yuuの夢物語

夢の数々をここに語り綴りたい

震災の影響

2011-04-14 10:58:53 | 独り言
震災の影響

 煙草吸いは煙草がなくなると無性に吸いたくなり我慢が出来なくなるものです。わたしの様に煙草をおかずにして食事をとるような人はなおさらです。
 深夜に近くのコンビニへ煙草を買いにいきました。レジカウンターの後ろのケースに煙草は陳列してあるのですがなんと品切れの札が殆どかかって居るではありませんか、無論わたしの吸いたい銘柄のものはありませんでした。日本製の煙草は全然なくなっていました。洋煙は少しだけという有様でした。
「十一日に入って来たのが二十コなんですよ。皆様には三個限りで売ったのですが直ぐになくなりました」顔見知りのオーナーが済まなそうな顔をして言いました。昨年の九月の下旬に五十カートンの買い置きをしたのだが四月まで持たなかったのだ。
 何軒かコンビニを回って見たが同じような状況だった。
 霧島の噴火で煙草の葉がやられ、長野の地震でやられ、東日本震災で煙草の葉も工場もやられて、品不足になっているという。煙草吸いも生産者も日本たばこも痛手である。
 この際に禁煙をすれば良いのだろうが体中ニコチンに犯されているわたしには無理なのです。禁煙治療をしたいと思い調べたら精神科の薬と同じ物を呑まされて治すと言うことを聞き、脳に副作用が出るかも知れないという事も分かったのでやめにしている。これ以上脳がおかしくなったらどうしょうもなくなるからである。我慢をして洋煙を買ってきた。
 相変わらず乾電池は店の棚になく、ガスボンベも、天然水のボトルも、まだ全部の店には売られていない。ペーパー類は値段が上がった。秋刀魚の缶詰は店頭から消えている。練り製品は値上がりしている。子どものパンツも値上がりするだろう。珈琲はとっくに値上がりをし、砂糖も徐々に上がっている。ガソリン、灯油は言うに及ばずだ。
 震災地から遠く離れた倉敷でなくなったり値段が上がったりなのだ。すべてを震災地優先で品物が流れているのだ。まさに戦後の統制になりつつある。
 それくらいは震災地の人たちに比べて家があるので我慢しなくてはなるまい。贅沢は言えまい。
 だけど、アルコール類はそんなことはないらしい。同じ嗜好品なのに差別だと酒の飲めないわたしは叫びたいが、大人げないので辞めている。震災前に家人と指宿への旅行を計画していたが自粛している。その費用を義捐金として差しだそうと思っている。
 店頭から品物が消えると欲しくなるのが人情か。買いだめをする人の無気持ちが良くわかる。不安で心細くなるのだ。これも一種の病気なのであるが。店に入ってないと分かっている秋刀魚の缶詰を探しているわたしが居る。食べもしないものだがなくなれば欲しいのだ。戦後の何もなかったときに我慢をした裏返しか。肝っ玉が小さいから直ぐに買い置きをしたがる。欠乏症という病気なのである。ひもじい思いをしたからと言ういわけは許されることはないだろう。
 被災地の皆様と同じ心で痛いと自粛していたら金を使わないと経済が疲弊するという。美食を喰らっても喉とお腹は満足するが心が痛い。何か済まない思いが心にひっかかる。貧乏性なのです。明治維新で家柄を失い、戦後の農地改革で土地を取られて、その三代が氾濫の人生を生きているのです。肩身の狭い生き方が身についてしまっているのです。その脱皮は次の世代に任せることにしました。だけど、本当は何もない方が保身にならなくて強く生きられることを知ったのです。何もないほど怖い物はないことを知って欲しい気がしています。
 この國のリーダーは欲しがりです。それでは本当の政治、国民の姓名と財産を守れないでしょう。自分という物を棄てなくては何も出来ないでしょう。
 震災が明らかにしてくれたものはこの國にリーダーシップを取る人がリーダーではないと言うことなのです。この國の人に真のリーダーを選ぶ目がなかったと言うことなのです。恥ずかしい事ですがそれが真実です。鯖のような目をした菅には何も出来ません。期待もしませんが、引き際を知って欲しいと思っています。
 震災を通して色々と分かってきています。それが人間の進化なのです。進化へつなげなくてはならないのです。
 何もかもなくなればあとには進化が起こるのです。その進化を期待しましょう。
 花も毎年同じようには咲きません。それが進化なのです。

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