ゆずぽんのつぶやき

平凡が一番。そう思っていても毎日、小さな出来事、事件、悩みが・・・。
心の中の小さな波をつぶやくことで解消出来るかも。

いぇ~ぃ

2005年12月31日 10時42分17秒 | Weblog
今年も今日で終わり 振り返れば2月にアンが生まれ 5月にロンドンに行き 10月から午前中は保育所で何十年ぶりかの保育士となり、子供にとっぷり浸かった生活になった。そしてそして11月バリーからの手紙 いろいろあったなぁ 『生きてるといろいろある…それが生きるってことだ』『自分自身でつぶやくことです 「もうすぐよくなるよ」って』来年は良い事が一つでも多くありますように。そして体力気力で様々な事を乗り越えて行けますように。

おじぞうさま

2005年12月28日 21時58分53秒 | Weblog
今日は子供達に師走を感じさせようと、巣鴨の地蔵通りまでお散歩}かわいい」「まぁまぁ」「寒いのに元気ねぇ」などと声をかけられる。可愛いでしょうでもね、連れて歩くのは大変なの 子供達の中にはかかりつけの病院を見つけ「ここね、来るよ」薬局の前では「ここでお薬貰うの」男の子達は「公園に行く方がいいのになぁ」って顔で歩いていたけど。午後は家事。買い物に行って、お掃除して、やっぱ師走だなぁ。

イヴは成田山(^_^;)

2005年12月25日 21時52分14秒 | Weblog
飯田ちゃんと成田山に行ってきた。いやはや北風ヒューヒュー寒かった。修行は辛いものなのね。今年の嫌な事、全部納めて参りました。神様よろしくです。

夕方伊藤さんを迎えに行き、その足でイタリアンレストランへ。
イヴに相応しい雰囲気のお店だった。パスタも美味しかった。3人で黙々と食べたような5時過ぎという早い時間に行ったのが正解だったようで、お店を出る時には20人近くが並んでいた。幕張界隈のイルミネーションをチョッとだけ楽しみ、ワインを買って飯田ちゃんの家に向かう。2年連続の飯田ちゃん家でのクリスマス。今年のケーキはブッシュドノエル…ちょっと大人の雰囲気さ。今日は3人で日本橋界隈を散策??総額2000万円のダイヤが散りばめられた小物入れ?かな、も、見た。何十万もするなどなど…目の保養を十分過ぎるくらいしてきた。お昼は銀座アスターのランチ。これがまたお値段からは想像できないくらい美味しかった。この3連休は食については充実していたなぁ6時前に2人と別れ帰宅。無人 早々にお風呂に入り、ノンビリノンビリ。そうそう今朝方道江の声を聞いた「バカだねぇあの二人」と笑いながら言っていた道江は相手にしていないんだね。そうだそうだ。な~んかさっぱりした。成田山のご利益かなぁ。残り少ない今年。頑張ろう

道江へ

2005年12月23日 20時53分39秒 | Weblog
今日、みんなで食事をしたよ。泣いたりもした。とっても良い時間だったよ。気持ちの整理もついた。バリーは変わってしまったんだね。でもいつか、道江の夫だった時の彼に戻るかもしれない。もし、戻ったらまた兄弟として関わることにするね。その方があなたも嬉しいでしょ。でもね、その時は彼に100回くらい「私が悪うございました。」って日本語で書かしてやるそれと「後悔先に立たず」って教えてやるんだ。その日が来るといいね。道江のお友達は良い人ばかりだね。当然だけどあの女は別だよ。あの女と関わった事はあなたの最大最高のミスだよ。私もやっと解放される。道江が死んでから、ずーっと我慢してきた事から解放される。長かった 改めて思ったよ。あなたを失った事の大きさを。ベッタリした関係ではなかったし、私があなたに頼ることもあなたが私に頼る事もなかったけど、やっぱり大きな存在だったよね。いつかあなたと再会した時「おねえちゃん、やっぱりおねえちゃんはすごいよ。」とお褒めの言葉をいただけるよう私も頑張ることにするわ。お父さん、怒ってるでしょ?そうだよね、怒るよね。彼のこと信頼してたものね。道江はなだめてるんだ。大変だね。私も大変だよ。お母さんに嘘をつき通さなければならないんだから。でも、これが親孝行だよね。

いっく~ん(ーー;)

2005年12月22日 19時55分54秒 | Weblog
うさぎ組と公園へ。
途中にセキセイインコを飼っている家がある。そのインコを見て「あひよこ」といっくん。「違うよ。インコ」と私。「チ○コ」「違う。インコ」「…チ○コ」「違うよ。イ、ン、コ」「あ……チ、○、コか仕方ないか、通称“でべそ公園”もいっくんは“べべそ公園”だもんねそれでも最近は私の名前をほぼ正確に呼べるようになった。ちゃ~んと成長してるんだよね   

反省会

2005年12月21日 22時13分56秒 | Weblog
今日はつみきのクリスマス会の反省会だった。いろいろ意見が出て有意義だった。話の流れからすると来年も私はキャンドルサービスを担当する事になりそうだ。手話ダンスの『赤鼻のトナカイ』も継続するみたいだし。まぁいいか…。今日からつみきは冬休み特別活動。私は午後からの参加になる。いつもと違う動きに不安になったのかマー君が夕方になって泣き出した。大きな目から涙がポロポロ そこまでは可愛かった。でも、手の平で顔を拭くようにして涙をぬぐったかと思ったら、その手を私の服の袖で拭いたオイオイ、それはないだろう。迎えに来たお母さんを見たマー君はもう嬉しそうな、幸せそうな顔をして帰って行った。可愛い今年も残り僅か。なんだか疲れる年だった

子供って(●^o^●)

2005年12月19日 20時42分58秒 | Weblog
子供は時に恐ろしくもあるけど面白い。
アンコに似ているAみちゃん(1歳)。お昼ごはんを食べ終わり先生に「壁にピッタンして待ってて」と言われ壁にピッタン。先生が他の子供をトイレに連れて行った途端にウロウロ そこに先生が帰って来た。気付いたAみちゃん、「あーめっかっちったぁカベ、ピィッターン」と言ってトコトコ壁の方へ歩いて行きドタンと座ったかと思ったら、またもウロウロ。私を見るや両手を広げトコトコトコ…ベッタリと抱きついて来た。憎めないなぁ うさぎ組のいっちゃん(3歳)私の事をまともには呼べない。「はなまきちぇんちぇい」だったり、ひどい時は「はらまきちぇんちぇい」になる。発音を真似すると「まねちないで」と怒る。この間うさぎ組が公園に行ったら豆シバ(犬)がお散歩してた。これを見たいっちゃん「あーキツネ………………………………………みたい」  金曜日には「ちぇんちぇい、ちゅき」と正面から抱きつき私の唇にブチュ奪われてしまった唇。面白すぎのいっちゃん。このオトボケはいつまで続くのかな?

終わった!!

2005年12月18日 19時49分40秒 | Weblog
終わった終わった、つみきのクリスマス会。10月末から準備が始まり水、木は活動が終わってから打ち合わせや製作などをして来た。10時近くまで作業をしていたこともあった。私はキャンドルサービス担当だったので、もう一人の担当者とチューブライトを使い、三連のとクリスマスツリーを作った。まぁ、主に彼が作ってくれたのだけどね。それと蛍光塗料を塗った大きな星も3つ。会場を暗くして舞台上から斜めに流れ星が『星に願いを』の曲に合わせてその後に三連の また暗くなり今度は『きよしこの夜』をBGにツリーに可愛いライトが一つ、二つ……五つそれから緑のチューブライトがツリーの輪郭を飾る。上からまたも三連の☆ 成功だったのかどうかは私には分からない。必死で動いていたから、子供達の反応は見れなかった。ただ、流れ☆の時、父母から「わぁ~」って声が上がったから、まあまあだったのかな。そうそうオープニングではサンタの
服装で『赤鼻のトナカイ』の手話ダンスも踊った。苦労も多かったし疲れもしたけど楽しいクリスマス会だった 金曜日は保育所でのクリスマス会だった。サンタに扮した先生は帽子を目深に被り、無言。1、2歳児の中には怖がって泣く子も アンコに似ているAちゃんも私にしがみついてきた。
「サンタさんは怖くないよ」と言うと恐る恐る後ろを振り返りサンタを見て…さらに強くしがみついた。サンタ役の先生「こんなサンタ嫌だ、おかしい。子供達を泣かすなんて、私はもう絶対にやらないさぁ次は本当のクリスマス。私はイヴにアンコを保育園から誘拐し、楽しく過ごすことになっている。もち、息子夫婦には了解済み。

命日

2005年12月04日 19時18分44秒 | Weblog
12月2日は妹の4回目の命日。
私は12月になるとめちゃくちゃな生活をする。
仕事で朝から晩まで動き回る。
今年も同じ。
風邪も引いた。
夜は咳がひどくなり眠れなかった。それでも働いた。
考える時間を少なくするために。
今週も厳しいスケジュールが待っている。来週も同じ。
休日なしで2週間動き回る。

義弟のフィアンセは彼が私を悪く思うように動いたらしい。
彼に私は、悪者、悪魔と言われた。
私の気持ちを理解している妹の友人達も彼に言わせれば、私が彼らをそそのかしたため、彼らも悪魔となったってことになるらしい。
妹の親友ですと言いながら妹が亡くなって1年もしないうちに義弟と肉体関係を持つ、そんな神経の持ち主はやっぱりやることが汚くてすごい。
肉に溺れ、判断力を失ってしまった男も哀れだ。
老境を目の前にした男の悪あがきなのだろうか。
道江のうつむき加減ではにかむような笑顔。
「おねえちゃん、悔しいね。ごめんね。おねえちゃんに辛い思いさせて。私は大丈夫だよ。」そう言っているような気がして
「おねえちゃん」って呼ぶ声聞きたいなぁ もう一度聞きたい。
道江、辛いよ。
もう頑張れないよ。どうやったらバリーに分かってもらえるの?
どうして道江を失った悲しみを抱えて生きて来たバリーと私がこんな風になっちゃうの。どうして彼は私達を支えてくれて来た人達のことまで、悪魔と呼んだりするの?悲しすぎるよ。道江が死んだ時、お父さんが「生き残った者が笑顔で毎日を過ごす事が道江への供養になる」って言った。辛い時、この言葉を思い出して笑顔になる努力をして来たけど、もう疲れちゃった。おねえちゃん、疲れちゃったよ。