くりぃーむソ~ダ

気まぐれな日記だよ。

機械仕掛けの青い鳥(113)終

2019-07-22 20:01:26 | 「機械仕掛けの青い鳥」

 不思議そうな顔をしたおばあさんは、老婦人を見るとはっと息を飲んだ。そして、すぐに目を細めると、はにかむように笑みを浮かべて言った。
「あの方の妹さん、ですよね……」
 ソラとウミは、隠れるようにそっと玄関の外に出た。
「はじめまして。亡くなった三浦の、妹です」と、老婦人が言ったとたん、出迎えてくれたおばあさんの目から、大粒の涙が音もなく流れ落ちた。「遺品の中にあったあなた宛の手紙を、お届けにまいりました――」
 老婦人は、着物の胸にしまっていた手紙を、そっと取り出した。その目には、拭いたくても拭いきれないほどの涙が、さめざめと頬を伝い落ちていた。
 二人が笑顔を浮かべるまで、兄妹はじっとその場を離れなかった。そして、誰も知らない話を、自慢げに二人に聞かせた。二人は、兄妹が知らない三浦少尉の話を、楽しげに話し合った。

「じゃあね、さようなら!」

 ソラとウミはそろって言いながら、駆け足で家に帰っていった。もうとっくに日が暮れていた。
 門の外に車を止めていた運転手が、手を振りながら駆けていく二人に気がつき、車の中から小さく手を振って呼びかけた。

「気をつけて帰るんだぞ」

 と、ガラスのように透きとおった影が、おばあさんの家の屋根に止まった。バサバサッと翼を広げた影は、瞬きをするほどわずかの間、どんな空よりも濃い青色をした鳥の姿を、キラリと浮かび上がらせた。

                        おわり。そして、つづく――。

 

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機械仕掛けの青い鳥(112)

2019-07-21 20:22:10 | 「機械仕掛けの青い鳥」
 ソラは門をくぐると、縦に格子の入ったガラス戸に向かい、呼び鈴を押した。無表情な老婦人のそばに立っているウミが、心配そうにソラを見ていた。
 門と同じく、時代を感じさせる呼び鈴が、ブブーン――と、耳障りな音をたてた。
 トントントン――と、小気味のいい足音が聞こえてきた。
 チュン、チュチュン――と、足音に反応したのか、元気のいい小鳥の鳴き声が聞こえた。

「はい、どちら様でしょう」

 ガラガラと音を鳴らして引き戸が開いた。玄関に立っていたのは、すっかり白くなった髪を後ろで結わえた、おばあさんだった。年齢はどのくらいなのか、ソラはおばあさんの外見に比べ、キラキラとした目と、はっきりとした口調から、それほど年を取っているようには感じなかった。
「……あら、かわいらしいお客さんだこと」
 思わぬ訪問者に顔をほころばせたおばあさんは、門の前から動こうとしない老婦人を、ちらりと見やった。
 と、ソラが、玄関の奥に見つけた鳥籠を指さした。
「青い、鳥だ――」
「かわいいでしょ。とってもめずらしいのよ」おばあさんは、青い鳥が見やすいように体を動かすと、ソラに言った。「難しいことはわからないけれど、戦争でなにもかも失った私の所へ、迷いこんできた鳥とそっくりなの。亡くなった主人が、外国へ行った帰りに私の話を覚えていて、連れてきてくれた鳥なのよ。この鳥を見ていると、大切なものがまだ失われずに残っているような気がして、とっても心が落ち着くの」
 ウミが、ちらりと老婦人の顔を見上げながら、杖を持った手の袖をギュッとつかんだ。
「――もしかして」と、青い鳥を覗きこんでいたソラが言った。「探偵のお兄さんが、探していませんでしたか?」
「どうして知ってるの」と、おばあさんは口に手を当てて驚いた。「探偵もやっているとは知らなかったけど、今朝がたエサをあげる時に鳥を逃がしてしまって、何でも屋さんに探してもらってたのよ」
「なーんだ、世界的な事件だなんて嘘ばっかり」と、ソラはあきれたように言った。
「なにかあったのかしらね」と、おばあさんが心配そうに言った。「ちょっと前に届けに来てくれたんだけど、着ていたシャツがよれよれだったのよ……」
「いえ、心配することないと思います」ソラは、あわてて打ち消すように言った。「きっと、大丈夫ですから」
「そうだといいけど――」と言って、おばあさんは小さく息を吐いた。
「はじめまして」と、ウミがソラをどけて、前に出てきた。その後ろには、ウミに袖をつかまれた老婦人がいた。老婦人は、グッと歯を食いしばりながら、声にならない言葉を探しているようだった。
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機械仕掛けの青い鳥(111)

2019-07-20 19:07:57 | 「機械仕掛けの青い鳥」
「お兄さんって、もしかして……」
 助手席から後ろに顔をのぞかせたソラが、老婦人の顔を見て思い出したように言った。
「――ウミ、ほら、あの時の」
「パイロットさんだ!」目を輝かせて笑ったウミが、後部座席に座ったまま、何度もうれしそうに飛び跳ねた。
「どうしたの? 私の顔に、なにかついてるのかしら」と、老婦人は怒ったような顔をして言った。
「うん。そっくりだよ――」と、ウミがいたずらっぽく言った。
「――どうしちゃったの、急に。そんなに私の顔が面白いのかしら」と、じっと顔を覗きこむウミを見ながら、老婦人が困ったように言った。
「おばあさんは、未来って信じますか?」と、ソラが聞いた。

 わずかなあいだ考えていた老婦人は、ため息をつくように言った。
「どうでしょうね」
「現在も未来も過去も、自由に旅することができるって、あり得ると思う?」と、ウミが目をぱっちり開きながら言った。
「そうね……」と、老婦人は考えるように言った。「いつかそんな時代が来れば、いいでしょうね」
 ――ふふふ、と老婦人が口元に手を当てて小さく笑った。「面白い子達ね」
 車が、ゆっくりとブレーキをかけて止まった。
「会長、青い鳥が、この家の敷地に入っていきました」
 席に座り直したソラが横を向くと、ねずみ色のブロック塀に囲まれた、古い一軒家があった。渋茶で染めたような木製の門が、積み重ねてきた時代の多さを感じさせた。
「ここって……」と、考えるように言ったウミが、ドアを開けて外に降りた。
 老婦人がウミに続き、杖を手にしながら外に出た。ソラも、後に続いた。
「あっ、やっぱり」と、塀の外に建っている電信柱を見上げて、ウミが言った。「私が、青い鳥を拾ったところだよ」
「えっ、どうしてここに来たんだろ――」と、ソラが驚いたように言った。
 老婦人はうなずくと、門にかけられた表札を見て、首をかしげた。
「知らない名前ね……」と、老婦人が悲しそうに言った。
 と、運転手が車の窓を開けて言った。
「会長、地図を確認しましたが、この辺りで間違いありません」
 門を前にした老婦人が、家を訪ねるかどうか決めかねていると、老婦人と並んだソラが横から手を伸ばし、ガラガラと引き戸を開けて中に入っていった。
「ちょっと、待って」と、老婦人が困ったように言った。「見ず知らずの人の家なのに、もう少し調べてから訪ねた方がよくないの――」
 しかしソラは、あっけらかんとして言った。
「誰かを、捜してるんでしょ?」
「……」と、老婦人は口をつぐんだまま、なにも答えなかった。ただ背筋を真っ直ぐに伸ばして、開いた門の前に緊張した面持ちで立っていた。
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機械仕掛けの青い鳥(110)

2019-07-19 20:11:40 | 「機械仕掛けの青い鳥」
 じっと立ち止まった老婦人は、凍りついたように動かず、看板の上にいる青い鳥を、食い入るようにまじまじと見続けていた。
 歩き出そうとしたウミが、青い鳥から目を離さないでいる老婦人を振り返ると、老婦人は意を決したように言った。

「追いかけましょう。あの鳥が向かうところに」

 ウミは大きくうなずくと、老婦人の手を引っ張るように出入り口へ急いだ。
「――見失わないように行こう」ソラは急ぎ足で受付の外に出ると、ウミを追い越して自動ドアを抜けた。
 車の中で待っていた運転手が、病院から出てくる三人を見つけ、急いで車を玄関の前に回してきた。
「見つけたわ、青い鳥――」と、老婦人が外に降りてきた運転手に言った。
 運転手は、老婦人が車に置き忘れた杖を手渡しながら、驚いたように言った。
「お話を聞かせていただいた、あの、青い鳥ですか?」
「そのとおりよ」と、杖を受け取った老婦人が、ウミの後から後部座席に乗りこんで言った。「急いで出して。青い鳥が、私達をどこかに連れて行こうとしてるの」

「わかりました」

 うれしそうに言った運転手は、小躍りするように席に着くと、心を落ち着かせるようにシートベルトを取り付け、しっかりとハンドルを握った。
 助手席に座ったソラがドアを閉めると、車が静かに走り始めた。
 車が走り出すと、青い鳥が、待っていたかのように飛び上がった。
「あっ、飛んだ」と、少し元気を取り戻したウミが、後部座席の窓から外を見て言った。
「ほら、向こうに行ったよ」ソラが指をさすと、運転手が
「よしっ――」
 と言って大きくハンドルを切った。
 青い鳥は、明らかにどこかへ連れて行こうとしていた。車が信号待ちをしても、建物の陰になって青い鳥を見失っても、車が後を追いかけてくるまで、ちゃんとどこかで待っていてくれた。
「おばあさんも、青い鳥を探していたの」と、ウミが老婦人の顔を見ながら言った。
「あなた達もでしょ」と、老人は言った。「私はね、亡くなった兄の思い出を尋ねてきたの」
「お兄、さん?」と、ウミは不思議そうに聞いた。
「――」と、老婦人は大きくうなずいた。「私の兄は、あなた達が生まれるずっと前、戦争に行っていたの。知ってるでしょ、戦争はもうとっくの前に終わったけれど、戦争中、大海原に飛行機ごと撃ち落とされたお兄さんは、人でなしとばかり思っていた敵の兵隊に命を救われて、怪我が治った後も、国に帰ってこなかったの。敵の兵隊に命を救われたのが、申し訳なかったって、よく話してくれたわ。当然、私もほかの兄弟達も、誰もが兄は亡くなったとばかり思っていたんだけれど、ある時、不意に連絡もなく、家に帰ってきたの」
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機械仕掛けの青い鳥(109)

2019-07-18 20:28:50 | 「機械仕掛けの青い鳥」

「冗談じゃないよ。どうしてみんな、こうも人に親切にしたがるんだろうね。まったく、はた迷惑な話だよ。善人だらけのこんな街、住み心地が悪いったらありゃしない……」

 シルビアの大きな声は、自動ドアが閉まっても、病院の中まで十分すぎるほど聞こえてきた。受付で順番待ちをしていた人達が、なにがあったのか、と固唾を飲みながら様子を見守っていた。しんと静まりかえった中、出入り口を前に仁王立ちした看護師さんが、両手を腰にあて、怒ったように言った。
「痛くないだなんて、嘘ばっかり。注射を見たとたん、急に人が変わるんだから」
 もう――と、あきれたように言った看護師さんは、くるりと振り返って目を丸くした。

「あら、メグちゃん、置いて行かれちゃったの」

 ソラが見ると、メイド服を着たマーガレットが、大きめのバッグを重そうに抱えながら、出入り口までやってきていた。
「へそ曲がりな人で大変だろうけど、よく面倒見てあげてね」と、看護師さんがマーガレットに言った。
「はい――」短く返事をしたマーガレットは、「ありがとうございました」と、深々と頭を下げてお礼を言った。
 出入り口の自動ドアを抜けたマーガレットは、「おばさま、走っちゃだめですってば!」と、シルビアの後を小走りに追いかけて行った。
 マーガレットを目で追っていたソラは、プーン、プーン……と、間延びした音が、受話器から繰り返し聞こえているのに気がついていなかった。
 透きとおった厚いガラスの向こう、マーガレットが建物の陰になって見えなくなる直前、くるりとソラを振り返り、にっこりと笑みを浮かべた。
 はっとしたソラは、持っていた受話器を思わず落としそうになった。あわてて手に力をこめ、耳に当てなおしたが、電話はプーン、プーンと、繰り返し音を鳴らすばかりで、通話は切れてしまっていた。
「お兄ちゃん、見て、青い鳥だよ」と、ウミの声が聞こえた。
 ソラが振り向くと、老婦人と手をつないだウミが、心持ち危なげな足取で、診察室から戻ってきた。
「どうして、青い鳥がまだこんなところにいるの。わたし達、もとの場所に戻ってきたのに」と、受付台のところまでやって来たウミが、不思議そうに言った。「もたもたしてたら、また誰かに見つかって、捕まえられちゃうよ」
 ウミの視線を追ってソラが見ると、病院をぐるりと囲んだガラスの壁の向こう、青い鳥が、広告看板の上にちょこんと止まっているのが見えた。
「本当だ」受話器を置いたソラが、青い鳥を見ながら言った。「わからないけど、追いかけて行ってみようか」
「青い鳥……」と、老婦人がつぶやくように言った。
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機械仕掛けの青い鳥(108)

2019-07-17 21:06:19 | 「機械仕掛けの青い鳥」
「家に、電話してくるね」
 と、安心して胸をなで下ろしたソラが、診察室を飛び出していった。
 扉を開けっ放しにして廊下に出たソラは、すぐに受付まで戻ると、先ほど対応してくれた制服の女の人を見つけ、「すいません、電話を貸してください」と、胸まで届く台から、待ちきれないというように身を乗り出した。
「はい、どうぞ。使い方はわかる?」やさしそうな事務員の女の人が、笑みを浮かべながら言った。
 受付台から降りたソラは、駆け足で裏に回ると、女の人から電話の受話器を受け取った。

「お借りします」

 と、小さく頭を下げたソラは、慣れた手つきで家に電話をかけた。プルルルル……という音が鳴り始めたばかりにもかかわらず、ソラは早く電話に出ないかな、とやきもきして体を小刻みに揺すらせた。
「あっ、お母さん!」と、ソラは続けて自分の名前を言うと、ウミが車にぶつかり、病院に来ていることを早口で話した。
 と、病院の奥から、言い争うような大きな声が聞こえてきた。

「――離しておくれよ、病院なんてまっぴらごめんなんだ。怪我なんてしちゃいないってば。こんな腰の痛みぐらい、放っておけばすぐになおっちまうんだって」

 ソラが驚いて顔を向けると、黒っぽい服に身を包んだシルビアが、引き止めようとする看護師さん達を払いのけ、痛そうに腰を押さえながら、出入り口に向かって足を引きずっていた。
『もしもし、ソラ? ねぇ聞いてる……』
 ぽかんと口を半開きにさせ、目を奪われていたソラは、母親の怒ったような声に気がつき、
「ごめんなさい、ちょっと外がうるさくって――」
 と、首をすくめながら言った。

「――もういいってば、私の後を追いかけてくるんじゃないよ」

 と、シルビアは看護師さんが止めるのも聞かず、出入り口の自動ドアから外に出て行ってしまった。
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機械仕掛けの青い鳥(107)

2019-07-16 20:27:37 | 「機械仕掛けの青い鳥」

「あれ、ニンジンじゃないのかな」

 窓に顔を近づけたソラが目をこらすと、ニンジンによく似た男の人は、小さな鳥籠を手にしているように見えた。
「探していた青色の鳥、見つかったのかな――」
 力のない声でウミが言うと、老婦人が考えるように言った。
「青い色の、鳥……」
 老婦人は、ソラの後ろから窓の外に目をこらした。しかし、ニンジンに似た男の人は、すっかり人波に飲まれて見えなくなっていた。
「――到着しました。病院の正面玄関に止まります」と、運転手がバックミラーで後ろを見ながら言った。
「ごくろうさま。わたしが医師(せんせい)のところに連れて行きます。あなたは、駐車場に車を止めてきてください」と、老婦人が運転手にはっきりとした口調で言った。「ウミちゃん、病院に着きましたよ」

 ガチャリッ――。

 車を降りた運転手が、すぐに後部座席のドアを開けると、老婦人はウミを抱え上げながら、そっと車の外に降りた。ソラも急いでドアを開けると、老婦人の後から、自動ドアをくぐって病院の中に入っていった。
「お願いします、急患なんです」
 息を切らせた老婦人が受付で声をかけると、制服を着た女の人が、あわてて駆け寄ってきた。
 受付の前で順番を待っていた人達が、なにごとかとざわめいた。事務室の中から、責任者らしい男の人が受付にやって来た。老婦人は、強い口調で何度も事情を説明すると、困ったような表情を浮かべた男の人は、

「――こちらへどうぞ」

 と、診察室へ三人を案内した。
 老婦人の隣で、じっとやりとりを見ていたソラは、見上げる老婦人の横顔が、誰かに似ているのに気がついた。しかし、案内された診察室へ小走りで移動する途中、誰だったのか、うんと頭をひねって考えたが、とうとう思い出すことはできなかった。
 …………
「――確認のため、レントゲンを撮っておきましょう。なぁに、おばあさん、心配することはありませんよ。お孫さんは軽い脳しんとうを起こしているだけです。しばらくすれば、もとどおり元気になりますから」
「よかった……」
 老婦人は、診察台に横になっているウミを見ながら、大きくひとつ息をついた。
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機械仕掛けの青い鳥(106)

2019-07-15 20:09:59 | 「機械仕掛けの青い鳥」

 ブロロロロロォォォン――  

 と、重々しい排気音を轟かせた車が、ソラの乗った車の左側で停止した。
 ――ふと、ソラが横を向いた。いつの間に並んだのか、赤いスポーツカーが信号待ちをしていた。
 前に向き直ったソラは、「えっ」と小さく声を上げると、もう一度横を向いた。髪の長い女の人が、左ハンドルの運転席にいるのが見えた。
 サングラスをかけている女の人の横顔は、シェリルにそっくりだった。
「どこに行ってたの――」と、窓に顔を近づけたソラが、思わず女の人に向かって言った。
 シェリルにそっくりな女の人は、黙ってソラの方を見ると、怪しむことなく、ニッコリと笑みを浮かべた。
 急いで窓を開けたソラが、顔を外に突き出して大きな声で言った。
「ねぇ、シェリルさん、牧師さんはどうなったの――」
 と、信号が青に変わった。シェリルにそっくりな女の人は、ソラを見ながら短い言葉を口にすると、黙ってハンドルを持ち直し、前を向いて車を発進させた。
 シェリルにそっくりな女の人がなにを言っていたのか、残念ながら、ソラにはまるで聞き取れなかった。
「シェリルさん教えて、牧師さんはどうなったの――」
 ソラは「もう一度言って」と、言いかけたが、

 ブロロロロロォォォン――

 重々しい排気音を轟かせた車は、交差点を左折して、どこかに走り去って行ってしまった。
「ねえ、誰と話をしているの」と、老婦人が不思議そうにソラの顔を見ていた。
 青信号を待っていた車が、赤いスポーツカーに続いて、ゆっくりと走り出した。吹きつける風に目を細めたソラは、シェリルに似た女の人が、窓ガラスの向こうで、なんとなく「ごめんね」と、言っていたような気がしていた。

「シェリル、さん……」

 と、ウミがぼんやりとした目を開けながら、体を起こして言った。
「――うん。そっくりな人だった」と、窓ガラスを閉めたソラが、ウミを見て言った。「いいや、きっと本人に違いないよ」
 ソラは、交差点を右折した車の真っ直ぐ前を向き、遠くを見るように言った。
「あっ」と、体を起こして外を見たウミが、なにかに気がついて言った。
「どうしたの。まだ無理をして動いちゃだめよ」と、老婦人が心配そうに言った。
 ソラが、ウミの見た方に顔を向けると、道路に沿って伸びる歩道があった。大勢の人達が行き交っている中、すっかりしわしわになったシャツを着た男の人が、ちらりと見えた。人の波に見え隠れしてよくわからなかったが、後ろ姿がどこかニンジンにそっくりだった。
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機械仕掛けの青い鳥(105)

2019-07-14 20:27:15 | 「機械仕掛けの青い鳥」
「どうしたんですか、急に」運転席を覗きこんだ老婦人が、怒ったように言った。
「申し訳ありません、人が出てきたものですから」と、運転手が深々と頭を下げた。
 あきれたようにため息をついた老婦人が前を見ると、車のすぐ前にあるマンホールの蓋が、裏返しになってはずれているのが見えた。
 と、黒い手袋をはめた手が、ポッカリと口を開けた暗い穴の奥から、にょきりと伸びてきた。
 ソラは、助手席の後ろにしがみつくようにして、前を見ていた。マンホールの中から顔を出したのは、サングラスをかけたイヴァンに間違いなかった。
 イヴァンは、狭いマンホールの中から、窮屈そうに肩をすぼめて外に出てきた。泥だらけになったイヴァンは、スーツの汚れを手で払いながら、停車している車にちらりと目を向けた。
 サングラスのつるを片手でつまんだイヴァンは、半ばまではずして下にずらすと、上目遣いに車の中を覗きこみながら、申し訳なさそうに小さくお辞儀をした。
 すると、マンホールの中から、ニョキリとまた腕が伸びてきた。
 片腕をぐいと伸ばし、顔をのぞかせたのは、ニコライだった。片方の肩まで外に出したニコライは、巨体には窮屈すぎるマンホールに引っかかり、声は聞こえなかったが、苦しそうな表情を浮かべて、イヴァンに助けを求めているようだった。
 もう一度、車に向かってペコリと頭を下げたイヴァンは、くるりと背中を向け、ニコライが伸ばしている腕を両手でつかむと、満身の力をこめ、スポンとニコライの体を外に持ち上げた。
 両足が地面より高く浮き上がるほど、ニコライが勢いよく外に飛び出してきた。車に乗っている誰もが、その様子に目を奪われ、あっけにとられていた。ニコライは、宙に弾んだ風船のようにフワリと地面に着地すると、汚れた背広の内ポケットからサングラスを取り出し、車に背を向けてそっとかけた。
 マンホールの蓋を元に戻したイヴァンが、顔を上げてニコライと二言三言話すと、二人そろって車に向き直り、深々と頭を下げて、そのまま車の後ろへ歩き去っていった。
「さぁ、早く行きましょう」
 老婦人が言うと、運転手がすべるように車を走らせた。
 助手席に抱きついていたソラは、どっしりと後部座席に座り直すと、思い出したようにグイッと体をひねって、リアガラスの外を見た。すると、車に背を向けていたはずのイヴァンとニコライが、こちらを向いて立ち止まり、小さく軍人のような敬礼をして、またくるりと背を向けた。
 びっくりしたソラは、肩をすぼめて前を向き、席に座り直した。
 車は、交通量の多い国道に入る手前だった。交差点の信号が赤に変わり、車は静かに停止した。
「もう少しで病院だよ、ウミ……」と、ソラが元気づけるように言った。
「ごめんなさいね。窮屈だろうけど、もう少し我慢していてちょうだい」と、老婦人が前を向いたまま言った。
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機械仕掛けの青い鳥(104)

2019-07-13 22:28:32 | 「機械仕掛けの青い鳥」
 見ると、ウミは眉をひそめ、耳元で叫ぶ声を嫌がって、
「ウウン……」
 と顔をそむけた。
 と、後部座席のドアが開き、杖をついた着物姿の老婦人が、ゆっくりと外に降りてきた。
「うみ? ちゃん――」
「――大変」少し震えるようなような声で、老婦人が言った。「容体はどう。意識はあるの? 動かせるのなら、このまま病院に急ぎましょう」
 老婦人の顔をちらりと見上げた運転手が、申し訳なさそうに小さくうなずいた。
 ぴくり、とウミの目蓋が動いた。
「――ウミ、大丈夫か、ウミ」
 ソラが言うと、ウミの目がうっすらと開いた。
「お兄、ちゃん……」
 つぶやくように言ったウミの顔を見て、老婦人がほっと胸をなで下ろした。
「会長。これから病院に走らせてもらっても、よろしいでしょうか」
 運転手が言うと、会長と呼ばれた老婦人は、深々とうなずいた。
「ええ。見たところ外傷はないようですけど、念のためドクターに診てもらわなければいけませんね」
 申し訳ありません――。頭を下げた運転手の手から、老婦人はウミを受け取り、そっと抱き上げた。
「ほら、きみも、早く乗りなさい」老婦人にうながされるまま、ソラは車の前を回ると、後部座席に乗りこみ、老婦人と並んで座った。
「――環状通沿いにあった総合病院に向かいます」
 運転手が言うと、車は静かに走り始めた。
「お兄、ちゃん……」と、ウミが小さな声で言った。「青い鳥、早く捕まえなきゃ、また逃げちゃうよ」
「旅をしているんだもの、仕方がないよ」と、ソラがウミの顔をのぞきこみながら言った。「そんなことより、痛いところはあるかい」
 ウミは、黙って首を振った。
「心配いらないわ。すぐ病院に着きますからね」と、老婦人が励ますように言った。
 ソラは助手席に手をかけ、やきもきしながら、身を乗り出すようにして、車が向かう先をじっと見据えていた。
「――えっ」
 なにを見つけたのか、ソラが驚いた声を上げると、

 キキ――ッ。

 車が甲高いタイヤの音を響かせ、ガクンと急停止した。
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