yuuの夢物語

夢の数々をここに語り綴りたい

麗老・・・序の1

2010-11-26 06:13:56 | 創作の小部屋
麗老

 老人に性欲はないかと問われればそうではないと答えよう。
「あるが役に立たなくなって」という人は医院を訪れ診察を受け薬を貰うことを薦める。何も恥ずかしいことは何もない、それが人間の正常なる衝動なのであるからだ。医院のトイレには「当医院ではED の相談を受け付けています」というカードが置かれていて男性機能の低下にお悩みの方はこのカードを医師に提示ください。と丁寧に悩んでいる方への誘いの文言が書かれている。これも最近のことで高齢化によって「わしゃ、もう役ただずや」という年寄りが多くなり男性である自信を失っている為の措置であろう。だが、それをトイレで一枚とり医師の前に提示するには勇気がいるだろう。心電図をとったり尿検査をしたりとなると余計に足がすくみ医師に差し出す手が縮こまると言うのが当然なのではあるまいか。ここまで社会は年寄りの性に対する悩みを寛大に容認してくれているのだからそれをやらないてはないと思うが。この治療は男性にあって女性にはないと言うことは女性が悩まないと言うのか、いや女性の方がより悩んでいるのではないだろうか。
「いい年をして」という蔑視のまなざしと言葉が飛んだ昔とは時代が違うのだ。
 薬を飲み大いにデートに誘えばいいのだ。男性の自信回復のためには勇気がいる。その勇気も薬が奮い立たしてくれるのだ。肩をすぼめている事はない、腰を落としていることは更にない、年寄りにも正常に性欲があることを自覚し認知させなくては年寄りの自立はないのだから。
 年寄りの幸せとは何かを追求する為にこの前書きを弄した。この小説の題名は「麗老」、名の通りいかに華麗に美しく老いるかを書いてみたいのだ。前に「麗老」という題で書いているが、続編ではない。別の作品でこの題で書くことにした。作者のテーマではこの題が一番似つかわしいからである。

     1
老いの坂は時間を感じさせない程に早い。還暦を過ぎたころから一日、一月、一年とその流れは一段と速く感じられるようになった。
 そこまで書いて、パソコンがありインターネットの時代に産まれたことを少し後悔した。パソコンが時間の流れをより早くしている事に気づいた。起きて顔を洗い青汁牛乳を飲みパンを食べてパソコンのスイッチを入れる。それから一日中その前に座っているのだ。たまに外に出て鉢植えの花を眺める程度の時を過ごすが、そんな一日があっという間に通り過ぎていくのだ。ニュースを読み、メールを開き、ブログをクイックする、そしてアダルトのコーナーへと、毎日の行事のように一定している。ブログには一日原稿用紙五枚の随筆を書いて更新している。昔のことや今感じていることなどを残すためなのである。誰かに読んで貰おうなどと言う身がってな考えはなく自分が活字にして読むために書いているという方が正しい。書いたものが金になる人たちをうらやましいと思ったことはない。寧ろかわいそうであると思う。その人達は自由を売っているのと同じあると考えている。
 自立劇団の代表をし台本を書いているので忙しい時もあるがたいていはブログを訪ね随筆を書き日記を付ければ一段落なのである。夕食のおかずは殆ど毎日作るのが日課になっている。二人の孫を風呂に入れそのかわいさに頬をゆるませるのも一日の時間の流れなのだ。
 逢沢雄吉はそんな日々を送っている。還暦を過ぎたのはもう八年前。最近になって胸がもやもやすることが多くなった。それが性欲であることに気づき、日に日に増大することにとまどいを持つようになった。
 妻の勢津子はグラウンドゴルフに、老人会の行事に、共産党のコミュニティーに党員でもないのに参加して忙しそうだ。
 逢沢は友達で精神科の医者をしている桑田を訪ねた。
「最近とみにもやもやが増してね」というと、
「おいおい、その歳になって女に狂うなよ。一穴主義のお前さんのような奴が女に惚れて事件を起こすのだから。止してくれよ。付き合っていられないから」とまじめに注意をする。
「先生はどうなんだ」
「うーん。そうだな、有り難い事に各地で学会があって適当に遊んできたから、そんなに懲りはないよ」と軽くあしらわれた。
 嘘だ、逢沢はそう叫びたかった。自分だけが淫乱居士の様に悩んでいる訳がないと思う。
「役に立たないのか」少しにやけて言う桑田。
「・・・」 逢沢は黙っている。
「薬がいるのなら都合をつけようか」桑田は医者の顔になって言う。
「精神科にはどんな薬だってあるんだ」
 逢沢が疑っていることを察知してそう言った。
 精神的に悩んで訪れる患者に応えるのが精神科の医者の仕事なのだと逢沢は思った。男性機能障害、勃起不全の悩みを解くのも仕事の内なのだろうと理解した。
「勢津子さんには悪いが、薬を飲んで夜の町にでも出てみろ近寄ってくる女はごまんといるよ」
「こんな年寄りにもか」
「それで良くものが書けるな。お前が売れないのは文章に色気がないからだと気づかないのかい」
 そんな会話について行けないほど逢沢は律儀であった。
「相手が変われば役に立つという事は良くある話だ」
 桑田は意気消沈している逢沢を励ますように言う。
 逢沢は勢津子とのことを思い出す。最初は充分役に立つはずなのだが途中で言うことを効かなくなってしまう。勢津子に悪いと思うし自分も納得は出来ないのだ。老いのセックスは肌の触れあいだけで充分満足が出来ると言うことを良く聞くがそれでは不満足なのだ。昔の様に激情したいというのが本音であった。歳だと諦めたくはなかった。それは肉体の声ではなく理性の叫びなのだった。本能を制御するはずの理性が勝るというアンバランスな事態に困惑するのだ。
 逢沢は桑田のように何事も割り切ることは出来ない性格であった。勢津子を愛しているがすてきな人を見るとデートがしたいという欲心もある。若いころは女の脚線に色気を感じていたが、歳を取った今、足は無論太ももお尻に目がいってしまうのだ。このような症状が続いたら女の後をカメラをぶら下げて歩くようになるのではないかという恐怖がある。痴漢、盗撮をする人の心が分かるような気がする。やらないのは理性で押さえているだけだ。その理性がいつまでたもてるか自信はない。
「精神医の診察を受けに来たのか友達と話をしにきたのか、はっきりしたらどうだい」
 桑田はそう言って逢沢の顔をまじまじと見詰めた。
「患者としてでもあり友人として話を聞いて欲しいと・・・」
「パソコンで女の写真を見過ぎているのではないのか」
「歳を取っている男が性の悩みを訴えては来ないのか」
「来る。ばあさんがいやがるからオナニーばかりしているが精神的におかしいのではないかとか、突然女性に襲いかかりたい衝動を持つがどうかとか」
 医師と患者の会話になっていた。そのような事は逢沢にもあった。パソコンでアダルトを見ていて激しく欲望を感じたことはたびたびであった。出会い系のサイトを見て書き込もうと思ったこともあった。が、こんな年寄りは相手にしてくれないだろうと止めたこともしばしばあった。俺は最近何をやっているのだと思い落ち込んだことは日常茶飯であった。頭はそのことばかりで何も手に付かなくなって呆然とすることもあった。それで桑田のところへきたのだ。
「そんなことがあるのかい」
「ある、歳を取れば枯れていくと思っていたがそんな気配は全然ないのだ。寧ろ若いころと同じで目を輝かしている自分が怖いのだ。歳を取ってまでこんな苦しみを持つなんて考えても見なかったことなのだ」
「それは正常であるとも言えるし少し過敏すぎると言うことも言える。人間に煩悩がなくなるのは死んだときだよ。それまで色々様々な煩悩と戦いながら生きるしかない。今のお前さんはそのことばかり考えて男としての自信をなくしているのだ。自信がないから余計にそのことばかり考えると言う輪廻の中で苦しんでいるのだ。医者である私が女を世話すると言うことは出来ない。相手が変われば役に立ち・・・自信が付くというここともあるから一度夜の町に出てみることだ。年寄りだろうが若かろうが金になれば何でもする女は沢山いるよ」
桑田はすらすらとそう言ってのけた。人のことだと思って言いたいことを言うと逢沢は思ったが口には出さなかった。
「薬を出しておこう。使うおうと使うまいとそれはお前さんの勝手だ。医者としてはその症状に対して処方をしておくよ。心臓は異常ないのだろうね。血圧はどうなのだ」
「別に薬は飲んではいない」
「言っておくが、薬には副作用と言うものが付きものだ。この薬は元々認知症患者の治療薬で、薬を飲んだ患者が異性を追っかけるという副作用があってこれは性的な傷害に効くのではないかという事でその治療薬として広がっていったのだ。確かに効果は実証済みで、体質もあるが時に大きくなって事が終わっても小さくならない事がある。三時間しても元に戻らない、そんなときは泌尿科へ行って血液を抜いて貰わねばならない、そのことは頭に入れて使ってほしい」
 桑田はそう言ってカルテになにやら書き込んでいた。
「谷崎潤一郎にしても川端康成にしても老いの性を小説に書いて気を紛らわせているではないか、お前さんも自分の為に書くという方法もあるのだよ」
 桑田は情けをかけるように言った。
「そうだな」
 逢沢は頷いた。
 逢沢は薬を大事そうに内ポケットに入れて外に出た。副作用の事で少し脅されたがそんなことはどうでも良いと思った。この薬を飲めば若かったころのようになれると思うとなんだか体が軽くなるようだった。桑田の話を聞くだけでなんだか自信が湧いてきていた。
 薬のことは逢沢も知っていた。ホームドクターのトイレで見たことがあった。