くりぃーむソ~ダ

気まぐれな日記だよ。

肉片(ミンチ)な彼女(97)

2016-12-12 20:43:49 | 「肉片(ミンチ)な彼...
「――ニンジン」と、後ろ向きに歩いていた叶方が、足を止めた。
「どうしたの」京卦が振り返ると、ビニール袋を下げた男が、目をまん丸くして立っていた。
「お、おう」と、ニンジンと呼ばれた男が、手を上げて言った。「――叶方、だったよな」
「久しぶりだね」と、叶方は元気よく言った。「まだ、あの公園で子供達と遊んでるの」
「前ほどじゃないけどな」と、はにかんだように笑った男が、確かめるように言った。

「目の錯覚だと思うけど、今って、空飛んでなかったか」

 叶方と京卦は顔をつきあわせると、二人揃って首を振った。
「だよな」と、ニンジンはごめんごめんと言いながら、二人の横を通り過ぎていった。
「じゃあ、またね――」背中越しに手を振るニンジンに、叶方が言った。
「――誰なの」と、京卦が言った。
「ほんとかどうか知らないけど、探偵だってさ」
「なにそれ」ププッと、京卦が吹き出した。つられて笑った叶方が、京卦に言った。
「こっちじゃ、魔法使いの方が変だと思うよ」
 京卦が、怒ったように頬を膨らませた。「早く行かないと、遅刻するわよ」
 急ぎ足で歩いていく京卦を見て、叶方が思いだしたように言った。
「その髪、生まれつきなの」
 わずかに考えていた京卦が、つまらなさそうに言った。
「おしゃれだけど、文句ある」
 首をすくめた叶方が、京卦と並んで歩きながら言った。
「いいや、似合ってると思うよ――」
 叶方は言うと、京卦を追い越して駆け出した。
「――あっ、ずるい」
 京卦は、なんだかうれしそうに、叶方の後を追いかけていった。

                                  おわり。
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肉片(ミンチ)な彼女(96)

2016-12-12 20:43:10 | 「肉片(ミンチ)な彼...
「えっ」と、叶方は口ごもった。
「猫さんが修理してきてくれた、生きている扉よ」と、京卦は言った。「叶方の部屋の窓の所に置いてあったのに、ぜんぜん気がつかないなんて、信じられないわ」
「ごめん……」と、叶方はばつが悪そうに言った。
「ゾオンから持ってきた扉だけど、猫さんから扉の言葉を教えてもらったから、前と違ってちゃんと意志が通じるの」と、京卦はうれしそうに言った。「知らなかったんだけど、ねむり王様の国とつながってる扉から、必要なだけ魔力を分けてもらえるのよ」
 うなずく叶方を見て、京卦はさびそうに言った。
「ゾオンともつながってるから、帰ろうと思えば、一人でも帰れるんだけどね……」
「――もしかして、着替えも全部、おまえがやってくれたの」
 真顔になった叶方を見て、京卦は吹き出すように笑った。
「あったりまえじゃない」と、京卦は気味が良さそうに言った。「全部見ちゃったんだからね」
「――おまえ、本当かよ」と、叶方は顔を真っ赤にして言った。

「危ない!」

 と、京卦が叶方の腕を掴んで空に飛び上がった。
「……」と、恥ずかしさで顔を赤くしていた叶方が、目を白黒させて言った。「どうかしたの」
 京卦には見えていた。二人が向かっている建物の陰に、黒い大きな犬が寝そべっていた。又三郎が魂を食うと言っていた、黒い不気味な犬に違いなかった。
「あの犬、あなたには見えないの」京卦が聞くと、叶方が言った。
「――ああ、なんかかわいらしい犬だよね。あの犬って、そんなに危ないの」
「……」京卦は戸惑ったまま、ゆっくりと地面に降りた。

「犬千代、どこにいってたのよ」

 と、京卦と同じ制服を着た女子が、横になっている犬に駆け寄った。
「出て行けって言われて、本当に出て行く犬なんて信じられない」と、やって来た女子は犬に抱きついた。「あやまるから。ね、早く帰ろう。あんた家まで連れて行ったら、今日は遅刻確定なんだからね」
 わしゃわしゃと顔をなでられた犬は、わずらわしそうに体を起こした。犬は、京卦に気がついてちらりと顔を向けたが、つまらなさそうにプイと横を向くと、女子にかまわず歩き出した。
「犬千代、あんた私を無視して、ちゃんと家まで帰れると思ってるの――」
 のしのしと歩き去っていく犬の後ろを、女子が小言をいいながら追いかけていくのを、二人は不思議そうに見守っていた。
 どちらからともなく顔を見合わせた二人は、くすりと笑いながら、学校に向かう道を歩き始めた。
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肉片(ミンチ)な彼女(95)

2016-12-12 20:42:26 | 「肉片(ミンチ)な彼...
「あんたねぇ、どうしてあんな無茶したのよ」
 叶方は肩をすぼめ、息もできずにただ目をパチクリさせていた。
「もう少し遅かったら、頭から真っ二つにされていたんだからね」
 こくりこくりと何度もうなずいた叶方は、小さな声で言った。
「みんな、どうなったんだ……」
 ため息をついた京卦が、くるりと前に向き直り、ゆっくりと歩き始めた。
 ――京卦と共にゾオンからやって来た仲間達は、又三郎が持ち帰った生きている扉を抜け、ねむり王の城に向かった。早くゾオンに帰りたいという意見もあったが、激しい争いが続いているかもしれず、ひと足早く様子を見に行く又三郎からの報告を待って、帰るかどうかを決めることになった。
 カリンカは、又三郎が連れて行くことになった。体から離れた右腕にはまだ赤い血が通っており、ゾオンに残して来てしまった体はまだ無事で、誰かがちゃんと見守ってくれていることを意味していた。又三郎は、先に王様の命を受けて駆けつけた使者と協力して、なんとか争いを治めるために努力する、とのことだった。
「あんな意地の悪いやつが、京卦の体を乗っ取っていたと思うと、ぞっとするよ」と、叶方が怒ったように言った。
「自分の体が永久に失われたと思って、混乱したせいもあるのよ」
 叶方は、京卦がカリンカの味方をするような事を言ったのに驚いて、言った。
「あんな人でなし、ずっとあのマスコットの中に閉じこめておけばいいんだよ」
「――そっか、叶方って見たことなかったもんね」京卦が思い出したように言うと、叶方は不思議そうな顔をした。「カリンカさんって、私なんかお話になんないくらい、美人なんだよ」
「……」と、叶方はなにか言いかけたが、誤魔化すように目をきょろきょろさせて、頭をかいた。
「まあ、いいわ」と、あきれたように言った京卦に、叶方が言った。
「――でも、京卦はここに残ったんだね」
「そうよ」と、叶方を振り返らないまま、京卦が言った。「私はまだ学生だし、勉強するのが仕事だからね。って言えば、格好はいいけれど、みんなと一緒にいても、なにもできそうにないから、こっちの世界に残ったの」
 うれしそうにしている叶方に気がついて、京卦が言った。
「意識が戻らない男子の世話もしなきゃならなかったし、ここに残ったこと、今はちょっと後悔してるわ」
「ありがとう」と、叶方はうつむきながら言った。「夏休みが終わってたなんて、びっくりしたけど、今までどうしてたの」
「叶方の意識が戻らないのは、一時的なものだっていうのを信じて、私が一日中あなたを動かしていたのよ」
「えっ、あのカリンカのマスコットみたいにかい」叶方が言うと、京卦がコクリとうなずいた。「でも、こっちの世界じゃ、魔法は自由に使えないんじゃなかったの」
「ちょっと待って」と、京卦は立ち止まると、叶方の顔を見て怒ったように言った。「窓の所にあった扉のこと、気がつかなかったのね」
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肉片(ミンチ)な彼女(94)

2016-12-12 20:41:40 | 「肉片(ミンチ)な彼...
 いつもなら、答えることのない返事を返すと、叶方はパジャマ姿のまま、部屋のドアを開けた。

「なにその格好」と、叶方を見た母親が、あきれたように言った。「日曜日は昨日で終わったのよ」

 居間には、台所に立って背を向けた母親と、見覚えのある女性が一人、食卓テーブルの席に座って、食事をしている姿が見えた。
「京卦? なんで――」
「なにを寝ぼけてるの」と、母親がテーブルに食事を並べながら言った。「夏休みが終わってから、京卦ちゃんと一緒に住むことになったって、知ってるでしょ」
「――夏休みが、終わった」
 叶方は、壁に掛けられたカレンダーに目を向けた。カレンダーは、9月を示していた。
 きょとんとしたまま、戸惑っている叶方の顔を見て、京卦が鼻にしわを寄せた。
「ああ、覚えてるさ……」不機嫌そうに言った叶方は、京卦の前の席に座ると、用意された食事をムシャムシャと頬ばり始めた。
 あわただしい朝が始まった。食事を終えた京卦は、叶方に説明することなく、さっさと自分の部屋に戻っていった。叶方は、京卦が部屋に入るのを待つと、母親に聞いた。
「――キョウカって、さっきの人」
「そうよ。あんたのいとこの京卦ちゃんって、ほかに誰かいるの?」母親が背中を向けたまま、つまらなさそうに言った。
「誰の部屋使ってるのさ」叶方が言うと、母親が手を休めて考えるように言った。
「誰って……あんたの部屋の隣に、しばらく使ってなかった部屋があったでしょ。ちょっと狭いかもしれないけど、我慢して使ってもらってるのよ」
 そんな部屋はなかったはずだ――叶方は首を傾げたが、続けて聞いた。
「いつまで、ここにいるんだっけ」
 エプロンを外した母親が、叶方を見て不機嫌そうに言った。
「まだ寝ぼけてるの? 卒業するまでじゃない」
「えっ」と、叶方は驚いて言った。「国に帰るんじゃなかったの」
「もう、いい加減にしなさいよ」母親は怒ったように言うと、叶方を残して居間を出て行った。「午前中からパートに出なきゃならないんだから、冗談はやめなさい」
 混乱したまま、叶方は制服に着替えると、なぜか机の上に置かれていた時間割のメモを見ながら、学校に向かう準備を整え、玄関に急いだ。
「――おはよう」と、玄関の外で待っていた京卦を見て、叶方がつまらなさそうに言った。
「今ごろね――」京卦はつぶやくように言うと、エレベーターのスイッチを押した。
 二人は言葉を交わすことなく、マンションの外に出た。
「……」と、叶方が意を決したように言った。「なぁ、あれから、どうなったんだ」
 前を歩いていた京卦が、急に立ち止まった。うつむいて歩いていた叶方が、ぶつかりそうになってよろめいた。
「――どうなったかって」と、振り返った京卦は、鬼のような顔をしていた。
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肉片(ミンチ)な彼女(93)

2016-12-12 20:40:47 | 「肉片(ミンチ)な彼...
「待て」
 頭上高く大剣を振り上げた青騎士の前に、叶方が割って入った。
 わずかな躊躇の後、重い刃が、風を切って振りおろされた。
 ――……
 
「間に合え!」
 黒い犬の背に揺られた又三郎が、鉄棒を勢いよく投げ放った。
 振りおろされた青騎士の大剣が、又三郎の鉄棒を受け、粉みじんに砕け散った。
 疾走する犬から飛び降りた又三郎が、力なくよろめいた叶方の元に駆け寄った。
 叶方は、大剣を振りおろした姿のまま、凍ったように動かない青騎士と抱き合うように倒れた。叶方に抱きつかれたとたん、青騎士はうずたかく積み上げられた食器のように、バラバラと音を立てて崩れ落ちた。鉄くずのように散らばった青騎士の鎧の中に、カリンカの右腕がひとつ、ばつが悪そうに横たわっていた。
「遅かったね、私の勝ちだよ――」
 よろよろと宙を飛ぶカリンカが、勝ち誇ったように言った。その先には、ミーナをひしと抱きしめ、顔を伏せている京卦の姿があった。
 風のように走る犬が、京卦に襲いかかろうとしたカリンカに噛みついた。
「ひゃ――」と、短い悲鳴を残し、カリンカは急に黙りこくった。
「……」と、京卦が顔を上げた。「ありがとう――誰なの」
「私の古い知りあいです」と、叶方を抱き起こしながら、又三郎が言った。「彼は、魂を食べるんです」
 眉をひそめた京卦が、ずんぐりと山のように大きな犬を見てうなずいた。
「それで、軽口がきけなくなったのね。静かになっていいけれど――」
「心配はいりません。手加減してくれるように、お願いしておきましたから」
 又三郎が言うと、黒い犬はカリンカのマスコットを咥えたまま、優しそうにまばたきをした。

 ――――

 叶方が、何事もなかったように目を覚ました。
「……」と、見慣れた天井が見えた。叶方がはっとして体を起こすと、そこは自分の部屋だった。
 風を感じさせる光が、カーテンの引かれていない窓から、まぶしく差しこんでいた。
 壁に目を向けると、いつもの時計があたりまえのように時刻を刻んでいた。
 叶方は、ほっとしてベッドから立ち上がった。偽物ではない、間違いなく自分の部屋だった。
 窓に向かおうとすると、母親の声が奥から聞こえてきた。
「――いつまで寝てる気なの、いい加減起きて顔を洗いなさい」
「ああ、わかってる――」
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肉片(ミンチ)な彼女(92)

2016-12-12 20:40:01 | 「肉片(ミンチ)な彼...

 ――どうして、追いかけるのか。――助けなければ。

 二つの思いが、叶方の胸に伝わってきた。
 遥と青騎士は、ひとつの存在だった。しかしその存在が、今はなぜか二つに分かれていた。これまでは、叶方が傷つく度、叶方と一心同体だった青騎士は、自らの強さを増した。それは、叶方自身を守ることが、青騎士の存在する理由だったからだ。
 しかし、二つの存在に分かれた今になっても、青騎士の痛みを叶方が感じ、叶方が痛みを感じると、青騎士は強さを増した。
 カリンカがグランドに現れるまで、叶方と青騎士はひとつだった。不意に姿を現したカリンカを、叶方が思わず掴んでしまった時、なにかが変わった。
 無理に叶方と引き離された青騎士は、本来ならその守護者としての使命を失い、この世界から消え去ってしまうはずだった。しかし、叶方から独立したはずの青騎士は、精神的なつながりだけを切り離すことができず、依然として、叶方の守護者としての使命を持ち続けていた。
 青騎士は、消え去ることができなかった。叶方を助けるために、戦い続けなければならなかった。

 ――助けなければ。助からなければ。守らなければ。

 呪文のように繰り返す青騎士の思いが、青騎士とつながっている叶方の頭の中で、同じように繰り返されていた。強い言葉に変わったその思いは、叶方が抱くほかの考えや、冷静をうながす意志を、ことごとく弾き出してしまった。
 今にも、青騎士の手が届きそうなほど近づいた京卦が、歯を食いしばって杖を振るっている姿が見えた。魔力が尽きかかっているのは、カリンカだけではなかった。京卦も同じだった。雷を落とす力も、もはや残っていなかった。
 青騎士が、大剣を持つ手に力をこめた。叶方はやめさせようと抵抗したが、青騎士の一方的な思いが伝わってくるだけで、動きを止めることはできなかった。

 ――助けなければ。

 叶方も、同じ思いだった。

 ――守らなければ。 

 青騎士も、同じ思いだった
 しかし、その後ろにあるものが、それぞれ違っていた。
 向かい合っている互いの先にあるものは、いずれも自分自身だった。
 背後に迫った青騎士の目の前で、京卦が倒れた。息を切らせた京卦は、ミーナを胸に抱きしめ、苦々しい目で、青騎士を見上げていた。
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肉片(ミンチ)な彼女(91)

2016-12-12 20:39:10 | 「肉片(ミンチ)な彼...
「大丈夫だから、あんたもしっかりして」
 叶方は京卦の顔を見ると、ため息をつくように笑った。
「よかった……」と、かすかに叶方が言ったのを聞くまもなく、京卦の目は動き出した青騎士の姿を捉えていた。

「――エレクティラ」

 先ほどよりも強い口調で、京卦が呪文を唱えた。突き出した杖の先にいる青騎士は、黄色い閃光に再び貫かれ、片膝を突いて崩折れた。
 自力で体を起こした叶方が、「ウッ……」と、短い声を洩らして白目を剥いた。
「しっかりして、どうしたの」と、腕の中で急に力を無くした叶方に、京卦が言った。
 プスン、プススン――と、体中から煙をくゆらせている青騎士の様子が、どこかおかしかった。見ると、青い鎧のそこかしこから、ニュルニュルと長いとげのような物が伸びてきた。まるで、青いとげを生やしたハリネズミのようだった。
 細いとげが鎧を覆うと、膝を突いていた青騎士が、何事もなかったように立ち上がった。
 気がついた叶方が、ふらつきながらも、自分の力で立ち上がった。京卦は、危なげな叶方を気にしながらも、ミーナの腕を肩に回して、グランドの隅に連れて行こうとしていた。

「もう逃げられないよ――」と、カリンカの声が聞こえた。

 京卦は足を止めることなく、声のした方を振り返った。
 叶方のポケットから這い出したカリンカが、ふらふらと宙に浮いていた。
「青騎士が追いかけてくるよ。その体は、もう少しで私の物だね」クククク……と、カリンカが意地悪そうに笑った。
「あんたなんかに負けはしないわ」と、京卦が言った。「魔力を使い果たして、今にも気を失いそうなのは、そっちの方でしょ」
「ミーナを離せ」と、宙に浮かんだカリンカが、勢いよく二人に向かって行った。
「――邪魔しないで」と、ミーナの体に掴みかかろうとしたカリンカを、京卦が杖を持った手で払い落とした。
 軽々と払い除けられたカリンカが、砂埃を舞い上げながら、グランドの地面に転がり落ちた。動き出した青騎士は、そばに転がってきたカリンカには目もくれず、大股で京卦の後を追いかけていった。
「――エレクティラ」と、後ろを振り返りつつ、京卦が呪文を唱えた。
 黄色い稲妻が、青騎士の頭上から突き刺さった。しかし、強さを増した青騎士を、稲妻は貫けなかった。鎧に生えた無数のとげが避雷針となり、襲いかかる稲妻を、ことごとく散らせてしまった。青騎士は、しっかりとした足取りで、京卦に迫ってきた。
「なんてヤツなの」と、京卦はうらめしそうに舌を巻いた。
 ――――
「……」と、青騎士に稲妻が落ちた瞬間、気を失いかけた叶方が、顔を上げた。目の前にいるはずのない京卦が、ミーナを肩に担ぎながら、急ぎ足で離れていくのが見えた。
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肉片(ミンチ)な彼女(90)

2016-12-12 20:37:53 | 「肉片(ミンチ)な彼...
         7 帰郷
 青騎士は戸惑っていた。
 なぜか、叶方にはその思いが伝わってきた。青騎士が見ている目の前の光景が、あたかも自分が見ているように感じられた。

「どうしちゃったんだろう」叶方は目を押さえながら、ふらふらとよろめいた。

「早く逃げて」と、京卦が叶方の前に立った。「ミーナさんをお願い」
 叶方は、目をしばたたかせながらうなずくと、グランドに横たわっているミーナを抱き起こした。くらくらと、目まいのする頭を二度三度と振りながら、よろよろと、おぼつかない足取りで歩き始めた。
 グランドの入り口に姿を現した青騎士は、離れていく叶方を追いかけるように、ゆっくりとした歩みで前に進み始めた。手には、どこからともなく取りだした両刃の大剣が、しっかりと握られていた。

「目を覚ましなさい。あなたは、この世界にいるべきじゃない」

 背中を向けた叶方の耳に、京卦の声が遠く聞こえた。ミーナを抱きかかえた叶方の目は、異なった二つの光景を写していた。ひとつは、ぜえぜえと苦しげに繰り返す、叶方自身の息と一緒に揺れるグランドの地面だった。もうひとつは、杖を構えながら、歯を食いしばって立つ京卦の姿だった。それぞれの違った光景が、頭の中で無理につながろうとぶつかりあい、重なり合おうともがいていた。

「――エレクティラ」

 と、京卦が杖を振るった。
 目も眩むほどの稲光が、暗い夜空を引き裂くように瞬き、青騎士の頭上に突き刺さった。

 プスン、プススン――。

よろめいて立ち止まった青騎士の全身から、焼け焦げた臭いのする煙が、ゆるゆると立ち上った。
 ドスン――と、なにかが倒れた。京卦が振り返ると、抱えていたミーナともども、叶方がうつ伏せに倒れていた。
「叶方――」と、京卦は思わず声を上げた。
 立ち止まったまま動かない青騎士を横目に、京卦は叶方の元に急いだ。
「大丈夫、どうしたの」と、ミーナの無事を確認した京卦が、叶方を抱き起こしながら言った。「怪我はない、しっかりして……」
 力なく目を開けた叶方が、京卦を見ながら笑顔を浮かべようとした。
「――ミーナさんは」と、心配する叶方に京卦は言った。
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肉片(ミンチ)な彼女(89)

2016-12-11 19:16:02 | 「肉片(ミンチ)な彼...
 高く腕を振り上げた叶方が、手にしたカリンカを、いら立ち紛れに地面に叩きつけようとした。

 クククククッ――。

 と、叶方の手の中で、カリンカが笑い声を上げた。
「なにがおかしいの」京卦が、怒ったように言った。
「おまえの体は、私の物だよ」と、カリンカが言った。
 叶方は、カリンカのマスコットを、地面に向けて放り投げた。
 フワリ、と宙に浮かびあがったカリンカは、二人を呪うように言い放った。

「青騎士がまた現れるよ。二人を狙って出てくるよ。首がほしいと歌っているよ――」
 
「うるさい」京卦が杖を振ると、フワリと宙に浮かんでいたカリンカが、力なく地面に落ちた。
「動かないけど、どうなったの」と、マスコットを拾った叶方が言った。
「気を失っているだけよ」と、京卦が言った。「魔力も吸い取ったから、しばらくおとなしくしていてくれるわ」

 ――シャリン、シャリリン。

 真っ青な鎧を身に纏った青騎士が、獣が現れたのと同じ場所に、再び現れた。
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肉片(ミンチ)な彼女(88)

2016-12-11 19:14:58 | 「肉片(ミンチ)な彼...
 叶方は京卦の腕をつかむと、自分の後ろに下がるようにうながした。
「言ったろう。動物が逃げこんできたことがあったって」
 京卦は戸惑いつつも、黙って叶方の後ろに下がった。現れた獣が、まっすぐに叶方と向かい合った。立ち止まった獣は、空気を振るわせるような低いうなり声を上げ、土埃を蹴立てて、走り出した。
「グランドの入り口が狭くなっているから、ここいら辺りまで、ちょうど走りやすい直線に見えるらしいんだ」
 土埃を立てながら、獣が勢いよく走り寄ってきた。星明かりに照らし出されたのは、クマともトラともつかない、恐ろしげな姿だった。
「ミーナ、さん……」獣の姿を見た京卦が、思わず声を洩らした。
 大きく口を開け、牙をむき出しにした獣が、二人の目前に迫ってきた。叶方は、逃げようとする京卦の手を引きながら、マントを翻して背を向け、体を屈めた。
 みかわしのマントに正面からぶつかった獣は、思いもしない方向にはね飛ばされた。走ってきた勢いのまま、見上げるほど高く飛び上がった獣は、激しく宙を搔きながら、どしんと背中から地面に倒れ落ちた。
「ミーナさん」と、京卦が獣に駆け寄った。
 横になったまま身動きをしなくなった獣は、みるみるうちに姿を変え、足元から半透明のミーナが現れた。
「大丈夫、ミーナさん」と、膝をついてミーナを抱き起こした京卦が言った。「どうして、変身なんかしたの」
 ぐったりと体を横たえたミーナが、力なく京卦の顔を見上げた。
「みんなは?」と、ミーナが言った。
「……」と、ゾオンの仲間達が瓶の中から抜け出し、助かったことを知らない京卦は、唇を噛みながら首を振った。
「お願い、みんなを助けて」ミーナが、京卦の腕をつかみながら言った。「カリンカに騙されたの。あなた達の行方を探すために、私一人だけ自由にして泳がされたのよ」
「もしかしたら、あの青騎士も……」京卦が言うと、ミーナがうなずいた。
「青騎士になってあなた達の前に現れたのも、私なの」ミーナは、京卦の腕をギュッとつかんだ。「お願い、みんなを助けて」
「――離れろ、京卦」と、叶方が大きな声を上げた。
 ビクリとして京卦が顔を上げると、抱きかかえられていたミーナの胸が、渦を描くように盛りあがった。京卦が見ると、四角い物体が形を持ち始め、カリンカの宿ったマスコットがにょきりと顔を出し、外に飛び出してきた。
「危ない」と、素早く腕を伸ばした叶方が、外に出てきたマスコットを京卦の目の前で鷲づかみにした。
「――この」と、叶方は握りしめたマスコットを、まじまじと見ながら言った。「今まで、さんざん人をだましやがって」
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