ダークフォース続き(仮)新規です

ダークフォースDFと続きに仮セカンド。
新規とDF追加再編です

ダークフォース 第三章 Ⅲ

2010年06月23日 00時04分26秒 | ダークフォース 第三章 前編
   Ⅲ

 北西のノウエル叡智王(皇帝)領と、南西のティヴァーテ剣王国に挟まれる形で存在している西の国、セバリオス法王国。
 アレスティルがレーナによってこの国に連れて来られてから、もう三年の月日が流れていた。

 大陸暦4096年。季節は、春。

 一昨年、争いによってスレク公国が滅ぼされていたが、
 このセバリオス法王国内は、そんなことさえ感じさせないほどの平穏を保っている。
 現在の法王が、歴代の群を抜く卓越した政治手腕の持ち主で、
 また商人たちの扱いも巧みな為、商業が盛んで国は富んでいる。
 現法王が女性であることから、国民や信者たちは彼女の事を敬愛の念を込めて、こう呼ぶ。

  『女教皇・アセリエス』と。

 彼女は主神であるセバリオスの神託によって選ばれた。
 神託によって女性が法王に選ばれたのは、アセリエスが初めての事であったが、彼女は忠実にその大役をこなし、実力でその地位の相応しさを人々に知らしめた。
 彼女の年齢は不明だが、見た目に二十歳くらいに見える。
 その外見は、端正な顔立ちに長い黒髪。
 とても美しく、華やいだ容姿の持ち主で、左右の目の色が違う。
 右目が緑で、左目は真紅。
 その神々しいまでの姿に信者は圧倒され、その美貌に憧れを抱かせた。
 在位して100年は過ぎたはずなのに、
 その艶やかさは失われるどころか、さらに磨かれている。
 それは、人々には奇跡のようにも見えたし、その姿は、まさしく神から使わされし、天使のようでもあった。
 中には、容姿の似た者を何代も入れ替えさせているのだと揶揄(やゆ)する者もいたが、
 そんな言葉を耳にする度に、アセリエスは嬉しそうに微笑んだ。

 「ワタシを讃える声が、また聞こえるワ」、と。

 彼女は、セバリオスを祭るその大神殿の最深に在る。
 絢爛豪華な衣装にその身を包み、数多の金銀財宝を散りばめたその煌めく広間に、選りすぐりの美しい小姓たちを侍らせている。
 アセリエスは、その中でも最も豪華な細工のなされた赤い椅子の上で膝を組み、その指先を広げ、爪をお気に入りの近習に丁寧に磨かせている。
 彼女は、善人とは程遠い性格をしている。
 故に欲深くもあったが、賢くもあった。
 国益の為なら、平気で少数を見捨てる事が出来たし、より対価を与えてくれる者たちに、その慈愛を分け与え、何もくれない人々は、彼女のその異なる色をした両目には映ることすらなかった。
 彼女は豪商たちととても気が合ったし、些細な事を気にする方でもなかった。
 より多くの富を捧げる者により微笑み、彼等の見られたくない部分にはその瞳をそっと閉じてあげた。
 レーナは、彼女のこの性格を理解した上で、この女教皇に仕える道を選んだ。
 アセリエスはレーナの事を特に気に入ってもいなかったが、その能力は高く評価しており、彼女のその働きに応じて、弱者を救済するような真似もした。
 アセリエスは、取引に関しては至って誠実である。
 レーナの活躍が目覚しいものであればあるほど、アセリエスの慈愛は国の内外に高く鳴り響く。
 この頃のレーナの勇名は、他国に知れ渡るほど高まっており、女教皇アセリエスにとっても、その利用価値は日に日に高まっていた。
 彼女の、アセリエスの美しき世界を守る番犬として、いまや欠かせない存在になっていると言ってもいい。

 薔薇の宮殿と呼ぶに相応しいほど美しく飾られた大神殿内は、まるで主神セバリオスではなく、女教皇アセリエス自身を奉っていると言って程に贅の限りが尽くされている。
 彼女は美しいものを愛していたし、欲しいモノは奪ってでも手に入れる性格だった。
 そんな彼女の、悪趣味なまでに国の財産がつぎ込まれた豪華な一室で、アセリエスは一人の客の相手をしていた。
 部屋はさほど広くもないが、もぎたてのスウィーツのように甘く良い匂いのする香木がたかれており、赤一色に彩られたこの部屋を、とても居心地のよい場所に変えていた。
 部屋の色と反するように、緑のレトレア織のドレスをその身に纏ったアセリエスの姿は、高貴な貴族の婦人のようであり、俗物的である。
 一方、テーブル越しに座るのは、ノリのきいた白い礼服にその身を包んだ銀髪の男。
 魔王軍四天王筆頭の、マイオストである。
 アセリエスは給仕たちに茶の支度をさせると、即刻、彼等を退室させ、二人だけの空間を作った。
 アセリエスのその存在は、見る者の言葉を奪うほど圧倒的で、絶世の美しさである。
 そのアセリエスに向かって、マイオストは用意されたレトレアンティーを口にしながら淡々とこう言った。
「まるで、クジャクのような感じですな」、と。
 アセリエスは、その言葉にフフッと笑う。
「それは褒め言葉と受け取ってよいのかしら。ガイヤート卿には、この私は羽飾りという名の財を幾つも背中にさしたような女に映っているみたいだわ」
 マイオストはこちらの世界では『ガイヤート』の名で、希少品を扱う商人ということになっている。
 アセリエスにとって、彼との取引で得られる物は、大変な貴重品であり、その心を揺り動かされた。
 その果実を前に、アセリエスにとってマイオストの正体など、特に気を惹かれるモノではなかったし、他人の事情にむやみに首を突っ込まないその寛容さも、彼女の才覚の一つと言えた。
 マイオストは、女教皇の御用商人ガイヤートとして、このセバリオス法王国に度々、潜入している。
 アセリエスはその地位を利用して、巧みな情報操作を用い、各国に影響を与える抜群の政治手腕を持つ。
 故に大陸の動向を探るには、彼女の近くに居るのが手っ取り早いとマイオストは考えた。
 マイオストは、商人ガイヤートとして、彼女に向かってこう口を開いた。
「猊下には、このガイヤートに次は何を持てと仰られるのです? ありとあらゆる天上天下の財宝をすでにお持ちのようにも見えられますが」
 アセリエスは重厚で深みのある木製の椅子に座っており、その腕木に頬杖を付くと、無数の蝋燭の光を反射させた赤と緑の瞳で、マイオストの方を見つめた。
「アセリエスと呼ぶがよい。公務でもないのにそう呼ばれては肩がこる」
「では、アセリエス様。この私はあなた様の為に、次はどのような嗜好を凝らせばよいのでしょう。竜などを倒して、若返りの果実などを手に入れて来いと?」
 その言葉にアセリエスはニヤリと口元を緩めた。
「フフフッ、それでは私が自ら老い朽ち果てようとしていると、周りの馬鹿どもに言い触れて回るようなものだのぅ。・・・ククッ、そういう冗談が言えるから、そなたは私のお気に入りでいられるのだ。世の中には様々な悦楽がある。手に入れること、愛でること、時には指をくわえてただ眺めること、・・・そして、奪い、奪われること」
 マイオストは頭を掻きながら、アセリエスにこう答えた。
「お言葉に感謝いたします。・・・しかし、怖い方だ。あなた様が、かのティヴァーテを焚き付けて戦争までしたがるその理由とは、一体、何なのでしょう。そのような大事、我が身が知るには恐れ多いことではありますが」
 アセリエスはマイオストその言葉に顔色一つ変えずに、テーブルに置かれた小振りのリンゴを手にし、それを一口かじるとこう言った。
「今日もまた、運が良いようじゃ。実はみずみずしく、糖度も十分じゃ。何より、毒が入っておらぬのが良い。さあ、ガイヤート卿も召し上がられよ」
「ハハハハハッ! やはり肝が据わっておられますな。では、私はその白桃を頂くとしましょう」
 そう言ってマイオストは手にした白桃に勢い良くかぶりついた。
 とてもやわらかで、青い香りが鼻を抜ける頃には、じゅわっと甘い桃の味が口中に広がる。
 ただの成り上がりの豪商や、親の財を引き継いだだけの人間では、彼女の言葉に躊躇う者ばかりで、アセリエスの気分を冷ますだけだった。
 実際、この手のやり取りの中、死んでいった者の数は少なくはない。盛り付けられたどの果実に毒が仕込まれているかは、仕込んだ本人にしかわからないからだ。
 アセリエスの存在を疎ましく思う人間は、内にも外にも五万といた。
 彼女はその職務には至って健全であり、聖職者たちの不祥の行いを厳しく罰した。
 彼女はセバリオス教の教えに忠実であり、利権に腐る者たちは躊躇わずに粛清する。
 彼女が豪商たちと仲良くするのも、一つは治安を考えての事である。
 豪商たちは喜んで、聖都を守る兵を出してくれるし、交易の安全の為には金を出すのを惜しまなかった。
 こうして、儲かる者を儲けさせ、その利益をアセリエスは自らに貢がせた(大半は勝手に貢がれている)。
 その金額は巨額であり、アセリエス自身はその為、潤沢な資金を保有する。
 彼女は、法王国の公金に手を出す必要すらなかったし、その行為は、彼女の高いプライドが許さなかった。
 単にパワーゲームをアセリエスが好んでいるだけの事で、彼女は、そのゲーム自体にはとてもフェアである。不正は彼女を冷めさせるからだ。
故に、ささやかなれ教団内で権力を握った者たちにとっては、彼女の存在は強烈で、憎憎しいほどである。
不正を働こうにも、アセリエスを支持し、彼女の目となる者たちも多かったからだ。
彼女は、この蠢く欲の中で平然として生き残ることで、より赤く、美しく咲き誇っていた。
彼女の行いは強引だが、それによって救われた者も数を知れない。
 アセリエスは弱者たちからは比較的慕われている。それは、彼女の演出が巧みなせいだ。
 スラムの子供たちの為にわざわざ法衣を纏って会いに行き、明日の糧を施し、未来を生きる為の知恵を教えたりもする。
 その時のアセリエスの純白の法衣姿はまさに聖女であるが、高圧的な態度は変わらないし、言葉遣いも決して甘いものではない。
 近寄りがたさを持ちながらも、法王としての品格は保たれており、それが逆にアセリエスの存在を民たちに神々しくも魅せた。
 アセリエスは、合理的に信者を獲得する行いをしているだけで、特に信者やそこに暮らすものたちを愛しているわけでもない。
 彼等の心からの感謝の言葉も、アセリエスの耳に届いているかは分からない。
 アセリエスは人々の事をまるで物か何かの様に見ている為、施しという投資をした以上、それに対しての対価には期待をしている。
 効果的に、
 「ワタシの善政を触れ回りなさい」、と。

 アセリエスは、かじりかけのリンゴを金の取り皿に置く。
 彼女は銀器を決して使わない。
 銀は毒を見抜くのには適しているが、いちいち毒見などをしていては、暗殺者により狡猾な知恵を付けてやるようなものと、彼女は、猿知恵しか持たぬ馬鹿者どもを鼻で笑っている。

 アセリエスは単に気まぐれで、マイオストのその問いに答えてやる事にした。
 どうして、争いの種を蒔きたがるのかという事に。
「フフフッ・・・。まさか、あのバルマード王が最愛の王子を皇帝に差し出すとは思わなんだが、我が国は皇都レトレアへの通り道である。とても美しい王子なので、暫く留め置くのもよいかも知れない。じゃが、これでは答えにはなっておらぬな」
 いえいえと謙遜するマイオストに、アセリエスは少し何かを思い出すようにして左上の方を見た後、こう話を続けた。
「正直、フォルミと戦いたかったのう。相手は誰でもよいのじゃ、我が国の戦士・レーナを倒してさえくれればのう」
 アセリエスの言葉は、マイオストには理解し難いものだった。
 自国の最高の戦士を失うことに、何の意味があるのか。
 彼女は優秀な戦士で、同じ戦士としては大きく実力の差のあるガルトラント王とも、御前試合で対等に渡り合ったほどの実力者だ。かの苛烈候ハイゼンにも、法王国に『戦乙女・レーナ』ありと言わしめた戦士だというのに。
 アセリエスは話の先を聞きたそうな顔を一瞬見せたマイオストに、口元を少し緩ませてこう言った。
「レーナは良い戦士じゃ。まさに天才じゃのう。さして嫌っているというわけでもない。じゃがの、私は生まれて初めて、欲しいと思ったものがある。その思いは願いとさえ言えるほどに強い」
 そう語るアセリエスの瞳と、マイオストの瞳が一瞬、交差する。
 この時、マイオストは、彼女の言葉の意味を理解した。

 その深く艶のある、
 まるでルビーとエメラルドの輝きを放つアセリエスの両の目が、
 彼女の渇望を映し出す。

 そう、
   「勇者、アレスティルが欲しい」、と。


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