コートジボワール日誌

在コートジボワール大使・岡村善文・のブログです。
西アフリカの社会や文化を、外交官の生活の中から実況中継します。

アラーの神に義務はない(3)

2009-04-25 | Weblog
アフリカの黒人固有の病気というなら、もう呪術師に頼って治療するしかない。村人達は、コーラの実、黒白2羽の鶏、牛1頭を用意して、ムソコロニの息子のところに、お許しのお願いに行こうとしていた。彼に詫びを入れ、彼が嫉妬からかけた呪いを、とにかく解いてもらう必要があった。

そうして準備していたそのときまさに、3人の老呪術師が村にやってきた。彼らは3人とも、ぼろぼろの衣服に悪臭を漂わせ、コーラの実を噛みながら、髭は茶色に染まっていた。彼らは、コーラの実、黒白2羽の鶏、牛1頭を持参して来て、ママのお許しを得たいと言った。

ムソコロニの息子が死んだのだ。息子は、森で水牛を倒そうとした。水牛は息子を角で引っかけ、地面に投げつけた。息子の内臓がとことんまで泥にまみれるまで、水牛は彼を踏みつぶした。3人の呪術師の言うところでは、この水牛は、ママの化身であった。つまり、ママが変身し、ムソコロニの息子を殺してその魂を食べたのだ。ムソコロニの息子より、ママのほうが強かった。つまり、ママの魔力はこの地方全部で一番強力なのである。ママは、この地方の全ての魔女を統合する、魔女の親玉だったのだ。ママの魔力は、潰瘍の傷にあった。傷が毎晩、人々の魂を食べたがった。だから傷は治らないのだ。

僕は驚愕した。毎日泣いた。ママを嫌悪した。それで家を飛び出して、町の不良少年になった。かっぱらいを繰り返し、畑の作物を盗んで食べた。ベラと祖母が、僕を連れ戻しに来た。ママはイスラム教徒であって、魔女ではない。あのバンバラ族の呪術師は、大嘘つきなのだ。僕を説得したけれど、もう僕は十分納得は出来なくなっていた。ママのことを、いつも疑いの目でみるようになった。ママは、ある日僕の魂も食べに来るかもしれない。何か事故か病気か、そういうことが起こって、僕は死んでしまうかもしれない。

ママが死んだとき、バラはママが魔法使いによって食べられたのではない、と言った。バラは魔法を知っているわけだから、バラの言うことは正しかった。祖母は、アラーの神がママの人生を、ママが流した沢山の涙ゆえに、終わらせたのだ、と言った。アラーの神には、この世の全てのことに正しくある義務はない。

その日以来、僕は僕がママにひどい仕打ちをしてしまったことを理解した。ママは何も言わなかったけれど、きっと心にとても大きな傷を負ったまま死んだのだろう。僕は、ママの呪いを受けてしまっただろう。だから、きっとこれからの人生で良いことは出来ない。

僕の父親の話をしていない。父親は、早くに死んでしまった。マリンケ族の風習に従って、父親の兄弟であるイッサが、ママを自分の妻として引き取るはずになっていた。イッサは、僕の父親や祖父母とも相性が悪く、ママのところには一度も話しに来たこともなかった。だから村人達は、この風習を実行することを躊躇した。イッサの方でも、脚を持ち上げて尻で歩く女を妻にする気持ちはなかった。

イスラム教では、未亡人が12ヵ月以上、次の結婚をしないままでいることを許さなかった。ママは、結婚相手を選ばなければならなかった。ママは、バラと結婚したいと言った。村人は皆、そんな馬鹿なことが、と叫んだ。バラはバンバラ族の呪術師で、1日5回のお祈りをしない人間だ。1日5回のお祈りをするママが、どうして結婚できようか。

コーランの解釈を巡って議論をしたが、らちが開きそうもないので、イスラム教の高邁な先生のところに意見を聞きに行った。高邁な先生は、バラに何度か「アラーは偉大なり」と唱えるように命じた。アラーは偉大なり、とバラは一回だけ唱えた。それで、皆結婚を許すことにしたのだった。

ママは死んだ。それはアラーの神がお望みになったからだ。イスラム教の先生は、僕に言った。信心深いイスラム教徒は、アラーの神を決して恨んではいけない、ママは潰瘍が悪化して死んだのだ、呪術のせいではない、と言った。あの3人の呪術師が言ったことは、全くの間違いで、夜な夜な魔女になって人々の魂を食べるなどということは、真実ではない、と言った。僕の心は凍りつき、僕はママのために泣いた。

ママのために、皆たくさん泣いた。ママはこの世で、余りに苦しんだからだ。誰もが、ママは真っ直ぐに天国に行ったに違いない、と言った。なぜなら、ママはこの世で、あらゆる不幸と、あらゆる苦悩を負ったから、さすがのアラーの神もこれ以上ママに与える不幸も苦悩も見つけられないからだ。ママはもう苦しんでいない。天国にいるはずだ。誰もが、良かった良かったと言った。僕を除いて。

ママの死は、僕を今でも苦しめている。ママに対して、僕は本当に悪い子だった。ママを傷つけて、ママは心に傷を負って死んだ。僕は、どこに行こうが、呪われた子供なのだ。

(第一章終わり)

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