くりぃーむソ~ダ

気まぐれな日記だよ。

夢の彼方に(78)

2016-04-19 22:04:18 | 「夢の彼方に」
         11
 キュールル……キュル……

 キュール……キュルル……

 耳障りな音が、ランドセルの中から聞こえてきた。
「ハァイ! こちら銀河放送局。
 今日もあなたに送るハートのメッセージ――。
 しっかりキャッチしてね……」
 時折入る雑音に途切れながら、女の人の声が聞こえた。
「まずは届いたばかりの新曲から、どうぞ――」
 ポップスの軽快な曲が流れ始めると、サトルはゆっくりと目を覚ました。
 ついうとうとと、ふかふかの段差でうつ伏せになったまま、いつの間にか眠ってしまっていた。ラジオから流れる曲をぼんやりと耳にしながら、自分がどこにいるのか、うっすらと目を開けて考えていた。
「サトル君、さあ、あなたの町に到着したわよ――」
 自分の名前が呼ばれて、サトルはあわてて体を起こした。くちびるの横を手でぬぐいながら、床に転がっているランドセルをつかむと、中に入っている風博士のラジオを取り出した。
 湖にランドセルを落とした時、水に浸かってしまったラジオは、壊れたとばかり思っていた。しかし、手に取ったラジオからは、いくらか雑音混じりではあったが、確かに放送が聞こえていた。
 雑音が入らない場所を探しながら、サトルがラジオのボリュームを上げると、エスと名乗る女の人の声が聞こえた。
「サトル君、目を覚まして。あなたの町に到着したわよ――」
「ほんと?」サトルは思わず声を上げると、急いで窓に顔を近づけた。ひんやりとした窓に額をぴったりとくっつけて、真っ暗な外の様子を目を細めながらうかがった。
 うなずくような間隔をあけて、エスが言った。
「さあ、降りてみて――」
 背中に風を感じて、サトルは後ろを振り返った。円盤ムシが、いつの間にか扉を開けていた。どこか懐かしい土のにおいがした。ふっと、自然に笑みがもれた。
 サトルはラジオを手に持ったまま、ランドセルを背負って、階段に足をかけた。
 一歩ずつ、確かめるように階段を下りると、そこは小学校のグラウンドだった。
 外はすっかり夜も更けて、誰もいないグラウンドは、しんと静まり返っていた。見上げると、空はスッキリと晴れていたが、明るい町の灯りに照らされて、それほど多くの星は瞬いていなかった。けれどニセモノの町とは違い、奥行きのある大きな空間と、がっしりと重量感の溢れる地面が、確かにあった。
 サトルがグラウンドに降りると、円盤ムシはゆっくりと扉を閉じていった。忘れ物がないか、確認するのを待ってくれているようだった。
 円盤ムシが、ぴったりと扉を閉じた。サトルが「ありがとう――」と言って手を振ると、円盤ムシはまっすぐ空へ飛び上がり、ボールが跳ねるように光の跡をジグザグに残しながら、あっという間に見えなくなってしまった。
 空を見上げたまま、サトルは円盤ムシが残した光の跡が消えるまで、じっとその場を動かなかった。まるで、長い夢を見ていたようだった。けれどその手には、しっかりと風博士のラジオが握られていた。
(さぁ、早く家に帰ろう。みんな、ぼくの話を信じてくれるかな……)
「ありがとう――」
 サトルは声に出してお礼を言うと、グラウンドの出口に向かって走り始めた。
 顔に当たる風を感じながら、サトルはそっと耳を澄ませた。風の音に混じって、リリの歌声が聞こえてきそうだった。
 きっと、もう行くことがないだろうドリーブランドが、もしかすると、いつでも行き来できるほど近くにあのではないか、そんな気がしていた。
 そう、夢の彼方に――。


おわり。


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夢の彼方に(77)

2016-04-19 00:28:03 | 「夢の彼方に」
 サトルは大きな岩の下に降りると、又三郎のそばに駆け寄った。
「青騎士は? 大丈夫だった?」
「心配ありません」と、又三郎は微笑むように言った。
 トッピーが、長いヒゲを揺らしながら、心配そうに言った。
「サトルの方こそ、大丈夫だったのかよ……」
「大丈夫だよ」と、サトルは、トッピーを見ながら言った。「……本当は、ちょっと危なかったけどね――」
 又三郎は、一歩前に進んでサトルの横に立つと、リリの方を見て頭を下げた。
「お元気ですか、リリさん。砂漠の樹王の所で、お会いした時以来ですね」
「猫さんも、お元気出したか……」
「はい、この通りです」と、又三郎は言った。「あなたの歌は、もう何度も聞かせてもらっています。――久しぶりにお会いして、申し上げにくいのですが、もしよろしければ、ぜひお力を貸してください」
「私にできることなら、よろこんで……」
 又三郎は、歌ってほしいと、リリに頼んだ。リリは快く承知すると、湖の方を向いて、静かに歌い始めた。
 うっとりとするような声だった。大きな岩の周りに集まった動物達はもちろん、森の木々も、湖も、夜空に瞬く星までもが、じっと耳を澄ませて歌に聴き入っているようだった。
 湖の上を飛んでいた円盤ムシが、パッと姿を消したかと思うと、光のような速さで、サトル達の頭上にフラフラと姿を現した。
 リリの歌に合わせて、ゆらゆらと舞うように飛んでいた円盤ムシが、まぶしい光をゆっくりと点滅させながら、音もなく森の中に降り始めた。
「サトル殿、こちらへ――」と、ささやくような声で、又三郎が言った。
 又三郎にうながされるまま、サトルは円盤ムシが降りた森の中に入っていった。
 森の中に降りた円盤ムシは、金色にまぶしく光り輝きながら、地面の上にすっくと四本足で立っていた。
 サトルが恐る恐る近づくと、円盤ムシは体の下から、階段のようになった扉をゆっくりと下ろし始めた。
「驚いたな」と、又三郎が言った。「こちらの思いが、すでに伝わっているようです」
「乗れって、言うのかな――」サトルは、自分を指さしながら又三郎に言った。
 又三郎は、サトルを見てうなずいた。
「円盤ムシなら、夢の扉を使わずとも、やってきた町に連れて行ってくれるはずです。さあ、怖がらないで……」
 サトルは、円盤ムシに乗りこんだ。中の部屋は明るく、フワフワの白い毛に覆われていた。薄い透明の膜が張られたような窓からは、外を見ることができた。
 円盤ムシの扉が、ゆっくりと閉じられた。サトルが、椅子のようになった段差に座って窓の外を見ると、音もなく地面を離れた円盤ムシが、森の上を漂うように飛んでいた。
 リリ達が、手を振って円盤ムシを見上げていた。サトルが手を振って答えると、胸に手を当てたリリが、祈るように歌い始めた。
 円盤ムシは、リリの歌に応えるように高く舞いあがると、細長い光の跡を残しながら、星空の彼方に消えていった。
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夢の彼方に(76)

2016-04-19 00:26:57 | 「夢の彼方に」
 髪の長い女の子が背を向けて、大きな岩の上に座っていた。きれいな歌は、彼女が歌っているようだった。
 サトルは、驚かせないようにそっと彼女に近づいていった。彼女の歌を聞きに来たのか、森の動物達が、大きな岩の回りに集まっていた。うっとりと、目をつぶって聞き入っている動物達は、サトルが近づいても、決して逃げようとしなかった。
 サトルに気がついた女の子が、後ろを振り返った。
 薄明るい星空の下でも、それとわかるほど透き通った青い目をしていた。見ていると、吸いこまれてしまいそうだった。
「きみは、誰?」と、サトルは言った。
「私は、リリ――」
「きみが歌っていたの?」
 リリと名乗った女の子が、こくりとうなずいた。
「あっ、ごめん」と、サトルはあわてて言った。「ぼく、サトル」
「――サトル……」
 リリが確かめるように言うと、サトルは大きくうなずいた。
「帰り道が、わからなくなっちゃったんだ」サトルは「うんしょ……」と、岩の上に登りながら言った。
「湖のそばの砦にいたんだけど、森の中に入ってきたとたん、近くにあったはずの砦が、うそみたいにどこかへ消えちゃったんだ」
「ここは鏡の森なの」と、リリは言った。「森に入ってくる人がいると、好奇心の強い森の木々達が、その人の心の中を覗きこんで、鏡のように映し出してしまうのよ」
「不思議な森だね」
 サトルが言うと、リリは心配そうに言った。
「自分の心に惑わされて、何日も森から出られなくなる人もいるわ。だからこの森には、あまり人は近づかないの。ここに来るまで、危ない目には這わなかった……?」
「平気さ――」と、サトルは、岩の上に座りながら言った。「それより、覚えていたことが、だんだん頭の中から消えていくみたいなんだ……。わからないだろうけど、ぼくは、ずっと遠くの町から来たんだよ。ねむり王様を追いかけて、夢の中の道を通ってきたんだ」
「恐かった?――」と、リリは、サトルの顔をのぞきこみながら言った。
 サトルは、目をそらすように湖の方を向くと、黙ってうなずいた。
 と、顔を上げたサトルが、星空を指さしながら驚いたように言った。
「あっ、UFOだ――」
 サトルが指をさした先には、金色にまぶしく光る円盤が、目にも止まらぬ早さでジグザグに飛び回っていた。
「円盤ムシ……」と、誰かが言った。
 サトルが振り返ると、又三郎が空を見上げて立っていた。
「こりゃ驚いた――」トッピーが、うねうねと宙に舞いながら、やはり同じように空を見上げていた。「幻のお姫様と円盤ムシを、一度にお目にかかれるなんて」
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夢の彼方に(75)

2016-04-19 00:25:54 | 「夢の彼方に」
 サトルは、眉間にしわを寄せながら、ギュッと唇を噛んで、母親のことを思い出そうとした。

 はははっ――

 いくつもの笑い声が聞こえた。顔を上げると、森の中はたくさんのサトルで溢れていた。
「はいっ、先生!」と、見えない机に座ったサトルが、元気よく手を挙げた。不意に木の陰から飛び出したサトルが、見えないサッカーボールをドリブルすると、シュートを決めて得意そうにガッツポーズをした。あぐらをかいて座ったサトルが、見えないお菓子を片手に持ちながら、モグモグと口に頬張って、なにかを夢中になって見ていた。
 どこもかしこも、サトルだらけだった。
(ぼくは、サトルだよ、な――)
 混乱したサトルが、自分自身に疑いを抱くと、ガヤガヤと森の中に溢れていた自分達が、それぞれ現れてきた木の陰に戻って、徐々に姿を消しはじめた。後に残ったのは、下草の茂みの中で、大の字になって眠っているサトル一人だけだった。
「ファー……」とあくびをして、横になっていたサトルが、目を覚ました。
 体を起こしたサトルは、唖然として立ちつくしているサトルに気がつくと、目を擦りながら立ち上がった。薄気味の悪い笑みを浮かべたサトルは、くつくつとくぐもった声をもらしながら、サトルに向かってゆっくりと歩きはじめた。
 ガシャン、ガシャン……と、歩くたびに重い鉄をぶつけるような音が響いた。
 ガシャン、ガシャン……と、歩いてくるサトルの体が、青い鎧にみるみる覆われ始めた。
「おまえがおまえであったのは、ここまでだ。ここからは、オレが本物のオレになる……」
 青騎士に姿を変えたサトルは、兜の面を片手で閉じると、恐ろしげな大剣を上段に振り上げた。
 凍りついたように身動きのできないサトルは、早鐘のように打つ心臓の鼓動を感じながら、まばたきもせず、じっと青騎士を見据えていた。
 ドリーブランドで出会った人達が、次から次へと脳裏に甦った。誰もが口々に「サトル――」と微笑んでいた。
 サトルは、青騎士の構える大剣が、今にも自分を断とうとしている恐怖を振り払いながら、目をつぶって、心の底から叫んだ。

「ワァー!」

 大剣を振り下ろそうとした青騎士が、動きを止めた。
 サトルがゆっくりと目を開けると、大剣を振り上げた青騎士の鎧にミシミシとひび割れが走った。砂のようにポロポロと鎧がこぼれ始めると、ついに粉みじんになった青騎士が、足下にドサッと崩れ落ちた。
 サトルはほっと胸をなで下ろすと、暗くうっそうとしている森の奥が、ぼんやりと明るくなっているのに気がついた。
 にじんだ涙を手でぬぐいながら、サトルは、明るくなった森の奥へ足を進めていった。
 星明かりに照らされた湖が、木の間から見え隠れしていた。誰が歌っているのか、風に乗って、きれいな歌声が聞こえてきた。何度も耳にした声だった。聞いているだけで、心が奪われてしまいそうだった。
 サトルが、小走りに木々の間を抜けると、森が急に開けた。湖を見おろす、小高い場所に出た。地面からつきだした巨石がひとつ、横に倒れて、少し傾いたテーブルのようになっていた。
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夢の彼方に(74)

2016-04-19 00:25:03 | 「夢の彼方に」
 身構えるように体を低くして様子をうかがうと、腰の少し曲がったおばあさんが、太い木の陰から、サクサクッと草を揺らしながら姿を現した。

「どうかしたのかい、サトル」

 やさしそうな笑顔を浮かべて、おばあさんがサトルに近づいてきた。
 サトルは、おばあさんを避けるように後ろ向きに進むと、くるりと踵を返して、木の陰に身を隠した。
(誰なんだ、あの人――)
 田舎のおばあちゃんのことを、サトルはすっかり忘れていた。やさしそうな笑顔を見ても、楽しかった思い出を甦らせることはできなかった。
(どうして、ぼくの名前を知っているんだろう――)
 恐る恐る、サトルは木の陰から顔を覗かせた。おばあさんの姿は、どこにもなかった。
 誰だったんだろう……と、サトルが隠れていた木の陰を離れると、ポーンと高く蹴り上げられたサッカーボールが、後ろから頭の上を飛び越えていった。
 はっとして振り返ると、サトルと同い年くらいの男の子が、ボールを蹴り上げた足を降ろして、走り出した。
「今度こそ、ゴールしてやろうぜ」
 ポカンとしたサトルに笑顔を見せると、男の子はボールを追いかけて、森の奥に向かって走っていった。と、あちらこちらの木の陰から、一人二人と男の子が次々に走り出し、ボールを追いかけて行った男の子を追いかけて、木々の間を縫うように走っていった。
 サトルは、はじめにボールを追いかけて行った男の子に見覚えがあった。けれど、どういう訳か名前が思い出せなかった。声をかけられた時、自然に口をつきかけたが、名前を言いかけて、「うっ」と口ごもってしまった。彼が誰だったのか、すっかり忘れてしまっていた。子供達が走り去っていった森の奥を見ながら、サトルは、男の子の名前だけではなく、自分が住んでいた町の記憶までもが、あいまいになっていることに気がついた。
 額に手を当てながら、サトルはほかにも何か忘れていることがないか、息を詰めて一心に考えた。
 ――ドン、と誰かが、サトルの肩に後ろからぶつかってきた。よろめきながら驚いて顔を上げると、「あっ、ごめん」と笑いながら手を振って、ランドセルを背負ったサトル自身が、走り過ぎていった。
「ほら、ちゃんと前を向いて行きなさい――」
 声がした方を見ると、サトルの母親が、怒ったような顔をして立っていた。
「おかあさ、ん……」と、サトルは声を出しかけたが、急に自信をなくして、言葉を飲みこんだ。母親は、目の前にいるサトルが見えないのか、なんにもない空間に手を伸ばすと、ドアを開けるようにして姿を消した。
(いまのは、絶対お母さんだったはずだよ……)
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夢の彼方に(73)

2016-04-19 00:24:03 | 「夢の彼方に」
 青騎士は、矢継ぎ早に打ちこまれる鋼鉄の棒を、ことごとく剣で受け止めた。しかし、休むことなく打ちこまれる棒の勢いに押され、たまらず馬を進めると、トッピーが渦を巻くように取り囲んでいる中から、逃げるように外へ抜け出した。
 青騎士とすれ違いざま、又三郎は鋼鉄の棒を力いっぱい放り投げた。しかし、棒は青騎士をかすりもせず、すっかり暗くなった夜の空へ、真っ直ぐに消えていった。
 トッピーは、馬が踵を返すのに合わせて青騎士と向かい合い、脇の下から透明な宝珠を取り出すと、雷鳴のような咆吼を上げた。すると、トッピーの手の中で宝珠がブルブルと震え始め、まぶしい光を瞬間ほとばしらせると、空を焦がす雷(いかずち)を放った。
 剣を斜め下に構え、トッピーめがけて馬を走らせようとした青騎士は、雷に打たれて痺れたように動きを止めた。鎧のあちらこちらに火花が走り、バチバチと小さく放電していた。
 又三郎は、トッピーの背中を走って肩の所まで登ってくると、宙にサッと手を伸ばした。と、暗い空の向こうに飛んでいったはずの鋼鉄の棒が、ぐるぐると回りながら戻ってきた。
 バチン――。
 戻ってきた鋼鉄の棒が、青騎士の後ろから胴を打ち抜いた。
 勢いの止まらない鋼鉄の棒は、又三郎が伸ばした手にしっかりと受け止められた。
「いつも思うが、どこまでもピッタリつきまとって離れない棒なんて、気味が悪いぜ」トッピーが、小さく身震いするように言った。
「つけ狙う青騎士は克服したが、ドリーブランドにやってくる原因になった棒だけは、別だ」と、又三郎は言った。「突き刺さって大ケガを負わされた棒の痛みは、けっして頭から離れない。そして悪夢はいつも、現実だ」
 胴を打ち抜かれた青騎士は、翼の生えた馬もろとも、体の節々から裂けるようにバラバラに分かれて、遙か下の地面に落ちていった。
「倒したか?」と、トッピーは聞いた。
「わからない」と、又三郎は首を振った。「だが、これでまた少しは時間が稼げるはずだ」
「じゃあ、サトルを探しに行くか――」と、トッピーが森に向かって飛び始めた。
「無事でいてくれればいいが……」又三郎の顔は、不安の色に充ちていた。
 ――――
 足を止めたサトルは、後ろを振り返った。
 しまった……と思ったが、もう手遅れだった。振り返った向こうには、砦の影も形も見えなかった。
 先に行くほど暗くうっそうとした森が、鏡を向かい合わせにしたようにどこまでも続いていた。
 森の中は、しんと静まり返っていた。
 どうすればいいのか――。サトルは、先に進むことも戻ることもできず、ただ身を固くして、辺りに目をさまよわせていた。
 ササッ――と、短い下草を揺らして、森の木の間を何かが横切った。
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夢の彼方に(72)

2016-04-19 00:22:55 | 「夢の彼方に」
「サトル、逃げるんだ」トッピーが言うと、青騎士の馬が地面をすべるように走ってきた。
 サトルは、城壁の外に向かって、一目散に走り出した。
「トッピー!」と、青騎士に向かって走る又三郎が言った。
「くそう――」青騎士に向かって空を飛ぶトッピーが、サトルに叫んだ。「あまり遠くに行っちゃダメだ! そこは鏡の森なんだ」
 森の中に逃げたサトルは、トッピーの声を聞くと、急いで足を止めた。
 青騎士を乗せた馬が、長い角を槍のようにに突き出しながら翼を広げ、空を駆けるように迫ってきた。
 急降下をしたトッピーは、地面を舐めるように低く飛んで又三郎を追い越すと、槍のような角を避け、青騎士の馬の横をすり抜けるように再び空へ舞い上がった。
 又三郎は、目の前を過ぎていくトッピーの体に飛び移ると、硬いウロコの並んだ背中を二本足で駆け上がりながら、向かってくる青騎士に鋼鉄の棒を打ちこんだ。

 ガチン――

 青騎士は、又三郎の一撃を剣で受け流すと、馬を高く舞い上がらせた。
 空でとぐろを巻きながら牙を剥くトッピーと、翼を広げながら前足で何度も宙を掻く青騎士の馬が、対峙した。
 又三郎は、鋼鉄の棒を片手に持ちながら、トッピーの肩まで駆け上がると、青騎士を見ながら言った。
「湖で戦った時より、さらに強くなっている」
「ああ――」と、トッピーがうなずいた。
「お城の様子は、どうなんだ――」と、又三郎が聞いた。
「残念だが、まだ誰も夢の扉から帰ってこない」と、トッピーが言った。「このままじゃ、青騎士を撃退するのもすぐに限界がきちまう。サトルを元の世界に戻すには、青騎士が手に負えなくなるほど強くなる前に、なにか別の方法を考えなきゃいけないな」
「円盤ムシ……」と、又三郎がつぶやくように言った。
「雲をつかむ方がたやすいぜ」トッピーがくすりと笑った。
「気に入らないな」と、又三郎が不機嫌そうに言った。「サトルが無事に元の世界にもどれたら、今度こそ決着をつけてやる。退屈を口実に逃げ出すのは、もう認めない」
「こっちこそ望むところだが、湖でおぼれた頼りないヤツにしちゃあ、ずいぶんと強気じゃないか。行くぞ――」トッピーは言うと、雷鳴のような咆吼を上げて、青騎士に向かって行った。
 青騎士は、トッピーが頭を低くして向かってくると、片手で手綱を取りながら、馬に拍車をかけた。馬は顎を引きながら槍のような角を前に突きだし、トッピーめがけて空を駆けた。
 トッピーは、見えない四方の壁にぶつかって、次々と跳ね返るように螺旋を描きながら、宙を舞う馬を取り囲むように飛び、青騎士の振るう剣を巧みにかわした。
 鋼鉄の棒を持った又三郎は、波のようにうねるトッピーの背から背へ飛び移り、上下と言わず、左右と言わず、あらゆる方向から、次々と青騎士に一撃を加えていった。
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夢の彼方に(71)

2016-04-19 00:22:05 | 「夢の彼方に」
 サトルは、真横を向いた兜を手で前に向け直すと、格子になっている面を持ち上げて言った。
「なにがあったの……」
「逃げろ!」と、又三郎が言うよりも早く、サトルは、うつ伏せに倒れた青騎士の姿に目を止めると、身につけていた鎧を脱ぎ捨て、ランドセルを背負いながら、あわてて砦の外に駆けだした。
 サトルを追って、馬が走り出した。又三郎は、目の前を行く戦車の手すりにつかまろうと、手を伸ばした。そこへ、むくりと起きあがった青騎士が、又三郎めがけて、手にした大剣を投げつけた。
 又三郎は、戦車に伸ばした手をすぐに戻すと、ひらりとマントを翻して、飛んでくる鋭い刃(やいば)に背を向けた。
 すると、マントの上から又三郎を貫くはずの大剣が、時間を逆戻しするように跳ね返り、青騎士を真っ二つに切り裂いた。
 バラバラになって散らばった青騎士の鎧は、煙がくゆるように跡形もなく消え去った。
「やはり、この青騎士はおとりだったか……」又三郎は、走り去った馬を追いかけて、砦の外に駆け出した。
 サトルが砦の外に出ると、異状を感じたトッピーが、薄暗くなった空を縫うようにして飛んできた。
「どうしたんだよ、サトル」と、声をかける暇もなく、トッピーは、青騎士の馬がサトルのすぐ後ろから追いかけてくるを見ると、体を真っ直ぐに伸ばして、矢のような早さで空を突っ切った。
 青騎士の馬がサトルに襲いかかる寸前、トッピーが馬の横腹に頭からぶつかった。大きく跳ね飛ばされた馬は、上向きになった足をばたつかせながら宙を舞い、砦の壁にしたたか体を打ちつけると、ドシンと地面にすべり落ちた。
「なにやってるんだよ寝坊助は、こんな時に助けに来ないなんて」と、横倒しになった馬の上空で、ねじ巻きのように螺旋を描いて頭をめぐらせたトッピーが、サトルに言った。
「ありがとう、助かったよ」サトルは言うと、地面に降りてくるトッピーに走り寄った。
「止まれ!」と、又三郎の声が聞こえた。
 ――バチン!
 火花が宙に舞い、又三郎の投げた鋼鉄の棒が、青騎士の投げた槍を地面に叩き落とした。
 とっさに身を伏せたサトルが顔を上げると、わずかの差で青騎士の槍を避けたトッピーが、空に舞い上がりながら言った。
「やれやれ、ずいぶんと遅いご登場じゃないか――」
 駆けつけた又三郎は、地面に突き刺さった鋼鉄の棒を手に取ると、倒れた馬の方を見ながら言った。
「そっちこそ、私を恐れて逃げ去ったのかと思っていたよ――」
 むっくりと、砦の下に倒れていた馬が、立ち上がった。と、一頭の馬が、いつのまにか青騎士に姿を変えていた。
 青騎士は、翼を広げた馬に軽々と跨ると、片手で手綱を取り、腰に下げた細身の剣を引き抜いた。後ろ足で立ち上がった馬が、目を赤く光らせて甲高い嘶きを上げると、その額から、長い槍を思わせる角がみるみるうちに伸びてきた。
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夢の彼方に(70)

2016-04-19 00:20:49 | 「夢の彼方に」
 サトルは、散らかしていた食堂の後片づけをしながら、今日もこのまま無事に終わるのではないかと、どこか安心しきっていた。
 夕方、自分が使っている部屋の片づけもちゃんと終わらせたサトルが、砦の一階に下りてくると、ガンガン、ガンガン……と大きな音を響かせ、城壁の厚い扉が、何度も強く打ち叩かれた。
 驚いたサトルは、下りてきたばかりの階段を駆け上がると、城壁が見下ろせる窓から身を乗り出して、外の様子をうかがった。鋼鉄の棒を持った又三郎が、城壁の上から、じっと扉の方向に目を落としていた。サトルは万が一に備え、ランドセルと、砦の倉庫で見つけた物を準備しておいた部屋へ、急いで戻った。
 扉の外にいるのは、青騎士だった。湖の中から姿を現した青騎士は、全身ずぶ濡れで、ボタボタと水を滴らせながら、二頭引きの戦車に乗っていた。
 城壁に沿って戦車を進めた青騎士は、扉の前にやってくると、見下ろす又三郎には見向きもせず、厚い扉を、二頭の馬の前足で激しく蹴り始めた。城壁を揺らすほどの衝撃が、又三郎の足下から伝わってきた。しかし、城壁と同じく、頑丈に作られた扉は、びくともしなかった。扉の表面が、泥だらけの蹄で汚れただけだった。
 又三郎は、独り言のように言った。
「たとえ青騎士であろうと、この城壁は簡単に破れまい――」
 と、青騎士はなにを思ったか、馬の頭を巡らせて、戦車を森の方へ遠ざけた。
 又三郎は、ギュッと唇を噛みながら、青騎士の不審な動きを見守っていた。
 砦に向かって、再び馬の踵を返した青騎士は、グイッと強く手綱を引いた。二頭の馬が、息を合わせるように後ろ足で立ち上がり、耳をつんざくほどの大きな声で嘶いた。
 土を蹴立てて走り始めた馬は、青騎士を乗せた戦車を引きながら、城壁の扉に向かって、まっすぐに進んできた。
(まさか、破れないとわかった城壁に、頭から突進するつもりなのか……)と、又三郎が疑問に思ったとたん、馬の背中から、白い翼がニョキリと伸びてきた。
「なんて事だ、今度は空も飛べるのか――」と、又三郎は地団駄を踏んだ。
 大きな翼を羽ばたかせた馬は、城壁をやすやすと飛び越えると、翼を翻し、砦の二階の窓から、中に突っこんでいった。
 ズドドン……と、石積みの壁がもろくも崩れ落ち、翼の生えた馬を操る青騎士が、一階の広間にふわりと降り立った。
 青騎士は、ブルルン、ブルルンと息を荒げた馬をなだめながら、兜をめぐらせて、辺りをうかがった。目指すサトルの姿は、どこにも見あたらなかった。
「えやっ!」と、駆けつけた又三郎が、目にも止まらぬ早さで跳び上がり、鋼鉄の棒を青騎士の頭に打ち下ろした。
 ガシャン、と鉄のぶつかり合う鈍い音が響くと、戦車に乗っていた青騎士が、朽ちた木が根本から折れるように転倒した。
「湖では不覚を取ったが、同じ轍を二度とは踏まんぞ――」
 又三郎が言うと、広間の隅で山になっていた瓦礫が、ゴロリと崩れた。驚いた又三郎が、とっさに鋼鉄の棒を構えると、中から、体に合わないゆるゆるの鎧を身につけたサトルが、おろおろと両手で手探りをするように立ち上がった。
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夢の彼方に(69)

2016-04-19 00:19:02 | 「夢の彼方に」
 歩きながら、又三郎はサトルに聞いた。
「私は、どのくらい眠っていたんでしょう――」
「二日だよ」と、サトルは言った。「もう目を覚まさないんじゃないかって、ドキドキしちゃったよ。でも、トッピーが様子を見に来てくれて、あいつなら心配いらないから、目が覚めるまで寝かせてやって欲しいって、そう頼まれたんだ」
「トッピー?」と、又三郎が顔をしかめながら言った。「あいつが、湖に戻ってきたんですか……」
「知ってるの?」サトルが聞くと、又三郎はもちろん、とうなずいた。
 サトルが、一緒に旅をしてきたトッピーのことを話すと、又三郎は残念そうに言った。
「――もっと早く気がついていれば、あのヒラヒラした尾びれにひと囓りして、私の力を認めさせてやれたんですが」
 食堂の隣の調理場に入ると、又三郎が「ウッ……」と顔をしかめて声をもらした。
「どうしたんですか、この有様は――」又三郎は、食材の切れ端や、焦げついた鍋が山積みになっているのを見て言った。
「ごめんね……」サトルは言うと、恥ずかしそうに頭を掻いた。「料理なんてろくにしたことなかったから――」
「これじゃ、猫でも食べられませんよ」と、又三郎は、あきれたように言った。「青騎士と戦う勇気ももちろん必要ですが、お城から知らせが届くまで無事に戦い抜くためにも、食事はしっかり取らなければいけません」
 又三郎は、サトルに代わって腕を振るうと、具のたっぷり入ったおいしそうなスープを手早くこしらえた。
「ドリーブランドに来る前、見よう見まねで覚えたスープです。人の味覚に合わせたつもりですが、なにぶん猫の身ゆえ、お口に合うかどうか自信はありません――」
 ひと匙スープをすすったサトルは、
「おいしい……」
 目を丸くして言うと、あっというまに平らげてしまった。
 又三郎は、スープのおかわりを皿に盛りつけながら、サトルに聞いた。
「ところでここ最近、覚えていたはずのことがなかなか思い出せない、そんなことはありませんでしたか」
 料理を目の前に舌なめずりをしながら、サトルは首を振った。
「早く食べないと、全部なくなっちゃうよ――」スープがたっぷりと入った皿を受け取りながら、サトルは少し怒ったように言った。
 又三郎はなにか言いかけたが、「それでは私も、いただきます」と言って、自分の皿にスープをよそうと、スプーンを器用に使って食べ始めた。
 食事を終えると、又三郎はサトルを砦の中に残し、見回りのために城壁の上に登っていった。
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