コートジボワール日誌

在コートジボワール大使・岡村善文・のブログです。
西アフリカの社会や文化を、外交官の生活の中から実況中継します。

武器とハングル

2010-05-11 | Weblog

先週木曜日(5月6日)の朝、配られた新聞の各紙に、大きな記事が載った。
「憲兵隊が、戦争用の武器を押収。」
アビジャンから20キロほどのアニヤマ町で、憲兵隊がある空き家を手入れしたら、そういうものがぞろぞろ出てきたという。そして掲載された写真には、軍隊が使うような武器や、弾薬などの数々が、地面に並べられている様子が写っている。

「携帯式対戦車擲弾砲5基、ライフル銃5基、自動式猟銃2基、カラシニコフ銃3基、自動小銃3基、AA52型機関銃1基および弾帯1セット、自動装填式拳銃3基、対戦車ロケット弾16発、対人ロケット弾4発、弾薬類、軍服類、等々。」
押収された武器の種類と数が、詳しく列挙されている。これだけ本格的な武器が、やはりどこかで誰かにより、相当の数、まだ隠匿されているという現実がある。この国は、戦争からまだ完全には脱していない。

いったい誰が、これらの武器を隠し持っていたのだろう。ちょうど、野党側(ベディエ元大統領の「民主党」と、ウワタラ元首相の「共和連合」他)が、大統領選挙の実施を求める示威運動を、5月15日に全国規模で行う、と宣言している。そうした動きの背景に、こうした物騒な準備があるのだろうか。記事には、捜索中であるとしか書かれていない。掲載された写真には、武器の番をしていた一人の男が捕まえられている様子が写っている。この男が鍵を握るのか、あるいは単に金で雇われて座っていただけなのか。野党系の新聞には、5月15日の示威行動を前に、官憲側が見せしめのために行ってみせた「捜索」であり、つまりはやらせだ、と書いてある。真相はすぐには分からない。

真相は分からないのであるが、私は朝刊に掲載された写真を見て、なになにっ、と声を上げた。武器が多数並べられている写真をよく見ると、ロケット弾が荷造り用の粘着テープで乱暴に束ねられている。そのテープに書かれた文字が問題なのだ。
「금웅수산 (주)」
と読めるのである。

ハングル(朝鮮語の文字)が書かれている、となると日本の外交官としての感覚が刺激される。これらの武器は、北朝鮮と繋がりがあるのではないか、というわけだ。北朝鮮はいろいろ裏舞台で密輸などにかかわっているけれども、コートジボワールの紛争に関与しているという話は聞いたことがなかった。北朝鮮が、実は反政府勢力に対して、何らかの支援を行ってきていたのだろうか。コートジボワールに対しては、国連安全保障理事会決議で武器の禁輸が決まっている。それに北朝鮮が違反しているという証拠なのかもしれない。しかし、どの報道を読んでも、このハングルに着目して何か説明を加えているような記事はない。どのみち、これらの文字がハングルだと気が付く人は、ここには数えるほどしかいないだろう。

私は、すぐに政務担当官と相談し、ここの韓国大使館に照会することにした。そうしたら、韓国大使館でも写真を見てびっくりしていたらしく、回答は直ちに返ってきた。
「あれは、韓国の漁業会社の荷造り用テープです。ハングルで企業名が書かれたものです。誰かが、単に武器を束ねるために、この粘着テープを借用したものと考えます。」
なんだ、北朝鮮への疑惑は、全くの濡れ衣だった。国際的陰謀の存在を想像し、ここはひとつ情報収集で一旗揚げようと、内心わくわくしていた私は、ちょっと拍子抜けである。

ちょうど翌日の夜、中国大使の公邸で夕食会が予定されていた。韓国大使と、それから国連のチョイ代表も一緒である。チョイ代表は、韓国の外交官出身であり、つまりはアビジャンにいる日中韓の大使連中で集まって、歓談しようという趣向の夕食である。私は、新聞記事と、「금웅수산 (주)」というハングルを紙に書き写したものとを、夕食に持参した。

「昨日の新聞記事の話ですけれどね。いよいよ北朝鮮の関与が暴露されようとしているのかと、私は色めきたったのです。しかし、どうも違ったようですね。国連でも、情報分析をしたのでしょう。」
私はチョイ代表に話を振る。チョイ代表は、胸元からペンを取りだして、私の紙のハングルの下に、「Kumwoong Fisheries Co.」と書き込んだ。ハングルはそう読むのだ、ということらしい。

そして私に説明する。
「ラス・パルマス(大西洋沖合の群島)を本拠地にして、西アフリカ地域で操業する、韓国の漁業会社ですよ。粘着テープは、同社が、冷凍魚の梱包に使っているものですよ。この武器を隠匿していた人々が、たまたまそこにあったテープを、武器を束ねるのに使った、というだけのことです。」
事もなげにいう。

私としては、もう一歩踏み込んだ答えがほしい。
「韓国人のチョイ代表ならば、やはりここは、韓国企業の名前が出てくるということに、特別の関心を持たざるを得ないのではないですか。武器を扱う人々が、どうして韓国企業の粘着テープを使用したのか。いったいどうして、そんなものがそこにあったのか。」
私は声を低めて、チョイ代表に聞いたのである。

チョイ代表は、そこで私の目を見て、真顔で言った。
「日本大使よ。よくその点を指摘された。ここには、重大な真実があります。」
そして、おおげさな身振りだ。
「どうして韓国のテープが使われているかの理由でしょう。簡単な話です。韓国の製品は、たいへん優秀だということです。韓国製の粘着テープが、とても強くて使い易いので、武器をまとめて保管するときにも、とても便利だ、ということなのです。」

隣の韓国大使も、笑いながら大いに喜んでいる。国連のチョイ代表も、一皮剥けば韓国の外交官であった。私の質問は、愛国精神たっぷりに、軽くいなされてしまったのである。

<新聞記事>

 5月6日付「友愛朝報」の表紙
「アニヤマ町で武器を押収:危ない、警戒せよ」
写真の左下に、ハングルの文字

 「友愛朝報」の記事本文
「憲兵隊が、戦争用の武器と軍服を押収」

 記事中に掲載された、ハングル文字(写真は上下逆にしてあります)
「금웅수산 (주)」と読める。


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