思い出話。東京で野宿したことがある。
高校三年の時、夏休みで寄宿舎から在郷の実家に帰っていた友だちの家に泊まりに行くと言って、夜汽車で上京した。
銀座、浅草、新宿などお上りさんよろしくぶらついて夜になった。親戚がいないから泊まるところがない。宿屋にはカネが乏しいこともあるが、泊まる勇気もない。
それで皇居に近い公園らしいベンチで過ごすことにした。後で知ったがそこは北の丸公園だった。アベックがたくさんいたのに驚いた。その頃はアベックの様子をのぞき見する者がいるとは知らなかったが、一人でいるのは場違いな気がした。
そこに警官が来て「家はどこか」と訊かれた。とっさに「新宿です」と答えると、「遅いから帰りなさい」と言われた。
家出と間違えられると思ったので、早々に公園を出て東京駅に向かった。そして、地下鉄につながる階段に座って一夜を過ごした。
その場所に新聞紙にくるまって寝ていた人が二人もいた。当時はホームレスとは言わない。浮浪者かルンペンと言ったか。その夜、はからずもその仲間になった。
高校三年の時、夏休みで寄宿舎から在郷の実家に帰っていた友だちの家に泊まりに行くと言って、夜汽車で上京した。
銀座、浅草、新宿などお上りさんよろしくぶらついて夜になった。親戚がいないから泊まるところがない。宿屋にはカネが乏しいこともあるが、泊まる勇気もない。
それで皇居に近い公園らしいベンチで過ごすことにした。後で知ったがそこは北の丸公園だった。アベックがたくさんいたのに驚いた。その頃はアベックの様子をのぞき見する者がいるとは知らなかったが、一人でいるのは場違いな気がした。
そこに警官が来て「家はどこか」と訊かれた。とっさに「新宿です」と答えると、「遅いから帰りなさい」と言われた。
家出と間違えられると思ったので、早々に公園を出て東京駅に向かった。そして、地下鉄につながる階段に座って一夜を過ごした。
その場所に新聞紙にくるまって寝ていた人が二人もいた。当時はホームレスとは言わない。浮浪者かルンペンと言ったか。その夜、はからずもその仲間になった。