未来3月号に歌書評を載せていただきました。
大島史洋さんの『斎藤茂吉の百首』という本の書評です。
未来会員以外の方も読めるよう。ここに載せておきます。
-----
歌集歌書評----未来会員近刊
大島史洋著『斎藤茂吉の百首』(ふらんす堂)
茂吉へのとびら 鈴木麦太朗
本書はその書名が端的に示すとおり、斎藤茂吉が生涯に詠んだ歌から百首を選び、その一首一首に二百五十字ほどの鑑賞文を添えた選集である。新書より少し大きいサイズで、持ち運んで折々に読むのに都合が良い。
表紙にはふくろうが大きく描かれている。ふくろうは古来より知性・賢者の象徴として親しまれており、保守・堅実のイメージもある。まさに茂吉をあらわすのにふさわしい絵柄である。著者である大島史洋さんの歌集『ふくろう』も少し思わせる。
本を開く。右ページに一首大きく歌が置かれ、左ページに鑑賞文が添えられている。とても読みやすい。一ページに一首というのは紙の無駄のようにも思われるが、歌をじっくり味わうにはこのくらいの物理的な余白は大切だと思う。ふらんす堂の「歌人入門」シリーズの第二弾として出版されている本書は、読者に短歌の初学者を想定して書かれているのであろう。その鑑賞文は簡潔にして平明である。
どの歌から読んでも良いような体裁ではあるが、一度は初めから終わりまで通して読むべきであろう。歌は歌集単位で年代順に配されており、茂吉の歩んできた人生を追体験することができる。また、巻末には各歌集の年代と特徴が簡潔にまとめられた解説文があり、鑑賞の助けとなる。
掲載歌の歌集ごとの内訳は、『赤光』十一首、『あらたま』七首、『つゆじも』三首、『遠遊』三首、『遍歴』三首、『ともしび』五首、『たかはら』四首、『連山』三首、『石泉』四首、『白桃』六首、『暁紅』十一首、『寒雲』四首、『のぼり路』四首、『霜』六首、『小園』十一首、『白き山』九首、『つきかげ』六首となっている。名歌集と言われている『赤光』『白き山』などに重きを置きつつ、十七ある全ての歌集を網羅しており、絶妙のバランスと言えよう。
一首のみ、歌と鑑賞文の一部を引用する。雰囲気はつかんでいただけると思う。
ただひとつ惜しみて置きし白桃のゆたけきを吾は食ひをはりけり『白桃』
歌集名ともなっている、よく知られた 歌である。一つ残っていた白桃を
食い終わったという、ただそれだけの歌だが、「惜しみて置きし」とか「白
桃のゆたけきを」とかいった言葉の斡旋がいかにも茂吉らしく巧みであり、
なんでもない些事が、それこそ豊かなふくらみとなって一首に漂っている。
茂吉は食べ物などの物惜しみもよくし たので、そうした執着心も一首に
粘りを 与えている。
選ばれている歌の多くは良く知られたものであるが、《鼠の巣片づけながらいふこゑは「ああそれなのにそれなのにねえ」》《税務署へ届けに行かむ道すがら馬に逢ひたりあゝ馬のかほ》など、ちょっと変わっていて滑稽な味わいのある歌も織り交ぜてあり、初学者には茂吉への親しみが持てるような仕掛けとなっている。ベテランの方は少し物足りないと感じるかもしれないが、大島さんの茂吉への愛にあふれた文章を味わうだけでも十分に落掌に値する本であると思うのだが、いかがだろうか。
※コメント投稿者のブログIDはブログ作成者のみに通知されます