コートジボワール日誌

在コートジボワール大使・岡村善文・のブログです。
西アフリカの社会や文化を、外交官の生活の中から実況中継します。

前向きの誤解

2010-04-08 | Weblog
ニヤシンベ大統領の再選が、3月18日、憲法院によって確認された。そこで、私は早速、お祝いの手紙を、ニヤシンベ大統領あてに出した。当選へのお祝いとともに、トーゴが民主主義の歴史的な歩みを続けていることを喜ぶ、と書いた。そして、これまで大統領が日本に特別の配慮をしてきてくれたことを謝し、さらに二国間関係を増進させていきたい、と結んだ。

日本と同じように、欧米諸国も、まずは野党の投票拒否もなく、何より流血や暴力沙汰もなく、平穏に行われたことを、高く評価しているようである。欧州連合が派遣した選挙監視団は、多少の不正行為などがあったと報告しているけれども、全般としては、トーゴは民主化の道を着実に辿っている。それは、国際社会として、大いに歓迎すべきことである。

さてトーゴに出張して、現地の新聞記者に聞いたら、欧州各国の首脳から、祝辞が届いているというではないか。トーゴ政府のホームページを開いたら、サルコジ大統領は、凱旋門を背景に大きな顔写真。
「長い間孤立していたトーゴを、改革し近代化したニヤシンベ大統領に敬意を表します。国民和解と国家再建の、二つの目標に向けて、更に邁進されることを期待します。」
そういう内容が、掲載されている。まあ、旧宗主国のフランスは特別だろう。サルコジ大統領から直々の祝辞があるのも、当然と言っていいだろう。

トーゴ政府のホームページを更にめくると、バローゾ欧州委員長も祝辞を出した、と確かに出ている。メルケル独首相も、トーゴの国旗を背景に大きな顔写真だ。欧州委員会も、ドイツも、さらにスペインも、ポルトガルもとくれば、私は、これは少し遠慮しすぎたかも知れない、と思った。欧州各国に出遅れたか。私からのお祝いの手紙だけで良しとするのでなく、鳩山総理にお願いして総理からの手紙でお祝いを伝えるべきだったか。大使からの祝意だけだと、日本の本国では、トーゴに余り関心がないのだ、と思われてしまったのではないか。まあ、今さらどうこう悩んでも仕方がない。

草の根無償資金協力の式典を終えてから、ニヤシンベ大統領に面会を求めたら、すぐにお会いしましょう、来てください、という回答である。それで、私は手紙だけでなく、自らお祝いを述べるのが一番だと、大統領府に向かった。ニヤシンベ大統領は、いつものとおり執務室の長椅子に座っている。握手をして会談を始める。

私は開口一番、無事に再選を決められて、心からお祝いとお喜びを申し上げます、と述べた。
「私のお祝いには、3段階あるのです。まず大統領ご自身にとって、これまで5年間に取り組んでこられた政治を、さらに国民の信託とともに継続できるということへの、お祝いです。それから次に、トーゴ国民にとって、平穏な選挙を実施したことにより、民主主義と安定への信頼を確固としたということへの、お祝いです。これは、国民の国への自信を深めるものとなったと思います。そして最後に、国際社会として、トーゴとの関係の強化にいよいよ本格的に取り組めるようになった、というお祝いです。このお祝いは、私自身におおいに当てはまるので、私自身にもお祝いです。」

そして、このお祝いは日本全体としての気持ちである、選挙結果確定後ただちに、外務省から談話を出して祝意を示したところである、と述べた。私は、外務省からの「外務報道官談話」の英文を、大統領に手渡した。これはホテルで思いついて、フロントでインターネットを借りて、わが外務省のホームページから印刷して持ってきたのである。ニヤシンベ大統領は、その文章を一通り読んで、同席の人に渡した。私は、引き続き、両国関係のいっそうの増進に努力したい、と述べた。

ニヤシンベ大統領は、いつものとおり、にこやかで平穏な表情である。
「お祝いの言葉を、たいへん有り難く頂戴しました。それで、選挙は無事に終えましたけれど、トーゴはまだまだ貧困に苦しむ国です。社会、経済、あらゆる分野で、やらなければならないことは多いのです。これまで、自分なりに努力して来ました。でも、まだ道半ばです。日本がこれまで行ってくれた協力は、そういう分野において、国民の抱える問題に直接助けになるものです。大いに感謝します。日本という国は、その勤勉さや規律正しさなど、トーゴの手本になる国です。経済開発の道筋について、教わるところの多い国です。だから、トーゴの国民は、日本を崇敬するのです。」

そうして、言葉を継いで言った。
「二国間関係を増進したい、と大使がおっしゃったので、とても勇気づけられます。昨年やり遂げられなかったこと、つまり私の訪日を、今年はぜひ実現したいと考えています。」
そうだ、昨年、ニヤシンベ大統領は訪日の希望を私に伝えてきた。それで、昨年5月に日本を訪問してもらう手筈を整えた。ところが、トーゴの治安事情のために、直前になって訪日中止になり、私はとても残念な思いをしたのである。

ニヤシンベ大統領は、引き続き訪日の希望があることを、私に伝えた。私は、ご希望はたしかに承った、本国と諮ると応じた。それから、日本の捕鯨調査船の活動を妨害した、「シーシェパード」の船舶「ボブ・バーカー号」の、トーゴ船籍剥奪に話題を移す。トーゴ側は、日本の要請に迅速に応えてくれた。トーゴの協力が得られたことは、日本国内で高く評価されている、感謝の意を表したい、と述べた。そうして会談を終えて、ニヤシンベ大統領の下を辞した。

アビジャンに戻ってから、トーゴ政府のホームページを再び開いた。驚いた。
「鳩山由紀夫総理、ニヤシンベ大統領に祝辞」
サルコジ大統領よりも、メルケル首相よりも、バローゾ委員長よりも、もっと大きな写真で、わが総理の顔が登場していた。ええっ、そんな馬鹿な。私の知る限り、鳩山総理からの祝辞など、出ていないはず。そう思って良く記事を読んだ。私が、ニヤシンベ大統領に渡した、外務省の「外務報道官談話」の文章が、鳩山総理からの祝辞として、そのまま紹介されていた。そうか、日本を代表する大使が直接伝えたのだから、それは総理からの祝意も同然だということなのだ。

こういう前向きな誤解は、あえて訂正する必要はない。というか、調べてみたら、フランスも、ドイツも、欧州委員会も、首脳からの直接の祝辞が出たというわけではなかった。日本と同じく、首相府や外務省から出された声明であった。どの国についても、トーゴ政府は、みな前向きな誤解をしていた。だから、日本もそのままで問題ないのだ。トーゴの人々は、鳩山総理が、欧州諸国の首脳と並んで登場したことを、喜んでくれるだろう。鳩山総理は、私の目の前で、ホームページの画面一杯に微笑んでいた。

<トーゴ政府のHP>

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