都市徘徊blog
徒然まちあるき日記
 



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早稲田大学・坪内逍遙記念演劇博物館
Photo 2012.1.12
早稲田大学・4号館4F
上層階と下層階をつなぐ梁状のものが階段を支えている。
Photo 2012.1.12
新宿フロントスクエアを望む。
所在地:北新宿2丁目・青梅街道淀橋交差点付近
この界隈の最近の変貌ぶりはかなりのものだ。
Photo 2012.2.4

 Facebookはあらかじめ決められているレイアウトがあるだけで、こちらが設定して変えられる部分はほとんどない。写真も勝手にリサイズされてしまう。写真を選んでアップしてコメントを付けるだけなので、投稿は簡単。フィードを購読していれば、自動的にその人のウォールに画像などが表示される。このへんはブログのRSSにも似ている。

 一方で、私はこのブログを数年前からやっている。RSS登録をしてくれていたり、定期的に見に来てくれる方は有り難いことに300人ほどいるようだ。もちろんその中にはデータをクロールしている機械も相当数あるだろうし、登録しただけという人もいるので、実際に見てくれているのはそのうちの何割かだとは思う。

 ブログの記事は基本的に全ての人に公開されているし、Facebookのフィード購読も投稿を「公開」に設定していれば同じようなものなのだが、Facebookはログインしていないと見ることができない部分も多い。情報が参加者のみに囲い込まれていて開かれていない面がある。公開を前提に考えると、変な話だがFacebookの方が公開の度合いが低いともいえる。

東海道新幹線から富士山
Photo 2012.2.18

 で、私に関していえば、現段階では両者の購読者がどうも一致していないような気がする。Facebookのいいね機能とか、シェア機能は簡単に情報共有をできるものでもあり便利だ。だが投稿を見てくれているのは、現在のところ「友達」になってくれている、同窓生などが大半。それに対してブログの方はお会いしたこともない方も多くおられるようだ。ブログは一応「都市徘徊」をテーマとしているのに対し、Facebookにはあまりテーマ性がないということもあるかもしれない。

等々力不動にて 階段で足下を直す人
Photo 2012.2.26

 街並み写真などは、ブログ購読者にも見て貰いたい、でもFacebook上でいいねを付けてくれるのも有り難い。どっちに投稿しようか迷う時がでてきているのだが、最近はつい投稿が簡単なFacebookになってしまっていたりする。

 で、ブログの方は停止気味になってしまうのだが、なんだかちょっとこの投稿スタイルは落ち着かない。というわけで、Facebookに投稿したがブログには掲載していない写真をまとめて掲載。

木造上空にオーバーハングしているマンション
所在地:世田谷区桜新町1-15
Photo 2005.4.10
早稲田大学 早稲田キャンパス南門前
新入生ガイダンスの日、サークル勧誘の様子
早咲きの桜が既に満開。
Photo 2012.3.29
早稲田キャンパス10号館前から大隈侯銅像と大隈講堂
新入生ガイダンスの日のサークル勧誘の様子
Photo 2012.3.29

 実はgoo blogの方にはFacebookとのシンクロ機能があって、投稿時にシンクロすることにしておけば、Facebookの方に記事が反映される。だが、これをやるとFacebook上で写真が小さくなってしまって、かなり素っ気なく、結局あまり見て貰えていない。そんなわけで、二度手間だが、ブログの方にも記事を載せるということにしてみた。Facebookの方も御覧頂いているはダブってしまってごめんなさい。

 あ〜、方針が定まらない。早くもサービスに振り回されているような気がする。



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1992ウラジオ日記
とりあえず最新記事として掲載して、しばらくしたら1992年10月の位置に移動します。

1992.10.11(Sun) Vladivostok

 08:30 起床。疲れている。眠い。でも外へ行きたい気持ちもある。
 08:45 出発のために集合するが、少し遅れてしまう。
 09:05 出発。

 09:20〜10:00 ウラジオストクホテルにて朝食。極東大学に語学留学している日本人学生(東京外語大4年)に偶然会う。一人で横浜から客船「ルーシ」に乗ってナホトカまできて、そこから列車でウラジオに入ったという。元気な人だ。ここで会ったのも何かの縁だということで、午後に予定しているバスでの市内視察に、彼女も同行することになる。

 食後、解散。バスでグム百貨店のそばまで行き下車。昨日に続いてH君と二人で新旧建物比較写真の撮影作業を始める。日曜日なので人通りは少ない。とりわけグムのそばは平日とは全く様子が異なる。撮影中に声を掛けられることもほとんどない。スヴェトランスカヤ通り沿いのグム百貨店、旧ダッタンの家、旧ピアニコフの家などを撮る。

スヴェトランスカヤ通りとグム百貨店   Google Map
マウスオフ:1992
マウスオン:20世紀初頭(ウラジオ古写真アルバムから)

 奥の方は増築部分だそうだ。その部分は更に増改築がされているようだが、手前側の外観は、中央の玄関と2階バルコニーがなくなった程度で、ほとんど変化がない。

グム百貨店(旧クンスト&アリベルス商会)
マウスオフ:1992
マウスオン:20世紀初頭(ウラジオ古写真アルバムから)
建設年  :1893年。1936年にグム(国営百貨店)となる。後方は増築部分。
構造・階数:煉瓦・3F

 ウラジオの街は港近くのスヴェトランスカヤ通りや駅周辺を中心として発達してきたそうだ。従って、20世紀初頭の絵葉書もその界隈に建つ建物が写っていることが多い。目抜き通りなので、日本だったらどんどん建て替えられてしまうところだが、ウラジオの場合、幸か不幸か外国人の立入が規制され、極東の地方都市のままでいたため、繁華街であっても当時の建物がほぼそのまま残されていた。

旧ダッタンの家(西方から)   Google Map
マウスオフ:1992
マウスオン:20世紀初頭(ウラジオ古写真アルバムから)
建設年  :1891〜1902年の間。4・5階はソビエト時代の増築。
構造・階数:煉瓦・5F

 増築に伴い軒庇が無くなり、また、コーナー部分の窓上のペディメントなどの装飾も失われている。4・5階が増築されたため、以前と比べると壁面が大きく立ち上がった感じになっている。交通量は、変動があるのでなんともいえないが、写真によっては20世紀初頭の方が人通りが多かったりする。路面電車は走っておらず、馬車が多く行き交っているのが印象的だ。

スヴェトランスカヤ通りと旧ダッタンの家(東方から)
マウスオフ:1992
マウスオン:20世紀初頭(ウラジオ古写真アルバムから)

 建物の写真は、H君が要領よく案内してくれるのでどんどん撮ることができた。しかし海沿いの様子は昔とかなり変わってしまっており、当時の撮影点がわからなかった。また周辺のビルの2、3Fのベランダや窓から撮られたものも多く、完全に画角を一致させることはできないものも多かった。今回、掲載したものは比較的きれいに一致させることができたもの。

旧ピアニコフの家(東方から)   Google Map
マウスオフ:1992
マウスオン:20世紀初頭(ウラジオ古写真アルバムから)
建設年  :1903年
構造・階数:煉瓦・3F

 手前右側の建物は近代的なモダニズム建築に建て替えられているが、旧ピアニコフの家の外観はほとんど変化がない。バルコニーの手摺が金属製で軽快な感じのものに変わっている程度だ。

 撮影中、街中を馬で駆ける女性約5人を見かける。突然、蹄の音が聞こえてきて、かなりのスピードであっという間に目の前を通り過ぎて行ってしまったので、あっけにとられてカメラを構えるのを忘れてしまったが、大通りを駆け抜けてゆく姿はとても気持ちよさそうだった。また3頭だてのトロイカも走っていた。しかしこれはロシアでは日常の風景なのだろうか?。よくのみ込めない光景だ。

1992年10月 ロシア日記・記事一覧


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 わ〜、152段もある・・・。

多摩川台公園内の長い階段
所在地:大田区田園調布   Google Map
段数 :152段(下から27・27・8・20・10・10・10・10・8・12・10段)
幅  :2.0m
高さ :22.8m
蹴上げ:15cm
踏み面:42cm
傾斜 :20°(階段部分)
Photo 2012.3.1

 23区の全ての階段を巡ったわけではないので、段数の多いものベスト10などを調べたことは今までなかった。でもこういう階段を体験してしまうと、急に気になり出す。現時点で把握している100段以上のものを挙げると以下。

152段 多摩川台公園内の階段 大田区田園調布4丁目
136段 亀塚公園の階段    港区三田3・4丁目
133段 玉川病院西側の階段  世田谷区瀬田4丁目
132段 日枝神社 山王橋参道 千代田区永田町 「東京の階段」p.20
124段 青松寺境内〜愛宕山  港区愛宕1・2丁目
     (全部で145段上っているが、途中で21段下っている)
121段 日枝神社 稲荷参道  千代田区永田町 「東京の階段」p.21
119段 成増露頭わきの階段  板橋区赤塚4丁目
110段 日枝神社 南参道   千代田区永田町(上部は山王橋参道に合流)
107段 愛宕神社 女坂    港区愛宕1丁目 「東京の階段」p.160
105段 愛宕神社 裏参道   港区愛宕1丁目 「東京の階段」p.158
102段 TBS南側の長い階段  港区赤坂5丁目 「東京の階段」p.129
101段 日枝神社 西参道   千代田区永田町(上部は山王橋参道に合流)

 今回の多摩川台公園内の階段は、ダントツの一位だったのでした。23区内にもまだまだ段数の多い階段はあるかもしれない。

 というわけで、東京23区内で100段以上の屋外階段を御存知の方、ぜひ御一報を。

 ただしビルや塔、駅などの階段ではなく、谷から高台へ上るなど、地形に関わりのある階段限定。また多摩ニュータウン方面や山地の方、横浜・横須賀方面には段数の多い階段がたくさんあると思うので、やはり東京23区内限定で。世田谷区、大田区、北区、板橋区には未調査の場所がまだ多いので、可能性は結構あります。

途中から下を見る
Photo 2012.3.1
途中から上を見る
Photo 2012.3.1

 この階段を上りきると広場になっていて、その先に宝来山古墳がある。広場から古墳へ上る階段は28段あるので、それも入れるとなんと180段。ただすぐ反対側へ下ることになるので、この部分はとりあえず除外しておく。180段として上りたい方は古墳もついでに上ってみて下さいませ。

 そういえば港区三田の亀塚公園内の階段も、136段を上った先に亀塚があり、塚の上までは36段ある。全部合わせるとこちらは172段。そう考えても、やはり多摩川台公園内の階段は現在のところ一位のようです。

Wikipedia > 多摩川台公園


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 世田谷区の等々力、尾山台、大田区の田園調布は多摩川に南面しており、武蔵野台地の南端部にあたる。

向田坂東側の坂
所在地:世田谷区等々力1-15と27の間
Photo 2012.2.26

 全体としては多摩川へ向かって下る斜面だが、ところどころに多摩川へ流れ込む小さな川によってできた谷があり、斜面上を東西に歩くとかなりアップダウンがある。

向田坂(写真奥の階段)を望む
所在地:世田谷区等々力1-16と26の間(向田坂)   Google Map
Photo 2012.2.26

 現在、この界隈はおよそ格子状に道がつくられている。ただ宅地化が始まる前の明治末期の地図には、谷を強引に横切るこのような道は少ない。昔の道は少し北側の台地上と、少し南側の低地側にあり、両方ともアップダウンは少ない。宅地化の過程で自動車を前提としたのか、急坂を含んだ格子状の街区が造られたようだ。

狐塚古墳(尾山台クラブ広場)から川崎・武蔵小杉方面を望む
所在地:世田谷区尾山台2-17   Google Map
Photo 2012.2.26

 それから、この多摩川を望む武蔵野台地南端部には多くの古墳がある(荏原台古墳群)。集落じたいはこのそばではなかったらしいというが、南面して日当たりが良い高台の端は、古代の人にとって、族長などを祀るのに相応しい場所だったのだろうか。上野毛のあたりから田園調布のあたりまで、点々と古墳が並んでいるのは、東京の中ではかなり異色で印象的だ。

埼玉古墳軍〜埼玉および関東・東北の古墳を歩く
 > 荏原台古墳群(東京都大田区・世田谷区)


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 等々力渓谷の遊歩道を下流に向けて歩き、環状八号線をくぐるとイタリア料理店の案内看板が置かれている。

環状八号線・玉沢橋ぎわの階段(下段)
所在地:世田谷区等々力2丁目   Google Map
段数 :71段
内訳 :下段 37段(下16、上21)・遊歩道〜ビル下・木製
    中段 23段(下8、上15)・ビル外階段・鉄製梯子段
    上段 11段 ・店舗入口〜環八・タイル張り
Photo 2012.2.26

 川沿いの下部はハイキング道のような木製の段々なので、その先にお店があるとはやや想像しにくいが、休日などは食後に散歩をしようと階段を下りてくる人がときどきいる。

環状八号線・玉沢橋ぎわの階段(中段・23段)
イタリア料理店玄関前から斜面へ下る鉄製梯子段
Photo 2012.2.26

 木製段々の先は通り沿いに建つビルに設置された鉄製の外階段、建物の角を巡るようにL字型に曲がったやや急な階段を上ると、環状八号線から少し下りた地下1階部分にあるイタリア料理店の玄関に辿り着く。

玉沢橋のたもとにあるイタリア料理店「OTTO」の入口
写真右側の階段を下りると店舗玄関
Photo 2012.2.26

 玄関前から環八の道路までは建物と一体化したタイル張りの階段。階段上からは店の玄関先を通って川沿いにまで下りられることは想像しにくい。門扉などがないので、店の休業日や夜間でもこの階段は通行できるようだ。



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 東急大井町線を等々力駅で下車、南西へ少し歩くと、等々力渓谷の入口であるゴルフ橋に至る。

等々力渓谷・ゴルフ橋と橋詰階段(画像クリックで別ウィンドウで開きます)
所在地:世田谷区等々力2丁目   Google Map
建設年:1961年(昭和36)に架け替えられ、ゴルフ橋と命名された。
橋梁の形態:上路式アーチ鋼橋
ゴルフ橋・橋詰の階段 L字型 47段(上15段、中14段、下18段)
Photo 2012.2.26

 ゴルフ橋という印象的な橋名は、この橋の南西側、現在の玉川野毛町公園のあたりに、1931年(昭和6)〜1939年(昭和14)に東急ゴルフ場という9ホールのゴルフ場があり、この橋がそこの入口にあたることに因む。

 ただ、橋名となったのは現在の橋が1961年に架けられた際で、その時には既にゴルフ場は無かった。かつて存在したゴルフ場に因んで命名され、そちらの方が生き続けているというのはちょっと面白い。ゴルフ橋の名は等々力渓谷公園の入口として意外によく知られているが、地元の人でなければ、近くに小さなゴルフ場があったなどという橋名の由来はあまり知らないだろう。

 橋上から見ると何の変哲もない橋だが、橋詰から谷沢川沿いの遊歩道まで階段を下りると、様子は一変する。緑の中に架かる朱色のアーチが印象的だ。等々力渓谷は23区内に残された数少ない自然で、町中に渓谷があるという意外性が魅力だが、ゴルフ橋も景観面からその魅力を増すことに一役買っており、絵になる風景を創っている。

等々力渓谷・環状八号線玉沢橋
所在地:世田谷区等々力2丁目
Photo 2012.2.26

 少し下流には環八通りの玉沢橋が架かっているが、こちらは単純で無骨な桁橋で、橋の下側から眺められることがそれほど考えられていないようだ。大きな橋で一日じゅう日陰になるためか、植物もない殺風景な橋の下になってしまっているのが残念だ。

Wikipedia > 谷沢川(等々力渓谷)


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