yuuの夢物語

夢の数々をここに語り綴りたい

蓮の露は・・・3

2007-10-16 00:15:28 | 創作の小部屋
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 良寛ゆかりの倉敷で生誕250年を記念しての公演台本を・・・。

一人芝居
蓮の露「はちすのつゆ」は・・・


                   破

                   閻魔堂
                   貞心尼が一人。

貞心  冬芽が弾けて・・・
    雪解け水がせせらぎの音に変わります。その音はまるで良寛さまの心の音、いいえ、浮き立つ私のときめきの鼓動・・・。春、はると何度、何十、何百、何千と書いたことでしょう。朝焼けをひとつ、ふたつ、みつつ、と数えながら迎えたでしょうか。そして、沈み行くお日様に幾度となく手を合わせたことでしょう。
    
あの塩入峠の雪が私と良寛さまの仲を裂きより遠くへと引き放す。もっともっと私の懐いを熱くして、 燃えなければ・・・。そうすれば雪が溶けて・・・。一時でも早くと・・・。仏に仕えるものの懐いでは御座 いません。
    「女子の命の髪を切ることは、俗世の女子の色欲、好いた好かれたを断ち切ること。黒い法衣を着けるのは色に迷わぬ断りぞ」
    「自然で良いのじゃ、そのままで、そのままで、仏の慈悲は五欲、煩悩の苦しみまで充分知っておられるのじゃ。それ故の苦しみだけで仏はお許しくださろう。そのままで、なすがままで・・・」
    その声についつい・・・。苦しみが多いいほど仏に縋り行くことでいいのだと良寛さまは申されおいでなのでしょうか。

    真っ白な雪、そこに私の懐いの色が落ちて・・・。

    私が初めて良寛さまの下をお尋ねいたしたのは、良寛さまが六十九、私は二十九・・・男と女と言う垣根を越えた人と人との出合い・・・。

    頭の中で・・・。
    何度もお会いして語り合い、幾夜明けた事でしょう。囲炉裏に向かって閻魔様と地蔵菩薩が一緒、万葉集はどうの、森羅万象の一つ一つが仏の姿、紙に筆を撫で一気に走らせる踊り文字の歌、吐息と心の臓の響きが見える空間。私が前に静座をしてじっと見詰めると、はにかんだような幼子が見せる仕草。ほんにこころは色々な良寛さまを見せてくださいました故に。その思いは仏様の申された極楽なのでしょうか。
    そのような年月を経て、つらい関長温との五年、剃髪をするまでの一年、閻王寺での修業の二年。それから閻魔堂での二年、常に良寛さまのことが私の生き方の道標として・・・。
    春から夏にかけて懐いを重ねて・・・。
    お会いするために、良寛さまに着けて頂こうと肌着を心をこめて縫い上げました。私が縫った物をせめて良寛さまのお側へ・・・。肌着は私・・・。
    私は、お会いしたいとの懐いに負けて・・・。柏崎の岩場から荒い波の砕ける日本海へ飛び降りる気 持ちで・・・
    「ように来なさったな」良寛さまのお口からと・・・。そのお言葉が頂けると思い・・・そう言うて下さったのは、能登屋のお内儀。
    「良寛さまも、貞心さんのことを気にしておられましたょ」
    歳のことはどこかえほおり投げてまるで子供のように無邪気に囃したてました。    
「良寛さまが手毬が好きじゃというので、薇の綿毛を芯にして絹の糸で綺麗なかがりをしていますのよ」
    私の懐いを弄びまるで楽しんでいるように・・・。
    そう言われると私が困るので余計にからかうように・・・。でも、決して悪い気がいたしませんでした。
    良寛さまは寺泊へお出掛けになっておられ・・・。
    お会い出来なくて・・・。
    懐いに負けぬ綺麗な手毬を置いてその日は帰りました。それに、私の身代わりの肌着を添えました。
そして・・・

     これぞこの仏の道に遊びつつ
               つくやつきせぬみちのりなるらむ


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皆様御元気で・・・ご自愛を・・・ありがとうございました・・・

恵 香乙著 「奏でる時に」
あいつは加奈子を抱いた。この日から加奈子は自分で作った水槽の中で孤独な魚と化した。

山口小夜著 「ワンダフル ワールド」文庫本化決定します・・・。
1982年、まだ美しかった横浜―風変わりなおんぼろ塾で、あたしたちは出会った。ロケット花火で不良どもに戦いを挑み、路地裏を全力疾走で駆け抜ける!それぞれが悩みや秘密を抱えながらも、あの頃、世界は輝いていた。大人へと押しあげられてしまったすべての人へ捧げる、あなたも知っている“あの頃”の物語。

山口小夜著「青木学院物語」「ワンダフル ワールド」の文庫本・・・。

作者のブログです・・・出版したあとも精力的に書き進めています・・・一度覗いてみてはと・・・。
恵 香乙さん

山口小夜子さん

環境問題・環境保護を考えよう~このサイトについて~
別の角度から環境問題を・・・。
らくちんランプ
K.t1579の雑記帳さん
ちぎれ雲さん

蓮の露は・・・2

2007-10-15 03:05:40 | 創作の小部屋
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 良寛ゆかりの倉敷で生誕250年を記念しての公演台本を・・・。

一人芝居
蓮の露「はちすのつゆ」は・・・


    あれは、はじめて良寛さまにお目にかかったのは・・・十七の春。
    長岡藩士奥村五兵衛の娘ますことして生まれました。母は長患で他界し、家の米櫃は空っぽ・・・。口べらしの為に、早く嫁に行けとの父の胸の内・・・。そのように思うては・・・。きっと、自分の娘でいるよりは幸せを掴めるであろうとの父の想い・・・。いいえ、何もかも、時の運び、北魚沼郡の小出で医者をしておられた関長温(せきちょうおん)から話があり、これも定めと決め縁の糸を結び輿入を・・・。
    花嫁籠の中で、
    「汝がつけば 吾はうたひ あがつけば なはうたひ・・・」
    「ひい ふう みい よう・・・」
    こども達の燥ぐ声とともに聞こえたのが、良寛さまのお声でした。
    無論その時、そのお声が良寛さまだとは・・・。
    わたしは、籠の引き戸をずらせて、面長な輪郭の中に、はっきりとした目鼻唇、頬の肉が反り落ちているようで、より、耳の大きさを・・・霞みそうが群れをなして咲き・・・
    その時、何故かこの出会いは唯一度のことではないと感じたのです。
    人の妻への道程のなかでそのように感じたのは不貞なのでしょうか?
    そう思った報いなのでしょうか、嫁いでの五年の日々は地獄でございました。
    頼りない夫、口うるさい小姑、何事にも細かく厳しい姑、口性の喧しい小働きの女たち。
    本が読め、紙に硯、筆、その中で子を為してと考えていた私は、夫の医療の手伝い、待合の人達へ 薄い番茶を、薬の調合と、毎日が忙しく、自分の時間などとてもとても。
    夫との寝やの床は、障子を隔てての側に姑の床がと言う、私の行いの総てが見張られているようで・・・。
    「まだややが出来ぬのか?」との姑の叱責するような言葉。
    「若奥様はお可哀相じゃ、主人は不能で種なし茄子・・・」
    「ほころびかけた牡丹の花の滾る蜜は梔子の花の香り・・・。若奥様はどのよう になさっておいでなのかしら」
    小働きの女の陰口。
    ほころびかけた牡丹の花、梔子の匂い、その事も知らずに・・・、いた私が漸く分かり、顔を赤くし俯きました。
    五年間、そんな時の流れの中で、待合に客が落とす良寛さまの噂、歌がどうしたの行いがどうだったのと、それが、せめてもの慰めでありました。
    夫が丹毒であっけなくなくなり、私は着のみ着のまま里へ返されました。

    ほっとしました。
    家に帰りましても、子持ちの誰だれの後添いに、大店の隠居の妾にと。
    私は、逃げるように家を出て、柏崎の乳母を頼って・・・。
    その乳母も、二ヵ月もしないうちに逝かれ、拝みにこられた心竜尼様に出逢ったのです。
    たしか十二の時に、
    長岡からは海は遠おく、一度乳母に手を引かれ柏崎へ・・・。その時初めて海を・・・。その広さに圧倒され茫然と眺めたこと・・・。汐の音になぜか身体が熱くなり・・・。月・・・。
    二十三の時は、
    柏崎からの海の眺めは大きな川の流れに見えました。何一つ同じものがない砕ける波濤、その音の凄まじさ。まるで大きな生物が、広がる空の中へ溶け込み一つとなって消えていくというふうに。
    その姿に、人間の迷いや喜びはなんと小さいものかと、心の中にあったものが吹き飛んだように・・・。
    白いふんわりとした雲はいつかみた良寛さまのお姿に変わり、無邪気に戯れるお姿に、嬉々とした笑顔に・・・。
    それは、この私を仏の道へと・・・。
    私は、良寛さまと同じ仏の使いとしてその道を辿りたいと・・・。
    私は、柏崎は閻王(えんおう)寺の庭に立っておりました。
    帰るとことてないわたしは、そこに住込み、寺女のように働きました。
    髪を切ると、眠竜尼さま、心竜尼さまに申し出たときには、
    「そんな若さで出家しても通しきれるものではありません」
    相手にしては貰えませんでした。
    今までの、総てを過去のものとして、新しく出なおしたい、その願いが届くまでには時が過ぎましたが・・・。
    一年後、二十四まで慈しんだ髪を落としました。
    「ほんに勿体ない、未だ今のうちなら間に合うから」鋏と剃刀を入れながら何度 溜息をつれたことか。
    「艶やかな黒髪、白い餅肌ゆえに余計に映えて・・・綺麗じゃな」
    「未練はございません、どうぞ宜しくお願いいたします」
    「剃った後の顔も、なんと美しい」
    心竜尼さまはふつくらとした顔を綻ばせていった。
    「この長い髪は取っておくように」
    眠竜尼さまが元結(ひも)で根元を束ね、奉書に包んでくれた。
    白い襦袢も墨染の法衣も頂き、着けてみた。
    何やら身が軽くなったような、心まで清められたような・・・。
    「まるで、小僧さんのように可愛い」
    「なんと可愛い比丘尼(びくに)じゃろうか」
    剃り落とした青い頭を見られて、お二人はまるで子供のように燥いでおられた。それから、お二人を 師匠にして色々と学んだのでございます。
    これで、良寛さまと同じになれた、その思いの方が強をございました。
    あれから・・・。あれから二年の歳月が・・・。
    今は・・・。
    鳥達も冬の支度を終えて・・・。

                                暗転

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恵 香乙著 「奏でる時に」
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蓮の露は・・・1

2007-10-14 08:15:41 | 創作の小部屋
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良寛ゆかりの倉敷で生誕250年を記念しての公演台本を・・・。

一人芝居
蓮の露「はちすのつゆ」は・・・

                序

       時 徳川家治の頃
       処 越後長岡の外れの閻魔堂
       人 貞心尼らしい。
       貞心尼は明治五年七十五歳で逝去

                情景
不便につき人訪れることなし。一人行をなし、仏典に耽り、万葉集に親しむ。生業を托鉢と針仕事、薇の綿を芯にして絹の糸で毬をかかるのである。荒ら住居なれど、尼の庵らしく整然としている。
六畳と三畳、それに厠と台所。
六畳の間に閻魔像と常緑の木が供えられた本尊と経机。               
閻魔は地蔵菩薩にも通じる。
上手に簡単な竹の垣根。
下手には冬籠もりの薪が積まれている。
六畳の正面には明かり取りの窓が開かれている。
中央に囲炉裏、それを囲むように畳が敷かれている。                
壁には衣桁、嚢中、杖、などが見える。
書卓があり、硯と筆、紙が置かれ、幾冊かの本が傍に                
積まれている。手毬が幾つか転んでいる。
仕立物を頼まれての布が隅に置かれてある。
下手の奥に三畳の寝やと簡単な台所と厠。

                開幕すると、
上手に小さなトップが下りる、そこには手毬が、笠が 杖が現われる。
良寛の唄が読まれる。
子供たちとの童歌が響く・・・。
                間
波の音がだんだんと激しくなる。
その音の後に自然の奏でる音が続く。
周囲からだんだん溶明すると・・・
頭巾に法衣の女が筆を走らせている。
ゆっくりと顔をあげて、チラリと明かり摂りの方を見て、貞心が・・・。
                                  
    あら、すっかり暮れて、(明かりとりの窓を見て)絹の糸のような驟雨(あめ)が・・ ・。枯葉が微かな音を・・・。自然は何と偉大なんでしょうか。暗闇が迷いや定めを和ませてく雨や風の営みが疲れた体を労わってくれる、励ましてくれる。
     それにしても、懐いを短冊の和歌にして・・・。書いていると何だか身体が熱くなって・・・。まだ生身の 女子が心に棲み付いて・・・。
     お恥ずかしゅう御座います。押掛けの弟子、良寛さまはさぞ嘆かれておいででしよう。
     風の色が変わると,いつもなら落葉が空に舞うように・・・。白糸の雨がやがて、雪へと変わり・・・も うすぐ風花が舞いまするな・・・。
     この辺りの物はみな雪の下で冬眠をいたします。その支度は夏の終わり頃から・・・。お百姓さんは 筵を、縄を、薪をと言う風に・・・。            
     私は長い冬の間にしっかりと仕立物を熟して、お堂の維持費を賄い、読み物、歌とお習字の手習いをと・・・。

            きみにかくあいみることのうれしさも
                まださめやらぬゆめかとぞおもふ

                と短冊の歌を詠む。

    まあ、まるで十四五の少女の歌のよう。これでは良寛さまに嗤われます。懐いは、ときめきは女子としての慎みまで壊すのでしょうか・・・。
    懐いから零れる明かり・・・
    淋しい、辛い、だから余計に愛をしい、募ります、つのります・・・。
    島崎は能登屋、木村さま宅の離れに寝起きされての良寛さまと、私の住む長岡の外れ閻魔堂(えんまどう)、私と良寛さんを隔てるは塩入峠(しおねり峠)、それに雪が意地悪をするので、溶けるまで一人ここでの暮らしになります。
    差し障りがより深く念う心の色へ変えてくれます。
    今頃、囲炉裏に手を翳しながら、和紙へ筆を走らせ、漢詩を和歌を紡いでおられるのではとか、子供 等に囲まれながら童歌に興じ、手毬をついてかくれんぼを・・・角のめし屋のお品書き、屋根に掲げる屋号の文字を、生まれた子へと祝いの歌を。と、ご自分の為に費やす時間は眠りだけ。私の思い知る事を蘇らせながら、頬を緩めて、また、これからの・・・。
    時はひととき、私の一日は・・・。
    夜空け前の四時に起き、お隣の井戸から一番の閼伽水(あかみず)を汲み戴き。それは仏様へのお供えする清浄水になります。手足を清め、朝の勤行・・・
    お勤めが終わりますと、お堂の掃除を丹念に熟し、麦飯を炊き、味噌と漬物で頂き、洗い物を済ませ 、庵をい出て自然のなかへ、立ち木の生きる息吹、健気な草のいのち、鳥の囀り、鳥といえば鳥を私 は羨んだことが御座います。あの翼があれば、雪の塩入峠をいとも容易く跨ぎ良寛さまの囲炉裏端へ と。この暫しの散策が私に色々のものを感じ取らせてくれるのです。

    良寛さまのように・・・。
    私にも、生きものと、話すことが出来るようになるのでしょうか。

    帰って頼まれ物の仕立てに取り掛かります。大店の奥さまの打掛けから、可愛い娘さんの人生の門 出の嫁入りの晴れ着、遊女の褥着、ありとあらゆる針仕事が、私を頼りに持ち込まれます。さして得意ではなかった嗜みの針仕事、根を詰めて糸で綾なします。その間は、良寛さまのことを忘れて着る人の幸せを糸に託して・・・。ひと段落すると、明かり取りの下に転がる手毬のかがりに時を使います、良寛さまはいつか、
    「貞心尼の手毬は飾りも見事なら良く弾む」その世辞とも思える賛嘆を頂きたいと精を注ぎまする。良寛さまと今まで過ごした時の楽しさを思い起し、これからなにをどうと考えていますと、頬はぽかぽかと、身体の中に温石をい抱いたように火照り、仏に仕える身でありながら不謹慎な事でございます。その 念いが、次には墨と硯の世界へと・・・。
    「なあに~何事も自然が一番じゃ、逆ろうことが何であろうかな」
    良寛さまの言葉が軽やかに鈴を鳴らすように響きます。

    この、何の変わりのない繰り返しが、私の修業、解脱への道程・・・
    そんな一日はほんの一時。時の流れの速さに繰り言のひとつもと・・・。ですが、雪の季節はむしろ有り難いと念う、人間とはなにかと思いて・・・。深く祈念を仏典の中に求めて彷徨、あれこれと応えのない思を巡らせ、その一時が御仏に寄り添える時でございますゆえに。

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皆様御元気で・・・ご自愛を・・・ありがとうございました・・・

恵 香乙著 「奏でる時に」
あいつは加奈子を抱いた。この日から加奈子は自分で作った水槽の中で孤独な魚と化した。

山口小夜著 「ワンダフル ワールド」文庫本化決定します・・・。
1982年、まだ美しかった横浜―風変わりなおんぼろ塾で、あたしたちは出会った。ロケット花火で不良どもに戦いを挑み、路地裏を全力疾走で駆け抜ける!それぞれが悩みや秘密を抱えながらも、あの頃、世界は輝いていた。大人へと押しあげられてしまったすべての人へ捧げる、あなたも知っている“あの頃”の物語。

山口小夜著「青木学院物語」「ワンダフル ワールド」の文庫本・・・。

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瀬戸の夕凪 6 完結

2007-10-13 16:24:51 | 創作の小部屋
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倉子城物語
  瀬戸の夕凪


 嘉平の店に作兵衛が尋ねてきたのはそれから半月ほどしてであった。

「このあしに何か御用で、親方に何度も脚を運んで頂いて・・・。西に行ってやしたもので・・・申し訳ありやせん」

 作兵衛は丁寧に頭を下げ挨拶をした。

 まだ若いが、一つのものを極めた者が持つ風格があった。鋭い鷹のような目の奥に優しい輝きがあった。

「これを返してくれと頼まれたもので・・・」

 嘉平は奥へ入り大切に仕舞ってあったおさよから預かった簪を持って来て、作兵衛の前に出して言った。そして、作兵衛の仕草を見詰めた。

「この代金は頂いてやす」

 きっぱりと言ったが、指先が震えていた。

「この簪を持って来たお人のことは尋ねないのかい」

 嘉平は少し意地悪を言った。

「関係が御座んせん。その人に言っておくんなせい。この簪は、ひと鏨ひと鏨この簪を挿す人の幸せを願って打ちやした。・・・幸せになっておくんなせいと・・・」
「おめいさん、本当にそのお人の幸せを考えるなら、職人としてそこまでやてはいけないね・・・」

「ええ!」作兵衛は俯いていた顔をあげた。

「この簪を挿すお人のことを考えたら、この簪には魂を入れちゃあいけなかったのではありますまいか。この簪を挿すお人はどんな思いで挿せばいい・・・。おめいさんは恨みでもあるのかい」

「ああ」何かに気が付いたように作兵衛は声をあげた。「ここはこの私に任せてはくれないかい」

 作兵衛はうな垂れて耐えていた。

「何もかも捨てて、風の頼りでおめいさんが倉子城にいると聞いて訪ねて来たおさよさん。簪を挿そうとしても挿せなかった辛さ、この鴛鴦、もう帰るところなんかありませんからね」


 今、この簪は倉子城のある家の箪笥の中に大切に仕舞われている。


皆様御元気で・・・ご自愛を・・・ありがとうございました・・・

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太鼓橋 8 完結

2007-10-13 01:28:43 | 創作の小部屋
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倉子城物語
太鼓橋(たいこばし)


 8

「嘉平さんは器用なお人だったね」
 お鹿は嘉平が倉敷でいろいろな仕事をしながら床屋を開いたことを言った。
「知らぬ土地に来て西も東もわかりゃあしない・・・川人足から船頭、魚屋、大工となんでもやったよ」
「そんなお人が床屋をね・・・」
「おたねが大店で下働きをしていたときに習っていたらしい・・・」
「おたねさんがね・・・それは・・・」
「疑っているのかい」
「うちが本町の空き家の世話をして・・・」
「店を持ったのは十五年前・・・」
「真面目に働いて繁盛し村人からも信用され・・・今じゃ町火消しの頭領までに出世した・・・」
「みんなお鹿さんのおかげだよ」
「嘉平さんの人柄だわよ・・・似合いの仲の良い夫婦床屋と・・・」
「これから時代も変わるよ・・・江戸幕府は屋台骨がぐらぐらし始めている・・・薩長が勢いを付けてきて・・・」
「また戦いかい」
「代官も高杉晋作が作った芸周口の岩城山の南奇兵隊への見回りに出かける日が多くなっているよ」
「そう言うと嘉平さんも時々倉子城を留守にするらしいね・・・」
「何が言いてんでえ」
「止めとくよ・・・野暮なこった」
「あっしゃ、ただの床屋の嘉平・・・」
「おたねさんをそのままにしていてはいけないよ・・・なにもかも水に流して本当の夫婦になって子供を作りここに根を張らなくては・・・」
「お鹿さんにはかなわねえよ・・・雨が上がった様だ・・・そろそろ、邪魔をしたな」

 その頃おたねは汐入川にかかる太鼓橋の上から川面に映る姿を眺めていた。
おたねは一度嘉平にどうして抱いてくれないのかと聞いたことがあった。
「人殺しの子を産ます訳にはいかないよ」
「だってそれは私を助けるために・・・」
「どんな訳があろうと人を殺めちゃいけねえものさ・・・それに、いいやこれだけは幾らおたねにも言えねえことだ」
 嘉平は苦しそうに言った。
 それからおたねは世間には夫婦を装い兄妹の様な暮らしを続けてきたのだった。

 太鼓橋で川面に映る姿を眺めている所へ嘉平が帰ってきた。
「濡れなかった」
 おたねは聞いた。
「おたね、今まで悪かった・・・なにもかも捨てて・・・その上に心に有る秘密も捨てて今日から本当の夫婦になろう」
 嘉平は少しくぐもった声で言った。

 嘉平にどのような秘密があるのかそんなことはどうでもいいおたねは体を熱くしていた。

 嘉平とおたねがその後どうなったか・・・。

 今倉敷川沿いの大原美術館の側にある太鼓橋は男女の出会い橋としてこの町では言い伝
 えられている。橋の下を二羽の白鳥が仲良く泳いでいる姿が見られる・・・。


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瀬戸の夕凪 5

2007-10-12 19:43:17 | 創作の小部屋
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倉子城物語
  瀬戸の夕凪


 作兵衛とおさよは江戸の生まれで隅田川の近くの同じ長屋で育った。作兵衛は父が錺職人だったから、その後を継ぐべく手伝いだしたのは七歳の頃からだった。

 おさよは六歳の時から子守をして家を助けた。が、十二の時に奉公に上がり、そこで見初められて子供のいない御家人の養女に迎えられた。

 作兵衛とおさよの定めはそこでくるった。

 作兵衛は父に仕込まれ筋がいいのか腕を研き、江戸でも何人もいない錺職人になった。おさよには、養女先の家に婿養子が迎えられることになったが、おさよはなにも言えない立場だった。

 作兵衛は江戸で評判の錺職人になり、気が向かなかったら仕事をせず、注文を受けても前金だけ貰って納める日は決めなかった。だが、何時になっても構わぬからという注文が絶えなかった。

 作兵衛のところに、おさよの養女宅から婚礼に間に合うようにと簪の注文が入った。

 作兵衛はおさよの婚礼が決まったことを注文で知ることになった。

 その日から作兵衛の姿が江戸から消えた。

 おさよの婚儀の日に簪が届いた。

 おさよは、目にいっぱい涙を浮かべて言った。

「その簪が・・・」

 嘉平は簪を手にとってじっくりと見詰めた。鴛鴦が向かい合い泳いでいる、そんな絵柄が彫り込まれていた。これほどの細工は見たことがなかった。

 こりぁ、百や二百ではない・・・と思った。

「返す必要があるのですかな」

「はい」おさよはきっぱりと言った。

「どうして・・・」

「どうしてもです」病人とは思えない声音であった。

「なにか訳ありなのですな」

 おさよは小さく頭を垂れて、頬に落ちる雫を細い指で引いた。

「私には、この簪を受け取る資格はありません。日本一の錺職人の簪を髪に挿す・・・そんな・・・」

「約束でもしていたのですかな」

「はい」おさよは素直に答えて、

「その約束が守れなかったのです」小さく言った。

「そうかい、おおよその見当はつくが・・・、それで気が晴れるのかな」

「あの人の手で造られたものを一つでも側に置いていたい、でもそれでは・・・」

「苦しまれましたな」

「はい」

 嘉平はどちらの気持ちも分かる。分かるだけに哀しい。

「返したいからここえ」

「出入りの小間物売りの話で、備中は倉子城の辺りで作兵衛さんを見たという・・・」

「それで・・・」

「はい。何も考えずに・・・」

 嘉平は黙り込んだ。悲しみと幸せ、これほど人を愛惜しいと思ったことはなかった。

「お願いできましょうか」

「それでいいのかな、本当に・・・」

 嘉平の声が潤んだ。

「はい」かすれた声がはっきりとしていた。

「それで、これからどうしなさるんで」

「江戸に帰り事情を言って・・・」

「今じゃそれも出来ますまいな」

 陽が落ちる前の西の空が真っ赤に燃えていた。その陽に向かって二羽の鳥が渡っていた。それは、作兵衛が彫った鴛鴦のように見えた。


皆様御元気で・・・ご自愛を・・・ありがとうございました・・・

恵 香乙著 「奏でる時に」
あいつは加奈子を抱いた。この日から加奈子は自分で作った水槽の中で孤独な魚と化した。

山口小夜著 「ワンダフル ワールド」文庫本化決定します・・・。
1982年、まだ美しかった横浜―風変わりなおんぼろ塾で、あたしたちは出会った。ロケット花火で不良どもに戦いを挑み、路地裏を全力疾走で駆け抜ける!それぞれが悩みや秘密を抱えながらも、あの頃、世界は輝いていた。大人へと押しあげられてしまったすべての人へ捧げる、あなたも知っている“あの頃”の物語。

山口小夜著「青木学院物語」「ワンダフル ワールド」の文庫本・・・。

作者のブログです・・・出版したあとも精力的に書き進めています・・・一度覗いてみてはと・・・。
恵 香乙さん

山口小夜子さん

環境問題・環境保護を考えよう~このサイトについて~
別の角度から環境問題を・・・。
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太鼓橋 7

2007-10-11 15:54:02 | 創作の小部屋
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倉子城物語
太鼓橋(たいこばし)


 7
  
「名前はなんという」
 嘉平はぶるぶると震えている娘に問うた。
「うちは・・・おたね」
 おたねはちいさく言って嘉平をじっと見詰めた。
 天誅組は押し込み全員を殺し金品をせしめ、見られおたねに逃げられそれを追って出た男が殺されていたとなると疑われるのはおたねだと嘉平は言った。顔を見られているとなると捜すだろうと思った。
「付いてくるかい」
「はい」
 嘉平とおたねは短いやり取りをして歩き始めた。
 嘉平は店に連れて行って家のまかないを任せることにした。
 おたねは少しずつ落ち着いて行った。
 嘉平は相変わらず表具師として商いをしていた。が、何者かに狙われている様に感じていた。
 ある夜、嘉平は二人組の浪人に襲われた。
「捜したぜ」
 浪人の一人が静かに言った。
「なんのことかわかりませんが・・・」
「娘を囲っているだろう」
「あんた達かい、天誅組を名乗り押し込み強盗をしているのは・・・」
「おまえは町人ではないな」
「町人でなかったらどうしなさる」
「斬る」
 言うか早いか二人の浪人は太刀を抜き上段に構えた。
「おっかねえ・・・」
「儂らはある筋の者の命を受けて動いている・・・世直しの為の正義のためだ」
「そんな正義があってたまるか・・・罪のねえ人間を虫けらのように殺して・・・」
「喧しい」
 二人は一斉に太刀を振り下ろした。嘉平は体をかわし一人の浪人の背に回って匕首でのど元を刺していた。
「やるな」
 もう一人の浪人は少し怖じけたが声高に言って太刀を横に払った。嘉平の体は空を飛んでいた。浪人は崩れ落ちていた。
 嘉平は何事も無かったように古着を包んだ風呂敷を背に負い歩きだしていた。
 ここにいてはおたねに被害が・・・嘉平は思った。
「こうなりゃなにもかも捨てて江戸を立たなくてはならねえ」と嘉平はつぶやいた。
「江戸にいては命がなくなる」
「うちの為に・・・」
「そうじゃねえよ・・・今日は野暮用があるからちょつと出てくるが早く休みな」
 嘉平はそう言って出て行って帰ってこなかった。
 店を職人に任しておたねと旅に出たのはそれからそんなに日が経っていなかった。
 東海道を下り山陽道を下って天領倉子城に着いたのは梅雨にはいった頃だった。
 この地方独特の夜になると風がぱぁたっとやんで蒸し暑くなる「夕凪」には嘉平もおたねも閉口するのだが・・・。


皆様御元気で・・・ご自愛を・・・ありがとうございました・・・

恵 香乙著 「奏でる時に」
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瀬戸の夕凪 4

2007-10-10 19:41:22 | 創作の小部屋
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倉子城物語
  瀬戸の夕凪


「作兵衛の家はどこだい」

 棟割り長屋は通路を挟んで同じ建て方で向かい合い、中央に井戸を置く。入り口は半間の板戸の障子張り、三和土を挟んで台所に板張の仕事場、障子を開ければ四畳半、押し入れ、障子に二尺の濡れ縁と雪隠、突き当たりが隣の板の塀。

 商家の家作は殆どこんな具合に決まっていた。

「作兵衛、そんな人がいたかね」

 と井戸で大根を洗っていた狐のような顔の女が言った。

「居ると聞いて来たんだ」

「そういゃあ、隣の奥に・・・」

 嘉平は聞くか聞かないうちに、ありがとうよ、と言って、走っていた。

 同じ風景だ。入り口を軽く叩いた。返答がない。強く叩いた。

「御免よ」と声をかけて、引いてみた。重い音だが動いた。

「居るのかい、それとも留守かい」と声をかけながら入った。

 すえた匂いが鼻を突いた。

「この分じゃあ、長旅に出ているな、ひょつとしたら帰らえねえかも知れねえ」

 不憫なおさよを思った。

 嘉平は部屋の中をじっくりと見た。

 なにもない、貧相な男一人の部屋だった。仕事場には、二尺ほどに切った木株があった。嘉平は目を凝らして木株を見入り、手で撫ぜてみた。

 金銀の粉が指先に着いた。

「錺(かざり)職人だな」と嘉平は当たりをつけた。

「作兵衛は錺職人かい」とおさよを見舞って問った。

「居所が分かったのですか」おさよは起き上がろうとした。

「無理をすることはないよ。ああ分かった、だが逢えなかった」

「私をそこへ連れていってください」声に張りが出てきていた。

「きっと、作兵衛とやらとの段取りは着けるから安心しな」

 嘉平はそう言って帰ろうとした。そういやあ、店をほったらかしている事に気づいた。「お願いのついでといえば厚釜しゅう御座いますが、これを作兵衛さんに渡してくださいませんか」と言って、包みから簪を取り出して、嘉平へ渡そうとした。

「貴女はもしや、お武家の・・・」

「はい」おさよは俯いた。その細いうなじが嘉平の心を震わせた。それはおさよの定めを表していた。嘉平はもう何も言えなかった。

 おさよは少しずつ語り始めた。


皆様御元気で・・・ご自愛を・・・ありがとうございました・・・

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太鼓橋 6

2007-10-10 02:55:19 | 創作の小部屋
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倉子城物語
太鼓橋(たいこばし)

 6
 
「生きているといろいろとあるね・・・ここでの二十年間嘉平さんは必死に生きていたね・・・」
 お鹿はそう言って雨にたたかれる銀杏を眺めていた。
「わたしゃ、この四十年ここで待っている・・・あの人は島から帰ったらきっと帰ってくると言ったから」
「娘のようななおたねをつれてこの倉敷へ・・・なにもなけりゃあそんなことはしなえ・・・。お鹿さんの・・・人の裏も表も知っているお鹿さんの想像に任すよ・・・」
「嘉平さんは一体何者だい」
「髪結い・・・床屋さ」 
 嘉平は笑って言った。屈託の無い頬のゆがみのようだったが哀愁が漂っていた。
「諸中肩が凝っている」
「重たいのかい・・・」
「背負っている荷物が重いのかもしれなえ」
 嘉平は素直に喋った。
「おたねさんは今何歳に・・・」
 お鹿が尋ねた。
「さあ・・・三十三四になっているだろう」
「女の盛りだ・・・夫婦になっていないね・・・」
 嘉平はそう言われて驚いた。お鹿の眼力に一瞬たじろいだ。
「やはりね、嘉平さんらしいよ・・・でもそれではどちらも寂しい生き方を送ることになるよ」
「お鹿さんにはそう見えるかい」
「早く夫婦におなりな・・・おたねさんが可哀想だよ」
 夕立が少し小降りになりかけていた。銀杏のざわめきが少しだが静かになっていた。北の空が明るくなり広がり始めていた。
「好いて好かれていてどうして・・・江戸で何かやんごとないことがあったんだね」
「心の中にじっとしまっておかなくてはならないことの一つや二つはあるものだよ」
 嘉平はおたねの心を測りかねている自分をしっていた。それに・・・。これは例え何人にも漏らしてはならない秘密を嘉平はかかえていたのだった。
「夕立はいいねえ、通り過ぎるとぱぁと晴れて・・・人の心もそうはならないかね」
 お鹿がしみじみと言った
「今度通り雨の時に雨宿りをしたときにでも話すよ・・・あっしの話もそこらあたりに幾らでも転んでいる話だが・・・」

 おたねは引き戸を開けて夕立のしぶきを眺めながら嘉平を思い・・・あの最初の出会いを思いだしていた。


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瀬戸の夕凪 3

2007-10-09 16:48:41 | 創作の小部屋
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倉子城物語
  瀬戸の夕凪


 次の日、嘉平は仕事の合間を縫って、四十瀬へと向かった。

 村の西の外れにある色町を通り抜け、農家が点在し綿畑が続く一本の道を松山川の土手へ向かって行く。以外と道幅は広く、行き来する人の数もまた多い。下津井、玉島、連島から倉子城への道なのだ。嘉平は辺りの景色を眺め乍ら、歩いていた。

 この辺りは少しも変わらねぇ、と、嘉平は呟いた。

「あら、珍しいじゃありせんか」と田地を耕しながら声をかける百姓のかかあ。

「床屋の旦那、今日は何か用で」と荷駄を引く作男。

 道筋には銀杏が天を突く勢いで伸びている。

 遥か向うにこんもりと茂った林が見えた。松山川の土手道の下に高瀬舟の船着き場である、そこが四十瀬。人が集まりぁそれ相応の店が開く。めし屋に、茶店、小間物屋と言う具合に。荷車が通よやぁ鍛冶屋もいる。舟が通うやぁ大工もいる。数は少ないが、小さな村だった。

「この辺りに、半年くらい前から越して来た者がいるかい」

 と、顔馴染みの茶店のお鹿ばあさんに尋ねた。

「あら、嘉平さんいつ見たっていい男だねぇー」とお鹿は世辞を言った。

「お鹿さん、あんたも年はくわねえな」

「なんだい、年寄をかからつてはいけないょ」

「そんなことはいい、聞いてなかったのかい・・・」

「聞いてたよ。なにか訳ありの男のことだろう」

「そうだ、なにか心当たりがあるのかい」

 お鹿が言うには半年くらい前、ふらりと茶店にやって来て、

「この辺りに、砂鉄が出ると聞いたのだが何処か分かるかい」

 と尋ね、

「少しの間、身を置ける場所はないだろうか」と言ったという。

 お鹿は、その男が背負っている哀しみを感じたので、うちを手伝っていた飯盛り女が嫁いだ鶴形の東の早瀬の長屋を世話したと言った。

「それで、ここで作兵衛と逢ったのか・・・。よく此処へは来るのかい」

「あの人が何かしたのかい」

「いや、少し尋ねたいことがあってな」

「今年も銀杏がまた一段と元気がいいな」と続けた。

「ああ、はい」お鹿は嘉平の視線に習った。

 早瀬か、とんだところに落し穴。あそこは分かりにくいと嘉平は思った。

「ここに立ち寄ったら、嘉平が尋ねて来たと言ってくれ」

 と言い残して、その足で倉子城へ引き返した。


皆様御元気で・・・ご自愛を・・・ありがとうございました・・・

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太鼓橋 5

2007-10-08 17:56:48 | 創作の小部屋
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倉子城物語
太鼓橋(たいこばし)

 5

 和紙を貼るより古着の布を下地として使い表装する事が粋な江戸の人々には評判になっていった。嘉平はどぶ板長屋から表通りに店を持ち丁稚を二人雇う身になったのはそんなに時がかからなかった。
「これも無垢なおぼこを助けたご褒美か・・・いいことはしておくものだ」
 嘉平は時にそう思った。
 黒船が水と食べ物が欲しいと下田に現れて幕府を驚かせたのはそんなときだったか・・・。
御家人の勝小吉の子に生まれた勝麟太郎が海舟と名乗る頃のことである。江戸の町も勤王だ佐幕だと騒がしくなり八百屋町の往来も物騒になっていた。
嘉平は相変わらず仕事に勤しんでいた。
嘉平があのときの娘にあったのは・・・。
夏の夜、嘉平が古着屋から買い込んだ古着を背負いながら帰っていると大店の裏口から娘が着ていた物をはだけて飛び出して来た。嘉平を見るとはだけた胸を破れた着物で隠した。
「どうしたんだ」
 嘉平は叫んだ。そのときその娘があのときの娘だとは思っても見なかった。
 娘を追って男が現れた。男は腰に大小を差していた。この頃の商人は名字帯刀を許された者もいたから酔っぱらいの商人かと思った。
「言うことを聞け、悪いようにはしない」
 男の声音は少し御神酒が入っているのか言葉が濁っていた。
 娘はうずくまりふるえていた。
「言うことを聞けばこれから一生不自由はしないで済むのだぞ」
 娘は首を激しく振った。
「娘さんが嫌だと言っているんだ、いい加減にしたらどうだ」
 嘉平が中に入った。
「黙れ、おまえには関係ねえ」
「おまえさんは大店の主ではないのだな・・・野党か」
「喧しい邪魔をするな」
「この人達が押し込んできてみんなを・・・」
 娘はちいさく言った。
「正義のため悪徳商人に天誅を下したまでのこと」
 男はそう言いはなった。
 その頃天誅組が大店を襲い金品をせしめる事件が頻繁に起こっていた。
「天誅だと笑わかしちゃぁいけねえ・・・正義のためだといやあ何でも出来る世の中になったのかい・・・おめえがやっていることは押し込み、人殺しと言うんだよ・・・そうと聞きゃあ黙ってはおれねえ」
「やるというのか、儂は強いぞ」
「天誅組がこの娘を・・・どぅしょうと言うんだい」
「いい目を見させてやろうというのだ」
 男はすごんだ。そして、太刀を嘉平に向けて振り下ろした。
 嘉平はひょいと体をかわして逃げた。
「おまえは町人ではあるめえ」
 男は嘉平めがけて太刀を横に払った。嘉平は体をかわし身構えた。
「言ってわかる奴では無いらしい・・・」
 嘉平は懐の匕首に手を掛けた。
「目を瞑っていなよ」
 嘉平は娘に声を掛けた
「何をこしゃくな」
 男が上段から振り下ろしたとき嘉平は男の懐に入っていた。
 男はその場に崩れおちた。
「済んだよ」
 嘉平はなにもなかったように娘に声を掛けた。
 娘が目を開いたときにはなにもかも終わっていた。
 嘉平はその娘があの夕立の中で会った娘だと気づく前に娘が、
「あのときの・・・」
 と言った。
嘉平はなぜか悲しかった。こんな出会いはしたくないと思った。
「天誅組は何人いた」
「三人・・・店の者はみんな殺されて・・・」
「見られたか」
「はい」娘は肯いた。
「あぶねえな・・・生き証人はおまえさんだけと言うことになる」
「私はどうすれば・・・」
「帰る所はあるのかい」
 娘は頭を横に振った。


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瀬戸の夕凪 2

2007-10-07 17:51:42 | 創作の小部屋
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倉子城物語
  瀬戸の夕凪


 江戸時代、この村は床屋が火消しの役を兼ねていたから、人の出入り、細々とした噂も沢山集まった。嘉平の頭の中には、倉子城村の総ての人の事情が入っていた。誰がどのような暮らしをして、何処に住んでいるということも知っていた。道筋、路地の幅、天水桶の場所、家並みと、生き字引であった。

「はるばるこの倉子城に来て病に・・・」と聞けば放っておく事は出来ない。嘉平は縄文顔の四十を少し過ぎた男であった。備中の人には稀な人情家でもあった。

 話を聞くと、嘉平はじっとしておれず、何度か尋ねて面倒を見た。事情を尋ねたが、訳を言わなかった。

「作兵衛と言う人を尋ねてまいりました」

 おさよは嘉平の親切が本物だということが分かったのか、ぽつりと頬を赤らめて言った。やつれて頬が少し窪んでいた。

「作兵衛!」と返して考えたが、嘉平の記憶にはその名はなかった。

「この半年くらい前から、流れ者がどこかへ住みついたって話は聞かねえかい」

 嘉平は髭をあたりながら船倉の川人足の甚六に聞いた。

 甚六は仕事のない時には賭け将棋をして小遣い銭を稼いでいるという男だ。一年くらい前にどこからか流れつき、居心地がいいのか腰を落ち着けていた。筋の張り方で元は武士であると嘉平はにらんでいた。

「聞かねえょ。あんたが知らねえのに誰も知るめいよ」甚六はそう言って、

「今度の代官は飯より将棋が好きだということだが、本当かい」と問った。

「らしいな、なんでも倉子城村の名うての将棋指しを集めて大会をやるって噂があるんだが、おめいも出てみる気はねえか」

「あっしなんかその資格はねえょ、それに肩の凝ることは御免だからな。・・・ああ、さっきの話だが、この前四十瀬の土手で・・・」

 甚六は思い出したように言った。

「おい、それから・・・」嘉平は急いだ。

「擦れ違った男だが、旅の男ではねぇ、・・・何か匂った・・・」

「それをなんで早くいわねぇんだょ、それで・・・」

「焼けるような・・・鍛冶屋じゃねぇ。この村の人ではねぇ」

「四十瀬か」と、何かを思いだそうとしているのか、少し手を止めた。

 行ってみるか、嘉平は何でもいい糸口が欲しかった。

 おさよのことを思うと、じっとしている自分がいたたまれなかった。


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太鼓橋 4

2007-10-06 21:24:01 | 創作の小部屋
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倉子城物語
太鼓橋(たいこばし)

 4

「こりゃあ大変だ・・・」
 嘉平はそう言って走り出していた。四十瀬の銀杏の木をめざした。北の空がにわかに真っ黒くなりだんだんと大空を覆う様に広がり始めていた。稲光が走り落雷が轟き空を裂きながらだんだんと近づいてきていた。茶店に急ぐ人の数が増していた。
 銀杏の側のお鹿ばあさんの茶店で夕立をやり過ごそうと嘉平は考えたのだった。ついたとたんに大地に雨粒は突き刺さり水しぶきが散った。銀杏の木の葉が激しい雨にあってざわめき悲鳴に似た音を立てていた。
「どうやら間に合ったようだね」
 お鹿は息が上がって咳き込みそうになっている嘉平に声を掛けた。
「ああ、ようやく・・・俺も歳を取ったものだ」
「あの頃はまだ若かったのにね・・・」
「・・・」
「もう二十年も前かね・・・嘉平さんがかわいいおたねさんとこの倉敷村へ来たのは」
「そんなに突っかかるもんじゃねえよ」
「訳あり同士・・・そんな匂いがしたんだよ」
「お鹿さんにはかなわねえよ」
「まあ、茶でも飲んで少し話でも・・・冥土への土産話と言うところ・・・」
 お鹿は奥に入って茶の用意を始めた。店は通り雨待ちの客で賑わっていた。一通り客の相手をしてお鹿は嘉平に茶を持ってきた。
「月日の流れるのは早いね・・・おたねさんは息災かね」
「ありがとうよ、今じゃあっしがこき使われているぜ」
「夫婦はそうでなくちゃ・・・私だって・・・」
「お鹿さん、何十年になるんだい」
「歳かい」
「ここに来て、この倉子城に来てだよ」
「なにいってんだよ・・・わたしゃ・・・」
「根っからの地の者ではあるめえ」
「今日は嘉平さんのことを・・・私の事は・・・」
「話が聴きてい」
 嘉平は茶を啜って言った。
「四十年かね・・・ある人をここで待っているのさ・・・それより嘉平さんの話を・・・」
「あっしだって、一度通り雨を軒下で・・・それが縁で・・・」



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瀬戸の夕凪 1

2007-10-05 21:57:24 | 創作の小部屋
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倉子城物語
         瀬戸の夕凪(ゆうなぎ)


 その男が鶴形山の東のどぶ板長屋に住み始めたのはいつの頃だったか。口うるさい長屋の女房達も覚えていない。いつの頃からか住み始め、どんな顔付で、何を生業にして、と問われても、逢っていても一度か二度、応えられないのが当たり前であろう。

 月のない夜にすれ違ったようなもの、聞くほうが野暮であろう。

 男はじっと家にいるというのではなく、よく家を空け、長い時は一ヵ月近く留守をする事もあった。

 男が家にいる時には、小鏨を打つ金槌の微かな音、擦るような響きが聞えていたはずだが、周囲の喧騒に掻き消されたのだろう。


 男の名前が分かったのは・・・。


 おさよが倉子城に来たのは、梅雨もあけようとしていた時期であった。おさよは大坂から海路で備前藩の下津井港に着き、高瀬舟で松山川を遡り四十瀬で降り倉子城へ入ったらしい。女の足ではその方が楽だし、危険も少ない。女の一人旅と言えば、三味線流しか、枕探しのような男顔負けの度胸がなくては出来なかった時代だったから、よくさがの事情があったのであろう。

 倉子城に入ったおさよは、本町に宿を借り、作兵衛を捜し歩いた。

 備中領内は広いが、倉子城村に限って言えば、二日もあれば隈無く歩けた。が、おさよは尋ねながら四日間捜した。それでも、作兵衛を見付ける事は出来なかった。足に食い込む草鞋が何足も変わった。

「倉子城で作兵衛に逢った」

 と言う噂を耳にしたおさよは、それを頼りに脚を運んだのであった。

 おさよは見つからないという落胆と、梅雨明けのこの地方の気候に疲れ切った。

 備中の夕凪は梅雨があける頃から始まる。昼間には海からの心地よい風が流れてくるが、夜になるとぱたっと立ち止まる。蒸し風呂の中にいるような夜が続くのだ。この土地で育った者ですら、

「魚に果物自然の恵み、天災少なく住みよいが、瀬戸の夕凪なけりゃ天国」

 と歌にしたほどの強かな夕凪であった。

 江戸育ちのおさよには耐えられずに体は衰弱して風邪を患った。数日、床に身を横たえたが起き上がる気力もなく、小働きのみつが付ききりで額の手拭を替えたのだが、恢復をしそうになかった。

「長旅とこの季節の所為でしょうな。よく眠って、美味しいものを沢山頂いて、まあ、ゆっくりと今までの疲れを取ると考えればどうでしょうな」

 呼ばれて診た医者の島田方軒が優しく言った。

「はい」とおさよは消え入るような声で頷いた。

 おさよにとって、作兵衛に逢えないという事がその原因であった。今まで張り詰めていた気力が無くなっていたのだ。

「なんだ、あれは心の病だな」

 と島田方軒が、床屋の嘉平に総髪の裾を揃えて貰いながら言った。

「へーえ、先生がそこまで入れ込むとなりますと、大層にいい女ということになりやすかね」と嘉平はからかった。

「そりゃあ、隅田川の水と松山川の水の違い・・・」

「どっちがどうなんでしょうねぇー」

「それにしても、不憫という他ないな。知らぬ土地で病になるとは・・・。おぼこではないが、嫁してまだ日が浅いと診た」

「なんです、脈を診たのではなく体付きを見たのですかい」

 と嘉平は言って頬を緩めた。

「この歳になって何が楽しみかというと、この仕事は何憚る事無く女子の裸が見られるという事だな」と、島田も鼻の下を延ばした。

「有り難いことに、私には娘がおりません」と嘉平は嗤った。

 その後、村に住む人達のことが二人の言葉のやり取りになり暫らく続いた。


皆様御元気で・・・ご自愛を・・・ありがとうございました・・・

恵 香乙著 「奏でる時に」
あいつは加奈子を抱いた。この日から加奈子は自分で作った水槽の中で孤独な魚と化した。

山口小夜著 「ワンダフル ワールド」文庫本化決定します・・・。
1982年、まだ美しかった横浜―風変わりなおんぼろ塾で、あたしたちは出会った。ロケット花火で不良どもに戦いを挑み、路地裏を全力疾走で駆け抜ける!それぞれが悩みや秘密を抱えながらも、あの頃、世界は輝いていた。大人へと押しあげられてしまったすべての人へ捧げる、あなたも知っている“あの頃”の物語。

山口小夜著「青木学院物語」「ワンダフル ワールド」の文庫本・・・。

作者のブログです・・・出版したあとも精力的に書き進めています・・・一度覗いてみてはと・・・。
恵 香乙さん

山口小夜子さん

環境問題・環境保護を考えよう~このサイトについて~
別の角度から環境問題を・・・。
らくちんランプ
K.t1579の雑記帳さん
ちぎれ雲さん

太鼓橋 3

2007-10-05 09:32:17 | 創作の小部屋
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倉子城物語
太鼓橋(たいこばし)

 3

 帰りを急ぐ嘉平は四十瀬の銀杏をめざしていた。
「夕立でも来るか・・・」嘉平は舌打ちした。
 空には入道雲がもくもくと広がり北の空がたちまち黒ずんで来ていた。
「二十年か・・・あの日も夕立の・・・雨宿りに大店の軒先を借りてやり過ごそうとしたところでおたねに逢った・・・」嘉平は遠くへ眼差しをなげて言った。
 
いいところの下働きの下女らしく身なりはきちんとしていた。大きな風呂敷包みを大事そうに胸に抱えていた。年の頃は十二三に見えた。
「なあに、夕立だ、直ぐ通り過ぎるよ」
 嘉平はその女に軽口をたたいていた。
 嘉平は彫金師に弟子入りをしたが長く続かず一人前になる前に辞め大工や差し物大工もやったが長くは続かなかった。若かった嘉平は血の気が盛んで喧嘩に女と遊び歩いていたからだった。今では表具師のまねごとをしてその日のめしの種を稼いでいた。嘉平は古着を下地としてその上に表装し表具師のまねごとをし、珍しがられて評判になろうとしていた。今日も古着屋周りをしての帰り路だった。
 娘はおびえたような表情で嘉平を見たがこっくりと頷いた。
「帰りは近いのかい」
 娘は首を横に振った。
「そうかい、急ぐのかい」
 娘は頷いた。
「ここで待っていな、そこらで傘を借りてきてやるから」
 そう言うと嘉平は雨の中を走り出していた。嘉平の後ろ姿を娘は心配そうにながめていた。
 嘉平は何処で都合を付けたのか直ぐに戻って来た。
「気を付けて帰りなよ」
「すみません。この荷物は婚礼の衣装なのです、それを届けに・・・。傘は・・・」
 娘は小さな声でそう言った
「なに、ここで逢ったのも何かの縁だ・・・」
「私は大黒屋の下働きのおたねと申します、このご恩は忘れません」
 おたねはそう言って裾をからげて雨の中へ消えていった。その後ろ姿に嘉平は元気でやりなと言葉を落とした。


皆様御元気で・・・ご自愛を・・・ありがとうございました・・・

恵 香乙著 「奏でる時に」
あいつは加奈子を抱いた。この日から加奈子は自分で作った水槽の中で孤独な魚と化した。

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