熟年の文化徒然雑記帳

徒然なるままに、クラシックや歌舞伎・文楽鑑賞、海外生活と旅、読書、生活随想、経済、経営、政治等々万の随想を書こうと思う。

ジェフリー・サックス著「世界を救う処方箋」

2012年10月30日 | 書評(ブックレビュー)・読書
   この本の原題は、「Price of Civilization   Rewakening American Virtue and Prosperity」。
   Priceをどう訳すかが難しいのだが、仮に、「文明の代価 アメリカの美徳と繁栄の覚醒」と言うことであろうか。
   冒頭から、「アメリカの経済危機の根底には道徳の危機、すなわち、アメリカの政財界のエリートの、公民としての美徳の崩壊、がある。」と述べて、「富者や権力者が、他の社会や世界に対して、敬意や誠意や思いやりを持たずに振舞えば、市場や法律や選挙と言った社会は、十分に機能しなくなる。」と畳み掛けている。

   現在のアメリカ経済は、社会のごく一部の人間の要求を満たすためのものに成り下がってしまって、最早、アメリカの政治は、公明正大で分かり易い問題解決によって国家を軌道修正出来なくなっている。
   アメリカのエリート、中でも、大富豪や会社のCEOやわが同僚の多くの学者たちの中には、自分たちが当然果たすべき社会的責任を放棄しているものが沢山いる。彼らは、自分たちのための富と権力を追求し、社会のほかのものたちは、取り残されてしまっている。
   サックスの論点は、モラルが崩壊してしまったアメリカのエリートたちが、人間としての原点に立ち返って、自分たちの美徳と誠意と思いやりを、社会全体のために捧げる気持ちにならなければ、アメリカ社会は、崩壊してしまう、最も重要なことは、アメリカ人が、それぞれに、良き市民としての様々な行動によって、文明の代価(Price of Civilization)を支払うことであると言うことであろう。

   また、自分が最も敵視するのは、貧困であって、蔓延する貧困の上に金持ちが居座っている状況で、貧困の軽減や解消に繋がりそうな教育、育児、職業訓練、インフラなどへの公共投資を増やすと言うことであれば、金持ちのための減税は不道徳であり、逆効果であると言う。
   アメリカの異常な格差の拡大と貧困の増大が、アメリカ社会そのものの根底を蝕みつつあると言う強烈な危機意識のみならず、国土そのものの崩壊をも憂えている。
   サックスの主張は、これまでに、書評や経済関係のコラムで何度か論じているのだが、ポール・クルーグマンやロバート・B・ライシュの見解に近く、非常にリベラルであり、レーガン大統領の政治経済政策やレーガノミックスを徹底的に嫌っていて、混合経済こそ、最も有効な経済政策だと説いている。

   かって、クルーグマンは、「格差はつくられた」で、ルーズベルト時代のニューディール政策を、大恐慌からの経済浮揚改革と言う見方としてではなく、C.ゴールディンとR.マーゴが、1920年代から50年代のアメリカで起こった所得格差の縮小、つまり富裕層と労働者階層の格差、そして労働者間の賃金格差が大きく縮小したのを「大恐慌 THE GREAT DEPRESSION」と引っ掛けて「大圧縮 THE GREAT COMPRESSION」と呼んだのを引用して、ルーズベルトの福祉国家政策的な所得格差の縮小が社会と政治を質的に変化させ、1960年代初頭までの、比較的平等で民主的な中産階級社会を生み出したと言う見解を展開していたのだが、ニクソン時代からおかしくなり始めたアメリカ経済を、レーガンが、無茶苦茶にしてしまったということであろうか。
   私がアメリカで勉強していた頃、アーサー・B・ラッファーなどのサプライサイド経済学が、台頭し始めて、その後、一気にレーガノミックスに突き進み、レーガンやサッチャーの自由競争と市場原理主義経済の全盛時代に入って行った。
   結局、その行き過ぎが、企業経営者をグリーディでモラル欠如に変貌させて、ウォールストリートに乗っ取られたアメリカ資本主義を窮地に追い込んでしまった。

   そこに登場したのがオバマで、Change, We canと連呼して、アメリカ国民の期待を一身に集めてオバマ政権がスタートしたのだが、「大統領就任以来、初めて証券取引所の鐘が鳴る前から、ラリー・サマーズが率いる大手金融企業寄りのチームをホワイトハウスに招き入れて」、大手金融企業よりの政策を遂行・・・選挙資金を貰っているのだから、当然と言えば当然だが、サックスは、ウォール街、ロビィスト、軍部が政治権力の中枢に居座っている以上、オバマも現状維持路線がやっとで、期待外れで多くは望めないと言う。
   しかし、市場原理に基づく自由競争でアメリカ経済を活性化できるとするロムニーに賭ければ、サックスの説く悲劇の上塗りとなり、益々、格差拡大と貧困が深刻化して行く。
   日本の政治のように、第三極の大連合が必要だと言うことであろうか。

   この本で、サックスは、企業の利権と利益追求のための企業のロビー活動が如何に強烈に議会に圧力を加えてスキューして、アメリカの政治を牛耳っているのかを、アメリカ政治のコーポレートクラシー(企業統治体)と言う言葉をコインして、有力企業などの圧力団体が政策アジェンダを支配する統治の形態を克明に描いている。
   もう半世紀以上も前に、アイゼンハワー大統領が、産業と軍部の癒着を軍産複合体として、その危険性を警告していたのだが、今日のアメリカのロビー活動など色々な手段を通じての産業と政治との癒着は、はるかに深刻で、日本の政官財のトライアングルの比ではなく、アメリカの政治経済社会を極度に蝕んでいると言うことであろう。

   尤も、サックスは、アメリカの将来については悲観はしておらず、「美徳と繁栄の覚醒」のために、「効率的な行政のための7つのルール」など色々な提言やその処方箋などを説いている。
   そして、立ち上がれ!と、ミレニアム世代にエールを送っている。
   しかし、私は、ICTや金融革命で引き起こされたような、まやかしであったとしても、アメリカが新しい産業革命を生み出さない限り、サックスの説くアメリカの美徳と繁栄、少なくとも繁栄の覚醒は、遠い夢として終わってしまうような気がしている。

   最後に、この本は、他山の石として、日本の為政者や指導者にとっても必読の本であることは間違いないことを付記しておきたい。
   
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