冬の空 5
瓦板売りと高杉が入れ替わる。子供連れ。
瓦板売り 孫一郎率いる元騎兵隊は十数艚の小舟に乗って、穏やかな瀬戸の海を滑るよ うに渡り、港、港、で戦の支度の小物をしたてやして、成羽藩の港、連島角浜へ第一陣 が着きやしたのは四月九日、たつぷりとお陽さんを残した頃でやした。一辺に上陸する とてえ変な事になりやすから、ヤットコ、江長と時と処を替えやしたょ。
子供 サアサ、これからどうなるか・・・。
上手の明かりの中。背景を工夫。
孫一郎と原田と兵助。大川小助と騎兵隊士数名。
孫一郎 原田、あんたなら、誰も怪しむまい。晒しをしこたま調達して貰いたい。それ に、皆の者に食事を、そして、荷駄を牽く人夫を・・・。
原田 味方の印の鉢巻きにですかい。それに・・・。かしこまった。
孫一郎 御家人崩れが、幕府の手の代官襲撃に手を貸す、そんな世の中になったのかい 。暴徒と化してなお・・・。
原田 そう言うあなただって・・・。自分の生きる道を・・・。
孫一郎 下津井屋をやったのは代官だと、それは本当か・・・。
原田 もう済んだことでさぁー。この戦はあなたの遺恨であっちゃあなるめえから・・ ・。何だかんだと言つてもここまで来たってことでさぁー。もう後には引けねえー・・ ・。が・・・。
孫一郎 馬鹿が壊して、利口が造るということか?それにしても、原田の生き方は、御 家人が・・・。
原田 それも言うなら、元天誅組と・・・。まあ、時世でさあー。勝つたが大将、立石 さんよ、人間てぇなぁいざとなりぁ当てに出来やせんぜ。
孫一郎 そうよのう。だがのう、もう動きだしておる。元に戻せぬならば前に進むしか あるまい。
原田 あっしなら、もう廃めたーで、はいおさらばょと穴を捲くって逃げまさあー。
孫一郎 その手もあるが・・・。この私には出来ん。商人上がりゆえに、商人、たかが 商人とその謗りの方が・・・。
原田 分かりやす。
兵助 隊長!
孫一郎 年端もないこの者どもを、陽の当たる場所へ出してやりたい。
原田 この戦、何の為に・・・。立石さんよ、無駄な事かも知れねえよ。
孫一郎 無駄と分かっていても男としてやらねば為らぬ時がある。
坂太郎が出てきて。
坂太郎 隊長、みんなやる気です。この勢いで一機に、倉敷代官所に攻め込みましょう 。そして、松山へ・・・。
小助 隊長、やりましょう。
孫一郎 皆を少し休ませろ。坂太郎、ほんにこの戦、高杉さんは喜んでくれるであろう か。して、下津井会談に出た者は糾合してくれるだろうか?
坂太郎 何を今更、百五十名の隊士たちの為にも、今迷っておられる時ではありません 。生きる場所、死に場所を与えてやらねば、もう帰るところはないのですから。
小助 そうです。
兵助 隊長・・・。
孫一郎 よし、前へ。潮騒になろう。みなの者に伝えよ、早暁に襲撃をする。と。
坂太郎 ハッ!
小助 ハッ!
原田 風がすっかりみどりに変わりやしたよ。もうすぐにくそ暑い夏が・・・。
坂太郎 あなたは何が・・・。
原田 いや、なんでも・・・。じぁ、ひと働きをしてくるか。
中央の明かりの中。
竜馬とお竜が出てきて。
竜馬 立石もやるもんぜよ。高杉が泣いて喜ぶか、馬鹿がとその短慮を嘆くか・・・。 どちらにしても・・・。
お竜 あなたは、何方でもええのですやろ。お人が死んだ分だけ儲かるのやよって・・ ・。
竜馬 時代が変わるときにゃー人は死ぬき。つまらん世のなかじゃきに、はよう代えに ゃあー。日本の中で戦争をしとると、日本の國がのうなるきに、虎視眈眈と外國がゴー ルドカンパニーを狙ようるきに。
お竜 アメリカ、エゲレス、フランス、ホルトガル、オランダ、オロシャがですか、そ のためには、はように一つに國を固めてと・・・。
竜馬 立石もその礎じゃき。そのぶん、このわしが・・・。
お竜 そう言うあんさんも礎にと・・・。
竜馬 ふふふふ。今に見ちょれ、このわしがこの國を洗濯しちゃるきに。
下手のトップに。
高杉晋作と清水美作が。
晋作 こん忙しいときに、ややこしい事をやつてくれたのう。
清水 追っ手を出したが、船脚がはようて・・・。
晋作 仕方がなかろうのう。
清水 将軍家茂が大坂城で長伐の指揮を執り、諸藩に号令を懸けこの際一気にわが藩を 葬りたいと・・・。
晋作 東に幕府軍を、海に諸外國の軍艦の群れ、まさに・・・。袋の中のなんとかじゃ のう。
清水 それにしても、何と言う事だ。己れの私恨の為に・・・。
晋作 だが、これで少しは時を稼げるかもしれんと思うと・・・。
清水 じゃが、火に油をということにもなりかねん。
晋作 長州を脱藩してと、ここは言い張って・・・。
清水 見捨てるか?
晋作 まあ、それしかありますまいな。
清水 それとも、脱藩者として、暴徒として・・・。
晋作 やむなしか・・・。
清水 万一、帰りましたら・・・。
晋作 川・・・。
清水 かわ?
4
源内の書斎、小道具と明かりの処理。
静がうんざりして、電話に出ている。
三太郎、五右衛門、茶子兵衛がいる。
静 はい。何処へ行ったかは・・・。ええ、分かりません。御免ください。
三太郎、五右衛門、茶子兵衛が歌う。
「主人は何をするものぞのセレナーデ」
主人は、どこへ、いずこへ、
花も嵐も踏み越えて、ゆくは男をの生きる道とほざいて、自分勝手の横暴に泣くは女の定めでしょうか。結婚前は、愛しい恋しと言う言葉、おまえにきみにあるようなもの、月があんなに明るいのも、きみの美しい姿を照らすため、すずやかなる瞳、天を仰ぐ可愛らしい鼻、米も縦にしても入らぬ小さな唇、その出るところとへっこんだ所のナイボデイ・・・いいえ、何にも増して、汚れを知らぬ清らかな心の姿だ。とうまい言葉に乗せられて・・・。それもその筈、物書きの端くれでした。それからが忍従と我慢の日々で・・・。あなた、あなた、どこでどうしているのやら・・・。
小町が出てきて。
小町 お母さま!
静 はい。
小町 今、玄関に変な人が・・・。
静 変な人・・・。
小町 はい。児島屋与兵と申しておりますが。
静 児島屋与兵と言えば・・・。
小町 慶応年間の倉敷村の庄屋であったそうでありますが・・・。それに、浜田屋の壇 那様もご一緒に・・・。
静 どのような御用でしょうか・・・。
小町 さあー・・・。
静 何はともわれお話を・・・。
小町 はいでは・・・。
小町が去る。
三太郎 何だかややこしい事になりそうでやすょニニヤーン。
五右衛門 江戸時代の人間が・・・恐いワワワン。
茶子兵衛 源内主人の頭が混乱しているようですわニヤーンにニヤン。
小町に案内されて、児島屋、浜田屋が入って来る。
児島屋 お初にお目にかかります。私は、児島屋・・・。
浜田屋 私が、浜田屋でございます。
静 ど言うことでございましょうか?
児島屋 何か好からぬ、胸騒ぎが・・・。
浜田屋 最近は、押し寄せる雄叫びが、耳の奥で・・・。
児島屋 あの当時、この村の商人は皆、米商人の看板を表に掲げ、裏では金貸し。。。 ・。それも生きんがためでありました。
浜田屋 京大坂へ津留めを破り荷を送ったのは、少しでも食物をその日暮しの人の為と ・・・。
静 わかりました。それで、源内に何か・・・。
児島屋 源内先生に、城山三郎の本を読んで理解をして、その後の善行を以て物語を進 めて欲しいと思ってお訪ねいたした次第でございます。
浜田屋 この私も、歴史は時の実力者によって曲げられることが多くて・・・。その事 を・・・。
静 はい。よく分かりました。帰りましたらそのように・・・。
小町 わざわざ、明治の世から・・・。ええ、(引っ繰り返った)
小町に駆け寄る、三太郎、五右衛門、茶子兵衛。
「ニヤーワワンワンニニニンニンニヤーン」
静 そうなのですか?(その場に崩れながら)何が何だか、ああ、おお、・・・。
「ワワンワンワワーニヤンニヤーンニンニヤニンヤニン」
犬猫三匹が引っ繰り返る。
5
四十瀬から、倉敷村への道筋。
暗やみに荷駄を牽く一団、シルエット。
孫一郎 女子子供に手を掛けてはならん!
一行が続く、静に、黙々と、スローモウションで。
坂太郎 向山に、鶴形に大砲を配置し、南門、西門を破り焼き払え。
倉敷の風景が段々と明かりによって浮かび上がってくる。
早暁の風景である。
突然、大砲が打ち込まれる音が鳴り響く。
ホリゾンとが段々と燃える赤に変わる。
大戸を打ち敲く音が続き、
元騎兵隊士達 「おおーうー」
大川小助 「西門が落ちたぞ」
引頭兵助 「南門も落ちだぞ」
坂太郎 「怪我を負うな、逃げる者を深追いするな」
原田 「代官桜井の首を執れ」
蠢く元騎兵隊の雄叫びと、ケペール銃の音。
倉敷の風景の奥のホリゾントが真っ赤に燃えだす。
舞台は雑然として明かりの交錯が縦横無尽である。
観竜寺の山門の前。
孫一郎と坂太郎と兵助。
倉敷の太鼓の音が鳴り響く。
坂太郎 代官所がまだ燃えていますよ。
孫一郎 (腕組をして)うーん。
兵助 隊長!
坂太郎 何分にも、腹が立つ、代官が留守であったことが・・・。
孫一郎 さだめか・・・。
坂太郎 隊長、大店から軍用金を調達して、いち早くこの倉敷を・・・。隊士たちも意 気が上がっています。
小助 熱き心を冷ましてはなりません。この期に一機に松山城を・・・。
孫一郎 この観竜寺で暫しの休憩を・・・。
坂太郎 このまま、隊士たちの体を駆け巡る、闘争本能を・・・。
小助 獣の血を冷ましてはなりません。
兵助 隊長、みんなを休ませて・・・疲れています。
原田が出てきて。
原田 立石さんょ。あっしゃ此処らで消えまさぁー。幕府と長州を敵に回して・・・。 あっしにゃー、國を思う心も、隊士たちのこれからを思う心も持っちゃあいねえ。命あ ってのものだね・・・。
坂太郎 何が言いたいのだ。
原田 立石さんよ、世のなかそんなに甘くねえ。敵は外にも中にもいるやも知れやせ んよ。
孫一郎 よい。もうとつくに命は捨てておる。お前は、生き延びて次の世を見つめてく れ。
小助 隊長、そんな弱気では指揮に差し障ります。
原田 もう立石さんの務めは済んだ、これから蝦夷へ・・・。
坂太郎 何を、戯けたことを、大望に水を指すのか?
原田 さあてー、備前岡山藩はこの事件をどう処理するか、その動きが、倒幕の輩には 気掛かりであった事でやしょうな。岡山藩は長伐に兵を出しておるが・・・。
孫一郎 何が言いたいのだ。
坂太郎 隊長、この者の戯言を聞いては為りません。
小助 そうです。
孫一郎 原田、もう、どうでも良い。私は、時代の流れの一つの泡、海の潮騒、人が、 どのように考え利用したか・・・。もう良い。行かれい・・・身を案じよ。
原田 この時代には、立石さんのような男もいたと・・・。あばよ!
原田が去る。
兵助 隊長!
坂太郎 迷っては為りません、ここは予定の道程を・・・。
孫一郎 二刻後に松山へ起つ!
小助 ハッ!そのように。
岡山藩主が出て。小姓が太刀を持ち控えている。
岡山藩主 元騎兵隊士に何もしてはならん。健気である。百姓町人、その暴徒の群れが ・・・。幕府もここに極まれり。この岡山藩、あくまで中立にして、幕府の朝廷の戦い をじっと見守る。領内に逃げてきたら、捕らえてはならん、殺してはならん。追い返せ 。
6
おけいと正吉、千之輔、お鶴。
下手のトツプに、
おけい これが旦那様のさだめなのですか?
子供達 お父さま・・・。お母さま・・・。
7
瓦板売りが。子供が走り回っている。
瓦板売り 立石元騎兵隊士一行は観竜寺で暫しの休息を取りやして、大店から軍用金を 六千両程せしめ、荷駄を引きながら浜の茶屋、西坂を通り山手を抜け、宝福寺にへ入り やしたょ。そこ で、打ち合せの示し合わせた同志達を待ちやしたが、一人として駆け 付けるものはいやせんでやしたよ。約束合意なんか絵に描いた餅、焼いても炊いても食 えやぁしねえ。がっくり、立石膝を落として悔しがりやしたが。だが・・・、思いなお しやして・・・。
子供 孫一郎の心中いかばかりか・・・。
宝福寺境内
孫一郎が座禅を組んでいる。小僧がお茶を運んできて。
僧侶が現われ、
僧侶 心が乱れておるな。己れのやったことを後悔しておるのじゃな。
孫一郎 ・・・。
僧侶 隊士達のあのあどけない仕草や笑い、何が・・・。
孫一郎 私は・・・。
僧侶 あの者達を道ずれに・・・。心が千々に乱れるのも・・・。
孫一郎 私は・・・。これから・・・。
僧侶 定めに生きる、それが一番強い生き方かもしれんな。
そこへ坂太郎が、
坂太郎 物見の報せで、松山城より立石元騎兵隊を掃討の兵が、出立つしたとの報せが 、隊長、御決断を!
孫一郎 僧侶、ご迷惑をおかけいたしました、後免。(立石は立って)よし、みなの者 に伝へよ。支度が整いしだい松山を攻める。
坂太郎 ハッ!
僧侶 立石様、善い月でございます。
孫一郎 月、この私をも照らしてくれるというのか?
孫一郎が見上げた。
8
瓦板売りが。子供が泣いている。
瓦板売り
立石が号令を掛けやしたのは望月の明かりの下、百五十名の元隊士達が高梁川沿いを荷 駄を引きながら、険しい権現岳を通り豪渓へ、そこで、酒の鑑を割りこれからの精を付 けるために酌み交わしやしたょ。
「ズシン」と宝福寺の方で大砲の音がいたしやした。その音に振り返った隊士たちは、 一気に井山、秋葉山を目掛けて走りだしてやした。
子供 獣道を一路宝福寺・・・。
「宝福寺の東にある、蛤御門の変の相手、蒔田藩の浅尾陣屋を討つ、引返せ」の孫一郎の声。
「おう」の多勢の声。
浅尾陣屋は直ぐに落ちやした。それから、
孫一郎、坂太郎、兵助。
坂太郎 隊長、これから・・・。
兵助 隊長!
孫一郎 もう、松山へはとどかぬ。今はもう、備中の離れ虎となってしもうた。
坂太郎 南騎兵隊へ帰りましょう。高杉先生も我々の行動は分かってくれるはずです。兵助 隊長!
孫一郎 ここで極まれ理、隊を解く。みなの者に、金子を分け与えよ。それぞれの定め に任せよう。
坂太郎 ここは皆で・・・。
小助 此処は急いで結論を出されぬ方が・・・。
孫一郎 これ以上、長州、高杉さんに迷惑はかけられん。
坂太郎 隊長、一先ず周防へ・・・。
孫一郎 この私は、責任を取りに南へ帰るが、立石一人でよい。
兵助 私も・・・。
坂太郎 この私も・・・。
兵助 隊長、蝦夷へ逃げましょう。
小助 蝦夷へ落ち延びて・・・。
坂太郎 (咳き込んだ)この私は帰ります、が、隊長は皆の者を連れて蝦夷へ・・・。兵助、その方が・・・。
孫一郎 坂太郎、大事にいたせ。みなの者に伝えよ。この戦、ここにて散ろうと。まと まって行動すれば格好の的になるゆえ。私に着いてきたいものは、瀬戸を渡って多度津 で合おうと・・・。
瓦板売りが。子供。
瓦板売り
そこから、懐に金子をかかえ、てんでに逃げ惑う旅が始まりやしたよ。代官は芸州口から早速く引き返し、玉島の港で待ち受け暴徒を捕まえやしたょ。その他 のものは連島、呼松、通生、下津井から舟を仕立てて渡りやした。
子供 運の無いものは捕まりやした。
櫻井が出てきて。
櫻井 憎っくき立石、町人の分際で、幕府に楯突いた奴。いまや、備中の放虎になりて 逃げ惑っておる。この櫻井、一人たりとも生かさでおくものか、逃して為るものか!
瓦板売りが。子供が。
瓦板売り 桜井の手を逃れた隊士たちは孫一郎と落ち合い舟を仕立てて帰るとことてな い故郷へ・・・。帰る、いや蝦夷への隊士達の意見は一致せず・・・。舟は周防へ流れ 行く。
船上で。
孫一郎と坂太郎、兵助が、
坂太郎 隊長、きっと高杉先生は分かってくれるはずです。許してくれるはずです。
孫一郎 そうあって欲しいが・・・。
坂太郎 私は、周防に上陸して清水美作総督に合い、それから高杉先生に・・・。
孫一郎 それは、この立石の・・・、お前は隊士達を引き連れて蝦夷へ逃げてくれ。こ の責任を・・・。
坂太郎 私もご一緒させて下さい。
兵助 隊長!
坂太郎 (咳き込みながら)隊長、き・つ・と・・・。
孫一郎 ここで、別れよう。死に急ぐことはなかろう、身を案じょ。
坂太郎 隊長・・・。あの・・・。これは・・・。
周防の島田川河口。
櫛部坂太郎と元隊士達が、飛び出してくる。声が・・・。
「櫛部坂太郎、以下、元騎兵隊に告ぐ。長州南騎兵隊と称し、備中倉敷代官所並びに蒔田藩の浅尾陣屋を焼き払った暴徒、この地に足を踏み入れることはまかりならん。
撃て!」櫻井久之助の声。
銃声か一斉にして元隊士達はバタバタと倒れる。
坂太郎倒れながら、苦しい息の下で。
坂太郎 高杉先生、備前岡山藩は動きませんでした。動きませんで・し・た。
島田川の橋のうえ。
孫一郎と兵助 川が流れている感じを表す。
兵助 隊長・・・。清水総督は・・・。危険です。
孫一郎 計るものには計られよ。
兵助 隊長。
小助 隊長、川向こうに明かりが・・・。
孫一郎 川へ飛び込め!
兵助 隊長も・・・。
小助 隊長、逃げてください。此処は私が・・・時を稼ぎますゆえ。
孫一郎 何を言っておる私はどうなってもかまわん。騒動の責任をとりに・・・。
小助 隊長一人だけ、この私も・・・
「ドドン」と銃声の音が響く。
小助が倒れる。
兵助はおろおろとしている。
孫一郎 小助!
孫一郎、のた打ち倒れる。崩れ起き上がりつつ、
竜馬殿、これでよかつたのですな、約束は商人の信用、受け取って下されょ。世の中は否もの、武士のあなたが商人に、商人の私が武士の真似事を・・・。分と育ち、その事が・・・。今改めて・・・。兵助、お前は逃げて、私の変わりに移り行くこの國を・・・。
孫一郎倒れ落ちる。
兵助 隊長!ー 隊長!たいちよう!
9
お竜が。
お竜 高杉晋作はろうがいにて、亡くなり、その後、竜馬は友の中岡慎太郎と・・・。質屋の蔵で惨殺・・・。
今、私の心のなかには、真っ赤に燃える代官所が・・・。それは、竜馬の思いの様。明治維新を見る事無く歴史の中に・・・。竜馬が、薩長連合に尽力したとか、大政奉還に立ち合ったとか、誰が、何方が、見たというのでしょう。土佐の郷士でその上脱藩浪人にそんな事が果たして出来たでしょうか?金の亡者、坂本竜馬に・・・。
人とは何と愚かで、悲しいのでしょう・・・。
舞台全体が真っ赤に染まる。
10
真っ赤な舞台に立石が、源内が、茫然と立っている。
源内が倒れる。
家族全員がうち揃って
「あなた」と静「お父さま」と小町。
「ニヤンゴロゴロワワンワンニヤンニーンキヤンキーヤン
ワワキャンニヤン」
源内ゆっくり起き上がり
源内 燃えている燃えている。幕府直轄倉敷代官所が・・・。
天領倉敷代官所炎上!
ホリゾントが舞台が真っ赤に染まっている。
元騎兵隊が、舞台を駆け巡る。
ゆっくりと幕
この脚色原稿は以下の参考文献を元にして書かしてもらった。
角田直一著「倉敷浅尾騒動記」
司馬遼太郎「倉敷の若旦那」
徳富蘇峰の書
倉敷の郷土史家井上賢一氏、特に井上氏より貴重なご意見を頂戴しました。
あくまでこの台本は作者の創作である。関係者の方に悪意があるものではありません。 実名が同じでも、あくまで舞台公演上に創作したものです。ここに改めてお断わりをい たしておきます。
原作者 今田東 脚色 吉馴 悠
この小説は 「海の華」の続編である 「冬の華」の続編である 「春の華」の続編である 「夏の華」の続編である「秋の華」の続編である 「冬の路」の続編である 「春の路」の続編である 「夏の路」の続編である 「秋の路」の続編である「冬の空」は彷徨する省三の人生譚である。
この作品は省三40歳からの軌道です・・・。ご興味が御座いましたら華シリーズもお読み頂けましたらうれしゅう御座います・・・お幸せに・・・。
続きは「春の空」に続く・・・。
瓦板売りと高杉が入れ替わる。子供連れ。
瓦板売り 孫一郎率いる元騎兵隊は十数艚の小舟に乗って、穏やかな瀬戸の海を滑るよ うに渡り、港、港、で戦の支度の小物をしたてやして、成羽藩の港、連島角浜へ第一陣 が着きやしたのは四月九日、たつぷりとお陽さんを残した頃でやした。一辺に上陸する とてえ変な事になりやすから、ヤットコ、江長と時と処を替えやしたょ。
子供 サアサ、これからどうなるか・・・。
上手の明かりの中。背景を工夫。
孫一郎と原田と兵助。大川小助と騎兵隊士数名。
孫一郎 原田、あんたなら、誰も怪しむまい。晒しをしこたま調達して貰いたい。それ に、皆の者に食事を、そして、荷駄を牽く人夫を・・・。
原田 味方の印の鉢巻きにですかい。それに・・・。かしこまった。
孫一郎 御家人崩れが、幕府の手の代官襲撃に手を貸す、そんな世の中になったのかい 。暴徒と化してなお・・・。
原田 そう言うあなただって・・・。自分の生きる道を・・・。
孫一郎 下津井屋をやったのは代官だと、それは本当か・・・。
原田 もう済んだことでさぁー。この戦はあなたの遺恨であっちゃあなるめえから・・ ・。何だかんだと言つてもここまで来たってことでさぁー。もう後には引けねえー・・ ・。が・・・。
孫一郎 馬鹿が壊して、利口が造るということか?それにしても、原田の生き方は、御 家人が・・・。
原田 それも言うなら、元天誅組と・・・。まあ、時世でさあー。勝つたが大将、立石 さんよ、人間てぇなぁいざとなりぁ当てに出来やせんぜ。
孫一郎 そうよのう。だがのう、もう動きだしておる。元に戻せぬならば前に進むしか あるまい。
原田 あっしなら、もう廃めたーで、はいおさらばょと穴を捲くって逃げまさあー。
孫一郎 その手もあるが・・・。この私には出来ん。商人上がりゆえに、商人、たかが 商人とその謗りの方が・・・。
原田 分かりやす。
兵助 隊長!
孫一郎 年端もないこの者どもを、陽の当たる場所へ出してやりたい。
原田 この戦、何の為に・・・。立石さんよ、無駄な事かも知れねえよ。
孫一郎 無駄と分かっていても男としてやらねば為らぬ時がある。
坂太郎が出てきて。
坂太郎 隊長、みんなやる気です。この勢いで一機に、倉敷代官所に攻め込みましょう 。そして、松山へ・・・。
小助 隊長、やりましょう。
孫一郎 皆を少し休ませろ。坂太郎、ほんにこの戦、高杉さんは喜んでくれるであろう か。して、下津井会談に出た者は糾合してくれるだろうか?
坂太郎 何を今更、百五十名の隊士たちの為にも、今迷っておられる時ではありません 。生きる場所、死に場所を与えてやらねば、もう帰るところはないのですから。
小助 そうです。
兵助 隊長・・・。
孫一郎 よし、前へ。潮騒になろう。みなの者に伝えよ、早暁に襲撃をする。と。
坂太郎 ハッ!
小助 ハッ!
原田 風がすっかりみどりに変わりやしたよ。もうすぐにくそ暑い夏が・・・。
坂太郎 あなたは何が・・・。
原田 いや、なんでも・・・。じぁ、ひと働きをしてくるか。
中央の明かりの中。
竜馬とお竜が出てきて。
竜馬 立石もやるもんぜよ。高杉が泣いて喜ぶか、馬鹿がとその短慮を嘆くか・・・。 どちらにしても・・・。
お竜 あなたは、何方でもええのですやろ。お人が死んだ分だけ儲かるのやよって・・ ・。
竜馬 時代が変わるときにゃー人は死ぬき。つまらん世のなかじゃきに、はよう代えに ゃあー。日本の中で戦争をしとると、日本の國がのうなるきに、虎視眈眈と外國がゴー ルドカンパニーを狙ようるきに。
お竜 アメリカ、エゲレス、フランス、ホルトガル、オランダ、オロシャがですか、そ のためには、はように一つに國を固めてと・・・。
竜馬 立石もその礎じゃき。そのぶん、このわしが・・・。
お竜 そう言うあんさんも礎にと・・・。
竜馬 ふふふふ。今に見ちょれ、このわしがこの國を洗濯しちゃるきに。
下手のトップに。
高杉晋作と清水美作が。
晋作 こん忙しいときに、ややこしい事をやつてくれたのう。
清水 追っ手を出したが、船脚がはようて・・・。
晋作 仕方がなかろうのう。
清水 将軍家茂が大坂城で長伐の指揮を執り、諸藩に号令を懸けこの際一気にわが藩を 葬りたいと・・・。
晋作 東に幕府軍を、海に諸外國の軍艦の群れ、まさに・・・。袋の中のなんとかじゃ のう。
清水 それにしても、何と言う事だ。己れの私恨の為に・・・。
晋作 だが、これで少しは時を稼げるかもしれんと思うと・・・。
清水 じゃが、火に油をということにもなりかねん。
晋作 長州を脱藩してと、ここは言い張って・・・。
清水 見捨てるか?
晋作 まあ、それしかありますまいな。
清水 それとも、脱藩者として、暴徒として・・・。
晋作 やむなしか・・・。
清水 万一、帰りましたら・・・。
晋作 川・・・。
清水 かわ?
4
源内の書斎、小道具と明かりの処理。
静がうんざりして、電話に出ている。
三太郎、五右衛門、茶子兵衛がいる。
静 はい。何処へ行ったかは・・・。ええ、分かりません。御免ください。
三太郎、五右衛門、茶子兵衛が歌う。
「主人は何をするものぞのセレナーデ」
主人は、どこへ、いずこへ、
花も嵐も踏み越えて、ゆくは男をの生きる道とほざいて、自分勝手の横暴に泣くは女の定めでしょうか。結婚前は、愛しい恋しと言う言葉、おまえにきみにあるようなもの、月があんなに明るいのも、きみの美しい姿を照らすため、すずやかなる瞳、天を仰ぐ可愛らしい鼻、米も縦にしても入らぬ小さな唇、その出るところとへっこんだ所のナイボデイ・・・いいえ、何にも増して、汚れを知らぬ清らかな心の姿だ。とうまい言葉に乗せられて・・・。それもその筈、物書きの端くれでした。それからが忍従と我慢の日々で・・・。あなた、あなた、どこでどうしているのやら・・・。
小町が出てきて。
小町 お母さま!
静 はい。
小町 今、玄関に変な人が・・・。
静 変な人・・・。
小町 はい。児島屋与兵と申しておりますが。
静 児島屋与兵と言えば・・・。
小町 慶応年間の倉敷村の庄屋であったそうでありますが・・・。それに、浜田屋の壇 那様もご一緒に・・・。
静 どのような御用でしょうか・・・。
小町 さあー・・・。
静 何はともわれお話を・・・。
小町 はいでは・・・。
小町が去る。
三太郎 何だかややこしい事になりそうでやすょニニヤーン。
五右衛門 江戸時代の人間が・・・恐いワワワン。
茶子兵衛 源内主人の頭が混乱しているようですわニヤーンにニヤン。
小町に案内されて、児島屋、浜田屋が入って来る。
児島屋 お初にお目にかかります。私は、児島屋・・・。
浜田屋 私が、浜田屋でございます。
静 ど言うことでございましょうか?
児島屋 何か好からぬ、胸騒ぎが・・・。
浜田屋 最近は、押し寄せる雄叫びが、耳の奥で・・・。
児島屋 あの当時、この村の商人は皆、米商人の看板を表に掲げ、裏では金貸し。。。 ・。それも生きんがためでありました。
浜田屋 京大坂へ津留めを破り荷を送ったのは、少しでも食物をその日暮しの人の為と ・・・。
静 わかりました。それで、源内に何か・・・。
児島屋 源内先生に、城山三郎の本を読んで理解をして、その後の善行を以て物語を進 めて欲しいと思ってお訪ねいたした次第でございます。
浜田屋 この私も、歴史は時の実力者によって曲げられることが多くて・・・。その事 を・・・。
静 はい。よく分かりました。帰りましたらそのように・・・。
小町 わざわざ、明治の世から・・・。ええ、(引っ繰り返った)
小町に駆け寄る、三太郎、五右衛門、茶子兵衛。
「ニヤーワワンワンニニニンニンニヤーン」
静 そうなのですか?(その場に崩れながら)何が何だか、ああ、おお、・・・。
「ワワンワンワワーニヤンニヤーンニンニヤニンヤニン」
犬猫三匹が引っ繰り返る。
5
四十瀬から、倉敷村への道筋。
暗やみに荷駄を牽く一団、シルエット。
孫一郎 女子子供に手を掛けてはならん!
一行が続く、静に、黙々と、スローモウションで。
坂太郎 向山に、鶴形に大砲を配置し、南門、西門を破り焼き払え。
倉敷の風景が段々と明かりによって浮かび上がってくる。
早暁の風景である。
突然、大砲が打ち込まれる音が鳴り響く。
ホリゾンとが段々と燃える赤に変わる。
大戸を打ち敲く音が続き、
元騎兵隊士達 「おおーうー」
大川小助 「西門が落ちたぞ」
引頭兵助 「南門も落ちだぞ」
坂太郎 「怪我を負うな、逃げる者を深追いするな」
原田 「代官桜井の首を執れ」
蠢く元騎兵隊の雄叫びと、ケペール銃の音。
倉敷の風景の奥のホリゾントが真っ赤に燃えだす。
舞台は雑然として明かりの交錯が縦横無尽である。
観竜寺の山門の前。
孫一郎と坂太郎と兵助。
倉敷の太鼓の音が鳴り響く。
坂太郎 代官所がまだ燃えていますよ。
孫一郎 (腕組をして)うーん。
兵助 隊長!
坂太郎 何分にも、腹が立つ、代官が留守であったことが・・・。
孫一郎 さだめか・・・。
坂太郎 隊長、大店から軍用金を調達して、いち早くこの倉敷を・・・。隊士たちも意 気が上がっています。
小助 熱き心を冷ましてはなりません。この期に一機に松山城を・・・。
孫一郎 この観竜寺で暫しの休憩を・・・。
坂太郎 このまま、隊士たちの体を駆け巡る、闘争本能を・・・。
小助 獣の血を冷ましてはなりません。
兵助 隊長、みんなを休ませて・・・疲れています。
原田が出てきて。
原田 立石さんょ。あっしゃ此処らで消えまさぁー。幕府と長州を敵に回して・・・。 あっしにゃー、國を思う心も、隊士たちのこれからを思う心も持っちゃあいねえ。命あ ってのものだね・・・。
坂太郎 何が言いたいのだ。
原田 立石さんよ、世のなかそんなに甘くねえ。敵は外にも中にもいるやも知れやせ んよ。
孫一郎 よい。もうとつくに命は捨てておる。お前は、生き延びて次の世を見つめてく れ。
小助 隊長、そんな弱気では指揮に差し障ります。
原田 もう立石さんの務めは済んだ、これから蝦夷へ・・・。
坂太郎 何を、戯けたことを、大望に水を指すのか?
原田 さあてー、備前岡山藩はこの事件をどう処理するか、その動きが、倒幕の輩には 気掛かりであった事でやしょうな。岡山藩は長伐に兵を出しておるが・・・。
孫一郎 何が言いたいのだ。
坂太郎 隊長、この者の戯言を聞いては為りません。
小助 そうです。
孫一郎 原田、もう、どうでも良い。私は、時代の流れの一つの泡、海の潮騒、人が、 どのように考え利用したか・・・。もう良い。行かれい・・・身を案じよ。
原田 この時代には、立石さんのような男もいたと・・・。あばよ!
原田が去る。
兵助 隊長!
坂太郎 迷っては為りません、ここは予定の道程を・・・。
孫一郎 二刻後に松山へ起つ!
小助 ハッ!そのように。
岡山藩主が出て。小姓が太刀を持ち控えている。
岡山藩主 元騎兵隊士に何もしてはならん。健気である。百姓町人、その暴徒の群れが ・・・。幕府もここに極まれり。この岡山藩、あくまで中立にして、幕府の朝廷の戦い をじっと見守る。領内に逃げてきたら、捕らえてはならん、殺してはならん。追い返せ 。
6
おけいと正吉、千之輔、お鶴。
下手のトツプに、
おけい これが旦那様のさだめなのですか?
子供達 お父さま・・・。お母さま・・・。
7
瓦板売りが。子供が走り回っている。
瓦板売り 立石元騎兵隊士一行は観竜寺で暫しの休息を取りやして、大店から軍用金を 六千両程せしめ、荷駄を引きながら浜の茶屋、西坂を通り山手を抜け、宝福寺にへ入り やしたょ。そこ で、打ち合せの示し合わせた同志達を待ちやしたが、一人として駆け 付けるものはいやせんでやしたよ。約束合意なんか絵に描いた餅、焼いても炊いても食 えやぁしねえ。がっくり、立石膝を落として悔しがりやしたが。だが・・・、思いなお しやして・・・。
子供 孫一郎の心中いかばかりか・・・。
宝福寺境内
孫一郎が座禅を組んでいる。小僧がお茶を運んできて。
僧侶が現われ、
僧侶 心が乱れておるな。己れのやったことを後悔しておるのじゃな。
孫一郎 ・・・。
僧侶 隊士達のあのあどけない仕草や笑い、何が・・・。
孫一郎 私は・・・。
僧侶 あの者達を道ずれに・・・。心が千々に乱れるのも・・・。
孫一郎 私は・・・。これから・・・。
僧侶 定めに生きる、それが一番強い生き方かもしれんな。
そこへ坂太郎が、
坂太郎 物見の報せで、松山城より立石元騎兵隊を掃討の兵が、出立つしたとの報せが 、隊長、御決断を!
孫一郎 僧侶、ご迷惑をおかけいたしました、後免。(立石は立って)よし、みなの者 に伝へよ。支度が整いしだい松山を攻める。
坂太郎 ハッ!
僧侶 立石様、善い月でございます。
孫一郎 月、この私をも照らしてくれるというのか?
孫一郎が見上げた。
8
瓦板売りが。子供が泣いている。
瓦板売り
立石が号令を掛けやしたのは望月の明かりの下、百五十名の元隊士達が高梁川沿いを荷 駄を引きながら、険しい権現岳を通り豪渓へ、そこで、酒の鑑を割りこれからの精を付 けるために酌み交わしやしたょ。
「ズシン」と宝福寺の方で大砲の音がいたしやした。その音に振り返った隊士たちは、 一気に井山、秋葉山を目掛けて走りだしてやした。
子供 獣道を一路宝福寺・・・。
「宝福寺の東にある、蛤御門の変の相手、蒔田藩の浅尾陣屋を討つ、引返せ」の孫一郎の声。
「おう」の多勢の声。
浅尾陣屋は直ぐに落ちやした。それから、
孫一郎、坂太郎、兵助。
坂太郎 隊長、これから・・・。
兵助 隊長!
孫一郎 もう、松山へはとどかぬ。今はもう、備中の離れ虎となってしもうた。
坂太郎 南騎兵隊へ帰りましょう。高杉先生も我々の行動は分かってくれるはずです。兵助 隊長!
孫一郎 ここで極まれ理、隊を解く。みなの者に、金子を分け与えよ。それぞれの定め に任せよう。
坂太郎 ここは皆で・・・。
小助 此処は急いで結論を出されぬ方が・・・。
孫一郎 これ以上、長州、高杉さんに迷惑はかけられん。
坂太郎 隊長、一先ず周防へ・・・。
孫一郎 この私は、責任を取りに南へ帰るが、立石一人でよい。
兵助 私も・・・。
坂太郎 この私も・・・。
兵助 隊長、蝦夷へ逃げましょう。
小助 蝦夷へ落ち延びて・・・。
坂太郎 (咳き込んだ)この私は帰ります、が、隊長は皆の者を連れて蝦夷へ・・・。兵助、その方が・・・。
孫一郎 坂太郎、大事にいたせ。みなの者に伝えよ。この戦、ここにて散ろうと。まと まって行動すれば格好の的になるゆえ。私に着いてきたいものは、瀬戸を渡って多度津 で合おうと・・・。
瓦板売りが。子供。
瓦板売り
そこから、懐に金子をかかえ、てんでに逃げ惑う旅が始まりやしたよ。代官は芸州口から早速く引き返し、玉島の港で待ち受け暴徒を捕まえやしたょ。その他 のものは連島、呼松、通生、下津井から舟を仕立てて渡りやした。
子供 運の無いものは捕まりやした。
櫻井が出てきて。
櫻井 憎っくき立石、町人の分際で、幕府に楯突いた奴。いまや、備中の放虎になりて 逃げ惑っておる。この櫻井、一人たりとも生かさでおくものか、逃して為るものか!
瓦板売りが。子供が。
瓦板売り 桜井の手を逃れた隊士たちは孫一郎と落ち合い舟を仕立てて帰るとことてな い故郷へ・・・。帰る、いや蝦夷への隊士達の意見は一致せず・・・。舟は周防へ流れ 行く。
船上で。
孫一郎と坂太郎、兵助が、
坂太郎 隊長、きっと高杉先生は分かってくれるはずです。許してくれるはずです。
孫一郎 そうあって欲しいが・・・。
坂太郎 私は、周防に上陸して清水美作総督に合い、それから高杉先生に・・・。
孫一郎 それは、この立石の・・・、お前は隊士達を引き連れて蝦夷へ逃げてくれ。こ の責任を・・・。
坂太郎 私もご一緒させて下さい。
兵助 隊長!
坂太郎 (咳き込みながら)隊長、き・つ・と・・・。
孫一郎 ここで、別れよう。死に急ぐことはなかろう、身を案じょ。
坂太郎 隊長・・・。あの・・・。これは・・・。
周防の島田川河口。
櫛部坂太郎と元隊士達が、飛び出してくる。声が・・・。
「櫛部坂太郎、以下、元騎兵隊に告ぐ。長州南騎兵隊と称し、備中倉敷代官所並びに蒔田藩の浅尾陣屋を焼き払った暴徒、この地に足を踏み入れることはまかりならん。
撃て!」櫻井久之助の声。
銃声か一斉にして元隊士達はバタバタと倒れる。
坂太郎倒れながら、苦しい息の下で。
坂太郎 高杉先生、備前岡山藩は動きませんでした。動きませんで・し・た。
島田川の橋のうえ。
孫一郎と兵助 川が流れている感じを表す。
兵助 隊長・・・。清水総督は・・・。危険です。
孫一郎 計るものには計られよ。
兵助 隊長。
小助 隊長、川向こうに明かりが・・・。
孫一郎 川へ飛び込め!
兵助 隊長も・・・。
小助 隊長、逃げてください。此処は私が・・・時を稼ぎますゆえ。
孫一郎 何を言っておる私はどうなってもかまわん。騒動の責任をとりに・・・。
小助 隊長一人だけ、この私も・・・
「ドドン」と銃声の音が響く。
小助が倒れる。
兵助はおろおろとしている。
孫一郎 小助!
孫一郎、のた打ち倒れる。崩れ起き上がりつつ、
竜馬殿、これでよかつたのですな、約束は商人の信用、受け取って下されょ。世の中は否もの、武士のあなたが商人に、商人の私が武士の真似事を・・・。分と育ち、その事が・・・。今改めて・・・。兵助、お前は逃げて、私の変わりに移り行くこの國を・・・。
孫一郎倒れ落ちる。
兵助 隊長!ー 隊長!たいちよう!
9
お竜が。
お竜 高杉晋作はろうがいにて、亡くなり、その後、竜馬は友の中岡慎太郎と・・・。質屋の蔵で惨殺・・・。
今、私の心のなかには、真っ赤に燃える代官所が・・・。それは、竜馬の思いの様。明治維新を見る事無く歴史の中に・・・。竜馬が、薩長連合に尽力したとか、大政奉還に立ち合ったとか、誰が、何方が、見たというのでしょう。土佐の郷士でその上脱藩浪人にそんな事が果たして出来たでしょうか?金の亡者、坂本竜馬に・・・。
人とは何と愚かで、悲しいのでしょう・・・。
舞台全体が真っ赤に染まる。
10
真っ赤な舞台に立石が、源内が、茫然と立っている。
源内が倒れる。
家族全員がうち揃って
「あなた」と静「お父さま」と小町。
「ニヤンゴロゴロワワンワンニヤンニーンキヤンキーヤン
ワワキャンニヤン」
源内ゆっくり起き上がり
源内 燃えている燃えている。幕府直轄倉敷代官所が・・・。
天領倉敷代官所炎上!
ホリゾントが舞台が真っ赤に染まっている。
元騎兵隊が、舞台を駆け巡る。
ゆっくりと幕
この脚色原稿は以下の参考文献を元にして書かしてもらった。
角田直一著「倉敷浅尾騒動記」
司馬遼太郎「倉敷の若旦那」
徳富蘇峰の書
倉敷の郷土史家井上賢一氏、特に井上氏より貴重なご意見を頂戴しました。
あくまでこの台本は作者の創作である。関係者の方に悪意があるものではありません。 実名が同じでも、あくまで舞台公演上に創作したものです。ここに改めてお断わりをい たしておきます。
原作者 今田東 脚色 吉馴 悠
この小説は 「海の華」の続編である 「冬の華」の続編である 「春の華」の続編である 「夏の華」の続編である「秋の華」の続編である 「冬の路」の続編である 「春の路」の続編である 「夏の路」の続編である 「秋の路」の続編である「冬の空」は彷徨する省三の人生譚である。
この作品は省三40歳からの軌道です・・・。ご興味が御座いましたら華シリーズもお読み頂けましたらうれしゅう御座います・・・お幸せに・・・。
続きは「春の空」に続く・・・。