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この作品は省三33歳からの軌道です・・・。ご興味が御座いましたら華シリーズもお読み頂けましたらうれしゅう御座います・・・お幸せに・・・。
夏の路 (省三の青春譚)
夏の路 陽射しの強い路は・・・木陰にて涼を取り・・・。
6
九月に入ってからは子供たちも夜に来るようになった。青年と絡み稽古が出来るようになった。子供たちは出来上がっていた。青年が引きずられる状態だった。
立ち稽古漸く始まった。館長に無理を聞いてもらうのも限度があった。広い練習場を求めて転々としなくてはならなかった。一日の成果は着実に上がっていた。戸倉が何日か徹夜をして音を作った。
「玉音放送」「若鷲の歌」「りんごの歌」「夢の中へ」が稽古場に響き渡っていた。その中を稽古は続いた。
舞台明かりが消え、下手サススポットが降りるとそこには柳井明文が浮かび上がる。敬礼して。
柳井 昭和二十年六月十八日、遂に出撃命令が下りました。自分は明日出発します。今、自分は、自分の飛行機の傍らであなたにこうして手紙をしたためております。自分の二十有余年で一番辛いことは、自分を育み育てて下さつた御両親様より先立つ不幸です。そして、嬉しかったことは、あなたと今生で巡り会ったことでした。あなたにこの手紙を書く前に、御両親様には先だつ不幸をお許し願い、お国のためにこの命を捧げることの出来る誉れを報告いたしました。
短い一生でしたが、あなたを知ったことで悔いはありません。あなたと多くの事を語りたかったと思いますが、もうそれも出来ません。
今、茜色に雲を焼きながら太陽が西の空に沈もうとしております。明日、自分はこの夕陽を見ることは出来ません・・・
あなたに何もして上げられなかったことが、今の自分の心残りです。自分はお国のために喜んでこの命を捧げます。どうか可哀
相そうだとか、もったいないとか、悲しいとかの憐憫の感情は持たないでください。
自分の学友、戦友は一足先に九段に参りました。明日、自分も九段に参ります。どうか、自分のことは忘れてください。決して九段には来ないでください。
良い先生になってください。思いやりと、優しさと、そして、命を大切に出来る子供になるように教えてやってください。
あなたの幸せを心よりお祈りいたします。
平安一路
神風特別攻撃隊 三○一大和隊
海軍中尉 柳井明文
石井準子様
柳井が語っている間、「海ゆかば」のBMGが静
かに流れること。
柳井のサススポットが落ち、舞台明かりが点く。
石井の眼には涙が潤み、一筋二筋頬をつたってい
る。
校長が登場して。
校長 石井先生!
石井 {振り向かず、涙を指先でぬぐいながら}はい。
校長 先生の気持ちは・・・さぞ辛いでしょうな、柳井中尉は・
石井 あの方は・・・いいえ、柳井中尉はお国のために・・・
校長 先生・・・健次の父親にしても、柳井中尉にしても、みんなお国のために、忠君愛国の精神を以て身を捧げたのですぞ。先生の気持ち、助かって生きていて欲しいと言う気持ち、分からないではありませんが・・・それを、健次に話してはなりませんぞ。先生の優しい心が一時は辛さを忘れさせはしても、現実の前では嘘になるのですからな。
石井 私は、私は・・・
校長 冷静に、現実を事実として語らなくてはなりませんぞ。
石井 私には出来ません。
校長 {厳しく}甘えてはおられませんぞ。子供ではありますまいに。・・・先生一人ではありませんぞ。お雪にしても、健次にしても・・・そして・・・この私にしても・・・
石井 ・・・校長先生・・・{振り返って}
校長 将校として沖縄にいた私の伜は・・・女子挺身隊と一緒に岸壁から海に身を投げて死んだんです。
石井 それでは姫百合部隊の方々と一緒に・・・
校長 ああ、将校として、腹を切ることも出来ん愚かな伜じゃ。
石井 校長先生、それでは・・・
校長 夢と思いたい、夢であって欲しいと考えたいが・・・それが現実なら・・・
石井 私は・・・
校長 この戦争が無かったら、と何度も考えたもんですが・・・私も教育者、己の心を殺して、押さえて・・・
石井 私は何も知りませんでした。校長先生にそんな・・・
校長 私は忠君愛国を唱え、卒業生を、多くの若者を出征させた。その度に「命を捧げることこそ天皇陛下への唯一の恩返しだ」と・・・{泣いて声がかすれる}
石井 もう、私は嫌です。教師が嫌に・・・{手で顔を覆った}
校長 {強く}許されませんぞ。あなたも教育者でしょうが?そんなことでどうするんです。子供達を見捨てると言うんですかの。これからの日本を担って立つ子供達を・・・先生の心は良く分かりますが、今、そのような心でいると子供達は目的も希望もなく投げ出されるのですぞ。悲しみは月日が洗い流してくれます。私達は、子供達に生きる喜びを、学問の尊さを、命の重さを、そして、人間の偉大さを・・・
石井 無理です。今の私の心では・・・
校長 先生!今、日本の何処やかしこで悲しみにくれている人達が沢山おりましょうな。私達もそのうちの一人ですが、私達は教育者であると言うことを忘れてはなりませんぞ。世間から見れば聖職、その見本を見せてやらにゃならんのですからな。
石井 私が聖職、そして、見本を。もう沢山です。
足音を立てて、おせつが登場する。胸には白い布
で包んだ骨箱を抱えている。石井の後ろから。
おせつ 先生様、これが何か分かりますかいのう?
石井 ええ?!
おせつ 長太の骨ですんじゃ。ように見てつかぁさい。
石井 まあ、長太君の・・・どうして、どうして。
おせつ どうもこうもありませんわの。長太はこげんな姿になって帰ってきましたがの。
石井 {両手で顔を押さえた}・・・
おせつ あん時、先生様に、長太を止めてつかぁさいとお願いしましたわの。
石井 はい。{ゆっくりと頷いた}
おせつ こん中にゃあ、骨は入っておりゃあせん。誰の髪か分からん髪の毛が数本だけじゃ・・・先生様、先生様はあん時どうして止めて下さらなんだんですりゃあ。あん時止めていて下さりゃあ、長太もこげんな姿になって帰ってこんでもすんだんですじゃ・・・なんで、なんで・・・{泣き崩れた}
石井 {泣きながら近ずいて行き、骨箱に手を伸ばす}長太君!
おせつ {振り払うように}触らんようにしてつかぁさい。あんたはひとでなしじゃ。嘘つきじゃ。
校長 何と言うことを、血迷ってからに。ええかげんにしなさいょ。あの時、石井先生は・・・
石井 私が悪かったのです。私が・・・
校長 {何か言おうとする、おせつを遮って}さあ、もう帰った、帰ってください。
校長、おせつを連れ出そうとする。
おせつ ひとでなし!嘘つき!{叫んだ}
校長 これ以上言うと、憲兵に引き渡しますぞ。
校長、おせつを引っ張って退場する。
石井 長太君・・・長太君、先生は、先生はどうすればいいの。
石井は自分の机の引き出しから、長太の描いた絵
を取り出し胸に抱いて。
長太君!
長太の声「先生が行くなと言うんなら・・・行く
なと言うてくれ」
石井 {手で耳をふさいで}長太君!御免なさい、御免なさい。あの時もう少し勇気があったなら、行かないでと言えたし、行くと言ってもいかしはしなかったわ。でも言えなかった・・・長太 君を殺したのは私なのょ。許して・・・でも、あの時・・・私は どうすれば良かったと言うの、どうすれば・・・
石井は机に「わあ」と泣き伏した。舞台明かりが消
えて、石井だけに、サススポットが降りる。
暗転
稽古の合間に全員で、小道具、大道具の制作をするのだった。
全員がこの演劇に熱中していた。始めての人も目を輝かせてきびきびと動いた。全国青年大会のときの熱気を感じた。来年はこの青年たちを大会へ行かせなくてはならないと省三は思った。重い荷を自らが背負おうとしていた。
(この小説は「十七歳の海の華」の続編である。彷徨する省三の青春譚である。
ここに草稿として書き上げます。書き直し推敲は脱稿の後しばらく置いて行いますことをここに書き記します)
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皆様御元気で・・・ご自愛を・・・ありがとうございました・・・。