読書など徒然に

歴史、宗教、言語などの随筆を読み、そのなかで発見した事を書き留めておく自分流の読書メモ。

町はマチかチョウか

2007-09-30 14:36:12 | Weblog

「日本語相談」井上ひさし著から
町はマチかチョウかと言う質問を受けて作家井上ひさし氏が調べた。その呼び方に規則性や約束事はないようだとしながら行政区画上の「町」ではその呼び方にはっきりした傾向が有ると言う。氏が「新日本分県地図・全国地名総覧/昭和60年度版」と言う日本で一番詳しい書物を調べたところ、北海道には156の町が有って全てがチョウと読ませ、例外がただ一つ函館本線にある森町で、ここだけが森マチと読ませるのだそうだ。ところが本州青森県に来ると事情は一変して、この県には34の町が有るが階上町(はしかみチョウ)を除き33がマチと読むそうだ。岩手県と宮城県が両者入り乱れ、秋田、山形、福島、茨城、栃木、群馬、埼玉、千葉、神奈川、新潟、富山、石川の各県にはチョウと呼ぶ町が一つもないそうである。東京都には7つの町があるが全てマチでチョウと呼ぶのは一つもないと言う。この項続く。

続「国字」

2007-09-29 14:58:00 | Weblog

岩波漢語辞典だけでも木部杣(そま)、柾(まさ)、椛(もみじ)など、魚部で鮲(こち)、鮴(ごり)、鯑(かずのこ)などがある。こうした国字が出来る理由は、日本は中国から漢字を輸入したが中国に無い日本特有の物や概念は漢字で表現し得ず、漢字に似せた文字を作成し使用する事にした。それが国字である。辻、峠、躾、裃、鰯など多く、中国に逆輸入されて使われている文字もある。その国字の多くは会意で二つ以上の文字の意味的な組み合わせである。畑は火+田で焼畑の歴史を示している。上記の辻、峠、躾なども。意符と音符を組み合わせたものが人+動で働、字形の組み合わせで、文の草書体+片仮名のメが匁(もんめ)になると言う三つの国字作成法が有る。ついでながら漢字の熟語で中国には無く日本で作られた漢字熟語も多く中華人民共和国と言う中国の正式国名の内、人民も共和国も日本製漢語熟語だそうである。

国字

2007-09-28 14:50:11 | Weblog

常用漢字の制定で国字は殆ど使われなくなったと井上ひさしが書いている。国字はどれくらいの数が有るのか、彼は「岩波漢和辞典」を調べて見たそうだ。一つ一つ数えて121字有ったそうだがその辞典の中には(すぎ)、聢(しかと)、鰙(わかさぎ)などは無かったと言っており、その数は正確にはわからないそうだ。日本最古の漢和辞典「新撰字鏡」(全12巻)には429字が収められている。この編者は9世紀の昌住と言う学問僧で平安時代初めのこの辞典にこれだけ多くの国字が載っていると言う事は奈良時代から国字が作られ使われていたと見るのが一致した意見だと言う。

代用字

2007-09-27 13:31:59 | Weblog

以前、保育の保と言う漢字の成り立ちについてブログに書いた事があった。その保育の保は実は代用字である事に意識がなかった。国語審議会において、1956年7月5日に発表された代用字とは、当用漢字内にない漢字を含む熟語を当用漢字内の漢字に書き換えるものである。保育の保は哺育が置き換えられたもので、斑点は班点に扮装は粉装に代えると言う指針が示された。欲という漢字の熟語は本来、食慾であり物慾のように書かれるが、慾は常用漢字内にないため、食欲、物欲の様に表記される。慾という漢字が使われる全ての熟語に使用される。熟語を特定して書き換え方を指定したものが代用語であるが後に常用漢字表で追加された漢字については書き換えが指定されていてもしない事になっている。磨と妄など文字である。誤字では、と思えるものが代用字として認められているのである。


読書感想文

2007-09-26 10:26:33 | Weblog

読書週間が近づいていて、ある図書館で自分が読んで、推薦出来る本を紹介する小文を書く事を求められた。それは結局、読書感想文のようなものになるのだろうと思ったが一応、その小文を書く用紙だけを貰って帰宅し、その用紙は使わず翌日パソコンで文を書き図書館宛ファックスした。今年は漢字の成り立ちについての本を多く読み、それに付いて書いたがその用紙はB5サイズでそれに比較的幅の大きめの罫線が引いてあり、別の用紙を使って書いたが長文にはしない方が良いだろうと思った。漢字の成り立ちについての本は甲骨文字から説き起こされるので象形文字のフォントも欲しいなどと考えながらその小文を書いた。

体と身

2007-09-25 09:36:02 | Weblog

平安時代の女流文学である「源氏物語」や「枕草子」には「からだ」と言う語は出てこないそうだ。男性の書いたものには出て来るようだが。女性は「からだ」と言う語を使いたいときには「身」を使った。「体」と「身」では意味が違うと金田一春彦氏が書いている。体は胴が有り、手足がついた肉体を言うが「身」は着物を着ている状態を言う。「身なり」、「身ごしらえ」「身支度」など着物を着た姿を言い、「身のまわりの物」とは着物を着ている人が手に持つ品々であると。「身」や「体」と言う漢字の成り立ちも調べて見たいと思った。

日本蕎麦で一杯

2007-09-22 22:15:51 | Weblog

少し前、NHKの番組で「お江戸でござる」と言うのが有った。その番組でドラマの後、江戸庶民の生活について杉浦日向子と言う若くして亡くなられたが、その人の色々な解説が有った。これが楽しみでよくこの番組を見ていたものだ。興行としての相撲は江戸時代から始まり、女はその頃、相撲は見られず、それが出来るようになったのは明治になてからだとか、その頃の江戸の町の人口は130万人ほどでロンドンやパリを遥かにしのぎ世界一だったとか(人々の識字率も世界一だった筈)そんな後の解説が面白かった。その番組と同名の彼女の本が有って読んで見ると彼女が昼下がり蕎麦屋で蕎麦を食べながらチビリチビリと酒を飲むときが至福のときだと書いてあり、「蕎麦で酒かぁ?」とこれも面白かった。こんどやって見ようと思っている。

何故、清音が濁音に?

2007-09-22 14:25:59 | Weblog

「井上ひさしの日本語相談」から
夫婦けんかが夫婦げんかに、勉強つくえが勉強づくえに、清音が濁音になるのは読経が輸入され、それが耳に美しく荘厳に響く読み方を探し求めた頃から始まったのでは、としながら、清音から濁音に変わるニ、三の法則があるとこの本は紹介する。例えば
「前の語が後の語を説明しているようなときに連濁が起きやすい」
  夫婦のけんか→夫婦げんか、子供のつくえ→子供づくえ、麦のはたけ→麦ばたけ
 しかし星のくずはほしぐずにはならない。これは「後の語の第二拍、第三拍に濁音がある場合は連濁は起こさない」と言う法則が働いているからと言う。
 また前の語と後の語が対等の関係で連続する場合は連濁は起こりにくいと言う傾向も挙げている。山と川では、やまかわ。草と木では、くさき。やまがわ、くさぎとはならない。ほかに「ん」で終わる語でも濁りやすく、番傘はばんがさ、「擬態語、擬声語では起こらない」「促音(ツ)の直後でも起こらない」などが挙げられている。

桔梗の和名は「アリノヒフキ」

2007-09-21 09:30:46 | Weblog

日本自生の植物にも拘わらず中国語で呼ばれるものが有る。桔梗もその一つで、それは中国語だそうだ。「本草和名」と言う平安時代の植物辞典によれば桔梗には「アリノヒフキ」と言う和名が付けられている。桔梗には面白い性質が有るらしく、道端を走っている蟻をこの桔梗の花で叩くと蟻酸のためか桔梗の紫の色が赤く変色すると言うのだ。まるで蟻が火を吹いたようになるところから「アリノヒフキ」の名が付いたと言う事である。ちなみに日本自生の植物で中国語で呼ばれる植物にショウブ、リンドウ、スイセン、クコ、オウレン、ジュンサイなどが有り、それにスイレンも。

ト音記号

2007-09-20 09:51:17 | Weblog

故藤山一郎は生前、手紙を出すとき封筒の綴じ目に〆とも封とも書かなかった。代わりにト音記号を書いていたそうだ。ト音記号は戦前「ト字記号」と言い、音楽でトの音を表す記号と言う意味だった。藤山一郎はこれを「閉じる記号」とシャレテ使っていたのだった。金田一春彦も彼からこの記号の付いた手紙を貰っていたが長い間、藤山に言われるまでそのシャレに気が付かなかったそうだ。