とめどもないことをつらつらと

日々の雑感などを書いて行こうと思います。
草稿に近く、人に読まれる事を前提としていません。
引用OKす。

反省

2012-09-29 22:33:44 | 会社での出来事
私はこれまでの記事においてクダを巻き続けた。
これだけ仕事をしたのに、人の15倍も仕事をしたのに、自分が潰れるまで仕事をしたのに、なぜ評価されなかったのだろうかと。

物事の結果には複数の要因が含まれる。私は考える。この複数に渡ると思われる要因を分析し、未来に向けて予防する事で、同じ失敗は防げるのではないかと。
クダを巻き続けるだけなら誰にでもできるし、このままでは周囲に迷惑がかかる。私は私なりの敗因を分析し、未来に向かうべきなのではないだろうかと。

私は本名を公開しない。私の所属する組織も公開しない。ただ、私の経験した事について記さねばならない。これが社会的正義と呼べるかどうかについては客観的には分からないが、人が訴えるものとして正当なものではないだろうかと強く信ずる。但し、具体的な数字や名称、年月についてはある程度ぼかして書くし、守秘義務に抵触する部分は削っている。「会合、打ち合わせ、会議」や「親会社、親会社に当たる会社」など表記ゆれのある名称は、作業内容秘匿の為、事実に準拠していない事もある。ただ以下に書くことは、事実概ねこの通りである事を分かって頂きたい。

過去の記憶を整理すると、仕事の実績を出していた時代に私が評価されなかった理由は二つある。

この状況や理由を説明する前に、当時私が仕事をしていた環境について軽く触れておきたい。
その当時の私の立ち位置を簡単に書くと次のようになる。グループ会社が一番上に存在し、その下に私の会社の親会社に当たる会社組織が存在し、その下に私の会社がある事になる。
そのグループ会社以下の仕事を私は受け持っていたが、私はある時事故を発生させた。事故とは言っても死傷者が出るものではない。ただ、社組織の運営に支障を来たすものであるから私の責任が問われた。これが評価されなかった要因の一つである。
もう一つは実績の作業報告を分類別に何時間行った、という報告をするのだが、私の場合、雑務や調査などの作業時間がとある分類に一括で振り分けていた事が、グループ会社の課長に見咎められたとの事であった。
この二つを、当時の私の先輩であった方が私が評価されない理由として説明した。尚、説明を受けたのは、上記事故発生の数ヵ月後である。

これを一つ一つ整理してみると次のようになる。

2007年6月、グループ会社内でのとある仕事を私は受け持っていた。グループ会社の経営方針により、利益が出にくい為、それらの仕事は基本的に受注しない事になった。私はそうですか、じゃあ止めましょう、と言った。しかし親会社の兄貴分に当たる方より、「それだからと言って急に取引を止めていいの? 」という言葉をかけられた。それに私は同意した。顧客からの受注に関しては、要望承りの会議を通じて案件の提案がなされる。この要望承りは月に一回あったが、受注しないのであれば実施する必要は無い。ただし、この会は上記の親会社兄貴分の同意もあって継続した。グループ会社の立ち位置からは、この顧客との会合については禁止令は出ていなかったように思う。要望は聞くだけ聞くが、受注しないというスタンスだ。顧客との入り口は受注の前提に繋がってしまうのだから廃止すべきという考えと、顧客に無碍な態度を取れないというジレンマはあった。しかし、私は顧客の要望は出来るだけ聞いてあげたかった。
ただ私は愚痴をこぼした。「言っている事とやっている事が違う。出来るならグループ会社の主任である○○さんから、止めると言って欲しい」と。無論そのような権限は私には無い。
受注に関しても権限はグループ会社にあるので、顧客には「発注に関してはグループ会社主任の○○さんに連絡して下さい」と言った。
尚、グループ会社主任の○○さんへは顧客への要件伺いの実施については口頭で説明済みだったと記憶している。

2007年8月。受け持ちの仕事とは別プロジェクトで仕事をする。この時のプロジェクトでの仕事で作業量と取り纏め職位を出した所、自分はある程度の取り纏めをしておきながら、通常メンバーの15倍働いている事が分かった。
(ちなみに数年後、この事を自社の本部長に話した所、「いや、長時間だらだら働いている訳じゃないよね」と言われたので、他の人の仕事量と時間を引き合いに出し、「190時間で1の仕事をするのと、260時間で15の仕事をする、それでいて取り纏めをやっている。どちらが効率いいですか? 」と言った所納得して貰えた。)
思えば、私はこの時点で過労に達していたのだと思う。
親会社に当たる会社の人達は私を育てて頂いていた。それと同時に加減を知らなかった。私はそれに応えようと文字通り限界まで働いた。思えば親会社にあたる人達は、皆働くのが好きな人間であった。自分に鞭打っていたので、疲労と労働効率に関するマネジメントが皆無であった。

2007年11月。顧客から受注の話しが入る。それをグループ会社主任の○○さんが受けてしまった。先述の顧客との打ち合わせで既に出てしまった案件については断りずらかったのだろうし、顧客の要望は出来るだけ聞いてあげたいという私への温情もあったのだと思う。単位を明らかにする事はできないが、受注条件は単位0.3以下になるが、私と親会社兄貴分の出した見積もり結果はどうやっても0.7~0.9であった。これについて、私と親会社兄貴分がグループ会社主任の○○さんに相談しに行く。グループ会社主任の○○さんが言う。「今回変更する点以外のテストも含まれているのだろう、それ以外のテストはやらなくていいんじゃないか」と。ここでグループ会社主任の○○さんには否が無い。これは命令ではなく、提案ベースの意見だ。私はそれに同意した。テストを削って見積もりを作成しなおした。単位0.4になったがそれ以下には削れない。これを私と親会社兄貴分がグループ会社主任の○○さんに持って行く。日頃の私の仕事への真面目さが評価されたのか、あるいはグループ会社主任の○○さんの温情があったのか、見積もり条件を満たしていないがこの見積もりは通った。案件は受理され、グループ会社主任の○○さんの承認とグループ会社課長の○○さんの承認が通った。

2008年1月。変更を加えたものをリリース。事故発生。現象は、修正した以外の場所で起こった。削ったテストの部分である。

以上が事故の経緯だが、その後事故原因の究明の為の会議が行われた。「なぜ」を五回繰り返すというものである。周囲の温情判断などを除いて、私なりに冷静に発生原因を整理すると次のようになる。
・なぜ事故は発生したか?
→現場作業員である私が関連しない部分のテストをしなかったから。
・なぜそのテストをしなかったのか? 
→見積もり上数字を抑える為にそうした提案が出ていた。その提案に私が同意し、テストを削ったのは現場作業員(私)で、それを承認したのはグループ会社主任の○○さん、グループ会社課長の○○さんである。関連しない部分のテストを削ったのはグループ会社主任の○○さんに説明済みである。
・なぜ見積もり条件に合致していなかったのに受注したのか? 
→顧客との打ち合わせで、ある程度の所(発注の具体案)まで出ている案件について断る事ができなかったから。
・なぜ受注できない案件があると分かっているのに、顧客との打ち合わせを行っていたのか? 
→受注前は受注を断る具体的な数字が出ていなかった。また、顧客との打ち合わせを急に打ち切る事ができなかった。

よって、受注を断る為の組織内の体制整備が出来ていなかったというのが、私なりの答えになる。事故を起こした私本人が言える事ではないが、実際には誰の責任という訳でもなく、これから改善・構築すべき組織の体制を整えれば良い。

だが、実際の会議進行は違った。
グループ会社課長の○○さんとグループ会社主任の○○さんと私の三人で行われた会議では、なぜを五回繰り返した所、その五回のなぜとその回答全てが「現場作業員が悪い」という結論になった。テストに関しては、工数に含まれていなかったけれども、作業員がやっていなかったのが悪いという事になった。私なりにこの会議で決まった事を噛み砕いて言えば、作業予定に無かったけれども、現場作業員はちゃんと見えていない部分まで気を効かせなければいけない、という事になる。この点について私からの反論は無い。その通りで、もし私がきちんと見ていればこの事故は防げた。
私が言えた立場ではないが、ここでグループ会社の事故防止基本方針と、私が考えた事故防止基本方針が異なる事をきちんと整理せねばならない。グループ会社は人材レベルでの決まっていない事に関しても、裏の裏まで諸注意を個人レベルで見ておく事を主眼にした。私はシステマティックな組織運用の観点で事故を防ごうとした。
尚、私は現場より上の権限は無いので、上述の私が行った原因遡及はこの会議で言及していない。私は私の現場で起こった事を述べたのみだった。事実と違うのであれば、この会議記録のこの書面をちょっと引っ張りだして来て欲しい。ちゃんと言うべきだっただろうという意見もあるだろうが、末端の担当が組織の体制まで言及できるだろうか? 
そして、何より私はグループ会社主任の○○さんに否が及ぶのを恐れた。私の考えに沿えば、実際には誰の責任問題でもない。だが、実際に上述の事を言えばグループ会社主任の○○さんが責任を取る事態になる可能性はおおいにある。

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話しを先輩の説明に戻す。その時の先輩の説明はこうだ。
「○○(私)が評価されない。○○(親会社に当たる会社)はあの時の○○(私)が起こした事故の事を引きずっている。」と。
また作業時間記録の件についても言及したが、これはまた別途取り上げたい。
そして私は仕事の実績は評価されず、潰れ、言葉が喋れなくなった。体重が8kg減り、最大で3日間欠勤した。その後数年間以上閑職となり、短期間での職場の異動を転々と繰り返した。噂によると、グループ会社主任の○○さんは順調に課長職に昇進したという。しかし注意しておきたいのは、グループ会社主任の○○さんは付き合いがあった当時、私にとてもよくしてくれたので、正直に言って私は恨みを持っていない事だ。ただ、グループ会社主任の○○さんがこのような処遇なら、私における処置は一体何なんだという事だ。これでは孫会社の人間がとかげの尻尾きりにあったようなものではないか。

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アメリカの心理学者スキナーの、スキナーボックスを使った実験が指し示すとおり、我々人間においても、客観的観測というものは基本的な部分で備わっておらず、主観的観測から逃れる事はできない。

私においても同様で、私は私自身の反省をするのだけれども、上記の事柄に何を反省すれば良いのか、出来るだけ客観性を得ようとも、自分自身の主観から抜け出す事ができない。私は主要登場人物の一人である為、この悪性の結果にひもづく原因について、未だに手探りを続けている状態だ。
誰か、私に対して私の何が悪かったのかを教えて欲しい。

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私は更に考える。この件で私は問題がシステマティックな組織運用に帰結しない事に不満を持った。原因究明が組織の上部への改革へと波及しないように、構造的問題解決をしようと上層へ移動するほど不透明性を増したようにも思われる。
そうした事故の原因究明における不透明さが発生する。私は想像する。こうした不透明さが発生するのは、その原因と人事評価が強固に連動しているからではないかと。無論、組織運営上においては、人事異動よりも事故再発防止が最優先事項だ。それを防ぐ為には、原因究明の会議において、「当会議での議事進行と人事評価は、誰であろうと一切連動しない。事故事象の発生については、各々反省する事は勿論であるが、しかし組織運営の為、それを批難しない事を宣言する。グループでの作業事故防止の為、真摯に正直に情報を提供せよ。但し意図ある隠匿、隠蔽は逆に評価のマイナスの対象とする。」と会議開催前に宣言するのが良いと思われるがどうだろうか。
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