くりぃーむソ~ダ

気まぐれな日記だよ。

大魔人(60)

2021-08-08 19:16:54 | 「大魔人」
 どちらかと言えば理想家で、ワンマンでもある杉野は、部下に対して容赦がなかった。創業者の一人である多田に対しても、その接し方は変わらなかったが、二人の間では、それが戦争当時からの、あたりまえの関係だった。しかし、創業者同士のそのやり取りは、社員達からすると、杉野が多田を追い詰め、強引に経営を進めようとしている、と見えてしまうようだった。
 重役達にも、もちろん社員達にも知らせず、二人きりで話し合った結果、多田が本店を出て、新しく出店する大通りの支店長に就くことで、ブレかけた会社内のバランスを、なんとか均衡に戻そうとした。

 ――へっ?

 と、ニンジンは、とぼけた声で言った。
「杉野さんに、仕事を頼まれましたよね」と、多田は、焦ったように言った。

 ――ああ、あれね。
 と、ニンジンは、思い出したように言った。
 ――あの仕事ね、断ったよ。

 と、ニンジンは言った。

 ――で、なんであんたが知ってんの? 誰なんだ。

「――」と、多田は受話器を持ったまま、唇を噛んでいた。
 多田は、人いきれで曇る電話ボックスの外を気にして、きょろきょろと落ち着きがなかった。どこに行くともわからない車が、まぶしいライトで電話ボックスを照らしては、走り去っていった。古くなったせいか、ぴったりと閉まらない電話ボックスの扉が、冷たい風に煽られて、ガタガタと音を立てた。
 多田が大通り店の支店長に就くと、会社を二分するような動きは、しばらくすると嘘のように収まった。二人は、新しい支店を、本社の影響は受けつつも、半ば独立したようなイメージの店舗とし、自由な雰囲気を持たせたこともあって、くすぶっていた社員達の不満を取り除くことができた。その結果、グループ全体の売り上げ上昇にもつながり、思惑以上の成果を上げることとなった。
 しかし、その成功も、長くは続かなかった。
 代表である杉野は、地元の経済界でも幅をきかせるほどになり、会社自体も右肩上がりで、多田もこのまま、満足して引退する将来像を描いていた。
 杉野にも、多田にも家族があり、それぞれに娘がいた。
 跡継ぎになる男子には恵まれなかったが、二人とも、会社はなんらかの形で続いていくだろうと、考えていた。
 そこへ、杉野の娘が、将来の後継者候補の一人となる婿を取ることになった。10代の頃から、決して素行のいい娘ではなかったが、娘が杉野の前に連れてきた工藤という男は、一見して杉野が「いいヤツだ」と、娘を褒めるほど、よくできた人間に見えた。
 工藤は、杉野の娘とほどなくして結婚したが、仕事を身につけるため、まずは多田が代表を務める支店に預けられた。
 工藤のメッキは、本店を離れてすぐ、音を立てて剥がれ落ちた。
 娘婿である工藤が興味を持ったのは、戦争直後に、杉野と多田がやむを得ず営んでいた、闇の取引だった。
 ちゃんとした商売ができる状況になってすぐに、手を引いた危ない仕事だった。
 しかし、すぐに手を引いたとはいえ、取引できずに残った外国製の銃器は、捨てることもまた、できなかった。
 杉野と多田は、人知れず地下に倉庫を作って隠したが、工藤はその隠し場所を、まんまと見つけてしまった。もしかすると、誰かの知恵が働いていたのかもしれないが、杉野と多田の、断つことのできない絆の秘密を知った工藤は、我が物顔で、会社内での影響力を日増しに強くしていった。
 仕事を覚えたいからと、大通りの支店で働くことを希望したのは、結婚したばかりの工藤自身だった。向上心の高い申し入れに感激した杉野は、すぐに多田に連絡を入れ、支店の勤務に就けた。しかし、それこそが、工藤の狙いだった。
 創業者の二人が、人知れず銃器を隠していたのは、大通り支店の地下だった。
 もともとは、将来の本店の建設地として、先んじて購入していた土地だった。しかし、商売が順調に利益を上げるようになっても、本店は立て替えこそすれ、移転することはなかった。本店を建設するために購入した土地には、やり場のなくなった銃器を人知れず保管する簡易な倉庫しか、建てられていなかった。
 宝石店のグループで所有していた土地とはいえ、政令指定都市となった自治体の、なおかつ中心部に近い場所にもかかわらず、簡易な倉庫しか建てられていない土地は、いつまでも怪しまれずにはいられないはずだった。ならば、その場所に支店を出してしまおうと、多田が杉野を説得した。杉野は、支店を建設するための資材運搬に乗じて、保管してある銃器を処分してしまおう、と提案したが、自分が見張っていれば大丈夫だ、と多田は自信を見せた。保管されていた銃器は、処分されることも、よそへ運び出されることもなく、秘密裏に作られた地下の倉庫で、手つかずのままだった。
「どうしよう。どうしよう。どう……」と、多田は落ち着きなく、繰り返し独り言のように言った。
「あの、あの――」と、多田は、やっと言葉をひねり出した。「あの、封筒を、送りました」
 と、それだけだった。しかし、それだけ言えば、わかってくれるだろう。そんな直感に、一か八か賭けてみた。探偵事務所の看板を出すくらいなのだから、どんなにへぼな人物だって、封筒の中身を見れば、その意味がわかるはずだった。
 杉野と多田には、ほかにも秘密があった。戦争中のどさくさに紛れて仕入れた銃器など、霞んでしまうほど重要な物だった。
 乗組員として乗船していた軍艦が撃沈され、命からがらたどり着いた島で手に入れた宝石が、その秘密だった。



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