『ダークフォース』(DF)とか、 あとは読み物、落書き、日記などのブログ。

DFなどのブログを始めてみました。

小説というより、かなりテキスト寄りです。
更新遅めですが、よろしくです。^^

ダークフォース 第二章 I、II

2009年09月22日 20時42分44秒 | ダークフォース 第二章 前編
   Ⅰ

 フォルミ大公国が、スレク公国を滅亡せしめた『スレク公国の乱』からおよそ三ヶ月。
 季節は春から夏へと移り変わり、スカイブルーの頂点で輝く太陽が白く眩しい。草原の草木や森の木々たちも、強い日差し照らされ、その緑も鮮やかさが映える。
 この頃にもなると、各国のフォルミ大公国に対する不満は日々強まり、セバリオス法王国や、ガルトラントなどは痛烈にフォルミ非難を唱えていた。
 そんな渦中、真夏の輝きに煌びやかに照らされるフォルミ大公の館・アメジストガーデンに、一人の客人が訪れる。
 麻布の、さほど高価でもない外套に身を包み、身分を隠して大公に謁見を求めたのは、その場に居合わせたエリクやリシアには、まさに以外とも思える驚くべき人物であった。
 ティヴァーテ剣王国・国王、バルマード=マクスミルザーである。
 大公の間に、その大公レオクスの姿は未だ見られなかったが、ぼんやりと薄暗い室内、大公の椅子の正面に、向き合うように用意された豪奢な作りの椅子に、ゆっくりと腰を下ろした剣王は、気さくな笑みで二人に笑いかけた。
「こんにちは、お嬢さん方。かわいらしい方はリシア殿で、あと赤毛の美しいお嬢さんの、名前はわからないが、レベル95の戦士殿と見た。当たったかな? よろしく頼むね、ティヴァーテのバルマードと言います」
 気のいいオッサンといった感じのバルマードであったが、リシアも、そしてエリクも、背筋が凍りつくほどの恐怖感をこの男に覚えた。
 エリクに至っては隠していた戦士レベルをあっさりと見抜かれ、リシアもこの時初めてエリクのその戦士レベルを知った。
 剣王バルマードの戦士レベルは95と大陸に知られているが、二人は今、実際の剣王を目の当たりにする事で、確実にそれは誤りだと気付く。
 二人とも、身震いがして言葉さえ口に出来ない。
 剣王の機嫌を損ねた時、例え二人がかりで彼を相手にしたとしても、一瞬の内に倒されてしまうという、強烈なまでの威圧感が、彼からは感じ取れたからだ。
 人類最強にして、人類唯一のマスタークラス。
 彼のその称号が、紛れも無く本物であることを、二人は、まだ少しの本気すら出していないだろうバルマードに、感じさせられてしまう。
 剣王は、強い。それも圧倒的なまでに。
 二人を怖がらせたのを察したのか、バルマードは腰に帯びた剣を、金属製のベルトごと取り外してこう尋ねた。
「あの~、コレ、どっかに置いといてもらえるかな。見たところ使用人の姿もないみたいだし、何処においていいやらわからなくって。ゴメンね、まるでお姫様のような君たちに、こんな雑用みたいなこと言っちゃって」
「わ、私が、置かせていただきます!!」
 緊張してそう口走ったのは、より彼の身近にいたリシアの方だった。
 リシアは頭を低くしてバルマードの元に近づくと、彼から剣を受け取る。
「!?」
 リシアはその、ズシリとした剣の重量に驚きを隠せなかった。
 重い、とてつもなく重いのだ。
 アダマンタイト鋼の五倍、いや十倍以上重いと感じさせるその剣の重量は確実に1トンを超えている。リシアほどの戦士であれば、この剣をなんとか持つことは出来たが、この重さの剣を使いこなせる自信などない。
「あ、ごめん・・・、一言言えばよかったね。その剣、ちょっと重かったでしょ。一流の戦士の君に、ライトフォースを使っちゃって、軽量化させた剣なんかを渡したら、失礼かなとも思ってね」
 大地すら引き裂くであろうこの剣は、歴代の剣王たちによって極秘裏に受け継がれてきた名剣であり、その名を『剣皇剣、オメガ・レプリカ』という。
 オリジナルのオメガは、剣皇トレイメアスと共に姿を消しており、実質的にはこの剣こそ、真のオメガの名を冠するに相応しい程の名剣である。
 ただ、律儀なことにわざわざ「レプリカ」の名を継承し、剣皇の持つオリジナルと差別化するところが、剣王家らしいといえば、らしいと言えた。刀身はオリジナル同様、未知の金属、トレニチウム製であり、現在に至る数千年もの間、刃こぼれ一つしたこともない。
 リシアはそんな名剣とは露知らず、純粋に一戦士として、溢れんばかりの気品と、風格漂うこの剣の、そのさぞ美しいことであろう刀身の姿を、鞘から出してついつい拝みたくなってしまう。わざと転んで、うっかり抜いてしまおうかともリシアは考えた。
 ただ、それは武人であるバルマードを前にして、あまりにも非礼極まりない行為であり、その好奇心を必死に押さえつけるリシアであった。
 リシアのその顔を見れば、バルマードにもそれはわかる。
「あ、よかったらそれ、抜いてみてもいいよ。やっぱ、気になっちゃうよね、戦士としては」
 バルマードは屈託の無い笑顔で、青い瞳を輝かせる金髪の少女にそう言った。
 リシアは思わず、ブンブンと首を縦に振って見せた。まるで新しいオモチャを手にした子供のようだ。
「ほ、ほんとにいいんですか!?」
「ああ、いいよー。どうせ減るもんじゃないから」
 リシアはその有り難いお言葉に甘えて、名剣を抜いてみることにした。
 さすがにそれは、エリクにとっても相当羨ましい行為であったようで、エリクは少し歯痒そうにリシアの方を、薄目でじーっと見つめていた。
 言うなれば、勇者が初めて『伝説の剣』を手に入れて、それを初めて抜くその瞬間だ。
 リシアは、柄を掴んで思いっきり引っ張るが、簡単には抜けない。
 だが、リシアほどの戦士なら、時間さえかければ抜ける。
 ・・・カチッ、という音と共に、静かにその美しい刀身を現すオメガ・レプリカの姿に、リシアもエリクも、目を皿のように丸くして、その一瞬、一瞬を見つめていた。
 チャキーン、といい音をして鞘から抜けた刀身を、リシアはついつい天にかざしてしまう。
 気分はもう勇者気取りだ。
 かなり重いが、気合で我慢できる!
「き、綺麗・・・」
 エリクも思わずそう漏らしてしまうが、確かにオメガ・レプリカの刀身は、これまでに見た幾多の名剣のどれよりも、美しく気品に溢れ、そして気高い。
 形状は、日本刀のそれに近い片刃のサーベルで、ごく僅かに反っているという感じの、直刀に近いデザインだ。
 刀身自体は、流れる清水のように、美しい銀光を波紋状に反射しており、刀身の色は白金のようにも見えるし、角度によってはクリスタルのようにも見える。
 それはまさに、超一級の美術品とも言えた。
 その仕事の素晴らしさに、鑑定士でさえ開いた口が塞がらないほどだ。
 エリクが、指をくわえてその名剣に見とれていると、バルマードは優しくエリクに向かってこう言った。
「そちらのお嬢さんも、よかったらどうぞ」
「は、ハイッ!!」
 エリクの返事もまた、リシアのように子供のように快活である。
 オメガ・レプリカに吸い寄せられるようにエリクは近づくと、名剣に酔いしれるリシアに、早く貸しなさいよとエリクはねだる。
 リシアはもう少し待ってくださいというが、エリクはもう待ちきれない様子だ。
 先程まで、あれだけバルマードを警戒していた二人だったが、何やら、あっという間に打ち解けた感じで、自然とバルマードの方に笑みをこぼしていた。
 バルマードは、こうなる事を予想して、わざと剣を渡したのかも知れない。
 実はこう見えて、ヒゲ親父のバルマードは、割と気の利くオッサンだったりする。
 二人があれこれ言いながら、オモチャの取り合いを続けていると、バルマードはその光景を見ながら、穏やかな顔をして優しく笑っていた。
(なかなか、いい子たちじゃないか。・・・やはり、マイオストの言うように百聞は一見にしかず、だな。この子たちに、愛すべきエグラートの大地を汚すような真似が出来るハズもないじゃないか。エストちゃんの一件も、スレク公の側に非があるのは、間違いないようだし)
「オメガ・レプリカは、気に入ってもらえたようだね」
「!?」
 その名に二人は沈黙する。
 何故ならば、それは真に『伝説の剣』を冠するに相応しい剣の名であるからだ。
 世界には古より、三つの名剣の伝説がある。
 それは、覇王サードラルの愛剣『覇王剣カストラ』。
 そして、剣皇トレイメアスが所有する『剣皇剣オメガ』、『斬刀・第六天魔王』である。
 失われし三つの伝説の剣。その一つであるオメガと、まったく同じ完成度を誇る、オメガ・レプリカが今、二人のその手の中にあるのである。
 元は二刀流の戦士であったトレイメアスが、剣皇剣オメガを作成する過程で、その鋳造に不可欠とされた暗黒物質『ダーククリスタル』を彼が二個所有していた為、まったく同じ物をもう一本製作した事により、このオメガ・レプリカは存在する。
 本来、この剣は名を『オメガ、第二の剣』という。
 だが後に、トレイメアスが異界の神『六極神』、その第六位の神である『破王ザーベル』の剣、『斬刀・第六天魔王』を手にしたことで、トレイメアスはそれを手放し、それから『オメガ、第一の剣』と区別するように第二の剣は、「レプリカ」と呼ばれるようになった。
 つまり、正真正銘、本物の伝説の剣であり、その行方が永年不明とされてきた『剣皇剣オメガ、第二の剣』を、バルマードが人前で帯剣したのは、ノウエル帝以外では、これが二度目となる。
 その事からも、バルマードがフォルミに単身乗り込んできた事への覚悟の程が窺えた。
 オメガ・レプリカといえば、それがオメガの第二の剣であることなど、常に名剣との出会いを求める戦士たちにすれば、もはや常識であった。
 出会えたことが奇跡とも言えるその名剣に、二人のその浮かれっぷりが、いかに恐れ多いことであるかという事に、リシアとエリクが気付くのには、さほどの時は必要なかった。
 いきなり、オメガの名を知らされて、どうしていいやら困ってしまう二人。
 二人して、互いに顔を見つめ合うが、あたふたとするばかりである。
 このエグラート世界の主神である『セバリオス』ですら手にすることの出来なかった伝説の剣を、一体、何処に置いてよいものやら、やっぱり手放したくないやらで、言葉も動作もチグハグになっているリシアとエリク。
 そんな二人に向かって、バルマードは優しい目をしてこう言った。
「実は私もね、それを初めて父から譲り受けたときは、興奮で夜も眠れなかったよ。君たちのような強さと美しさを兼ね備えた戦士に気に入ってもらえたのなら、その剣もさぞ喜んでいるだろう。少しの間だが、可愛がってやってくれないかね」
「は、は、は、は、ハイッ!!」
 リシアとエリクはそのあまりの喜びから、ついつい、オメガ・レプリカに頬擦りしてしまう。
 高揚し、悦に入った二人の恍惚とした表情に、ついバルマードは心配そうにこう言った。
「け、怪我しないように、ネ」
 そんなバルマードの声も二人には聞こえていない様子で、片方がオメガ・レプリカを持ち、もう片方が斬られ役になって、「やられた~~!」 みたいな子供じみたやり取りを、次は私の番よと、二人は仲良く延々と繰り返している。
 微笑ましいやり取りではあるが、切れ味は世界最高級のオモチャなので、ちょっと不安になったりもする、バルマードであった。
 しばらくして、リシアは好奇心から、バルマードにこう尋ねる。
「バルマード様が使うと、このオメガはどの位の剣気を放つのですか?」
「ちょっと、よしなさいよリシアさん。失礼でしょ」
 エリクはそうリシアを諌めるが、内心、自分も興味津々であった。
「うーん、そうだねぇ。ちょうどいい事に、この部屋は剣気をある程度遮断出来る作りになってるみたいだし、外に与える影響も少なそうだから、見せてあげるよ。貸してごらん」
 バルマードはそう言って、すっと立ち上がると、二人に向かって右手を突き出した。リシアはそそくさとバルマードに近寄り、オメガ・レプリカを渡す。
「それじゃあ、ちょっと剣気を放ってみるから、二人ともシールドを忘れないようにね。調度品を壊さないように、そっちの方へは加減しないといけないな・・・。一応、気をつけてネ」
「はい!」
 元気の良い返事で、わくわくしながら両手を合わせてバルマードの方を見つめる二人。二人は戦士能力の防御シールドを最大に張って、その瞬間に備えた。
「準備はいいようだね、それじゃー、いくよぉ!」
 刹那! 大公の間の空気が一転する。
 それは、あまりに強大で、神の如き絶大な剣気。
 バルマードは、周囲の物質を破壊しないように、剣気を見事にコントロールしているが、そのレベルはリシアやエリクが、人を相手にして初めて感じるほどの、絶対的な力であり、また神秘的な美しさがあった。
 刀身は輝きを増し、室内を白く照らすオメガ・レプリカ。
 だが、そのオメガ・レプリカの中心には、相対するように形容し難き深き闇がある。
 その闇こそがダーククリスタルの煌めきであり、その漆黒の闇はリシアとエリクの心を吸い込んでしまいそうな位に、魅惑的で美しい。
 バルマードのこの瞬間の戦士レベルは明らかに95程度のものではない。
 リシアとエリクにはその強さは計り知れないが、偉大なるマスタークラスの実力に、二人は握り合う両手を震わせながら、深く感動していた。
 二人には、バルマードのその神々しい姿が、伝説の剣皇トレイメアスのようにも見えた。
 強い、それも桁違いの強さだが、それはとても美しく、気高い。
 この時、バルマードの力を戦士レベルに換算するならば、それはその限界値である100に達していた。
 まさに、人類最強の剣王の名に相応しい恐るべき強さである。
「さて、このくらいでいいかな?」
 感動で言葉が出ない二人が、うんうんと頷くと、バルマードはやんわりと剣気を落とし、オメガ・レプリカを鞘に収めた。
「す、すごかったです!!」
 そう素直に感想を述べるリシアだが、凄い以外の感想など、エリクにさえ思いつかなかった。
「そう言ってもらえると嬉しいな」
 にっこり微笑んでバルマードはそう言うと、二人のもとに歩み寄り、再度、オメガ・レプリカを手渡した。
 この時、リシアもエリクも、共に同じ事を思う。
 この無敵の剣王に師事することが出来たなら、それは戦士として最高の喜びであり、栄誉であろうか。
 今の自分たちの実力では、オメガ・レプリカを使うどころか、その重量に振り回されるのが関の山である。この無敵の剣王に剣技を学び、戦士として、己を高められたならば、どれほど幸せな事であろうと。
 純粋にそう想う二人だったが、他国の王にそれを乞うのは、さすがにはばかられた。
 二人はモジモジと、そう言いたげな瞳で訴えているが、心の中で「師匠!!」と叫ぶに留めておかねばと我慢する。
 これだけの実力差を見せておいて、その二人の心境がわからないほど鈍いバルマードでもなく、バルマードは二人に向かってこう言った。
「あー、えっとね、私でよければなんだけど、稽古相手になってあげるから。その、私が時間の空いてる時なら、いつでも言ってね」
「し、師匠ーーーッ!!」
 二人はオメガ・レプリカを恋人のように抱きしめながらそう絶叫した。
 バルマードは二人の熱烈感激ムードに、若干押され気味になったが、その姿を見ながら、ふと、昔の自分の姿を思い出していた。
(そういえば、私も彼に剣を習えるとなったその日は、こんな感じだったかも知れないなあ。今も元気にしておられるだろうか、・・・あ、いや、あの人に限って元気が無いなんて有り得ないか。帰ったら、お茶菓子くらい送っておこうかな)

   Ⅱ

 大公レオクスが、バルマードの待つ大公の間に現れたのは、日差しもやや西へと傾いた、そんな時刻であった。
 バルマード自らが申し込んだ会見とはいえ、彼ほどの人物をそれだけの長時間待たせることは、かなりの非礼である。
 かのノウエル帝ですら、彼をこれほど待たせたことは一度としてない。
 実を言うと、事前に少し遅れて入ってきて欲しいというバルマードの言葉を受けて、レオクスはこの時間になるまで入室を控えていた。
 室内は二人の娘の楽しげな笑い声で満たされており、リシアもエリクもバルマードとの会話に夢中で、レオクスが入室してきた事にも気付いていない。
 エリクはバルマードの肩を軽くポンッ、と叩いてこう言った。
「もう、バルマード様ったら、冗談言わないで下さいよっ」
「あはは、エリクちゃん。嘘じゃないからね、本当に君は、私の妻によく似ているんだ。だからオジサン、君とすっかり再婚したくなっちゃったよ。君が素直でいい子なのは、オジサンの経験が保証しちゃうよ。長年、師匠のヤマモト氏とおでん屋通いしていたオジサンの眼力は、もはやおでん屋のおやじ級と言っていい程に、鍛えられているからね。戦士レベルだって、ちょちょいと当てちゃうゾッ。ねえ、今度オジサンとデートしようよぅ。カラオケ歌って、おでん屋で一杯引っ掛けて、最後はスナック行って。ああ、でも、門限きついか。デートコースも超オッサンだし、やっぱ夜景の綺麗なクルーズとかがいいよね。ちょっと国家予算使って、豪華客船貸切って、川岸に盛大に花火でも上げちゃおうかな」
「クスクス・・・。でも、デートだなんて言ってくれたのって、私、バルマード様が初めてですよ。なんかちょっと、嬉しいですね」
 微笑むエリクにバルマードは、その灰色の髪を掻き揚げて、ニヒルな口元でこう返す。その錆声は、低音が効いていて渋い。
「君クラスの美女にもなると、男の方が物怖じして声かけにくいんだね、きっと。これで女の子に声をかけるのも、結構勇気のいるもので、撃沈確定っぽいとやっぱそういう事は言いにくいからねぇ。(ためぞう君辺りなら爆散覚悟で特攻してくるだろうけど、・・・まあ、やっぱり砕け散るよなぁ)」
 天下の剣王に褒められて、いい気分にならない女性などいるハズもない。
 エリクは「いえいえ」と謙遜しながらも、その頬を赤らめさせる。リシアすれば、自分も何か一つくらいそういう部分を褒められたいという願望に満ちた眼差しで、照れるエリクを見つめていた。
 すると間髪入れずに、バルマードはリシアの方を向いてこう言った。その仕草は実に自然で、それがまた、バルマードのダンディな部分を高めているといっていい。
「リシアちゃんも、うちのウィルハルトを紹介したくなるくらい、とても愛らしい、美少女してるねぇ」
「ほ、ほ、本当ですか!?」
 ウィルハルトの美形の超絶さは、大陸中に知れ渡っている。
 というより、リシアはウィルハルトの写真集を全部集めている程、彼のプリンスぶりには夢中である。リシアでなくとも、ウィルハルトの写真集の一冊くらいは誰でも持っているだろうと言い切れる程、エグラートの少女(心が少女な人たちも含む)たちにとって、それは必須のアイテムとも言えた。
 言われて気付くのもどうかと思うが、エリクもリシアも二人して、彼、バルマードがその大陸最高の王子様「ウィルハルト」のパパ上様である事実にハッとする。
 二人にそれを天然で忘れさせるバルマードのそのインパクトは、それだけ強烈でもあったのだが、彼と親しくなると、かの麗しのウィルハルト王子様ともお近付きになれるかも知れないという下心が、二人の心をキュンと萌えさせた。
 レオクスは遠巻きにその二人の姿を見つめていたが、見たこともない彼女たちの楽しそうなその表情にレオクスは心を和ませられた。
 バルマードはレオクスの存在には始めから気付いており、レオクスに向かって軽くウインクをした。
 レオクスは、自分には到底出来ないだろう、彼女たちのその心を柔らかに溶かすバルマードの言葉の一言一句に感心し、彼が自分に送れて来るように伝えた意味も理解出来た。
 レオクスは、その楽しげな二人とバルマードのやり取りをもう少し見ていたい気分になった。
 バルマードもそれを察してか、エリクとリシアの二人を、得意の話術で虜にする。
 もう、エリクもリシアも、彼を「偉大なる人類最強の剣王」としてなど見ていない。気さくで、とても感じの良いおじさんといった感じだ。
 暫く、バルマードは二人を色んな話題で魅了し、その距離を際限なく縮めさせた。
 異性というものを良く知らない純粋な彼女たちにとって、剣王バルマードは、あまりに人間味溢れ、実に魅力的な男性だったのだ。
 すっかりバルマードと仲良しさんになった二人の肩を、バルマードはその両手に抱き寄せると、その視線の先にいるビロードの外套の人物をしっかりとその黒い瞳で捉え、彼女たちにこう言った。
「さあ、君たち二人の事を、きっと世界の誰よりも愛してくれている彼の為に、気の利いた言葉の一つでもかけてあげなさいな」
 エリクもリシアも、その視線の先にいる人物に気付くと、一瞬で我に返り、レオクスの存在につい固まってしまう。
 バルマードはそんな二人の背中をポンッ、と軽く押し出してやると、二人は同じような格好でよろけて尻餅をつき、唖然とした顔で、アメジストガーデンの主の顔を見上げてしまう。
 そんな情けない姿の二人を見て、レオクスはビロードの外套のフードの下に見え隠れするその口元を、にわかに緩めさせた。
「フハハハハ、さすがは天下無敵の剣王殿だ。エリク殿もリシアも、そう気にすることはない。笑いたい時に笑い、泣きたいときに泣く、その自然さこそ、偽りなき人としての姿。だから、二人とも、そんな顔をしないでくれないか。心が豊かであることは、人として喜ばしい事と、私は思うよ」
 そう言ってレオクスは、真っ赤に赤面する二人に手を差し伸べ、その口元に笑みを浮かべさせる。
 恥ずかしそうに立ち上がる二人に、そのフードの下で満足そうな顔をしたレオクスは、バルマードの前に進み出て、一礼してこう言った。
「フォルミ大公国のレオクスです。お初にお目にかかります、ティヴァーテ剣王国・国主、バルマード殿」
 すると、突然、バルマードはそのレオクスの前で膝を折り、臣下の礼を取る。
 この剣王の行為にエリクとリシアの二人は驚きを隠せなかったが、次のバルマードの言葉は、その二人にさらに衝撃を走らせた。
「このバルマード、一戦士として貴方様に我が剣と命を捧げましょう。やはり、このバルマードの目に狂いはなかった。貴方様こそ、我が唯一の主にして、偉大なる覇王を継ぐ者。神聖ミストレウス帝国・第一皇子、レオクス=ミストレウス皇子殿下」
「バルマード殿、どうかお立ち下さい。貴殿ほどの英雄を得られるのも、我が父、覇王サードラルの威光あってのもの。この身には、未だ何の功績も有りませぬ。どうかこの至らぬ我が身を、その剣(オメガ)と剣王の武勇を以って支えていただきたい」
 バルマードは徐に立ち上がり、帯剣したそのオメガ・レプリカを抜くと、胸に垂直して剣を当て、剣王家の礼法に適った誓いの言葉を述べた。
「剣王家は代々、覇王を支える帝国の剣。このバルマード、我が剣にかけてその忠誠の証とさせていただく所存。レオクス皇子殿下には、存分にこの身をお使いいただければ、我が身の幸いと存じます」
「父に剣皇トレイメアス在らば、この身には剣王バルマード殿が在る。私は貴殿との出会いに感謝しなければならない。何故ならば、私は今、ようやく戦う為の剣(つるぎ)を得たのだから」
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ダークフォース 第二章 III

2009年09月22日 20時35分49秒 | ダークフォース 第二章 前編
   Ⅲ

 バルマードがフォルミにてレオクスと会見して、一月後。
 残暑厳しい日々の中にも、着実に秋は近付いており、大地は一面、恵みのコパトーンへと染まり、収穫の季節が間近であることを風に揺れる麦の穂先の重さが伝えてくれた。
 エグラート大陸の各国は、全てが星の北半球に位置している為、季節が逆に春となる国は存在しない。
 これは、かつて五千年もの昔に起こったとされる大戦によって、南半球に存在した大陸が失われたからだと言い伝えられている。
 現在、人々はその残された大陸を七分割して国家を形成しているのだが、その盟主である北西大陸の王・ノウエル帝は、スレク公国へ対するフォルミ大公国の行為についての処置に、酷く頭を悩めていた。
 大陸間の緊張は日増しに高まり、即時、大同盟によるフォルミ討伐をと叫ぶ国も現れだす次第である。
 しかし、皇帝の悩みの種はそんな雑音の類ではなく、彼が最も信頼する王である、ティヴァーテ剣王国・剣王バルマードが、各国の王や諸侯たちの集う会議の最中で、こう言い放ったからである。
「一方的にフォルミ大公国を制裁するには、未だ調査が十分ではない。しかも、かの地で起こった厄災を、見事鎮圧せしめたのはフォルミの戦士リシアである。我らが最大の敵はギーガであり、その為にこそ我らは叡智王・ノウエル皇帝陛下の旗の下、各国の王が集い、エグラート大帝国を形成している。私は一戦士として、フォルミの戦士リシアに敬意を表すと共に、いたずらなフォルミへの武力介入には賛同しない」、と。
 バルマードのこの発言に、刹那、一同は言葉を失う。
 バルマードほどの大国の王が大同盟に反対すれば、残る国々でそれを強行しても、強戦士リシア有するフォルミ軍への勝算も大きく下がる。
 それどころか、もしバルマードがフォルミと組めば、大陸最強の剣王と南大陸全土を敵に回す事になる。ティヴァーテ剣王国の国威はそれほどに強大である。
 各国の王たちは、それがバルマードに帝位を、大陸全土をくれてやる愚行である事を即座に悟り、一様に口を閉ざしたのだ。
 ノウエル帝は事態を収拾する為に、フォルミ制裁凍結の間、バルマードが一子、ウィルハルトを帝都レトレアへと招く事を、バルマードに提案する。
 いわゆる、人質である。
 これは、ノウエル帝にとって大きな賭けであったが、会議の中、バルマードがそれを即座に承諾したことにより、事なきを得た。

 バルマードがティヴァーテへと帰国したのは、それから間もなくである。
 その頃には、ウィルハルトが人質としてノウエル帝の元に送られることは国中の噂となっていたが、バルマードは何事も無かったかのように家庭菜園用の鋤や鎌の手入れをしながら、趣味の土いじりに興じていた。
 ティヴァーテの王の居城は、大陸最強の剣王に相応しい荘厳で壮大な造りになっており、『ドーラベルン』の名で知られる天下の名城である。
 その防御力は核熱級の攻撃すら無傷で耐え、一度、ドーラベルンが城門を閉ざせば、難攻不落の要塞へとその姿を変える。
 築城から五千年以上が経過した今でも城の外観が当時のままに保たれているのは、古代遺産のオーバーテクノロジーのおかげとも言えた。
 そんな至高の世界遺産とも言えるドーラベルンの王宮の裏手を、罰当たりにもバルマードは一部、畑へと作り変え、そこで農作業を楽しんでいる。畑ならもっと他の場所にもいくらでもあるのに、近いほうが楽くらいの感覚で、王宮内に違和感ありありの300坪ほどの畑を出現させていたのだ。
「いや、違うんだよ。私はね、アットホームな家庭菜園にこだわりたかったんだよ。家の外にいったら、家庭菜園でもなくなるし、第一、家族とのスキンシップがだね」
 白い半袖の肩にタオルをかけて、麦わら帽子の下の汗を拭うヒゲオヤジの独り言には、貴重な文化財である世界遺産の一部を作り変えるほどの説得力は微塵も無い。
 単にこのヒゲオヤジは、最愛の我が子とのふれあいの場を作りたかったという理由で、無農薬野菜をひたすらに作り続けていた。究極の美少年、ウィルハルトを王宮の外に出したりしたら、たちまち追っかけどもに囲まれ、スキンシップどころではなくなる。
 そんな事を語っていると、やっぱりこのヒゲの思惑どおり、大陸中の少女の憧れの君は、のこのこと、木綿の作業着を着てやって来た。ヒゲオヤジの欲望なのか、その純白のカスタム作業着は、女物のドレスに近い仕上がりになっている。
「パパ、手伝いに来たよ」
「おお、ウィルハルトよ。今日もまた一段と麗しい・・・もとい、生き生きしておるな」
 ウィルハルトの後ろにピッタリと張り付いてきたエストの存在が消えてしまうくらいに、ウィルハルトのその姿は神々しく、また可憐である。
 その姿はあきれるほど美しく、誰もが彼は『男』であると説明されねば、絶世の美少女と見紛うことだろう。ヒゲが萌え萌えなのもわかるが、後ろに付いてきたエストの方も、その背徳的なほどに美少女したウィルハルトのその容貌に、ムラムラと色気を感じずにはいられなかった。
 バルマードとエストの視線が交差した時、互いの叫びが瞳の奥にギラッと映る。
(この子は、私が頂くわッ!!)
(誰にもこの子はやらぬわッ!! ワシの目の黒いうちはな!!!)
 互いを凝視し、そして明らかな作り笑いを浮かべたバルマードとエスト。
 つられるように微笑むウィルハルトのその紛う事なき純真な笑みに、ついつい二人は癒され、争いの空しさから解放されるように、その天使の微笑に見入ってしまう。
 この時、バルマードとエストの間に、即座に無言の停戦協定が結ばれ、互いに出張ることなくこの雰囲気を楽しもうと、瞬きのモールス信号が、二人の視線の間で交わされる。
(く・う・き・よ・め・よ・・・こ・む・す・め・!)
(ひ・げ・・・あ・ん・た・も・な・!・!)
 そんなヒゲと小娘のやり取りを、遠巻きに見つめる二つの影があった。
 茂みの中から覗く二本の望遠鏡。その片方には、マイオストカスタムと刻印されており、その十万倍率の超高性能携帯望遠鏡にまなこを押し付けるのは、あのアホのためぞうである。くれぐれも太陽は見ないで下さいと、子供向けの注意書きがなされている。その横に、保護者のリリスもいた。
「リリス! あの天使は誰だ!? ほら、ヒゲとガキの真ん中にいる」
「大声出さないで下さいよ、剣王に気付かれたら生きては帰れないですから」
「いいから、知っているなら教えろよ」
 せっつくためぞうに、リリスは渋々とポッケの中から定期入れっぽいモノの表紙を飾るウィルハルトの写真を見せてやる。
「なんでお前、あの子の写真なんか持ってんだよ」
「知らないあんたが無知なだけよ。ああ、リアルウィル様を見られるなんて、たまにはバカに付いていくものだわ」
「ウィル? ・・・ウィルハルト王子!? あ、あれ、オトコなのか」
 赤毛の天使の正体に愕然とするためぞうを横に、リリスはあれこれ妄想モードに入ったのか、口元からよだれを垂らしては、じゅるりと飲み込む仕草を繰り返している。
 するとウィルハルトが小ぶりの鎌を片手に、ティヴァーテ柿の剪定を始めだした。実の糖度を上げる為だ。ウィルハルトは手際よく、不揃いの柿の実を落としていく。
 ただ、ウィルハルトは料理も出来る人なので、その落とした実にひと手間加えて、特製のジャムを作る材料にしている。
 風が揺らす白地のドレス(風作業着)が、ウィルハルトのその姿を一層華やかに、そして艶やかに見せる。それはまるで、名画の中にいるような光景だ。
 あまりに美し過ぎるウィルハルトのその姿に、バルマードもエストも手を止めて見惚れていると、ウィルハルトは二人に向かってこう言った。
「ほら、パパもエストも手が動いてないよ。後で甘い物か何か作ってあげるから、さ、頑張ろう」
 ヒゲと小娘はうんうんと頷き、せっせと作業を再開した。
 ためぞうは指向性マイクでウィルハルトの声を拾うと、その澄んだ美しい声にさらに驚かされる。
「こ、声もまるで美少女だ。信じられん、ほんとにアレがオトコなのか!?」
 驚きを隠せないためぞうに、リリスはやれやれといった感じで自分の聞いている音楽プレイヤーのイヤホンの片方をためぞうの耳に突っ込んだ。
 すると、とても美しい歌声のポップミュージックが聞こえてくる。
「これ、聞いたことがあるぞ。馬の絵のエンブレムの付いた荷車のCMのヤツだ」
「まあ、有名ですから。ウィル様のベスト曲は、たいてい大手のCMとかによく使われてるんで」
「リリス・・・後で、コピーしてくれ」
「コピーは違法です! ウィル様ファンとして。ちゃんとショップで買いなさい、売上の印税は、全額慈善団体に寄付されているのよ。ちょっとお金払うだけで、あんたも少しは世の中の役に立てるから」
 後日、ためぞうは何処のショップを回っても、全ディスクが次回入荷未定なのを知り、仕方なくマイオストが三枚づつ買い揃えているコレクション(初回版)を一枚譲ってもらうことになる。
 相当やな顔をするマイオストだったが、ためぞうにうっとうしく絡まれるくらいならと、その時、泣く泣く手放すのであった。
「しっかし、なんちゅー美少女度やねん。顔はあのセリカちゃんに負けないくらい、いや、オレ的カテゴリーで分けるなら、どちらも究極にして至高。だが、あの子はオトコの子だぞ。オレの偉大なる酒池肉林絶倫計画手帳に、オトコの子の名を入れるのは、果たしていかがなものなのか」
 あれこれ難しい顔をするためぞう。
 ナメクジ級の思考ルーチンしか持ち合わせていないためぞうに、その答えが出せるわけもなく、横でブツブツうるさいためぞうを黙らせるように、リリスはこう言った。
「嫌なら忘れりゃいいんですよ。アゴに一発、腰の入ったアッパーでも入れてあげましょうか」
「はっ!?」
 ためぞうはふと我に返り、いそいそとペンを走らせる。
 ためぞうなりに考えたのだ。
 ウィルハルトをおんなの子化する、へんなビームの出る謎の古代文明の遺産辺りを、これまた謎い半月状の便利なポケットを見つけ出し、その中から探し出せばいい、と。
 なるほど、それを探す旅(アドベンチャー)に出ればよいだけではないかと!
 まあ、色々と頭の中で言い訳を考えながらウィルハルトの観察を続けるためぞう。
 性を超越して美しいウィルハルト。
 その容姿に、ただ見惚れるばかりためぞうとリリスであったが、いくら距離が離れているとはいえ、その二人の存在に気付かないほど、バルマードのバカ親セキュリティーは、ボンクラではなかった。
(うーん、うちの子を見てるのがあそこに二人いるねぇ。戦士レベル93と89といった所か。この組み合わせなら、ためぞう君とリリス君辺りかな。まあ取り合えず無害のようだし、手を出してきたら、お仕置きしてやればいいか)
 と、そこに、ふらふらと茶色い作務衣を着た赤茶けた髪にヒゲの、グラサンのオッサンが姿を現した。
 そのグラサンに向かってウィルハルトは、とても嬉しそうに、弾む声でこう言った。
「オジサマ!」
 っと。
 その声を集音マイク越しに聞いていた、ためぞうは一気に噴き出し、リリスの方を見る。オジサマ発言に、一体何者なんだと、ためぞうがおろおろしていると、リリスも同じようにその謎のオジサマの出現に、おろおろとしていた。
 その時、うかつにもリリスの目がバルマードと合ってしまう。
 ニヤリと微笑むバルマードに、背筋にゾゾッと寒気を覚えたリリスは、ためぞうの手を掴み逃走する!!!
「お、おい、リリス、何なんだ!」
「剣王に睨まれました! 本気(マジ)にさせたら逃がしてもくれないです!! さっさと、ずらからないと!!」
「お、お、お、おう!!」
 そうしてバカ二人がその場をスタコラ立ち去ると、今度はエストが不機嫌そうに、何、このオッサンと、グラサン相手にハァン? とガン飛ばしている。
 バルマードはエストのその仕草に少し慌てたようで、グラサンとエストの間に割って入ると、グラサンのオヤジをこう呼んだ。
「これは、お久しぶりです、我が師よ」
「まあ、茶菓子の礼にちょっと寄ってみた。ウィルちゃんの顔もみたかったしの」
 そのバルマードの言葉に、さすがのエストも空気を読んだ。
 何の師匠なのかはわからなかったが、格好からして二流の文化人ぽいので、詩か書辺りの師匠だろうとエストは思う。
 ウィルハルトが気を利かして、裏から麦茶入りのステンレスボトルを持ってくると、取り外したボトルのフタをグラサンに手渡し、そこに冷えた麦茶を注いだ。
「悪いね、ウィルちゃん。ウィルちゃん見てると、ネタに困らなくて助かるよ」
 そう言ってグラサンは、切り株に腰を下ろすとしみじみと麦茶を味わう。
 ウィルハルトの麦茶は、何気に自家栽培の最高品種の麦を丁寧にローストしてあるので、かなり美味い。
 グラサンは麦茶片手に、「あ、そうそう」と言って、懐から一冊の本を取り出した。サイン入りのその本の表紙に、エストには見覚えがある。
 それはマイオストから借りた大量の本の中の一冊で、特にエストが気に入っているそのキャラクターが、グラサンが手にする本の表紙を飾っていた。
 それは、来月発売の新刊、ヤマモト・マリアンヌ作『王子様(プリンス)は眠れない・第三夜』である。
「ありがとう、ヤマモトのオジサマ」
「いやいや、ウィルちゃんに読んでもらえるだけで、オジサン嬉しいよ」
 エストはこの時、グラサンの正体を悟った!!! 気がした。
 エストはそそくさと部屋からスケッチブックを取ってくると、ヤマモトと呼ばれるグラサンオヤジにこう言い放った。
「し、師匠ぉぉぉおおおおっ!! 私、ねむプリの大ファンです! よかったら、スケブお願いしますッ!!」
「いいよー。んで、キャラの希望とかある?」
「もちろん、プリンスを!!」
 ヤマモトは手渡されたスケッチブックにマーカーですらすらとウィルハルト似の王子様を描き上げると、サインの為にエストにその名を尋ねた。
「エ、エスト。あ、いえ、『ストロング天婦羅』でお願いします!」
「ああ!! 最近、良く手紙を書いてくれるストロングさんは、君だったのか。いや、嬉しいよ、熱心なお手紙には毎回、感心させられます。特に、意味不明の『王子様攻略アドバイス』を問われる時なんて、グッとインスピレーションが沸いてくるよ」
 ヤマモトはそう言って、エストのペンネームのサインを書き入れたスケッチブックを、にこやかにエストに手渡した。
 エストは何やら、感極まった様子で、スケッチブックを抱いて天を仰ぎ感涙している。ヤマモトは気を利かせて、ウィルハルトに手渡したのと同じ本をエストに手渡すと、エストは、ハハーーッ! と土下座して、それを拝領した。まるで、町人とお代官様のやりとりだ。
 本来、バルマードに手渡す予定だった本なので、バルマード本人は「エーーーーッ!?」、といった顔で、そのやり取りを切なそうに見つめていた。
 ヤマモトは言う。
「ごめんね、バルマード。後で担当に、お前さん宛てに送るように言っとくから」
「助かります、全て初版で集めてありますもので」
 バルマードが一礼すると、麦茶を飲み終えたヤマモトは、「ありがとう」とウィルハルトに言って、ボトルのフタを手渡し、すくっと立ち上がった。
 バルマードは、立ち上がって腰をポンポンと叩くヤマモトにこう言った。
「せっかく、こんな所までいらしたのですから、久しぶりに私に稽古でもつけてくれませんか、師匠」
「うーん、そうだねぇ、別にいいよ」
 軽いノリでそう返事するヤマモトであるが、その稽古とは一体何なのか、気になって仕方ない様子のエストであった。
 そんな、もじもじとした微妙に可愛い仕草を見せるエストの姿を見て、バルマードは言う。
「ごめんねぇ。エストちゃんは、ウィルハルトと畑の手入れを頼むよ」
 ついで、ウィルハルトも言う。
「そうだよ、エスト。せっかくヤマモトのオジサマが見えられたんだから、さっさと仕事を終わらせて、何か美味しいものでも作らないと!」
 バルマードはよしよしとウィルハルトの頭を撫でた。
 さすがに剣王とリアルプリンスにそう釘を打たれたら、強情で強欲なエストとしても、それに従うしかない。
 エストにしてみれば、ウィルハルトと二人きりになるのもそれはそれでアリなので、問題なかった。
 立ち去るバルマードと心の師匠ヤマモトに、エストは、屈託のない笑顔で手を振り、振り返っては、さてどうやって、この鈍感超絶美少年王子の好感度を上げてやろうかと、ニヤける口元に下心を垣間見せる。
 バルマードは立ち去り際に、残した二人をチラッと見てこう思った。
(いやね、連れて行きたい気もなくはないんだけど、今のエストちゃんとウィルハルトじゃ、立ってるだけで消し飛んでしまうから。今回は、ごめんね。)
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ダークフォース 第二章 IV

2009年09月22日 20時34分00秒 | ダークフォース 第二章 前編
   Ⅳ

 ドーラベルンの地下5千メートルには、歴代の剣王クラスしかその存在を知らぬ秘密の闘技場がある。
 ドーラベルンの中でも最高レベルの耐久力を誇るその地下空間は、100メートル以上の広さがあり、かなりの明るさで満たされている。その明かりは人工的であるが。
 その青銅色をした闘技場の真ん中辺りに、バルマードの到着を待つヤマモトの姿がある。
 ヤマモトが柔軟代わりに木刀を振り回していると、少し遅れて、完全武装のバルマードがやって来た。
「ちょ、バルマード!? オメガはともかく、なんで対テーラ用のバトルアーマーなんて着けてくるかな」
「いやー、師匠相手に本気を出させるには、このくらいは着ておかないとですね。私、全力でいきますけど、師匠は作務衣と木刀でいいんですか」
 ヤマモトは一瞬、無口になり、あれこれ頭の中でシュミレーションする。そして、赤茶けた髪を掻きながら、右手に木刀を構える。
「まあ、やってみよう」
「それでこそ我が師。では、ハンデを有効活用させてもらいますかな!!」
 そう言うと、いきなりバルマードはオメガ・レプリカの剣気を最高レベルまで高めた!
 恐るべき剣気!!!
 いきなり戦士レベルを100まで上昇させたバルマードからは、周囲の何もかもを破壊してしまうほどの凄まじいオーラが噴出している!!
 その破壊力は半径50キロの地形を一気に消し飛ばすほどの勢いだが、闘技場の外壁は微塵の揺れも無く、それを耐えている。
 ヤマモトもそのバルマードの本気に圧倒されてか、木刀を握る手に汗がにじむ。
「いくらなんでも、完全武装のマスタークラス相手にこれはきついぞ、バルマードよ」
 木刀をちょんちょんと指差すヤマモトに対し、バルマードはギラついた獣のような目でヤマモトに言う。
「師匠もさっさと伝家の宝刀を抜けばよろしい、転送用のラインはアクティブにしてありますからなっ」
 刹那! バルマードはヤマモトの頭上に白く煌めくオメガ・レプリカを振り下ろす!!
 ズーーーンッ、という重い音と共にヤマモトは木刀でそれを受け流すが、その一撃で木刀はヒビだらけになる。
「ほら、師匠。次は砕け散って、怪我をなさいますぞ。師匠を本気にさせるには、私などでは本気以上の実力が必要でしょう!!」
 バルマードは瞬時に間合いを取って、更に剣気を高める。それと共に、形相も獣のように激しさを増し、盛り上がる筋肉には無数の血管が浮かぶ。
 バルマードは狂戦士(バーサーカー)化し、限界を超える力を引き出している。
 これは、同時に理性を失う行為でもあり、バルマードはすでに痛覚を失うという危険な状態にまで己を高めている。戦士レベルは100+で、測定域にはない。
「やばいな、ワシも本気にならんと長生き出来んの」
「フハハハハッ!!! さあ、師匠、お互い、全力で叩き潰し合いましょう!!」
 ヤマモトは木刀を投げ捨てると、ヤマモトの加護を失った木っ端は、微塵も残さず砕け散った。
 と、同時に両手を広げたヤマモトのそれぞれの手に、違う形をした二つの光が収束する!!
 右手にはバルマードの持つオメガ・レプリカと同系のシルエットが、左手には異様に長い太刀のシルエットが現れ、それらは実体化する。
「師匠ヤマモト、いや、『剣皇トレイメアス』よ。オメガと第六天魔王を、私ごときに抜いてくれた事を、一戦士として感謝する!」
「やれやれ、こいつを使うのは魔神や六極神相手だけで十分なのに」
 刀身を現した状態でヤマモトの元に転送された二つの伝説の剣。
 ヤマモトはオメガを手前に持ち、第六天魔王を後ろに構える。すると、ヤマモトの剣気はみるみると高まり、バルマードに匹敵するオーラを周囲に放ち始める。
 一つ違うところは、バルマードに比べ、ヤマモトの剣気はとても安定しており、美しい清水のような波紋で伝わってくる。
 バルマードは、ヤマモトに斬りかかりながらこう叫ぶ。
「さすがに戦闘経験の差が出ますな!! なんと美しきライトフォースの響き」
「強さにはあまり関係ないよ。勝負は勝たないと意味ないから、そういった綺麗さとか不要かなぁ」
 二人が一言交わす間に、バルマードは一千回にも及ぶ剣撃を繰り出していた。
 ヤマモトは涼しい顔をして、二本の剣でそれを受け流す。
 バルマードはその速攻を繰り出す為に、剣撃を加えるラインの質量を0に変換して、空気抵抗などをなくしている。ヤマモトはそのラインの変化を瞬時に読み取り、剣が振り下ろされる前に、受け流しの姿勢に入っている。
 ただ、これは『伝説の剣皇』であるヤマモトであるからこそ成しえる技で、並みの戦士なら、バルマードのこの攻撃速度に対応出来ず、ひたすらシールドで耐えるしかない。
 その場合、あっという間にシールドは砕かれてしまうだろうが。
「さすが、我が師!! 我が神速剣を見事にかわされますなっ!」
「いや、結構、しんどいよ。・・・もう一万撃くらいくれてるでしょ。一回、流し損ねると致命傷だからね~」
 ヤマモトはそう言いながらもバルマードに一撃を加えたが、バルマードのバトルアーマーは平然とそれを耐える。ヤマモトとしても、バルマードの神速の剣をかわしながら、鋭い一撃を放つのは至難である。
「ところでさ、バルマード。ウィルちゃんって、たしか10歳くらいまで中性だったよね?なんで男の子にしたのよ?」
「ハッハッハッ!! 簡単ですよ、師匠。女の子にしたら、嫁に出さなきゃならないでしょ? その点、王子ならその心配はありませんからなッ」
「今なら、女の子に戻せるでしょ。ちょうどワシ、あんな子を嫁に欲しかったりするのよ。・・・だめ?」
「師匠のパパ上になるなど、御免こうむりたいですなッ! 私が嫁にしたいくらいなのに」
 二人はそうやって馬鹿げたやり取りをしているが、剣の方では人類最強を決めるような決戦をしている。
 ウィルハルトの話に少し触れるが、ウィルハルトは極めて稀有とも呼べる中立の性を持って生まれてきた戦士である。
 中性の戦士は、戦天使同様に貴重な存在で、生まれた時から戦士レベル限界値が最高の100と決まっている。戦士レベルは当人の容姿にも反映され、故にウィルハルト(女性時の名は、ウィルローゼ)は、戦天使セリカ(現・魔王ディナス)とも肩を並べる程の美形である。
 戦士レベルが100に達するまでは、性の変更は可能な上、一定(16~18歳)の年齢に達すると老化すらしなくなる。
 はるか昔、一人だけその中性の人物が存在したが、その人物を巡って、大陸を三分する帝国(アスレウス帝国・ホーヴレウス帝国・ミストレウス帝国)間で大戦が勃発した。
 そして、その勝者であるミストレウス帝国・皇帝サードラルの妻として、その人物は迎え入れられた。
 名を、『覇王妃・オーユ』という。セリカの姉である。
 バルマードは、今一度、ヤマモトとの間合いを取り直し、その剣を鞘に収めた。
「これでは、埒が明きませんな、師匠」
 ヤマモトはバルマードの次の手に気付いて、苦笑いをする。
「バルマード、それはないよ。これは、稽古だよ、け・い・こ」
「我が剣など、異界の神々すらをも畏怖せしめ、『剣神グランハルト』と恐れられた、トレイメアス剣皇陛下には、そよ吹く風でありましょうに」
 ヤマモトの本名は、『グランハルト=トレイメアス=ミストレウス』である。
 覇王サードラルの実弟として、その覇王の剣(つるぎ)であった時は『グランハルト』の名を用いていたが、覇王サードラル無き今では、字(あざな)である『トレイメアス』名の方を主に用いている。
 覇王を継ぐ意思がまるで無い彼は、「グランハルト」や「ミストレウス」といった覇王家に連なる名を封印している。
 古代の文書などに記述のほとんどない「トレイメアス」の名を名乗っているのも、古の大帝国・ミストレウス帝国の威光から、己を遠ざける意味合いもあった。
 「グランハルト=ミストレウス」の名を名乗れば、それはミストレウス帝国の皇帝継承権第一位の名の人物を意味する。
 もし自身が覇王として、大陸に君臨してしまえば、世界の進化は止まる。
 絶対強者を前に大陸は安定し、群雄は鳴りを潜め、以後、強力な戦士の誕生は望めないだろうと彼は考えたのだ。
 覇王サードラル時代の帝国には、十分に強力な戦士たちが多数存在し、異界の敵とも決戦し得る戦力があった。
 が、覇王サードラルを失ったその過去の大戦により、エグラートの戦力は十分の一以下にまで衰退していた。
 故にそんな状態の大陸を、覇王グランハルトの名で統一する事を彼は望まなかった。
 世界の進化を止めてしまえば、次に来るであろう異界の神々との決戦の時に、人類の敗北は必至であろうと、激戦の中を生き抜いた彼はそう感じずにはいられなかったのだ。
 そして、彼が約束された覇王の座を彼が捨てて、五千年もの時が流れた。
 もし彼がその時、覇王となっていたならば、この稀代の剣王・バルマードも誕生することもなかったであろう。
 現在ではさらに『ヤマモト』と名を変え、半隠居生活を送っている彼だが、彼自身の過去の実績があまりにも絶大過ぎて、その僅かな記述しか残されていないトレイメアスの名でさえ伝説化しており、その語頭や語尾には常に『剣皇』の名が付き纏っていた。
 口伝いに勇名が知れ渡ったと推測される。
 目の色を変えたバルマードに、ちょっとジジくさい口調でヤマモトは言う。
「バルマード、そりゃ、年老いたワシでは耐えられんて」
「フフッ、ご冗談を。実年齢はともかく、肉体年齢ハタチのピッチピチの師匠に、腰がどうのこうのとか、持病のシャクがなどとは言わせませんぞ。その無限の若々しさが羨ましいですな、顔はオッサンですがネ」
 そう言って、バルマードは居合いの構えを取る。
 バルマードのその構えから、それがただ事でない錬気の姿勢であることがヤマモトには分かる。
「おだてても駄目だからね。いくらワシでも、マスタークラスのお前さんの奥義なんて喰らったら、ただじゃすまないよ。それにワシ、攻撃型の戦士だからね、防御下手だからね!!」
 バルマードは柄に右手の平をそえ、莫大な量のライトフォースを、鞘に納まるオメガ・レプリカへと圧縮していく。
「模擬戦とはいえ、ここまでの剣気を錬成したのは初めてですよ。鞘を握る手がちぎれそうな勢いです」
「だったら、やめとけって。お前さんがめちゃくちゃな強さなのは師匠であるワシが良くわかっとるからの。お前さんの勝ちでいいから、今からでもやめてくんない?」
 一度、オメガ・レプリカを鞘に戻したのは、超絶な剣気の圧縮の為であり、刀身をさらした状態でここまでの力の集束は、バルマードにさえ難しい。
 鞘の中のオメガ・レプリカには、マイクロブラックホールを形成するほどの高密度のエネルギーが蓄積され始めている。
 鞘は周囲の光を限定的に喰らい、黒い、漆黒とも言える色をして、ギギッ、ギギッと鳴き始める。
「や、やばいな・・・。オメガを使いこなす事の出来るバルマードなら、ダーククリスタルの暗黒エネルギーすら剣気に変えておるな。この闘技場の狭さでは、かわすのは難しいぞ」
 ヤマモトは攻撃型の戦士である。
 彼は、戦士レベルを大きく凌駕する圧倒的攻撃力を有しているが、と同時に防御は紙のように薄く、脆い。それを神速の動きで回避することによって補っているのだが、この限られた空間ではその機動も生かせず、かといって防御するにも、超が付くほどの攻撃型のヤマモトが、その力を防御に回しても、大きくレベルダウンしたシールドしか形成することができず、同じ攻撃型のバルマードの、しかも奥義クラスとなればそれを耐えられるハズもない。
「バトルアーマーに遮蔽された分の力を、ワシに悟られずライトフォースの錬成に使いおったか。錬気があまりにも早すぎるからのう。それでいて、あの高速の剣撃を見せるとは、底が知れぬの。・・・バルマードよ、お前さん、ワシをはめたな」
「人聞きの悪い。ハンデをもらったって言ってたでしょうに。喰らうの嫌なら、今の、隙だらけの私を狙えばよいだけでしょう」
「で、出来るかッ!!! お前さんを倒せても、暴発に巻き込まれて、ワシは消し飛んでしまうわい! シールドで耐え得る範囲までも逃げれんし」
 バルマードがその血管の浮き出た右手で、柄を強く握る!
 抜刀のタイミングを誤れば、バルマードもバトルアーマーだけを残して、この世から消し飛ぶ。
 清々しいほどにいい顔をするバルマードだが、内心はその緊張感で、柄を握る手にも汗がにじむ。
「いやぁ、この一瞬を味わえる相手など、私は師匠をおいて他を知りませぬ。戦士たるもの、一度は自分の限界というやつを試したくなるものじゃないですか、ねえ?」
「ねえ。って、知るかーーーッ!! こんなことなら、ティヴァーテくんだりまで、わざわざ来るんじゃなかった。とほっ・・・」
 次の瞬間、バルマードは高らかに叫び声を上げ、ついにオメガ・レプリカを抜刀する!!!
「剣皇剣・烈空波、第五の太刀『常闇』ッ!!」
 一閃、ヤマモトに向かってバルマードから光の筋が流れると、周囲は漆黒の闇に没した。

 音はない。

 そして、光もない

 暫しの沈黙の後、その姿を現したのは、全力を出し切って膝を折り、青銅色をした石畳の床にオメガ・レプリカを突き立てた、バルマードであった。
 バルマードは全身から大量の汗を流し、身に付けたそのバトルアーマーも随分重たそうにしている。
「・・・いやぁ、さすが師匠。無駄に永くは生きていませんな」
 バルマードがそう呟くと、消え行く闇の隙間から、ケホッ、ケホッと咳をしながら、ボロボロになった作務衣姿のヤマモトが、二本の剣をクロスさせた状態で姿を現す。
「焦ったーッ!!! つか、常闇はねえだろ。ワシの技のまるパクリじゃんか!! 寿命が300年くらい縮んだぞッ!」
「まあ、結果オーライと言うことで」
「気軽に言うなッ!!」
 ヤマモトは、バルマードの奥義を受ける瞬間に、オメガと第六天魔王をクロスさせ、内側に向かって奥義を放っていた。
 バルマードよりも練気が十分でない分を二本の剣のダーククリスタルによって補い、奥義最弱の一の太刀『宵闇』を大量発生させ、マイクロブラックホールの矢となったバルマードの奥義を薄皮一枚の所で受け止め、それを数百億分の一単位で分解、開放を繰り返すことで、多少のダメージを受けながらも、それを中和する事に成功する。
 この間、ヤマモトはコンマ1秒を体感300年に置き換え、延々と一の太刀を錬成しては、手数を稼ぐ為にギリギリの最短距離で、バルマードの五の太刀『常闇』へと打ち込んでいた。
 このような荒業をやってのける人類の戦士など、後にも先にもヤマモト一人くらいであろう。
 ヤマモトは目に大きなクマを作って、まるで徹夜明けで多数の原稿を仕上げた人気作家のような、まどろんだ瞳をバルマードの方に恨めしく向けていた。
 対照的に、全てを出し切って、スッキリさわやかな笑顔を取り戻したバルマードは、徐にヤマモトの方へと近付き、彼の耳元でこう囁いた。
「そろそろウィルハルトが、得意のスウィーツを仕上げている頃です。今日一日、ウィルハルトを貸してあげますから、一緒に上へと参りましょう」
「ま、まぢかーーー!? ウィルちゃん貸してくれるの? いいの? 本当にいいの?」
 現金な感じで、スタミナを一気に回復させたヤマモトは、まるで子供のようにグラサンの奥の瞳を輝かせて、バルマードに何度も確認する。
「いいですよ、師匠にはお世話になりっぱなしだし」
「やったー! 今日はウィルちゃんにご本を読んで聞かせて、天蓋付きのベットで添い寝なんかしちゃうぞ! うひょひょ、うひょうひょ!!」
 バルマードは、師匠のやや危なげな発言に、少しだけその笑顔を歪ませたが、まあこのオッサンが、ウチの天使に手を出す勇気がないのは知っていたので、なんとなく、うんうんと自分を納得させた。
 そう、彼にその甲斐性があれば、その彼の妻は、きっとこの名で呼ばれていただろう。
 『剣皇妃・オーユ』と。
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ダークフォース 第二章 V

2009年09月22日 20時31分53秒 | ダークフォース 第二章 前編
   Ⅴ

 バルマードは最近、よくお忍びでフォルミ大公の館である、アメジストガーデンを訪れるようになっていた。
 季節は秋。
 山々は紅葉に赤く彩られ、水辺で感じられる涼は、ゆるやかな時とやさしいそよ風でその身を包んでくれる。
 バーベキューでもしたくなる気分だ。
 釣った魚を焼いても、さぞ美味いことだろう。
 そんな食欲の秋に、バルマードは、ウィルハルト特製のマロンケーキなどが詰まった手土産を片手に、素晴らしい造りの庭園を持つアメジストガーデンを散策している。
 バルマードにすれば、ティヴァーテから遠く離れたこの大公の館も、得意の神速で駆ければ、軽くハイキングに行くような感じであった。大陸総合体育祭(オリンピッコ)で、短距離走やマラソンで金コインを連発するバルマードにとってみれば、一日で千里を駆けることくらい朝飯前である。
「あっ、バルマード様っ」
 と、そう声を掛けてきたのは、ウィルハルトと同じ艶やかな赤毛の髪を持つ、絶世の美姫・エリクであった。
「やあ、エリクちゃん。はい、これお土産ね。ウィルハルトの焼いたケーキだよ」
「わあ、ありがとうございます。後で、リシアさんも呼んで一緒に頂きますね」
 バルマードそう言って、ケーキの詰まった箱をポンッとエリクに手渡すが、確かにエリクの言うように、リシアの姿が見当たらない。
 いつもなら、リシアの方が先に駆け寄ってくるのだが、珍しく今日に限っては、エリクの方が先にバルマードを出迎えた。
 少し不思議に思ったバルマードが、その事をエリクに尋ねると、エリクは少し間をおいてこう答えた。
「えっと、プライベートなことでアレなのですが、リシアさんは、「エルなんとか」さんという男性の方と、フォルミ市街にお出かけしています。カツ丼の次がどうのとか、今度は牛丼だ、ビフテキだ、とか言っていましたが、それ以上はちょっと私にもわかりません」
(エルなんとか? ああ、ためぞう君のことか。・・・親子揃って、相も変わらず元気なことだねぇ。しかし、あのためぞう君がリシアちゃんとデートだなんて、以外というか論外というか。・・・ウウンッ、そんなことはないな。まあ、人間、長く生きてれば、一つくらいはいい事あるってこと、なのかな?)
 口元をニヤリとさせて、バルマードはその愉快な場面を想像してみたが、エリクに気付かれる前にその表情を元へと戻す。
 バルマードは、リシアにも好意的な感情を持っていたが、エリクのその可憐な容姿は、バルマードの好意をさらに特別なモノへと変えていた。
 似ているのである。
 彼が唯一愛した女性、『剣王妃・レイラ』に。
 姿、形はもちろんだが、何よりもエリクのその雰囲気が、未だ一日として忘れたことのない、妻レイラの面影と重なる。
 エリクは、バルマードにじーっと見つめられたのが恥ずかしかったのか、つい言葉に詰まってしまう。
 普段はバルマードの方が、あれこれ勝手に喋ってくるので気にもならなかったが、こうして黙られてしまうと、エリクにはその数瞬がとても長く感じられて仕方ない。
 何を言えばいいのかわからないが、このままでは間が持たず、とにかくエリクは口を開いてみる。
「えっと、その、顔になんか付いてます? 見つめられると、ちょっと気になってしまいます」
 モジモジとするエリクを見て、バルマードはつい、「アハハッ!」と吹き出しながら、こう言った。
「いやいや、ごめんごめんっ!! いやーねぇ、うっかりかみさんの事思い出しちゃってさ。いい歳こいて、ついセンチメンタルな気分になってしまっていたのだよ」
「それって、・・・ウィルハルト王子のお母様のレイラ王妃の事ですよね? その事をよくおっしゃられますが、そんなに似てるんですか、私って?」
 バルマードはエリクのその問いに、コクリと頷いた。
「フフフッ、美人なとことか似てるねぇ。うん、エリクちゃんは、本当に美人さんだネ。あとは、その謙虚な姿勢とかもね」
 そして、傍にいる時の空気が、特に似ていると伝えた。
 レイラの生まれは、エリクと同じ、レムローズ王国である。
 彼女が皇帝である叡智王家の養女となった仔細をノウエル帝は教えてはくれなかったし、当人のレイラとしても、物心付く以前の出来事であったが為に、彼女自身、よく知らない様子だった。
 レムローズ王国は広大であり、より多数の民族、国民を抱えているが、レイラやエリクのように、これほど見事なまでの美しさを誇る、薔薇のように赤く美しい髪を持つ女性など、極めて稀有である。
 バルマードはこのエリクが、レイラと何らかの繋がりがあるのではないかという事は、多少、気になる所ではあった。
 が、レムローズ王室とも密接に関わるであろうそれを、直接本人に尋ねるのは気が引けたし、彼女に対する特別な感情というものが、そんなひいき目で見ているからだと、露骨に思わせるのも、何か失礼な感じがした。
 バルマードはただ純粋に、ウィルハルトに姉がいたなら、きっとこんな感じだろうなと、そんな微笑ましい気持ちで、エリクに会うのを楽しみにしていたのだ。
「エリクちゃん、オジサンでよかったら相談に乗るから、悩みとかあったら言ってね。オジサン、エリクちゃんみたいないい子に頼られてみたい年頃だからネ」
「あ、はい。ありがとうございます!!」
 エリクはそう言うと、ペコリと頭を下げて、にこやかに微笑んだ。
 ハニカミながら笑顔を見せるエリクであるが、バルマードの言葉にはそれなりの意味があった。
 エリクのその笑顔の奥に潜む、何か物憂げなもう一人の彼女の事が、バルマードは気がかりでならなかったからだ。
 もちろん、エリクはバルマードにそんな一面を見せたことなどない。
 彼と会うと、エリクはいつの間にか自然と笑顔になれるのだから。
 しかし、エリクの背負うモノの大きさを、バルマードは敏感に感じ取れたのだ。
 それが何かとても悲しい運命のようで、バルマードは余計にそれが気にかかり、また心配でもあった。
「エリクちゃん、とりあえず、リシアちゃんが戻るまでコーヒーでも飲んでようよ。実は、携帯用に、今度、ドリップコーヒーを作ってみたんだけどね、その試飲ということで」
 明るく言うバルマードに、エリクは快活に返事をする。
「はいっ!」、と
 彼女のこの笑顔を引き出せるのなら、バルマードは進んで道化にもなれる。そんな温かい瞳で、バルマードは彼女のことを見守っていた。
「バルマード様の入れてくださるコーヒーって、とても美味しいですよね。私、コーヒー王選手権に出たいくらい、コーヒーには豆にも、その挽き方にもこだわりがあるのですが、どうやったらあの香りとコクとなめらかな味が出せるのか、いつか是非、教えてくださいね」
「ハハハ、それはズバリ、愛情だよ。私とウィルハルトのラブリーな農作業のなせる、愛のレボリューションだからね」
「では、今度、私もお手伝いさせて下さいねっ!」
 エリクはクスクスと笑いながら、頭一つか、それ以上の身長差のあるバルマードの方を見上げる。
 そのルビーの瞳を、少女のように輝かせるエリクの愛らしさに、つい肩を抱いてやりたくもなるバルマードだったが、他家の大事なお嬢さんなので、その辺りは自重した。
 リシアも同じであるが、エリクは、話題の中に「ウィルハルト」の名がのぼると、妙に話の食い付きが良くなってくる。
 まだ、直接本人であるウィルハルトを彼女たちに会わせたことはないのだが、バルマードはよそに出かける度に、麗しの一人息子の女性たちへの知名度の高さを思い知らされた。
 なので、バルマードは時折、彼女たちにウィルハルトの近況などを語ってやったりもしている。あまり熱心に語りだすと、今度は、彼バルマードの自体の存在が、息子ウィルハルトの影に埋没してしまうので、そこら辺は気を付けて話すことにしている。
 エリクが言うには、最初、何年か前にリシアからウィルハルトの写真を見せてもらった時、その年の頃の自分に、雰囲気が良く似ていた事に、とても驚いたらしい。
 エリクは、その美しさでは格段に王子の方が上だと、バルマードに気を使うような発言をするが、彼女自身、かなりの天然さんなので、自分がそれに匹敵するほどの美形であるということを、彼女は全く意識していない。
 リシアからそれ等の王子グッズ(リシアは結構なマニアだったので、夢見る少女パワーで可能な限り、王子グッズを手当たり次第に集めていた。)を見せられて以来、エリクは、すっかりウィルハルト王子の魅力にハマってしまい、今ではリシアと同じく、グラサンに黒いフェルト帽を深く被った姿に変装までして、王子の初版の特典付き音楽ディスクや、写真集を入手する為に、このアメジストガーデンからこっそり抜け出しては、量販店の前の行列に並んでいたりする。
 フォルミは経済大国なので、商品の方はしっかりと入手してくれる。
 だが、予約は受け付けていないので、一度取りこぼすと通常版ですら手に入れるのは困難であるが。
 その王子様のパパ上であるバルマードから直接、グッズを貰えばいいような気もするが、苦労の末、手に入れるその行為にもまた、彼女たちには喜びがあっていいらしい。
 バルマードから貰うという、今だから出来るその行為は、彼女たちにとっては最後の切り札(=敗北を認める)のようなものである。
 それだけに彼女たちにとって、かの麗しの王子様の私生活には興味津々なわけだが、このバルマードのオッサンがいかに普段から、そのウィルハルト王子に対して変態的であるかを知れば、エリクもリシアもこのオッサンへの視線が180度変わってしまうことだろう。
 二人の、白い視線のクロスファイヤーを浴びるのは、チクチクと胸に痛いので、バルマードの方も、そっちの趣味がバレないように言葉を慎重に選んで話しをしている具合である。
「ねえ、エリクちゃん。あっちの方にいこうか」
 バルマードは持参した特製のドリップコーヒーを振舞う為に、エリクを近くにある噴水の見えるテラスの方へ誘う。
 席に着くとバルマードは、懐からウィルハルトから受け取った焼き菓子を取り出し、それをエリクに手渡した。
 エリクはその包み紙を開けて、お菓子を口にする。
「うわっ! これ、美味しいですね・・・。丁寧に練られた深みのある味のカスタードクリームが、サクサクのパフに挟まれたって感じで、舌触りも凄く滑らかで、その生地自体は何かフワッとハチミツやバターのような甘い香りがします。クリームも濃厚なのに、すごく後味がいいと言いますか、どうして王子はこんなにお菓子作りが上手なのですか? 私も多少は作るのですが、これは一流のパティシエさえ唸らせる出来かと」
「ああ、ウィルハルトは料理好きでね。剣の方ももう少し頑張ってくれるといいんだけど(自分でそう仕向けておいて、ぬけぬけと言う)、まあねぇ、好きで才能があるなら、それを伸ばしてやるのも親の務めというかねぇ。・・・あ、そうだね、お湯を分けて貰ってくるから、エリクちゃん、少し待っててね」
「あ、いえ、私が行きます!!」
 バルマードは、女の子は座ってないとダメっといった感じで、右手をサッと突き出して彼女を止めると、エリクに軽くウィンクして見せる。
 間もなくして席へと戻ってきたバルマードが、試作品のドリップコーヒーをエリクに振舞うと、エリクはそのあまりの遜色のなさに驚いたようで、バルマードとの会話も弾んだ。
 コーヒーを片手に、その香ばしい匂いを楽しみながら、閑談するエリクとバルマード。
 リシアが帰ってから開ける予定だったケーキも、バルマードがまた持ってくるからと言うと、エリクはうんと頷き、その箱を開け、ケーキを二人分の皿に移した。
 夕焼けがアメジストガーデンを赤く染める頃になっても、二人は飽きずにあれこれ楽しげに話をしていた。
 その姿をひょっこり帰ってきたリシアが目撃し、二人の元に駆け寄る。
 と、すでにケーキが入っていたであろう箱は空になっており、二人の前に置かれた皿の上のフォークの先をじっと物欲しげにリシアが見つめていると、エリクは自然に振り返ってリシアにこう言った。
「あ、お帰りなさい、リシアさん」
 エリクのその表情は笑みで満たされている。
 リシアは、そのエリクに向かってこう言った。
「美味しかったですか。美味しかったですよね、きっと」
 その問いにエリクは、持ち前の天然キャラで返す。
「はい、とっても美味しいコーヒーでした」
「ちがぁーーうッ!!」
 リシアはそう言って、強く空箱の方を指差した。
「ああ、ケーキですか。はい、とっても美味しかったですよ」
「わ、私の分は!?」
「とっても美味しかったです」
 と言って、エリクは満足げに微笑む。
 エリクに向かってギブ・ミー状態で手を差し出すリシア。
 二人のその間にバルマードが割って入ると、リシアに向かってこう言った。
「まあまあ、リシアちゃん。落ち着いて、取りあえず席に着いて」
 そう言って、納得いかなそうなリシアをバルマードは席に座らせると、ポットからドリップにお湯を注ぎ、リシアに芳しい香りのコーヒーを差し出した。
 そしてバルマードは、その懐にスッと、手を忍ばす。
「実はここにもう一個、ウィルハルトの作った焼き菓子がある。リシアちゃん、良かったらどうぞ」
 その瞬間、リシアに笑顔の花が咲いた。
 こうして三人は、バルマードを中心に、その夕日が地平に落ちるまで、楽しげにテーブルを囲み、雑談に花を咲かせた。
 その光景を、口元を緩めて優しく見守る、一人の男の影がある。
 ビロードの外套にその身を深く包む、アメジストガーデンの主・大公レオクスである。
 レオクスは孤高であるが故に、かつては彼女たちに温もりを与えてやれない自分に苛立っていた。どうすれば、彼女たちをこんな風に笑顔に出来るのだろう。その点で、バルマードは彼の良き教科書となってくれている。
 レオクスは気付く。彼女たちの笑顔を見せられている自分が、その笑顔にさせられているということに。そう、笑顔は連鎖するのだと。
 彼、レオクスに、バルマードほどの人を見抜く力と経験があれば、レオクスは、エリクのその胸の奥に潜む深い悲しみを、もっと早くに解きほぐしてやれたかもしれない。
 レオクスは、バルマードとの出会いに深い感謝をしていた。
 そして、エリクにとって、バルマードとの出会いは、まさに幸運といえた。
 バルマードは彼女が内に秘める何かを、その戦士としての高い能力などではなく、もっと別の、高貴で穢れなきオーラのようなものであると、微かにではあるが感じ取っていた。
 バルマード自身、エリクから感じるそれに触れた経験は過去に一度もない。
 だからそれが、憶測に近いようなもので、本人も何と形容してよいやら分からずにいた。
 しかしそれは、とても心地よく、やさしく、そして、いとおしい光。
 エリクの内に秘められたそのオーラの正体を知るモノは、現時点では、僅か数名しかいない。
 過去にそのオーラを、最も身近に感じたことのある男がいた。
 彼の名は、『セバリオス』。
 神界と呼ばれるフォーリナの主神であり、この世界における絶対の存在。
 セバリオスの知る、彼女のうちに秘められし大いなる力。
 その力を持つ者は、有史以来、わずか二人しか存在せず、しかも今の時を生きるのはその内の一人、魔王ディナスこと『セリカ=エルシィ』、ただ一人である。
 エリクの内に眠るその大いなるその力を、人々は古より、その眩き光に心奪われながらも、こう呼称した。

  『戦天使』、と。

 エリクが、その能力を秘めるが故に巻き起こされた悲劇を、
 今、ここで少しだけ語るとしよう。
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ダークフォース 第二章 VI

2009年09月22日 20時30分06秒 | ダークフォース 第二章 前編
   Ⅵ

 それは、今から五年前の冬の出来事である。

 大陸北東の支配者であるレムローズ王国は、ティヴァーテ剣王国にも匹敵するほどの広大な国土と軍事力を備えた大国である。
 その国風は閉鎖的で、他国との交易などは一切行わず、自国の力のみで立つ傾向にあった。故に文明も他国より、より中世的で、国民の生活水準も低い。
 しかし、一方で多数の屈強な戦士を輩出する国でもあり、その軍事力は突出している。
 大陸の北には他に、ノウエル叡智王国(現皇帝)、ガルトラント、ハイランド北海王国が存在するが、当時のレムローズ王国の影響力は、次の皇帝位をも狙えるほど強大で、ティヴァーテ剣王国あればこそ、大陸の均衡が保たれていると言っても過言ではなかった。
 レムローズ王国は強大だが、多数の国民を抱える上、国土の三分の一が凍土で覆われており、残された土地も痩せている為、厳しい冬ともなると、しばしば食糧危機に陥ることもある。
 故に、肥沃な大地を求めてやや好戦的な行動を取る国でもあった。
 家族を飢えさせない為、愛する人に十分なパンとスープを与えることが出来るなら、兵士たちはそれだけで戦う理由を正当化できた。
 戦わなければ、その代償として、愛する家族の誰かを失うことになるのだから。
 
 当時のレムローズ王国が、次の皇帝位すら狙えるほど強大と呼ばれたのには、ある理由があった。
 元来、名将ハイゼン候率いるレムローズ王国軍は、屈強であることも知られていたし、独力でギーガ戦に臨めるほどに、その兵たちの錬度は高い。
 だがその戦列に、英雄とも呼べる優れた二人の王子が加わったのだ。
 一人は第一王子である、ローヴェント王子。
 ハイゼン候に師事し、知略に優れた黒髪の美青年。
 後に賢王と呼ばれるであろうと云われたこのローヴェント王子は、武芸の才にも秀で、その戦士としての能力も、レベル92と極めて高い。
 あと一人は、弟のカルサス王子で、知略よりも武勇に優れる彼の資質を見抜いたハイゼン候は、彼を一流の戦士として鍛え上げた。
 カルサス王子の戦士レベルは94。
 この数字がいかに強力であるかということを説明するには、その上が大陸最強の剣王と謳われるバルマード、ただ一人しかないということで十分であろう。
 この二人の王子の加入により、レムローズ王国軍は常に勝利を繰り返し、国民は二人の王子たちに熱狂した。
 そして国民の過剰な期待に応える働きを、二人の王子はやってのける。
 二人の父である当時のレムローズ王は、病に伏せっており、余命幾ばくもないと噂されていた。
 王妃は二年前に他界しており、王室は不幸が続いていたが、二人の王子の活躍の陰に消される形で、国民は王の病状よりも、いつローヴェントが王に即位するのかという、その時期の方に関心を集めていた。
 英雄王の誕生ともなれば、長年、ティヴァーテの風下の立たされていたレムローズ王国の民たちも、自国の王が皇帝になれるかも知れないという強烈な誘惑に、ついには目覚め始め、王室の不幸など消し飛ぶほどに、レムローズ王国の民たちは王子二人への期待を過熱させていた。
 ハイゼン候は、王子たちを戦列に加えるには時期尚早だったのではないかと、そのあまりの過熱ぶりを危惧した。
 ハイゼン候自身は、レムローズ王国軍が行っている侵略行為自体には後ろ向きで、むしろ交易を復活させ、国家の財を切り売りしながらでも、民たちを一人でも多く飢えから救い、無用の争いを避け、民たちを慎ましくも平穏な日々へと導きたかった。
 ローヴェントやカルサスも、ハイゼンのその意見には賛成であったが、病床にある王はそれを許さず、故に好まざるとも戦う必要に迫られた。
 そのような状況にあって、このレムローズ王国の王室に、実は第三の王子が存在していたことなど、民たちは知る由もなかった。
 それは、今は無き王妃と病床の王がその王子の存在自体をひた隠しにしてきた為なのだが、その王子は、名を『エリク』という。
 現在、アメジストガーデンにいるあのエリクこそが、その第三王子である。

 エリクは、時のレムローズ王の命により、十五の歳に至るこの時まで、王子としての生活を強いられてきたが、本来は姫である。
 そして、エリクは間もなく、十六歳の誕生日を迎えようとしている。
 エリクは言いつけを素直に守り続け、忠実に自分が姫である事を他者に悟られないように努めてきた。
 何故、エリクがそんな真似をする必要があったのかは、今の時点では『神の啓示』とだけ言っておこう。
 エリクの行動範囲は、レムローズ王国の王宮のさらに奥のごく一部に限定されていた為、譜代の重臣たちであっても、第三王子の存在自体を知らぬ者も少なくはなかった。
 二人の兄たちは、エリクの存在をもちろん知ってはいたが、二人がエリクと接触しようとすると、王も、王妃も共に嫌な顔をした。
 エリクの教育係を任されていたハイゼン候だけは、誰をはばかる事なくエリクに会うことも出来た。
 勘の鋭いハイゼンは、何故、エリクをそんなに人目に触れさせない場所に隔離するような真似をしたのか。そして、二人の兄のですら、妹であるエリクと会うことに嫌悪感を示す王と王妃のその行動を、長年、王家の執務に携わる者としての経験から、雰囲気的に察することが出来た。
 確かに、その不可解な行動の理由を、ハイゼンが直接、王たちから告げられていたなら、彼も王や王妃同様、二人の兄を、妹であるエリクに近づけない行動を取っていただろう。
 が、そこまで明確な理由をハイゼンが知る由も無く、時折、人目を忍んで会いに来る二人の優しき兄と、その素直なまでに弾むエリクの笑顔に流され、ついハイゼンはそれに目をつぶってしまう。
 エリクがまだ幼い頃は、二人の兄とエリクの関係も、とても仲のよい兄弟として、誰の目から見ても微笑ましい光景といえたのだろう。
 しかし、ハイゼンが初めてエリクに出会った時に直感したものが、時の流れと共に現実化して来ると、やはり、自身の判断は甘かったとハイゼンは思い知らされる。
 エリクは、天才である。
 それも、ハイゼンがその人生で初めて出会ったと断言出来るほどの才気に満ち溢れ、その秘めたる力たるや、英雄の名で呼ばれる二人の兄ですら遠く及ばないと、ハイゼンはエリクの成長を見守りながら、それを実感させられずにはいられなかった。
 日に日に、美しさが磨かれていくエリク。
 だが、美しいという言葉だけでは、彼女を語ることは出来ない。その精神はとても気高く気品に溢れ、その心は慈愛に満ち溢れている。
 一言で形容するなら、それは紛れも無く彼女のその存在は、『天使』そのものである。

 それより、一年前。
 彼女が十四歳から、十五歳となる冬の季節を迎える頃には、すでに王子と押し切るのには、あまりにも無理があった。
 美しく成長したエリクのその姿は、大陸に並ぶものがないと言えるほどの絶世の美姫であり、その存在を国の内外に知られていたなら、この麗しき美姫を巡る為、戦争をも辞さぬという王や諸侯も数多いた事だろう。
 王と王妃が、そのエリクの存在を王子と偽ってまで、ひた隠しにしたのは、これを見越しての事だったのだろうとハイゼンも納得したが、理由はさらにあった。
 ハイゼンはその理由については、後で知ることになるのだが、偶然にも二人の兄、ローヴェントとカルサスは、その理由を先に知り得たのだ。
 それは、さらに時を遡ること一年前。
 王妃が最期にレムローズ王と交わした言葉を、二人の兄が耳にした事に始まる。
 聞こうと思って耳にしたわけではない。
 王妃の危篤の知らせに駆けつけた二人が、その軽く開いた扉の前で、半ば強制的に聞かされてしまったと言っていい。
 二人の兄は計らずも知り得たその事実を、知らねばよかったと強く後悔する。
 その年の冬、十四歳の誕生日を迎えたばかりのエリクは、二人の兄を心から魅了してやまないほどに、可憐で心優しい少女に成長していた。
 端整な顔立ちのせいもあって、その年齢よりはやや大人びてみえる。
 さすがにこの頃ともなると、二人の兄たちもエリクが自分たちの妹であることは知っていたし、彼女が二人の目の前で、類まれなほどに美しく成長していくその姿に、エリクもまた、一人の『女性』であるということを、二人は意識せざるを得なかった。
 まだその時点では、蕾(つぼみ)である彼女だが、あと一、二年もすれば、この世でたった一輪の、比類なき美しき薔薇を咲かせる事は、容易に想像出来る。
 それだけならいい、妹が美しく成長するのを見守るのも、兄としての当然のことだと、優しい二人の兄たちは、そう割り切れた。
 だが、王妃の残したその言葉は、あまりに衝撃的だった。
 
 エリクが、彼女が、自分たちと血が繋がっていないとは一体、どういうことなのだ!?
 
 しかも、十六歳の時を迎えると同時に、最愛の妹を、神に奪われてしまうとは!!
 ローヴェントとカルサスは、王妃の言葉に苦悩する。
 これまでは、可愛い妹でよかった。
 しかし、それが妹ではなく、『異性』へと変わる。
 二人とも、エリクの事は以前からずっと、心より愛している。
 彼女に触れると心が安らかになる。
 彼女の傍らにいることで得られる充足感は、他の何ものにも代え難いものであった。
 一年と経たずに彼女は、レムローズ王国の薔薇姫と称えられるほどに、麗しき絶世の美姫と成長するであろう。
 その姿は、今のままでも十分といっていいほどに美しい。
 そのエリク姫をこの手にすることが出来るのなら、成人した彼女を妻に迎えられるのであらば、この国の王位など要らぬと思わせるほど、二人の王子にとってエリクの存在は強烈で、同時に、とても大切で、いとおしい存在であった。
 また、それだけの想いがあるからこそ、彼女を傷付ける事が何よりも恐ろしかったし、その彼女が、神へと捧げられる身であるという事実は、とても受け入れられる事ではなかった。
 王国の繁栄の身代として、王と王妃に育てられたエリク。
 血が繋がらない妹。
 その出生は、未だ謎のままだ。
 ローヴェントとカルサスはその事実を知った時、共に彼女を守ろうと誓い合う。
 それからの二人の王子の活躍は、以前に増して目覚しいものとなり、レムローズ王国はより強大に勢力を増し、かの大陸最強の剣王擁するティヴァーテ剣王国とも肩を並べ、その勢いに至ってはティヴァーテすら押し退け、大陸一とさえ称されるほどの、超大国へと成長していく。
 エリクが、その貧しき土地を潤す為の対価ならば、その必要がなくなる程に富国に努めればいい。
 神が、私たちの天使を奪いに来るのであれば、その神さえ寄せ付けぬだけの強大な力を有すればいい。
 ローヴェントとカルサスは、極限にまで自己を高め、その運命(さだめ)と向き合うことを決意する。
 カウントダウンは、二年後の冬。
 こうして、二人の王子たちの『時間』との戦いは、その幕を切って落とされたのである。
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ダークフォース 第二章 VII

2009年09月22日 20時26分53秒 | ダークフォース 第二章 前編
    Ⅶ
 
 レムローズ王国の王宮のさらに奥にある小さな居場所。
 エリクと呼ばれる第三王子は、その限られたかごの中の世界で月日を重ねていた。
 普段のエリクは、麻色をした厚手の外套でその身を覆い、深々とそのフードを被っている。
 他者と会う時も出来るだけ、言葉少なに挨拶を交わし、自分が女性であるというその正体を、王の言いつけ通りに、ひたすらに隠し続けていた。
 しかし、師であるハイゼン候と、二人の兄との面会の時には、自分で縫った白地の木綿のドレスに着替え、少しだけオシャレに気を使った。
 外界との接点の薄いエリクは、ドレスの仕立ても給仕たちのそれを真似て作ったものであり、彼女たちの持つハンカチにあるレース編みの刺繍が気に入ったのか、独学でそれを学び、ドレスにそのレースの刺繍を施してみたりもした。
 そのドレス姿でいる自分を見ると、二人の心優しき兄たちは、いつにも増して、にこやかな笑顔を見せてくれるのだ。
 ハイゼン候は、感情をあまり表に出す方ではなかったので、それを褒めてくれる事はないのだが、目元の辺りが少し優しくなるそれを見るのも、エリクにとっては嬉しいことだった。
 この三人以外に、他人との接点がないといっていいエリクにとって、二人の兄とハイゼンの存在は、この世界の全てと言っても過言ではなかった。
 故に、このような軟禁生活のような状態が続いていても、エリクはそれを不満には感じなかったし、また、それを少しでも不満に感じて、この愛すべき三人にその事を悟られるのは、エリクにとっては耐えられない事と言えた。
 この小さな世界には、笑顔が溢れている。
 エリクはそれで、十分に満足であった。
 だからこそ、大事にしたかった。
 自分の、小さいかも知れないが、優しさで溢れたこの楽園を。
 そして、今年もまた、レムローズ王国はその大地を深い雪に覆われる季節を迎えていた。
 レムローズ王国の王都エーザヴェスは、王国内でもやや北側に位置し、その更に北となると永久凍土が広がっている。
 故に冬ともなると、厚い雪に閉ざされた王都は完全に孤立した状態になり、街道は雪に埋もれ、国内での流通も大きく制限されるが、自然の作り出すその雪の外壁により、王都エーザヴェスは難攻不落の要塞都市へとその姿を変える。
 外の気温は零下30度から、時に零下70度にまで下がり、身を隠す場所を持たぬ者は次の春まで、雪の中に埋もれるという悲惨な運命を迎える。
 しかし、それを憂いだハイゼン候が、その半生をつぎ込んで完成させた王都エーザヴェスの地下通路により、家を持たぬ民もそこに居場所を移すことで、冬の厳しい寒さからその身を守ることが出来た。
 地下通路とはいっても、かなりの規模の空間が広がっており、地熱のおかげで地上よりも過ごしやすい。
 人が増えてきた昨今では、商いも活発に行われるようになり、建設計画のその見事さから、この巨大な地下空間は、エーザヴェス・第二の都市と呼ばれるような賑わいも見せ始めていた。
 フォルミ大公国との戦いで、快勝を収めた二人の兄、ローヴェントとカルサスの二人は、その地下通路を使って凱旋し、勝利の報告を愛しい姫・エリクに届ける為、王宮の方へと軽快に足を進めていた。
 その途中で、長兄のローヴェントは、次兄のカルサスに言う。
「ガルトラントにも勝ち、フォルミにも勝利した。今年の冬も、手に入れた土地をかの国々に返還してやることで、多額の賠償金を手にすることが出来る。これで、一、二年は、民たちの暮らしも豊かになるだろう」
 体躯の良いカルサスは、ウンウンと頷きながらこう応えた。
「完全に滅ぼしてしまっては、賠償金を得ることも出来ませんしな。仮に滅ぼし、領土を大きく拡張したとしても、その土地の民と我が国の民を同時に養うのは難しい」
 長い黒髪の美しいローヴェントは、領土拡大や皇帝位といったものより、自国民の生活を安定させることを最初に考える、非常に良心的な若き君主であった。
 レムローズ王国の実権は、ほぼ彼の手中に収まっているといえたし、次兄のカルサスは彼に協力的だった。
 しかし、ローヴェントは、今もなお重ねているその侵略行為には早々に見切りを付けたいと考えていたし、どうすれば自国の国力のみで、民たちを潤わせることが出来るのかという議題に、ハイゼン候と共に真剣に取り組んでいる最中であった。
 ローヴェントは言う。
「まずは、エリクへの土産でも買っていこう。この通路の先に、なかなかいい花屋があったと思うんだが、お前も花を買うのはよしてくれよ、カルサス」
 するとカルサスは、それをフフンと鼻で笑って、兄のローヴェントのこう言った。
「ハッハッハッ、すまんな兄貴。オレはすでに、知り合いの仕立て屋のコネで最高級のレトレア織の絹織物を取り寄せてもらっている。エリクが生地を欲しがっていたからな」
「な、なんだと!? それでは私はただの引き立て役ではないか。我が貧乏王家に、そんな高級品を買うゆとりなどあるかっ!! さっさと返品しろ、二週間以内ならなんとかなる!!」
 不意を突かれたローヴェントは、カルサスにそう言うが、聞く耳も待たずといった感じで、カルサスはしたり顔をしてこう返す。
「この深い雪の中で、帝都レトレアまで二週間で返品とかムリだよ兄貴。諦めて、金払っといて。どうせ、財布の紐は兄貴が握っているんだし」
「お前に財布を渡したら、穴が開くわッ!!」
 ローヴェントは納得いかない感じで、仕方なく花屋で出来るだけ良い花を選ばせて、ついでにケーキも買っていく事にした。手ぶらというわけにもいかず、かといって、カルサスに付けられた差は、その場のショッピングで埋められるようなものでもなかったが。
 ローヴェントは複雑な表情をして、右手に花束を、左手にケーキの箱をぶら下げた。
 エリクがそんなことを気にするような子ではないことくらい、二人の兄たちは十分に理解していたが、やはり互いを意識してか、1ミリでも先に出ておきたいという男心がある。
 また、その気持ちがお互いを切磋琢磨しているとも言えたので、喧嘩しながらもその仲の良さは誰もが羨むほどであった。
 この冬、エリクは十五歳の誕生日を迎えた。
 運命の時まで、あと一年を切っている。
 
 エリクの居場所は、謁見の間や、華美な貴賓室の並ぶ、贅の限りを尽くされたレムローズ王宮の、その裏手にあたる。
 そこは、以前は倉庫として使われていた質素な造りの部屋で、多少の改修は成されていたものの、王族が住むにはとても似つかわしくない、古びて寂しい部屋であった。
 そんな軟禁状態にありながらも、エリクはその空間を長い時間をかけ、少しずつ直していき、今では古びた倉庫のような部屋も、豪華とまではいかないものの、とても工夫の凝らされた可愛らしい一室へとリフォームされていた。
 華美を好むレムローズ王や、一昨年他界した王妃は、このような場所には立ち入らない為、そこまで上等な部屋に作り変えられているなど知る由もなく、世話役を任されているハイゼン候は、エリクの元を訪れると、しばしば大工の真似事をし、エリクが必要とした材料は、マントの奥に隠して持ち込んでやったりもした。
 王宮内は暖に満たされているが、その裏手に通じる崩れかけの石壁の通路からは、ビュンと隙間風が吹きぬける。
 北の大地に育ったとはいえ、二人の王子たちも少しだけ寒い思いをしながら、その鉤型の回廊の奥にある天使の待つ部屋へと、それぞれの想いを託した荷物を手に、カツッ、カツッと石畳の上に音を立てながら、足を進めていた。
 途中、二人は、ハイゼン候とすれ違う。
「これは、ローヴェント王子に、カルサス王子」
 一礼するハイゼンに向かって、二人はいったん顔を見合わせると、少し遅れて挨拶をする。最初に口を開いたのは、兄のローヴェントである。
「これは、ハイゼン殿、ご苦労様です」
 弟のカルサスもそれに続く。
「師匠が先に見えておられたとは、いやはや、任務とはいえ、有り難いことです」
 二人ともどこか言葉がぎこちなかった。
 それもそのハズ、ハイゼンに、手にしたその下心を見透かされたような気分だったからである。
 二人とも、彼、ハイゼンには頭が上がらない。
 彼は、二人にとって得難い師であったし、何より、何者からもその麗しの君を守ってくれる守護者でもある。
 いわば、愛しの人の、その父親的存在なのである。
 よって、彼の機嫌を損なうような真似は、二人には決して出来ない。
 ハイゼンは、二人の王子がここに訪ねて来るのを察して、先にエリクの部屋を後にしたのだが、彼ら二人の、その不自然な姿が可笑しかったのか、あえて手土産の方には目をやらず、少しだけ口元を緩めた。
「エリク様が寂しがっておられます。エリク様も、お二人のその元気な顔を見られれば、心も安らかになりましょう」
「は、はいっ!!」
 二人は快活の良い返事をして、ハイゼンに一礼すると、その足取りを軽くして、天使の待つ部屋へと向かった。
 ハイゼン候、公認で会えるとなると、もはや気掛かりは何もない。
 普段は、彼の目を盗むようにして、エリクに会いに行く二人だっただけに、自然とその気持ちの方まで軽くなる感じがした。
 そうしている内に、エリクの部屋の扉が見えてくる。
 扉は新しいものに取り替えられており、それは品格のある木製のものだ。その扉に合わせて、壁のタイルもシックなものに取り替えられてある。そこには、ハイゼン候の日曜大工の腕が光る。
 二人は部屋の前に立ち、一度、コホンと咳払いをして襟を正すと、コン、コン、っと扉をノックする。
 すると、扉の向こうからゆっくりした足音が近付いて来る。
 開かれる扉から、暖炉の明かりが漏れ出してくると、とても優しい顔をした天使が、背の高い二人の兄たちを、見上げるようにして出迎える。
「いらっしゃいませ、お兄様方。さあ、こちらへ。すぐに、あったかい物でも入れますね」
 二人は揃って、エリクのその眩いばかりの微笑みにドキッとさせられる。
 レムローズの薔薇姫の美しさは、日を立つごとに磨かれており、会うその度に二人の兄たちは、エリクのその美貌に魅了されていった。
 エリクはさらに心の方まで純粋に育っており、その穢れなき心に触れると、小さな雑念や迷い事などは洗い流され、二人の兄たちは自然と、彼女に対する紛れのない心からの笑みが浮かんできた。
 二人が通されたその一室には、暖炉の明かりと温もりが満たされており、パチパチっと小気味良い音が、暖炉の方から聞こえてくる。
 補修された木製の椅子には綿の入ったクッションが取り付けられており、テーブルには、白い木綿のレースの刺繍の入ったクロスが敷かれていた。その、手間のかかったレース編みが、女の子らしさというか可愛らしさをアピールしている。
 板を打ち付けただけだった壁も、いまは暖色系の壁紙に覆われており、使い勝手のよいように、手製の棚が取り付けられている。
 その棚の上からエリクは、貴重品であるレトレアンティーの入った箱を取り出し、惜しげもなくその茶葉を使うと、ミルクと角砂糖をティーカップに添えて、テーブルに着いた二人の兄たちに差し出した。
 エリクは手製の白い木綿のドレスに、ベージュ色のエプロン姿である。
 そのあまりの愛らしさに、折角の手土産を渡すことを忘れ、二人の兄たちは未来の新妻(願望)の姿にだらしなく見惚れていた。
 エリクは紅茶の入ったカップをテーブルの方に置くと、すぐさま、良い香りの漂ってくる方へ姿を消した。
 この兄たちの訪問を、事前にハイゼンに耳打ちされていたエリクは、少し奥にあるキッチンで、様々な形のクッキーを焼いて用意していたのだ。
 それらがテーブルに並べられると、エリクも席に着いて、その両手で愛らしく頬杖をつくと、二人の兄の方を見つめてこう言った。
「クッキーは、自信はありませんが、紅茶は一級品です!! しっかり、飲んでくださいねっ」
 ローヴェントもカルサスも、このままエリクの調子にその身を任せていたい気分になったが、贈り物をテーブルの下に引っ込めたままでは、あまりにも格好がつかないので、まずはローヴェントの方が、エリクへのプレゼントをそっと差し出した。
「花とケーキなんだが、よかったらと思ってな」
 と、恥ずかしそうに差し出すローヴェント。
 さすがに稀代の英雄と呼ばれるローヴェントであっても、好きな女性(ひと)を前にしては、これくらいが限界である。
 ローヴェントから花とケーキを受け取ったエリクは大喜びをして、早速、その席を立つと、素早く花瓶に花を移し、それをテーブルの真ん中に置いた。ケーキの方も一度キッチンに運ばれると、三人分の白磁の皿に取り分けられ、それぞれのカップの横に置かれる。
 花瓶の花々は絶妙な色彩感覚で生けてあり、箱から取り出されたケーキも、わずかな時間で施された繊細なアメ細工のおかげで、高級感が漂う仕上がりとなった。
 それらは、二人の兄たちを感心させる。
 エリクが再度、席に着くと、テーブルはより華やいだものへと生まれ変わっていた。
「ローヴェント兄様のおかげで、紅茶に負けないものが用意出来ましたっ!! 私のクッキーだけでは、やっぱり寂しいですもんね」
 そんなことはないと、ローヴェントはエリクの焼いたクッキーを口にする。
 お世辞抜きに、涙が出るほど美味いクッキーで、バターと砂糖のバランスが素晴らしく、甘いのに後味がサッパリとしている。焼き加減もサクサクで最高だ。
 ローヴェントは、しみじみとそれを味わい感涙するが、エリクは冗談が過ぎるといった感じで笑っている。
 カルサスの方も、それを口にするがやはり美味い。
 さすがにカルサスも、このタイミングで自分のプレゼント渡すと、またエリクを席から立たせる事になるのを気遣い、やはり後で渡すことに決めた。
 花やケーキとは違い、早く出した方がよいという類の物でもなかったし、レトレア織の包みは少し大きいが、それ以上にカルサスは体躯が良い為、マントの奥に隠すのは簡単だった。
 よく考えればエリクにこの段階で、のどから手が出るほど欲しがっている絹織物の、しかもその最高級品にあたるレトレア織など渡したら、彼女の頭の中から二人の存在は跡形もなく消し飛んでいたことだろう。
 結果的に正しい判断をしたカルサスは、レトレアンティーを口に運びながら、エリクのその弾けんばかりの笑顔を楽しんでいた。それは、ローヴェントの方も同じで、見慣れた相方よりも、麗しき美姫の方へと自然と視線は行くものである。
 エリクはとても明るい正確な上、おしゃべりも得意な方だった為、多少、二人が口下手であったとしても、会話はリズム良く交わされた。
「今度、お兄様方にあげる手袋を編もうかと思っています。本当は編み上げてからそう言った話をするべきなのでしょうけど、ついさっき、ハイゼン様からカシミヤの毛糸を頂いたもので。やはり、ここはハイゼン様の分も気合入れて編むべきでしょうね!! 当然、そうなると私の分は余りませんがッ!!」
 ローヴェントもカルサスも顔を見合わせて、毛糸の手袋を受け取る偏屈じーさんの照れる顔を思い浮かべた。
 二人とも、その時のハイゼンの顔は見ものだと、ニヤついてはいたが、三人分しかない手袋をエリクの為に辞退する勇気は持ち合わせてはいなかった。
 やはり、どうしても欲しいモノであるし、エリクが冗談で言っているのもわかっていた。
 ただ、エリクの性格上、辞退すると本気でくれない為、冗談であってもそんなレアアイテムを取りこぼすわけにはいかない、二人の兄たちであった。
「何を、ニヤついているのですか。さては、この私の手には毛織物の手袋より、軍手の方がお似合いだとでも思っているのですね。・・・そうです、よくご覧なさい! この私の手は、働き者の良い手なのですッ!!」
 そう言うと、エリクは二人に両手を、パッと広げて見せる。
 それは、実にしなやかで細い指先をした白い手であり、タコの一つもない、彫刻のように完璧で美しい手であった。
「さあ、兄上様方! この手に、その恵まれた王子として、甘やかされて育った上品な御手を当ててみるのですよ!!」
 二人の兄は、エリクのその繊細で小さな手に見惚れていた為、少し反応が遅れる。
 ローヴェントはかろうじて間に合わせるが、カルサスの方はエリクに半強制的にその手を押し付けられ、その表情がハッとなる。
 柔らかなその小さな手のひらから、エリクの体温が伝わってくる。
 二人の兄たちは、エリクと良く顔を合わせてはいるものの、直接、その肌に触れる機会など皆無であった為、どうしていいものやらわからず、ドキドキと心音だけを高鳴らせた。
「はい、測定完了。これで、正確に手袋を編めると思いますっ」
 そう言って、両手をパンっと合わせたエリクに、やられたといった感じの顔をさせられた二人だった。
 楽しい時間というものは、どうしてこうも早く流れ去ってしまうのだろう。
 エリクと共に過ごす数時間というものは、それこそあっという間であり、同時にそれは二人の記憶に残る、貴重な時間でもあった。
 エリクは何時でも会いに来て欲しいと、嬉しい事を言ってくれるが、ハイゼン候の手前、そう足しげく通う事は、はばかられたし、何よりエリクの存在は、レムローズ王室の秘密なのである。
 今や、英雄とまで呼ばれるようになった兄弟が、それこそエリクの部屋を頻繁に出入りしていては、周りの者たちに怪しまれる。
 ハイゼンの使用人たちなら、さほど問題もないし、彼らは口も堅く忠義に厚い。
 が、一歩、宮廷の表舞台に出たならば、そこは絢爛豪華で、様々な欲望の蠢く、醜い戦場が待っている。エリクの件が、うわさ話が大好きな御婦人たちの耳にでも入れば、間違えなく権力闘争の道具として使われてしまう。
 王は病に伏せっており、第一王子のローヴェントに付くか、第二王子のカルサスに付くかで、にわかに王室内は揺れていた。
 当の本人たちは、そんなくだらない話に興味はなかったし、どちらかの王子を担ごうとする貴族たちも、玉座の脇に堂々と立つハイゼン候の鋭い眼光を浴びれば、自然とその鳴りをひそめた。
 二人の王子たちは、エリクにそれを悟れないように部屋を後にする。
 二人にとってのこの楽園を汚す者が現れるなら、二人は共に手を取り合って、全力でそれ等を排除したことだろう。
 エリクの部屋を立ち去る間際に、カルサスは例の包みを二人からの贈り物だと言って、エリクに手渡した。
 勿論、エリクは飛び上がって喜んだが、ローヴェントはカルサスのその何気ない気遣いがとても嬉しかった。
 煌びやかな王宮へと戻る途中の鉤型の回廊で、ローヴェントは歩きながらカルサスにこう言った。
「すまんな、気を使わせて」
「ハハッ、気にするな、兄貴。払いは、どうせ兄貴なんだしな!!」
「このっ、・・・フフ、ハハハ!」
 こうして、二人の兄弟は肩を抱き合いながら、冷たい隙間風の吹き抜ける回廊を、談笑しながら、歩いていく。
 レムローズ王国の冬は長く、エリクならばすぐに手袋を編み上げてくるだろう。
 ローヴェントがその手袋をはめる真似をすると、カルサスも負けじと両手にはめる真似をして見せた。
 しかし、二人とも言葉には出さなかったが確実に意識していることが一つあった。
 最愛の人である、エリクを失うその日まで、もう一年を残していない。
 来年の冬をこうやって、三人で迎えることは、もう、ないのかも知れない。
 ・・・楽園を踏みにじる者が、この地へとやって来る。
 彼の名は、セバリオス。
 神界フォーリナの主神にして、エグラートの絶対的な神。
 二人は、神と戦う事を決意するのに、何の躊躇いすら感じなかった。
 自分たちの天使を奪いに来る神など、敵以外の何者でもない。
 勝算はなかった。
 勝てる自信すら持てなかった。
 だが、エリクの、彼女の笑顔を守る為なら、二人の兄は、たとえその身が砕けようとも、自ら望んで戦うことが出来た。

 決戦の時は、近い。
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ダークフォース 第二章 VIII

2009年09月22日 20時21分48秒 | ダークフォース 第二章 前編
   Ⅷ

 レムローズ王国の秋は短く、すぐそこには冬の足音が聞こえる。
 まもなく、エリクは十六歳の誕生日を迎える。
 北の大地が薄く雪化粧される頃には、王都エーザヴェスは交易や行き交う人々で、一年で最も賑々しくなる。
 約半年もの間、深い雪に覆われる北の大地にあって、それはその半年間を生きる為の物資や食糧の取り引きが盛んに行われる期間であり、その賑やかさが失われるのと同じ頃に、王都エーザヴェスは雪の中に孤立する。
 二人の兄たちは、今日もエリクにべったりで、その手は毛糸の手袋で暖かかった。
 相変わらずハイゼンは、二人の兄たちがエリクの部屋を訪れるのを目こぼししてくれた。
 昨年の冬に比べると、エリクはまた一段と美しく成長しており、これほどの絶世の美女をローヴェントもカルサスも、他に見たこともない。
 レムローズの薔薇姫、まさにそれはエリクに相応しい呼び名と言えた。
 エリクは前の冬の間に、二人の兄から贈られたレトレア織で、非常に素晴らしい白い絹のドレスを仕上げており、それを大事に部屋の隅に飾っていた。
 着てみないのか? と、二人の兄は言うが、エリクは恥ずかしいと言っては、そのドレスを着るのを色んな口実を付けては避けてきた。
 エリクとしては、それは自分の一番の宝物であったし、むやみに着ることで汚したくないとか、引っ掛けて大切な絹地を破いてしまうのが恐ろしかったのだ。
 あと、その豪華すぎるドレスが自分に似合うのかという自信もなかったし、兄たちに笑われるのではと余計な心配もしていた。
 世間を知らないエリクは、自分の容姿に自信がなかったし、自身に対する褒め言葉も、お世辞としか思っていなかった。その気取ったところの無さも、エリクの可愛らしさの一つといえたのだが。
 実際、こんな生活を長くしていたので、エリクは異性に口説かれた経験など皆無で、目の前にいるこの二人は、あくまで『お兄ちゃん』の域を出てはいなかった。
 その兄たちは、この絶世の美姫をその手にしたくて仕方なかったのだが、この三人でいる雰囲気を壊したくないという理由で、どちらもまだ抜け駆けしたことがない。
 こういう場合も、甲斐性なしというのだろうか。
 あまりにもその関係が大切なとき、それが壊れてしまうと思うのは恐怖である。
 自分の全てを捧げても構わない相手ともなると、逆にあれこれ考えさせられてしまい、その『告白』が、勇気なのか無謀なのかさえ、区別がつかないようになる。
 しかし、時間はもう限りなく少ない。
 そして、先に行動を起こしたのは長兄のローヴェントだった。
 
 その日の夜、ローヴェントは単身、エリクの部屋を訪れる。
「こんな夜更けに珍しいですね、ローヴェント兄様」
 エリクはいつもの調子で扉を開けると、ローヴェントを部屋へと招き入れた。
 ローヴェントは言葉少なに、テーブルへと着き、思い詰めた表情をしていた。
 そんなローヴェントの姿を見て、エリクはホットミルクを差し出した。
 ローヴェントがそのカップを手にすると、両手を伝って温かいぬくもりが伝わってくる。
「まずは、冷えた身体をあっためて下さいね」
 エリクがそう言って微笑むと、ローヴェントは一口、ホットミルクを口にした。
 エリクは少し安心したようにして、ちょっとした料理でも作ろうかとキッチンへ向かおうとした。
 その時、ローヴェントがカップをテーブルに置いて、エリクの手を掴んだ。
「どうかなさいましたか? ローヴェント兄様」
 エリクはいたって普通に振り返り、ローヴェントにそう言うと、ローヴェントはスッと席を立ち上がり、エリクの身体をそっと抱きしめた。
「に、兄さま!?」
 これには、さすがのエリクも少し驚いたようで、ちょっとだけ声が上擦ってしまう。
 ローヴェントは細身だが長身な為、エリクは少しローヴェントを見上げるような格好になる。われものを扱うような優しい抱き方だが、ローヴェントの腕から伝わってくる微かな震えは、ローヴェントの真剣さをエリクに悟らせた。
「エリク、頼みがある・・・」
 ローヴェントの瞳は何処か不安げで、エリクは次の言葉を、息を呑んで待つ。
 少しの沈黙の後に、ローヴェントはその瞳を閉じて、エリクにこう言った。エリクを抱きしめる腕に、少しだけ力が入る。
「エリクが十六歳の誕生日を迎えたら、・・・私と、結婚して欲しいんだ」
「!?」
 エリクはその言葉に、ルビーのように赤く澄んだ瞳を大きく見開いた。
 兄からのその告白が、とても冗談で言っているとは思えなかったし、この賢明な兄が何故、妹の自分に求婚するのかも疑問だった。
 ローヴェントの次の言葉が、その疑問だけは解き明かしてくれる。
「私とカルサスは実の兄弟だが、エリク、お前とは血が繋がっていない。つまり、実の妹ではないんだ」
 エリクは、正直、その事を驚いたが表情には出さなかった。
 エリクがひたすらに考えたのは、この愛する兄の為に、一体、何をしてやれるかという事で、ローヴェントのその不安を、エリクは一刻も早く解きほぐしてあげたかった。
 エリクは、話をどう繋げてよいやら混乱しているローヴェントの方を見て、にこやかな笑みを見せると、彼の唇にそっと人差し指を当てて、優しい口調でこう言う。
「わかりました。ローヴェント兄様が望むのであれば、エリクは喜んで兄様の妻になります。あ、えっと、その場合、兄様と言う呼び方はおかしいですよね。ローヴェント様? 旦那様? それとも、えっとご主人様??」
 ローヴェントは、エリクのその言葉に、全ての不安を優しく溶かされる思いだった。
 いつもの表情を取り戻したローヴェントに、クスクスと明るく笑みを浮かべるエリク。
「とりあえず、いつも通りで頼むよ。ハイゼン候や、カルサスの手前もあることだし」
「はい! 兄様っ」
 ローヴェントはそう言うと、再び席へと着いた。テーブルに置かれたホットミルクは、まだ十分にあったかい。
 エリクは普段通りの様子でキッチンへと向かい、ホットケーキを焼き始めた。
 ローヴェントは、安心したようにホットミルクを口にする。
 ローヴェントはこの時、エリクに救われた思いだった。
 どこまでも優しい彼女。
 エリクの性格を考えれば、彼女がそれを断るハズもない事ぐらい、今なら簡単に理解できた。それは例えば、先にカルサスがこの話をエリクにしていたなら、エリクはカルサスに良い返事をしただろうし、少し悔しいが、きっとそれを祝福できる自分がいただろうと、ローヴェントには思えた。
 彼女が望むのは、カルサスやハイゼン候を含めたたった四人の、小さいがとても大切で、とても大事な、楽園とも呼べるこの場所で、私たち三人が彼女の前に、心安らかに笑っていることなのだと。
 ローヴェントはテーブルに差し出された、大きめのバターとハチミツの乗ったホットケーキを口にしながら、こう考えていた。
 エリクへの告白は、焦る自分がさせた事とはいえ、カルサスに相談なしなのは、さすがに気の引ける思いがした。
 まずは、彼女を来たるべき最悪から守り抜いた上で、もう一度、カルサスと相談し、どちらが彼女の人生を幸せなものにするのか、語り合う必要があると。
 幸い、エリクは口が堅いほうなので、軽々しくこの話をカルサスやハイゼンに漏らすことはないとローヴェントには言い切れた。
 テーブルの向かい側に座ったエリクは、大好きなドーラベルンコーヒーを入れて、その香りを味わいながら、ローヴェントと談笑していた。二人の兄はコーヒーが苦手だったが、その豆から挽いたコーヒーの香りは、とても香ばしく、リラックスした気分にさせてくれる。
 ローヴェントが何気にホットケーキをパクパクと口にしていると、二枚重ねのそのホットケーキも、残すところあと一口となっていた。
「ローヴェント兄様が、そんなに食べるのって珍しいですね。カルサス兄様なら、五、六皿はペロっといっちゃいますけど」
「ああ、すごく美味いよ。出来れば、もう少し食べたい気分だよ」
「煽てられては、張り切らないわけにはいきませんね!! 待っててくださいね、すぐに焼いてきますからっ」
 エリクはそう残して、キッチンの方へと向かう。
 ローヴェントは、カルサスには悪いが、少しだけエリクを独占させてもらうことにした。
 静かに更け行く夜に、暖炉からは耳慣れたパチパチッという音が聞こえ、それを意識して聞いていると、室内はより温かな暖色の光に満たされていく感じがした。
 暖炉の横に置かれた揺り椅子で、編み物をするエリクの姿を想像すると、大事に懐にしまっている毛糸の手袋からも、彼女の温度が伝わってくる気がした。
 ローヴェントは、エリクの新しく焼いたホットケーキを子供のようにパクパクと頬張り、あまり遅くならないように気を付けて、「美味しかったよ」と言葉を残し、彼女の部屋を後にした。

 それから、数日後。
 間もなく、エリクは十六歳の誕生日を迎えようとしていた。
 この日の夜、十二時の鐘が鳴ると同時にエリクは晴れて十六歳となる。
 王都エーザヴェスも、降り積もる雪に閉ざされ、人々の姿を見ることもない。
 この日、初めてレトレア織の絹地のドレスを身に付けたエリクは、特別に二人の王子から、豪華絢爛な造りの謁見の間へと招かれた。
 この謁見の間は、レムローズ王国の宮廷中でも最も上等な造りの空間になっており、二人の王子たちはこの広間へと繋がる全ての場所を一気に借り切ることで、エリクをその白いドレス姿のまま、誰の目にも触れることなく、この場所へ招き入れることが出来た。
 警備はハイゼン候、自らが進んで指揮を奮い、辺りはこの上なく万全な状況にある。
 たった三人の姿しかいない謁見の間は、あまりに広すぎるともいえたが、レムローズ王国の贅の限りを尽くしたこの最高の舞台で、二人の王子たちはエリクの晴れの姿を見届けてやりたかった。
 エリクは、金銀の敷き詰められた壁や床、宝石を星のように数多散りばめた天井と、この眩いばかりに華美な空間に、目のやり場に困るほどだったが、何よりその場所で一番の輝きを放っていたのは、当のエリク自身である。
 レトレア織の絹のドレスは、まるで花嫁衣裳のように上品な仕上がりで、エリクはそれを完璧といえるほどに着こなしていた。
 最高級のドレスの白い絹地は、辺りの煌びやかな光を吸い込むように様々な艶色を放っている。
 広間の中央には、二人の王子たちが用意した長方形の晩餐用のテーブルが置かれており、プラチナやゴールドの装飾がなされたそのテーブルを、色とりどりの素晴らしい料理や最高級のシャンパンが彩っている。
 給仕を必要としないよう、事前に全ての料理が盛り付けられているようで、それでも温かいものは温かいまま、冷やしたものは冷たいままで頂けるよう、様々な工夫がなされている。
 エリクは、こんな豪華な食卓など見たのも初めてで、その席は四つ設けてある。
 うち、一つはハイゼン候のものだろう。
 様々な嗜好が全てエリクには嬉しかった。
 喜びが溢れ出すエリクの表情を見て、二人の王子たちはご満悦な様子だ。
「お兄様方、わざわざこんな私の為に、こんなにも嬉しい宴の席を用意してくれたことを、心より感謝します」
 エリクはそう言って深々と一礼する。
 すると、王国で一番の晩餐会場となったこの広間で、カルサスはエリクに言った。
「さあ、堅苦しい挨拶は抜きだ。ハイゼン候がいらっしゃるまでは、まだ時間がある。まずは一曲、踊ってくれるかな、エリク姫」
「はい! カルサス兄様」
「兄貴、なるだけリズムのいいヤツを頼むぜ」
 カルサスの注文に応えるように、ローヴェントはその肩にバイオリンを乗せると、右手に弓を持ち、軽やかにダンス曲を奏で始める。テンポは良いが、上品な音色が室内を満たす。
 カルサスは、ダンスがあまり得意な方ではないが、ハイゼンに仕込まれたエリクのダンスはまさに完璧で、エリクは上手にカルサスをリードした。
 ローヴェントは次々と美しい音色を自慢のバイオリンで奏でるが、自分が踊る時は誰が楽曲を奏でてくれるのかと、ふと思う。
 カルサスは、リコーダーですら戦闘用の角笛に変えてしまうほどの音痴だ。
 結局、ピアノの名手であるハイゼンが来るまで、自分の番は回ってこないことに気付くと、ちょっとだけ萎えた。
 しかし、これほどまでの笑顔を振りまいてくれるエリクの、その清楚で可憐なステップを見ていると、ローヴェントはそんな些細なことなど、どうでもよくなった。
 まずは、集中して丁寧に、曲を奏でようとするローヴェント。
 そうしている内に、ローヴェントが待ち望んだハイゼン候がやって来たので、ようやく、手が痺れるほど弾いたバイオリンをケースにしまうことが出来た。
 すると、カルサスはさっさと宴席に着いてしまい、次いでエリクも席に着いた。
 するとハイゼンも、三人に軽く挨拶を済ませ、すぐさま席に着いてしまった為、結局、ローヴェントもハァ、と肩を落として、流されるように席に着いた。
 ハイゼンは、エリクに言う。
「今宵のエリク様は、また一段とお美しい。まだ、十二時の鐘を迎えるには、あと二時間ほど時間がありはしますが、まずはこのめでたき日に祝杯を挙げましょうぞ!」
 そう言ってハイゼンは、手にしたサーベルでシュポン!! と、シャンパンの口を落とすと、二人の王子の杯にシュワっと発泡する淡い琥珀の液体を注いだ。
 それとほぼ同時にカルサスがシャンパンの口を落とすと、それをハイゼンの杯に注ぐ。
 そして、最後にローヴェントが手にする緑色の瓶のシャンパンの口を彼が落とすと、男たちは一度、席を立ち、エリクを囲むようにして、三人一緒に手にしたそのシャンパンをエリクの杯に注いだ。
 緑色の瓶のシャンパンは、風味を損なわずにアルコール分を0%に抑えた特注品で、未成年のエリクに酒を飲ませる事を許さない、頑固オヤジのハイゼンの用意したものだった。
 やはりハイゼンにとっても、エリクは我が娘同然に可愛かった。
 乾杯の音頭を取ったのは、お調子者のカルサスであったが、宴は大いに盛り上がり、割とかたい方のローヴェントもハイゼンも、今夜ばかりはと幾つものシャンパンを空にした。
 男たち揃ってがほろ酔い気分になると、ハイゼンは「娘は誰にもやらん!」と言い張り、カルサスは、ハイゼンに「お父さんと呼ばせて下さい!!」などと、冗談なんだか本気なんだか分からないことを口々にした。
 ローヴェントは酔ったせいで、エリクをみるたび顔を赤面させていたが、エリク自身はこんなにも楽しい宴を用意してくれた二人の兄と、師であるハイゼンに心よりの感謝をしていた。
 楽しい時間の過ぎ去る早さをエリクが感じていると、次第に宴もたけなわとなり、間もなく、誕生日である十二時の鐘の音の鳴るその時を迎えようとしていた。
 二人の兄とハイゼンはゆっくりと席を立つ。
 その様子は今までと違い、酔った様子など微塵もない。

  ゴォーーン! ゴォーーーン!!

 と王宮の時計台にある鐘が、エリクの十六歳の誕生日を告げる。
 三人は声を揃えて、とても大切な想いを込めてこう言った。
「ハッピーバースデイ、親愛なるエリク姫」、と。
 刹那、三人は一斉に同じ方向へと振り返り、各々の腰に帯びた剣を抜刀する。
 その時、エリクも敏感に感じ取った。
 三人の視線のその先に迫る、その恐怖を。
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