まちみちふうけい

間もなく10年目も通過点

No.818 泉南の旅(5)・登録有形文化財巡りから旅の終わりへ

2017-09-16 21:10:25 | 文化財
おはようございます。





3月始め頃に和歌山から加太、岬町を経由、南海加太線、多奈川線、本線を各駅巡りしながら走ったきた泉南の旅も今回でやっと最終回を迎えることができそうです。前回は本線を各駅巡りして泉佐野市までやって来ました、あと残す目的はこのルートにある登録有形文化財を巡ること、今回はその時に撮った写真を一気に貼り付けました
















と言うことで早速ズラッと写真を並べました、例の如くそれぞれの建物がどんな特徴だと言うのはなしです、まあほとんどが人の家ですからねえ、それをどうのこうのとは一概には言えません。写真1枚目、2枚目は南海尾崎駅近く、3枚目は泉佐野駅近くにある建物、そこから下は貝塚市の中心地に近い所にある古い民家です。このゾーンで並べたのは主に府道204号線の西側にある建物、南海貝塚駅から少し離れた所で町を貫く府道は交通量が多くてせわしない所ですが、そこから一歩内側に入った所は空気が変わったかのような古い町並が展開していて、その町並の狭い範囲の中に上の写真にあるような家屋が集まっている。



















またまた写真を15枚以上もズラリと並べたのですが、こちらはさっきの町並とは府道を挟んだ反対側、南海貝塚駅に近い所の寺内町にある建物です。府道から少し上りとなった道を行くと写真1枚目、2枚目にある寺院があり、この界隈の中心としてそこを取り囲むようにして古い町並が展開している。寺院の前には観光案内版があり、寺内町巡りはこの地域から府道を越えてさっき巡った町の方まで続いている、とりあえずここからはその案内版にある経路を進んで行くことに、それが3枚目以降にある写真の風景です。貝塚市と言えば南海本線が通る市の中ではどちらかと言うと地味な存在、南海は特急は停まらないしJRも快速は停まらない。「貝塚」と言うと歴史で習う遺跡を思い出すが、この市域で貝塚の遺跡は見つかったことはないらしく、この町が海に近い塚だった地形からその名の由来になっているらしい。









この旅最後の目的地である岸和田市へと入りました。岸和田と言うと思い出すのが朝ドラ『カーネーション』奈良県出身の尾野真千子が一生懸命頑張っていましたが、この地の下品さが前面に出てしまっている感じはあまり好きではありませんでした。町並は見所がいろいろあって紀州街道や岸和田城近くを走るのはいいのですが、何か人はいわゆるだんじり気質が勝っている感じ、どうしてものイメージがあって、すぐに殴りにかかって来られそうで怖い感じがしてならない。まあそんなことは関係なしにここでも登録有形文化財巡り、それは上の写真にある通りです。ちなみに写真4枚目の建物は登録有形文化財ではありません、でもここに並べた写真の中では一番文化財っぽい感じはするんですけどねえ・・・。
そんなわけで朝に和歌山を出発してから何やかんやと目的を潰していきながら岸和田までやって来ました、ここから後はできるだけ交通費を浮かすために行ける所まで走るだけ・・・と言うことで紀州街道を一目散に時間が許す限り走ってどこまで来たかと言うと泉大津市を越えて高石市まで、最後は南海高石駅で今日自分(一人称)のわがままにつき合わせてきた相棒を休ませることに。それにしても高石の駅も高架化されて、と言っても半分だけだけど変わったなあ~仕事でよく来ていた馴染みのある駅なので何か寂しい気持ちになってしまった。今は交通事情が何やかんやで駅も高架化や橋上化されていくばかり、個性のない駅ばかり増えていくような気がしてならない・・・って旅の終わりがちょっと淋しい感じになってしまいました、また次回もお付き合い願えたらありがたいことです、今回はここまでとしておきましょう。         まちみち


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