コートジボワール日誌

在コートジボワール大使・岡村善文・のブログです。
西アフリカの社会や文化を、外交官の生活の中から実況中継します。

本当の対立

2010-05-17 | Weblog
土曜日(5月15日)は何事もなく、平穏に過ぎた。この日に予定されていた、野党陣営の全国決起行動は、予定日の3日前(12日)に、数週間延期されるという声明が出た。声明は、ベディエ元大統領・「民主党(PDCI)」党首とウワタラ元首相・「共和連合(RDR)」党首が、共同で発表した。あれほど断固として闘うといっていた野党側だったのに、どうしてそんな腰砕けになったのだろう。

この全国決起行動の話が盛り上がり始めていた5月の初めころ、私は米国大使と、この決起行動の行方について、意見交換をしていた。私は米国大使に言った。
「全国でこうした示威が行われるというのは、大統領選挙にむけて大統領側の尻を叩くということになるでしょう。しかしその一方で、もし全国規模で騒動が拡大すれば、それこそ大統領選挙に向かうだけの安全な環境はまだ整っていないということを世界に示すことになる、つまりは大統領選挙が遅れることになるわけです。そこは、野党側のジレンマですね。」

米国大使は、私にこう答えた。
「そして、もうひとつ。全国各地でしっかりと示威行動が行われればいいですけれど、実際にはどこでも参加者が少なかった、ということになると、大統領選挙に向かうことに、国民の間には熱意はないということを、逆に示すことになる。示威行動を行おうと試みたために、かえって大統領選挙への機運を削いでしまう危険もあるのです。」
つまり、コートジボワールに大統領選挙へ早く向かってほしいと考える私たちにとって、全国規模で大騒ぎになっても困るし、かといって不発に終わっても困るという話なのである。

だから、全国決起行動が本当に行われるのか。行われるとしたら、いったいどういう風に行われるのか。私たち外交団の間でも、気をもんでいたのである。大統領側からの度重なる中止や延期の要請も、野党の若手が断固拒否した。5月10日にバグボ大統領が、ベディエ元大統領に会って、直々に申し入れたけれど、ベディエ元大統領は、決起行動を予定通り行うということだけは、決して譲らなかった。これは、大統領選挙の成否について、重大な転換点がくるぞ。私はそう思って、成り行きを見守っていた。

そうしたら、水曜日(12日)になって、突然「決起行動は延期される」という報道が出始めた。あれあれ、いったいどうしたのだろう。ちょうど、その日に、野党の一つ「民主党(PDCI)」の有力幹部である、アシ元経済インフラ相と会う予定があった。私は彼に聞いた。
「いったい、どういう事情ですかね。月曜日にはベディエ元大統領までが絶対に行うと言っていた決起行動を、水曜日になったら急転直下延期することにするとは。」

アシ元経済インフラ相は、何でもないという風に、私に答えた。
「やはり、月末のアフリカ開発銀行の総会は、成功させなければいけないという点では、与党も野党もないのですよ。国民として一致団結して、総会を成功させなければ。ここで騒擾を起して、野党側が国の未来を危うくしたという風には、言われたくはないですからね。」

私は、それでも食い下がる。
「野党側の足並みの乱れがあるのではないですか。特に若手の行動部隊は、アビジャンを1週間は麻痺させるのだと息巻いていたと聞いていますよ。」
アシ元経済インフラ相は、そうですね、それは確かにその通りです、と言ってから、付け加えた。
「全国決起行動について、党内でも考え方の微妙な違いはあるのです。もし、バグボ大統領に圧力をかけるための決起行動を行うというなら、全国で一致して大きな運動を行わなければならない。まだ、そこまで十分考え方が煮詰まってはおらず、このままでは中途半端な決起行動になってしまう可能性があると判断されたのです。」
つまりは、全国規模で大きな運動にするだけの自信がなかったということなのか。

その水曜日(12日)の午後に、国連(UNOCI)で、外交団を対象に、チョイ代表の説明があった。
「ご承知の通り、全国決起行動は、当面延期されました。おそらく、6月初旬に行われることになるでしょう。」
チョイ代表は、そう述べてから、少しばかり野党側の内情を説明した。

「実は、月曜日(10日)の時点では、ベディエ元大統領は、決起行動自体を延期するつもりは無かったようです。バグボ大統領の延期の要請も、断固これを拒否したのです。ただ、ベディエ元大統領は、平和的な示威行動にとどめること、アフリカ開発銀行の総会に悪影響を及ぼすことのないようにすることは、約束したのです。アビジャンで、空港から総会の会場の周辺までの区間、そして市内中心部では、示威行動を行わない。そういう合意を、バグボ大統領との間で交わしました。ところが、その合意を、青年部に指示したところ、大反対が起こったのです。アビジャンを混乱させてこそ、バグボ大統領から大統領選挙の譲歩を引き出せるのではないか。そういう合意は、示威行動を骨抜きにするものである、と。」

そうした足並みの乱れがあり、結局延期の決定に至ったようである。実際のところ、予定日前日(14日)の野党系新聞は、「野党側に大きな危機」、「若手党員たちの間に激しい憤激」という見出しで、この延期決定について報じている。日ごろ、野党側の一致団結を謳い、すべての問題はバグボ大統領側にある、と宣伝調に報じているこの新聞が、自ら野党側の足並みの乱れを明らかにしているのは、特筆すべきことだ。

私はさらに、情報通に見方を聞いた。
「結局のところ、大統領側だけでなく、野党の幹部にも、ビジネス関係者が多いのですよ。コートジボワールの経済がうまく回ってこそ、自分に利益がある。アフリカ開発銀行の本部復帰はもちろん、そもそも社会や経済が信用を取り戻し、自分たちの商売が調子よく回ることを望んでいる。ところが、野党の青年層は違う。彼らは、長年放ったらかされ、失業の状態に置かれて、不満が限界まできている。彼らには、何も失うものはない。だから、決起行動で社会を混乱させてでも、とにかく現状打開の糸口を掴みたいと思っているわけです。今回の野党側の足並みの乱れは、幹部と青年部との根本的な立場の乖離の現れですよ。」

これは実はたいへん重要なことを示唆している。コートジボワールの危機がはらむ対立というのは、一般には、大統領側と野党側の対立と解釈されている。ところが、ひと皮剥いでみると、大統領側も野党側も、幹部連中についていえば「同じ穴のむじな」なのだ。既存の経済体制で、かなりの経済的な立場を築き、しっかり利益を得ている。そうした人々の間で、誰が政権を取るかの主導権争いをしている。

コートジボワールの政治の本当の対立は、紛争にもかかわらず経済の中で既に利益を得ている階層と、紛争もあってもう20年来放ったらかしにされてきた青年世代との間に、存在している。20代、30代といった彼ら青年世代には、既得権益などない。現状打開への強い不満だけがある。それは、大統領側であろうと、野党側であろうと、同じである。幹部連中がどんなに平和的で平穏な「危機脱出」を求めようとも、青年層が急進的になれば、混乱への暴発は押しとどめようがない。そして、この国では、青年層こそが社会の多数派なのである。

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