ブロロロロンロロン……
と、どこからか、聞き覚えのある排気音が近づいてきた。
風を切って近づいてくる音は、ぐんぐんと勢いを増し、身の危険を感じたアマガエルは、公園の生け垣を背に身をよけた。
キーッッッ――。ブロロロロンロロン……
黒いボデーの車は、目を押さえているアマガエルの前で急停止すると、黙って後部座席のドアが開いた。
「――」と、アマガエルは、人の気配がしないことに気がつき、目をしばたたかせながら、車の中を覗きこんだ。
はっ? という表情を浮かべたアマガエルは、息をのんだ。
誰も乗っていない寺のジャガーが、自分を迎えに来たように止まっていた。
真人の魔法か、と疑ったアマガエルは、車には乗らずに歩き出そうとした。
しかし、数歩進んだところで、車が再び動き出し、アマガエルの関心を引くように、タイヤを鳴らして停止した。
アマガエルが複雑な顔をしていると、運転席の窓が開き、古めいたラジオから、雑音とともに声が聞こえてきた。
“ノッテイケヨ、タッチャン。ノッテケ、タッチャン……”
子供の頃、よく耳にした曲を背景に、ラジオを通じて、車が話していた。
「――帰ろうか」
と、アマガエルはぽつりと言うと、足下をふらつかせながら、座り慣れた後部座席に乗りこんだ。
「自動運転の機能なんて、いつ取りつけたんでしたっけ?」
アマガエルを乗せたジャガーは、弾むようにドアを閉めると、短いクラクションを軽く鳴らして、風のように走り去っていった。
――――
アマガエルが公園を去った後、初冬の寒さで勢いのなくなった芝生の一角が、もぞもぞと、湧き上がるように動き始めた。
「ぷはっ」
と、芝生の殻を破るようにして現れたのは、真人だった。
真人は、周りに人がいないのを確かめると、待ち合わせの場所に向かって、歩き出した。
「遅かったじゃないか」と、真人の姿を見つけた多田が、駆け寄ってきた。「どうしたんだ、やっぱりだめだったのか」
「ああ」と、真人は言った。「急ごしらえの“石”じゃ、無尽蔵に意念を撃ちこめやしなかったぜ」
「で、あいつは? やったのか――」と、多田は言った。
「いいや。手強いやつだったからな」と、真人は、多田に抱えられながら言った。「だがな、相当なダメージを負ったはずだぜ」
「――見た目じゃ、こっちも同じくらい、やられてるけどな」と、多田は、歩きながら言った。「まぁ、あんたらしいか」
「迎えは?」と、多田に抱えられた真人が、思い出したように言った。
「ちゃんと来ているよ」と、多田は言った。「運転手つきの高級車なんて、考えもしていなかったから、警戒して、確かめるのが遅くなったがね」
「へぇ」と、真人は笑って言った。「そりゃあ、これからの仕事が、やりやすそうじゃないか」
と、二人の姿を認めた車の運転手が、素早く運転席を下りて、後部座席のドアを開けた。
「で、これからどうするんだ」と、多田は、真人を後部座席に座らせると、自分は助手席に乗りこんだ。
「仲間を探すんだ」と、真人は言った。
「仲間? なんの仲間だ」と、多田は考えるように言った。
「島に殴りこみに行く仲間だよ」と、真人は言った。「これだけじゃ、数が少なすぎる。もっと仲間を集めなきゃ、やつらにはかなわない」
真人達を乗せた車は、日の短くなった空を、南に向かって走り去っていった。
――――
ビリビリと、コンクリートの壁が、震えていた。
川に架かる橋のそばに建つ、マンションの壁だった。
宝石店の支店長であった多田が、川から転落した現場の近くだった。
そして、審問官のヨハンが、アマガエルによって消された場所だった。
ビリビリビリ――……
と、コンクリートの壁がひび割れ、なにかが外に出ようとしていた。
ビリバリビリ――と、炎であぶったように、赤い火花を散らす割れ目が、外に向かって膨らみ出てきた。
街路樹に止まっていたカラス達が、眼下の異状に気がつき、甲高い鳴き声を競うように上げた。
メリッ――……
と、コンクリートの中から姿を現したのは、審問官のヨハンだった。
おびえたカラスが、散り散りになって飛び交った。
「――」と、しっかりとした様子で立ち上がったヨハンは、周囲の様子を確かめると、なにごともなかったかのように、どこかへ歩き去って行った。
「
前」
「
次」