yuuの夢物語

夢の数々をここに語り綴りたい

「麗老の華 13.14.15

2011-02-15 21:37:09 | 創作の小部屋
「雪の華」オルゴール曲 キャンドル・夏


麗老(13) 
田植えも無事に済んだ。雨の長く続く季節だった。 雄吉は幸せに包まれながら鹿脅しの音を聞き雨の庭を見詰めていた。今まで何とも思わなかった風景が約束されたもののように思えた。眼の前にあるものの総ては雄吉のために誰かが作り施してくれているような感覚に陥っていた。生活の一瞬一瞬が前もって誰かの手で準備されているのだという錯覚を持つのだった。自分と同じ現実を生きている人があることを不思議に思った。 雄吉と妙子は引き合う磁石だった。「昨日は落ちた」「落としたの、私が・・・」「青空を泳ぎ柔らかな草原へ・・・」「奈落の底がこんなにいいものだとは・・・」「ストンと舞台から消えて・・・こんな事初めて・・・」「忘れていたものだったよ」「生きていて良かった」「そうだね」「何度か死のう思った」「そんなことあったの」「弱かった、躓いたことを後悔した」「・・・」「父と二人の生活に耐えられなかった」」「・・・」「認知症の父と・・・壮絶な戦いだった」「・・・」「それもあなたへの道のりだった」「・・・」「ご免なさい・・・今が幸せだから言えた」 雄吉はじっと妙子の言葉を聞いていた。 妙子は時として感傷的になった。そんな妙子をいじらしいと雄吉は思った。日々の生活の中で新しい妙子を発見することに新鮮さを感じた。「愛したことがない。愛されたことがなかった」「心の中に君が広がっているよ」「いいの」「いいよ」「こんないいことあった。あなたを愛して・・・」 雄吉は歳のことを忘れていた。若かった頃のひたむきに生きた情熱が返ってきたような思いがしていた。寡黙で朴訥な雄吉を詩人にさせていた。
麗老(14) 
妙子のお腹は少しずつ大きくなっていた。悪阻もそんなに酷くなく変わらぬ生活が出来ていた。 雄吉は時たま田んぼに出て水の張り具合を見て歩いた。「除草剤を撒いてくれた」「いいや」「あんたらしい」「自然農法がいい」「作るより買った方が安いし」「どうなの」「なに」「調子」「大丈夫」「暑くなるから大変」「あなたが・・・」「この家は涼しいから・・・」「私本当に母になるんだ」 妙子は穏やかな顔になっていた。自信が現れているように思えた。女は母になることで初めて完成する。せり出したお腹を突き出して歩く姿にそれは見えた。そんな妙子に愛おしさが増す勇吉だった。「なに」「女らしくなった」「だって、女だもの」「まだ夢を見ているようだ」「幸せだわ」「そう」「残念ね、私のこの気持ちがわからなくて・・・」「女でないから・・・」「濡れた」「えっ!」「女の幸せ」 妙子は勇吉の手を取っておなかに持って行った。「ここにあなたがいる・・・誰でもいいと思っていたけどあなたで良かった」「本当に・・・」「ええ、あなたじゃなくては嫌」 お腹が熱くなっていた。そこは新しい命が息づいている様に思えた。
麗老(15) 
妙子はマタイニードレスが似合っていた。本家普請の家は風の通りが良く涼しかった。雄吉は田圃の水を見に行き水がなければポンプを回すと言う以外に外に出ることはなかった。庭に藤棚を作り、畑に花を咲かせるくらいだった。 家にいて妙子の立ち振る舞う姿を見ているだけで仕合わせだった。妙子も外に出ようは言わなかった。出るのは食品の買い出しくらいで、嬉しそうにお腹をせり出して歩いた。こども宿す女の自信が美しくしているのか妙子はその様に見えた。買い物の時でも妙子は雄吉にきちんとした服装をしろと喧しかった。外見を保つことが自信を生み出し一つ一つの仕草を優雅にすると言うのであった。見られているのだから見せることを演出しろと言うのであった。確かに普段着とは違って緊張感が生まれた。引きずる歩き方は出来なく足を上げなくてはならなかった。家の中にいるときでもLEEのジーパンをはかされた。食べ物にも気をつける様に、腹八分目を強制した。バランスが大切だと野菜料理を何種類か食卓にのせた。「パパになるのだからね」「何も言ってないよ」「長持ちして貰わないと」「長持ちね・・・・」「平凡だけど、生まれた子を抱いてあなたと宮参り・・・ 」「そんな夢があったの」「お宮さんの前を通るたび思った」 妙子の瞳が滲んでいた。そんな妙子を見るのは初めてであった。 男の様な言葉を使い割り切ったようなことを言っているが女の優しさと感情は持っているのだと雄吉は思った。一つの命がそうさせたのかそれは分からなかったが・・・。「来年の春にはできるよ」「待ちどうしい」「待ちどうしいね」 雄吉は先のことを考えないようにしていた。今を精一杯に生きる事にしていた。これから何がおきるか分からない、その定めを流れようと思っていた。 ガラス戸を通して差し込んだ陽射しが畳の上で日だまりを作り遊んでいた。夏の陽射しが和らぎ夕焼けの中を赤トンボが舞う秋が向かえに来ている頃だった。 人は還暦を過ぎてから死の準備をするのなら後の二十年を綺麗に生きようと考えるだろう。肉体の死があっても魂は存在し、その魂をつれて中有の旅へ出るのならば魂を綺麗にするのがその二十年か・・・。雄吉は死を考えないがこの後の生き方を何か今までと変わった生き方にしょうと考えるのだ。自堕落な生き方は辞めて体を清潔にし身繕いを正してと思うのだ。そのように生きるという指針があって他に何かが起こるとしたらそれを従順に受け止めなくてはならないと思った。仏門へはいることを考えたがそれだけの勇気はなかった。 托鉢の僧になけなしの金を差し出しお腹が空いたら食べてくださいと言うこと、遍路の人たちに宿を貸す人たち、その総ては魂を清浄にする行為なのであった。そんな生き方に憧れることもあった。若い頃はなぜという疑問があったが今にしてそれを理解出来るのであった。 庭や家の中の掃除から取り掛かった。それは死の準備でなく定めをながれるためだった。 雄吉は身の回りをこざっぱりさせた。何かが壊れ新しい自分が表れた様だった。自由を生きると言うことは難しいがそれを生きると決意した。自由に生きるためには自制心が必要であることを知った。雄吉はお日様と一緒に暮らすことを自分に課した。それが定めだという風に受けとめた。 この数日雄吉は憑かれように自己変革を行った。悟りを開くというのではなく煩悩の中で定めを生きようとしたのだ。綺麗に生き素直に歩こうとしたのだった。それは老いの知恵だったのかも知れない。好奇も探求も追求するのではなく流れの中で解決しようとするものだった。好奇心も探求心も若かった頃と比べ薄れていくのが魂の浄化であった。 日が落ちてその静寂の中に心の安らぎを知った。雨の音に命の鼓動を知った。風のざわめきに慈しみを知った。自然の中に人間の心があることを知ったのだった。綺麗に老いると言うことは自然のままに暮らすことだったのだ。雄吉は明日来る朝焼けに胸を張った。

雪が降る (Yuki ga Furu)

2011-02-14 18:25:22 | 創作の小部屋
雪が降る (Yuki ga Furu)

麗老(11) 
妙子は昼間に雄吉の家に現れるようになった。「草餅が美味しそうだから買ってきた」「アイスクリームが食べたいから・・・」 妙子は土産をいつも買って来た。夕餉を作り一緒に食べることもあり、寿司やラーメンを食べに行くこともあった。 妙子が来る様になって部屋は綺麗になっていた。大人しそうに見えるが、よく笑い良く喋った。雄吉はその明るさに救われた。じめじめしとした性格だったら付き合って行けなかっただろう。リードするのは妙子だった。「苗床を手伝って欲しいの」「いいよ」「去年は一人でやった」「疲れたね」「ほっといたから収穫はあまりなかった」「でも、食べられるだけあったんだろう」「十分に」「稲は作ったことがないから・・・」「ここを引き払って私の所に来たら」 妙子は突然に言った。「ここに出入りしていると奥さんに焼き餅を焼かれるわ」「そんなことを気にしていたの」「するは・・・」 雄吉はこれも定めかという風に従うことにしたのだった。家は長男に譲ることにした。「親父大丈夫なの」「騙されてない」「歳が離れすぎていない」「捨てられて、泣くんじゃない」「はっきりとした方がいいよ、俺たちはどちらも賛成だから」「家は貰っておく」「弟には山をやって」 長男はさばさばと言い放ったのだった。「何もなくなった」 と、妙子に言った。「私だけの人になった」  妙子は笑った。 籾を蒔いて黒いビニールで覆いをした。「さてと、夕食を奢らなくては・・・行きましょう」 妙子がハンドルをとった。山間のレストランで食事をした。帰りに車は池の側にあるラブホテルに吸いこまれて行った。
麗老(12) 
雄吉は夢のような生活だと思った。人生に流されることも流れることもそれが定めなら甘んじて受けようという気持ちが沸いてきていた。今までは受け身の生活をしていたのだ、拘束と約束の中で生きていたと言うことだ。それに理性が・・・。少し考えを変え、少し道を違えば新しい生活が待っていたというのか・・・。変わらぬ日々のなか子供たちを育て仕事一筋の人生に何があったというのか・・・。それはそれなりに充実したものであったが。 雄吉は目の前が開け今の幸せを噛みしめていた。 妙子の家には簡素な山水の庭があって池に鯉が泳いでいた。「籾の芽が出た」「暖かい日が続いているから」 妙子はそう言って雄吉の側に座って庭石を眺めた。妙子の肌はしっとりとし前よりまして女らしくなっていた。「こうしているとまるで夫婦みたい」「ご近所から何か言われないかい」「言われたっていい」「勇気があるね」「もう、人の眼を気にして生きる事は辞めた」「だけど・・・」「さんざん言われた、男を引き込んでいるって・・・」「平気なの」「誰にも迷惑を掛けていないもの」「私のように年寄りでは・・・」「言わないで、私があなたを好きだと言うことだけでいい」「これからどうすれば・・・」「田植えを手伝って欲しい」「手伝うよ」「愛してくれなくていい・・・愛させて・・・」「こんな気持ち何十年ぶりだろう」「心臓に良くない」「落としていたものを見つけた気分だよ」「落としていたの」「ああ、探さなかった」「探せば良かったのに」「足下に落ちていたのに見つけようとしなかった」「私は探した、探す場所を間違えてた」「君に見つけて貰った」「今度は見つけてよ、迷子になったら・・・」「いいよ、必ず見つけるよ」 雄吉は妙子の肩を抱いた。 前向きに歩き続けなくてはならない、これから妙子探しの旅が始まるのだと思った。

麗老の華 7.8

2011-02-12 18:59:12 | 創作の小部屋
春はそこまで/森昌子


麗老(7) 
一日がこんなに長いとは思わなかった。何もしないでボーとしていると時は過ぎないのだった。これには雄吉も困った。自由に生きると言う事がこんなに大変だとは・・・仕事を選べはよかったと思った。食べてテレビを見て眠る、そんな生活は一種の拷問だった。助かるのは、プロ野球が始まっていることだった。時間つぶしには格好だった。何処のファンということもなく見るのが好きだった。というより何処でもよくテレビの画面に何かが映っていればよかったのだ。 こんな生活をしていれば完全におかしくなると思った。妻を亡くして鬱になり苦しんだ経験があった。何か夢中になるものはないかと探した。趣味を持たない雄吉にとってそれは中々見つからなかった。とにかく、明日は庭の草取りでもしょうと思った。毎日のスケジュールを作ることにした。 野球を見ながら小腹が空いたのでお茶漬けを啜り込んだ。「三十八歳か」 言葉がもれていた。意識してなくても何かを期待している心があるのか、寂しさ故に何かを求めたのか、女将の声が聞こえた。そう言ってくれることはいやなことではなくありがたい言葉だった。 雄吉は定めに従順に生きてきていた。ここは逆らうことなく流れよう、それが定めならと思った。 妻を亡くして、それ以来女性との関係はなかった。誘ってくれる友もいたが行くことはなかった。潔癖症ではなくただのものぐさだった。お茶飲み友達がいてもいいなと最近思うようになっていた。仕事をしているときは一人の寂しさは感じなかったが、一日何をすると言うこともなく過ごすとき心に広がる孤独感を感じるのであった。「散髪をして、デパートに行って最近はやりの洋服を買って・・・」と、雄吉は考えた。生まれ変わろう、そのためにはまず身だしなみからだと思った。外見をかえれば何かが変わるかもしれないと思い実行することにしたのだった。
麗老(8)
「今日はどこかへお出掛け」「いいえ」「何か違うわ」「そう」「明るくなった」「服を変えたから」「艶がよくなったわ」「石鹸で顔を洗ったから」「考えてくれた」「なに・・・」「この前の話」「逢うだけなら」「そう」「どっちでもいい」「悔しい」「なぜ」「断ると思っていたの」「断ればいいの」「後は上手くやって」「なにを・・・」「知りません」「初めてだから・・・」「そこまで責任は持てませんよ」「責任て・・・」 数日後、女将は妙子を紹介したのだった。おとなしそうな女性だった。背に長い黒髪を垂らしていた。黒目がちの理知的な人だった。 雄吉は動揺することなく応接できた。こんなことがあっていいと思っていなかったから平常心で話すことが出来た。何もなくて元々だということだった。雄吉は寡黙で妙子の話を聴いているだけだった。 妙子は酒を何杯もあけこんなことは初めてだと言った。 逢った次の日、突然妙子が雄吉の家に現れた。「一度逢っています・・・私から女将に頼みましたの」 応接間に案内した雄吉に妙子は言った。 雄吉は心を平静に保つことが出来なくなっていた。「綺麗に片付けているのね」と、当たりを見ながら言った。この家に女性が来たことはなかった。雄吉は周章ててカーテンを開き窓を開けた。淀んだ空気を入れ変えたかった。「押しかけて来て・・・そこまで来たものですから・・・」と、妙子は言い訳をした。

麗老の華 5.6

2011-02-11 20:13:11 | 創作の小部屋
大阪城梅林 梅の花


麗老(5) 

雄吉は朝のニュースを見て眠るという生活をしていた。起きるのは正午、パンを一切れと牛乳とコーヒーで朝昼の食事を済ますのだ。 カーテンを開きサッシを開けると春の陽射しが六畳全体を照らし夏のような陽気を感じさせた。掛け布団を跳ねて敷き布団の上で大の字になる。じっと陽射しを体に受けながら、さて今日は何をしょうかと考えるのだ。 雄吉はパチンコもカラオケもしなかった。パチンコ屋の駐車場もカラオケ屋の駐車場も真新しい高級車で占められていた。そんな風景を見て、こうはなりたくないなと思うのだった。がといって何をするかをまだ決めてなかった。 雄吉はゆっくりと起き上がり、朝の支度を済ますとパンを焼きコーヒーを淹れ牛乳を温めた。 今日は町をぐるぐると走って、ドライブをすることにしたのだった。家と会社の往復で町の様子を全く知らないことに気づいたのだった。仕事をしていたときの休日は庭の掃除やら、木々の剪定、壁のペンキ塗り、買い物でつぶれたのだった。郊外に大きな複合ショッピングセンターが出来たの、レジャー施設が出来たのという言葉を聞き流して生きたのだった。先輩の言うように車を買う予定もなかった。定年退職者が車を買うのはどういう事なのか理解のほかであった。そんなに見栄を張る必要はないという思いもあったが、ホームカーを乗っていた人たちが大きな車に乗り換えるのが流行っているらしかった。それをステータスだと言った人がいたが・・・。今ではゴルフに行く人たちも大きな車でなくても恥をかかなくなっていた。そんな時代に大きな車を乗り回すのは退職金が入り今まで我慢してきた裏返しのように思えるのだ。パチンコ屋に乗り付け、カラオケ屋に横付けして何がステータスかと思う心があった。 エンジンを掛けてその音に耳を澄ます、快適な響きが伝わってきた。この分なら後五年は大丈夫だと思った。ハンドルもそんなに遊びが来ていない、クラッチも滑っていない、ガソリンの消費が少し多くなっている程度だ。雄吉は満足して車に乗り込んだ。百メートル道路を西に走った。中央の分離帯が公園になっていて桜が花びらを散らしアスファルトの上に白く敷き詰めた様に広がっていた。車の中は暑いくらいだった。窓を開けて風を入れ頬に受けた。 レジャー施設の周りを走った。子供たちが幼かったら喜ぶだろうにと思った。孫に手を引かれ嬉しそうな顔をして年寄りが入園していた。ショッピングセンターや、あれこれと見て周り時間を潰した。町の様変わりに驚きながら町も生きているのだという実感を持ったのだった。麗老(6)「ジュンちゃんかったんだって」「買ったの」「生活変わったって」「変わるんだ」「変わる変わる元気になって艶々だもの」「そう、いいな」「飲むか、話すがどちらかなして」「ごめん、それで何買ったの」「でしょう、猫を飼ったの」「真っ赤なスポーツカーだと思ってた」「犬か猫でも飼ったら」「それもいいね」「貰って来てあげましょうか」「何でも世話するんだ」「猫は血圧や心臓にいいそうよ」「初めて聞いた。犬は・・・」「心臓と血圧かな・・・」「飼ってみたいけど、どちらにしょうかと迷うよ」「猫にしなさいよ、散歩に連れて行かなくていいから」「決めてくれるの、犬も捨てがたいし、何か犬に悪いような気がするし・・・」「これでは女性が嫌がるわ」「いいよ、仕方がないだろう」「この前の話し・・・」「なによ」「いい人紹介するって話・・・」「その話は・・・なぜ今なの」「もっと前にと言うの」「そうでもないけど・・・」「一人で旅行するより楽しいでしょう」「優柔不断だから・・・」「一度結婚に失敗してるのじゃないし、生き別れだからいいでしょう」「別に、何よ、それ・・・」「死に別れだと、なかなか心から消えないっていうし」「そうなんだ・・・」「ああ、死に別れなんだ」「いいけど、別に・・・」「まだ愛してる」「・・・」「三十八なの」「え」「考えといてね」 最近とみに冠婚葬祭のダイレクトメールが多くなっていた。

麗老の華 3.4

2011-02-10 20:45:22 | 創作の小部屋
老いを生きる。


麗老(3) 
六十歳の誕生日と、年度末で退職する制度があるらしいが、雄吉は年度末で退職した。                       半農半漁の村がコンビナートに飲み込まれ雄吉は漁師を辞めて自動車会社に入ったのだった。流れの速い潮にもまれたこの地方の魚は美味しく評判がよかった。遠浅の海が広がり足下で魚が跳ねエビや貝が手で捕まえられた。そんな海は工場の下になっていた。村の近くへ家を建てそこで生きたのだった。時折り思い出したように 船を出して釣りをするくらいで趣味というべき物はなかった。 堤防に立つと潮風が快く吹き付けその風は春が来たことを告げていた。目の前には工場の煙突が林立し黙々と煙を吐き出していた。背後の山肌が老いた人の頭のように所々白くなっていた。山桜が蕾を開き染めているのであった。 定年退職を祝って息子たちが席を設けてくれた。「どうするの、これから」 言葉といえばそれにつきた。「まだまだ元気なのだから、下請けにでも行けばよかったのに」「孫の守をする歳ではないよ」「少しのんびりして何かをするさ」「呆けないでよ」「そうしたいと思うが・・・」 そんな会話が続いたが、雄吉は話しに乗れなかった。孫たちが次々と膝に乗ってきて戯れていた。 雄吉はどちらかというと寡黙だった。会社ではラインから検査を担当しそこで終わっていた。検査の技術で下請けへということがあったが、一息つきたかった。今までいろいろあったことと、車の駐車の件が引っかかっていた。体力的には後五年はどうにか勤められると思うが、ここで身も心もリフレッシュしてこれからの道を快適にと考えたのだった。 サッシを開けると、日差しが波のように押し寄せた。その中を雄吉は泳いだ。 これが生きていることなのかと思った。
麗老(4)
「あれからどうしている」「気が抜けたビールのよう」「毎日」「泡もなくなった」「そろそろだな」「なによ」「捨て頃」「ようやく自分で立てるようになった」「俺もそうだった」「そう、空ばかり見てるんだ」「あれ厭かないな。いろいろな形があって」「雲のことなの」「話変わるけど、車買った」「車買ったの」「赤いクラウン」「そう」「嫁さん乗せて買い物」「カート押してるんだ」「義務感と満足感」「勿体なくない」「なによ、文句ある」「ないけど、車のこと」「高速飛ばせっていうわけ」「でもないけど」「パチンコとカラオケに行くために買ったんだもの」「目立たない」「寂しい心を癒してくれるから」「そんなものなの」「車買ってあの空虚感から解放されたもの」「そう」「君も買ったら、車を磨いていたら何も考えなくていいもの」「侘びしくない」「俺、充実してるもの」「先のこと考えたいんだ」「何かを期待してた」 雄吉は退職した先輩と居酒屋で話していた。何か寂しさが心に広がっていた。

麗老の華 1.2

2011-02-09 22:45:02 | 創作の小部屋
春は花夏ほととぎす秋はもみぢ葉


麗老の華

1・・・(1)

 車を駐車場にきちんと止めたと思ったが左に切りすぎていた。そんな事が最近増えていた。
 このあたりで定年か・・・。そのことで逢沢雄吉は心を決めた。相談する人はいなかった。妻は二人の子供を残してあっさりとなくなっていた。二人の子供たちも年頃を迎え相手をどこからかみつけて巣立っていた。
 おかげで家のローンも完済していたから退職金と年金で食べていけることに心を撫で下ろしたが、一人の家での生活がどうなるのか不安はあった。一人二人と家を出て行き寂しさを持ったがそれは一時のことで、南向きの和室に万年床を敷いて過ごしたのだった。休みの日にはカーテンを開きサッシを開ければ日差しは布団を乾かしてくれ、きれいな空気を満たしてくれた。そのことに雄吉は満足していた。
 まだ幼かった子供たちを残されたとき、どうなることかと案じたがどうにか育てることが出来た。やれば出来る物だと言うことをそのとき知った。
 雄吉は定年に対してあれこれ考えてはいなかった。下請けに行く事も出来るがといわれていた。が、前のように車を停車できないことで区切りをつけたのだった。それと年ごとに寒さに対して体が適応しなくなったこともあった。下着を二枚着なくては過ごせなくなっていた。

麗老1・・・(2)

「下車するの」
「車が真っ直ぐ駐車できなくなったから、降ります」
「それなによ」
「切っ掛け」
「そうなんだ」
「そう」
「これから国家公務員になるんだ」
「年金生活」
「羨ましいわ」
「手足もぎ取られるようで、ほんと寂しい」
「年取らないでよ、真っ赤なスポーツカーを買って颯爽と生きてよ」
「これから考えるよ、何かを作らなくてはと思ってる」
「それでどうすんの」
「なによ」
「女作って子供作って・・・」
「そんな歳でもないよ」
「一休さんは八十で子をなしたって・・・」
「羨ましいね」
「奥さん亡くしてどうしてたの」
「忙しかった」
「もう、色気がないんだから。男は少し悪の方がもてるのよ」
「いいよ、もてなくても」
「いい人紹介しょうか」
「また来るよ」
「逃げるのね」
「ああ」
「まだ寒いから、暖かくしてね」
 雄吉は仕事から帰ったら近くの居酒屋で時間をつぶすのを日課にしていた。あまり飲めないので燗を二本と旬の魚料理を食べるのであった。


星に願いを  5

2011-01-09 22:38:42 | 創作の小部屋

       星に願いを  5

 ある年の冬のことでした・
 大きな風と、はげしい雨が降ったのです。
 ラルは小屋で震えていました。羊たちの事が気になっていたのですが、外には出ることが出来なかったのです。
 ラルは一睡もしなくて祈っていました。
「嵐はラルに試練を与え、ラルがどのように立ち向かってくるかを試そうとしているのじゃ。何が起こっても乗り越えなくてはならんのじゃ。人間にはその力があたえられておる」
 おじいさんはそう言いました。
 東の空が明るくなるころには風も雨も小さくなっていました。
 ラルが羊小屋に行くと羊たちは寄り添うようにして固まっていました。
 よく見ると羊たちは全部死んでいました。
 それを見たラルは腰が抜けたようにその場に崩れおちました。
 ラルは空を見上げました。
 羊たちが次々と空に登って消えていくのが見えました。
 ラルの涙があふれる目にはそのように映ったのです。
「ラル、今日は羊たちの葬式じゃ」
 おじいさんがラルの後ろに立って言いました。おじいさんは歯を食いしばっていました。

 ラルとおじいさんはもう山に帰ってくることはありませんでした。

 その後、ラルがどのように生きたかは分かりませんでした。 
                  
              おわり

ある思い

2011-01-05 03:37:56 | 創作の小部屋
物を書くと言うことは恥をかくことなのです。

嘘を真実に見せることなのです。

虚構で人の心を揺さぶることなのです。

たいした知識の蓄積もなく半端な物で書き上げるのです。

こうなりたいと言う願望を書き連ねるのです。

でも、

それが悪いことなのでしょうか。

美しいと書くことが。

見にくいと書くことが。

人は真実の醜さを好みません。

お話をほしがります。

自分に出来ない夢を見たがります。

ささやかだけれどその手伝いをしたいのです。

手をさしのべてこういうのです。

人間はまだ捨てたもんじゃないと。

きっと望む楽園があると・・・。

愛してもないのに、愛していると。

平和のために嘘を言うのです。

嘘がわずかの間しか有効でないことを知っていながら言うのです。

寂しい事をあえてするのです。

人間てそんな愚かしい事を平気でするのです。

一人になって涙を流すのです。

明日流す涙を今日流すのです。



星に願いを 3

2010-12-23 15:41:34 | 創作の小部屋
星に願いを 3

 草原は柔らかな日差しが降って、今まで眠っていた草や花が目を覚ましたように一面に咲き誇っていました。遠くの山はまだ雪を かぶっていました。
 ラルは革の大きなつばの帽子をかぶり、羊の毛で編んだシャツを着ていました。羊を連れてそこへやって来ました。羊は喜んで走り回り草を食べてはじめました。
 ラルは岩を背にして座りしばらく羊たちを見詰めていました。そして、ポケットからおじいさんにもらった手のひらくらいの本を取り出しました。ラルの目は輝いて夢中で読み始めました。本にはこの地方の色々な仕来りやお話が載っていたのでした。
 春の暖かな日差しはラルを眠りへと誘いました。ラルはすっかりその誘いに乗ってしまいました。
「ラル、私はサラシャというの。今は空の上のとても遠い遠い楽園にいるの。そこは一年中春のような季節で花が一杯咲いているわ。戦争もないし平和なの。みんな笑顔で生活しているわ。お父様もお母様も居るわ。何時もラルのことを話すの。ラルと初めて会った村の事、馬車で見たラルの顔、目があって目をそらせたラルの可愛いしぐさなど、真剣に話すの。
 私がラルと会えるのはラルが眠っている間だけなの。神様が何か欲しいものがあるか、一つだけ叶えてやろうというのでラルに会うことだというと夢の中だけという約束でこうして会うことが出来るように許してくださったのです。
 ラルが爽やかな息をすると私もする。あくびをすると私もする。眠ると私も眠る。起きて羊を追うと一緒に私も追うの。あの頃の寂しい私ではないのよ。溌剌としている私を見せてあげたいわ。
 そう言えばラルのお父さんとお母さんにも会ったわ。ラルの小さなころのこと、良く風邪をひいていた病弱な子だったことも。お父さんお母さんもラルの事を見守っているわ。ラルがどんな子になるだろうと心配をしているの。神様に尋ねてもそれは教えてくれないの、そう言う決まりなの。私もラルがどんな大人になるのか楽しみなの。
 ラルの夢の中でこうして話すことはとても疲れるの。いいえ、病気ではないの、このことも神様との約束なの・・・」
 ラルは目が覚めました。たわいない夢だと笑ってはおられない気がしました。そのことをおじいさんに言いました。
「忘れるのじゃ。忘れなくてはならんのじゃ。夢と現実はそれはそれは遠い遠いへだりのあるものじゃ。わしの様に歳を取るとその隔たりはもっと遠く感じられる。人が生きると言うことは一瞬のことなのじゃがその一瞬はとても長いことなのかもしれん。人に言ってはならんぞ、そのことを・・・。気が触れたと相手にしてくれなくなるぞ」
 おじいさんは今までに見せたことのない怖い顔で言いました。
 ラルは夢だとあきられることは出来ませんでした。サラシャの事を思いました。幸せなら何処にいてもいい、その幸せを祈ろうと思いました。
「ラル、ラルは本当に素直な子なのですね。隠し事が出来ない正直な子なのですね。私が夢で会えると言ったことは誰にも話してはいけないと言わなかったのが悪かったのね。
 もう、夢の中で会うことも出来なくなるわ。世界が違うの、ラルの生きる世界を迷わす事は出来ないの。これは約束なの、ゆるしてくださった神様との・・・。もう夢でも会えなくなってしまったの、元気でいつまでもいつまでも生きてね、私のぶんまで。さようなら・・・。」
 ラルは目を覚ましました。そして、外に飛び出しました。満点の夜空を見上げました。少し大きく輝いた流れ星が山の向こうに消えるのをラルは見ました。ラルの頬に一筋の涙が流れていました。
 

星に願いを 2

2010-12-21 12:16:27 | 創作の小部屋
星に願いを 2
ラルが大きくなって羊の毛を荷馬車に乗せて村まで売りに行った時でした。二頭立ての真っ赤な馬車が通り過ぎていくのに出会いました。窓に一人の少女が窓枠に凭れてラルの方を見ていたのです。目があってラルは何か悪いことをしているような思いがしてそらしました。少女は寂しそうな目をしていたのです。

「おかわいそうにのう、王様のお父さんがなくなられ後を追う様にお母さんも亡くなられて・・・」

 村人はそんな言葉を地面に落とし膝を折って合掌しました。

 ラルは少女がお姫様であることを知りました。あの寂しそうな目は両親と別れたからなのだと言うことが分かったのです。

 ラルは帰っておじいさんに話しました。

「人には定めというものがあって未来が決まっておるのじゃ。これは産まれてくるときに神様と約束をしていることで幾ら変えようとしても変えられないものなのじゃ」

 と言いました。

「僕はこの山で一生羊飼いをして暮らしたい」

 ラルはそう言いました。

「それがお前の希望じゃが、さてそのようになるかどうかはもう決まっとる。人はその決まっている通り生きていくのじゃが、それに流されてはいかん、流れるのじゃ」

「流れる・・・」

「そうじゃ、流されると流れるは大きな違いがある、流されることはたやすい生き方、流れることは勇気のいる事じゃ。いずれラルにも分かると時がくるじゃろう」

 ラルは羊を連れて季節季節でところを変えて山を渡りました。ラルは少女の事が忘れなれなくなっていました。

「あの方がどうか幸せになりますように」と満点の星空に祈りました。おじいさんに幸せな時には星を見ないように言われていたのですが、このときには自然に祈っていました。

「ラル、私は病気なの。もう長くは生きておられないわ。馬車からラルを見たとき何とりりしくすがすがしいのかと思ったわ。たったひとときなのにラルのことが忘れられなくなってしまったの。ラルの綺麗に澄んだ瞳を思い出すと死ぬのがとても辛いわ。病気で重たい体を引きずるようにして何度出会った場所へ行ったかしら。もう一度ラルに会って見たいと思わない日はないの」

 そんな夢をラルは見たのです。

 次の日ラルは出会いの場所に出かけました。人混みの中を探して歩きました。会うことは出来ませんでした。次の日もまた次の日もラルは村に出かけたのでした。

「ラル、どうしたのじゃ、羊がお腹を減らして泣いておるのがわからんのか」

 おじいさんに言われてもラルの耳には届きませんでした。

「おかわいそうに、あのラッパはお姫様が亡くなられたの知らせじゃ」

 村人は涙を流して言っているのをラルは聞きました。

 村は静まりかえっていました。

「ラル、会えたわ、そんな悲しい顔をしないで。私はラルに会うために産まれてきたの。会えたのですもの満足よ」

 少女はあのときの寂しそうな目でなくきらきらと輝く瞳をして言いました。

 ラルの心の中にははっきりと少女が生きていました。そのことをおじいさんに言いました。

「ラル、人は亡くっても魂はいつまでも生き続けるものじゃ。その人はラルの側でいつも見守っていてくれるじゃろう」

 おじいさんはそう言って羊の後を追いました。

 ラルの目からとめどなく涙が流れていました。

 その夜、ラルは一晩中星を眺めていました。


星に願いを

2010-12-13 02:32:54 | 創作の小部屋
  星に願いを



むかし、むかし遠い国に、みなしごのラルという少年が住んでいました。

     ラルのお父さんとお母さんは隣の国との戦争で亡くなったのでした。

     ラルは羊飼いのお爺さんと暮らしていました。

     ラルはお父さん、お母さんがいなくても淋しいと思ったことがありませんでした。

     それは、優しいお爺さんがいたからでした。

     毎日毎日、ラルはお爺さんと羊を追って草の茂る野原に出掛けたのです。

     ある日、ラルが野原に出ると、そこには花がいっぱい咲いていました。

     羊達は喜んでその中を走り回り、食べはじめました。

     「花が可哀相だ」とラルは思いました。

     そのことをお爺さんに言いました。

     「ラルよ、花が美しく咲くのは、蜂や蝶々や鳥に食べられるためなんだよ。そして、羊に食べられふみにじられるために咲いているんだよ」

     とお爺さんは言いました。

     「美しい花はほんのひとときでほろびるものなんだよ。だけど、花はそれで終わることはないんだよ。毎年毎年この季節になれば、また、美しく花を咲かせるんだから、そのことは神様と約束をしているんだから・・・」

     そう、お爺さんに言われて、ラルはそうなんだ毎年毎年花を咲かせるのはそのような神様との約束があるからなのかと思いました。

     ラルはお爺さんの話を思い出しながら、堅いベッドに横になり一日の疲れをとるのでした。

     「トントン、トントン」と戸をたたく音でラルは目をさましました。

     ラルは起き上がり戸をあけると、ひとりの少女が立っていました。

     「どなたですか、道を間違われたのですか」

     とラルはその少女に声をかけました。

     「いいえ、星を見にきたのです。この家は丘の上にあるでしょう、だから、星に手が届くのでないかと思って」少女はやわらかな声で言いました。

     「星を・・・」

     「はい・・・一緒にどうですか」

     「ぼくとですか・・・。こんなに夜遅くでは恐くありませんか」

     「いいえ、星があんなに輝いているのですもの。・・・あなたの、お父さまお母さまもあの星の一つ一つなのですよ」

     「ええ、あの星がお父さんお母さんなのですか」

     「ええ、そうよ」

     「お爺さんは、星は花の精だと言っていましたよ」

     「いいえ、あの星は、戦争でなくなった人の、平和へのともしびなのですわ」

     「平和への燈・・・」

     「そう、辛いとき、悲しいとき、淋しいとき、苦しいとき、じっと見守ってくれているのですわ」

     「それで、君はあの星をどうしようと・・・」

     「ええ、もっと高いところから星を見つめて祈るのですわ、淋しい事もあるけれど、このように元気でいますとみてもらうのですわ」

     「君のお父さんお母さんは・・・」

     「この前の戦争で・・・」

     「ぼくの、お父さんやお母さんも・・・」

     「さあ、ラルもっと上に登って星をさがしましょう」

     ラルはベッドより起き上がろうとしました。

     その時、

     「ラル、行ってはならん」

     お爺さんの大きな声がしました。

     「星は、辛いとき、悲しいとき、淋しいとき、苦しいとき、以外に見るものではないんだょ」

     とお爺さんは続けて言いました。

     「幸せなときには見てはいけないの」

     ラルはお爺さんに問いました。

     「そうじゃ」

     「だったら、この少女は・・・」

     と言って、戸口を見ると少女はいなくなっていました。                               

     「ラル、今日、花が可愛そうじゃと言ったろう、だから、ラルの優しさに花の精が人間となって、ラルに恩返しにきたのじゃろう」

     お爺さんの声は風の音のように消えました。

     次の日、戸口の外にはたくさんの花びらが落ちていました。

     ラルは星を眺めることもなくすくすくと育ちました だけど、少しだけ星を見上げることがありました。

麗老・・・序の1

2010-11-26 06:13:56 | 創作の小部屋
麗老

 老人に性欲はないかと問われればそうではないと答えよう。
「あるが役に立たなくなって」という人は医院を訪れ診察を受け薬を貰うことを薦める。何も恥ずかしいことは何もない、それが人間の正常なる衝動なのであるからだ。医院のトイレには「当医院ではED の相談を受け付けています」というカードが置かれていて男性機能の低下にお悩みの方はこのカードを医師に提示ください。と丁寧に悩んでいる方への誘いの文言が書かれている。これも最近のことで高齢化によって「わしゃ、もう役ただずや」という年寄りが多くなり男性である自信を失っている為の措置であろう。だが、それをトイレで一枚とり医師の前に提示するには勇気がいるだろう。心電図をとったり尿検査をしたりとなると余計に足がすくみ医師に差し出す手が縮こまると言うのが当然なのではあるまいか。ここまで社会は年寄りの性に対する悩みを寛大に容認してくれているのだからそれをやらないてはないと思うが。この治療は男性にあって女性にはないと言うことは女性が悩まないと言うのか、いや女性の方がより悩んでいるのではないだろうか。
「いい年をして」という蔑視のまなざしと言葉が飛んだ昔とは時代が違うのだ。
 薬を飲み大いにデートに誘えばいいのだ。男性の自信回復のためには勇気がいる。その勇気も薬が奮い立たしてくれるのだ。肩をすぼめている事はない、腰を落としていることは更にない、年寄りにも正常に性欲があることを自覚し認知させなくては年寄りの自立はないのだから。
 年寄りの幸せとは何かを追求する為にこの前書きを弄した。この小説の題名は「麗老」、名の通りいかに華麗に美しく老いるかを書いてみたいのだ。前に「麗老」という題で書いているが、続編ではない。別の作品でこの題で書くことにした。作者のテーマではこの題が一番似つかわしいからである。

     1
老いの坂は時間を感じさせない程に早い。還暦を過ぎたころから一日、一月、一年とその流れは一段と速く感じられるようになった。
 そこまで書いて、パソコンがありインターネットの時代に産まれたことを少し後悔した。パソコンが時間の流れをより早くしている事に気づいた。起きて顔を洗い青汁牛乳を飲みパンを食べてパソコンのスイッチを入れる。それから一日中その前に座っているのだ。たまに外に出て鉢植えの花を眺める程度の時を過ごすが、そんな一日があっという間に通り過ぎていくのだ。ニュースを読み、メールを開き、ブログをクイックする、そしてアダルトのコーナーへと、毎日の行事のように一定している。ブログには一日原稿用紙五枚の随筆を書いて更新している。昔のことや今感じていることなどを残すためなのである。誰かに読んで貰おうなどと言う身がってな考えはなく自分が活字にして読むために書いているという方が正しい。書いたものが金になる人たちをうらやましいと思ったことはない。寧ろかわいそうであると思う。その人達は自由を売っているのと同じあると考えている。
 自立劇団の代表をし台本を書いているので忙しい時もあるがたいていはブログを訪ね随筆を書き日記を付ければ一段落なのである。夕食のおかずは殆ど毎日作るのが日課になっている。二人の孫を風呂に入れそのかわいさに頬をゆるませるのも一日の時間の流れなのだ。
 逢沢雄吉はそんな日々を送っている。還暦を過ぎたのはもう八年前。最近になって胸がもやもやすることが多くなった。それが性欲であることに気づき、日に日に増大することにとまどいを持つようになった。
 妻の勢津子はグラウンドゴルフに、老人会の行事に、共産党のコミュニティーに党員でもないのに参加して忙しそうだ。
 逢沢は友達で精神科の医者をしている桑田を訪ねた。
「最近とみにもやもやが増してね」というと、
「おいおい、その歳になって女に狂うなよ。一穴主義のお前さんのような奴が女に惚れて事件を起こすのだから。止してくれよ。付き合っていられないから」とまじめに注意をする。
「先生はどうなんだ」
「うーん。そうだな、有り難い事に各地で学会があって適当に遊んできたから、そんなに懲りはないよ」と軽くあしらわれた。
 嘘だ、逢沢はそう叫びたかった。自分だけが淫乱居士の様に悩んでいる訳がないと思う。
「役に立たないのか」少しにやけて言う桑田。
「・・・」 逢沢は黙っている。
「薬がいるのなら都合をつけようか」桑田は医者の顔になって言う。
「精神科にはどんな薬だってあるんだ」
 逢沢が疑っていることを察知してそう言った。
 精神的に悩んで訪れる患者に応えるのが精神科の医者の仕事なのだと逢沢は思った。男性機能障害、勃起不全の悩みを解くのも仕事の内なのだろうと理解した。
「勢津子さんには悪いが、薬を飲んで夜の町にでも出てみろ近寄ってくる女はごまんといるよ」
「こんな年寄りにもか」
「それで良くものが書けるな。お前が売れないのは文章に色気がないからだと気づかないのかい」
 そんな会話について行けないほど逢沢は律儀であった。
「相手が変われば役に立つという事は良くある話だ」
 桑田は意気消沈している逢沢を励ますように言う。
 逢沢は勢津子とのことを思い出す。最初は充分役に立つはずなのだが途中で言うことを効かなくなってしまう。勢津子に悪いと思うし自分も納得は出来ないのだ。老いのセックスは肌の触れあいだけで充分満足が出来ると言うことを良く聞くがそれでは不満足なのだ。昔の様に激情したいというのが本音であった。歳だと諦めたくはなかった。それは肉体の声ではなく理性の叫びなのだった。本能を制御するはずの理性が勝るというアンバランスな事態に困惑するのだ。
 逢沢は桑田のように何事も割り切ることは出来ない性格であった。勢津子を愛しているがすてきな人を見るとデートがしたいという欲心もある。若いころは女の脚線に色気を感じていたが、歳を取った今、足は無論太ももお尻に目がいってしまうのだ。このような症状が続いたら女の後をカメラをぶら下げて歩くようになるのではないかという恐怖がある。痴漢、盗撮をする人の心が分かるような気がする。やらないのは理性で押さえているだけだ。その理性がいつまでたもてるか自信はない。
「精神医の診察を受けに来たのか友達と話をしにきたのか、はっきりしたらどうだい」
 桑田はそう言って逢沢の顔をまじまじと見詰めた。
「患者としてでもあり友人として話を聞いて欲しいと・・・」
「パソコンで女の写真を見過ぎているのではないのか」
「歳を取っている男が性の悩みを訴えては来ないのか」
「来る。ばあさんがいやがるからオナニーばかりしているが精神的におかしいのではないかとか、突然女性に襲いかかりたい衝動を持つがどうかとか」
 医師と患者の会話になっていた。そのような事は逢沢にもあった。パソコンでアダルトを見ていて激しく欲望を感じたことはたびたびであった。出会い系のサイトを見て書き込もうと思ったこともあった。が、こんな年寄りは相手にしてくれないだろうと止めたこともしばしばあった。俺は最近何をやっているのだと思い落ち込んだことは日常茶飯であった。頭はそのことばかりで何も手に付かなくなって呆然とすることもあった。それで桑田のところへきたのだ。
「そんなことがあるのかい」
「ある、歳を取れば枯れていくと思っていたがそんな気配は全然ないのだ。寧ろ若いころと同じで目を輝かしている自分が怖いのだ。歳を取ってまでこんな苦しみを持つなんて考えても見なかったことなのだ」
「それは正常であるとも言えるし少し過敏すぎると言うことも言える。人間に煩悩がなくなるのは死んだときだよ。それまで色々様々な煩悩と戦いながら生きるしかない。今のお前さんはそのことばかり考えて男としての自信をなくしているのだ。自信がないから余計にそのことばかり考えると言う輪廻の中で苦しんでいるのだ。医者である私が女を世話すると言うことは出来ない。相手が変われば役に立ち・・・自信が付くというここともあるから一度夜の町に出てみることだ。年寄りだろうが若かろうが金になれば何でもする女は沢山いるよ」
桑田はすらすらとそう言ってのけた。人のことだと思って言いたいことを言うと逢沢は思ったが口には出さなかった。
「薬を出しておこう。使うおうと使うまいとそれはお前さんの勝手だ。医者としてはその症状に対して処方をしておくよ。心臓は異常ないのだろうね。血圧はどうなのだ」
「別に薬は飲んではいない」
「言っておくが、薬には副作用と言うものが付きものだ。この薬は元々認知症患者の治療薬で、薬を飲んだ患者が異性を追っかけるという副作用があってこれは性的な傷害に効くのではないかという事でその治療薬として広がっていったのだ。確かに効果は実証済みで、体質もあるが時に大きくなって事が終わっても小さくならない事がある。三時間しても元に戻らない、そんなときは泌尿科へ行って血液を抜いて貰わねばならない、そのことは頭に入れて使ってほしい」
 桑田はそう言ってカルテになにやら書き込んでいた。
「谷崎潤一郎にしても川端康成にしても老いの性を小説に書いて気を紛らわせているではないか、お前さんも自分の為に書くという方法もあるのだよ」
 桑田は情けをかけるように言った。
「そうだな」
 逢沢は頷いた。
 逢沢は薬を大事そうに内ポケットに入れて外に出た。副作用の事で少し脅されたがそんなことはどうでも良いと思った。この薬を飲めば若かったころのようになれると思うとなんだか体が軽くなるようだった。桑田の話を聞くだけでなんだか自信が湧いてきていた。
 薬のことは逢沢も知っていた。ホームドクターのトイレで見たことがあった。

待賢門院堀河・・・急

2008-12-27 17:45:59 | 創作の小部屋
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        急

 崇徳の帝が法金剛院で観櫻の宴をお開きになられましたその日・・・。その日が、女院様、義清殿にとって運命を変える日になろうとは誰ぞ知る由(ゆし)もなかったことでございました。
 催しのなかに競べ馬が御座いました。馬場は大きく曲がるところがありましたが、義清殿は騎馬を巧みに操り、皆が落馬をする中を颯爽と一番乗りを致しましな。
女院様「あの武者はだれか」とお尋ねになられ私がお答えすると、「のりきよ、義清」とお手を叩いてまるで無邪気なお悦び様で御座いました。
 その見事さに女院様が褒美を取らすと仰せになられたのです。私は義清殿にその事を告げに参りました。義清殿は女院様直々の沙汰に怯(ひる)む事無く女院様の御簾(みすだれ)の前に手を着き、膝を折りかしこまりました。
 御簾の中から義清殿の姿を見られた女院様は、私の方へお顔をお向けになり頷かれたのでございます。私は御簾を揚げました。
 その瞬間・・・。
 女院様はお身体の力が抜けたように前に少し倒れかかられ、義清殿は咄嗟に両の手を差し出されて・・・。お二人はじっと見詰められておいででございました。そして、義清殿はわなわなと震えだしたのでございます。
 辺りは暗やみになりまるでお二人のお姿のみに明かりが・・・また、落雷の稲光がお二人の間に・・・。
 その時、なにかをお感じになられ・・・。
 女院様は三十九歳、義清殿は二十三歳の頃で御座いましたな。たしか・・・。

 西行殿、憶えておいででございましょう。人は忘却の川を渡るとは申せ、その淵に佇(たたず)みもどかしい日々を過ごしたことを・・・。あの時、過去も未来もなく今を生きておられましたな。否、時を、一瞬を・・・。総てを捨ててなおその出会いを・・・。
 西行殿、人として今まで感じたことのないその悦びはやがて苦しみへと・・・。愛するという地獄を・・・。あの一時のご対面が一劫(いちごう)の時に勝るとお感じになられましたことでしょう。運命の悪戯はよりお二人の心の中に、池に小石を投げ込むように、恋情が広がったのでございましょう。

 その日から女院様は頻りと義清殿のことを尋ねることが多うなったのでございます。運命をお感じになられて総てを森羅万象に託され、一度はお捨てになられた、お忘れになられた女院様のお心に愛の火が灯されたのでございます。義清殿により芽生えたのでございます。
  三条京極第(さんじょうきょうごくてい)の御所にお仕えする女房はそのお可愛らしさにほっとため息をつきました。
 都は頻りと風花が舞っておりました。うっすらと大路を白く染め土壁から枝を延ばした寒椿の花びらが時折音をたて下りました。京独特の身を刺すような寒さでは御座いましたが、女院様のお心は熱く燃えていたのでございましょう。
 そんな日々のなか、女院様のお心もお身体も北面の義清殿へ傾斜して行かれまして御座います。
 「堀河、あなたは本当に人を愛したことがありますか 」
 「多くの人を愛したように想うが、愛ではなかった」 「もっと早く、若かった頃巡り会えていたら・・・」 「苦しいのです・・・」
 「最初で最後の恋、そのように想われて・・・」
 「私の人生は総て御仏が仕組まれた・・・ご慈悲なのですね」
 几帳(きっちょう)の外に控え待つ私にそのようは弱音を洩らされまして御座います。それはまるで初めての恋をお感じになられた時のように・・・。想いの深さ重さがひしひしと伝わりましたゆえ・・・。

 西行殿、あの日、櫻の花びらが、池の水面に垂れ下る枝から零れるように・・・。

 月明かりの下、義清殿を女院様の寝所へ導き入れたのは・・・。
 「堀河、明かりはいりませぬ」
 女院様のくぐもったお声が・・・。

  更け待ちの月明かりのもと、しだれ櫻が紫に染まって・・・。

 「一生一度の恋、一夜の想い・・・。私は今日から一人ではない。義清がいつも側にいてくれる・・・。一度ゆえこのように美しくこれからの道を歩んでいくことが出来のです。終わりが始まりであるのです。もっと大きな広い確かな世界へと誘ってくれるのです」 女院様は、御簾を揚げられ庭のしだれ櫻をご覧になられながら、お言葉を落とされまして御座います。
 昨日までのことが嘘のように晴れ晴れと、何事かをふっきられたお姿でございました。

 義清殿が、突然の得度(しゅつけ)のことは・・・。
 幸福なご家庭を・・・御妻女を、お子を捨ててなお・・・。
 女院様は驚かれるお様子もなく頬を緩められておいででございました。
 ご出家なされても、西行殿はよく御所を尋ねておいでになり、闊達な兵衛や明るい中納言と歓談しておいででございました。女院様のことはお心の中ではっきりとお決めになっておられるようにお見受けいたしましたが・・・。
 女院様は兵衛や中納言が話す西行殿のことをお聞になられても、ただ、
 「そうですか」と頷いておられました。
 女院様を狂わせた忌まわしいことは総て義清殿との一夜で綺麗に洗い落とされたように、ご安堵な日々が訪れたのでございます。
 が・・・。
 母親想いの崇徳の帝が譲位され、女院様をお庇いになられるお方はいなくなりますと、女院様のお力は弱をうなるので御座いました。それに引き替え美福門院様のお力が・・・。
 そうしますと、今まで快く想っていなかった人達の嫌がらせが始まったのでございます。女院様のお命をとお住まいに火をかけることは二度御座いました。
  熊野からお帰りになられてすぐお住まいになられていた三条西殿が焼失・・・その前にも四条西洞院第(しじょうにしのとういんてい)が・・・と身にかかるご不幸は後を絶たなかったので御座いましたが・・・女院様は何も恐がることが無きように振る舞われておいででございました。・・・それから以前にお住まいになられていた三条高倉第(さんじょうたかくらてい)へ・・・。
 女院様のご心中はいかばかりかと気を揉みましたが、それをお忘れになるように・・・。
 女院様が三十一歳のお年から三十八歳の間に四度の熊野詣でをなさいまして、白河法皇のご供養と、鳥羽院、崇徳新院のご無事を御記念申し上げ、お子さまのご健康を、また御自身の平安無事を願われたのでございます。御仏におすがりになられ、また、遠い道程を お通いになられてなを、神のお加護をお求めになられたのでございます。
 女院様にはそれからも様々な忌(い)まわしい、お心を煩わせる波が押し寄せるのでございます。関白忠通殿と美福門院様の暗い策略(はかりごと)で御座いました。それにじっと耐え時を待つように西行殿と同じ道をたどるのでございます。

 花の命が繰り返され、女院様は四十二歳の折り御落飾を致すのでございます。
 「これで女子でなくなる。どれほどの安堵(あんど)であろうか」
 中納言と堀河が御供を致して髪を下ろしました。
 
 綺麗な歌は読み人がそのように生きているから生まれるもの。そのように生きてこそ、歌に心が入ったと言える。歌は人の心を、現実を変えるもの・・・。歌で人を救う・・・。つまり、御仏の広い慈悲のようなもの・・・。それ故に御仏をこの世に生み出すとの・・・。

 西行殿はその後、仏道の修行をするでなく・・・。何をお考えなのか、京を離れる事も無く留まられて・・・。洛北(きょうのきた)に住まわれ・・・。何をなさされておいでだったのでございます。深いお考えの中でなにかを見詰められる眼は・・・。おやせになられ・・・。ご自分を責めに責められて・・・。ただ、夢中で御仏の、歌の世界を・・・歩まれておられたのですね。西行殿、物事をその行為を総て背負われて・・・。それは、おとこの財(たから)・・・。生き歩む目的として・・・。その事で仏の修行にも、歌の道にも・・・。
 女院様は真如法尼(しんにょほうに)とおなりになられ、御仏のお使いとして生きられる日々が平安のうちに続いておられたのでございます。
 「何があろうと私は一人ではない。義清がついていてくれる、それも御仏のご慈悲なのですね」
  女院様の本当のお心はどうであられたのか、推し量ることさえ出来ませなんだ。
 法金剛院の庭には藤棚から花が垂れ下り美しい簾(すだれ)のようでございました。
 その一年後、はやりの病疱瘡(ほうそう)におかかりになられ、当代一お美しいといわれたお顔は・・・。それから、寝込む日が多なったのでございます。
 女院様は法金剛院から御病気快癒のために三条高倉第へお移りになられましてございます。女院様が三条高倉第を懐かしんだゆえでございました。
 「運命に沿って生きた、その報いが・・・」とお笑いになられて・・・。苛酷な運命に対してもそれが我が身の運命と従順にお受け取られておいでのようでございました。

 西行殿は三条高倉第の外で・・・。じっとしておられずにお気をもまれた事でございましょう。中納言がそのことを女院様へ・・・。
 「西行に心配はいりません。今の私は何も恐いものがありません。私には御仏と西行がついていてくれますから、と伝えて下さい」
 なんと言う穏やかな表情をされておられたか・・・。
 西行殿はその伝事(ことづて)をお聞きになり、涙を流されたとか・・・。

 病臥(やまいにふし)なさいましてふた年が巡り・・ ・。
 女院様は、起き上がられることもなくなり、長い夏の陽が西山に沈もうとしていた頃みまかられたのでございます。
 名残を惜しむかのように、蜩(ひぐらし)が一斉に啼きはじめまして御座います。
 お手の中から数弁(すうへん)のあの櫻の花びらが・・・。

 女院様こと待賢門院璋子様が・・・四十五歳のご生涯を終えられたのでございます。

    君こふる なげきのしげき 山里は
          ただ蜩ぞ ともに鳴きける

 女院様のお旅立ちに堀河はこのように歌いました。

 西行殿、なぜこのように女院様のことを語ったか・・・。
 この堀河が女院様の歩まれる路(みち)をかえたのか・・・と・・・。
 この世のことは総て転寝(うたたね)のまぼろしのような・・・。

 その幻は御仏のご慈悲であったのでございましょうか・・・。
 西行殿、教えて下されませ。
 なに、これは・・・。そのお答えの歌なのですか・・・。

    願わくは 花のしたにて 春死なん
            その如月の 望月の頃

 なんと・・・。黙ってお立ちになられて・・・。何処(いずこ)へ・・・。
 西行殿・・・。西行様!

                  絞り込まれた明かりが一人堀河


待賢門院堀河・・・破の2

2008-12-26 00:54:42 | 創作の小部屋
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     破の2

 西行殿、このような物語(はなし)は聞きとうない・・・。昔の義清殿ならばそう申して太刀を振り下ろされるやも・・・。
 今の西行殿は何事も総てを大きく包み込む・・・御仏の心をお持ちでございましょうから・・・。
 風が少し出ましたか、夕暮れが近こうなっておるのでございましょう。

 白河法皇がお勧めになられて鳥羽の帝は稚い崇徳の帝に譲位され鳥羽院になられておいででございました。
 白河法皇とのご関係は続いておられましたが、鳥羽院との仲も睦まじくなられ、お二人とのご情交が続くのでございます。そんな時、応接に女房達は慌てふためくのでございました。
  御身に沁み込まれた蠱惑(こわく)でお二人の心を虜(とりこ)にしたのでございます。
 璋子様にはこの頃が一番幸せの絶頂で御座いました。白河法皇とも睦みあいになられ、そして、鳥羽院の寵愛(ちょうあい)を一身にお受けになられ、毎夜のごとくお肌を重ねられ、次から次へと年子(としご)で四人の御出産一年後にもうお一人と・・・女子といたしましてみちたりた日々を過ごされておいでで御座いました。
 崇徳新院(すとくしんいん)と保元の乱を起こしました後白河の帝は鳥羽院と女院様の皇子で御座います。
 西行殿はお二人の中にあってお悩みになられたことでございましょう。女院様の皇子のお二人が権力を争いを・・・。
 崇徳院のみまかられての後讃岐は善通寺をお尋ねになられ・・・。世の無常をお感じになられ・・・。その旅もまた歌を深める事に・・・。

 七人目のお子を宿されておられたときに、白河法皇がご崩御(ほうぎょ)なされました事は、お子に差し障ることをあんじられ女院様へはお伏せになられました。
 白河法皇、七十七歳の大往生で御座いました。
 ご出産の後、退いていく潮のように、女院様の運気と申せばいいのでしょうか、白河法皇という後ろ盾を失い日陰の時へと移り変わっていくのでございました。
 女院様は崇徳の帝へご愛情をましてお深めになるのでございます。その事がお力を保つ唯一のものでございましたから。

 人の道は良きことは長続きはせず、苦しきことのみが ・・・。それ故に御仏のご慈悲が・・・。

 鳥羽院は周囲の者が目を見張るほどの溺れようと言われます得子様へのご寵愛は日毎につのり、女院様の淋しさは頂点に達しておいででございました。奈落の日々とでも・・・。
 それでもなお、母親思いの崇徳の帝がおられますことが何よりの慰めでございました。
 鳥羽院の女院様へのご愛情はまるで母上への愛とでも申せばいいので御座いましょうか・・・。
 女院様はご一生で十三回の熊野詣でをなさりました。それもなぜか厳しい季節を選ばれてのお行きでございました。その辺りに女院様のお心の苦衷(くるしみ)が見えるのでございます。
 御所での女院様はその頃から写経に読経の日々が訪れるのでございます。また、寺院の御建立へと・・・。ですが、女院様のお肢体は理性では抑えることが叶わず何人かの男を向かい入れなくては業火(ほてったからだ)を鎮めることが出来ず、女の哀れさを思い知るのでございました。そして、お立場の苦悩を・・・。その手引きをこの堀河が・・・。

 自然の営みは変わらず巡り、人の心の有様を知ってか知らずか、繰り返すのでございます。

 女院様は慎ましやかで温和しい御気性のお方でございました。そのようなお方であられたから取り巻くあの才気煥発な女房達は離れる事無くお仕えしていたのでございます。女院様はその生い立ちから男の、女の性を充分にご存じのこと、煩わしい悩みを打ち払うには御仏に御縋りするしか道はなかったのでございます。 白河法皇の護願寺(ごがんじ)としての法金剛院の御建立は、白河法皇の御崩御の一年の後、落慶法要(らっけいほうよう)がつつがなく行なわれたのでございます。
 それからの女院様は頻繁(ひんぱん)に神社へ御幸(ぎょうこう)、塔のご供養をなさいまして御座います。それほどお悩みになられておいでだったのでございます。そして、熊野への道程(みちのり)をも・・・。

 西行殿、十七歳で北面として・・・。同輩に今はときめく平清盛殿・・・。白河法皇が平忠盛殿に御下げ渡した祇園女御様のお子、世間では白河法皇のお子と・ ・・。その事は神仏のみご存じのことで御座いましょう。

この庵で、堀河が何をと・・・。嵯峨野の里、小倉山、そしてこの西山・・・。西行殿が歩かれた小径になにか落ちてはいまいかと・・・。山里の静けさ、ため息が落ちても鳴り響く鈴のような音、風が枯れ枝を揺らし奏でる啜り泣き、季節の健気(けなげ)にも咲くか弱き草花、雨の軒を叩く慈しみの音色、小鳥の大らかな囀(さえず)りの営み、その一つ一つに両の手を合わせ、森羅万象にまた合わせる。そんな堀河の言葉を三十一文字(みそひともじ)に託しても人の心には通じませぬか。老いすればやがて朽ちる命を今は過去の幻に思いを馳(は)せ語る人とてないこの小屋にて、昔知りおうた人達のご成仏と健やかなる営みをみ仏にお祈りいたしておりますと、穏やかな精神と研ぎ澄まされる神経に快いときを過ごす事が出来るのでございます。かつては、男と睦(むつ)みあう女の幸福を、そして、好いたお人ともに歩み苦労をする、そんな道をと・・・考えたことがありましたが・・・。これもみな御仏のご慈悲と・・・。
 零れるように煌(きら)めく満点の星、まるで手が届くようで幾度手を差し伸べたことか・・・。月に託して恋を語り・・・。
 西行殿、この堀河まだまだ歌の心を捨ててはおりませぬ。
 和歌は歌う人の御仏、歌詠みが歌を創るということは 仏を創ること、その想い、いつか西行殿からお聞き申したゆえ・・・。

 名残の陽は洛中を照らしますが・・・。東山がまだあのように赤々と染まり・・・。この西山は黄昏れて静寂に・・・。
 まるで、美福門院様と女院様の有様のようでございます。

 女院様がご落飾を思い立たれたのは何時のことであられたのか。衰えをお見せにならない優雅ないでたちはお変わりなかったので御座いますが、時折お見せになられるお一人の佇まいには憂(うれ)いが漂っておりましたので御座います。
 お部屋で読経、写経の日々をお過ごしになられる女院様をお庭へ散歩にお誘いいたし、また、欄干にしなだれかかる櫻をご覧にとお勧めいたしたものでございます。
 水面に枝を差し出すしだれ櫻、薄紅色の花びらが、風の悪戯によって、また、時を終えて散る様を、その姿に涙をお見せになる、そんな女院様を優しく愛しく眺めたことか・・・。
 女院様は草木の花は総てお好きであられましたが、特にしだれ櫻を愛でておいででございました。
 しだれ櫻に御身をお重ねになられたのでしょうか。
お日様に向けて開かぬ花びらのしだれ桜に・・・。
 法金剛院は五位山の麓の広大な敷地に御建立。西御堂、南御堂、阿弥陀堂である三昧堂を揃え、それに五重塔、当時の宗派を備えておりました。まるで女院様が浄土をお感じらなられる場所の様でございました。そう申す者がおりました。また、広い池をもち、その周りを馬場にし、船遊びや競べ馬(くらべうま)の出来る仕組みで御座いました。それに、精舎(じいん)は 花をつける草木は植えぬものと言われておりますが、 四季に花を見せる希有(まれ)な精舎で御座いました。女院様のお心は花を御覧になられ華やかであった白河法皇とお過ごしになられた昔を思い出す事より、お深い道へとお入りになられようと致していたのでございます。女院様のお心のまま女房達が植えたでございます。

 西行殿、御仏は人の営みの総てをお許しくださるものでございましょう。それがお慈悲で御座いましょう。四季に咲く花の命に心惑わす、その薫りに心定まらずでは、なんと修行のなさでございましょうか。何事があろうと一心に務めることこそ大事であろうと想われまするが。

 西行殿のお歌・・・。

    仏には 桜の花をたてまつれ
         わが後の世を ひととぶらはば

 そのように歌っておいでですから・・・。

待賢門院堀河・・・破

2008-12-26 00:44:03 | 創作の小部屋
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珠子様は七歳でお父上を亡くされて・・・。
白河法皇に一身に寵愛(ちょうあい)をうけておられた祇園女御(ぎおんにょうご)様のもとへ御養女としてお入りなられ、そこで法皇に孫のように可愛がられた藤原璋子様・・・。そこから運命(さだめ)の糸は複雑に縺(もつ)れあい絡み合いを見せるのでございますが・・・。
 藤原璋子様、中宮璋子様、それから待賢門院様へ、女子と致しましてどうであられたのかと・・・。
西行殿、あの頃の堀河の女と致しましての感情の起伏より、今はあの頃のことを静かに眺め、振り返ることが出来るのでございます。
  総てを捨てこの西山に庵を構えなにの柵(しがらみ)もなく過ごし御仏の使いとして、経を読み、書き写す心静な日々、今まで見えませなんだ物が見え、物事の理(ことわり)が分かるにつれて・・・。振り顧みますと、私の人生は女院様の生き方の中にありまして、私を語るときには女院様の総てを語らなくてはなりませぬゆえ。
 それゆえに・・・。
 女院様と親しかった西行殿にお会いしてみとうなりましたのです。

 源顕仲の娘として生まれ、父の影響から歌を学び、堀河として中古六歌仙の中の一人、また「千載(せんざい)和歌集」にも取り上げられ歌詠みと認められるようになるその道程(みちのり)で、令子(よしこ)内親王の女房、六条としましてお仕え致し、それから堀河の局としまして藤原璋子様に・・・。
 祇園女御様を源忠盛殿へ下げ渡したその夜、お二人はなにの差し障りもなく結ばれました。璋子様は幼き頃より白河法皇にまるで成熟した女のよう甘えになられ、胸に抱かれておいででございました。
 それは艶っぽく、男の心を蕩(とろか)すいたずらの瞳とあどけない仕草を持っておいででございました。それにもましてお声は男の心を擽(くすぐ)り魅了する響きをお持でございました。お生まれついての御気性だったので御座います。
  女子の私は振り返ってみますれば羨ましゅうさえ思えるのでございます。あれほど愛される女子の幸せを知らぬゆえなのでしょうか。
 月の物を知ったすぐ後、男を向かい入れる、歳の端のいかぬ少女の痛々しい性。女として生きる意味を知らされるということ、夜毎の営みがより深い悦びに誘うということ。そのお相手がまして、この國一番の権力者に愛されていることになればこれ以上の女の冥利(みょうり)で御座いませんでしょう。女子は強い男の愛を欲しがるものでございます。

 常に雌は強い雄を欲するもの、それはあらゆる動物(いきもの)の世界の成り立ちでございましょう。森羅万象悉(ことごと)くその営みが・・・。人の世も変わりませなんだ。
  堅い蕾が男の愛撫で柔らかく揉みしだかれ白く粉を吹いた柔肌に変わり、ふっくらと丸みをおび括れた曲線をたたえたお肢体(からだ)にお変わりになる、森羅万象自然の理とはいえ、見事な女の脱皮を見たようでございました。
 西行殿、今は櫻も蕾をつけ寒さに耐えてはおりますが、やがて綻びてまいりましょう。寒い冷たい季節を耐えたものだけが初めて花咲かす事を許される、人の世もまた変わりませぬ。苦しみ辛さを耐えた者が許される誉れ・・・乗り越えられ血肉にされてなお励まれる修養。・・・まるで風の様で・・・それを受け流す柳の様で・・・。定めに流されるのでなく流れるそれが西行殿の生きた・・・。
西行殿、お見事でございますな。

白河法皇は璋子様の行く末を按じられて幾つかのご婚儀の話を進められましたが、祖父のように可愛がられた白河法皇との交わりを知っていてなんのかんのと逃げて話がまとまりませぬので御座いました。処女(おぼこ)でなくてはと言うような風習はありませなんだが、祖父と孫が愛し合うような間柄、そのことには男と女の出入りに寛容な時の世でも神経を逆立てたのでは御座いますまいか。
 祇園女御様のように、白河法皇に愛され後に源忠盛殿へ下げ渡す、何人もの男を引き込みながらも輿入(こしいれ)する、そんな世間では御座いましたのに・・ ・。

 最後に白河法皇はお孫にあたる鳥羽の帝(みかど)への話を創りまして御座います。
 鳥羽の帝は何とも言えずそれをお受けになり、鳥羽の帝十五才、璋子様十七才、入内(じゅだい)が決またのでございます。
 璋子様のお心がどうであられたのか、最初にお肌を会わせたお男(ひと)、初めて蕾を開き甘い蜜をおすいになられたお人、そのお人が進めるご婚儀に従わなくてはならぬ我が身の運命。その運命を抵抗(あらがう )ことも許されない事にどれほどの哀しみをお味わいになられたか。お話が決まりましての璋子様は終日泣き明かしておいででございました。そこえ白河法皇がお越しになられ白いお肌に馴染まれる、その慰めの行為により喜びと哀しみが交錯致しておいででございました。断ることの出来ない肢体(からだ)との戦い、求めるいじらしい一途さ、お側で見ている私達は切なさに身を捩(よじ)りました。

 入内の儀の日はとどこうりなく過ぎましたが、その夜から高熱に身を妬(や)かれまして御座います。夜には庭に出て衣をむしり取り、髪を掻き揚げ狂ったように泣き伏したのでございます。
 夜空に上がった蒼い月が池の水面に写り微かに揺れておりました。がたちまち雲の中へと隠れたのでした。
  鳥羽の帝とご婚儀がなされてもご一緒に過ごされることはなく、ご病気を口実に御所に篭もられる日々で御座いました。
 数日が過ぎまして璋子様は御所をお出になられ白河法皇のもとへ・・・。
 中宮璋子様のお便りを運んだのはこの堀河で御座いました。色々と言い訳を設けての逢瀬、女房達ははらはらと気を揉みましたが・・・。
 鳥羽の帝に入内なされ女御から中宮(ちゅうぐう)となられましても白河法皇との中は続くので御座います。璋子様を一度はお離しになられた白河法皇は異常とも言える愛欲をみせられ以前にもましてお肌を欲しがられたのでございます。

 それは、匂いを放ち蜜を滴らせて待つ花びらに吸い寄せられる蝶の様を見るようでございました。

 それからは世間を気にすることを忘れられたかのように白河法皇が御所にお出向きになられ、昼夜を問わずお過ごしになられました。そんな時、女房達はお二人の気配を押しやるように習いごとを始めるのが常でございました。
 その時、白河法皇は六十七歳を過ごしになられ眼窩(がんか)は垂れて喉元に弛(たる)みをたたえ老いの染(し)みや皺を表されておられましたが、まだまだお若こう御座いました。それはまるで璋子様の若さを吸い取り若さを保っているようにお見受けいたしましたが・・・。
 璋子様は、十七歳の幼さをお感じさせないほどの女の色香を見せておいででございました。それは白河法皇によって掘り起こされ目覚まされ磨かれたものでございました。
 濡れたような黒髪、ふくよかな頬、潤んだ瞳、瑞々しく透き通った肌、それは正に落ちる前の果実のようでございました。それを鳥達が啄(つい)ばむ、まさに 白川法皇は一羽の鳥・・・。
 そのころの女院様のお美しさは堀河も身震いがするほどで御座いました。

 白河法皇はご信仰の篤(あつ)いお方でございました・・・理の何たるかの造詣(おもい)は深こう御座いました。そんなお方でさえ理性で抑(おさ)えられぬものがあったのでございます。それは枯れていく命を次の世へという欲・・・。

 一年の後、皇子を身篭もるので御座います。鳥羽院から伯父子と言われた崇徳の帝でございます。お二人目の禧子(よしこ)内親王も白河法皇のお子か鳥羽の帝のお子か定かでは御座いませんが・・・。不義と言うより鳥羽の帝が黙認した仲でのことでございました 。
なんとも総てが思いの外、祖父と孫が一人の女を同時に愛するという倫理(ひとのみち)とか常識では図り知れぬ世界であったのございました。