようなこの光景の中で、
  気付き、問いたのだという、
  その事実が、とても彼の興味を惹いたのでした。

  普段なら、失い始めて気付くものを、
  こうも早くに、思えたという事に。

  だからこそ、ヴェルクハートは一人の男として、
  彼に、こう答えたのです。
  
  「再会を願うのなら、
   妹君のセリカ殿に学び、戦士としての力を身に付けよ。」

  「で、出来るのですか!?
  
   ・・・こんなオレなんかに。」
  
  「セリカ殿ほどの戦乙女の傍で、己を磨き上げる事が出来たなら、
   その壁を越えることは、難しいことではない。
  
   偉大なる戦乙女の傍らに在れる幸運など、
   望んでも、容易に手に入るものではないのだから。
  
   (さらに、ルフィアがそれを見守る以上、
    彼女に手を出せる者など、この世界にはいない。)
  
   だが、同時にそれは多くのものを失う悲しみとなるだろう。
  
   それでも、構わぬ意思があるなら、
   そなたならなれると、この私が保証しよう。」
  
   盗賊の若者が相手にしているのは、
   六極の神である、ヴェルクハートです。
  
   そんな確約が得られるのならと、
   他の若者たちも、続いてヴェルクハートに尋ねます。
  
   顔をゆっくりと上げるセリカを、安心させるように、
   ヴェルクハートは、彼らにそれを約しました。
  
   セリカを見つめる彼らの瞳が、輝いた瞬間です。
  
   ヴェルクハートは、暫しの別れを、
   せめて、悲しいものにはしたくはないと、
   自身の経験から、そう望んだのです。
  
   それは、オーユとエルトテラムの表情さえも、
   柔らかにさせるに十分な、心遣いでした。
  
   その時、ヴェルクハートは、
   天空にいたルフィアの気配が消えた事を知り、
  
   一切の邪魔者を寄せ付けなかった彼女に対し、
   敬意を抱いて、
   彼女の支配した、孤高の空を見上げました。
  
   (ルフィアは、何を想い、あの空に座したのだろう。
  
    エクサーが実質存在していない、
    この壊れかけた世界を、
    支えているのが彼女なのかも知れない。
  
    フフッ・・・、
    このエルザーディアの大地には、
    あとどれ程の驚きや、
    奇跡が散りばめられているのだろうな。
  
    ・・・この私が、
    いつの日かルフィアほどの実力を持てたなら、
    その時こそが、リシアの元へと戻れる時かも知れんな。)

   記憶を取り戻したオーユは、
   その姿が光の粉のスクリーンに、
   映された像のように、おぼろげになる中、
   妹のセリカに、こう言葉を残します。

   「あなたは、勇敢なる七人の同士と共に、
    より、高みを目指し、
    北方の大地を目指すのです。」

   「お、お姉さま、そんな事より。」

   セリカはなお不安げな顔をして、
   オーユを失う恐怖と戦っています。

   若者たちは、自分たちを讃えてくれる、
   オーユのその言葉に胸を熱くしながら、

   彼女と老賢人であった人に、
   会えなくなる喪失感との中で、
   その煌きの光景を見上げ、葛藤していました。
   
   オーユの言葉は続きます。

   「今なお、エルトテラム王の起こした国が、
    存続しているなら、その助けとなって下さい。

    もし、民たちの国が滅んでいるようならば、
    青の戦旗をかかげ、
    国を興し、その名を『ガルトラント』と、
    名付けて下さい。

    それは、本来、
    私とエルトテラム王が、帰るべき場所なのですから。

    これが、今の私のわがままです・・・。」

   七人の若者たちは、自然とそのガルトラント式の、
   騎士の礼法で、胸に手を当て敬礼します。

   知らない作法や、経験が、
   オーユの残された翼の羽根によって、
   彼らに伝わって来るのです。

   戦士としての因子を、
   彼女が彼らに祝福として与えた瞬間でした。

   背の高い兵士は言います。

   「この内なる力は、いったい・・・。」

   エルトテラムが、威厳に満ちた言葉で、
   彼らに、こう告げるのです。

   「それは、我がガルトラントの戦士の誇り。
    我に続いた勇士たちの、
    未来に託した、切なる願いだ。

    その想いを出来れば、大切にしてやって欲しい。」

   この時、白銀のエルトテラムは、
   まさに、彼らの王でした。

   「力を失った私は、守れる苦しみというものを、
    まざまざと、この地にて思い知らされた。

    だからこそ、その願いを大事に想ってもらいたい。」

   この時、エルトテラムには、
   若者たちか、かつての友であった、
   七人の勇士たちの像と重なって見えます。

   若者たちも、沸き上がる勇士たちの願いを繋ごうと、
   凛々しく、英雄王の姿を見守ったのです。

   エルトテラムは、オーユに言います。

   「ありがとうございます、
    貴女様は変わらないでいてくれる、
    私の大切な、お姉さんです。

    貴女様が、私の王としての重荷を、
    唯一、取り除いてくれる存在なのです。

    これ以上、お姉さんを犠牲にしたくはありません。

    行きましょう、見知らぬ場所へと共に・・・。」

   オーユはその言葉に頷くと、
   ついに、命の潮流を完成させます。

   「お姉さまぁ!!!」

   急速に失われるオーユの光輝を前に、
   セリカの延ばしたその手から、
   一筋の光の糸が、その二人へと繋がります。

   その糸を通じて、オーユの膨大な経験値が、
   一瞬にて、セリカの中に流れ込んで来ました。

   刹那、二人を包む小さな光は、
   音も無く消え去ると、
   日没の闇が、再生された大地を覆いました。

   暫しの沈黙の後、
   雲間から姿を現した、ルナの月明かりによって、
   一同は照らし出されます。

   セリカの思いに反応したかのように、
   その月は、明かりを強く増していきます。
  
   ヴェルクハートは漆黒の外套を翻すと、
   彼らに背を向け、こう残します。

   「次に会う時が、
    互いに争うような事がないと良いな。

    私の役目は終わった。
    この地に、不要に留まることは、
    そなた達を危険に晒す事となる。

    オーユ殿と、エルトテラムのヤツの言葉を、
    どうか忘れないで欲しい・・・。」

   その言葉が響き終わる時には、
   すでにヴェルクハートは、あの遥か天空へと、
   去っていました。

   残された者たちは、
   かける言葉も無く、ただその場に立ち尽くしていました。

  
      ぐうぅ~~~~っ。


   すると、セリカはその音に赤面し、
   若者たちに向かってこう言います。

  「まずは、食わねば戦も出来ぬ、ですよっ!
  
   ウチに食べ物はありますので、
   あの、そこの大きな家をお借りして、
   皆さんで、夕食にしませんか?」

  若者たちは、その長い銀髪の可愛らしい乙女に向かって、
  うんうんと、頷きながら、
  手際よく、野営にも似た手伝いを始めました。
  
  夜目の利く盗賊の若者は、
  弟たちを連れ、川へと魚を取りに行き、
  
  残りの兵士たちは手分けをして、
  いいクジを引いた者は、セリカを手伝い、
  外れた者たちは、しばらく滞在するのに必要な家屋を見付け、
  セリカの指定した家の中の食卓を綺麗に片付けます。
  
  誰もがこの美しい銀髪の乙女に気に入って欲しいと、
  頑張り合います。
  
  村での生活が一段落して来た頃には、
  都市に村の存在を知られ、
  数百の兵が攻め入ってきましたが、
  
  僅か八人の村人に、瞬く間に散らされると、
  その噂は行商人によって、笑い話として語られ、
  多くの住む場所を失った者たちを、
  この村へと誘いました。
  
  それから十数年の月日が流れ、
  都市は、他の都市との争いに敗れ去り、
  変わった都市の主が、豊かな村へと攻め入ってきますが、
  
  七人の勇敢な若者と一人の乙女に率いられた、
  百人程度の村人たちに、
  数千もの軍勢は、成す術なく追い払われ、
  村は、町へと発展して行きました。
  
  八人もの戦士を有する町の噂に、
  一人の戦士も持たない、他の都市国家も、
  恐れをなしていました。

  そんな中ですが、
  遠い北の大地、ガルトラントを目指す為、
  セリカは、町の人々にその意思を伝えます。
  
  長く辛い旅になるのは目に見えていましたが、
  多くの町の人々を巻き込むわけにもいかず、
  付いて来る意思を見せた若者たちは連れ、
  
  残った町を守る為に、
  地域を支配する都市群へとセリカは立ち寄ると、
  不可侵条約を強引に締結させ、
  
  都市への牽制に、元兵士の戦士を一人、
  町に、盗賊の弟だった戦士を一人残し、
  
  十分に練兵した後に合流する事を二人に伝え、
  六人の同士と、旅立つ町の若者たちと共に、
  
  北のガルトラントを目指す事になります。
  
  その忙しさは、セリカや他の戦士たちに、
  二人の王と乙女の損失を感じさせない程の、
  仕事と責任を与えてくれました

  ですが、フッと立ち止まったその時に、
  遠くに行った二人の事を、誰もが思い出してしまうのです。

  セリカは言いました。

  「そろそろ、お腹が空きましたねっ!
   今日は、みなさん、何かご馳走にしましょうよ。」、と。

  セリカたちの旅立った町の近くに、
  自らの意思で残った、二人の戦士たちは、
  
  同じように、賑やかに酒を酌み交わします。

  「我らも、早くセリカ様の下へと参りたいものだな。」
  
  「なんだぁ、セリカ様が愛しいのかぁ?
  
   そりゃまあ、めちゃくちゃ綺麗な人だよ。
   でも、あのド天然ぶりに、
   想いなんか、届くわきゃねーよ。」
  
  「それは、勿論だ。
   セリカ様に不貞を働くものは、このオレが許さんッ!!
  
   ・・・もう一杯くれ。」
  
  「だよなぁ・・・、
   あの人には、あのままで居てほしいよなぁ。
  
   永遠に独り身ってのは、
   たしかに気の毒だが、
   オレらの青春、そのものだからなッ!
  
   あはははっ!! ほら、飲め飲め。」

  「・・・だな、
  
   あの月を、セリカ様と同じ大地で、
   見つめているのだからな。
  
   再会の時を願って、乾杯ッ!」



  こうして、オーユとセリカの姉妹の物語は、

         たくさんの人々と触れ合い、

              次へと紡がれていくのでした。
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