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ダークフォース 第三章 Ⅴ

2010年06月22日 23時59分38秒 | ダークフォース 第三章 前編
   Ⅴ

 アレスティルが、この国に来てから三年。
 セバリオス法王国が、いかに優れた女教皇の治世の下にあるのかという事を、その平穏な日常が、彼にそれをたやすく理解させた。
 女教皇・アセリエスは、過去に出会った多くの人々のように、自分の事を無理矢理頼って来ることはなかったし、比較的、不自由のない生活を、彼女は『勇者』であるアレスティルに送らせていた。
 名声目的で彼に挑もうとする愚か者は、大神殿に立ち入る事など出来はしなかった。
 大神殿での決闘など、偉大なる女教皇様が許すハズもない。
 彼女の機嫌を損なう事は、破滅を意味する。
 それ程に、アセリエスの影響力は、大陸中に浸透していると言えた。
 彼、アレスティルがその腰に帯びた『聖王剣・エルザード』を抜かない日々が、これほどまでに長く続いた事は、未だかつてなかった経験だろう。
 その緩やかに過ぎ行く時間は、彼に考えるゆとりというものを与えてくれた。

 アレスティルは、白を好む。
 故に、そこに可憐な白百合などが咲いていれば、じっと立ち止まって動かない事もある。
 それを知ってか、女教皇・アセリエスは、彼との初めての会談の席で白い衣を送っている。
 アセリエスは一度として彼を、アレスティルを謁見の間に拝謁させた事はない。
 女教皇の権威を他者に知らしめるに、それは十分に効果的な宣伝となるであろう。
 が、それを潔しとはしないアセリエスは、配下であるレーナが、彼を、『勇者・アレスティル』を自身に紹介するまで静かに待った。
 その間に、ガイヤート卿(マイオスト)を通じて用意させた『聖者の衣(セイグリット・クローク)』と呼ばれる聖衣を、アレスティルへと手渡した。
 その聖なる衣は、歴代の法王の誰もが欲したと云われる、とても清らかな雰囲気の漂う、時の流れに朽ちることの無き美しい純白の衣で、白金の糸によってさり気ない刺繍が施されている。
 元は、ファールスの『魔王・ディナス』によって保管されていた物らしく、アセリエスはそれを持って来たガイヤート卿に向かって、「素晴らしい品物だわ」と一言、嬉しそうに言って、小国が一つ買えるくらいの金を彼に支払った。
 勿論、アレスティルはその女教皇の贈り物を喜んで受け取った。
 その物の金銭的価値は、彼にはわからなかったが、素晴らしく良い品物であることは見ただけでわかった。
 感情の起伏にとぼしい彼には、かなり珍しい事なのだが、感激に頬を緩ませて礼を言うアレスティルのその姿は、同席したレーナをも驚かせた。
 アレスティルのその人間らしい振る舞いは、彼をこの国へと導いたレーナ本人を、少し安心させたようにも見えたが、アセリエスのその満足気な微笑みは、逆にレーナに何とも言い様のない不安を与えた。
 以降、アレスティルはそのお気に入りの聖衣を纏って暮らしているが、その衣の白は、あまりにも純白で、彼の持つ、眉目秀麗で凛として美しい金髪の青年像を、さらに聖者と呼べるほどに神々しいものに変えた。
 アレスティルはすらっとした長身である為、割と人目を引きやすい。
 だが、あまりにもまばゆきその白の光が、信徒や人々の目を眩ませ、その心を奪い、声を掛けるのでさえ恐れ多いほどの聖者像として、彼の姿を清く鮮烈に映し出し、彼をより近寄り難い存在へと変えた。
 大神殿は、完成された美を持つ、荘厳な白亜の宮殿である。
 神がそこを散歩していても、それを自然に感じさせるほどに幻想的で、美しい雰囲気を漂わせている。
 彼の、アレスティルの歩くその様は、まさに宗教画に美しく描かれた、白の聖者そのものであり、深い色をした蒼い瞳を持つ端整なその顔立ちは、性の違いなど超えて、神聖にして美しかった。
 座ったその姿は、まるで女性のようで、行き交う司教たちさえも、ハッとさせるほどの可憐さである。
 最近の彼は、とある悩みを抱えていた。
 それは、とても他人に気安くに話せるようなものではなかっただけに、一人、こうやって大神殿の階段の隅に腰掛け、階下に広がる白き薔薇の庭園を眺めているその姿も、最近ではちらほらと見て取れた。
 アレスティルは白を好む為、白バラが咲き誇るこの場所を選ぶことが多かった。
 大神殿は、階層ごとに様々な種類と色の花が植えられているのだが、下層から中層へと上がってくる辺りから、花の種類も薔薇が目立つようになってくる。
 中層までは、誰もが出入り自由な為、アレスティルはこの中層辺りをうろついている事が多い。白バラの園は、中層部でもやや上層の方に近い。
 法王国の聖都は、このセバリオス大神殿を軸に市街が取り囲むように発展した為、大神殿の大きさは、聖都の三分の一を占める程に巨大である。
 歴代法王は、大神殿の下層までを市民に開放していたが、女教皇の時代になると中層まで開放され、そこに存在する膨大な数の部屋や施設は、拠り所を持たない人々や、震災で住処を失った人々の、一時的な住居として無償で提供した。
 今では、市民たちが自発的に発生させたルールにより、それらは有効に活用されている。
 当然、自警団も市民が出してくれる為、出入り自由とはいっても、ガラの悪い者たちが容易に闊歩(かっぽ)出来る場所ではない。
 奇跡と言ってもいいほどの美しさを放つ白き衣のアレスティル。
 その姿を見せるだけでも、震災などによって傷付いた人々を勇気付けたし、この神の座に、聖王剣・エルザードをその身に帯びし勇者の在る事は、人々に絶対の安心感を与えた。
 そのアレスティルに物怖じせず近付いてきたのは、無邪気な子供たちであった。
 子供というものの好奇心に身分という境界線はなく、富めようが貧しかろうが、白き光を放つ彼の元に、平等に集まっていった。
 アレスティルは、人と接する事に不慣れであったし、また、純粋な瞳で自身を見上げる子供たちに、気の利いた教養を教えてやる術も持たなかった為、子供たちの問いには自分に分かる範囲で答え、分からないことは素直に分からないと答えた。
 時々、子供たちの質問攻めにあって、言葉が上手く回らず、ちょっと困った様子を見せることもあったが、アレスティルはそれを面倒だと嫌がる性格ではない為、周囲の者たちが逆に気を遣って、彼のそのささやかなピンチを救っていた。
 
 今日のこの日もアレスティルは、同じ場所に一人で、その大理石の階段に座り込んでいる。
 白いバラに、僅かに陽の朱色の混じり、アレスティルの影を少しだけ長く見せるそんな時刻。
 そのアレスティルの方に向かって、一人の黒衣のドレスの女性が階段を下りながら近付いて来た。
 豪商たちの家紋を彫り込んだ金や白金のプレートを、ジャラジャラと腰の鎖状のベルトに身に付け、その指先には様々な色の宝玉の付いた指輪が煌めいている。
 まるで男を誘うかのような腰付きで歩くその黒髪の女性は、確かにとても美しいが、その姿は下品で、毒々しい娼婦の様でもある。
 右目を覆うように眼帯がしてあるが、黒いレース編みのそれは、彼女の妖艶さを増すのに一役買っており、彼女を飾る黒いヘッドドレスとセットのデザインになっている。
 魅惑的な赤の瞳で、彼女がアレスティルの方を見つめると、それに気付いたアレスティルは黒衣の彼女の方へと振り返り、ゆっくりと立ち上がってその名を呼んだ。
「ロゼリアさん」、と。
 ロゼリアと呼ばれた女性は、アレスティルの横の階段に大きく足を組んで腰掛けると、彼にも座ることを勧めた。
 長くしなやかな彼女のその足には、ピタリと張り付くように履かれた黒いレギンスが艶めいており、正常な男子ならば、その色香にコロリと心を奪われてしまうだろう。
 実は、この黒いドレスの娼婦のような女性こそ、
 大神殿を退屈しのぎに徘徊する、『女教皇・アセリエス』その人である。
 アセリエスはその名を「ロゼリア」と名乗り、以前から大神殿内をうろつき、時には市街へも繰り出していた。
 チャラチャラと腰に巻いた豪商たちの商札は、彼女の身を守るのに一役買っている。
 それは彼女が、最優先で守るべき護衛の対象だと言う事を、周囲にいる傭兵たちにすぐに理解させたからだ。
 同時に、気安く触れてはいけない華だという事を、貴族の馬鹿息子たちなどに、口で説明するよりも簡単に理解させた。
 この美しき薔薇に手を出すということは、大陸中に影で多大な影響力を持つ『エグラート通商連合』を敵に回すという事になる。
 アセリエスは、その彫金の素晴らしい商札を、嫌味なまでに無数にチラつかせていたし、貴族や商人たちの子息をからかうような遊びも楽しんでいた。
 その誘惑は強烈だが、彼女の周りには、鋭い無数のトゲがある。
 アセリエスの仮の姿であるこのロゼリアが、これほどまでに悪趣味な黒のドレスを身に纏うようになったのは、近年になってからである。
 それまで、多彩な色の衣装を華麗に着こなし、人々の目を俗的に楽しませて、誘惑していた彼女だったが、ここ二、三年というもの、黒のドレス姿以外でこの場所に現れた事はない。
 それは、華麗というよりも、ケバケバしい印象をより強くした感じだった。
 彼女がその黒の衣装を選んだ理由は、至って単純だった。
 アレスティルが何よりも『白』を好むのであれば、
 その対極にあり、忌み嫌われるであろう、『黒』をその身に纏おう、と。
 こうして、およそ三年前に白のアレスティルと、黒衣のロゼリアは、大神殿のまさにこの場所で出会った。
 アセリエス扮する黒衣の美女ロゼリアは、初めからアレスティルの事を特別視していたわけはない。
 ただの余興、暇潰しのつもりで、『勇者』などと讃えられる彼の側に近付いたのだ。
 しかし、このアレスティルが、彼女『ロゼリア』にとって、特別な存在になるのには、そう時を要しはしなかった。
 アレスティルは、自身の姿がどれほど可憐にして美しい存在であるかを、まったくといいほど理解してはいなかった。
 生まれながらにして完成された美を持った者の感情というものは、案外そういったものかも知れない。
 逆に彼女、ロゼリアの、いやアセリエスの『美しさ』に対する執着心は、他の誰をも圧倒していると言っても過言ではなかった。
 事実、黒のドレスを着こなすロゼリアの姿は、やや派手さは残るものの、他の誰よりも黒が美しい、絶世の美女のように見える。
 黒衣のロゼリアとして、初めてアレスティルに出逢った彼女は、同じ目の高さで、アレスティルのその蒼い瞳と視線を交わした時に、こう強く思い知らされたのだ。
「勇者を名乗るこの青二才に、わたしは『白』という色で勝てる気がしないわ」、と。
 彼の好みに合わせて、ロゼリアが白の衣装を纏っていたならば、その敗北感は決定的なモノになっていたであろう。
「公務である女教皇としてならば、白の法衣で同じように輝ける事は出来た」
 と、そんな言い訳がロゼリアの脳裏を過ぎろうとした刹那、彼女はその感情をすぐさま押し殺し、本能で感じたアレスティルへの言い知れぬ敗北感を分析する事に徹する。
 彼女は、あらゆる全てに勝利する事を願っているような傲慢な性格の持ち主であるが、同時に、敗北を冷静に受け止めるだけの広い度量も併せ持つ。
 また、常勝である事の危険性も承知しているので、適度に負ける事の重要性も、よく理解していた。
 負けることは、己が見識を高める絶好の機会であると。
 その時、彼、アレスティルは世俗の何も知らないような無垢の瞳でロゼリアを見つめ、彼女にその名を尋ねてきたのだ。
「僕は、名をアレスティルと言います。あなたのように、僕の事を怖がらずに見てくれたのは、この国に来て、レーナさんという女性以外では初めてです。もし、よろしかったら、お名前を聞かせてもらえないでしょうか?」
 『女教皇・アセリエス』としての彼女なら、こんな青二才の言葉など、その耳に届かせることなく、フフフッと嘲り、冷淡に事に対処出来ただろう。
 女教皇としての彼女はその必要に応じて、心に偽りの幾つもの扉を用意できる程、冷えた心の持ち主だからだ。
 その上、法王としての在るべきルールが、彼女を芯から支えてくれる。
 しかし、ロゼリアはそうではない。
 彼女がアセリエスとして、機械のような完璧な人格を維持出来ているのであれば、そもそもロゼリアの存在は必要ないし、彼女はいわば、アセリエスが不完全であるからこそ生み出された、もう一人の人格である。
 ロゼリアは、アセリエスで在る時より、くだけた物の考え方が出来たし、より享楽的で、好奇心も多分に兼ね備えていた。
 そして、自身の理解の範囲を超える人物と、異性と初めて出会った。
 ロゼリアは、自分からこの青二才に話しかけていくつもりでいた為、まさかアレスティルの方から声をかけられるとは思ってもいなかったし、少し面を食らった様子で、彼へのその答えも僅かばかり遅れた。
「私は、ロゼリア。あなたが最近、聖都に来たって言う、名高い『勇者さま』なわけね」
 ロゼリアは、自ら女教皇として彼に送っておきながら、あまりにもその白き聖者の衣の似合うアレスティルの姿に、素直に見惚れた。
 彼女は別に、美しいものであれば何者を問わす称賛出来るだけの感性は備えていたし、まして、それを妬む事などない。
 むしろ、彼の纏う聖者の衣が似合えば似合うほど、それを見立てた自分の目に間違いはないと確信出来るのは、彼女にとって嬉しい事だといえた。
 アレスティルは、そんなに自分は素晴らしいものではなく、大神殿の一角のこの広間すら憶えるのに戸惑っている不器用な人間だと、ロゼリアに何度も言葉を噛みながら説明した。
 ありとあらゆる素晴らしきモノを持って生まれてきたような勇者様と、
 ありとあらゆる素晴らしきモノを欲して積み上げてきたこの女教皇様は、
 とても気の合う友達になれるような気がした。
 互いに欲しいと願うモノを、手に入れられないと諦めていた。
 意味は違えども、求めるモノにピュアである事に、二人は違いなどなかった。
 この、対照的な、異質とも言える存在の二人が、互いに願ってやまなかったモノ。
 それは、
 
  同じ目の高さで語らう事の出来る、かけがえの無い『友人』である。

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