グレイの手に、しっかりと手首をつかまれ、離れられないでいたトムが、勢い余って尻もちをついた。信じられないといった顔で見上げるトムの目の前で、グレイはゆっくりとナイフを引き抜いていった。ズルッ、ズルッ――という耳障りな音を立て、ナイフがだんだんと持ち上がっていった。
「本物の狼男は、そんなことはしないんだ」と、グレイはトムの足元に、血で濡れたナイフを放り投げた。
と、グレイが天を仰いで白目を剥いた。噛み合わされた歯が、がちがちと音を立てた。なにもない空間を鷲づかみにするように、両手が突き出された。
ウォ――……ッ
グレイの口から、獣の声が発せられた。その顔は、みるみるうちに銀色の剛毛で覆われていった。見れば、ボタンが千切れそうなほど体が膨れ上がり、胸からも、そして袖口からも、太く長い毛が飛び出していた。爪は、ぼろぼろと剥がれ、黒く鋭い爪がにょきりと生えていた。グレイは、人の形をした獣に変身した。
「バードの仇を、とらせてもらうよ」
グレイは、きっとトムを睨みつけた。恐怖で引きつったトムは、訳のわからぬことを言いながら、後じさるのが精一杯だった。
トムを追い詰めながら、グレイが言った。
「バードがどんなにおまえを恨んだか、わかるか。どんなにくやしい思いをして、十字架に掛けられたか、おまえにわかるか。おまえみたいなやつは、おまえらがダイアナにそうしたように――いやそれ以上にむごたらしく、この爪で切り刻んでやる」
グレイは、どっしりと大股に立つと、湧き上がる力を歓喜するように、星空に向かって大きく吠えた。細く伸びる叫びは、連なる山々を遠く越え、どこまでもこだましていった。