yuuの夢物語

夢の数々をここに語り綴りたい

小説  冬の空 5

2006-12-13 00:41:57 | 小説 冬の空 
 冬の空 5

瓦板売りと高杉が入れ替わる。子供連れ。
瓦板売り  孫一郎率いる元騎兵隊は十数艚の小舟に乗って、穏やかな瀬戸の海を滑るよ うに渡り、港、港、で戦の支度の小物をしたてやして、成羽藩の港、連島角浜へ第一陣 が着きやしたのは四月九日、たつぷりとお陽さんを残した頃でやした。一辺に上陸する とてえ変な事になりやすから、ヤットコ、江長と時と処を替えやしたょ。
子供  サアサ、これからどうなるか・・・。
              上手の明かりの中。背景を工夫。
              孫一郎と原田と兵助。大川小助と騎兵隊士数名。
孫一郎  原田、あんたなら、誰も怪しむまい。晒しをしこたま調達して貰いたい。それ に、皆の者に食事を、そして、荷駄を牽く人夫を・・・。
原田  味方の印の鉢巻きにですかい。それに・・・。かしこまった。
孫一郎  御家人崩れが、幕府の手の代官襲撃に手を貸す、そんな世の中になったのかい 。暴徒と化してなお・・・。
原田  そう言うあなただって・・・。自分の生きる道を・・・。
孫一郎  下津井屋をやったのは代官だと、それは本当か・・・。
原田  もう済んだことでさぁー。この戦はあなたの遺恨であっちゃあなるめえから・・ ・。何だかんだと言つてもここまで来たってことでさぁー。もう後には引けねえー・・ ・。が・・・。
孫一郎  馬鹿が壊して、利口が造るということか?それにしても、原田の生き方は、御 家人が・・・。
原田  それも言うなら、元天誅組と・・・。まあ、時世でさあー。勝つたが大将、立石 さんよ、人間てぇなぁいざとなりぁ当てに出来やせんぜ。
孫一郎  そうよのう。だがのう、もう動きだしておる。元に戻せぬならば前に進むしか あるまい。
原田  あっしなら、もう廃めたーで、はいおさらばょと穴を捲くって逃げまさあー。
孫一郎  その手もあるが・・・。この私には出来ん。商人上がりゆえに、商人、たかが 商人とその謗りの方が・・・。
原田  分かりやす。
兵助  隊長!
孫一郎  年端もないこの者どもを、陽の当たる場所へ出してやりたい。
原田  この戦、何の為に・・・。立石さんよ、無駄な事かも知れねえよ。
孫一郎  無駄と分かっていても男としてやらねば為らぬ時がある。
              坂太郎が出てきて。
坂太郎  隊長、みんなやる気です。この勢いで一機に、倉敷代官所に攻め込みましょう 。そして、松山へ・・・。
小助  隊長、やりましょう。
孫一郎  皆を少し休ませろ。坂太郎、ほんにこの戦、高杉さんは喜んでくれるであろう か。して、下津井会談に出た者は糾合してくれるだろうか?
坂太郎  何を今更、百五十名の隊士たちの為にも、今迷っておられる時ではありません 。生きる場所、死に場所を与えてやらねば、もう帰るところはないのですから。
小助  そうです。
兵助  隊長・・・。
孫一郎  よし、前へ。潮騒になろう。みなの者に伝えよ、早暁に襲撃をする。と。
坂太郎  ハッ!
小助  ハッ!
原田  風がすっかりみどりに変わりやしたよ。もうすぐにくそ暑い夏が・・・。
坂太郎  あなたは何が・・・。
原田  いや、なんでも・・・。じぁ、ひと働きをしてくるか。
              中央の明かりの中。
              竜馬とお竜が出てきて。
竜馬  立石もやるもんぜよ。高杉が泣いて喜ぶか、馬鹿がとその短慮を嘆くか・・・。 どちらにしても・・・。
お竜  あなたは、何方でもええのですやろ。お人が死んだ分だけ儲かるのやよって・・ ・。
竜馬  時代が変わるときにゃー人は死ぬき。つまらん世のなかじゃきに、はよう代えに ゃあー。日本の中で戦争をしとると、日本の國がのうなるきに、虎視眈眈と外國がゴー ルドカンパニーを狙ようるきに。
お竜  アメリカ、エゲレス、フランス、ホルトガル、オランダ、オロシャがですか、そ のためには、はように一つに國を固めてと・・・。
竜馬  立石もその礎じゃき。そのぶん、このわしが・・・。
お竜  そう言うあんさんも礎にと・・・。
竜馬  ふふふふ。今に見ちょれ、このわしがこの國を洗濯しちゃるきに。
              下手のトップに。
              高杉晋作と清水美作が。
晋作  こん忙しいときに、ややこしい事をやつてくれたのう。
清水  追っ手を出したが、船脚がはようて・・・。
晋作  仕方がなかろうのう。
清水  将軍家茂が大坂城で長伐の指揮を執り、諸藩に号令を懸けこの際一気にわが藩を 葬りたいと・・・。
晋作  東に幕府軍を、海に諸外國の軍艦の群れ、まさに・・・。袋の中のなんとかじゃ のう。
清水  それにしても、何と言う事だ。己れの私恨の為に・・・。
晋作  だが、これで少しは時を稼げるかもしれんと思うと・・・。
清水  じゃが、火に油をということにもなりかねん。
晋作  長州を脱藩してと、ここは言い張って・・・。
清水  見捨てるか?
晋作  まあ、それしかありますまいな。
清水  それとも、脱藩者として、暴徒として・・・。
晋作  やむなしか・・・。
清水  万一、帰りましたら・・・。
晋作  川・・・。
清水  かわ?

 4
              源内の書斎、小道具と明かりの処理。
              静がうんざりして、電話に出ている。
              三太郎、五右衛門、茶子兵衛がいる。
静  はい。何処へ行ったかは・・・。ええ、分かりません。御免ください。
              三太郎、五右衛門、茶子兵衛が歌う。
              「主人は何をするものぞのセレナーデ」
              主人は、どこへ、いずこへ、
花も嵐も踏み越えて、ゆくは男をの生きる道とほざいて、自分勝手の横暴に泣くは女の定めでしょうか。結婚前は、愛しい恋しと言う言葉、おまえにきみにあるようなもの、月があんなに明るいのも、きみの美しい姿を照らすため、すずやかなる瞳、天を仰ぐ可愛らしい鼻、米も縦にしても入らぬ小さな唇、その出るところとへっこんだ所のナイボデイ・・・いいえ、何にも増して、汚れを知らぬ清らかな心の姿だ。とうまい言葉に乗せられて・・・。それもその筈、物書きの端くれでした。それからが忍従と我慢の日々で・・・。あなた、あなた、どこでどうしているのやら・・・。
              小町が出てきて。
小町  お母さま!
静  はい。
小町  今、玄関に変な人が・・・。
静  変な人・・・。
小町  はい。児島屋与兵と申しておりますが。
静  児島屋与兵と言えば・・・。
小町  慶応年間の倉敷村の庄屋であったそうでありますが・・・。それに、浜田屋の壇 那様もご一緒に・・・。
静  どのような御用でしょうか・・・。
小町  さあー・・・。
静  何はともわれお話を・・・。
小町  はいでは・・・。
              小町が去る。
三太郎  何だかややこしい事になりそうでやすょニニヤーン。
五右衛門  江戸時代の人間が・・・恐いワワワン。
茶子兵衛  源内主人の頭が混乱しているようですわニヤーンにニヤン。
              小町に案内されて、児島屋、浜田屋が入って来る。
児島屋  お初にお目にかかります。私は、児島屋・・・。
浜田屋  私が、浜田屋でございます。
静  ど言うことでございましょうか?
児島屋  何か好からぬ、胸騒ぎが・・・。
浜田屋  最近は、押し寄せる雄叫びが、耳の奥で・・・。
児島屋  あの当時、この村の商人は皆、米商人の看板を表に掲げ、裏では金貸し。。。 ・。それも生きんがためでありました。
浜田屋  京大坂へ津留めを破り荷を送ったのは、少しでも食物をその日暮しの人の為と ・・・。
静  わかりました。それで、源内に何か・・・。
児島屋  源内先生に、城山三郎の本を読んで理解をして、その後の善行を以て物語を進 めて欲しいと思ってお訪ねいたした次第でございます。
浜田屋  この私も、歴史は時の実力者によって曲げられることが多くて・・・。その事 を・・・。
静  はい。よく分かりました。帰りましたらそのように・・・。
小町  わざわざ、明治の世から・・・。ええ、(引っ繰り返った)
              小町に駆け寄る、三太郎、五右衛門、茶子兵衛。
              「ニヤーワワンワンニニニンニンニヤーン」
静  そうなのですか?(その場に崩れながら)何が何だか、ああ、おお、・・・。
              「ワワンワンワワーニヤンニヤーンニンニヤニンヤニン」
              犬猫三匹が引っ繰り返る。
              5
              四十瀬から、倉敷村への道筋。
              暗やみに荷駄を牽く一団、シルエット。
孫一郎  女子子供に手を掛けてはならん!
              一行が続く、静に、黙々と、スローモウションで。
坂太郎  向山に、鶴形に大砲を配置し、南門、西門を破り焼き払え。
              倉敷の風景が段々と明かりによって浮かび上がってくる。
              早暁の風景である。
              突然、大砲が打ち込まれる音が鳴り響く。
              ホリゾンとが段々と燃える赤に変わる。
              大戸を打ち敲く音が続き、
元騎兵隊士達  「おおーうー」
大川小助    「西門が落ちたぞ」
引頭兵助    「南門も落ちだぞ」
坂太郎     「怪我を負うな、逃げる者を深追いするな」
原田      「代官桜井の首を執れ」
              蠢く元騎兵隊の雄叫びと、ケペール銃の音。
              倉敷の風景の奥のホリゾントが真っ赤に燃えだす。
              舞台は雑然として明かりの交錯が縦横無尽である。
              観竜寺の山門の前。
              孫一郎と坂太郎と兵助。
              倉敷の太鼓の音が鳴り響く。
坂太郎  代官所がまだ燃えていますよ。
孫一郎  (腕組をして)うーん。
兵助  隊長!
坂太郎  何分にも、腹が立つ、代官が留守であったことが・・・。
孫一郎  さだめか・・・。
坂太郎  隊長、大店から軍用金を調達して、いち早くこの倉敷を・・・。隊士たちも意 気が上がっています。
小助  熱き心を冷ましてはなりません。この期に一機に松山城を・・・。
孫一郎  この観竜寺で暫しの休憩を・・・。
坂太郎  このまま、隊士たちの体を駆け巡る、闘争本能を・・・。
小助  獣の血を冷ましてはなりません。
兵助  隊長、みんなを休ませて・・・疲れています。
              原田が出てきて。
原田  立石さんょ。あっしゃ此処らで消えまさぁー。幕府と長州を敵に回して・・・。 あっしにゃー、國を思う心も、隊士たちのこれからを思う心も持っちゃあいねえ。命あ ってのものだね・・・。
坂太郎  何が言いたいのだ。
原田   立石さんよ、世のなかそんなに甘くねえ。敵は外にも中にもいるやも知れやせ んよ。
孫一郎  よい。もうとつくに命は捨てておる。お前は、生き延びて次の世を見つめてく れ。
小助  隊長、そんな弱気では指揮に差し障ります。
原田  もう立石さんの務めは済んだ、これから蝦夷へ・・・。
坂太郎  何を、戯けたことを、大望に水を指すのか?
原田  さあてー、備前岡山藩はこの事件をどう処理するか、その動きが、倒幕の輩には 気掛かりであった事でやしょうな。岡山藩は長伐に兵を出しておるが・・・。
孫一郎  何が言いたいのだ。
坂太郎  隊長、この者の戯言を聞いては為りません。
小助  そうです。
孫一郎  原田、もう、どうでも良い。私は、時代の流れの一つの泡、海の潮騒、人が、 どのように考え利用したか・・・。もう良い。行かれい・・・身を案じよ。
原田  この時代には、立石さんのような男もいたと・・・。あばよ!
              原田が去る。
兵助  隊長!
坂太郎  迷っては為りません、ここは予定の道程を・・・。
孫一郎  二刻後に松山へ起つ!
小助  ハッ!そのように。
              岡山藩主が出て。小姓が太刀を持ち控えている。
岡山藩主  元騎兵隊士に何もしてはならん。健気である。百姓町人、その暴徒の群れが ・・・。幕府もここに極まれり。この岡山藩、あくまで中立にして、幕府の朝廷の戦い をじっと見守る。領内に逃げてきたら、捕らえてはならん、殺してはならん。追い返せ 。
              6
              おけいと正吉、千之輔、お鶴。
              下手のトツプに、
おけい  これが旦那様のさだめなのですか?
子供達  お父さま・・・。お母さま・・・。
              7
             瓦板売りが。子供が走り回っている。
瓦板売り  立石元騎兵隊士一行は観竜寺で暫しの休息を取りやして、大店から軍用金を 六千両程せしめ、荷駄を引きながら浜の茶屋、西坂を通り山手を抜け、宝福寺にへ入り やしたょ。そこ で、打ち合せの示し合わせた同志達を待ちやしたが、一人として駆け 付けるものはいやせんでやしたよ。約束合意なんか絵に描いた餅、焼いても炊いても食 えやぁしねえ。がっくり、立石膝を落として悔しがりやしたが。だが・・・、思いなお しやして・・・。
子供   孫一郎の心中いかばかりか・・・。
              宝福寺境内
              孫一郎が座禅を組んでいる。小僧がお茶を運んできて。
              僧侶が現われ、
僧侶  心が乱れておるな。己れのやったことを後悔しておるのじゃな。
孫一郎  ・・・。
僧侶  隊士達のあのあどけない仕草や笑い、何が・・・。
孫一郎  私は・・・。
僧侶  あの者達を道ずれに・・・。心が千々に乱れるのも・・・。
孫一郎  私は・・・。これから・・・。
僧侶  定めに生きる、それが一番強い生き方かもしれんな。
              そこへ坂太郎が、
坂太郎  物見の報せで、松山城より立石元騎兵隊を掃討の兵が、出立つしたとの報せが 、隊長、御決断を!
孫一郎  僧侶、ご迷惑をおかけいたしました、後免。(立石は立って)よし、みなの者 に伝へよ。支度が整いしだい松山を攻める。
坂太郎  ハッ!
僧侶   立石様、善い月でございます。
孫一郎  月、この私をも照らしてくれるというのか?
              孫一郎が見上げた。
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              瓦板売りが。子供が泣いている。
瓦板売り
 立石が号令を掛けやしたのは望月の明かりの下、百五十名の元隊士達が高梁川沿いを荷 駄を引きながら、険しい権現岳を通り豪渓へ、そこで、酒の鑑を割りこれからの精を付 けるために酌み交わしやしたょ。
 「ズシン」と宝福寺の方で大砲の音がいたしやした。その音に振り返った隊士たちは、 一気に井山、秋葉山を目掛けて走りだしてやした。
子供  獣道を一路宝福寺・・・。
              「宝福寺の東にある、蛤御門の変の相手、蒔田藩の浅尾陣屋を討つ、引返せ」の孫一郎の声。
              「おう」の多勢の声。
 浅尾陣屋は直ぐに落ちやした。それから、
              孫一郎、坂太郎、兵助。
坂太郎  隊長、これから・・・。
兵助  隊長!
孫一郎  もう、松山へはとどかぬ。今はもう、備中の離れ虎となってしもうた。
坂太郎  南騎兵隊へ帰りましょう。高杉先生も我々の行動は分かってくれるはずです。兵助  隊長!
孫一郎  ここで極まれ理、隊を解く。みなの者に、金子を分け与えよ。それぞれの定め に任せよう。
坂太郎  ここは皆で・・・。
小助  此処は急いで結論を出されぬ方が・・・。
孫一郎  これ以上、長州、高杉さんに迷惑はかけられん。
坂太郎  隊長、一先ず周防へ・・・。
孫一郎  この私は、責任を取りに南へ帰るが、立石一人でよい。
兵助  私も・・・。
坂太郎  この私も・・・。
兵助  隊長、蝦夷へ逃げましょう。
小助  蝦夷へ落ち延びて・・・。
坂太郎  (咳き込んだ)この私は帰ります、が、隊長は皆の者を連れて蝦夷へ・・・。兵助、その方が・・・。
孫一郎  坂太郎、大事にいたせ。みなの者に伝えよ。この戦、ここにて散ろうと。まと まって行動すれば格好の的になるゆえ。私に着いてきたいものは、瀬戸を渡って多度津 で合おうと・・・。
              瓦板売りが。子供。
瓦板売り
 そこから、懐に金子をかかえ、てんでに逃げ惑う旅が始まりやしたよ。代官は芸州口から早速く引き返し、玉島の港で待ち受け暴徒を捕まえやしたょ。その他 のものは連島、呼松、通生、下津井から舟を仕立てて渡りやした。
子供  運の無いものは捕まりやした。
              櫻井が出てきて。
櫻井  憎っくき立石、町人の分際で、幕府に楯突いた奴。いまや、備中の放虎になりて 逃げ惑っておる。この櫻井、一人たりとも生かさでおくものか、逃して為るものか!
              瓦板売りが。子供が。
瓦板売り  桜井の手を逃れた隊士たちは孫一郎と落ち合い舟を仕立てて帰るとことてな い故郷へ・・・。帰る、いや蝦夷への隊士達の意見は一致せず・・・。舟は周防へ流れ 行く。
              船上で。
              孫一郎と坂太郎、兵助が、
坂太郎  隊長、きっと高杉先生は分かってくれるはずです。許してくれるはずです。
孫一郎  そうあって欲しいが・・・。
坂太郎  私は、周防に上陸して清水美作総督に合い、それから高杉先生に・・・。
孫一郎  それは、この立石の・・・、お前は隊士達を引き連れて蝦夷へ逃げてくれ。こ の責任を・・・。
坂太郎  私もご一緒させて下さい。
兵助   隊長!
坂太郎  (咳き込みながら)隊長、き・つ・と・・・。
孫一郎  ここで、別れよう。死に急ぐことはなかろう、身を案じょ。
坂太郎  隊長・・・。あの・・・。これは・・・。
              周防の島田川河口。
              櫛部坂太郎と元隊士達が、飛び出してくる。声が・・・。
「櫛部坂太郎、以下、元騎兵隊に告ぐ。長州南騎兵隊と称し、備中倉敷代官所並びに蒔田藩の浅尾陣屋を焼き払った暴徒、この地に足を踏み入れることはまかりならん。
              撃て!」櫻井久之助の声。
              銃声か一斉にして元隊士達はバタバタと倒れる。
              坂太郎倒れながら、苦しい息の下で。
坂太郎  高杉先生、備前岡山藩は動きませんでした。動きませんで・し・た。
              島田川の橋のうえ。
              孫一郎と兵助 川が流れている感じを表す。
兵助  隊長・・・。清水総督は・・・。危険です。
孫一郎  計るものには計られよ。
兵助  隊長。
小助  隊長、川向こうに明かりが・・・。
孫一郎  川へ飛び込め!
兵助  隊長も・・・。
小助  隊長、逃げてください。此処は私が・・・時を稼ぎますゆえ。
孫一郎  何を言っておる私はどうなってもかまわん。騒動の責任をとりに・・・。
小助  隊長一人だけ、この私も・・・
              「ドドン」と銃声の音が響く。
              小助が倒れる。
              兵助はおろおろとしている。

孫一郎  小助!
               孫一郎、のた打ち倒れる。崩れ起き上がりつつ、
竜馬殿、これでよかつたのですな、約束は商人の信用、受け取って下されょ。世の中は否もの、武士のあなたが商人に、商人の私が武士の真似事を・・・。分と育ち、その事が・・・。今改めて・・・。兵助、お前は逃げて、私の変わりに移り行くこの國を・・・。
              孫一郎倒れ落ちる。
兵助  隊長!ー 隊長!たいちよう!
              9
              お竜が。
お竜  高杉晋作はろうがいにて、亡くなり、その後、竜馬は友の中岡慎太郎と・・・。質屋の蔵で惨殺・・・。
今、私の心のなかには、真っ赤に燃える代官所が・・・。それは、竜馬の思いの様。明治維新を見る事無く歴史の中に・・・。竜馬が、薩長連合に尽力したとか、大政奉還に立ち合ったとか、誰が、何方が、見たというのでしょう。土佐の郷士でその上脱藩浪人にそんな事が果たして出来たでしょうか?金の亡者、坂本竜馬に・・・。
人とは何と愚かで、悲しいのでしょう・・・。
              舞台全体が真っ赤に染まる。
             10
              真っ赤な舞台に立石が、源内が、茫然と立っている。
              源内が倒れる。
              家族全員がうち揃って
              「あなた」と静「お父さま」と小町。
              「ニヤンゴロゴロワワンワンニヤンニーンキヤンキーヤン
     ワワキャンニヤン」
              源内ゆっくり起き上がり
源内  燃えている燃えている。幕府直轄倉敷代官所が・・・。
  天領倉敷代官所炎上!
     ホリゾントが舞台が真っ赤に染まっている。
     元騎兵隊が、舞台を駆け巡る。
                       ゆっくりと幕

  この脚色原稿は以下の参考文献を元にして書かしてもらった。
 角田直一著「倉敷浅尾騒動記」
 司馬遼太郎「倉敷の若旦那」
 徳富蘇峰の書
 倉敷の郷土史家井上賢一氏、特に井上氏より貴重なご意見を頂戴しました。
 あくまでこの台本は作者の創作である。関係者の方に悪意があるものではありません。 実名が同じでも、あくまで舞台公演上に創作したものです。ここに改めてお断わりをい たしておきます。
            原作者 今田東 脚色 吉馴 悠
この小説は 「海の華」の続編である 「冬の華」の続編である 「春の華」の続編である 「夏の華」の続編である「秋の華」の続編である 「冬の路」の続編である 「春の路」の続編である 「夏の路」の続編である 「秋の路」の続編である「冬の空」は彷徨する省三の人生譚である。
この作品は省三40歳からの軌道です・・・。ご興味が御座いましたら華シリーズもお読み頂けましたらうれしゅう御座います・・・お幸せに・・・。
続きは「春の空」に続く・・・。
              

小説 冬の空 4

2006-12-13 00:31:55 | 小説 冬の空 
この小説は 「海の華」の続編である 「冬の華」の続編である 「春の華」の続編である 「夏の華」の続編である「秋の華」の続編である 「冬の路」の続編である 「春の路」の続編である 「夏の路」の続編である 「秋の路」の続編である「冬の空」は彷徨する省三の人生譚である。
この作品は省三40歳からの軌道です・・・。ご興味が御座いましたら華シリーズもお読み頂けましたらうれしゅう御座います・・・お幸せに・・・


 冬の空 4

          8

       源内の書斎。
       静、小町が出ている。
       何かの小道具と明かりの処理。

静  また、悪い癖が出てしまったのだわ。今頃、江戸時代をうろうろとしているに違いありません。
小町  あの、この前の良寛のように、お父さまは犬の良寛になっているのでしょうか?
静  さあね、原稿用紙の中だけで遊んでいれば害はないけれど、原稿用紙の中に書き込んで物語をあれこれと演じて・・・。ああ、なんで物書きの嫁になったのかしら・・・。
小町  というお母さまも、どこかへお出かけだったのですか。
静  ご心配はなさらずに、お体を十分いとわれて・・・。はっ!
小町  この辺りをうろつかれないほうがいい、今度会ったら・・・。うい!
静  小町さん、あなたはもしや・・・。
小町  と言われる、お母さんこそ・・・。

       三太郎、五右衛門、茶子兵衛が登場。

三太郎  ニヤーーーン、五右衛門兄さんが可笑しいでやすニヤーン。
五右衛門  ワンワン、勝海舟を斬れと武市半平太さんに言われ付け狙ろうていると、坂本竜馬に叱られたぜよ、ワワンワンワン。
茶子兵衛  夢をみとったんじゃろうニヤーン。
静  そうきっと夢・・・。
小町  そうです、お母さま・・・。

          9

       瓦板売りが出てくる。
       中央トツプ。

瓦板売り  第二騎兵隊は総督清水美作、軍監兼参謀林 半七、隊の組織者臼井小助、書記楢崎剛十郎らで組織 されていやしたよ。孫一郎は書記兼銃隊長、それに並 んで長州藩士らが隊長分隊長として名を連ねていやし たょ。第二騎兵隊は山口政庁より南に位置する処から 南騎兵隊とも呼ばれていやした。総勢三百名、芸州口 に陣をひく幕府軍を牽制しながら、眼下に瀬戸の海、 陸海の要塞としての役目をはたしてやしたな。

       下手の明かりのなか。
       岩城神社社坊神護寺の山門。
       立石孫一郎と櫛部坂太郎、引頭兵助。
       櫛部坂太郎は二十歳前、引頭兵助は十五歳、まだ何方も幼さが顔にある。
       孫一郎は山門の階段に腰をかけている。坂太郎と兵助は突立っている。
       三人の前には瀬戸の海が見える。

坂太郎  立石隊長、このままで・・・。ここにいて唯洋式訓練をしていていいのでしょうか。長州は・・・。
孫一郎  大変じゃな。四面楚歌、もう逃げ道はないのう。
坂太郎  それではなんらかの手を打ちましょう。
孫一郎  坂太郎、なんで親御の跡を継がずにここにきた。
坂太郎  それは・・・。
孫一郎  馬関辺りで神主をしておれば・・・。
坂太郎  長州がなくなれば、神主もなにもなくなります。それに・・・。
孫一郎  歳は確か、二十歳、この隊の小隊長、何が身の置き所を代えるかわからんな。
坂太郎  隊長は何を・・・。
孫一郎  私は、人の定めを言っておる。生きるとは・・・。
坂太郎  私は、高杉先生を私慕いたしております。
孫一郎  その高杉さんは動かれぬ。
坂太郎  生、久坂玄瑞殿、高杉晋作殿は・・・。少し早く生まれ過ぎだのであろう。
坂太郎  それは・・・。
孫一郎  坂本竜馬殿がそう言っておられた。時代の流れの中で速く流れる人もおれば、ゆっくりと下る人もおると。
兵助  (ポッリト)月明かりの元、瀬戸の海がここまで潮騒を運んでくれまする。隊長この世とは海の流れか、その潮騒か何方でございましょうか。
坂太郎  引頭兵助、お前は何を・・・。
孫一郎  分からぬ、が、海の流れは何時までも何処までも続いておる。潮騒は一時のもの。
兵助  坂本竜馬さんはそれに例えられたのでしょうか。
孫一郎  さあ、竜馬殿も、この私も一時の潮騒のような気がする。
坂太郎  隊長!この私も、潮騒で生きとお御座います。
兵助  私も御供をさせてください。
孫一郎  坂太郎、兵助、御主等は女子の温もりを知っているのか。
坂太郎  ・・・いいえ。
兵助  ・・・。母の温もりも知りません。
孫一郎  男として、天下國家を論じるもまた道程、だが、一人の女子の温もりを知らずに、また、愛せずに、どうして政の何たるかを論じえようか。先に國ありではなかろう。人、人でのうては道は開かれん。女子の肌を知らん御主等を潮の音として消すわけにはいかん。
坂太郎  それでは・・・。
孫一郎  坂太郎、何をそんなに急いでおる。
坂太郎  この南騎兵隊の指揮をしている藩士達は、何を考えているのでしょうか。この大事を前に、役職者は山を下り、女子の膝枕で酒を食らい・・・。全國から集まった隊士たちが可哀相です。だから・・・。
孫一郎  山に火を点けるか。
坂太郎  はい。ここに集まった者はこの國を憂いて、幕府の政に辟易し、新しい國家政道をと願い、自由平等の世の中の到来をと・・・。そのためには命を捨ててもいいと・・・。
孫一郎  敢えて潮騒になりたいと、そのように損得なしの汚れのない人間がいるとは・・・。そのためにこの國の礎になりたいと・・・。
この國を動かすには何がいる。人か、嫌、金・・・。竜馬殿はその金を集めている。諸外國に遅れること百年、その隔をなくすには金じゃきに。と・・・。この狭い日本に人は二千四五百万人、それだけの食料しか出来なかったから、貧しくなった。何を持って諸外国と渡り合おうというのか。その知恵が幕閣に長州に薩摩にあるのだろうか。
坂太郎  隊長、人はそこまで考えません。まず、走ることでしょう。
孫一郎  走ることか・・・。
坂太郎  はい。そこまで考えていてはなにも・・・。                                 
孫一郎  そうよのう。理屈は後からついてくるか。
坂太郎  理屈を側において走る者がのうては、なにも変りません。
孫一郎  潮騒がのうては海も流れぬということか。
坂太郎  はい。・・・隊長は原田新介と言う者をご存じですか?
孫一郎  良く知らぬが、倉敷にいた頃、親父の元へ金の無心をした男だ。
坂太郎  その原田が、隊長は・・・。
孫一郎  書記の楢崎さんとなにやら・・・。
坂太郎  隊長の悪口を・・・。
孫一郎  ほっておけ!
坂太郎  原田は、下津井屋をやったのは代官で、敬之助に罪を着せ、倉敷の尊皇派を炙り出すために・・・。それに引っ掛かった隊長は馬鹿者と・・・。
孫一郎  そう申したか・・・。
兵助  隊長・・・。
坂太郎  隊長を馬鹿にされては・・・。
孫一郎  迂闊であったのう。その手があったか、代官は私より一枚上を行ったのか。

       孫一郎が立ち上がった。

          10

       上手の源内の書斎の明かりのなか。
       お竜が出てきて。小道具工夫。

お竜  その件について坂本竜馬はこう申しておりまし た。倉敷村に立石孫一郎というご仁がおるじゃが、ま ったく世間を知らん、ぼんぼんじゃ。かぶらんでええ 罪を被ってからに・・・。あいつを一人前の男にしち ゃらにゃならんきに。今の時世、何が求められている かその判別も叶わん様では男ではなかぜょ。何か、人 がびっく返えるようなことをせにゃー。まさに今がそ の時じゃきに、甘えたれが、その意地を見せんと・・ ・。
 この世間にぁー、それぞれ役割があるけに。人を動かす人、時代を動かす人、國を動かす人、役割半ばで倒 れる人、その屍を越えて行く人、最後に笑う人、最後 に泣く人、何もせん人、見てるだけの人、人とは百人百色・・・。じゃが、人として生れてきたら何かょせにゃーあ、わしは仕掛けるき、あの男をひとかどの 、時代の男にするきに。
  まあ、見ちょれや、立石がこれからどげんな事をしちうか・・・。
  所詮、人間にはふた通りの生き方しかなかじゃきに 、何もかも焼き払い新しゅう造り替えたいと思う奴と 、焼き払わずにそれを上手に繕いながら金の掛からんようにと考える奴と、残るのは後の方じゃき。
  わしも、立石も、何方にも決めかねとる。
  竜馬はそう申しておりましたえ。
  誰かを使い立石様をその行動へと・・・。ほんに罪なお人ですな。

       お竜、静、小町の会談。

静  色々とご苦労がたえなかったのでございましょうね。
お竜  女子は苦労をしてもいいと言う男に嫁すべきじゃと、お祖母さまは申しておりましたそうで。小町  苦労をしてもいいと言う男に・・・。
静  確かに、それは・・・。ですがそれは限度の問題です。
お竜  金という目的の為に、何もかも犠牲にして・・・。竜馬とは・・・。
静  それは、あの頃、金が無かったら日本國は・・・。
小町  竜馬さまは、なりふりかまわずに、諸外国と肩を並べる為にと・・・。
お竜  私がこころ苦しいのは、竜馬のいいところだけが伝宣され、影で泣いたお祖母さまの事が・・・。それに、人の為という名目で何事も解決した狡さを非難しているのです。
静  そう言えば、たしかに、うちの源内は大洞吹きですが、他人の迷惑顧みずに世話をやく・・・。
小町  まるで子供が大きくなったようですわ。
お竜  今頃、何処でどうしておられましょうか。
静  さて・・・十分にお体を・・・はぁ!
小町  まあ、お母さま・・・。今度会った時には私があなたを斬る・・・うい!。
お竜  大橋さま、届く便りは引き潮ばかり・・・ほう!。

       中央トップに。
       孫一郎と竜馬。

竜馬  あんさん、人間とは何か考えたことがあるかのー。
孫一郎  さあー。
竜馬  何かを為すときに、壊す奴と、造る奴がおるき。
孫一郎  なにを・・・。
竜馬  あんさんも、わしも、壊す方かも知れんきに・・・。
孫一郎  私は、その定めに従順にと・・・。
竜馬  あんさんは、強かじのう。わしは逆ろうてばかりおるきに。
孫一郎  潮騒に・・・。
竜馬  聞こえてきてすぐに消えても、また聞こえてくる。その・・・。定めか・・・。
孫一郎  流れの中に消える、そのように生れて来たのかと・・・。
竜馬  やるか、もうそれしかないのかのう。
孫一郎  はい。
竜馬  二人して、造るか。その引き金になるかに。
孫一郎  人生の大事はそれを得ることではなくて、得たものを大事にすることじゃと・・・。
竜馬   まっこと、その通りじゃき。じゃが、命は大事にせいやぁー。

       下手明かりの中。
       井汲唯一が登場。
       立石孫一郎が側に座っている。

井汲  今日の第二回下津井会談には、遠くからの出席 、これほど心強いものはありません。腐った物が一つでもあれば、みんな腐る。政を司る者が我が身可愛さで、國民の事を忘れていては國民は堪ったものではな い。我々はここに集い、鎌倉より今に至る武家の政治を断ち切って、朝廷にと考えて・・・。尊皇攘夷、今こそその時が来る。
  そん第一の行動として案としては・・・。
  立石孫一郎が部下を引き連れ、南騎兵隊を脱走して 、海をわたり、遺恨の倉敷代官桜井の首を頗ね、大店から軍用金をせしめる。立石が倉敷を焼き払ったとの報せが走った時、我々は備中宝福寺にて合流する。高梁は老中板倉の居城松山城下を焼き払い、そこを根城にして、将軍家茂の西下を阻止する。時来たれば、長州軍と東上し幕府軍と対峙する。
  一先ずこの案で幕府に反旗を翻し、その後糾合して 我々も旗揚げをする。
この決議は、ここに集まりし全員の合意にて、この井汲唯一が宣言をす。

                 幕

  2幕1場
       「えいじゃないか?」
       全員が歌い踊る。
       中央トップ。
       瓦板売りが登場する。
瓦板売り  さてさて、これからがどのようになります か、御心配の事で御座いましょうな。大谷敬吉として 生まれ、大橋敬之助として一家をなし、それから、南 騎兵隊書記銃 隊長の立石孫一郎への道程を・・・。  倉敷村では、大橋敬之助が下津井屋を焼き払い皆殺 し、その遺恨を晴らすため、何時同じような事件がと 、下津井屋の陰で糸を引いていた大店は戦戦兢兢とし ていやしたょ。時代が時代だけに、村人は護身にヤツ トウを習う輩が多くなりやしたょ。代官所も村人を徴集して警護を強めるというように ・・・。立石は第二回下津井会談を終えて帰ぇり、これから の己れの身の処し方を心に刻み、何時その行動を起こ すかを窺っていやしたょ。
       下手の明かりの中。何か装置を工夫。
       岩城山式部南騎兵隊。書院前。
       楢崎剛十郎、原田新介、櫛部坂太郎、立石孫一郎。
楢崎  これ程事を分けて申しているのが解らんのか。                               
坂太郎  山口政庁に、高杉先生にこの隊の行く道を尋ねに行かせてください。
楢崎  何と言うことを、身分をわきまえろ。
坂太郎  このまま、ここで訓練をしていろというのですか。
楢崎  そうだ。
坂太郎  我々はここを脱走して、将軍西下を阻止してみせます。
楢崎  なにをほざいておる。この山の下、芸州口には長討軍が・・・。
坂太郎  今、事を起こさなくては百年の後に悔いを残します。蛤御門の汚名を潅がなくては他藩の笑い者になりまする。
楢崎  時期が早い・・・。
坂太郎  書記、京大坂で同士や長州藩士がどのような目に合っているかご存じですか。新撰組に付け回されて逃げ惑い切り殺されているのですぞ。
原田  逃げて帰ったのは何処の誰でしたかね。
孫一郎  原田、口が過ぎるぞ。
原田  おおこええ、こええ・・・。
孫一郎  後でお前に聞きたい事がある。
原田  何なりと・・・。
坂太郎  あなたは今は黙っていてください。
原田  わかったよ、わかった。命が惜しいからょ。
坂太郎  さて、どのように見られますか?
楢崎  それは、だが、今はじっと我慢して満を持して一気にと・・・。高杉・・・。
坂太郎  藩の重役と高杉先生の考えは一緒ではなく、ここに至っては我々が行動を起こし事実をつくり・・・
楢崎  高杉さんは・・・。今、重役の方々を説得されている最中、その労を無駄にしてはならん。
孫一郎  楢崎さん、わたしたちが事を起こす原因はあなたがた、藩士の人を見下す姿勢に我慢がならないということもあるのです。ここに集まった隊士たちが可哀相です。
坂太郎  それらの隊士たちは、結論が出るのを今か今かと待って・・・。
楢崎  このわしに目を瞑れというのか。
孫一郎  そうです。
楢崎  隊士を扇動したのは立石か?
孫一郎  先導でなくやむなしです。
楢崎  貴様は私恨の為・・・。
孫一郎  何を馬鹿な、我々は長州の為に此処に集まったのではありませんぞ。この國を変えようと・・・。
楢崎  貴様等は、謀反を起こそうと・・・。皆の者立石を捕らえよ!
孫一郎  隊士たちは、もう書記の言うことは聞きますまい。
坂太郎  書記、見苦しいですよ。(楢崎の前に立ちはだかった)
楢崎  櫛部、そこをどけ!考え直せ!
坂太郎  退きません!見逃してください。
楢崎  なら、このわしを斬って、斬れるものなら斬って・・・。
坂太郎  お許しを・・・。
原田  (坂太郎に)おめえさんがやることはねえょ。此処はあつしが・・・。
       原田が、楢崎を斬った。
孫一郎  原田!
原田  なあにー罪滅ぼしでさぁー・・・。
楢崎  (苦しい息の下から)みなの者、立石の・・・櫛部の口に乗ってはな・ら・ん。
孫一郎  お許しを・・・。
原田  何だか、あんたらの方が面白そうだ。
孫一郎  坂太郎、話は終わった。手筈どおり事を進めよ!
坂太郎  はい。
       坂太郎が皆に大きく号令をかける。
坂太郎「さあー、まいるぞ!」
        みんなの前に出て叫んだ。
        闇の中から「おおーう」 と言う声が岩城山一帯に響く。
              2
              源内の書斎。小道具工夫。
              電話がなっている。電話の処に小さなトップ。
              登場すると広がる。
              三太郎、五右衛門、茶子兵衛、その音に反応して、
三太郎  最近、電話の音が喧しくて、落ち落ち昼寝もかないませんニャーン。
五右衛門  散歩にも連れていってくれんから足腰が弱くなって、運動不足で腹の調子も 悪いワーン。
茶子兵衛  ママさんのヒステリーで、茶碗や湯呑みの数が増えて・・・ニヤーン。
              庭から静、奥から小町が飛ん出てきて、受話器を取ろうとして、睨みっこ。
小町  お母さまどうぞ・・・。
静  いいえ、あなたの方が半歩早かったわ、だから取って・・・。
小町  いいえ、ここは・・・。
静  取りなさい!嫁の分際で姑に楯突こうなんて二十
年早いのです。おほ!
小町  (キョトントシテ)はい。はい、柿本でございますが。
静  何と言うことを・・・。今までかつて今のような言葉を喋った事とてなかったに・ ・・。この私は・・・。
小町  はい。申し訳御座いません。帰りましたら、そのように申しきつくお尻をぶん殴っておきますから。あら!
              小町、ガチャンと受話器を置く。
静  きつくお尻をぶん殴る・・・。なんのことです。
小町  いいえ、売り言葉に買い言葉・・・。「色け新聞」から・・・。
静  なんと言って・・・             
小町  ただ今、不倫が大流行だがその件について異論反論を書くと抗議をなさっていた そうで、それで・・・。
              電話がなる。
              静、小町がじっと見つめる。
              ドラゴンが出てきて、三太郎、五右衛門と言おうととして争う。ドラゴンの勝ちで、
ドラゴン  テレホンがかかってきてますぜ、ニヤン
              三太郎と五右衛門がドラゴンと睨めっこをする。
              そこえ、お竜が入ってきて、
お竜  なにやってんの、電話がなっていやすやおへんか。
              二人の様子を窺って、気配いを感じ、受話器を取る。
 はーい。もしもし、へえ、そうでおます。源内先生はお留守のようですな、へえーええ わかりまへんえ。わてですか、へえ、通りすがりの者ですけど・・・。はあ、「西行物 語」は史実歴史を改竄し、今までの古典文学の研究者を愚弄したと・・・。そんな事、 言われても・・・。わては解りまへんえ。・・・喧しい私は源内ではありまへん。まあ!
              静、小町、びっくりしてお竜を見る。
              三太郎、五右衛門、茶子兵衛。
              ニヤンゴロゴロ、ワワワンワンワン、ニヤンニヤーン。


  3
              中央トツプ。
              瓦板売りが出て。子供が売り捌く。
瓦板売り  まあ、ざっとこんな具合で立石孫一郎以下約百五十名が、大砲三門、ケペー ル銃百数十丁、弾薬を引き、抱え、抱き締め、担ぎ、石城山を後にしやした。前以て手 筈の船に乗り静まりけえった瀬戸の海に漕ぎ出しゃしたょ。
子供  瀬戸の海は三日月の下滑るように渡りやしたょ。
              晋作が出て、下手の明かりの中。
晋作  のう、竜馬、奇策とはこのようなことよ。立石は我武者羅に備中代官所を攻める であろう。山陽道の一つの要その代官所をな。うるさくなりそうな奴は小者のうちに叩 き潰すが一番じゃ。代官桜井は中々の切れ者ゆえ。・・・。それにしても、年端もない 奴じゃが、知恵が回る、神主は祝詞と方便で生きておるからな。・・・。その知恵をわしに付けたのは、貴公、坂本竜馬、御主じゃ。なあ、竜馬・・・ 。
              中央の明かり中。晋作が振り返っても竜馬は居ない。が竜馬の声が返る。
忙しい奴じゃ。竜馬・・・。
竜馬  どうした。
晋作  竜馬、顔を見せいや!
竜馬  この忙しいときに、こんなときに、わしはこの様な手もあると言うただけじゃきにな。
晋作  面白かろう、この日本をちいと動かして、金を儲けるんじゃけえ。
竜馬  何もかも壊せ、潰してしまえ。そうすりゃあ、わしの金が物を言うきに。
晋作  壊すことは薩摩に任せ、竜馬、せっせと西郷に大砲を売り込めや。なにものうな た後、復興に長州があたる、それまでにしっかりと金を儲けとけょ。借りに行くけえ。                         
竜馬  晋作、女子の腹の上で死ぬなょ。ろうがいは女子が一番よかなかぜよ。
晋作  御主も、小判で腹を冷やすなゃ。高杉が天下を取ったら、貴族にしたて大蔵大将 しちゃるけえな。
竜馬  見ちょれ、大きな夢を。じゃけんど、生きちょらにぁーなにもつかめんぜょ。
              中央にトップ。その中に中岡慎太郎と竜馬。
中岡  竜馬、何をがたがた言うとうぜよ。はよう勤皇に入っとかにゃーどっちつかずで はおんしの命が危ないぜょ。今、わしぁー土佐を脱藩して長州に世話になっとうぜょ。 竜馬、長州と薩摩が一つにならにゃー幕府は倒せんき、おんしの力をかせいやぁー。
竜馬の声  そげん事には用がなかぜょ。長州が、薩摩がどうなろうが構わんきに。
中岡  もっと眼を高こうしてして世の中を眺めいや。どんどん変わりょうるきに。
竜馬の声  慎太郎、おめいこそ今が働きどきぜょ。走り回れ、飛び跳ねぇや、長州でも 薩摩でも構わんきに、名を揚げとけよ。何も残さんで無だ死にせん事じゃ。
中岡  わしゃー、土佐に帰り陸援隊を造ろうと考えとるきに・・・。
竜馬の声  わしの海援隊に対抗しょうと言うじゃかか?
中岡  何とでもほざけ、まあ、体には気配りをせいや。月のねえ夜には外を歩くなや。           
竜馬の声  おめえも、美味しい話には乗るなや、高杉晋作も西郷隆盛も中々喰えん奴じゃきに。 泣かされてわしに助けてくれと言うなや。
中岡  そりぁー、そつくりおんしに返すきにー。
竜馬の声  まあ、せいぜい長生きせいやー。
中岡  まあ、なんでんよか励めやー。
竜馬の声  おめえとは何時か何処かで逢うような気がするぜょ
              

小説 冬の空 1

2006-03-20 19:33:40 | 小説 冬の空 
この小説は 海の華の続編である 冬の華の続編である 春の華の続編である 夏の華の続編である 秋の華の続編である 冬の路の続編である 春の路の続編である 夏の路の続編である 秋の路の続編である「冬の空」は彷徨する省三の人生譚である。
この作品は省三40歳からの軌道です・・・。ご興味が御座いましたら華シリーズもお読み頂けましたらうれしゅう御座います・・・お幸せに・・・。

 
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  冬の空  どんよりと覆う空は 心を閉ざすのか・・・。


 
  冬の空

 1

 悠一の手術、豊太の交通事故はあったが恙無く日はめぐり過ぎていた。悠一も豊太も高校生になっていた。一人で喫茶店を仕切る育子は強く逞しくなっていた。
 省三は時たまの発作以外は健康になっていた。
 戸倉の手伝いで青年演劇の台本を書き、過ごした。演劇青年は常に入れ替わっていた。
 春、秋の定期公演と青年祭への参加作を省三は書いた。青年演劇の台本は百作を超えていた。
 順子も芳子も嫁にいき子供の母になっていた。古賀が交通事故で亡くなっていた。
 省三は子供を中心にした劇団を設立した。隣の空き地にスタジオを作った。七十人のキャバのものだった。
 集まった子供たちは、苛められっ子、不登校の子が大半で。親が演劇すきで連れられてくる子も中にいた。
 発声練習の中に九九を二十までと歴史年表、科学記号、元素記号と比重を加えていた。演劇の練習でいずれ役に立つものを覚えておこうというものだった。最初は十人くらいだったが直ぐに三十人四十人と増えていった。それに青年たちが十名程いた。悠一と豐太もそれに加わった。
 稽古場のスタジオが狭く感じられた。柔軟体操や脱力が出来ない、三班に分けた。二班はその間外を走らせた。
 ハァハァと息が上がっているときに発声の練習をさせた。子供は殆ど活舌が出来ていなかった。
「みんな、感動した生活をしてくれ」「感動を知らぬものが感動を人に伝えられないから」「感動とは心が動き心に残ったものなのだ」
 省三はみんなに言った。
 一人ずつ一日の感動を喋らせた。ワークショップは議題を設けてさせた。
 みんなに一冊ずつ井上ひさしの「ブンとふん」を渡して回し読みをさせた。本を読んだことのない子が大半いたからだった。読書の面白さを知ってほしいというのがその目的であった。それが演劇に役にたつと思ったからだった。
 通達事項は当用漢字以上の漢字を使って書いて渡した。辞書を引く習慣を持って貰う為だった。台本も漢字を覚える為に当用漢字を使おうと思っていた。
 礼儀は喧しく言った。出来ていない子は何回も階段を上がらせて挨拶をさせた。スタジオの掃除は徹底させた。子供といえどもやらせた。履き、モップ掛け、ワックスがけ、トイレの掃除と当番を決めてやらせた。子供たちを二十人に絞りたかったので厳しく言ったのだった。が、二三人やめただけでその目論見は失敗に終わった。みんな真剣についてきていた。子供以上に親が真剣になっていた。苛められっ子、不登校の子がここぞとばかり張り切っていた。
 一月もたたないうちに仲間意識が生まれ、結束力が強くなってきた。打ち解け助け合いが広がった。
 早口言葉を競い合う姿が見られた。スタジオには笑いがはじけていた。
 青年は四班に分かれた子供たちのなかに三人入って指導をし、練習をしていた。
 子供たちが帰って、青年たちの本科的な練習になるのだった。
 青年活動というのは公共施設を使えば時間という制限があった。公民館は九時には閉まるのだった。仕事を終えて駆けつけるのが八時半を過ぎることもあったことを見てきていた。その人たちに活動の門戸を開きたいというのも省三の考えだった。町には青年が目的もなく遊びうろついていたが、勤労青年は仕事を終え僅かの自分の時間に何か夢中になることを探していた。そんな青年に場所を提供したかった。市や県に時間延長を申し出たが「うん」とは言わなかった。青年会館の建設とその自主運営を青年にと提言したが実現しなかった。演劇の練習がないときは場所を提供し、子供も青年も集えるようにしていた。ここに来れば誰かがいて色々な人と出会い、話が出来るようにと考えたのだった。演劇の練習見学は自由にしていた。
 子供たちや青年たちと学び合おうと言うのが省三の目的だった。
「なんと見事な平城京」「鳴くよ鶯平安京」「いい国作ろう鎌倉幕府」「以後予算食う鉄砲伝来」
 練習日には発声練習で子供たちの声が聞こえていた。その声を聞きながら省三は台本を書いていた。総勢五十名が何らかの形で出演できるものをと考えての創作台本だった。一生の思い出になるものをという気持ちが取り掛かったのだった。劇団旗揚げには新しく出来た芸文館で公演をしてという思いがあった。八百三十のキャバをどう埋めるか、経費はどうするか、そんなことを考えながら書き進めていた。
「演劇にはお金がかかるから大変よ・・・。いいスポンサーを見つけることやね・・・。私がそっちにいたらお金集めに歩いてあげるのにね・・・」
 梅木女史から電話がかかって来たときにそう言われた。梅木女史は書き物をしながら日本舞踊を習い始め名取を取ったといった。元々芸事の好きな人であった。
「もう物を書くのはしんどいわ・・・踊りのほうが性根におうてるようや・・・。流派を立ち上げようとも考えとんのやわ・・・」
 梅木女史は人間の底に潜む情念の世界に長けていた。今そのテーマでは書き続けることが出来ないのかと省三は思った。
「やめないで下さいよ・・・一度離れると帰りの扉は重たいし中々開きませんよ」
「いいのよ、どうせ気まぐれ時間つぶしに始めたことなんやから・・・今村ちゃんと一緒にやってた頃が一番楽しかったわ・・・。あのころ、亭主とうまく行ってなくて・・・賭けていたのよ・・・女流新人賞に・・・取れたら別れ様と・・・でも駄目やった・・・子が鎹やったわ・・・毎晩、今村ちゃんに電話して・・・あの時は楽しかったなぁ・・・。うちは女やった・・・。今は乳あらへん・・・乳がんの手術でとってしもうた・・・ずっしりとした重量感が懐かしいわ・・・。流派立ち上げのときは来てや・・・あたしの乳を見せるから・・・」
 梅木は明るく言っていたが、その寂しさが伝わってきた。
 省三は人の生き方に様々な影があるとこを知らされる思いだった。
 台本は中々進まなかった。
 倉敷で幕末に起きた事件を書くことにした。それなら出演者が百人はいるものだった。

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       時 現代と文久元年~元治元年~慶応へと交錯する。
       所 コンビナートの源内の書斎と倉敷村・石城山・浪速、
       下津井・連島・宝福寺・その他。
       舞台と人物は時と所を変えるが時空はいつも流れているという
        ふうに演じること
       舞台情景
       コンビーナートがある町の柿本源内の書斎。
       上手に障子に机、その周りに散乱する様々なもの。
       上手は様々な空間処理により舞台となる。
       下手には美観地区の町並みが造られている。
       石垣に垂れ下る柳。
       下手は劇中劇の装置である。が野外と庭としてトップが降りる
       ときがある。
       上手は屋内として・
       エピローグ
       開幕してすぐに女性(お竜)が、
       江戸の末期の様、内乱を語り、京の町からひとりの女性が消え
       た事を淀むことなく喋って下手へ
       1幕1場
       開幕するとホリゾントが燃えている。ゆっくりそれが落ちて、
       音により時代を感じさせる。
       上手の書斎がぼやりと明かりが入る。
       雑然としていて足の踏み場もない。
       源内は机に向かい、妻の静は洗濯物を畳んでいる。
       庭に五右衛門がのんびりと横たわり時に大きな欠伸をする。縁
       には三太郎が居眠りをしている
       人の気配に五右衛門がおきあがり吠えたたてる。
静  シー、五右衛門ちゃん、今日のような日はワンと泣いて番犬の務めをしょうなんて考えては駄目。
       静は五右衛門に源内の様子をパントマイム。
       源内は頭を掻き毟り呆然とし鉛筆を舐め、猛然と書き始める。
       庭先からお竜(妙齢の美人)が 現われる。
       五右衛門は知らぬ振りをして、お竜を見ていたが・・・。
五右衛門  キャン。
静  これ、キャンもいけません。旦那様の・・・。
       静がお竜に気づき怪訝そうに見る。
       お竜の視線と静の目線がぶつかる。
       二人暫しの無言。二人の何方かが口を開こうとして言葉がぶつ
       かる。その繰り返しが何度かなされている。
       源内が原稿を書きながら、
源内  静、すまんがなや、書庫に入って左に曲がり、突き当たって右に踵を回し、二列目を五尺歩き、上から二段目、下から四段目、その本段の左から二十冊目、右から百三十三冊目の「転んでも只で起きるな凡人よ」と言う本・・・。
       お竜との視線の応酬に辟易していた静が振り向き、
静  その「転んでも只で起きるな凡人よ」を取ってくればいいのですね。
源内  いやその隣の「転んでも只で起きてる凡人よ」がいるのだぞい。
静  ややこしい事ですこと。
   (お竜に)何か御用で御座いますか?
源内  おまえは何時から耳が遠くなったのかいなや。「ころんでも・・・」
静  何か御用でございますか?
源内  何を言うのだなや。さっきから・・・。
静  (大きく)分かっております。
源内  (原稿を読む)風のように、煙のように、音もなく侵入してきた。飼い犬の五右衛門が吠えたが、妻の静に諌められて尻尾を巻いて小屋へ入った。その時、主人の源内は原稿用紙に向かって臥薪嘗胆、艱難辛苦、一つの升目の語彙に拘っていたのを静が知って注意を与えたのである。
静  あなた、お客さま、ですよ。
源内 その時、「あなたお客さまですよ」と言う声が、源内の鼓膜を震わせた。
静  馬鹿馬鹿しい。
       静は立って洗濯物を抱え消える。
       猫の三太郎が大きな欠伸をして起き、お竜の傍へ、
三太郎  ニャーン。
お竜  あなたがあの有名な源内先生の愛猫の三太郎くんなの。
三太郎  ニヤーン、おひけいなすって、あっしが三太郎でありやす。生まれ在所は分かりやせん親父の顔おかんの顔さえ知りやせん。が清き流れの高梁川で産湯を使い、捨てられゴミになるところをここの主人に助けられ、二食付き昼寝付き、主人のストレス解消に撫でられ、蹴られ、踏み付けつけられて泣くこともありやすが、今はこうして開き直って大きな顔をしているが、とかく世間はややこしい、この世は住みにくい。猫の仲間に言いたいことは決して物書きの飼猫になるなーよということかニャン・・・。
お竜  ここの先生はそんなに気難し屋はんなのですか?
       五右衛門がノコノコと出てきて、
五右衛門  ワワワン、おいら五右衛門、生まれ落ちて直ぐに生木を裂くように親の元から離されてここの主人の世話になり、芸文館ホールの舞台を踏むのは今回で四回目。何をやらされるか。夏目漱石ではないが猫を主人公にして「我輩は猫である」を書き、井上ひさしは犬を沢山登場させた「ドン松五郎」を書き原稿料をせしめた。モデル料を貰ったのかしら・・・。おいらの主人はおいらや、三太郎、茶子兵衛をモデルにして書いて時間を潰す横着者、おいらは思うんだが、それではもっと待遇を良くしてくれたらいいのになーと。身近な処に題材を捜すより、広大無変の物語のイマジーを湧かせて世界一の長編小説でもものにしては如何かしら。その才能はなしかも・・・よ。ワワワン。それにしても今度は何を・・・ワワワンワン。
お竜  君が心優しい五右衛門君、餌の残りを捨て犬、猫に、雀にと・・・。君は忠犬五右衛門君なんやね。そやったら、ここの先生に感性雅性がないなどと言っては駄目ですえ。稀に見る頑固者、いいえ奇特なお方はんなんやか ら。
       茶子兵衛がすっ飛んで来て、
茶子兵衛  ニヤゴロニヤーン、あたいは茶子兵衛、小雨が降っていた夜のこと、ゴミステーションに捨てられ泣いていた処を、その泣き声に引き寄せられたように近付いて来られ、あたいの顔をみて、「腹が減っているのではないのかなや」とジャングルの様な頭、ごわごわした髭が顔全体を覆い、のから思っても見なかった優しいお声。雌の怪しげな眼差しを一杯篭めて、尻尾を振り振り「ニャーン」と泣きましたわ。主人は、おまえは震えているではないか、今宵の夕食の残り物のすき焼きがあるからして食べてみる気があるならついてこいと・・・、一宿一飯が縁になって・・・ニニヤーン。
お竜  まあなんと世間の風聞と違うのでしょやろ。動物を可愛がる人に悪人はいてへん・・・。来て良かったわ・・・。
三太郎
五右衛門 }ニニャワワワニヤンワンニーンワニヤン                                
茶子兵衛  ワニヤンワワワーワンニーヤン                                     
源内  泣くな吠えるなや、今が一番大切なクライマックスを書いているのだからして・・・。気難し屋さんとか横着者とか才能無しとか、と聞こえたがそれはもしかしてこの我輩のことではあるまいかなや。
三太郎  いいえでやすニャン
五右衛門}いワンでいワン。
       三太郎と五右衛門と茶子兵衛が唄う源内の唄

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              賢い主人は本が好き
 奥さん泣かす大馬鹿者
              なんでも大好き本の虫
 紙屑作りの文豪さ
              哲学文学心理学
 書いても売れない大作家
              新聞週刊月刊誌
 猫に小言の小心者
              ポルノ猥本暴露本
 犬を蹴飛ばす薄情者
              活字大好き読書好き
 影を恐がる臆病者
              不正に目瞑る勇気なし
 風呂でも浮いてる軽い者
              主人は得がたい反骨者
 そんな主人が大好きだ
              ワワニニヤーンワンワンニヤニヤーンワニワニーン
       この唄は延々と続いてもいい。
源内  胡麻すり、味噌すり、喧しい。
三太郎  旦那、お客さんでやすょニャーン。
源内  今が一番の・・・。
五右衛門  若くて美しい女性ですワン。
茶子兵衛  あたいのように可愛い猫・・・いいえお人、ニヤーン。
源内  若くて美しい女性、最近はとんとお目にかかったことがないぞい。
お竜  あの、源内先生でございまひょうか?
源内  そのすずやかなる声音はやはり女人のものだなや。
お竜  はい。私は女子でございますえ。
       源内は立って縁側へ。
源内  して、この我輩に何か用があるのですかなや。
お竜  今お忙しいとは十分に承知いたしておりますねんけど、此の様なお願い心苦るしゅう御座いますけど・・・。
源内  力になれればいいのだがなや。言うてみなされや。
お竜  私は三代目のお竜でおます。
源内  お竜さんといえば・・・。
お竜  はい。お察しの・・・。
源内  お竜さんと言えばあの坂本の竜チャン、たしか坂本竜馬殿の奥方の名と同じではありませんかなや
お竜  はい。その竜馬が薩摩の手にかかって憤死しはってから、京の旅館を封じ・・・
源内  横須賀の大商人と再婚されて・・・。
お竜  それは嘘で御座いますぇ。
源内  嘘ですかいなや。
お竜  お祖母様が可哀相、そんな淫らな女子ではおへん・・・。それからは、縁を頼りにこの倉敷に移り慎ましやかに生きて参りましたえ。
源内  歴史とはいい加減なものとは言え・・・。して、その頼りの方とは・・・。
お竜  さる、大店の旦那衆で御座いました。その方とは高杉晋作どのの所で竜馬があっておりましたさかいに。竜馬、この私の祖父に当たりますけど、今の世間で喧伝されているような人ではありまへんでしたわ。
源内  ほほ、貴女は日本の歴史を変えようというのですかいなや。
お竜  いいえ、真実を・・・。竜馬が評価されればされる程、祖母が可哀相に思えて参りましたんどす。
源内  もう世の中を騙すのが辛いというのですかなや。
お竜  へぇ。
源内  その真実は・・・。
       三太郎と五右衛門と茶子兵衛が・・・。
三太郎  また、何やらややこしい事になりそうでやすょニャーン・・・。
五右衛門  話が今度は、坂本竜馬となると・・・ワン。
茶子兵衛  海援隊の金八先生・・・違ったかしらニヤーン。。
五右衛門  ややこしくするなワワワン。
三太郎  江戸末期・・・でやすニャニャニヤーン。
五右衛門  明治維新前夜、ワワワンのワン。
三太郎  尊皇攘夷、公武合体、大政奉還、桜田門外の変、蛤御門の変、ニヤンニヤン。
五右衛門  吉田松陰、宮部禎蔵、大村益次郎、久坂玄瑞、高杉晋作、武市半平太、坂本竜馬ワワンワンン。
茶子兵衛  井伊直弼、徳川家茂(いえもち)、近藤勇、沖田総司、ニヤニヤンー。
五右衛門  今まで挙げた人達は・・・ワン。
三太郎  維新を知らずに死んだ人でやすニヤーン。
五右衛門  とすると、この中に・・・、いやまたその外に・・・ワンワワワン。
茶子兵衛  聖徳太子、新渡部稲造、福沢諭吉はお札で有名だニャーン。
三太郎  (チラリと見たが知らん顔で)この倉敷でとなると、森田節斎、井汲唯一、林 孚一、立石孫一郎、本城新太郎、三輪光郷、桜井久之助、医者の島田方軒・・・ニヤーン。
五右衛門  なにやら、この倉敷で起こった途轍もない事件の・・・ワワワン。
茶子兵衛  寒いんだわ、淋しいんだわニャーン。
       お竜と源内のやり取り。
お竜  真実はまるで嘘のようでおますさかい。
源内  歴史は事実ではのうて、事実は小説よりも奇なりですかなや。

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小説 冬の空 2 

2006-02-19 04:28:17 | 小説 冬の空 
春の路の続編である 夏の路の続編である 秋の路の続編である冬の空1の続編である
「冬の空2」は彷徨する省三の人生譚である。
この作品は省三40歳からの軌道です・・・。ご興味が御座いましたら華シリーズもお読み頂けましたらうれしゅう御座います・・・お幸せに・・・。

  冬の空  どんよりと覆う空は 心を閉ざすのか・・・。

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冬の空 2

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 書こうと焦れば焦るほど前に進まなかった。
 省三は倉敷の町波に身をおくことが多くなっていた。夜の人家の明かりが川面で揺れる中にしだれ柳が影を落とす様に江戸時代の幕末を見ていた。黎明が夜のしじまを拓き石畳のうえに広がる様を見て行き来した人々の心に迫ろうとした。代官所あとのアイビスクエアーを訪れ元奇兵隊が襲撃する様を頭に浮かべた。中橋の上に横たわり何度も朝焼けを見たのだった。
 なぜに倉敷代官所が襲撃されたのか・・・。省三は色々な想定を巡らせた。その結論がでない限り書けないと思ったからだった。省三の中に一人の男が現れ語ったのだった。その男は付いて来い言いすたすたと進んだ。そして、大橋家の中へ入っていった。門構えの広い屋敷だったが、一つ一つの部屋は狭かった。
「人としての道で・・・止む無くやった・・・人が何かをする発端は拉致もないことが多い・・・国民の困窮を見捨てる勇気がなかったのだ・・・それが正義かどうかは分らんが・・・動いていた・・・時代が・・・己が・・・妻や子の思いを考える余裕すらなかった・・・私は流れに乗っていた・・・世間がなんと言おうが・・・行動を非難しょうが・・・走るしかなかった・・・」
 男はそう言って頬杖をついた。
 省三はそれだけで何もかも理解できた。かかっていた雲がさっと晴れるようだった。
 気がついたときには辺りは朝焼けの中で日々の営みが始まろうとしていた。
 省三は頭を振り目をしばつかせた。確かに石畳を歩く足音を聞いたと思ったがそれは泡沫の夢の中だったのかと思った。だが、疑問は掻き消えていのだった。
 これで書けると省三は思った。

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 書けただけスタジオに持って行きコピーさせた。それを全員に配った。
「分からない漢字は両親に聞くのではなく辞書を引くように・・・その時前後の漢字を見、意味も知ること・・・意外と浴煮た言葉があるものだ・・・言ってみれば親戚のようなものが・・・次の練習日までには読めるようにしておくこと」
 初めての台本に、漢字の多い事に吃驚していた。まだ一場が終わったところだった。子供たちを犬や猫に使い、元奇兵隊にするつもりだった。その頃の奇兵隊には年端の行かない子供たちがたくさんいたのだった。

舞台中央にトップ。
       その中に、瓦板売りが現われる。
       着物の裾を絡げ頭に手ぬぐいで、手には瓦板を持ち、竹の棒で
       叩きながらの口上。
瓦板売り  たえへんだぁー、たえへんだぁー、さあさ買った買った。備中は倉敷村の汐入り川に架かる前神橋の西袂にある下津井屋に数人の賊が押し入り、主人・・・。おっと、全部言っちゃあ売れやあしなねえ。サアーサ買った買った。買う、買う金もねえと言うのけえ。貧しい國民よ。貧しさで、心まで干涸びさせてはいけねえょ。腹が減っても才長けて・・・。時は文久の三年続きの大飢饉の頃に遡る。雨が降らずに火が降って、土地はカラカラ埃だけ。何を植えても咲かぬは実を付けぬ、百姓は草の葉は無論根まで食べ木の根を齧り、國民はじっと我慢の腹の虫、何時の世も政策を変えずは世の習い、全國の港を閉鎖し荷物の出入りの禁止、それを津留め令と言うなりや、その政策は悪徳商人に利が叶い、國民は骨が邪魔してそれ以上は痩せられねえ、目だけが爛々腹だけが以上に膨れて、その道行きは野垂れ死に、そこかしこ累々の屍の山数多・・・。
 俗に言う下津井屋事件が起こったのは元治元年十二月十八日早暁気のはええ一番鶏の啼く前でやしたょ。
       子供たち幽霊のごとくして舞台に出てきて引っ繰り返る。
       上手にトップ。その中に高杉晋作が現われる。
       以下のセリフの後高杉晋作を晋作と書く。
高杉晋作  この、腐敗した世の中を救うには、尊皇攘夷しかありゃーせん。この二百七十年の徳川の腐り堆積した土壌からは何を植えても芽は出んし、ペンペン草もはえん。國民は苦しみかつ死を待つのみの生業。このへんで朝廷に政権を、新しい政を行なって頂きみんな平等の世の中に・・・。
       國民の声「徳川の世はとっくの昔に川に流れた」の歌子供たち
        が全員で歌う。
       川の流れと人の世は 動きが止まれば腐ります
       家康は小心臆病後家が大好き大嘘つきよ  
       秀忠はせっせせっせと外様を整理に身をやつす
       家光はマザコンで乳母の言うなり春日の局
       家綱は家光の後始末由井正雪の乱で疲労困憊
       綱吉は政治は得意で何の因果か小男で犬公方
       家宣は一番短命僅か三年の影の薄い将軍さま
       家継は新井白石正徳の治貨幣改鋳操られ人形
       吉宗は亨保の改革ペンペン草も生えない大飢饉
       家重は種馬だけの将軍か吉宗の後の始末で影薄し
       家治は印旛沼の干拓天明飢饉の賄賂の田沼バブルの時代
       家斎はバブルが弾けて財政建直しけちけち政治で寛政の改革
       家慶は飢饉が続き天保の改革世乱れ大塩平八郎の乱
       家定は黒船来たりて腰抜かし日米和親条約赤毛に平伏す
       家茂は桜田門外の変公武合体文久の改革大坂城で頓死
       慶喜は大政奉還さっさと逃げて隠居の暮らし
       歌い踊りながら舞台に華を添える。
晋作  てなわけで、淀んで腐った水は國民にとって体を弱体化させる下痢の素。士農工商とは名ばかりで、商人に頭が上がらず、武士はくわねど高楊子とは真っ赤な嘘十年先の録高を質に入れて食い繋ぎ、武士の魂の刀をば竹光に変えながら、粥糊(かゆと糊)で凌ぎ生きている。百姓は文久の大飢饉で絞っても出ない菜種油の糟と化し、職人も一日の日当で一月の家賃が払える時代とはいえ仕事もなくて腹も鳴って道具も持てず。明日に希望のない事が、夢も見られぬ時の世が、なんで幸せ育めようか。この高杉が、時代を引っ繰り返し・・・。奇兵隊を組織して・・・。
 ~~三千世界のカラスを殺し主と添い寝がして見たい~~
       高杉が歌いなかせら、トツプが消えると、坂本竜馬が入れ代わ
       り、坂本は瓦板売りの男である。坂本竜馬をこのセリフの後竜
       馬と書く。

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坂本竜馬  ほんにまったきなっとらんぜょ。飯を食う術を知らずにつんと澄まして肩で風切る、恰好はほんにきまっとったぜよ。じゃあけんど、強い風に扇られてよたよた歩く姿はみつともなかことぜょ。白旗の・・・。
 人間に上も下もなかけん脱藩して浪人になったきに。剣はお玉が池の千葉道場に通い北辰一刀流をばものにしたとが、斬った張ったの世のなかではなかことが見えとった。鉄砲で天下を取った織田信長、わしゃーピストルと大砲で天下取りじゃきに。腹減って刀も腰に差せんもんに天下國家を論じる資格はなかぜょ。これからは金じゃきに。大きな船じゃきに。七つの海に打出ての諸外國との貿易ぜょ。そんためにまずは鎖國を解くしかなかぜょ。鎖国を開國に変え・・・。わしゃー、尊皇攘夷も佐幕も倒幕も関係なかぜょ。銭のなか人間になにが出来よっとぜょ。
                     暗転

2

 省三は先を急いでいた。
 十一月の公演を決めていた。初めての子供たちや青年たちには十分な稽古の時間が必要だと思ったからだった。登場人物は百人、衣装や小道具、大道具に時間がかかりそうだった。衣装は要らなくなったものを貰いに行った。奇兵隊は学生服のお古を頂いてきた。雑兵傘と木刀を各30個高松稲荷の土産物屋で贖った。笠は黒のペンキで塗り、刀は鞘を赤で塗り、刃の部分を銀色で塗った。模造刀も大小十振り買った。省三は書きながらその準備に忙殺される羽目になった。なるべく衣装を着せて腰に刀を差しての稽古を望んだからだった。動きに制限があることを考えてのことだった。足らずは作らなくてはならないのだった。背中にたてる幟は竹で作りさらしに文字を書いた。藩幕は白地の布をミシンで縫って模様を描いた。草鞋は県北の道端で売っているものを調達した。一品たりとも借りることはしなかった。
 悠一も豊太も物珍しいのか嬉々としてみんなの中に入って練習していた。
 省三は練習が終わって台本の続きを書く毎日が続いていた。
 上手にトップと言うことは、源内の書斎である。

       小町出て来て、辺りを見渡したが、
小町  お父さま・・・、三太郎・・・、五右衛門、茶子兵衛。もう何処え行ったのかしら、毎日新聞から随筆の「大風呂敷のなかの小石」の原稿は未だかという電話が入っているのに・・・。「三太郎の記紀」「良寛・乾いて候可?」「さざんがく」「現代水軍伝」と頭の中に台本を書いて家族のみんなを出演させ、舞台に乗せて・・・。何だか今回もややこしく、なりそう。よ、な、よ・か・ん・・・。

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       小町が歌う「物書き恥書き音頭」
       物書き恥書き頭書き無い物ねだりの大風呂敷
       物書き落書き義理を欠き奇人変人横着者
       嫁にきたのは良かったけれど頭が変になりそうよ
       物書き嘘書き情け欠きどこに真心落としたか
       史実を曲げて歴史変え書き捨て後免の無責任
       あることないこと書き連ね人を騙して原稿料
       物書き筋書き道理欠き詐欺と道連れ二人連れ
       ここに嫁したが身の哀れ、定めと諦め・・・。お父サマー
       お市が出てきて、
       お市はお竜である。
お市  ああ懐かしいこの香り、私をここに引き寄せる、愛の篭もったフェロモンが、心と体を狂わせた。いとしい人よ、いいえ、愛しい五右衛門さま。雨が降ろうが、槍が降ろうが、この道程はいとやせぬ。愛の広さ深さ大きさは、私の心を浮き立たせ強い思いを呉れましたワン。
人間の、犬畜生にと言う言葉、いっそそっくりそのままに人間畜生と返しましょう。政治家、官僚、銀行証券、ゼネコン、損保、教育者、そっくりあげましょこの言葉。人間も少しは私たちを見習ったらいいのだわニャーンあららワンだったワワワン。
       お千が出てきて、
お千  何時見ても色っぽいねワン。あたいもお市さんを見習わなくては・・・。お調子者の三太郎、胡麻すり穴掘り大好き五右衛門は今頃どこでどうしているかしらワワワン。
お市  私の五右衛門さまを悪く言う奴は堪えませぬ事よワワキヤンキヤン。
お千  一途な思いが理性を狂わせるときがあるのよワンキヤン、注意あそばせワワワンワン。人間のように色と金に狂ってはいかんワワン。
お市  なにを小癪な半端な野良犬がワワワンワンワン。
       お市、お千が睨み合って犬喧嘩。
小町  やめる。やめない。やめます、やめれば、やめるとき、やめよ。
    おやめ!(大きな声で叫んだ)
       お市、お千、口だけパクパク。
          4
          前出の瓦板売りが中央サスに。
瓦板売り  さあさぁ、さあさぁ、下津井屋の事の起こりは幕府が出した津留め令、倉敷村の商人がすわこの時とばかり買い占め藏の中に蓄め込んだ、米麦綿をば、水島灘に浮かぶ亀島から、汐入り川を下り児島湾の小串から、コッソリ荷船を出して兵庫、大坂へ禁を破って大儲け、それを妬んだ商人が時の代官大竹左馬太郎に訴えやしたが、のらりくらりと裁かず逃げていやした。その時、東中島屋大橋敬之助、積み荷の現場を押さえ船頭を引き連れて代官の前へ、そうなりゃあーウヤムヤに済まそうとしていた大竹代官はやけくそで津留め破りの商人たちを手錠村預け、入牢、謹慎と断を下しやした。ところが、幸か不幸か代官交替で桜井久之助が着任するや、倉敷村は港ではないので津留め破りなどあろう筈もないとの裁き、村人は怒り多勢を便りにの直訴、そんな事は屁のかつぱと聞き捨てたが、事の発端、村人のその恨みが下津井屋事件へと・・・。おっと、早まってはいけねえょ、犯人捜しに頭を働かしてはいけねえ。まあ、此処までしべりゃあ大方の見当が・・・。代官は三日三晩燃え盛る下津井屋を唯茫然と眺め、常夜灯のように汐入り川に影を落としていやした。そして、突然に「下手人は大橋敬之助唯 一人」と金切り声をあげやした。
       瓦板売りの明かりが消え、
       上手の源内の書斎にトツプが下りる。
       立石は源内である。立石とは敬之助の後の名前。
       立石とおけいが明かりの中に。
       林孚一と本城新太郎が出てきて、
       立石孫一郎を最初のセリフの後以下孫一 郎と書く。
       装置として何かを置く事。
立石孫一郎  おけい、困ったことになった。この私の短慮が・・・。
おけい  いいえ、あなたは唯いいと思ってなされたこと、何も後悔をなさることは御座いません。      
孫一郎  私はやっていない。やらせてはいない。私がやるなら代官桜井をやる。
おけい  これから・・・。
孫一郎  桜井に逢おう、そして身の潔白を晴らそう。                                
おけい  どうぞ此処は・・・。
林  敬之助さんここはおけいさんの言うとおり、一先ず身を隠した方がよを御座いましょうょ。なあ、本城さん・・・。
本城   林さまの言うとおり、桜井はあなたを下手人にして・・・。
孫一郎  逃げれば罪を認めたことになろう。
おけい  ・・・。あなた・・・。
林  通生の通生院八幡宮の三輪光郷の所に隠れてて少し様子を見てはどうかな。
本城  そうなさいませ。倉敷の出来事が手にとるように分かるかの地へ・・・。その方が・・・。
孫一郎  わたしの生き方が、誤解を招いたのか・・・。
       上手の明かりが中央へフェードアウトし中央トップに、
       大谷五左衛門と立石正介と大橋武右衛門(中島屋)が入る。
大谷  播州は上月村の大庄屋の大谷家の嫡子敬吉として産まれ、十六歳の時、庄屋見習いのおり、小 作を庇い役人と喧嘩をして・・・。
立石  敬吉の母の出所美作は二宮村の大庄屋立石家へ預けられ・・。
大谷  播州にはおれずに・・・。敬吉、優しさでは決して人は救えぬ、言葉で人は動かぬ。自らが先頭に立て、正しいと思ったことはだれのために正しいかを考えろ。身を捨てて浮かぶ瀬もある。
立石  この立石にきて、敬吉改め敬之助。剣は倉敷から出稽古に通って来られていた井汲唯一先生に習い、裏街道を行き来する長州の人達と逢い、世情のあれこれを・・・。それから、備中は倉敷村の、大谷家、立石家の親戚の大庄屋大橋家へ養子あい整い、大橋敬之助とせり、長女おけい殿と縁を結び分家、東中島屋として・・・。大橋武右衛門中島屋はええ養子をもろうたと大層に羨ましがられた。若い頃の短気さは影を潜め、商売熱心で村人からの信頼も熱く、よく相談に乗っておった。向学心は旺盛で、本町で間塾を開いておった森田節斎先生に漢詩を学び・・・。だが、育ちか、不正に目を瞑る勇気を持っておらなんだ。頼まれると嫌と言えない質、大谷、立石の血筋・・・。商人は御定法に従いながら利を稼ぐ、白を黒と言い儲けを考える、そこまではなかなか・・・。
       中央の明かりが上手へフェードして、
       孫一郎、おけい、林、本城、井汲へ。
孫一郎  みんなに迷惑を掛けて・・・。心配をしてもらって・・・。
     此処は一先ずみんなの言うとおり・・・。
林  その方が・・・。
本城   そうなさいませ。
孫一郎  井汲先生!
井汲   孫一郎、これからは、上も下もない、人はみな平等の世の中に。それ故にここは命を大切に・・・。人が何と言おうが、おんしのことは後の人が・・・。
       林と本城と井汲は消える。
孫一郎  おけい心配をかけるな。
おけい  家のこと、いいえ私たちのことはご案じなさいませぬ様に・・・。
孫一郎  正吉、千之輔、お鶴のことは・・・。
おけい  嫌疑が晴れれば・・・。
孫一郎  そうあって欲しいが・・・。おけい、世話になった。
おけい  くれぐれも・・・(泣き伏した)
       トップが落ち、瓦板売りの明かり。
       瓦板売りが入る。
瓦板売り  大橋敬之助、此処は逃げるにしかずと、やってもいねえ嫌疑を掛けられてはたまったもんじゃあ御座いやせんやぁー。夜半にこっそりと四十瀬から高梁川を高瀬舟をしたて江長、古新田、呼松、塩生、通生と下り身の置場を代えやした。敬之助は水島灘に突き出た宮の鼻でぼんやりと夕日を見て過ごしやした。「所詮人間とは定めに従うしかないのか」と、溜息混じりに落とした声が波の音に直ぐ消えやした。敬之助に届く便りは・・・。
       トップに孫一郎と三輪光郷神主が入り、

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三輪  大橋さま、届く便りは引き潮ばかり、桜井代官に尊皇の有志が呼び付けられて酷い取り調べあなたを隠しているのではとの詮議、それがだんだん酷くなっているようで御座いますょ。林さま、本城さま、島田方軒先生、それに・・・。
孫一郎  この私が名乗り出て身の潔白を・・・。
三輪  今名乗り出れば桜井代官にとっては物怪の幸い、猫に鰹節・・・。
孫一郎  私が、私一人が犠牲になれば・・・。
三輪  なりません。あの事件であなたを下手人にしたて、倉敷村の尊皇の志を持つ者のあぶり出しをと言うのが桜井代官の考えです・・・。
孫一郎  もう、幕府もなりふり構わずに・・・。足掻きが凋落の兆し・・・。
三輪  逃げられませ、そんなに幕府も長く持ちますまい。
孫一郎  この私に尊皇の仕事をせよと・・・。天の啓示か・・・。その道しかないのか、私は・・     ・。
三輪  それに、井汲先生も追われておられます。
孫一郎  なに、先生が・・・。なぜ!
三輪  井汲先生と大橋敬之助が、津留めの罪を無罪にしたその恨みから下津井屋を襲ったと・・・。    
孫一郎  不本意だが、先生を、大望前の先生をこの小事に巻き込むわけには行かぬ。三輪さん、倉敷に人をやって下津井屋は先の裁きに物申して正義の為にこの敬之助一人が起こしたとの流言を広めては呉れないだろうか?
三輪  それでは・・・、
孫一郎  此処は大橋敬之助が・・・これも定めとするならば甘んじて受けよう。
三輪  してこれから・・・。
孫一郎  大坂、京へ、下津井から・・・。
                     暗転

 殺陣の練習が始まった。刀を腰に差して歩く稽古が始まった。省三の子供時代はチャンバラごっこという遊びがあったが、今はないのでそれを教えた。あの頃子供たちはみんな東映の時代劇をこぞって見に行っていた。見様見真似で刀の扱いは馴れていたのだった。が、今の子は時代劇を見ないから握り方もわからなかった。練習に走ることを取り入れている所為か顎を上げることはなく付いて来る事が出来た。脱力が役にたった。脱力を練習しているといざと言う時に怪我をしなくてすむのだった。活舌、鼻濁が出来て台詞が力強いものになっていた。
「芸文館の舞台は広いぞ・・・。大きく動け」
 省三は叫んでいた。
 一度ここでするのだと舞台を見せなくてはならないと思った。
 通しの稽古が練習日には行われた。
「演出の指示を待つな・・・考えてやれ」
「演出の人形になるな、台本を読んで考えろ」
「声が小さいぞ・・・バックには音楽が流れているぞ」
 稽古の成果は明らかに出ていたが、良く出来たとは言わなかった。