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家族がふえてノンキな暮らし

保守と革新

2024-04-18 10:10:07 | 日記
 衆議院の補欠選挙が東京、島根、長崎で行われるという。こういう時、必ず出てくる単語に「保守王国」という言葉がある。

「保守王国として知られる島根1区は今回の補欠選挙で唯一、自民党が候補者を擁立しました。立憲民主党の候補者との争いとなります」という具合に使われていて、ニュースを見ている側からすると、自民党が強いところのことを「保守王国」呼んでいるんだなと思う。それだったらいっそ「自民王国」とでも呼んだほうが、よほど分かりやすい。が、政治家は簡単なことをややこしく言うのが仕事と考えている節があるが、それを流すマスコミの中にもややこしいのがいるらしい。

 本来「保守」というのは、共産主義や社会主義といった新しいイデオロギーが登場して、生まれた言葉である。共産主義や社会主義といった国や政府が国民の面倒を見るという新しい考え方が「革新」であり、自力で頑張るというそれまでの生き方が「保守」ということになったのである。

 国民の財産を一旦国が吸い上げ、それを平等に分配するという、それまでにないやり方の「革新」的な政治手段では、国や政府は当然巨大な権力を持つことになる。絶対的な力を持たなければ、国民の富を集め、平等に分配することなど不可能だからだ。一時、世界的に大流行したこの思想は、すぐに破綻することになる。なぜなら、思想は素晴らしかったが、それを実行する人間の方に問題がありすぎたからだ。一旦国に集められた富は、平等に分配されるどころか、政府や役人の不正や汚職の温床になったのである。

 自民党は「保守」、立憲民主党や共産党は「革新」という呼ばれ方をしているが、実際自民党がやっている政策は、税金をより多く国が吸い上げ、再び国民に還元するという「革新」的なやり方を進めている。そのために政府やお役所は巨大化するばかりだ。

 一方、「革新」であるはずの立憲民主党や共産党は、自分たちの理想であるはずの消費税撤廃などと主張する。

 簡単に言うなら、「保守」とは自主独立、極力自分のことは自分でする。国や政府は最低限度のことをすればいい、ということから小さな政府を指向する。「革新」はなるべく税金を多く取る代わりに、年金や生活保護や健康保険といった最低限の生活に必要なものを保障する。そのことから大きな政府を指向する。

 こうしてみると、今の日本では、「革新」的な政治をしながら「保守」を名乗る自民党や、「革新」でありながら消費税の撤廃などを口にする革新野党がいる変な状態なのである。単純な話、日本ではあまり「保守」は好まれない。かつては国が面倒を見る代わりに、会社が社員やその家族を守ってきた。社会主義国家ソビエト連邦が目指した理想の国が、当時の日本だったのは有名な話だ。日本は社会主義国家ではなかったが、世界に冠たる会社主義国家だったのである。
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