十七歳の海の華
十七歳の海の華
11
冷たい海風が吹きつけトタン屋根をバタバタと鳴らしていた。海も鉛色の大きなうねりに変わり、大波が新しく出来た堤防に打ち寄せていた。風は段々強さを増し、堤防の鎖につながれたドラム缶の筏を木の葉のように弄んでいた。筏は何本もドラム缶をつないだものを並べて造ったものだった。その上にはパイル打ちのクレーンが設置されていた。風と波は筏を揺らし洗っていた。
その日の夜、嵐になった。波は海を底から揺らせていた。凄まじい音が裂け、重なり唸った。バラック建ての飯場は土台が懸命に大地にしがみ付いていた。板戸がバタバタと悲鳴を上げ飛ばされそうだった。石油ストーブの火が消えた。
「おーい、誰かおらんか、筏が流されるぞ」
ガス燈を持った角次が海の音にも負けないくらいの声で叫んだ。 みんなは雨の為仕事が休みで町へ出かけていていなかった。いるのは善さんと順ちゃんと省三だけだった。
「鳶の奴らはどうしたのだ、錨も下ろさんで・・・お前らはよう海に行って錨を下ろせ」
サーチライトは海で翻弄する筏を照らしていた。三人は堤防に立った。潮が満潮とぶつかり水位を上げ、大きな波が狂ったように総てを呑み込んでいた。
「よっしゃ、縄を引っ張ってください。僕が泳いで筏まで行きますから」
順ちゃんがそう言って海に入ろうとしていた。
「お前はじっとしとれ、俺に任せろ。その縄を力一杯引っ張ってくれ。離すなよ」
「善さん、やめて下さい」
順ちゃんは叫んだ。善さんは何時ものように酒を飲んでいたのだった。それを知って順ちゃんが叫んだのだった。
善さんは耳に届かぬふりをして海へ入ろうとした。順ちゃんと善さんの争いになった。
「善さん、僕が行く。酔っていては危険だ」
「誰だっていい、早くしろ」
角次が怒鳴った。
「バカ、お前はしっかり綱を引け」
そういって善さんは順ちゃんを突き飛ばして海へ飛び込んだ。
「善さん!」
順ちゃんの声は風の中に散った。
網は角次と順ちゃんと省三が引いていた。足元が定まらない、引きずり込まれる、体が宙に浮いていた。
善さんは波に弄ばれ浮き沈みをしながら泳いでいた。
「僕も行きます」
順ちゃんが海へ飛び込もうとした。
「バカヤロー!」
角次が順ちゃんの頬を張った。
「このヤローこんな時に・・・もう誰もおらんのか」
角次が小さく呟いた。
綱は今にも切れそうだった。海の中へ引きずり込まれた。綱は離さなかった。波の中で善さんが見え隠れしていた。
「善さん、早く」
省三は祈った。
順ちゃんの顔は飛沫なのか涙なのかぐしゃぐしゃだった。
サーチライトが善さんの動きを照らしていた。
省三は順ちゃんの生き方心のあり方を見たように思った。金だけさ、その言葉は嘘だったのだ。
綱が切れた。ずるずると海へ持っていかれた。足は砂を踏んではいなかった。
「順、省三、手を離せ、どうもならん」
角次が後ろで叫んでいた。角次も波に揉まれていた。
「離しません」
順ちゃんの泣き声が響いた。
「善さん!」
声が喉につまり声にならなかった。
「バカヤロー」
角次が吐き捨てた。
綱を離した省三を波は堤防へ押し返した。順ちゃんが沈んだ。省三は海へ飛び込んだ。
善さんの泳ぐ姿が見えなかった。
波が大きくうねり筏の上のクレーンを海に引き込んだ。筏が流されていった。一葉の枯葉のように波と風に流されていった。
「省三!はようあがって来い。順もだ。わしは警察に電話をする。お前らは人を集めろ」
角次の叫びが僅かに届いた。
省三は泳いだが流された。順ちゃんが流され見えなくなった。
全身が震え手足が冷え切っていた。何処かしこの家の戸を叩いた。嵐の夜に船を出してくれる人はなかった。ただ荒れ狂う海を眺めているだけだった。
サーチライトの灯かりが海の上で踊っていた。
皆様御元気で・・・ご自愛を・・・ありがとうございました・・・。
恵 香乙著 「奏でる時に」
あいつは加奈子を抱いた。この日から加奈子は自分で作った水槽の中で孤独な魚と化した。
山口小夜著 「ワンダフル ワールド」文庫本化決定します・・・。
1982年、まだ美しかった横浜―風変わりなおんぼろ塾で、あたしたちは出会った。ロケット花火で不良どもに戦いを挑み、路地裏を全力疾走で駆け抜ける!それぞれが悩みや秘密を抱えながらも、あの頃、世界は輝いていた。大人へと押しあげられてしまったすべての人へ捧げる、あなたも知っている“あの頃”の物語。
山口小夜著「青木学院物語」「ワンダフル ワールド」の文庫本・・・。
作者のブログです・・・出版したあとも精力的に書き進めています・・・一度覗いてみてはと・・・。
恵 香乙さん
山口小夜子さん
環境問題・環境保護を考えよう~このサイトについて~
別の角度から環境問題を・・・。
らくちんランプ
K.t1579の雑記帳さん
ちぎれ雲さん
皆様御元気で・・・ご自愛を・・・ありがとうございました・・・。
恵 香乙著 「奏でる時に」
あいつは加奈子を抱いた。この日から加奈子は自分で作った水槽の中で孤独な魚と化した。
山口小夜著 「ワンダフル ワールド」文庫本化決定します・・・。
1982年、まだ美しかった横浜―風変わりなおんぼろ塾で、あたしたちは出会った。ロケット花火で不良どもに戦いを挑み、路地裏を全力疾走で駆け抜ける!それぞれが悩みや秘密を抱えながらも、あの頃、世界は輝いていた。大人へと押しあげられてしまったすべての人へ捧げる、あなたも知っている“あの頃”の物語。
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冷たい海風が吹きつけトタン屋根をバタバタと鳴らしていた。海も鉛色の大きなうねりに変わり、大波が新しく出来た堤防に打ち寄せていた。風は段々強さを増し、堤防の鎖につながれたドラム缶の筏を木の葉のように弄んでいた。筏は何本もドラム缶をつないだものを並べて造ったものだった。その上にはパイル打ちのクレーンが設置されていた。風と波は筏を揺らし洗っていた。
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「よっしゃ、縄を引っ張ってください。僕が泳いで筏まで行きますから」
順ちゃんがそう言って海に入ろうとしていた。
「お前はじっとしとれ、俺に任せろ。その縄を力一杯引っ張ってくれ。離すなよ」
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順ちゃんは叫んだ。善さんは何時ものように酒を飲んでいたのだった。それを知って順ちゃんが叫んだのだった。
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そういって善さんは順ちゃんを突き飛ばして海へ飛び込んだ。
「善さん!」
順ちゃんの声は風の中に散った。
網は角次と順ちゃんと省三が引いていた。足元が定まらない、引きずり込まれる、体が宙に浮いていた。
善さんは波に弄ばれ浮き沈みをしながら泳いでいた。
「僕も行きます」
順ちゃんが海へ飛び込もうとした。
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恵 香乙著 「奏でる時に」
あいつは加奈子を抱いた。この日から加奈子は自分で作った水槽の中で孤独な魚と化した。
山口小夜著 「ワンダフル ワールド」文庫本化決定します・・・。
1982年、まだ美しかった横浜―風変わりなおんぼろ塾で、あたしたちは出会った。ロケット花火で不良どもに戦いを挑み、路地裏を全力疾走で駆け抜ける!それぞれが悩みや秘密を抱えながらも、あの頃、世界は輝いていた。大人へと押しあげられてしまったすべての人へ捧げる、あなたも知っている“あの頃”の物語。
山口小夜著「青木学院物語」「ワンダフル ワールド」の文庫本・・・。
作者のブログです・・・出版したあとも精力的に書き進めています・・・一度覗いてみてはと・・・。
恵 香乙さん
山口小夜子さん
環境問題・環境保護を考えよう~このサイトについて~
別の角度から環境問題を・・・。
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