「もうひとつは、悪魔を滅ぼすことです」と、男は帆乃華の言葉を意に返さずに言った。
「悪魔? 悪魔って、あの――」と、帆乃華はあわてたように聞き返した。
「実在してるんですよ。それも我々のすぐそばに」と、男は帆乃華の目を覗きこむように言った。「遙か昔に生を受け、命を落とす度に蘇り、悪事を働くあの悪魔です」
「それって、物理的に消滅させたりできる物なの」と、帆乃華は言った。「どんなに力が強くても、ろくな信仰心のない私になんか、やっつけられるわけないじゃない」
「不安はごもっともです」と、男は背中に手を回してごそごそすると、なにやら別なスーパースーツのような物を取り出した。「このマスクは、見えない力にも対抗できる知恵と勇気を授ける物です」
と、男が手にしたマスクを見た帆乃華は顔をひそめて言った。
「いらないわ。このスーツだけで十分よ。もしも私がミッションを達成できなければ、また別の人を探せばいいでしょ」
「いやはや、少なくとも手にとっていただければ、あなた好みのデザインに自由に変えられるマスクなのがわかるんですがね。スーパースーツとセットで、まずは試してみませんか」
「いらないわ。だって、私の顔が見えなくなるじゃない」と、帆乃華は言った。「顔を隠してしまったら、私がヒーローになる意味がないもの。それは誰かほかの人にあげてちょうだい」
「――悪魔を倒すのは簡単ではありませんよ」と、男は言った。「そのため既に、あなたと共に戦う者を探しだし、特別なプレゼントをしてきたところです。ただ、その者達はあなたのような力は持っていません。すべては、あなたのリーダーシップにかかっているのです。共に戦う仲間を素早く探し出すためにも、このマスクをお持ちになってください」
「あなたが教団の人だと信じて、まずは試してみるわ」と、帆乃華はくるりと男に背を向けた。「子供じゃあるまいし、こんなことでだまされやしませんよ。もしも効果がなければ、すぐに捨てちゃいますからね」
「十分満足していただけると思います」と、男は離れていく帆乃華の背中を見て、諦めたように言った。
「スーパースーツを着れば連絡が入るはずです。自分の思うとおりに活用してもいいですが、私のお願いした仕事だけは、なんとしてもやり遂げてくださいね」
と、帆乃華は男を振り返らず、足早に歩き過ぎていった。
――――
翌日、真っ青な上下のスーツを身につけた帆乃華は、空気を焦がす稲妻のように空を飛び、正午を迎えたばかりの大通公園を見下ろすように、テレビ塔の展望室の屋根に舞い降りた。
両手の拳を腰に当て、胸を張って立つ姿は、まるで王様のようだった。